日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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所報第36号:109頁〜 研究ノート ←前次→

   日蓮聖人の書簡にみる教化学〜その1〜
小 澤 惠 修   
(現代宗教研究所研究員)   
          一、はじめに

            @ 「教化学」の必要性

 「日蓮聖人の日常の教化生活とは如何なるものだったのだろうか。」
 こんな疑問点を今回は設定させて戴いた。当然、このような疑問は常に我々の座右の銘たるものであり、こと改めて研究の対象と成らしめることに自己反省を致さなくてはならないことは重々承知しているが、ここ数年、「教化学」という立場に立って摸索を試みて参った経緯がある。まずは最初に確認をする意味でこれまでの作業をまとめてみると、
 1、「教化学」の構築が何故必要なのか。
     ●教学を志す価値観の相違
     ●日常の布教現場に於いて学問としての教学を機能的に反映出来ない。
 2、現代の信仰形態へ対応するという学問的要素がまだ発展途上である。
 3、学問の性格として、内向性、外向性という分割機能が働いてしまっている。
     ●教学というものが自己の信仰を内面的に構築する特徴があるのに対し、
      教化とは外部的に昇華させる目的と機能が要求される。
 簡潔に纏めると、過去にこのような要素の存在を提起してきた経緯がある。これについて、詳細の説明は昨年までの現代宗教研究所所報をご参考にして頂きたいと思うが、これまでの感触から申すと、この問題に対してこの教学大会内に於いてあまり興味を持たれなかったように感じている。しかしながら、現代の布教現状、そして教育環境と時代感覚の中で、我々日蓮宗の教師として現場に立つ日常性の中で、はたして教学と信仰、そして教化が同一性の機能を有して居るのかについて重大な疑問を覚えるのである。

            A 宗学的教化学

 更に、もう一点研究過程に於いて注意すべき点を抑えておかなくてはならない。
 「教化学」は決して教学の基本から逸脱するべきものではない、と言うことである。
 自己の学問分野に於いて現代を照らし、その知識範囲における分析は当然行われるべきものである。しかしながらその次の段階に於いて必ず教学に照らし合わせた検索作業を行うべきであって、教学を無視した理論を行うべきではないと考える。時に「現在の教学は現代には通用しないから、教化学を構築しなくてはならない」という意見が聞かれるが、それはともすれば日蓮聖人の御意志から離れ、教化の方向性を混迷させる危険性が存在する可能性があること、これには賛否両論が存在するであろうが、心して考えて行かねばならぬことだと思う。
 前置きが長くなるが、これまであまり「教化学」という問題が学会内にて意識されなかった。これは当然自分自身が反省し、もっと体系的な方法を用いてこの「教化学」について構築せねばならなかったのであるが、その土壌となる部分がまだ鮮明となっていない事と併せて、今後の課題とせねばならないことであると思う。

          二、聖人の教化方法について

 さて、今回はその「教化学」を論証する方法を模索するために、「聖人の教化」というものに着目し論立てを試みた。その中で、聖人の弟子、外護者へ宛てられた「書簡」に注目し、聖人の思想や、信仰をどのように日・常・化・し伝えて居られたかを考えて見ることにしたわけである。聖人のお言葉になるべく純粋に立ち返り、そのお言葉が現代であるならどのような響きと感じられるのか、そこに「教化学」の必要性と併せて考察する方法を試行して行こうと思う。
 さて、それでは、聖人の身延期に著述された書簡について今回の試みを行ってみたいと思う。聖人が佐渡よりお戻りに成られ、幕府への諫暁の後、身延へお入りになられた後の生活は弟子、信者への教化がご生涯に於いて一番心安く行うことが出来たのではと伺うことが出来るからである。身延期の書簡の中から、今回はその中から二つを選び、聖人の教化の方法等に考察を加えて行きたいと思う。

