日蓮宗 現代宗教研究所
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所報第34号:166頁〜 特集[社会変動と宗教] ←前次→

  顕正会問題とどう向き合うか

貫  名  英  舜   
(現代宗教研究所研究員)    

 私のここで発表する目的は、この顕正会の組織拡大という問題に対して個々の寺院が、また、一人ひとりの日蓮宗の教師が現場においてどのように対処したらよいかということについて考える材料を提供することです。このテーマを追う場合に考えなければならない具体的な項目はたくさんありますが、本日は、@日蓮宗寺院と富士大石寺派の問題、A寺院の檀信徒の子どもたちの入信の問題、B時代の変化に対応する教化の問題の三つの点に絞って述べたいと思います。
 @日蓮宗寺院と富士大石寺派の問題
 顕正会の組織拡大は、歴史的に見れば、創価学会が「折伏大行進」を実施した昭和三十〜四十年代から、一つの世代が終了して、再び新たな法華系新宗教運動の活性期に入ったということの一つの現れではないかと考えています。このような仮定としての時代認識に立たない限り、非常に短期間に六十万人を大きく越える会員を集めることに至ったという事実そのもののの背景が見えなくなります。
 実は、新たな活性期に入ったのは顕正会ばかりではないのです。最近の日蓮正宗大石寺の動きを見ていますと、日蓮正宗大石寺もまた活動を活性化しているように見えます。ご存じの通り、かつての創価学会との蜜月の象徴である「正本堂」を取り壊して、新たに「奉安殿」を新築し、「戒壇の御本尊」を移すという事業を行っています。これは、創価学会との縁を完全に断ち切るということの意志を内外に示した事業であり、宗門の独自の路線を展開しようという動きとして見て行く必要があります。その中で、管長の存在を中核として宗門組織が引き締められており、また、各寺院住職や各寺に所属する各「法華講」に対して、徹底した会員の増員(「三〇万人登山」)を通達しています。
 また、こうした顕正会及び宗門の動きに対して、あの創価学会も表面上は見えて来ませんが、何らかの対応策を打ち出して来ることが予想されます。
 また、これは顕正会問題とは直接関係がないことではありますが、これらの教団が主として若い世代に対する勧誘活動を展開していることから、その広がりを警戒する他の旧・新宗教教団も末端組織の結束を強めざるを得ないという波及効果が起こって来るものと考えなければなりません。
 つまり、顕正会の進出は、創価学会における公明党との政教分離、国立戒壇放棄(一九七〇年)以来続いて来たところの各宗教の「均衡状態」にピリオドが打たれようとしているという事態ではないかと思います。
 こうした状況を受けて、我々日蓮宗自身についての検証をする必要があるのではないでしょうか。つまり、この均衡が保たれた約三〇年の期間に、我々の精神において、そして、組織の連帯において、どこか弛緩した状態になっていないかという点を点検し直す必要があるのではないかと思います。そのためには、我々日蓮宗教師は我々の拠って立つところの基盤(「教学」)を再度確認して、富士派との相違を明らかにする協同作業と同時に、組織としての連帯を強める具体的な行動をとらなければならないのではないかと考えます。
 A寺院の檀信徒の子どもたちの入信の問題
 我々の役割の一つに檀信徒の教化育成があります。現在、檀信徒として信仰を持って活動している人々の後に続く若い人々に対しても、法華経と日蓮大聖人の教えを広げることの努力を一時として休んではならないことは言うまでもありません。
 しかし、一方では、若い世代への布教教化という我々の努力がなかなか実を結ばない状況を抱えながら、片方では、第四次宗教ブームの中で若い人々の新宗教への大量入信が続いているという断面があります。しかも、「少子化」という社会状況における新宗教入信によって、「家」の祭祀としての檀家制度を基盤に置く我々制度宗教にとっては、次世代の檀家の離反あるいは消滅という危機的問題として現れ出て来る可能性があります。
