研究ノート
律蔵経典群に見える仏教医学について
−律藏とインド古典医学の比較から−
影 山 教 俊
(現代宗教研究所主任)
◆プロローグ
現実苦に苛まれながら生きる人々を「救いや癒し」へと導く、宗教としての仏教を理解するためには「その時代の仏教者がどの様に身体の在り方を考え、どの様に病気というものを捉えていたのか。」ということを適正に評価しなければならないと私は考えます。
なぜなら、それは仏教が提示する信行生活によって実現される抜苦与楽、悟りという「救いの心理体験や、身体的な病気の癒し」は、思想哲学という観念的なものではなく、切れば血の出る私たちの身体性の上に実現される、経験的な事実の獲得を目指すものだからです。
つまり、信行生活によって救われ癒される主体は観念的な存在ではなく、この身体性の上で「救われ癒された」という実感であり、そして、その現実苦から救われ癒された経験の実際を説明する学が、その時代の医科学的な知識だといえるからなのです。
そしてまた、このような視点に立つことによって始めて、宗教としての仏教が持っている機能面が理解できると同時に、翻ってこの現実社会に対する仏教者による教化活動の実際が示唆できると考えております。これは正しく仏教者が自らが、仏教者としての身体性を獲得する道であると思います。
ところで、この数年このような観点に立って天台大師の身体観を考察いたしました。その結果、天台大師は陰陽五行説に支えられた中国医学の文化圏に生まれ育ち、その時代の医学的知識であった「陰陽五行説の気の生理学」によって、その身体的な成り立ちや病因論を理解し、その様な身体観を持って実践していた。
そして、インドから伝来した仏教を学び、インド仏教医学を吸収することで、四大理論に支えられた病因論、治療法としての薬効食を理解し、四大理論に支えられた身体観を取り入れ、それを中国医学と折衷する形で、僧堂における信行生活の実際の指導や臨床に応用していたことが理解できました。
とくに天台大師の中国医学の知識は、『黄帝内経』(『素問』『霊枢』)(紀元前三二〇〜二五〇年頃成立)、『黄帝八十一難経』(二世紀末成立)、張仲景著『金匱要略方』(三世紀初頭)、王叔和著『脈経』(二二〇〜三一六年)などの医学書群がテキストとなっていること。
また『黄帝内経』などの正統医学書には具体的に記述されていない按摩法、調気導引法などに関わるものも、七世紀初頭までには編集されていた道教系統の医学書孫思

著『備急千金要方』(六五〇〜六五八年)などに記述されていものが、すでに六世紀に撰述された『摩訶止観』や『天台小止観』にも見られたということは、天台大師は当時隆盛であったの道教系医学の葛洪(二八三年〜三六三年)著『抱朴子』『肘後備急方』『金匱薬方』、その後継である陶弘景(四五二年〜五三六年)著『肘後百一方』『神農本草経』などの基礎医学のテキストに精通していたことが考えられました。
そして、四大の病因論に支えられたインド仏教の医学的知識は、後漢安息三蔵安世高訳『道地経』五種成敗章第五、後漢天竺三蔵支曜訳『小道地経』、呉天竺沙門竺律炎訳『仏医経』、天竺三蔵竺法護訳『本道地経』五陰成敗品第五、東晋天竺三蔵仏陀跋陀羅訳『修行道地経』と『金光明経』除病品第十五の経典群に断片的に見られ、またとくに天台大師の文献に見られる医学的知識は、『摩訶僧祇律』に含まれる医学的知識と重なることが多く、天台大師の学んだテキストは『摩訶僧祇律』であろうと考えられます。*1
では、この様に天台大師によって学ばれたインド仏教医学は、中国へと伝播する以前には、どの様な病因論が流布し、どの様に臨床に応用されていたのでしょうか。
一、インド古典医学とインド仏教の医方明
従来、仏教の医科学は五明(pa

ca-vidy

)の一つ医方明(cikits

-vidy

)として扱われておりますが、具体的に天台大師の在世時代(五三八〜五九七年)である六世紀中頃までに中国へと伝播した漢訳文献の中には、この医方明に相応する完本のテキスト文献は見られません。*2
ただインド仏教の僧院生活を伝えるのもとして、七世紀中頃(在印期間六二九〜六四五年)にナーランダ僧院を中心に遊学していた玄奘三蔵の生活を伝える『大慈恩寺三蔵法師伝』十巻、『大唐西域記』などには、ナーランダ僧院での学習コースの重要なものとして、一に声明(

abda-vidy

)、二に工巧明(silpakarmasth

na-vidy

)、三に医方明(cikits

-vidy

)、四に因明(hetu-vidy

)、五に内明(adhy

tma-vidy

)など五明の伝統的カリキュラムが上げられており、学生たちはこの五明を三蔵十二部教の経典群と共にそれを七歳から学んだといい、さらにこの医方明について魔除けの呪文、医薬品、石や針やお灸などの医療技術が述べられております。*3
また、七世紀後半のナーランダ僧院の生活を伝える唐代の訳経三蔵僧義浄(在印期間六七二〜六八二年)の『南海寄帰内法伝』*4には当時のナーランダ僧院では、医方明の診療科目として
一、腫瘍、膿瘍などの治療法(一般外科学、

ala-tantra)
二、眼科や耳鼻科の治療法 (特殊外科学、


l

kya-tantra)
三、内科全般の治療法 (身体療法、K

ya-cikits

)
四、精神病治療 (鬼神学、Bh

ta-vidy

)
五、小児病治療 (小兒科学、K

um

ra-bh

itya)
六、解毒剤の投薬療法 (毒物学、Agada-tantra)
七、長生薬論 (不老長生学、Ras

yana-tantra)
八、精力増強法 (強精学、V

j

kara

a-tantra)
の八つが設けられ*5、四大理論に支えられた病因論に基づく医療が、臨床的には現在のインド医学、アーユル

ヴェーダと同様の三大理論(tri-do

a theory)に基づく医療が広く行われていたことが伝えられております。
そして、この医方明のテキストについて、「斯の八術は先に八部と為す。近日人有りて略して一夾と為す。」*6とあり、その医方明のテキストが古典的な医学書を整理して一冊にした新たなテキストであったことが示されております。
近年この『南海寄帰内法伝』の「略して一夾と為」されたテキストがバーグバタ(V

gbha

a)の『八科精髄集』*7であり、それはほぼ七世紀に成立し、先行するインドの二大古典医学書である『チャラカ・サンヒター』*8と『スシュルタ・サンヒター』*9に含まれる医学的知識を集大成した文献であったといいます。そして、先の二書にこの『八科精髄集』を加えてインドでは三大医学書と呼ばれるといいます。
そしてまた、この『八科精髄集』が医学の理論と臨床の双方を扱いながら、二つの古典をうまく折衷し読みやすいために、ナーランダ僧院のような総合大学的な教育機関では最適なテキストとして用いられたらしく、インド国外へも伝えられ、八世紀後半にはチベット大蔵経にも所収されている。しかし残念ながら、これらの医学テキストは漢訳されておりません。ちなみに、このテキストの重要性を物語る事実として、インド国ケーララ州のアシュタヴィディヤー(A


a-vaidya)医学派に属するナンブーディリ・バラモンでは、現在でも実践されているといいます。*10
二、インド仏教における医方明テキスト『八科精髄集』以前の医学的知識
ではインドのナーランダ僧院において医方明テキスト『八科精髄集』が成文化され、成立する以前はどの様な医学的知識に基づいて医療が行われていたのでしょうか。
「耆婆(ジーバカ、Jivaka Komarabhacca)が良薬」といわれるように現存する律藏(Vinaya-pi

ka)経典の、とくにその毘奈耶薬事に相応する部分に、病気の治療に関わる記述の多く見られることは知られております。近年インド医学のアーユルヴェーダ(

yur-veda)研究が進み、この律藏群の毘奈耶薬事に記述される医学的知識や、またそれの知識が初期のインド仏教僧院の医療施設で臨床的に応用され蓄積されて、インドの二大古典医学書である『チャラカ・サンヒター』や『スシュルタ・サンヒター』へと発展したことが指摘されております。*11
ところで、そのようなインド医学の源泉となったといわれる律藏経典群には、
@大衆部の『摩訶僧祇律』巻二十八
(東晋天竺三蔵仏陀跋羅、法賢共訳、四一六年〜四一八年)
A説一切有部の『十誦律』巻二十六「医薬法」
(後秦北天竺三蔵弗若多羅、羅什共訳、四〇四年〜四〇九年)
B曇無徳部の『四分律』巻四十二〜四十三「薬

度」
(後秦北天竺三蔵仏陀耶舍、竺仏念共訳、四一〇年〜四一二年)
C沙弥塞部の『五分律』巻二十二「薬法」
(宋

賓三蔵佛陀什、竺道生共訳、四一八年〜四二三年)
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』
(唐三蔵義浄訳、六九五年〜七一三年)
E南方上座部のヴィナヤに含まれる『南伝大蔵経』「大品」(Mah

vagga)第六章
の六編が上げられます。
これらの文献は第五十一回日蓮宗教学発表大会において「天台大師のインド仏教の医学的知識が、『摩訶僧祇律』などに含まれる医学的知識と重なっている」ことを指摘しましたように、インド仏教の医学的知識を理解するためには重要な文献であることが分かります。
また、「部」とは「宗派」の意味で扱われますが、上記のなかでB曇無徳部「Dharmaguptaka」、C沙弥塞部「Mah



saka」、D根本説一切有部「M

lasarv

stiv

din」はA説一切有部「Sarv

stiv

din」の部派とされ、従ってBCDはAの説一切有部『十誦律』巻二十六「医薬法」の派生、展開したものといわれますので、ここでは文献上、@『摩訶僧祇律』A『十誦律』B『四分律』を中心に据えて考察し、さらにD『根本説一切有部毘奈耶薬事』E『南伝大蔵経』などは、年代的なことを考慮しながらも、その全体の文脈を理解するための参考として、それを現存するインドの古典医学書と比較考証しながら論を進め、インド仏教においておおよそ七世紀のナーランダ僧院で、インド仏教の医方明テキストの完本である『八科精髄集』が成立する以前には、どの様な医学的知識によって実際の治療が行われていたのかを理解して行きたい。
三、律藏経典群と古典医学書に見られる医学的知識の比較
まず上述に従って先の律藏経典群から共通する医学的知識を抽出して、それをインドの二大医学書である『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』と比較し、その医学的知識の実際を理解して行きたい。
三−1 四大による病因論について
@『摩訶僧祇律』巻十*12
「耆波夜提法を明すの三」
「病」とは、四百四病あり。風病に百一あり、火病に百一あり、水病に百一あり、雑病に百一あり。若し風病には当に油・脂を用いて治すべく、熱病には当に酥を用いて治すべく、水病には当に蜜を用いて治すべく、雑病には当に尽く上の三種薬を用いて治すべし。
A『十誦律』巻第二*13
「四波羅夷法を明すの二」
病者とは、四大増減し諸の苦悩を受けるなり、比丘是の人に語りて言はく、汝云う何んが久しく是の苦悩を忍ぶや、何んぞ自ら命を奪はざると、是に因って死すれば比丘波羅夷を得、若し死せざれば偸蘭遮なり、若し是の病人是の念を作す、我れ何んの縁にて是の比丘の語を受けて自ら命を奪わんとよ、因って死せざれば偸蘭遮なり、若し比丘心に悔い我れ是ならず、何を以て此の病人に自ら殺さんことを教へしやと、還り往いて語って言はく、汝等病人、或いは良薬、善看病人、随病の飲食を得れば病差ゆるを得るべし。
B『四分律』第五十三巻*14
此の身色は四大合成し、彼の身色は化有なり、此の四大身色異る、彼の化身の四大色異なり、此の四大身色中より、心を起して化作し、彼の身の諸根肢節具足する。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第二十九*15
「強悩觸他学処第十七」
「諸有病者は應に須らく胆侍すずし」と世尊は説きたまえるが如くに、寺中の所有耆老芯芻は皆来たりて疾を問えり。問いて言はく「四大如何ぞや」。答えて曰わく、「困窮せり」。
E『南伝大蔵経』「大品」*16
五 シーヴァカよ、粘液より生ずる 或感受のここに起こることあり・・・
六 シーヴァカよ、風より生ずる 或感受のここに起こることあり・・・
七 ジーヴァカよ、(胆汁など三つの)聚和より生ずる 或感受のここに起こることあり・・・
八 ジーヴァカよ、時候の変化より生ずる 或感受のここに生ずることあり・・・
九 ジーヴァカよ、逆運の逢うことにより生ずる 或感受のここに生ずることあり・・・
十 ジーヴァカよ、痙攣性の或感受のここに生ずることあり・・・
一一 ジーヴァカよ、業異熟性の或感受のここに生ずることあり・・・ と。
(中略)
一三 胆汁と粘液と風と(三種の)聚和と、時候、逆運、痙攣、業異熟によりて第八なりと。
●漢訳文献を整理すると、『摩訶僧祇律』には「病には四大に相応しそれぞれに百一の病があり、全体で四百四病がある。」という。さらに「風病は油・脂、熱病は酥、水病は蜜、雑病は油・脂、酥、蜜などの三種薬を用いる。」などの具体的な治療法までが上げられている。そして、おおよそ共通していることは、地大・水大・火大・風大の四大による病因論が示されている。
●『南伝大蔵経』「大品」では、とくに漢訳文献では具体的な記述の見られなかった仏陀の病気の原因に関する八つの原因(八因)が上げられ、四つの内因と四つの外因に分類できる。
○四つの中心的病因=内因
ピッタ(pitta)=火大=胆汁素
カパ(semha、kapha)=水大=粘液素
ヴァータ(v

