日蓮宗 東京西部教化センター
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『死の臨床格闘学』
『死の臨床格闘学』表紙
 私には平常心で語れないものがある。それが『プロレス』である。いや、正確に言えば、平常心で語れないものが、かつてあった、というべきだろう。私はプロレスが好きだ。好きだった。TVで試合を見て、毎週週問プロレスを読み、時には会場に足を運び、ヒマがあれば友人と技を掛け合い、自分の身長があと30センチ高くて体重が30キロ多かったら絶対にプロレスラーになってやろうとまで思っていたこともあった。そこまで好きだったプロレスから、なぜか足が遠のいてしまった。毎日の生活の中からプロレスが抜けてしまった。別に嫌いになったわけでもなく、いまでもTVで見れば(もっともあまり放映されないが)結構ワクワクしながら見てしまう。しかし、かつてのように血湧き肉踊るようなことはない。ちなみにここでいうプロレスとはジャイアント馬場(全日)とアントニオ猪木(新日)のことを指す。K1やや桜庭などの格闘技系とはまた別物である。なぜなんだろう。そんなことすら思うことなく自分の中からプロレスが消えていった。私の中らプロレスが消えていくのとは裏腹にプロレスは華やかに大きく変わろうとしていた。多くの新しい団体が旗揚げをし、アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップの開催により格闘技色が強くなり、そして巨人ジャイアント馬場がこの世を去った。外から見れば変貌しつづけるプロレスから目が離せない状況にあるにもかかわらず、私はプロレスを捨てた。その訳を実は自分自身が知りたがっていた。プロレスから背を向けたにもかかわらず、ずっとプロレスにとらわれていた理由。それが知りたかった。それを教えてくれたのがこの本である。「プロレスは生と死の世界」プロレスをこよなく愛する著者はそう言う。プロレスとは別の「生と死」の世界に身をおくようになったからプロレスから遠ざかったのだ。夢、異界、あるいは現実。プロレスの世界をどう考えようとも、そこにあるのは「生と死」。そして、私の今生きる世界も「生と死」。いつか心からプロレスを楽しめるときが来るのなら、それはまた今の世界の幕を閉めたときなのだろうか。
【互井 観章】

『「ピザーラ」成功の方程式』
『「ピザーラ」成功の方程式』表紙
 ある友人が私にこう言った。「お寺もやっぱりサービス業の一つだから、これからの時代顧客満足度というものを真剣に考えていかなかったら、生き残れないよね…」。ショックだった。あまりにも衝撃的な発言。お寺ってサービス業だったの?ちょっぴりムツときたけど、ウ〜ム、考えてみると確かにそう言えなくもない面もあるかな…?
 顧客満足。これを宗教の立場から真剣に考えたことがあるだろうか。一般の人が仏教に、寺に、坊さんに、一体何を望んでいるのか。それがわからなければ「お題目総弘通運動」も本当の意味で成功には終わらないかもしれない。
 宗教の役割は人々に「安心」つまり精神的な安らぎを与えることである。しかしそれは基本的に満足が無ければ生まれないだろう。ということは、一般の人が僧侶に対して何を求めているのかをはっきりと認識し、それを満足させてやらなければ、その先にある精神的な安らぎを与えることはできないということである。しかし振り返つて寺の業務の日常を考えた時、安心を与えるという大義名分だけ聳え立っているが、その手前にある「顧客満足」に対する努力が足りないような気がして不安になってきた。
 寺に触れて満足感が高ければ、その人は再び寺に帰ってくる。寺に興味の無かった人達も、その満足をきっかけに意識が寺に向き始める。お経の意味がわかった、お釈迦さまの教えの一片を聞くことができた、お坊さんのナマの人柄に触れられたなど、どんなことでも良いが、これまでの寺にはそうした満足感が希薄だったからこそ、少しずつ人々の心が離れていってしまったのではないか。それはその寺にいる私達僧侶の資質の問題である。人の心を満足させ、安心を与えるのが私達僧侶の役割であるにも関わらず、人と深く関わり合うことをどこか面倒くさがっていたりしないだろうか。
 寺は商売ではない。商人の話は参考にならないし、関係の無いものだろうか?そうは思わない。商売も結局は心。本当の意味で商売で成功している人は、やはり人の心をつかむ能力に長けている。顧客を満足させる能力に長けている。つまりその人達は商売でないところでも人を引きつける人間的な魅力に溢れているのである。
 この本は宅配ピザの「ピザーラ」をデリバリー業界NO.1に育てた社長が書いた、成功の秘訣本である。経済界の第一線で活躍している人の講演を聞く機会の比較的多い私は、あることに気がついた。大企業のトップに立つ人は共通して笑顔が非常に魅力的で、かつ、どんなことにでも積極的に耳を傾ける姿勢が感じられるということである。満面の笑顔とともに人の話に一生懸命耳を傾ける。だからこそその人を慕う人が増え、そこには様々な能力や情報が集約され、やがてそれは大きな力となっていく。ピザーラの社長の講演でもやはり同じことを感じた。
 僧侶は「儲け」という概念とは無縁の存在である。しかしやるべきことのほとんどは商人と同じなのではないかな。商人も上人も中身は同じ「しょうにん」である。
【戸田 了達】