            @ 『忘持経事』

 まず、聖人が、大檀越である富木常忍入道が九十歳で逝去された母の遺骨を身延の聖人の元に奉じた時、その帰り、富木氏本人の持経を忘れたことについて『忘持経事』という書簡を送られている。この書簡を通して法華信仰についての教化の方法を探って行こうと思う。
 まず、その内容について見てみたいと思うが、これは、中国の故事を引用し「忘れ者」に喩え、富木氏が持経を忘れたことを引き合いに不退転の法華信仰を示された書簡である。特に、法華経の化城喩品の説を上げて、「久遠下種之人忘良薬」として「仏陀本意」を忘れるという表現をされて居られることに注目し、この「仏陀の本意」を忘れるという状態を一つのポイントとして捉えてみたいと思う。この「忘れる」という状態、状況をどのように理解するかが問題である。つまり結論から言うと教化の現場に於いて、その対象、つまり、現代の教化対象である我々が「釈尊の本意」を「忘れた」のか、それとも「知らない」のかの問題を考えてみたいと思うのである。
 さて、この『忘持経事』に於いて、現代の教化の対象について一つの方法論を示していると考えられる。ここに於いては、聖人の「下種論」という問題が重要となる。この「下種論」は、聖人の教学上、大変重要な問題であるから、その解釈について慎重な判断が必要である。特に、この書簡に於いては、化城喩品の化城宝処の喩えを引用されているが、ここでは、下根の衆生の救済を目的として過去の因縁を説かれ、成仏の保証をされている部分である。ここに「種熟脱の三益」を示されているのであるが、ここで重要なのは、聖人は法華経の教化の土壌として、末法の衆生を過去に下種を受けていない「本未有善」の対象者であることが聖人の法華思想の根本であるということである。この教化対象であるにも拘わらず、『忘持経事』に於いて、過去世における教化の因縁を説かれ、衆生の成仏の因縁について説かれていることに、一見、一種の矛盾点が生じるかのようである。この理由について考えられるのは、まず、この書簡の宛てた相手は、当時聖人の立場や教義を充分に理解していたであろう富木氏であることはその矛盾点を解決するに値するポイントであろうと思われるが、当時の書簡を書かれた聖人の心情や状況を考えても、聖人の教化姿勢は明らかに「本未有善」の立場であることは確かであると考えられる。それをこの書簡の中で、富木氏のことを「禿居士」と表現し、母の遺骨を身延まで奉じられたことの重要性を説き、その縁によって母の過去世からの重罪が消滅すると述べて居られる。つまり、富木氏の母の遺骨を身延まで運ばれたこの行=cd=d26e為=cd=d26eが、「種脱」を兼ね備えた法華経との縁によってもたらされた救済の形であると規定されているのである。
 ここに、法華経信仰が、単なる観念の内の真理ではなく、法華経に即した「行為」という価値観を備えることの重要性を示し、教示するわけである。
 つまり、現代に於いて、人々の日常生活の営み自体が法華経に即した「行為」と位置付けながらの教化環境を整える必要があると云うことではなかろうかと思うのである。
 ここに於ける「本未有善」とは単に「知らない」という概念だけではなく、「末法劣機の機根」の所縁によって知ることが出来た「法華経」の世界によって常に日常的に法華経の中で生きている(生かされている)という自覚を教示しなくてはならないわけで、人々の心中に於ける「救い」というものへの欲求を、「自己への目覚め」という導入によって真の「救い」が可能となるという教化方法であろうと考えるのである。その方法として、「観心本尊抄」の四十五字法体段に示される「受け持ち」の理論が重要となるわけであり、「自然譲与」という「唱題」という信仰的行為が要求されるわけである。これが、教学上、「乗種」といわるものであり、先に示した化城喩品に示され「化城喩」の釈尊の本意を「忘れてしまった」という本来、衆生に備わっている「仏性」は「性種」であるから、双方の関わり合いの中で、「本未有善」とは、成仏に至る方法論の範疇に於いて、衆生の心田の土には涅槃経の「一切衆生悉有仏性」に示されるが如く、成仏への土壌は備わっているが、行為が伴わない、その行為とは題目受け持ちによる種を植えるということが教化の順序となるわけである。
 これが、現代的「本未有善」の教化環境として考えられるわけである。ここに、「折伏」という排他的要素を法華経的、大きくは仏教的な範疇で理解し、聖人がこの書簡において示された信仰の在り方として理解するべきであろうと思うのである。ここに現代の「種脱」の教化の環境が整う訳である。
 このように、この書簡に示された「忘れた」という表示は「仏性」の忘却であり、法華経との縁を媒介として「唱題」の行為による「下種」という信仰の次第を示し、実際の日常に於ける行動の宗教性を示す訳である。