ta)=風大=体風素
三つの組合せ(聚和、sannip

ka)=地大=等分
〇他の四つの外因
時候(季節、

tu)
異常な行動によるストレス(逆運、vi

ama)
外因性の事故(痙攣、opakkamika)
過去の行為の結果(業、karma)
●インドの二大古典医学書の『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』の両書には、このような八因について次のように見えている。
○『チャラカ・サンヒター』
「ヴァータ、ピッタ、カパが身体的な病素のすべてである。」
「病気には四種類ある。すなわち、外因性の病気と、ヴァータ、ピッタ、カパを原因とする(三種の内因性の病気)である。」*17
○『スシュルタ・サンヒター』
「人間(puru

a)は特殊な疾病の容器である。人間に悩みや痛みの源をなすものは疾病と称される。疾病には四種、すなわち、外因性(偶発的、

gantuka)、身体的(sh

rira)、精神的(m

nas)と、自然的(sv

bh

vika)である。(中略)精神と肉体とは、上述の不調違和の座であって、その両者は個々に働き、または一緒に働く。
浄化(samshodhanam)と疾病を起す体液失調の鎮静(samshamanam)および餌食と行為の摂生は、疾病を克服するために適当に用いられなけれねばならない四要素である。」*18
「然るに苦を与えるものを病と称する。病には偶発的、身体的、精神的、及び自然的の四類あり。この中の偶発的とは、外傷によって起る病なり。身体的とは、飲食物より起り、或は体風素(v

ta)、胆汁素(pitta)、粘液素(kapha)、及び血液の熟れが、一、二、三、若しくは総てが異常的変化を来し、その均衡を失ったために起る病なり。」*19
この様に古典医学の三大(四大)理論は、律藏経典群の病因論よりかなり医学的に進歩しているが、病気に関する八つの原因、内因の四つの四大(火大=ピッタ、水大=カパ、風大=ヴァータ、地大=三つの組合せ)と、外因の四つ外因性(偶発的

gantuka、身体的sh

rira、精神的m

nas、自然的sv

bh

vika)などが具体的に述べられている。
漢訳文献に見られる医療は古典医学に見られる病因論よりは未熟ではあっても、このような方法論を通じて病気というもの、身体的な在り方を見ていたことが考えられます。
三−2 五種の基本薬(律藏経典群の薬効食)
ここで律藏経典の五種の基本薬を整理しますと、
@『摩訶僧祇律』巻第三*20
「盗戒の餘」
「七日薬」とは、酥・油・蜜・石蜜・脂・生酥なり。「酥」とは牛(酥)・水牛酥・羊酥・駝酥なり。「油」とは、胡麻油・蕪菁油・黄藍油・阿陀斯油・蓖麻油・比樓油・比周縵陀油・迦蘭遮油・差羅油・阿提目多油・縵頭油・大麻油及び餘の種々の油を、是れを名づけて「油」と為す。「蜜」とは、軍荼蜜・布底蜜・黄蜂蜜・黒蜂蜜、是れを名づけて「蜜」と為す。「石蜜」とは、槃施蜜・那羅蜜・縵闍蜜・摩訶


蜜、是れを「石蜜」と名く。「脂」とは、魚脂・熊脂・羆脂・修修羅脂・猪脂にして、是の諸脂に骨なく、肉なく、血なく、臭香なく、食気なく(中略)是れを「脂」と名く。「生酥」とは、牛羊等の諸の生酥にして、淨く漉洗して・・・。
A『十誦律』巻第二十六*21
「七法中医薬法第六」
病気の比丘に四種の含消薬、酥、油、蜜、石蜜が許可されたことが示されている。
B『四分律』巻第四十二*22
「薬

度の一」
酥・油・蜜・生酥・石蜜の五種の薬が示されている。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*23
「四種薬法」
七日薬とは、酥、油、糖、蜜、石蜜なり。
E南伝大蔵経
○「第六薬

度」*24
五種の薬あり謂く、熟酥、生酥、油、蜜、糖なり。
熟酥(ギー、sappi, skt. sarpis,医学用語gh

ita)
生酥(新鮮バター、navan

ta)
油(tela, skt. taila)
蜂蜜(madhu)
糖蜜(ph


ita)
○「捨堕二十三」*25
(この薬は七日薬として七日間蓄えられる。)
「熟酥」とは、牛乳酥、山羊酥、水牛酥、浄肉たるものの熟酥
「生酥」とは、これらの生酥
「油」とは、胡麻油(tila, skt. tila)
芥子油(s


pa, skt. sar

pa)
蜜樹油(madhuka, skt. madh

ka、中国名 甘草)
蓖麻子油(era

da,skt.era


a)
「蜜」とは、蜂蜜
「石蜜」とは、甘蔗の茎(砂糖黍)
●漢訳文献を整理すると、@『摩訶僧祇律』には次章で扱う五種の基本薬に順次に追加されて行く七種の薬効食「脂」を含み「七日薬」として六種が、具体的に上げられている。
酥・油・蜜・石蜜・脂・生酥なり。
「酥」とは牛(酥)・水牛酥・羊酥・

駝酥
「油」とは、胡麻油・蕪菁油・黄藍油・阿陀斯油・蓖麻油・比樓油・比周縵陀油・迦蘭遮油・差羅油・阿提目多油・縵頭油・大麻油及び餘の種々の油
「蜜」とは、軍荼蜜・布底蜜・黄蜂蜜・黒蜂蜜
「石蜜」とは、槃施蜜・那羅蜜・縵闍蜜・摩訶


蜜
「脂」とは、魚脂・熊脂・羆脂・修修羅脂・猪脂にして、是の諸脂に骨なく、肉なく、血なく、臭香なく、食気なく(中略)是れを「脂」と名く。
「生酥」とは、牛羊等の諸の生酥にして、淨く漉洗して・・・。
A『十誦律』では酥、油、蜜、石蜜として四種が上げられ、生酥が欠けている。しかしながら、全体を通じて「酥・油・蜜・石蜜・生酥」の五種が基本薬、薬効食であるといえる。
●とくに『南伝大蔵経』「第六薬

度」には、
熟酥(ギー、sappi,skt.sarpis,医学用語gh

ita)
生酥(新鮮バター、navan

ta)
油(tela, skt. taila)
蜂蜜(madhu)
糖蜜(ph


ita)
の五種薬が上げられております。
また『南伝大蔵経』「捨堕二十三」には、
「熟酥」とは、牛乳酥、山羊酥、水牛酥、浄肉たるものの熟酥
「生酥」とは、これらの生酥
「油」とは、胡麻油(tila, skt. tila)
芥子油(s


pa, skt. sar

pa)
蜜樹油(madhuka, skt. madh

ka、中国名 甘草)
蓖麻子油(era

da, skt. era


a)
「蜜」とは、蜂蜜
「石蜜」とは、甘蔗の茎(砂糖黍)
などと具体的な品目が上げられて、『摩訶僧祗律』とほぼ相応している。
●古典医学書に見られる五種基本薬
二大古典医学から薬効食による治療法を上げると次のようになる。*26
五種の基本薬
〇熟酥(ギー、sappi, skt. sarpis=澄んだ牛酪、sarpisma


a=酥、医学用語gh

ita)
・牛乳酥
・山羊酥
・水牛酥
・浄肉たるものの熟酥
その効用は体風素及び胆汁素の増大した不調を鎮静し、そして、粘液素を増大させる。
〇生酥(新鮮バター、navan

ta)
熟酥であげた牛、山羊、水牛、浄肉たるものの熟酥
その効用は胆汁素及び体風素の増大した不調を鎮静し、そして、粘液素を増大させる。
〇油(tela, skt. taila)
・胡麻油(tila, skt. tila)
その効用は体風素及び胆汁素の病的積聚を退治し、寒さのために胆汁素の不調を起こさない。
・芥子油(s


pa, skt. sar

pa)
その効用は粘液素及び体風素の不調を除く。
・蜜樹油(madhuka, skt. madh

ka、中国名 甘草)
その効用は粘液素及び胆汁素の不調を治す。
・蓖麻子油(era

da, skt. era


a)
その効用は粘液素及び体風素の不調を除く。
・獣油
その効用は体風素の不調を除く力が大きい。
〇蜂蜜(madhu)
その効用は三病素の不調を治す。
〇糖蜜(ph


ita、医学用語gu

a)=石蜜
・甘蔗類(ik

u varga)の搾り液を煮詰めた濃厚液(ph


ita)
その効用は三病素の不調を治す。
これらの古典医学の薬効食による治療法を律藏経典群の薬効食と比較すると、古典医学はかなり進歩している。しかし、古典医学の薬効食の中で律藏経典群に見られる五種の基本薬の内三つのもの、熟酥(ギー、gh

ita)と、生酥(新鮮バター、navan

ta)と、生蜜(madhu)が胆汁素を除くものとして上げられ、また糖蜜(ph


ita、医学用語gu

a)は反対に胆汁素を刺激するものとして分類されている。そしてまた、油(tela, skt. taila)は、とくに胡麻油(tila, skt. tila)が珍重されて、その効用は体風素及び胆汁素の病的積聚を退治し、寒さのために胆汁素の不調を起こさず、体風素及び胆汁素の双方を沈静させるものとして分類されている。
そして、律蔵経典の五種の基本薬に見られる治療法も、三−1「四大による病因論について」の@『摩訶僧祇律』で「若し風病には当に油・脂を用いて治すべく、熱病には当に酥を用いて治すべく、水病には当に蜜を用いて治すべく、雑病には当に尽く上の三種薬を用いて治すべし。」と示されたように、薬効食の種類によって薬効成分を分類し、その薬効食を摂取することにより、地大=(三つの組み合わせ=聚和、sannip

ka)、風大(体風素、v

ta)、火大(胆汁素、pitta)、水大(粘液素、kapha)のそれぞれの要素(do

a)を沈静化させたり、活性化させたりする同様の方法で治療を考えていたことが分かります。
四、五種の基本薬に追加された七種の薬効食について
ところで、仏教教団の律蔵経典には、この五種の基本薬に加えて、僧たちの病気によって「薬効食」が追加されて行く。律蔵経典群を読み進みますと、追加されている薬効食のリストは、1・脂肪、2・根、3・煎薬、4・葉、5・果物、6・樹脂、7・塩の七種となります。
以下この追加リストの従って仏典を比較して行くことにいたします。
四−1 1・脂肪について
@『摩訶僧祇律』第三巻*27
「盗戒の余」
「脂」とは、魚脂・熊脂、羆脂(ヒグマの肉)、修修羅脂(鰐、Susuk

vas

)、猪脂(Sukaravas

)にして、此の諸脂に骨なく、肉なく、血なく、臭香なく、食気なきには、頓に受けて七日(の間)病比丘、食することを許すなり。
A『十誦律』巻第二十六*28
「七法中医薬法第六」
五種の蒲闍尼食の中の四の魚、五の肉があるのみであり、脂についての記載なし。
B『四分律』巻第四十二*29
「薬