『はだか』
『はだか』表紙
よいぶんはよむはやきがきまっている。
もじをみてよみはじめる。
はやくよもうとおもっても、
それをゆるさないちからをもっている。

ゆっくりゆっくり
かたりかけてくる
かんたんなことばでちからづよく
かたりかけてくる

ことばとことばがてをつなぎものをかたる
かんたんなことばでものをかたる
ちっちゃなこどものめで
ふうけいをかたる。

ちっちゃなこどものめは
いろんなものをはだかにする
すなおでやわらかいこころで
いろんなものをはだかにする

たにがわさんはふしぎだ
おとなのくせにこどものこころで
ほんとうのものにちかづこうと
しをかいている。

ぼくはどきどき、わくわくしながら
たにがわさんのしをよむ
むかしをなつかしむように
みらいをゆめみるように

【神蔵 寿観】

『じごくのそうべえ』
『じごくのそうべえ』表紙
 「人は死んだらどうなるの?」白血病の少年が修行中の僧侶に尋ねる。
「死んだことがないからわからないよ」
「な〜んだ、お坊さんのくせにそんな答えしかできないの」
これはお昼のドラマの一場面である。私も夫に聞いてみた。
「ねえ、人は死んだらどうなるの?」
「どうなるんだろうね」
 まだ小さかった頃、祖父に聞いた覚えがある。
「おじい、人は死んだらどうなるの?」
「生きている時にいいことをした人は極楽に行けるけど、悪いことをした人は地獄に落ちるんだよ」私はその後しばらく、自分や家族が極楽というところに行けるかどうか、気になってしかたなかった。祖父は僧侶ではないが、お寺の生まれである。そんなこともあってか、私は祖父から幽霊や妖怪の話を聞くのが大好きだった。祖父は何でも知っていた。
「おじい、怖い夢を見た!」
「南天の木のところで『はくたく、はくたく』って唱えると、バクが出て来て怖い夢を食べてくれるよ」
「おじい、夜トイレに行くの怖いよ」
「『ふんばり入道、ほととぎす』って言えば、妖怪は出て来ないよ」
私はそれらを時々思い出し、今でも自分が妖怪の存在をどこか信じていることに気がつく。
 この本は、上方落語の〈地獄八景亡者戯〉を絵本にしたものである。本屋で見つけた時、祖父を思い出して思わず買ってしまった。軽業師のそうべえが綱渡りの綱から落ちてしまい、地獄に行くことになるのだが、地獄で大暴れをして閻魔大王に追い出され、生き返ることができたというお話である。火の車に乗り、三途の川を渡り、閻魔大王のお裁きを受ける。「うそをついたら閻魔大王様に舌を抜かれる」なんて言われて怖がる子供は、現代に存在しているのだろうかと、ちょっと気になる。
 「悪いことをすると地獄に落ちる」というのは、実は大切な教えなのではないだろうか。なぜ悪いことをしてはいけないのか。なぜ嘘をついてはいけないのか。他人を苦しめた人は、それ以上に自分が苦しむことになるのだ。しかも死んでから。誰でも死ぬのは怖い。悪いことをすると、死んで尚苦しまなければならないのである。
 この絵本のシリーズには「そうべえごくらくへいく」というのもある。その中に、地獄と極楽は隣り合っていると書かれている。私たちがどちらへ行くことになるのかも、ほんの少しの差なのだろう。ちょっとのことで、「もしかしたら自分は地獄に落ちるんじゃないか」と怖がることも必要なのだ。
 「なぜ人を殺してはいけないのか」
 それは「地獄に落ちるから」。
【及川 暁子】

