インターネットの電脳空間寺院を散歩しよう
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連 載 第 10 回
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神蔵 寿観
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咋年の幕れにあるメールマガジンから、「世界がもし百人だったら」というメールが送られてきた。朝日新聞の天声人語に取り上げられ、話題になったので、ご存知の方も多いことだろう。朝日新聞に取り上げられる前にもこのメールは多くの人に届けられており、その大変興味深い内容から、感銘を受けたとか、救われたという感想を述べる人もあれば、嫌悪感を抱いたという人もおり、賛否両論を巻き起こしていた。
このメールは日本だけでなく、世界中で広まっている。というよりも、西欧で広まったメールが訳され、日本にはいってきたのである。メールの原文は1990年5月31日に環境学者のドネラ・メドウズさんが新聞のコラムに書いたものである。「ザ・グローバル・シチズン 村の現状報告」というタイトルのコラムで「もし世界が千人だったら」という一行で始まっているコラムがそれである。その文章がいつのまにかメールとなり、さまざまな人に送信され、その過程で百人が千人となり、いろいろな部分が付け加えられ、ここに紹介した文章になった。メールというのは簡単にコピーと訂正ができる。文章の一部を変更し、他の人に転送することが手間がかからずに出来る。このメールの特性からこの文章はインターネットをめぐるうちに、いろいろと手を加えられた。たとえば、「もしこのように縮小された全体図から」に始まる後半は原文にはなく、この文章が出来上がる過程で付け加えられたものである。それは一人の手ではなく、さまざまな人によっておこなわれている。そして出来上がった文章は原文が環境問題を提起するために作られ、環境問題に重点がおかれているのに対し、メールの文章は南北問題、富の偏重に重点がおかれたのもとなった。このメールを訳したのは世界銀行本部にカウンセラーとして働いていた中野氏によるものである。国際友情週間に送られてきたメールを訳して日本の友人に転送したのだそうだ。この国際友情週問というのは北米アメリカを中心にひろまっているものらしく、国や何らかの組織が定めものではなく、自然にできたもので、時期も諸説があってさだかではない。この期間には感動したいい話や詩をメールで友人におくる。そして最後には転送を願う一文が書かれる。中野氏はこの期間にメールを受け取り、訳して友達に転送した。ただ、日本にこの習慣はないのでこの国際友情習慣の一文は消去した。そしてこのメールが日本をかけめぐるわけであるが、そのなか、いつのまにか「ある学級通信」と呼ばれる一文が入った。誰がそれをつけたかは不明であり、実際にあったかどうかも不明である。実際中学で全員がコンピューターを持って、連絡網で使っているクラスが日本にあるかということ自体疑わしい。ただ、この一文が付け加えられたということはそういう先生がいてほしく、そういう先生がいるはずだということが日本においてリアリティを持ち、そのことによって付け加えられたのではないだろうか。
インターネットのメールは大変使いやすいコミュニケーションの道具である。また、このメールというのは基本的には個人対個人のコミュニケーションの道具である。個人が他の個人に伝えたい情報を送るのである。それは何万人に同じメールを送ろうが、何万人のそれぞれが自分宛に届いたと思う。そのメールを使って多くの人に伝えられたこの文章は、口々に伝えられた行った民話に似ている。民話が文章化されず、個対個の繋がりのなかで作られ、伝えられてきたのと同じように、この文章もそれぞれに作者はいるものの、個体個の繋がりの中で形をかえ、作られてきた。そしてそこにはニューヨークテロ後の不安な世界情勢の中、コンピューターを持っている一人が他の九十九人との関係をどのように構築すればよいかがわからない心理状況をあらわれているのかもしれない。
参考文献
「世界がもし百人のむらだったら」
池田香代子再話
Gダグラス・スミス対訳
(以下引用)
これは、ある中学校の担任の先生が、毎日自分が今まで教えた生徒に学級通信と言う形で、メールを流したものらしいんだけど、とってもすばらしいなあって思った。こういう視点を子供たちに与えてくれる先生がいるって、すばらしい。
もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には …
57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます
52人が女性です
48人が男性です
70人が有色人種で
30人が白人
70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教
89人が異性愛者で
11人が同性愛者
6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍
80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています
1人は(そうたった1人)は
大学の教育を受け
そしてたった1人だけが
コンピューターを所有しています
もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。
また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。
もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今生き残ることのできないであろう100万人の人達より恵まれています。
もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・あなたは世界の5億人の人達より恵まれています。
もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人の人達より恵まれています。
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人達より裕福で恵まれています。
もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちの一人です。
もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。
もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて、その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。
昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。
お金に執着することなく、喜んで働きましよう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
誰もみていないかのごとく自由に踊りましよう。
誰も聞いていないかのごとくのびやに歌いましよう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。