度の一」
爾の時、舎利弗風を患う。医五種脂を服せしむ。羆脂・魚脂・驢脂・猪脂・失守摩羅脂なり。「服することをゆるす。時に受け、時に漉し、時に煮、油法の如く服す。非時に受け、非時に漉し、非時に煮る、服すべからず、若し服すれば法の如く治す」と。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*30
「四種薬法」
五種の脂あり、一には魚脂、二には江沌脂(鰐魚脂)、三には鮫魚脂、四には熊脂、五には猪脂なり。・・・
E南伝大蔵経*31
「第六薬

度」二−一
その時、病の比丘等、脂薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。
「比丘等よ、脂薬、[即]熊の脂、魚の脂、鰐の脂、猪の脂、驢の脂を正時に煮、正時に混じ、油と共に服することを許す。
●漢訳文献を整理すると、A『十誦律』では五種の蒲闍尼食(五正食bhojaniyaにして、食べやすい柔らかいもの)の中の四の魚、五の肉があるのみであり、脂についての記載が見られないが、全体として、魚脂・熊脂、羆脂、修修羅脂(鰐)、猪脂の五種が上げられ、骨や肉や血、また臭みのないもの許可するという。
そして、『四分律』では舎利弗尊者が風大(体風素、v

ta)病を病んだために、その五種の脂を許可したという。
●とくに『南伝大蔵経』「第六薬

度」には、
病気の僧たち(gil

na bhikku)が薬として脂肪(vas

)を望んだ。仏陀は五種の動物脂肪を薬として用いること、それを油(tela)と一緒に正時(食事時間の前)にとることを許した。五種とは次の五つである。
@熊(accha, skt.

k

a)
A魚(maccha, skt. matsya)
B鰐(alligator, susuk

)
C豚(s

kara, skt


kara, s

kara)
D驢馬(gadrabha)
と具体的に上げられている。
●古典医学書に見られる脂肪について
○『チャラカ・サンヒター』
「第十三章 精油に関する章」*32
魚類、四足獣、鳥は動物性油剤のもとであり、これらのもののミルク、ギー、肉、脂肪(vas

)、髄も同様に(動物性の)油剤に(含まれる)と考えている(11)。
「第二十七章 飲食物の規定に関する章」*33
[調味料及び香辛料]動物の髄と油脂は甘味をもち、身体を肥らせ、精力と体力を与える。髄と油脂が冷却性もつか、熱性をもつかについては(その原料となっている)動物に準じて決定すべきである(295)。
「第二十七章 飲食物の規定に関する章」*34
[肉類]ここではA〜Hまでの、八種類の肉が上げられている。
A・牛、騾馬、馬、驢馬、驢、豹、獅子、熊、猿、狼、虎(中略)これらは動物と鳥類と呼ばれる一群。
B・白色・茶色・縞模様・黒色(の四種の)大蛇、針鼠、蛙(中略)これらは地中に住むものの一群(37)(38)。
C・野豚、やく、犀、水牛、ガヴァヤ(ガヤル牛)、カモシカ(中略)これらは沼地動物の一群(39)。
D・亀、蟹、魚、シシュマーラ(鰐の一種)、(中略)これらは水生動物の一群(40)。
E・鵞鳥、鷸、バラーカ(鶴の一種)、(中略)これらは水際に生息する鳥である。
F・プリシャタ(赤色の鹿)、シャラバ(大鹿の一種)、ラーマ(ヒマラヤ地方産の鹿)、(中略)これらは乾燥地の動物である。
G・ラーヴァ(鷓鵠の類)、ヴァルティーラカ(黒鷓鵠)、ヴァルティーカ(鶉の一種)、(中略)これらは雉や孔雀や鴬の類である。
H・シャタパットラ(啄木鳥)、プリンガラーシャ(鵙の一種)、コーシャティー(タゲリ)、(中略)これらは啄禽類に属する鳥である。
[更にこれらを分類して]
A・力ずくで(prasahya)[獲物を]食べるので、プラサハ(prasaha)と呼ばれる(53)。
B・大地に穴(bila)に住むので、地中に住むもの(bh

aya)と呼ばれる(54)。
C・アーヌーパ(

n

pa)とは、沼地(an

pa)に住んでいるからである。
D・水(jala)に住むので、水生動物(jalecara)といわれる。
E・水際に棲息する(jalecary

)ので、水際棲息動物(jalecara)と呼ばれる(54)。
F・陸地のしかも乾燥地(j


gala)に住む動物は、乾燥地動物(j


gala)と呼ばれる。
G・[嘴や爪で]ばらばらにひっかいて(vi

k

rya)食べる[鳥は]ヴィシュカラ(vi

kara)と呼ばれる。
H・[木を]つついて(pratudya)食べる[鳥は]プラトダ(pratuda)と呼ばれる(55)。
これが[食肉の]源となる八種類[の動物]であるといわれている。
○『スシュルタ・サンヒター』
「総説篇 第四十五章 液体の用法(drava dravya-vidhi)」*35
家畜、沼地動物、水生動物の膏、脂、髄は消化が重性であり、温熱を生じやすく、味甘く、体風素の不調を除く。野獣、単蹄獣、肉食獣等の膏、脂、髄は消化が軽性であり、冷却、渋味を有し、大出血を治す。啄禽類(pratuda)及びvishkira類の動物、鳩その他などは粘液素の不調を治す。
酥、油、膏、脂、骨髄は、後のものほど逓加的に消化は重性であり、体風素を除く力が大きい(20)。
以上を整理すると、『チャラカ・サンヒター』は脂肪と髄を調味料、香辛料として数えており、八分類の中に仏典1・脂肪の五種が具体的に上げられている。
『スシュルタ・サンヒター』は脂肪を髄と共に、油類の下に数え、動物を家畜、沼地、水棲動物の脂肪は体風素の不調を除く、また野獣、単蹄獣の脂肪は出血性(raktaptta)の病気を治す。そして、啄禽類に属する鳥の脂肪は、粘液素を除くという。
またこの『スシュルタ・サンヒター』には、仏典の1・脂肪の五種は具体的に述べられていないが、『チャラカ・サンヒター』の八分類に相応する形で、家畜、沼地、水棲動物、野獣、単蹄獣、肉食獣とその脂肪を分類しており、その中にはやはり仏典の1・脂肪が当然含まれると考えられる。
四−2 2・根について
@『摩訶僧祇律』巻第二十八*37
「雑誦跋渠法を明かすの六」
「薬法」とは、時根・非時根、是の如きの茎・皮・葉・果漿なり。「時根」とは、蕪青根・葱根・緊扠根・阿藍扶根・芋根・摩豆羅根・藕根にして、是の如き等の、食とともに合する者を、是を「時根」と名く。
「非時根」とは、婆托根・


羅根・尼倶律根・去提羅根・蘇

闍根にして、是の如き比の、食とともに合せざるものを、是を「非時根」と名く。
A『十誦律』巻第二十六
「七法中医薬法第六」*38
何ん等か根食なる、芋根・旋根・藕根・蘆蔔根、蕪青根なり、是の如き等の種々の根食すべし。
「法中医薬法第六」*39
尽形薬とは五種の根薬なり、何ん等か五種なる、一に舎利、二に薑、三に附子、四に波提毘沙、五に菖蒲根なり。
B『四分律』巻第四十二*40
「薬

度の一」
此の中の醯沙とは、根茎葉花果の醯沙なり。爾の時病比丘あり、医娑梨娑婆薬を服せしむ。(中略)爾の時病比丘あり、医畢抜椒を服せしむ。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*41
「四種薬法」
云何が根薬なる。謂わく、香附子(musta)・菖蒲(vaca)・黄薑(haridra)・生薑(

daraka)・白附子(

vi

a、麥門冬)・・・
E南伝大蔵経*42
「第六薬

度」
○三−一
その時、病の比丘等、根薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、根薬[即]@姜黄、A生薑、B菖蒲、C麥冬、D辛胡蓮、E

尸羅、F蘇子或は他の根薬に嚼食に於て嚼食たるに資せず、

食に於て

食たるに資せざるものを受けて、乃至命終るまで蓄え、時に応じて服すことを許す。」
○三−二
その時、病の比丘等は根薬の粉末を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、挽き臼と磨石とを許す。」
●漢訳文献を整理すると、全体を通じて諸根の記述はあり、具体的には『摩訶僧祇律』に「蕪青根・葱根・緊扠根・阿藍扶根・芋根・摩豆羅根・藕根」の七つが上げられている。
●とくに『南伝大蔵経』ではより具体的に、病気の僧たちが薬として根(m

la)を望んだ。相談を受けて仏陀が許可したのは次の根薬である。
@ハリドラー(ウコン、姜黄、halidd

, skt. haridr

)
Aショウガ(生薑、si

givera

skt.



gavera)
Bヴァチャー(菖蒲、vaca, vac

)
Cヴァチャッタ(麥冬、vacattha)
D胡黄連(辛胡蓮、ka

ukarohi


, skt. ka

ukarohi


)
Eベチバー(

尸羅、us

ra, skt. u


ra)
Fパドラムスタ(ナット スゲ科、蘇子、bhaddamuttaka, skt. bhadramusta)
この七つが上げられており、漢訳文献とほぼ相応している。
●古典医学書に見られる根について
○『チャラカ・サンヒター』
第一章「長寿を[欲しつつ]」[という言葉で始まる章]*43
根を用いるものは十六種(中略)(74)、
ハスティダンティー[1084]ハイマヴァティー[1097]シュヤーマー[987]トリヴァリト[477]アドークダー[028]サプタラー[1018]シュヴェータナーマー[1001]プラトヤクシュレーニー[650]ガヴァークシー[352]ジョーティシュマティー[423]ビンビー[682]シャナプシュピー[924]ヴィシャーカニー[893]アジャガンダー[014]ドラヴァンティー[503]クシーリニー[329](中略)[これらのうち]シャナプシュピー[924]、ビンビー[682]、ハイマヴァティー[1097]は吐剤として、シュヴェータ[ナーマー][1001]とジョーティシュマティー[423]とは頭部の浄化に用いられる(78

