アメリカ宗教事情
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『9.11テロとイスラム教と人種差別』
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小向宣生
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2001年9月11日に起こった世界貿易センタービルへのハイジャック自爆テロ事件は世界を震撼させました。ブッシュ大統領は「これは戦争である」とし、主犯をイスラム過激派アルカイーダ指導者オサマ・ビン・ラディンとし、その捜索、捕獲及び、テロ組織撲滅を目的としてアフガニスタンへ攻撃を仕掛けました。
世界一の軍事力を誇るアメリカがタリバン政権を崩すのはたやすく、2001年度内には大勢が決したことは皆様もご存知のことと思います。
今回のテロによって更に有名になったイスラム教ですが、その詳しい歴史や教義についてはすでに多くの本が出版されているため、この記事では、アメリカ国内にいるイスラム教徒について、事件後、周囲の彼らに対する扱い、過去のテロ事件の時の影響を踏まえながら、イスラム教のイメージと実際の違いを明確にし、彼らイスラム教徒が今何を世間の人に訴えたいかをレポートしていきます。
【Hate Crime】
人種偏見や差別が基で起こる犯罪を「ヘイトクライム」と呼んでいます。9.11の事件後、アラブ、東南アジア系の人(男性なら頭にターバンを巻き、髭を生やした人、女性ならば肌を隠すヒジャーブという布を被った人)にたいするヘイトクライムの数が急増しました。
モスクと呼ばれるイスラム寺院やイスラム教の学校、中東系のコミュニティセンターには電話や手紙による脅迫が相次ぎ、落書き、投石、火炎ビン、銃弾などが飛んできたり、豚の血を入れた箱をモスクの入り口に置いておくという悪質な嫌がらせもありました(イスラム教では豚肉は食べてはいけません)。道を歩いていても罵声を浴びたり、アラブ系経営者のお店、特にガソリンスタンドも危険なため、閉鎖せざるをえない状況になっています。
イスラム教信者は一日に5回お祈りをしなければなりませんが、そのお祈りの中心寺院であるモスクも暴動を恐れて閉鎖されました。インターネットのチャットルームではイスラム教に対する悪口が飛び交い、大学キャンパスでは中東系の学生が卵を投げつけられたり、職場では突然解雇されたり、数々の嫌がらせがアメリカ国中ではびこっているのです。
それらは殺人にまで至っているのですが、外見だけで判断されて襲われる例もあります。インド人シーク教徒もやはりターバンを巻き、髭を生やすのですが、そのインド人が自分の経営するガソリンスタンドで銃で撃たれて死亡した例も報告されています。事件の報告例を挙げるときりがないのですが、アメリカ人の中には元々イスラム教に対する偏った悪いイメージがあり、それが今回のテロで爆発したのです。
【嫌われるイスラム教】
1993年にアメリカ・イスラム評議会が行なった世論調査によるとアメリカ国内で最も嫌われている宗教はイスラム教徒でした。カトリック、長老派、ルター派、ユダヤ教、キリスト教原理主義、モルモン教、ヒンズ―教の中でイスラム教を好ましくない宗教とする人が36%、好ましいとする人が23%で、それぞれ最高、最低の数値になりました。世界中で起こるテロリストの大半がイスラム教徒であるというイメージから、イスラム教というものはとかく好戦的な宗教だと解釈されているのです。
例えば1979から81年にかけて、テヘランのアメリカ大使館が占拠され、大使館員が人質にされた事件、1993年にも今回と同じ世界貿易センターが爆破された事件、そして『悪魔の詩』の著者であるサルマン・ルシュディ氏の暗殺指令などは全てイスラム教徒による犯行であったため、その教義の過激さが事件の度に報道されているからです。しかもイスラム教徒が絶対的に帰依し、信仰の拠り所とする教典『コーラン』第9章ではこう書かれています。
「四ヶ月の神聖月が明けたなら、多神教徒は見つけ次第殺してしまうがよい。ひっ捉え、追い込み、至るところに伏兵を置いて待ち伏せよ。しかし、もし彼らが改悛し、礼拝の務めを果たし、喜捨もよろこんで出すようなら、その時は逃がしてやるがよい。まことにアッラーはよくお赦しになる情深い御神におわします。」