            A 『法華証明抄』

 次にもう一つ、『法華証明抄』という書簡に注目してみたいと思う。
 この書簡は、南條上野七郎次郎に贈られた書簡であり、法華経信心の成仏の証を示されている中に於いて、注目すべき表現を伺うことが出来るのである。
 この書簡の宛先である南條七郎次郎が病になったことについて、七郎次郎が法華経の信仰者であることを認めた上で、「天魔外道がその信仰心を試す為に病にしている」という表現をされていることに注目したいと思う。単に病を「悪」として位置付けず、その法華経信仰の功徳の一部分として捉え教示されている。ここに、先の『忘持経事』に於ける、法華経との自己の日常との関係を実に解りやすく教示されていることが理解できる。
 ここにも、「本未有善」の機であるが故に、病という法華経的体験を「種脱」の利益として捉えることの出来る現代に適用可能な教化方法であろうと思われるのである。
 さて更に、この二つの書簡に見られる聖人の「本未有善」の機根に対する教化の考え方は、実に、現実に生きている人々をそのままに於いて理解し、「過去の因縁」という観念的教化方法よりも、現実の日常の行為、体験に主体的な価値観を認め、「種脱」の救済理論を展開することにあるのではなかろうかと思うのである。
 聖人のこの現在への価値観の問題は、聖人の「事」の法門に於いて、先師である望月歓厚博士が聖人の「事」の法門について、「現在事」、そして「人間事」として分析されている根拠として改めて理解することが出来るのである。
 聖人の教学はその時代、確かに教化の現場に於いて充分に適用し、理解されていたことが伺えることに、我々は反省するべき部分を認めなくてはならないと思うのである。

          三、現代の教化環境の現状 〜信仰の継承とその価値観〜

 次に、何故、このような問題に対してこのような分析を提起したのか、いくつかこれまでの「教化学」への試論を通してその論点を挙げてみたいと思う
    一、  宗門の教化環境を考えたとき、檀信徒に限定された状況が大多数であること。
    二、  現代人の社会的環境に於いて、通常、親からの信仰的継承、つまり檀家制度の延長線上に於いて行われている現状がある。
    三、  宗教自体が、その主体的な価値観より、情報化社会を背景とした多角的、つまり日常の中の分割された価値の一部分として存在している。
 これらの要素は一つには現代の寺院運営上、檀家制度の上に成り立つ教化環境という特徴がある。つまりこの環境の中で、「法華経」との関係は、信仰とは別の次元に於いて継承されるという環境が存在すると考えられる。そこに、教学上、「本未有善」、「劣機の機根」という立場に於いて教化活動を行って行くことが可能であるかという問題も存在するのである。
 しかしながら、聖人の書簡に聖人ご自身の教化への姿勢を拝見するに、聖人の強固なる信仰的立証に裏付けられた「現実性」、「人間性」に見られる教化方法は、充分に現代に於いて、有効であり、更には教学を如何に現実性のある、「今」の有り様こそが法華経における「種脱」の利益であり、「本未有善」の理論を「知らない」という解釈の一方、新たに「自己への現実的なる探求」の精神に於ける信仰姿勢の重要性を見ることが出来るのではなかろうかと思うのである。
 この問題は、前々年のこの教学大会に於いて「現代に於ける五義の周辺」という視点から現代の機根の捉え方についての試論を行ったことがあるが、それぞれの時代背景によってこの機根についての検証を行って行かねばならないという提起をさせて頂いた。聖人ご在世の当時の社会環境、つまり教化環境と現代とを比較検討する必要性が存在するのではなかろうかという問題提起である。
 今回、この「下種」の立場について聖人の「本未有善」、末法は「劣機の機根」であるという基本的な教学の定義が普遍なものであることは揺るぎなきものであるが、その基本的立場を厳守する中に於いて、現代に於ける教化という現場に於ける「知らない」という人間の生物的なものに関わる部分に於いて、その有効な教化方法を模索する必要が存在するのではなかろうかと考えるのである。
 そこに日常的行為を価値づける教化の方法論に現代的意義への検証を行って行けば良いと思うのである。この作業が主体的に行われる中で、「教化学」の構築が可能となるのではなかろうかと思うのである。
 これまでの「教化学」を基盤に置いた論法において、聖人の書簡に対する解釈に不十分な部分が存在することは肝に銘じていることではあるが、現代の「今」に聖人の書簡に出会ったならば、自分自身、どのように理解し、信仰の糧としたかという立場において読ませて頂いたわけである。

          四、おわりに

 この現代に於ける宗教の価値観には、この様な学問的分野において、それがともすると観念的に陥りやすい危機感がある。その裏側において、自己が自己をして納得した信仰というものにおいて、日常の教化活動を営んでいるきらいがあることは認めたくはないが遠からず事実である。そこに、「教学は教化の現場では通用しない」・「教学は古典である」という考え方が生まれ出るのではなかろうかと思うのである。
 自己の研鑽を如何に、日蓮聖人的な表現、方法に於いて教化の現場に行かしてゆくかを考えるのが「教化学」が必要である理由であり、「教学即教化学である」という、本来の聖人のご意志を継承する為の、将来に向かった試みではなかろうかと思うのである。
 立教開宗七五〇年を愈々明年に迎える今、これまでの「お題目総弘通運動」の検証と共に、次の時代に聖人の教学が息づく土俵を創る役割が我々にはあるのではないかと切に思う次第である。
※本稿は第五四回日蓮宗教学発表大会で発表した原稿を加筆、訂正したものである。

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