79)。その他の十一種は下剤に用いられる。
●『スシュルタ・サンヒター』
総説編 第三十八章「薬物索類章」*44
@小五根(kaniya

-pa

ca m

la)は、渋・苦・甘味を有し、体風素及び粘液素の不調を消除し、滋養強壮剤となる(61)。(中略)
A大五根(mah

-pa

ca m

la)は、苦味を有し、粘液素及び体風素の不調を除き、消化しやすく、健胃剤となり、後味甘いものと称せられる(63)。
※これら二種の五根を合わせて、それを十根という。この十根族(da

a m

la gu

a)は、喘息を治し、粘液素、胆汁素、体風素の不調を尚し、未だ消化されていないものを消化し、一切の熱病を去る(64)。
B蔓生五根(vall

pa

ca m

la)(65)(中略)
C有刺五根(ka


aka pa

ca m

la)(66)(中略)
※これら二族は実に大出血を止め、体風素、胆汁素、粘液素由来の腫瘍を治し、一切の泌尿病を治し、かつ陰萎を除く(67)。
D禾本五根(t

i

a pa

ca m

la)(68)(中略)
禾本五根に牛乳を混ぜて用いると泌尿病、大出血は速やかに癒える(69)。
これらの五群の五根の中で、始めの二つの大小は、悪化体風素を除き、終わりの禾本は悪化胆汁素を治し、他の二つの有刺と蔓生は悪化粘液素を治すといわれる。(70)
以上を整理すると、これらの古典医学書に見られる根(m

la)と、仏典に見られる根とは共に正しく相応するものではない。そして、その根の使用に関して『チャラカ・サンヒター』は、有用な根をもつ十六種の植物を上げ、その用法によって吐剤、下剤、頭部の浄化として分類している。
また『スシュルタ・サンヒター』は根薬を五種の分類し、その各々に五種を上げて
@小五根は悪化体風素を除き
A大五根は悪化体風素を除き
@とAで十根
B蔓生五根は悪化粘液素を治す
C有刺五根は悪化粘液素を治す
D禾本五根は悪化胆汁素を治す
と詳細にその根の種類と用法を述べている。
これから理解すると、仏典2・根は古典医学書よりは簡略的ではあるが、共に根(m

la)を大切な薬として認めていることが分かる。
四−3 3・煎薬(渋薬)について
@『摩訶僧祇律』巻第二十八*45
「薬法」の根薬と同様の時薬、非時薬として扱われる茎や皮を煎じた物であると考えられる。
A『十誦律』巻第二十六*46
「根食」と同様に扱われる茎食などと同様の物であると考えられる。
B『四分律』巻第四十二*47
「薬

度の一」
根と同様に扱われる醯沙としての茎と考えられる。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*48
「四種薬法」
茎薬とは、栴檀香薬・葛栢木(

ugpa)・天木香(tha


i

、松樹devad

ra)・不死藤(sletres)・小栢(skyerpa、黄栢d

ruharidr

)・・・
E南伝大蔵経*49
「第六薬

度」
四−一
その時、病の比丘等、渋薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、渋薬[即]@荏婆、Aクタジャの渋、Bバッカブの渋、Cナッタマーラの渋、或は他の渋にして嚼食に於て嚼食たるに資せず、

食に於て

食たるに資せざるものを受けて、乃至命終るまで蓄え、時に応じて服すことを許す。時に遇わずして服せは悪作に堕す。」
●漢訳文献を整理すると、漢訳には煎じ薬(渋薬)の具体的な記述がない。先の根薬と同様の時薬、非時薬として扱われる樹皮や諸茎を煎じた薬であると考えられる。『根本説一切有部毘奈耶薬事』には具体的に「栴檀香薬・葛栢木(

ugpa)・天木香(tha


i

、松樹devad

ra)・不死藤(sletres)・小栢(skyerpa、黄栢 d

ruharidr

)」の名前が見えている。
●『南伝大蔵経』では、病気の僧たちが渋薬(kas

va, skt. ka


ya)を望み、
@荏婆(インド栴檀、苦棟、nimba)
Aクタジャの渋(コネツシ、ku

aja)
Bバッカブの渋(pakkava)
Cナッタマーラの渋(インドブナ、nattam

la, skt. naktam

la)
の四つの渋薬(煎じ薬)が具体的に許可されたという。
●古典医学書に見える渋薬について
○『チャラカ・サンヒター』
第一章「長寿を[欲しつつ]」[という言葉で始まる章]*50
甘・酸・鹹・辛・苦・渋という六つがラサ(味)のすべてであると云われる(65)。甘・酸・鹹はヴァータを、渋・甘・苦はピッタを、渋・辛・苦はカパを制圧する(66)。
第四章「六百種の浄化剤とその基体云々の章」*51
カシャーヤ(渋薬、ka


ya)には五種の胎があり、カシャーヤは調整法により五種の胎がある。(中略)「カシャーヤ(渋薬、ka


ya)には五種の胎がある」と言ったが、甘薬、酸薬、辛薬、苦薬、渋薬というのが、[アグニヴェーシャの]教説[タントラ]における述語である(6)。
「薬剤は調整法により五種類ある」と言ったが、それは搾出薬(svarasa, juice)、練り薬(kalka, paste)、煎薬(s

ta, decoction)、滲出薬(


ta, cold infusion)、振出薬(ph


ita, hot infusion)である。
第二十六章「アートレーヤとバドラカーピャ[などの仙人たちの議論]に関する章」*52
渋味は鎮静作用あり、凝固性あり、結合作用あり、圧迫作用あり、傷口を塞ぎ、乾燥性あり、固定性あり、カパ・大出血・ピッタを鎮静し、身体の湿潤を除去する。[そのグナは]乾・冷であるが軽ではない。
渋味はこのような性質をもっているが、これだけを過度に用いると、口内を乾燥させ、心臓を圧迫し、下腹部を膨張させ、発声を妨げ、脈管を閉塞し、顔色を悪くし、精力を奪い、消化しないままに吸収させ、
ヴァータと尿と便と精子を停滞させ、やせさせ、疲れさせ、乾燥させ、硬直させる。その荒・純・乾なる本性によって、下半身麻痺・痙攣・顔面麻痺などヴァータ性の病気を生ずる(43-6)。
○『スシュルタ・サンヒター』
「総説編 第四十二章」*53
渋味は収斂性を有し、傷を癒し、止血薬、浄化剤、溶解剤となり、吸収性、厭出性、傷面乾燥性を具え、渋味はこのような性徳を有する。しかし、それを濫用すれば、心臓が痛み、口が渇き、鼓腸、言語不遂、項筋麻痺、肢体震額、傷部掻痒、肢体の屈動蛮編を起こす(11)。
以上には渋薬の効用が述べられており、
『チャラカ・サンヒター』*54には「(14)チャンダナ[384]、ナラダ[528]、クリタマーラ[293]、ナークタマーラ[520]、ニンバ[552]、クタジャ[266]、サルシャバ[1026]、マドカ[717]、ダールハリドラー[493]、ムスタ[761]は十種の痒み止めの薬である。」とあり、仏典では『南伝大蔵経』の渋薬四種のうち、上のアンダーラインの三種が含まれている。
具体的には、
荏婆(インド栴檀、苦棟、nimba)
クタジャの渋(コネツシ、ku

aja)
ナッタマーラの渋(インドブナ、nattam

la, skt. naktam

la)
が数えられている。
また『スシュルタ・サンヒター』*55には、
第三十二族 l

k


(Butea frodosa樹に寄生する介殻虫Coecs laeeaによく生ずる樹脂状物質「ラック」)
revataサンバン サイカチ
ku

aja夾竹 桃科
a

vam

ra揚梅
haridr

の二種 ウコン、キャウワウ
nimba練属
saptaechadaシマソケイ
m

lat

夾竹 桃科
tr

yam



無花果属(58)
『「ラークシャー」等族(l

k


-

di-gu

a)は、渋・苦・甘味を有し、粘液素と胆汁素由来の病を治し、癩性の皮膚病、内臓寄生虫を駆除し、悪性の瘍を消毒する効力がある。』(59)
と示されて、この第三十二族l

k


族の九種の中に、仏典では『南伝大蔵経』の渋薬四種のうち、アンダーラインの二種が含まれている。
具体的には、ku

aja(夾竹、桃科)、nimba(練属)の二つ上げられており、この性質はとくに渋・苦・甘味が強調され、粘液素と胆汁素の由来の病を治すという。
ところで、『南伝大蔵経』に上げられている四種の渋薬の中で、@荏婆(インド栴檀、苦棟、nimba)とAクタジャの渋(コネツシ、ku

aja)は、『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』に示される「六味の中の渋味(ka


ya)」の原料となるものとして、「ku

aja(夾竹、桃科)」と「nimba(練属)」の二種が上げられており、この渋薬が重要なものであることが分かる。
四−4 4・葉薬について
@『摩訶僧祇律』
「薬法」の根薬と同様の時薬、非時薬として扱われる葉の記載のみ、名称なし。
A『十誦律』巻第二十六*56
「七法中謂薬法第六」
何ん等か葉食なるか、蘆蔔・穀梨葉・羅勒葉・柯藍葉、是の如き等種々の葉食すべし。
B『四分律』
根と同様の醯沙として扱われ葉の記載のみ、名称なし。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*57
「四種薬法」
葉薬とは三葉なり、謂わく酸菜にして、婆奢迦葉(va

ik

)・

婆(nimba)・高奢得枳(ko

ataga)・・・
E南伝大蔵経*58
「第六薬

度」五−一
その時、病の比丘等、葉薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、葉薬[即]@荏婆の葉、Aクタチャの葉、Bパトーラの葉、Cスラシの葉、Dカッパーシカの葉、或は他の葉にして嚼食に於て嚼食たるに資せず、

食に於て

食たるに資せざるものを受けて、乃至命終るまで蓄え、時に応じて服すことを許す。時に遇わずして服せは悪作に堕す。」
●漢訳文献を整理すると、A『十誦律』には蘆蔔・穀梨葉・羅勒葉・柯藍葉の四つ。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』には婆奢迦葉(va

ik

)・

婆(nimba)・高奢得枳(ko

ataga)の三つが具体的に上げられている。
●『南伝大蔵経』では、病気の僧たちが葉薬(pa


a, skt. par

a)を望み、
@荏婆の葉(インド栴檀、苦棟、nimba)
Aクタジャの葉(コネツシ、ku

aja)
Bパトーラの葉(pa

ola、カラスウリの一種)
Cスラシーの葉(sulas

, skt. sura

[

]、メバハキ属)
Dカッパーシカの葉(kapp

sika, skt. k

rp

sik

、棉の木)
と具体的な四種を許可し、その他の葉でも、固状ないし液状食にならないものは用いてよい。そして、四種はほぼ漢訳文献と相応している。
●古典医学書に見られる葉薬について
○『チャラカ・サンヒター』
第一章「長寿を[欲しつつ]」という言葉で始まる章」*59
(中略)(73)葉、葉鞘、球根、新芽は植物性のものの一群である。
第四章「六百種の浄化剤とその基体云々」*60
(中略)以上が六百種の浄化剤である(4)。
「浄化剤の基体に六種あり」と云ったが、それは乳液、根、皮、葉、花、実である(5)。
と示されており、『チャラカ・サンヒター』では仏典のように、葉を独立した薬と扱っていないようである。
そして、第二十七章「食物の規定に関する章」*61では具体的に、「さて蔬菜類(


kha)とは、パーター[600]とシュシャー[971]、シャティー[921]の葉、ヴァーストカ[877]、スニシャンナカ[1044]には秘結性があり三病素を除去するが、ヴァーストカには緩下性がある(88ab〜89ab)。
カーカマーチ[232]は三病素を鎮静し、強壮剤となり、不老長生をもたらし、そのヴィールヤは極度な熱性でもなく冷性でもなく、緩下性があり、皮膚病を鎮静する(90ab)。
ラージャクシャヴァカ[804]の葉は、三病素を鎮静し、消化軽性で緩下性があり、とくにグラハニーの病気や痔疾の人々に対して勧められる(91ab)。(中略)
以上が、葉(pattra)と塊茎(ka