このような急進的な教義からしばしばアメリカ国内でも大事件や事故の度にイスラム過激派の犯行かという疑いが真っ先に浮上します。1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件、96年のトランスワールド航空800便墜落事故、アトランタオリンピック公園爆破事件などはその典型例で、オクラホマの爆破事件後のイスラム教徒に対するヘイトクライムは296件にものぼりました。(この3事件ともイスラム教とは関係がないことが後に判明しました。)
今回の9.11事件の後でも、国民の怒りはイスラム教徒にぶつけられ、アラブ系の人には全員身分証明書を携帯することを義務づける案に対して賛成者が49%、アラブ系の人を強制送還させようという案には58%ものアメリカ人が賛成しました。もちろん、事件後で幾分ヒステリックになってはいるものの、「移民の国」アメリカでこのような数値が出るのは明らかに人種的偏見があることは隠せない事実なのです。
【知識人の批判】
キリスト教の牧師もイスラム教を毛嫌いする人が出てきました。パット・ロバートソン師は『700クラブ』というキリスト教テレビ番組で、「イスラム教は他宗教と共存していこうとは考えない危険な宗教である。彼らの言う『共存』とは、イスラム教団が他宗教団を支配し、圧倒し、破壊するまでの意味である。ブッシュ大統領は政治的立場からイスラム教は平穏な宗教であるとおっしゃったが、実際はそんなことはない。『コーラン』にも書いてある。」と述べて、先ほど引用した『コーラン』第9章を挙げています。
コラミストで一番辛らつな意見を書いた人は恐らくアン・カルタ―氏で、「アメリカ政府はイスラムの国を侵略し、指導者を殺害し、国民全員をキリスト教の信者に回心させるべきだ。」と言い放ちました。
また、司法長官ジョン・アシュクラフト氏もあるインタビューで、「イスラム教では大衆の子を神のために死ぬよう命令するが、キリスト教では神自身の子を民衆のために死ぬよう派遣している。」と述べ、本人もこの発言をしたことを認めました。
政治家でも「州境を越えようとするイスラム信者はすべて捕まえろ。」「イスラム教の神とキリスト教の神は異なる。なぜならイスラム教は悪魔の宗教だからだ。」等々述べ、ブッシュ大統領が一貫して述べている「憎むべきはテロリストで、イスラム教徒ではない」という見解と食い違いを見せています。
自分が任命した政府高官や有名牧師のこうした発言に対して、大統領はまだ沈黙を守っていますが、いずれ何らかの意見を述べなければならなく日が来るでしょう。
【アメリカでのイスラム教の浸透】
さて、世界中でイスラム教徒は12億人いると言われております。その中でアメリカに住むイスラム教徒は600万から700万人と推定されます。地域別ではカリフォルニア州に一番多く住み、大体100万人の信徒がいます。人種別に見ると、意外かもしれませんが、一番多い信徒はアフリカ系アメリカ人で全体の47%も占めています。南アジア系が24%で、なんとアラブ系は12%しかいないのです。アメリカに住むアラブ系の人の大半は、キリスト教信者なのです。
アフリカ系アメリカ人がどうしてこれほど多くいるのでしょうか。その理由は、キリスト教との関連にありました。19世紀半ばに南北戦争が起こり、黒人の奴隷制度は廃止されましたが、制度上はなくなっても実際は依然白人から差別を受けていました。
「ジム・クロー法」と呼ばれる数々の差別法で黒人は貧困な生活を1960年代まで余儀なくされてきました。60年代というのはベトナム反戦運動やヒッピー等の新しい自由な風潮が表れ始めた時代です。
それまでのアフリカ系アメリカ人に対するキリスト教教会の姿勢は、「汝のもう一方の頬を向けなさい。(マタイ福音書第5章39節)」や、「あなたたちは苦しみと引き換えにこの大地を受け継ぐでしょう。(旧約聖書詩編25章13節)」というもので、ひたすら「我慢せよ」と説教するだけだったのです。