 昭和三〇年代の創価学会の拡大は、その時代背景に産業の進展による都市化、すなわち、地方の次男・三男の都市移動にともなって生じた大量の新都市生活者を勧誘の対象にしていました。したがって、制度宗教の側としては、地方に残ったところの長男・長女を新しい世代の檀家として留保することができた、ということです。
 しかし、この「少子化」という社会変動の中にあっては、その数少ない信仰の相続者である長男・長女が他の教団に入信するということなのです。結果として、我々の現有の檀信徒が切り崩されて行くことになると考えるべきではないでしょうか。
 この長男・長女の新宗教入信という事態は、伝統的な「家」の祭祀を続けることが宗教的実践としての価値をおく親たちに極めて深刻な打撃を与えます。日蓮宗の傘下にある社会福祉法人立正福祉会全国家庭児童相談室には、この顕正会を含む多くの仏教系新宗教への入信問題についての問い合わせや相談が寄せられています。そして、この相談の内容の一つの要素が、先祖から伝えられた信仰実践としての菩提寺の外護という形が、自分の世代で断絶してしまうことへの危惧なのです。
 私自身は、ある特異な入信問題を商業マスコミがいうところの「カルト問題」として安易に一括することは間違いであると考えていますし、顕正会の問題をそんな単純な捉え方をしては絶対にならないと考えています。しかし、親たちにとってこれまでとはなかり異質な宗教が家庭内にもたらされることによって引き起こされるパニック全体を「カルト問題」として認識してしまうことは、時代の趨勢であると考えます。
 要するに、顕正会という存在、そして、三〇年間という一つのジェネレーションを経過して、再び、この市民社会に活性化して来ている法華在家主義運動が我々に問うているのは、我々自身が檀信徒との距離をもっと縮めて信頼関係を強め、さらなる結束を図って行かなければ、結果として、我々自身が侵食されかねないということなのです。
 B時代の変化に対応する教化
 顕正会は、「一国広布」、「国立戒壇建立」ということばに象徴されるかつての創価学会同様の運動に加えて、「終末論的教義(「日本が滅びる!」)」を重ね合わせています。この思想は、一種の「宗教的ナショナリズム」の現れと言えるものかも知れません。そして、この思想こそが、時代に閉塞感を感じ「使命感(「生きる目的を持ちたい」)」を与えられることを求める多くの若者を熱狂させる要因となっているように感じます。
 また、別に、「現証」主義による「宿命の転換」を説きます。これが、現実に違和感を感じて「自分を変えたい」という変身願望を持つ若い人々にアピールしていると言えます。さらに、社会や家族に対して孤立感を感じる若い人々は、一つの目的にしたがって集団で組織的行動することによって自分の「所属(居場所)」を見いだし得たという気持ちも強いとも考えられます。
 組織が拡大するということは、その教団の勧誘活動がエネルギッシュであるからという理由によってばかりではありません。我々が、冷静に考えなければならないことは、拡大を果たすためにはそこに「需要」がなければならないということなのです。つまり、顕正会の実践のあり方についての価値判断はいったん措いて、すでに述べたところの時代の閉塞感や現状への不満、そして、孤独などの問題に対して、顕正会を含む新宗教が積極的に関わって行くことで、組織拡大をしているという見方をするべきであると考えます。
 我々自身は、この顕正会を含む復活台頭しつつある法華在家主義運動を超克して、日蓮法華仏教の正統に継承する者としての見識を示すためには、こうした現代の若い世代の苦悩や不安そのものを真摯に読み取って行かなければならないし、それかが生み出せれる社会環境に対しても批判的に提言して行かなければならないでしょう。
 いずれにしても、顕正会という組織の拡大が我々に問うていることについて真剣に考えることが、今、求められています。

※本稿は平成一一年二月二四日、静岡県沼津市「ブケ東海」にて開催された第三二回教化学研究集会にて講演されたものを筆録したものです。


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