a)と果実(phala)を基体とする第四[のグループ]菜類である(123

124)。」と蔬菜類のリストの中に葉(pattra)が上げられており、『スシュルタ・サンヒター』にも葉が扱われている箇所も散見できるが、具体的な仏典の葉に関する記述は見られない。
○『スシュルタ・サンヒター』
しかし、『スシュルタ・サンヒター』総説編 第四十六章「飲食物用法(annap

na vidhi)の章」*62には、
蔬菜類(


k

ni)について述べよう。
『pu

paphala(savi、冬瓜)、al

bu(ser、葫蘆)、k

lindaka(sehrad、西瓜)等は、(1)味甘く、消化後甘味を呈し、胆汁素の不調を除き、体風素を増生し、粘液素を生ずること少なく、また屎尿の排泄を促す。(2) これらの中で冬瓜の未熟なものは胆汁素の不調を除き、適度に粘液素を増す。よく熟したものは消化軽易に熱性を有し、アルカリ性で消化を助け、利尿剤となる。(3) かつまた一切病素の不調を除き、精神をさわやかにし、精神病患者に有益である。 西瓜は視力ならびに精液の減退を来たし、粘液素及び体風素の不調を致す。(4) 葫蘆は便通をよくし、乾燥性があり、消化は重性であり、甚だ冷却性がある。しかし、苦瓜と称せられるものは、不味く嘔吐を催し、体風素及び胆汁素の不調を退治する。(5)
trapus(胡瓜)、erv

ru(甜瓜)、kark

ruka(savi、冬瓜の一変種)、


r

av

nta(schrad、西瓜の一変種)等は、(6) 美味であり消化は重性、不消化のまま胃に停滞し、冷却性があり粘液素を増生する。また甘味があってアルカリ性を含み、両便の通利をよくする。(7) これらの中で胡瓜の未熟なものは青黒色を呈し、胆汁素の不調を除き、その黄白色のものは粘液素を増し、その熟したものは酸味があり、体風素及び粘液素の不調を除く。(8) 甜瓜及びkark

ruka(冬瓜の一変種)の充分に熟したものは粘液素及び体風素を増生する。またアルカリ性を含み、甘味があり食欲を与え、健胃剤となり、甚だしく胆汁素を増すことはない。(9)


r

av

nta(西瓜の一変種)はアルカリ性を有し、甘味があり、消化は軽易で粘液素の不調を除き、緩下性があり、健胃剤となり、快感を与え、便秘及び攝護腺腫大(a


h

l

)を除く。(10)』(中略)『これらは大出血を止め、精神を爽やかにし、消化は軽易である。而して皮膚病、必尿病、熱病、喘息、咳嗽、食欲不振を治す。(53) 「マンズーカパルニー」は渋味を有し、消化後に甘味を呈す、冷性にして胆汁素の不調に用いて効果があり、消化は軽性である。 「ゴージフザカー」もそれに類すると見なされる。(54) 蘋(テンジサリ)は酸敗を生ぜず、三病素の不調を除き、便秘を起こす。 「アバルグジャ」は苦味を有し、消化後に辛味を呈し、胆汁素及び粘液素の不調を除く。(55) 赤豌エン豆は辛味に稍苦味を帯び、三病素の不調を治す。 イヌホウズキは赤豌豆に類し、熱性、冷性は共に著しくなく、皮膚病を治す効果がある。(56)
天竺茄は果実の味は辛苦で、消化は軽易であり、掻痒、皮膚病、内臓寄生虫を除き、粘液素及び体風素の不調を治す。(57) 「パトーラ(pa

ola)」は苦味を有し、熱性があり、消化後は辛味を呈し、粘液素及び胆汁素の不調を除き、諸瘍に効果があり、体風素を増生せず、強精剤となり、食欲を進め、健胃薬となる。(58) 茄は熟すれば前述と同様の健胃剤隣、アルカリ性を含み、胆汁素を増生させる。 木竈子及び苦瓜は茄と同じ性能を有す。(57) 「アタルーシャカ」「ベートラ」「グヅーチー」「ニムバ(nimba)」「パルパタ」「キラータティクタ」等は総じて苦味あり、胆汁素及び粘液素の不調を除く。(60)
varu

a(Crataeva religiosa, Forst櫓)並びに決明(エビスグサ)は粘液素の不調を去り、乾燥性及び冷却性があり、消化は軽性であるが体風素及び胆汁素を刺激する。(61) k

lak


a(Corchorus capsularis, L麻黄)は辛味を有し、消化を助け、解毒の効果があり、kusumba(Carthamus tinctorius, L紅藍花)は甘味があり、乾熱性を有し、消化は軽性で、粘液素の不調を除く。(62) n

lik

(蓮の茎)は甘味があり、体風素を増し、胆汁素の不調を除く。 c


ger

(Oxalis corniculata, Lカタバミ)は酸、渋、甘味があり、熱性を有し、便秘及び痔疾を除き、体風素並びに粘液素の不調に用いて効果があり、消化力を盛んにする。(63)』(中略)
と具体的な仏典に見られる「パトーラ(pa

ola)」と「ニムバ(nimba)」が上げられており、パトーラ(pa

ola)は「苦味を有し、熱性があり、消化後は辛味を呈し、粘液素及び胆汁素の不調を除き、諸瘍に効果があり、体風素を増生せず、強精剤となり、食欲を進め、健胃薬となる。(58)」と示され、ニムバ(nimba)は「総じて苦味あり、胆汁素及び粘液素の不調を除く。(60)」と示されている。
しかしながら、仏典のように単純なものではなく、甘味・酸味・塩味・辛味渋味の六味(rasa)の他、甘味・酸味・辛味の消化後の味(v

p

ka)や、冷性・熱性の薬力源(V

rya)の医薬理論を前提にして述べていることに注目しなければならない。
また、これらとは異なるタイプの治療で葉(par

a)について述べている箇所がある。
第四篇 治療篇 第一章*63「質硬く、肉少なく、乾燥性であるために癒えにくい瘡瘍には、その病素並びに季節の如何を考慮して葉を貼り与えるべきである。(122) 体風素由来のものには蓖麻(era

da, skt. era


a)、「ブールジャ」(bh

rja, Betula Bhojpatra, Wallホソバヲニヲレ)、「プーティーカ」(p

t

ka, Guilandina Bondhcella, L.シロツブ)、鬱金(ウコン、姜黄、halidd

, skt. haridr

)、「アシュヴァバラ」(a

vabala, Trigonella Foenumgraecum, L.葫蘆巴, ?al

bu ser葫蘆)、「カーシュマリー」(k

-mar

, Gmeelina arborea, L.馬鞭草科)の葉を、(123)胆汁素並びに血液の不調に基因するものに、明医は乳液を有する植物の葉、水生植物の葉をもってそれを掩うべし。(124) 粘液素由来のものには「パーター」(p

th

, Stephania Hernadifobia, Walp.千金藤属)、「ムールヴァー」(m

rva, Sansevieria Jeylanica, Roxb.チトセラン)、「グドウーチー」(gu


c

, Tinospora Cordifoba, Miera.防已科)、「カーカマチー」(k

kam

c

, Solamum Nigrum, L.イヌホヅキ)、鬱金、「シュカナーサー」(

ukan

s

, Oroxfum Indicum, Vent.紫威科)の葉を用いるべきである。(125) (中略)或は又「サプタパル」(saptapar

a, Alstoria Scholcris, Br.シマソケイ)、五葉藤、「アルカ」(arka, Calotropis Gigantea, Br.薩摩科)、「ニンバ」(nimba、荏婆、インド栴檀、苦棟)、「ラージャーダナ」(r

j

dana, Mimusops Hexandra, Roxb.赤鐵科)の樹皮と牛尿と調製した膏薬を用いても可能である。またアルカリ液をもって洗滌することも可能である。(132)(中略)」などと外傷性皮膚病の治療薬として示されている。
そして、その中には仏典の医薬も、五種基本薬の中の「油」の一つ「蓖麻子油」(era

da,skt.era


a)と、基本薬に加えられた2・根(m

la)の中の「ハリドラー」(ウコン、姜黄、halidd

, skt. haridr

)と、基本薬に加えられた仏典3・渋薬(kas

va, skt. ka


ya)の一つ「ニンバ」(nimba、荏婆、インド栴檀、苦棟)が含まれている。
このように古典医学書も仏典のように、根(m

la)や、渋薬(kas

va, skt. ka


ya)を一つの独立したグループと理解していたことが分かる。しかし、その応用において葉の「ニンバ」(nimba、荏婆、インド栴檀、苦棟)が一つでも共通していることは、葉をいろいろな薬物治療の主なる原料と考えていたことである。
四−5 5・果実について
@『摩訶僧祇律』
「薬法」の根薬と同様の時薬、非時薬として扱われる果の記載のみ、名称なし。
A『十誦律』巻第二十六*64
「七法中医薬法第六」
何ん等か果食なる、菴羅果(ambaphala)、閻浮果(jambupha)、波羅薩果(pha-rusakapha)、鎮頭去果(tinduka)、那梨耆羅果・・・(中略)五種の果薬は、呵梨勒、鞁醯勒、阿摩勒、胡椒、畢抜羅
B『四分律』
根と同様の醯沙として扱われ果の記載のみ、名称なし。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*65
「四種薬法」
果薬とは、謂わく、訶梨勒果・菴摩勒果・脾醯得枳果・胡椒・畢抜・・・
E南伝大蔵経*66
「第六薬

度」六−一
その時、病の比丘等、果薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、果薬[即]@ギランガ、A畢撥、B胡椒、C柯子、D川練、E餘甘子、Fゴータパラ或は他の果薬にして嚼食に於て嚼食たるに資せず、

食に於て

食たるに資せざるものを受けて、乃至命終るまで蓄え、時に応じて服すことを許す。時に遇わずして服せは悪作に堕す。」
●漢訳文献を整理すると、全体を通じて呵梨勒、鞁醯勒、阿摩勒、胡椒、畢抜羅の五種の果薬が上げられている。
●『南伝大蔵経』では、病気の僧たちが果薬(phala)を望み、
@ヴィランガ(エンベリア、vila

ga, skt. vi

a

ga)
Aピッパリー(ナガコショウ、pippala(

), skt. pippal

)畢撥
Bマリチャ(クロコショウ、marica)胡椒
Cハリータキー(ミロバラン、har

taka, skt. har

tak

)柯子=呵梨勒
Dビビータカ(セイタカミロバラン、vibh

taka, skt. v(b)ibh

taka)川練=鞁醯勒
Eアーマラキー(マラッカノキ、

malaka, skt.

malak

)餘甘子=阿摩勒
Fゴータパラ(go

ha[var. gottha]phala)
の七つが上げられている。その他の果実でも、固状ないし液状食にならないものは用いて良いという。
上のアンダーラインの三種は、三種のミロバラン(myrobalan)と呼ばれ、この三果薬(har

tak

、vibh

taka、

malakaのtri-phal

)を病気の僧たちが果薬(phala)として望んだという。*67
●古典医学書に見られる果実(phala)の薬について
○『チャラカ・サンヒター』
第四章「六百種の浄化剤とその基体云々の章」*68
「六百種の浄化剤」といったが、それをここでは手短に述べておいて、詳しくは「カルパ・ウパニッシャド」(『チャラカ・サンヒター』第七章「カルパスターナ」[kalpasth

na])において説明しよう。その[六百種]のうち、一三三種はパラ[664]とともに調製される。
と述べられ、六百種の浄化剤のうち、一三三種の原料がパラと関わっていることが分かる。
さらに具体的な記述は、第二十七章「食物の規定に関する章」*69
さて果実の章とはー。ムリドヴィーカ[771]は喉の渇き、焼灼感、熱、呼吸困難、ピッタ性出血、外傷、疲労、ヴァータとピッタの増大、発生障害、アルコール中毒性錯乱、口内苦味、口腔の乾燥、咳をすみやかに除去し、栄養剤となり、強精作用あり、口に甘く、湿性と冷性をもつ(125