そのような時代にイスラム教の新興勢力が台頭して、悩めるアフリカ系アメリカ人に対し、「あなたは、このような虐待を甘受し続ける必要などないのです。自身の人生を修練し、一生懸命働き、そして教育を受けることによって、改善できるのです。我々は、あなたを虐げる人々に勇敢に立ち向かうことが出来るのです。」と励まし、急速に信者を増やしていったのです。アフリカ系アメリカ人にたいし、失望ではなく、自尊心を与えたのです。敵を許し、戦争よりも出来る限り平和を望むよう信仰するが、弾圧に決して屈するな、というイスラムの教えは、当時公民権獲得を求めるアフリカ系アメリカ人の心を打ったのです。
【イスラム教徒の主張】
過激なイメージのあるイスラム教ですが、その内部を探求すると、必ずしも好戦的ではないというデータが存在するのです。実際、1980年から1996年までで、アメリカ国内では170件のテロ事件がありましたが、その内イスラム教徒による犯行は2件しかありません。テロ行為の全てが必ずしもイスラム教徒による犯行ではないのです。
アメリカ国内に住むイスラム教徒が声を大にして訴えたいことは、まず第一にマスコミの影響で、ほんの一部のイスラム過激派のためにイスラム教徒全体が同じように過激であるとみなされてしまうのは大いなる誤解だということです。マスコミは世間をあっと言わせるようなニュースしか報道せず、キリスト教徒が犯罪者になっても、キリスト教が糾弾されることはないのに、イスラム関係だと、こぞって疑いをかけ、まるでもう犯人がイスラム過激派によるものだといわんばかりの決めつけ報道がなされるのです。大半のイスラム教徒もまた、今回のテロで家族・知人を失い、心を痛めた犠牲者なのです。
第二に、教義上の誤解も数多くあり、その誤解をぜひ説いていきたいのです。例えばよく引用される「ジハード」という言葉。「聖戦」と訳され、「イスラムを脅かす敵に立ち向かいイスラムを拡大するための戦い」と解釈され、ここからテロが起こっているのですが、「ジハード」の元々の意味は「努力」です。最後の預言者ムハンマドは、「もし不公平を目の当たりにしたら身体を張って止めなさい。脅迫のために止められなければ、反対の意を口にしなさい。口頭でも反抗出来なければ、少なくとも心の中ではそれが過ちであることを念じなさい。」と言いました。つまり「ジハード」とは道徳的な行為・言葉・信念を持ち、真実と公平を保つことなのです。正しい信念を貫くためには王であろうと軍隊であろうと立ち向かうべきである。しかし、老人や女性、子供、病人、争いの渦中にない人に対する攻撃はしてはならないと教えているのです。9月11日の世界貿易センター破壊事件は無差別テロであるのは明らかで、イスラム教の教えに反していて、正当化されるべきではないというのがイスラム主流派の統一見解です。
そして第三に、暴力の歴史で綴られるのはイスラム教国だけではない。キリスト教の国でも同じことが言えるのだと主張します。歴史的にもキリスト教も血と血の争いが絶えないのです。ヨーロッパから「明白な宿命」と銘打って北米大陸に上陸し、原住民を追い出したのは誰か。キリスト教の人たちだ。大量殺戮兵器を作った人は誰か。イスラム教徒ではない。広島や長崎でその兵器を使ったのは誰か。キリスト教の国、アメリカ人なのである、と。
ではキリスト教が悪の宗教なのか、というと、そんなことはありません。およそどんな宗教であれ、人を殺すことを目的とした宗教はありません。人を救うために宗教というものは存在しているのです。キリスト教が広島・長崎の原爆投下で責められるべきではないのと同様、諸々のテロ事件が起こるたびにイスラム教のこともどうか責めないでくれ、宗教の教義で争わないで欲しい、というのが彼らの一番言いたいことなのです。
【9.11自爆テロと真珠湾攻撃】
今回のテロ事件でイスラム教徒の人たちとよく比較されたのが60年前の日本軍による真珠湾攻撃で差別を受けた日系人の人たちです。1942年12月7日に起きたこの攻撃で、当時アメリカ本土(主に西海岸)に暮らしていた12万人の日系人は今回の事件と同じような扱いを受けています。
フランクリン・ルーズベルト大統領によって、日系人全員が土地も仕事も財産も奪われて砂漠地区の収容所に入れられました。12万人の内、アメリカ市民権を持っていた人、つまり「アメリカ人」は8万人おりました。又、6万人がアメリカ本土で生まれたにもかかわらず一斉に検挙され、強制収容されたのです。その収容期間は4年ほど続きましたが、戦後解放された後も、自分の生まれた国で外国人扱いされたという事実は精神的苦痛として長い間、恐らく一生涯日系人の心に傷として残りました。
