突然ですが「三男」と書いて何と読むでしょうか。「サンナン」あるいは「ミツオ」。今年亡くなられた檀家の方ですが「三男」と書いて実は「カズオ」と読みました。この方は「三男」と言う名にもかかわらず長男でした。この方が生まれた時に、その父親から先々代の住職が相談されたそうです。いわく「うちの家は三代にわたって長男が早死にしている。今度生まれた子も心配でならない。何かいい方法はありませんか。」そこでお付けしたのが「三男」という名前でした。「ただし長男だから読むのはカズオと読みなさい。一から九まで全部カズだから。」と言ったそうです。少し強引な感じもしますが、そのおかげかどうか九十余歳の長寿で旅立たれました。ご本人からそんな話をうかがっていましたので「三男」という名前に印象があるせいか、ほかの「三男」さんにもついつい「何とお読みしますか。」と聞いてしまいます。そして「住職、ミツオに決まっているじゃないですか。」と半分ばかにされたりしました。
「住職、何で戒名に夕日と入っているんですか。」と質問されました。「エッ、夕日。」亡くなられたのが七月七日、七夕にちなんで「○○院妙夕日○信女」と言う戒名をお付けしました。私としては「妙夕」「日○」と切って読んでくれるものとばかり思っていたのですが、確かに「夕日」と入っていることに違いありません。戒名を見慣れている方、読み慣れている方でしたらこういう間違いはないと思ったのですが。
名前にしても戒名にしても、こちらの思いとすれ違いが生ずることがあるものだなと勉強になりました。
「住職、戒名から名前を付けてもかまいませんか。」ある檀家の方に相談されました。その方は父を亡くしてすぐに子供が生まれました。生まれた子供に祖父の戒名の日号「日安」から「晏」の字を付けたいということでした。「戒名は亡くなった人の名ではなく、もともと仏様の弟子として授けられる名です。そのありがたい名を孫が継ぐのは、なによりの供養になると思いますよ。」と話しました。こういうことがあるといわば戒名の付けがいがあると思いました。
冒頭先々代の話をしましたが、私の名前も祖父である先々代の思いがこめられたものです。祖父は私が生まれる二年前に遷化しましたが、男が生まれたら「悠」の字を名前に入れてくれと言っていたそうです。そこで生まれた私に父は「悠紀雄」と名づけたそうです。自分が住職になり先々代の時代の過去帳をみるようになって、「悠」の字が頻繁に使われているのに気づきました。その時は、なんだ戒名と一緒にされたのか、と思ったものです。僧階を取る時にとりあえず「雄」を一字とって、今の「悠紀」と言う名になおしたわけです。ところがその後この「悠紀」というのは単語としてあって、天皇陛下に献上するお酒に関係があるらしいとわかりました。そのせいでお酒となかなか縁が切れないのかもしれません。
「あんらじゅ」今号では名前と戒名で御茶を濁させていただきました。
小高 悠紀