126)。
カルジューラ[342]は甘味あり、栄養剤となり、強精作用あり、消化は重性で冷性をもち、疲労、外傷、焼灼感、ヴァータとピッタ[の増大]に対して有益である(127)。
アームラータ[100]は甘味あり、栄養剤となり、体力を与え、身体を肥らせ、消化は重性であり、油を含み、カパを増大させ、冷性をもち、強精作用があり、消化に時間がかかる(129)。(中略)
と示されており、仏典の果実(phala)は見られない。また内容は仏典リストのように単純なものではなく、仏典4・葉(pattra)でも述べたように甘味・酸味・塩味・辛味・渋味の六味(rasa)の他、甘味・酸味・辛味の消化後の味(v

p

ka)や、冷性・熱性の薬力源(V

rya)の医薬理論を前提にして述べていることに注目しなければならない。
○『スシュルタ・サンヒター』
では『スシュルタ・サンヒター』ではどうであろうか。総説編 第四十六章「飲食物用法」(annap

na vidhi)の章の中の「果実の種類」(phala varg


)*70
次に果実の種類(phala varg


)について述べよう。(中略)vbibh

taka(Terminala Belerica, Rocb.川棟)の種子は麻酔作用があり、粘液素及び体風素の不調を治す。(67) 「ゴーラ」(イヌナツメの種子)は渋甘味があり、胆汁素の不調を去り、渇き、嘔吐並びに体風素の不調を除く。 菴摩勒(マラッカノキ、

malaka, skt.

malak

)の種子もまたこれと同様である。(68)(中略)
と記述されて、仏典の果実のDビビータカ(セイタカミロバラン、vibh

taka, skt. v(b)ibh

taka、川練)と、Eアーマラキー(マラッカノキ、

malaka, skt.

malak

、餘甘子)の名前が見える。
これは上述した、三果薬(har

tak

、vibh

taka、

malakaのtri-phal

)と同様の果薬である。そして、三果薬の記述はさらに、『チャラカ・サンヒター』第二章「アパーマールガの種子の章」*71「腸に起る病気に対しては、催下剤として・・・トリパラー[475](中略)を用いるのがよい。」
『スシュルタ・サンヒター』総説編 第三十八章「薬物索類章」*72「約言すれば薬物に三十七族がある。次の通りである。」
同章*73「har

tak

(Terminala Chebula, Retz.訶梨勒)、

malak

(Phyllanthus Emblica, L.菴摩勒)、vbibh

taka(Terminala Belerica, Rxob.川棟)は、これは三果である。(51)『三果(tri-phal

)は粘液素及び胆汁素の不調を治し、必尿病、癩性皮膚病を除き、視力を強め、消化を促し、間歇熱を消除する。』(52)」
と記述されており、果実の種類(phala varg


)も仏典の根(m

la)や、渋薬(kas

va, skt. ka


ya)や、葉(pa


a, skt. patta)のように、一つの独立したグループと理解していたことが分かる。そして、それらと同様に薬用食品=薬物の基本的な要素と理解していたことが分かる。
四−6 6・樹脂薬について
@『摩訶僧祇律』
樹脂薬の記載なし。
A『十誦律』巻第二十六*74
「七法中医薬法第六」
五種の樹膠薬あり、興渠、薩闍羅、荼帝夜、帝夜波羅、帝夜槃那・・・
B『四分律』巻第四十二*75
「薬

度の一」
是の中の細末薬とは、胡桐樹末、馬耳樹末、舎摩羅樹末にて洗う。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*76
「四種薬法」
五種粘薬とは、所謂、阿魏(hi

gu)・烏糖(srartsi)・紫礦(rgvakyega)・黄蝋(sbratshil)・安悉香(drdsman)・・・
E南伝大蔵経*77
「第六薬

度」七−一
その時、病の比丘等、樹脂薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、樹脂薬[即]@ヒング、Aヒング樹脂、Bヒングシパーティカ、Cタカ、Dタカパッティー、Eタカパンニー、Fサッヂュラサ、或は他の樹脂薬にして嚼食に於て嚼食たるに資せず、・・・」
●漢訳文献を整理すると、@『摩訶僧祇律』には記載がなく。A『十誦律』には五種の樹膠薬として記載があるが、B『四分律』には細末薬に何々樹末という記載が見られるが、よく分からない。
●『南伝大蔵経』では、D『根本説一切有部毘奈耶薬事』の五種粘薬の阿魏(hi

gu)と、E『南伝大蔵経』の樹脂薬の@ヒング、Aヒング樹脂などが相応している箇所もある。
以上を整理すると、病気の僧たちが樹脂薬(jatu、樹木が分泌する粘稠な液体ないし、その固体化したものの総称)を望み、
@hi

gu(樹脂はアギ)
Ahi

gu jatu(ヒング樹脂)
Bhi

gu sip


ik

(skt. hi

gu

iv


ka)
Ctaka(var. takka,樹脂)
Dtakapatt

(樹脂片)
Etakapa



(樹脂片)
Fsajjulasa(skt. sarjarasa,他の樹脂)
の七つ、或いはそれらに相応する医薬の幾つかが許可されたと理解できる。
●古典医学書に見られる樹脂薬について
このhi

gu(樹脂)について古典医学では、その使用された例は少なく。記述があるのは『スシュルタ・サンヒター』だけである。
『スシュルタ・サンヒター』総説編 第三十八章「薬物索類章」*78
第三十二族 l

k.

(Butea frodosa樹に寄生する介殻虫Coecs laeeaによく生ずる樹脂状物質「ラック」)
revataサンバン サイカチ
ku

aja 夾竹 桃科
a

vam

ra揚梅
haridr

の2種 ウコン、キャウワウ
nimba練属
saptaechadaシマソケイ
m

lat

夾竹 桃科
tr

yam



無花果属(58)
『「ラークシャー」等族(l

k




di-gu

a)は、渋・苦・甘味を有し、粘液素と胆汁素由来の病を治し、癩性の皮膚病、内臓寄生虫を駆除し、悪性の瘍を消毒する効力がある。』(59)
このように『スシュルタ・サンヒター』では樹脂(l

k


)群を九種類を上げている。それは渋薬(kas

va, skt. ka


ya)と同様の扱いであり、仏典の樹脂の名前は見られない。つまり、樹脂(l

k


)の概念は、『スシュルタ・サンヒター』にはあったが、『チャラカ・サンヒター』には見られないものである。
しかし、『南伝大蔵経』では薬の種類は違うが、樹脂のAhi

gu jatu(ヒング樹脂)
の樹脂(jatu)がl

k


の同義語の名前で見られている。つまり、樹脂が薬として独立したカテゴリーになっている点では、仏典と『スシュルタ・サンヒター』とは共通している。
四−7 7・塩について
@『摩訶僧祇律』巻第三十一*79
「雑誦跋渠法を明かすの九」
塩の義とは二種あり。味と性となり。味とは、海水の同一塩味なるが如し。性とは、黒塩・赤塩・辛頭塩・味抜遮塩・毘攬塩・迦遮塩・私多塩・比迦塩なり。略して二種なり、若しは生、若しは煮なり、是を塩と名く。
A『十誦律』巻第二十六*80
「七法中医薬法第六」
五種の塩あり、黒塩・紫塩・赤塩・鹵土塩・白塩・・・
B『四分律』巻第四十二*81
「薬

度の一」
是の中の病者とは、若しは体に瘡、若しは癬、若しは渦、若しは疥癩、乃至身臭なり、爾の時比丘病む、塩を須いて薬となす。佛言はく「服するをゆるす。是の中の塩とは、明塩・黒塩・丸塩・樓魔塩・支頭鞁塩・鹵塩・灰塩・新陀婆塩・施廬鞁塩・海塩なり。・・・」
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*82
「四種薬法」
五種塩とは、謂わく、烏塩・赤塩・白石塩・種生塩・海塩なり。
E『南伝大蔵経』*83
「第六薬

度」八−一
その時、病の比丘等、塩薬を須ひたり。世尊に此義を告げたり。「比丘等よ、塩薬[即]@海塩、A黒塩、B岩塩、C厨塩、D赤塩、或は他の塩にして嚼食に於て嚼食たるに資せず、・・・」
●漢訳文献を整理すると、『摩訶僧祇律』黒塩・赤塩・辛頭塩・味抜遮塩・毘攬塩・迦遮塩・私多塩・比迦塩の八つ、『十誦律』黒塩・紫塩・赤塩・鹵土塩・白塩の五つ、『四分律』明塩・黒塩・丸塩・樓魔塩・支頭鞁塩・鹵塩・灰塩・新陀婆塩・施廬鞁塩・海塩の十、
『根本説一切有部毘奈耶薬事』烏塩・赤塩・白石塩・種生塩・海塩の五つが上げられている。
●『南伝大蔵経』では、@海塩、A黒塩、B岩塩、C厨塩、D赤塩の五つ上げられている。
具体的に病気の僧たちは薬として塩(lo

a, skt. lava

a)を望み、
@海水塩(s

mudda, skt. s

mudra,海岸の砂のように積もるもの)海塩
A黒い塩(k

lalo

a, skt. k

lalva

a,カーラ塩, 普通の塩)黒塩=烏塩
B岩塩(sindhava, skt. saindhava,白い色の塩)白石塩
C料理用の塩(ubbhida, skt.audbhida,大地から発した塩)種生塩=厨塩
D赤い塩(bila, skt. v

da,あらゆる種類の成分が集まって、色が赤い塩)赤塩
この五つが許可されたという。この五つは漢訳仏典にほぼ相応している。
●古典医学書に見られる7・塩(lo

a, st. lava

a)について
○『チャラカ・サンヒター』
第一章「長寿を[欲しつつ][という言葉で始まる章]」*84
五種類の塩類とは、@サウヴァルチャラ(人造塩の一種)、A岩塩、Bヴィダ(人造塩の一種)、Cアウドビダ(岩塩の一種)、D海水塩である。[これらは]なめらかで、温性で、刺激性であり、きわめて食欲を増進させる(88

