日蓮宗 東京西部教化センター
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徒然雑感 あんらじゅ 次→

 雪かきで痛めた手もそうやら回復し、やっとこの文を書き始めています。
 大雪の朝、六時前に庭にでてみますと、降り積もった雪の上に、本堂正面へ向かって、二、三名の参拝者らしき足跡がありました。朝のお経はとりあえず、自我偈一巻。早速、雪かきにとりかかります。まず境内前の道路と停留所、門までの参道。門から本堂まで。そして書院玄関、庫裡玄関、駐車場と休みなく動いて、午後一時。一口飲んだ缶ビールのおいしかった事。いつ、いかなる来客があるか、わからない以上、寺をあずかる住職の仕事の内、とはいえ、翌日、右手が箸さえ持てなくなった程の痛みにおそわれ困りました。右手首、腱鞘炎、木鉦もままならず。
 考えてみると、昨年十二月からは、境内の落ち葉掃き、正月の杭打ち、照明器具の取り付けと、肉体労働ばかり。五十の声を聞く肉体には、少々過酷すぎたかと反省した次第。
 歳末、かき集めた落ち葉を燃やしたりしていますと、お歳暮で見えた檀家の方。
 「住職、誰かに頼めばいいのに‥‥。」
 また、ふらりと境内を散策に来た人、普通の作業着に帽子をかぶり、地下足袋をはき、ノコギリ、植木ばさみを腰につるした住職に話しかけて一言。
 「御苦労様です。大変ですネ。ここの住職は、庭掃除はほとんどしない方みたいですから。」
 そんな訳で、毎年、木の葉の散る時期が来ると、一層のこと、全部の木を根本から切ってしまおうかと考えることもあります。
 しかし、夏の日差しをさけて、木陰で缶ジュースを飲んでいる親子づれ。お昼の弁当を食べている近所の建築作業員。秋には紅葉の境内の写真を写しにくる、アマチュア・カメラマン。色づいた柿を「一ついただけますか」と声をかけてくる人。「銀杏を少し拾っていいですか」と言ってくる人。「京都のお寺へきたみたいな気がします」と話かけてくる人、などなど。
 縁が少なくなりつつある今日この頃、少しでも自然にふれて、喜んでくれる方があれば、寺をあずかる者としても、一つの喜びと思い、むしろ責務と考えるようにしています。
 大げさに言えば、表を通った方が、一人でも多く、境内に足を踏み入れてくれ、かつ、本堂の前で合掌して下さるのなら、布教の一つになるのではと思います。
 もう二〇年以上前になりますが、隣地にマンションができました。引っ越して来た方が塀越しに声をかけてきました。
 「こういう緑の多い所で住むのが夢でした。静かなお寺の隣で、喜んでいます。」
 「でも、今のうちに謝っておきますが、秋になると、落ち葉が風向きの関係で、そちらに大分たまりますよ。」
 「落ち葉を集めて、焚き火をするのもあこがれていたんです。平気です。」
 一年たち、二年たち、言ってくる事が違ってきました。
「枝が伸びすぎています。切って下さい。」
 あげくの果て、燃やした落ち葉の処理に困り、境内の片隅に積んでありました。お寺だから、灰にして帰してくれたのか、と苦笑いをした覚えもあります。
 そんなわずらわしい問題にも耐え、檀家に限らず、地域にとけこむ事。環境破壊が問題となっている今日、狭い地域でもそこに住む人々のわずかなうるおいとなれば、いや、なすことも、これからの寺のあり方ではないか、住職としてのお仕事の一つではないかと考える次第です。
 最後になりましたが、前号で原稿のミスから、蕪村の句を芭蕉の句と表記してしまいました。正しくは、
 妻も子も 寺でもの食う 野分哉   蕪村
です。皆様、蕪村様、芭蕉様、お詫びして訂正いたします。

教化センター長  小高 悠紀
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