日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
編集後記
「現代宗教研究」第三十三号をお届け致します。
▼現代の日本は、政治的国際的には冷戦構造の崩壊、経済的国内的にはバブルの崩壊という、二つの崩壊に対応仕切れず、自信喪失に陥って、場当り的な弥縫策を取り続けているように思われます。
▼そうした状況下、立正安国をテーマとして中央教研が開催されたことは、時宜を得たことであったと考えます。
▼伊藤先生は『立正安国論』で・現代を・読むことを提唱されました。『安国論』の根本思想を解明しつつ、現代世界の政治経済状況への日本の対応から、日常的信行の在り方に至る迄の多岐に亘る問題について、『安国論』の方法の会通を試みられた講演でした。混迷せる現代に日蓮門下の採るべき方法を開示して頂けたように思います。
▼中濃先生はその講演を「現代に・立安国論を・読む」と題されました。戦前から現代に至る宗教と国家の在り方について検討され、『安国論』の国を、佛国土と切り離し得ない「民」を中心とした国と捉え、法華経という明鏡を通じて現実を受容しながら、立正平和の精神を実践することを強調されました。昏迷する現代の日蓮門下の持つべき精神を教示して頂けたのではないでしょうか。
▼「立正安国」は決して日本だけの問題ではありません。二十一世紀に向かって、世界は「自然と人間の共生の原則」によるべきであり、そのためには、自然の摂理に従い、自然との調和を目指す、佛教、特に法華経の精神が広まらねばならないという福岡先生の講演には、そのことを改めて思い、勇気づけられるとともに、日蓮門下の使命の重大さをも痛感しました。
▼中尾先生の、寺院のみによる講は、講の活動範囲と自主性とを矮小化してしまう、との御指摘は、立正安国の基盤となる布教組織の在り方を考える上で示唆に富んだものと考えます。
▼今成先生の、日蓮聖人の実像が理解されず、望ましからざる虚像が一人歩きして、世間の日蓮嫌いを生んでいる、との御垂示は、立正安国の教えを弘める上での問題点について再考を捉されるものでした。
▼御講演を頂いた諸先生、また御執筆の各聖に心より御礼申し上げます。(早坂記)
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