「御住職、ちょっとお聞きしたいのですが。お寺さんにお金をお包みする時、表には何とお書きするのが正しいのでしようか。」檀家の方から時々尋ねられます。「そうですね、詳しく説明すると長くなりますので。とりあえず『御布施』と書いておけば、いいと思います。御宝前に、本尊様に捧げて功徳を積む、或は功徳を回らすということになりますから。」或ばお彼岸や、お施餓鬼、お会式の際にも「御布施』についてときどき説明しています。
ところが、やはりというか、『御経料』と書いてある包みもときおり見かけます。先日、檀家ではありませんが、縁があって年回忌の法要に伺った家で、『御教料』と表書きした『御布施』をあずかりました。考えてみると、御仏壇の前でおあげした、法華経はお釈迦様の教え、御遺文は宗祖の教えですから『有り難いお教えを聞かせて頂いたお礼の料金』という意味で『御経料』と書いたのなら、一応筋ば通っているなあと変に納得してしまいました。単に『経』と『教』を書き間違えたのだと恩いますが。それとも、お経がたよりない。もっと修行を積めという意味の私への『お教え料』だったのかも。
又別な方。『御塔板料』、確かに板塔婆ですからこれも半分納得。「ムレさん(親しい仲間内では寺の所在地の名をとって、こう呼ばれています)、お宅では七五○何か計面してる。」「もう終わっちゃった。」「エッ、何をやったの。」「玄題族二本、七五○記念の文字入りを頼んだからそれで終り。」親しいお寺さんとの数年前のやりとり。勿論半分冗談ですが。
それでも年未、年始、お会式と、本堂の両側に立てますと、それなりに反応がありました。「住職、今年は七五○年とか書いた立派な旗が立ってますけど、どんな意味なんですか。」年始参りに来た檀家のこんな貿間から、立教開宗七五○年の意教をさりげなく伝える事ができました・又それよりもうれしかつたのは「旗に書いてある立教開宗七五○年ていうのはどういう事なんですか。」と聞いてくる普通の参拝者の方が多かつたことです。
外に向かって、「立教開宗七五○年」をアピールするには、ヒットとまではいかなくとも、犠牲バント位の効果はあったのではと、玄題旗に合掌した次第です。
管区内に限らず、記念事業を進めているお寺や、落慶法要を行ったお寺の話をお聞きします。「あのお寺さん、すごく立派になったネ」「そう、日蓮聖人が初めてお題目を唱えてから、もうすぐ七五○年になるんですって。その記念ということで本堂を建てかえたんですって。」「今度一緒にゆっくりお参りしてみましよう。」近所でこんな会話が聞かれるような地域社会にとけこんだ七五○を、それぞれの寺院で迎えたいものです。
ところでタイトルの「あんらじゅ』。勿講、御遺文の松野敷御返事の一節「菴羅樹の花は多く咲け共果に成るは少なし」より名付けました。マンゴー樹のことで、インド全土で産する常縁樹です。第七号を迎え、この情報誌も少しは果(み)になりつつあるのではと恩っています。ますますの叱咤激励をお寄せ下さいますよう、お願い致します。
センター長 小高 悠紀