今回のテロに際しても「第二の真珠湾攻撃だ」と扱ったマスコミが多くありました。インターネットのチャットルームでは「60年前のジャップと同様イスラム教徒を収容所にぶち込んでしまえ」という内容のものも数多くありました。このような状況の中、60年前自分の農場を追われ、家族と日系人収容所に入れられたジミー・ヤマグチ氏は、現在のアメリカ人イスラム教徒にいたく同情しています。
「彼らイスラム教徒は私と家族が当時被ったのと同じ理由で苦しんでいるのです。つまり我々の何がいけないかというと、この外見なのです。同じ人種というだけで、同じ犯罪者になってしまうのです。」
幼い頃に受けた心の傷はなかなか完治しません。日系人の中には、嫌がらせを恐れて現在でも12月7日は一日中家に閉じこもっている人もいるのです。
【終わりに】
9.11事件の首謀者が明らかになるとその報復措置としてアメリカはアフガニスタンに総攻撃を仕掛けました。アメリカ国民の大半がこの攻撃を支持していますが、一部のアメリカ人は反対している人もいます。ノーベル平和賞受賞者のジョディ・ウィリアムズ氏も「アメリカ市民が殺されたから、他の国民を殺してもよいという考えは、テロリストと同じ水準だ。」と言い、報復には強く反対しています。歴史が示す通り、人権を奪う行為は後々に必ず報いとなって跳ね返ってくるのです。因果応報が繰り返されます。但し、アメリカばかりが非難されるべきではありません。イスラムの人々も過去においてハイジャック人質事件やイスラエル人オリンピック選手殺害を正当化してきたことがありました。米国ではテロは少なくても、世界のあちこちで事件を起こしています。身近な例では、キリギス共和国での日本人技師誘拐事件やバーミヤンの石仏像破壊事件など、いくら過激派の仕業とはいえ、そもそも拠り所とする宗教の中に攻撃的思想を育てる教義が含まれているからこのようなテロ行為が発生するのです。
仏教徒としてイスラム過激派のテロ行為、そしてアメリカの報復行為に対して異を唱えなければならないでしょう。お釈迦様も「怨みに報いるに怨みを以ってすればついに怨みの止むことなし。怨みを捨ててこそ止む。」とおっしゃっています。暴力に対して暴力で報復しても根本解決にはならない、それどころかまた新たな復習心を植えつけることになるのです。60年前に日系人に対して行なった侮辱行為に対し、1988年、現大統領の父親ブッシュ大統領は正式に謝罪し、戦争犠牲者の石碑をワシントンに建てました。殺戮行為は、たとえ「戦争」という大義名分があっても、時が経てば必ず非難の対象となるのです。「なぜアメリカが世界でこれほど憎まれているかをまったく理解出来ていない、あるいは理解しようとしていない。」と心理学者の下條信輔氏は述べています。両国に一番必要なのは最新鋭のミサイルでも爆撃機でもありません。自己批判と自己反省なのです。人間を絶対殺さないという姿勢で臨まない限り、テロ行為は絶対になくならないと断言出来るのです。
【参考文献】
Asma Gull Hasen, American Muslims, The Continuum International Publishing
Group Inc, New York, 2000
板垣雄三編「『対テロ戦争』とイスラム世界」岩波書店、東京、2002
「イスラム教の本」学習研究社、東京、1995
江上波夫他「詳説世界史」山川出版社、東京、2001
【インターネット】
www.gulf-news.com “The internment of Japanese Americans: 60 years later”
www.usatoday.com “Pearl Harbor’s legacy” “Arab-Americans being targeted as scapegoats”
www.shalomctr.org/html/peace70.html “What Became of Tolerance in Islam?”
www.amaweb.org/eastbayexpress.html “Is Islam to blame?”
www.dispatch.com “Anti-Muslim trend disturbing”
www.cnn.com “Hate crime reports up in wake of terrorist attacks”