『本当のアフガニスタン』
『本当のアフガニスタン』表紙
 あの九月十一日のテロ事件からアフガン空爆・自衛隊派遣という喧騒報道が続く中で、日本に中村哲という人物がいたことは、日本人の信用にとっても、私たちが本当の事を知る上でも、どれほど大きな救いになったことだろうか。
 テロ事件以降、テレビ画面に登場した中村哲は、明らかに他のコメンテーターと違っていた。具体的で冷静な、余裕さえ感じさせる確信を持った意見を訥々と述べていた。その後、国会の参考人招致で「自衛隊の派遣は有害無益」と言ったことを知り、それから意識的に記事や著作にあたって、タリバンよりずっと以前から現地で十八年間、ライ病治療から井戸掘りにいたる「命を救う」医者の仕事に専念してきたことがわかった。
 アフガン戦争中はパキスタンのペシャワールで、戦争後はアフガン山間部の無医村に診療所をつくり、湾岸戦争時も内乱時も現地を離れなかった中村哲には、戦争の悲惨さと愚かしさの現実が日常的だった。
 大国の勝手で弄ばれる悲惨や内戦の残虐を見据えながらも、批判や嘆いてみせることに時を費やすのではなく、いかに死にかけている人を助けるのかに工夫と努力を費やすこと、それが中村哲の透徹した現場主義である。
 二〇〇〇年から中央アジア中心に大干ばつが始まり、アフガニスタンで飢餓線上四百万人、餓死線上百万人という事態の中で、中村は生きるための井戸を掘り始める。この干ばつの惨状は日本で報道されることなく、その最中に国連制裁があり、バーミヤンの仏像破壊が続き、テロ事件後のアメリカの空爆とタリバン退治が始まったのである。
 この空爆下、中村たちペシャワール会は陸路から一千トンの食糧を運び、餓死線上の人々の救済にあたった。
 本書は、こうした中村哲とその仲問の活動をなぞりながら、写真解説でアフガニスタンを紹介した最新本である。その他の中村哲の著作もぜひ読んでほしい。地に足がついた人間とはこういう人をいうのだ。最後に中村のテロ事件と報復について書いた一節を引いておこう。

 「自由と民主主義」は今、テロ報復で大規模な殺戮戦を展開しようとしている。おそらく累々たる罪なき人々の山を見たとき、夢見の悪い後悔と痛みを覚えるのは、報復者その人であろう。瀕死の小国に世界中の超大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか、私の素朴な疑問である。」
【澁澤 光紀】