89)。
軟膏剤として、また油剤法(sneha)、発汗法(srvdana)においても用いられる。下剤、吐剤、非油浣腸剤、油浣腸剤((90)、塗擦剤、調味料、頭部浄化剤、手術薬、座薬(varti)、点眼薬(a

jana)、癒創薬として(91)、さらに、消化不良、便秘、ヴァータ性の病気、腹部腫瘍(gulma)、疝痛、腹水に用いられる。以上、塩類を述べた。
この『チャラカ・サンヒター』の記述は、仏典の塩類と非常によく似ている。比較すると次のようになる。
『南伝大蔵経』 漢訳 『チャラカ・サンヒター』
@海水塩(s

mudda, skt.s

mudra,海塩) s

mudra海水塩 D
A黒い塩(k

lalo

a, skt. k

lalva

a,黒塩) sauvarcala 人造塩 @
B岩塩(sindhava, skt. saindhava,岩塩) saindhava岩塩 A
C料理用の塩(ubbhida, skt. audbhida,厨塩) audbhida岩塩の一種C
D赤い塩(bila, skt. vida,赤塩) vida人造塩 B
そして、この塩類のグループの特性や剤型によって治る病気のタイプを説明している。
さらに第二十七章「食物の規定に関する章」*85には、
岩塩(A, saindhava)は食欲を与え、消化を助け、強精作用あり、目によく胸やけを起こさず、三病素を除去し甘味もあるが、鹹味が最も強い(300)。
sauvarcala塩(@, 人造塩, ソーダと塩をいっしょに煮沸した黒色の塩)はきめが細かく、熱性をもち消化は軽性であり、芳香があるので食欲を与え、秘結を除き、健胃剤となり、痰を除去する(301)。
vida塩(B, 人造塩, 岩塩に少量のミロバランをまぜ、融触させた黒塩)は刺激性と、熱性をもち、浸透性があり、消化を促し、疝痛を除去し、[身体の]上部と下部のヴァータを順調にする(302)。
audbhida塩(C, 岩塩の一種, 主として硫酸ソーダよりなり、少量の塩化刈る宗務を含む)は苦味と辛味と渋味をもち、刺激性があり、湿潤化する。
カーラ塩(E, vida塩と類似の黒色塩)には香がなく、その性質は岩塩に等しい(303)。s

mudra塩(D, 海水塩)は甘味をおびている。砂地の塩はやや苦味があり、辛味をもつ。すべて塩類は食欲を与え吸収を促進し、沈殿性があり、ヴァータを除去する(304)。
と示されており、五種の塩類の効果と、さらに第六種目のカーラ塩を上げている。
○『スシュルタ・サンヒター』
さらに『スシュルタ・サンヒター』総説編 第四十六章「飲食物用法[annap

na vidhi]の章」*86には、
塩類(lava

a varga)−
s

indhava(岩塩)、s

mudra(海塩)、vida(人造塩の一種で黒色である。山塩に少量の掩摩羅果を混ぜて融解して造る。)、sauvaracala(ソーダと掩摩羅果とを一緒に煮て製する。)、romaka(サムバル湖産の塩)、

udbhida(岩塩の一種で、主として硫酸ソーダより成り、少量の塩化ナトリウムを含む)等の諸塩は序のように、後のものほど逓加的に熱性であり、体風素のの不調を去り、粘液素及び胆汁素を増し、また逓減的に湿性、甘味、利尿、緩下剤となる。(1) 岩塩は眼によく、快感を与え、食欲を増し、消化は軽易で、健胃の効果があり、湿性(緩和性)にして、甘味をおび、強精剤となり、冷性であって病素の不調を除き、最上の塩である。(2) 海塩は消化後の甘味を呈し、熱性は著しくなく、酸敗を生ずることがなく、緩下性があり、また稍湿性を有し疝痛を治し、胆汁素の生成は著しくはない。(3) ヴィダ塩(vida)はアルカリ性をおび、消化を助け、乾燥性があり、疝痛及び心臓病を治し、食欲を進め、刺激性と温熱性とを有し、体風素を順調にする。(4) sauvaracala塩は消化は軽易で、温熱性の力用があり、口触り軟らかに、辛味を具なえ、腹部腺腫、疝痛及び便秘を除き、快感を与え、甘い香りをを有し、食欲を刺激する。(5) romaka塩は刺激性があり、熱性は著しく、組織内に浸透する性質があり、消化後に辛味を呈し、体風素の不調を除き、消化は軽易で、分泌を促し、その質は幽微であり、緩下剤及び利尿剤となる。(6)

udbhida塩は辛味に稍苦味をおび、またアルカリ性を含み、消化は軽易で、刺激性、熱性及び湿性を有し、その質は幽微で、透過し易く、体風素をして正調にさせる。(7) gu

ik

(焼き塩の一種)と称する塩は、粘液素及び体風素の不調を除き、駆虫剤となり、また溶解薬となり、緩下性がある。(8) v

lukelaと称する塩は、山麓より掘り出される含塩土より採れるもので、辛味を有し、去痰剤となる。処方法辛塩と称せられている。(9)
と仏典の五つにromaka塩を加えて一群とし、その塩の対象となる病気を記述している。そして、gu

ik

塩と、v

lukela塩を追加している。
ところで、上に見られたカーラ塩(k

lalava

a)と、サウヴァルチャ(sauvaracala)とは同義語である。そのために『南伝大蔵経』では、skt.医学でsauvaracala塩というところで、k

lalava

a塩の名前がでる。つまり、古典医学の五種の基本塩は、仏典の五種の塩と同様のものなのである。*87
以上までを整理すると、仏教医学と古典医学の薬物誌が、ご覧のようにいつも完全に一致するわけではない。しかし、医薬を分類してタイプに従って整理すると、基本的傾向は一致していることが分かる。また一致するといっても、古典医学は仏典に見られるように単純なものではなく、インド医学独特の病因論の三大理論(tri-do

a theory)を背景にしながら、甘味・酸味・塩味・辛味・渋味の六味(rasa)の他、甘味・酸味・辛味の消化後の味(v

p

ka)や、冷性・熱性の薬力源(V

rya)の医薬理論を前提にして述べていることに注目しなければならない。
五、五種の基本薬を受容する背景について
上述のように追加されて行くリスト見てくると、病気に対してその薬効食が記述されていることに気づく。とくにこれらの追加された薬効食を含め、五種の基本薬が許された背景が次のように明かされている。
@『摩訶僧祇律』巻第十六*88
「単提九十二事法を明かすの五」
爾の時、比丘あり聚落中に在りて夏安居し訖はり(中略)比丘食し已りて而して出づるに、風病発動せしかば自ら念ずらく「我行くこと能わず、世尊は施一食処にて過一食するをゆるさずと制戒したまえり、我今しばらく住して但、其の食を受けざらん」と。
A『十誦律』巻第二十六*89
「七法中医薬法第六」
佛王舎城の在しき、秋時諸比丘冷熱発し、癖陰患動し食飽くこと能わず、羸痩ルイセキし色力少なし、佛諸比丘の羸痩し色力少なきを見て、佛知って故に阿難に問いたまえり、諸比丘何を以て羸痩し色力少なきやと、阿難佛に白して言うさく、世尊諸比丘秋時の冷熱発し、癖陰患動し食飽くこと能わず、是の故に羸痩し色力少なきなりと。
B『四分律』巻第四十二*90
「薬

度の一」
爾の時に諸の比丘、秋月の病を得、顔色憔悴形体枯燥癬白なり。
D『根本説一切有部毘奈耶薬事』巻第一*91
「四種薬法」
時に芯芻、秋時染疾にして身体痿黄し、羸痩憔悴して困苦して力なかりき。世尊は見已りて知りて、故に阿難陀に問うて曰わく「何の故にか諸芯芻は、身体痿黄し、羸痩憔悴して困苦して力なき」。阿難陀佛に白して言さく「大徳、諸芯芻等は既に秋節に侵されて遂に諸病に染み、身体痿黄し、羸痩憔悴して困苦して力なきなり。」
E『南伝大蔵経』*92
「第六薬

度」一ー一
その時に、比丘等は秋時病に罹り、粥を飲みても吐き、食を食しても吐けり。為に彼らは痩せ、麁醜となり、色悪く、次第に黄ばみ脈結を露せり。
●漢訳文献と『南伝大蔵経』は共に、舎利弗尊者や比丘たちが秋時病に罹り、やせ細り、衰弱している様が伝えられております。
全体を通じて理解すると、秋(九月半から一一月半頃)に何人かの僧がサーヴァティで病気になった。症状ははっきりしていた。僧たちは飲んだ米粥と、食べたものを吐いた。それから消耗し、やつれ、皮膚の色が悪く、だんだん蒼白(または黄疸色)になり、手足は血管(dhamani)でおおわれた病気のために、世尊は五種の基本薬を許したという。
つまり、このような病気のために、世尊は五種の基本薬を許し、またその都度に応じて七種の追加薬を許可してきたと理解できます。
●古典医学書に見える秋の病気について
○『チャラカ・サンヒター』
第六章「人が食べたり飲んだりしたもの[という言葉で始まる]章を語ろう」*93
雨季の寒さに慣れていた体が、秋季になって急に太陽光線によって暖められると、蓄積していたピッタが、たいてい不調をきたす(41)。その場合の食物は、甘味があり、消化軽性、苦味を伴い、ピッタを鎮静するものを、十分な食欲をもって適量摂るのがよい(42)。秋季には鷓鵠、カピンジャラ(動物の一種)羚羊、雄羊、シャバラ(動物の一種)、兎(の肉)、米、大麦、小麦を摂るのがよいという(43)。秋季には苦味のあるギーを飲むこと、下剤の使用、放血を行い、熱気をさけるべきである。
○『スシュルタ・サンヒター』
第六章 「季節養生章(

itucary

dhy

ya)」*94
この中雨季においては草は未熟であって、その力は微弱である。水は濁って土や汚物を多く含んでいる。このようなものを人々が常用するということは、空が雲におおわれ、地は水によって潤はされ、このような環境にあって、身体は湿い、冷気によって消化の火は阻害された人々にあっては、あのような飲食物は消化が不充分となり、溜飲を起し、また胆汁素の積聚を生ずる。そして、この積聚は秋季に、空に雲少なく、泥は乾き、日光は衰える季節になり、胆汁素性の疾病を起す(10)。
と述べており、インドの気候が外因となって、そのような病状を招くことが示されている。
これらから考えますと、釈尊がその時代のインド医学の知識に従い、薬効食の規定を律藏の中に取り入れた背景には、『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』の両書に見えるようなインドの気候が外因となって、発病した梵行乞食の比丘たちの秋時病の治療やその予防の目的があったと考えられます。
◆エピローグ
ここで以上を総括しますと、インド仏教医学が中国へと伝播する以前、七世紀頃のナーランダ僧院では、インドのアーユルヴェーダ医学で二大医学書に数えられる『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』の医学的知識を集大成した『八科精髄集』(A




ga-h

daya-Sa

hit

)が、医方明(cikits

-vidy

)のテキストとして用いられており、その具体的な治療方法としては、一般外科学(腫瘍、膿瘍などの治療法)、特殊外科学(眼科や耳鼻科の治療法)、身体療法(内科全般の治療法)、鬼神学(精神病治療)小兒科学(小児病治療)、毒物学(解毒剤の投薬療法)、不老長生学(長生薬論)、強精学(精力増強法)の八つが設けられていた。
その当時のナーランダに遊学していた義浄三蔵は、病気の原因と治療法について「四大の不調による病気には、大別すると地大の病気・水大の病気・火大の病気・風大の病気という分類がある。これらは中国で沈重、痰

、熱黄、気発と呼ぶ病気に相当する。さらに治療に当たって通俗的には先の四大に地大を加えない水大、火大、風大の三大理論によって治療が行われている。」*4と伝えております。
つまり、当時のナーランダ僧院の医学は、正しくは四大理論に支えられた病因論によって病気の原因と治療を考えており、治療の現場では三大理論に支えられた病因論が用いられていたことが分かります。
また、七世紀以前のインド仏教の医学はどの様なものだったのでしょうか。律蔵経典群を見る限り、とくに成立年代の古い漢訳文献*95では、正しく四大理論に支えられた病因論を持っており、『摩訶僧祇律』によれば「病には、風病に百一、火病に百一、水病に百一、雑病に百一があって、四百四病に分類される。」といい、さらに「風病には油・脂を用い、熱病には酥を用い、水病には蜜を用い、雑病にはその三種の薬を用いて治療しなさい。」と示されております。
『南伝大蔵経』では、漢訳文献に見られない仏陀の病気の原因に関する八つの原因が、四つの中心的病因(内因)として@火大(胆汁素、pitta)A水大(粘液素、semha、kapha)B風大(体風素、v

ta)C地大(三つの組合せ、sannip

ka)と、他の四つの外因としてD時候(季節、

tu)E異常な行動によるストレス(逆運、vi

ama)F外因性の事故(痙攣、opakkamika)H過去の行為の結果(業、karma)として示され、この八因はインドの古典医学書にも同様に見られ、漢訳文献より発展した形が見られております。
そして、この様な四大理論に支えられた病因論を背景に、『摩訶僧祇律』に見られたように「風病には油・脂を用い、熱病には酥を用い、水病には蜜を用い、雑病にはその三種の薬を用いて治療しなさい。」という治療法を前提に、薬効食として五種の基本薬が規定されております。
この五種の基本薬について、漢訳文献と『南伝大蔵経』はほとんど同様で、『南伝大蔵経』「第六薬

度」には、@熟酥(ギー、sappi, skt. sarpis,医学用語gh

ita)A生酥(新鮮バター、navan

ta)B油(tela, skt. taila)C蜂蜜(madhu)D糖蜜(ph


ita)の五種薬が上げられている。
古典医学書でも、仏典に見られるような五種の基本薬が上げられている。しかし、それは仏典のように単純なものではなく、甘味・酸味・塩味・辛味渋味の六味(rasa)の他、甘味・酸味・辛味の消化後の味(v

p

ka)や、冷性・熱性の薬力源(V

rya)の医薬理論を前提にしてることに注目しなければならない。
さらにこれに加えて、僧たちの病気によって1・脂肪、2・根、3・煎薬、4・葉、5・果物、6・樹脂、7・塩の七種の薬効食が追加されて行きます。この七種の薬効食のカテゴリーのほとんどは古典医学書に見られるもので、そして、五種の基本薬と同様に六味や消化後の味や、冷性・熱性の薬力源の医薬理論を前提にして論じられております。
また、この様にインド仏教の医学が形づけられて行く背景には、仏典に見られたように「比丘たちが秋時の病気になり。粥を飲んでも吐いてしまい。食事を食しても吐いてしまい。彼らは痩せ、麁醜となり、色悪く、次第に黄ばみ浮腫んでしまった。」ために、釈尊は五種の基本薬を許し、またその都度に応じて七種の追加薬を許可し、その時代のインド医学の知識に従い、四大理論に支えられた病因論を理解し、薬効食の規定を律藏の中に取り入れて来た事実が指摘できます。
ところで、インド医学史からこの様な律蔵経典群の医学的知識を眺めますと、仏教徒たちのインド医学への貢献が理解できるといわれる。それは紀元前九世紀から紀元後の初期までの資料に散見できるもので、当時の治療者たちは、彼らがアーリヤ以外の異民族や、病人などの不浄な人々とも接するために、バラモンの階級制度から嫌われ、正統の祭儀から除外された。そして、その治療者たちを受け入れたのは、異端・苦行の乞食者の社会、仏教教団の組織であったという。
治療者たちは仏教教団の求道の苦行者、比丘、比丘尼として遍歴・遊行する中で、経験的に積み重ねられた厖大な医学的な知識がストックされ、その医学情報はバラモンの制限をタブー視することなく成文化、体系化されていったという。
『摩訶僧祇律』には次のようなエピソードが記述されている。
仏、拘

彌に住したまいき。爾時、闡陀母比丘尼は善く治病を知って、根薬・葉薬・果訳を持して王家・大臣家・居士家に入り、諸の母人の胎病・眼病・吐下を治し、咽を熏じ、鼻を灌ぎ、針刀を用い、然して後に此の諸薬を持して之に塗り、病を治するに由りての故に大いに供養を得たる・・・(中略)・・・仏言わく「此は是れ悪事なり、今日より後、医師と作りて活命するを赦さず。」*96 これは闡陀母比丘尼が医師のように善く治病を知り、治療行為のみに走っていることを仏が禁止した事例で、この時既に仏教教団のヒーラー(治療師)たちには、経験的に積み上げられた医学知識が存在していたことを物語っている。それらが律蔵経典群に見られる医学的な知識であり、この医学的知識の体系化がインドにおける最も初期の成文化された集成で、後の古典医学書のモデルとなったばかりではなく、仏教僧院のあり方が医学の制度化に著しい役割を果たしたともいわれる。
また、教団のヒーラーたちの癒しの手が、僧院内から一般庶民へと及ぶに従って、僧院には死を看取る場(ホスピス)や施療院が設けられ、仏教の人気は高まり在俗者による教団の維持も確保された。そうしてナーランダ僧院のような主だった僧院学校で、医方明(cikits

-vidy

)として『八科精髄集』などの医学テキストがカリキュラムの一部になると、それはもう伝承という立場から、科学や学問という立場を獲得するにいたった。
インドでも、ほかのアジア地域においても、仏教はその歩みを通じて、癒しの治療術と密接な関係を保ち、医療と宗教の実りある混交の規範となり、今日でも南アジア、東南アジアの仏教国の僧たちは、いろいろな病気の患者を治療し、僧院の構内に施療院を設けているところも少なくない。*97
いま宗教のあり方が問われている中で、宗教としての仏教がどの様な社会的機能を果たしながら形成されてきたかを理解することで、現代の仏教者が取り戻さなければならない現実社会に対する教化活動の実際が見えてくるように思えます。
これは正しく仏教者が自らが、信仰に支えられた自身の信行生活を実践することによって、観念的な存在ではなく、自分自身の身体性を獲得することによって得られる道であると思います。
註
*1 『現代宗教研究』第三十二号所収「天台大師の治病法、二つの基礎概念について」二五〇頁〜二五六頁 日蓮宗現代宗教研究所刊
*2 K・G・ジスク 『古代インドの苦行と癒し』時空出版 一九九三年 九六頁、以下『古代インドの苦行と癒し』と略記
*3 『古代インドの苦行と癒し』 六九頁
織田『仏教大辞典』五七三頁ー二
*4 『南海寄帰内法伝』第二十七「先體病源」、二十八「進薬方法」
『国訳一切経』史伝部十六下 一〇五頁〜一〇八頁・大正五四 二二三頁B〜二二四頁B
*5 『チャラカ・サンヒター』ー矢野道夫訳 世界の名著『インド医学概論』朝日出版社 二三四頁
*6 *4の『南海寄帰内法伝』参照
*7 『八科精髄集』skt. A




ga-h

daya-Sa

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、tib. Yan-lag brgyad-pa

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-po bsdus-pa shes-bya-ba
*8 Charaka-Sa

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、五世紀頃成立
*9 Su-uruta-Sa

hit

、三〜四世紀頃成立
*10 『古代インドの苦行と癒し』 七〇頁 九五頁
矢野道夫訳 世界の名著『インド医学概論』朝日出版社 解説 以下『インド医学概論』と略記
*11 『古代インドの苦行と癒し』第二章 二九頁〜五三頁
岩本 裕 『インド医学序説』日本臨床三〇巻五号〜三一巻三号 以下『インド医学序説』と略記
*12 『国訳一切経』律部八 三三三頁
*13 同 律部五 三三頁
*14 同 律部四 一二七一頁
*15 同 律部二十 五七〇頁
*16 『南伝大蔵経』第十五巻 相応部経典 六處篇 第二 受相応 百八理品 三五五頁〜三五六頁
*17 『チャラカ・サンヒター』 一三七頁
*18 『スシュルタ・サンヒター』ー大地原誠玄訳『スシュルタ本集』 アーユル・ヴェーダ研究会刊 第一篇 総説篇 一-六頁、以下『スシュルタ・サンヒター』と略記
*19 同 第一篇 総説篇 一ー七頁
*20 『国訳一切経』律部八 六八頁
*21 同 律部六 五五八頁
*22 同 律部六 五五八頁
*23 同 律部二十三 二頁
*24 『南伝大蔵経』第三巻 三五三頁
*25 『南伝大蔵経』第一巻 四二四頁〜四二五頁
*26 『チャラカ・サンヒター』第十三章 九〇頁〜九一頁
同 第二十七章 二〇九頁
同 二一〇頁
同 第二十三章 一六六頁
『スシュルタ・サンヒター』第一篇 総説篇 第四十五章 三四〇頁
同 三四二頁
同 三四三頁
同 三四六頁
同 三四七頁
同 三四八頁
同 三四九頁
同 三五二頁
同 三五二頁〜三五三頁
同 三五六頁〜三五八頁
*27 『国訳一切経』律部八 六八頁
*28 同 律部六 六一八頁
*29 同 律部三 九七〇頁
*30 同 律部二十三 三頁
*31 『南伝大蔵経』三 三五五頁
*32 『チャラカ・サンヒター』九〇頁
*33 『チャラカ・サンヒター』二一四頁
*34 『チャラカ・サンヒター』一九四頁〜一九五頁
*35 『スシュルタ・サンヒター』三五二頁
*37 『国訳一切経』律部十 八七六頁
*38 同 律部六 六一八頁
*39 同 律部六 六一八頁
*40 同 律部三 九六三頁
*41 同 律部二十三 二頁
*42 『南伝大蔵経』三 三五五頁〜三五六頁
*43 『チャラカ・サンヒター』一四頁〜一五頁
*44 『スシュルタ・サンヒター』二六五頁〜二六六頁
*45 『国訳一切経』律部十 八七六頁〜八七七頁
*46 同 律部六 六一七頁
*47 同 律部三 九六三頁
*48 同 律部二十三 二頁
*49 『南伝大蔵経』三 三五六頁
*50 『チャラカ・サンヒター』 一四頁
*51 同 三〇頁
*52 同 一八二頁
*53 『スシュルタ・サンヒター』二九八頁
*54 『チャラカ・サンヒター』三三頁
*55 『スシュルタ・サンヒター』、二六五頁〜二六六頁
*56 『国訳一切経』律部六 六一七頁
*57 同 律部二十三 二頁
*58 『南伝大蔵経』三 三五六頁
*59 『チャラカ・サンヒター』一四頁
*60 同 三〇頁
*61 同 一九八頁
*62 『スシュルタ・サンヒター』四一三頁〜四二七頁
*63 同 二一頁〜二二頁
*64 『国訳一切経』 律部六 六一八頁
*65 同 律部二十三 二頁
*66 『南伝大蔵経』三 三五七頁
*67 『古代インドの苦行と癒し』二二二頁 註四〇
同 二五三頁 註三六
幡井 勉 編著『生命の科学 アーユルヴェーダ』八二頁 白樹社 一九九九年
*68 『チャラカ・サンヒター』三〇頁
*69 同 二〇一頁〜二〇四頁
*70 『スシュルタ・サンヒター』三九九頁〜四一二頁
*71 『チャラカ・サンヒター』二〇頁
*72 『スシュルタ・サンヒター』二六五頁〜二六六頁
*73 二六三頁
*74 『国訳一切経』律部六 六一八頁
*75 同 律部三 九六〇頁
*76 同 律部二十三 二頁
*77 『南伝大蔵経』三 三五七頁
*78 『スシュルタ・サンヒター』二六四頁〜二六五頁
*79 『国訳一切経』律部十 九七六頁
*80 同 律部六 一八頁
*81 同 律部三 九六三頁
*82 同 律部二十三 二頁
*83 『南伝大蔵経』三 三五七頁
*84 『チャラカ・サンヒター』一六頁
*85 同 二一五頁
*86 『スシュルタ・サンヒター』四三四頁
*87 『古代インドの苦行と癒し』一二三頁
*88 『国訳一切経』律部九 四六六頁
*89 同 律部六 五八七頁
*90 同 律部三 九七〇頁
*91 同 律部二十三 一頁
*92 『南伝大蔵経』第三巻 三五三頁
*93 『チャラカ・サンヒター』五〇頁
*94 『スシュルタ・サンヒター』三五頁
*95 有部律を除く四大廣律の訳出年代は凡そ五世紀前半の二〇年間であり、これら文献には初期仏教教団のその時代の生活背景が色濃く伝えられている。
参考文献 平川彰『律蔵の研究』三喜房書林 昭和五五年
同『原始仏教の研究』春秋社 昭和五五年
*96 『国訳一切経』律部十一 一一五三頁
*97 『古代インドの苦行と癒し』一頁〜八頁
※この小論は第五二回日蓮宗教学発表大会で発表したものを整理加筆したものです。