『観心本尊抄』を語る
「『観心本尊抄』を語る」表紙
 この本は、茂田井先生が八十五歳の時の本尊抄講義をまとめたものである。おそらく出版された数多い茂田井先生の講義録のなかでも文字どおり最終講義になるのではないかと思う。その内容は、先生の語り口そのままに、御自身の人生の歩みを交えながら、本尊抄の内容を自己薬籠中のものとして、実に自由闊達に、平易明解に、あの難解な観心木尊抄を語り明かしている。入門者には最適の、また研究者にとっても茂田井先生が到達した境地を拝察することのできる内容となっている。
 この講義録の聴衆は、八王子の立正知恩会の僧侶方で、先生は八王子に棲んでいる縁を大事に思い、一度は八王子の方々に御祖師さまのお話をと考えていたところ、ちょうど講義の依頼が来て実現したという。今回その講義が本となったのは、先生が一昨年に御遷化された後、講義のお願いにも行った常円寺の及川周介上人が御報恩の献本を発願、その出版を立正知恩会に提案して、責任編集を北川前肇先生に依頼するなど諸々の段取りを整えて、三回忌法要に間に合うよう発刊にいたったという経緯がある。
 そのあとがき(「編集を終えて」)には、北川先生が編集に当たった時の次のような体験が述べられている。
 「作業に取りかかる前に、合掌し、頭を垂れて茂田井先生から講義を拝聴する気持ちで原稿に向った。すると、茂田井先生がお元気なご様子で、しかも歯切れのいい口調でお話されているお姿がよみがえったのである。余人をまじえることなく、先生はただ私に向って語ってくださっているという、無上の体験ができた。何と私は果報者であろうか。」
 そうした真摯な北川先生の編集体験があったお陰にちがいない。我々さえもこの本を読むと、ちゃきちゃきの江戸つ子、八丁堀生れの茂田井先生の肉声が聞こえてくる気がするのだ。
 この講義では先生の体験が多く語られているが、特に印象ぶかいエピソードは先生が関東大震災に遭われた時の話である。実家近くの葬儀に出向く途中で震災に遭われた先生は、すぐに実家に赴き、お父様に「うろたえてはいけない。我此土安穏、天人常充満というのはここなんだから」と、生涯ただ一度の説教をされたという。
 そうした体験を交えて語られる観心本尊抄の言葉は、もう観念を離れて、まさしく先生の実感に裏打ちされた現実の言葉になっているのである。
 「いつもお題目がある、お題目を唱えなくても、お題目があるから本時ではないでしょうか。我々は今、唱えてもおりませんけれども「ここに大地震があっても慌ててはならない」という心がございましょう。それがお題目の心です。(略)いつもお題目の中にいなければいけないということです。いつもお題目の中にいるから「今本時の娑婆世界」になるのです。」
【編集部】

サドから『星の王子様』へ
「サドから『星の王子様』へ」表紙
 古今東西の選りすぐりの文学の中には、一生かかっても読み切れない数の、おもしろい小説の山があるのだ。フランス文花は、受け入れた外国の才能も自国の文化の一翼を担う「身内」とすぐに認める。外国育ちの魚までうようよ自由に遊泳しているフランスの文学は、まだまだ、日本人の知らない珍味の宝庫のはずである。
──まえがきより──

 日本文学は今日さまざまな思想体系に分化しているが、その歴史において外国文化、文学から受けた影響は大きい。昨今とかくいわれるように文化はハイブリツットであり、クレオールだという側に立った考え方を示している。政治、心理、経済、軍事、美術、恋愛、セックスすべてを深いところで掴んで祉会的に表現するのが優れた文学であるのなら、それらが外国の文学に影響を与えることは、小さな人間から見た偶然であるが、大きな「縁」の流れからみた必然であるのだ。
 読後感は至極さわやかで、なるほど、と納得し、知識の増加を感じることも多い。大江健三郎が、大学ではフランス文学を研究し、サルトルについての卒論を書きつつ、執筆をしていたということが検証を経た上で一つの学説として示され、それが彼の作品、作風にいかに影響を与えたか、などを研究し、推測した部分には、文学研究というものは、こういった見地から為されるものなのか、という一種の驚嘆を感じたものであった。
 フランス文学は、文学的見地からみると概して自然主義文学であるとされている。それを頭にいれつつ読んでみれば、また違った読み取り方が出来たかもしれない。しかし、そういった先入観にとらわれることなく、フランス文学の主だった部分を味わってみたことはとても有意義であった様に思えるのである。
 小説を直接記述したものから読みとり、それを自らの感性に問うてみる機会が多いが、小説を我が先人たちはこんなふうに読んだのですよ、現代人はこう読んでいるのですよ、と記述した本を通していまもっとも活発な比較文学研究をのぞいてみるのも、本好き、文学好きにとっては興味深いことなのであった。
 時間的、空間的コンテクストを超越し、異なる文化圏や時代に属する作品と接する中に、地球上で人間だけが文字を持ち、書き記し、伝え残すといったことの意味があるのではないだろうか。
【岩本 妙】

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