研究ノート
河口慧海の諸宗批判(一)
―特に浄土教を中心にして―
早坂鳳城
(現代宗教研究所主任)
はじめに
今年(平成十年)十月、河口慧海氏(以下、河口氏と記す)の著作集が、そのネパール・チベット入国百年記念として、大正大学綜合佛教研究所より刊行された。
周知のように、河口氏は、本宗を含めた既成佛教教団諸宗に対し物々しいまでの批判を行っているが<1>、オウム真理教事件以来、宗教に対する批判が高まっている昨今、著作集の刊行を一契機として、河口氏の思想について再検討してみることは、有意義であり、時宜にかなったことでもあろう。既に、河口氏の本宗に対する教学批判については、別に論じたところ<2>であるので、小稿では、河口氏の本宗以外の諸宗への批判について、特に浄土教へのそれを中心として、日蓮聖人の浄土教批判との同違についても触れつつ、論明したいと思う。
一
河口氏は、その著『在家佛教』に於いて諸宗の「本尊」を批判して次のように言う。
或宗派に於ては阿弥陀佛を本尊とし、他の宗派に於ては大日如来を本尊とし、また或宗派に於ては経典の題目を本尊とするものもある。或・は・利・益・を・得・る・事・を・専・ら・と・す・る・寺・院・に・於・て・は・、観世音菩薩、文珠菩薩、普賢菩薩等を本尊として祀つるものもある。また一・堂・の・本・尊・と・し・て・は・、弘法大師、見真大師、立正大師等の僧を祀つるものもある。甚・だ・し・き・に・至・て・は・、天部の不動明王や、大聖歓喜天や、弁財天女や帝釈天王や、大黒天や、果ては鬼子母神や、加藤清正や、狐狸の類に至るまで本尊として、迷信者流の賽銭を集めるものがある。かくの如きは一体佛教の真実本尊を表はしてゐるものであらうか<3>。(傍点引用者)
そして、右の引用に続き、佛教の本尊は、釈尊一佛であるべきことを主張して、次のように付言する。
本・来・宗・教・は・帰・一・の・信・を・要・す・る・も・の・である。佛教に於て南ナ無ム佛ブッ陀タ耶ハーヤと云ふ時には、十号具足万徳円満の一佛に向つて、礼拝する義を表すものであつて、決して諸佛諸菩薩諸明王でないことは、その語の為格が単数であることに依ても、文法上より証明せられてゐるのである。また純理論上より見ても、一宗教本尊が種々異様なる人格の表現であり得ることは、到底出来ないことである<4>。(傍点引用者)
と、帰一の信を要請し、いわゆる雑・乱・勧・請・を・批・判・す・る・のであるが、これは、信の統一を主張し、釈迦に帰ることを唱えた日蓮聖人の精神と、通底しているものと言うこともできるであろう。
さらに続けて、河口氏は、同体異名の諸尊を祀ることをも批難し、
然れども我国に於ける宗派佛教は、その不可能な事を敢て行って恬として省みないのである。否な却てこれを弁護する者は日く、釈迦と云ふも阿弥陀と云ふも皆同体の佛であつて、菩薩も明王も佛の化現であつて見れば、何れを本尊とするも差支はない。(中略)かくの如き弁護は古来多数の高僧善知識に依ても説明せられた所であるけれども、これは実に真性の差別を没却した、味・噌・糞・同・一・論・者・の・邪・見・である<5>。(傍点引用者)
と論じているが、これも、日蓮聖人の諸宗本尊批判に通じるのではないかと思われる。
二
ところで河口氏は、阿弥陀佛について次のように言う。
阿弥陀佛とは浄土門一派の人々の言ふ所によれば、西方極楽世界の教主無量寿佛と言ふ特別の如来を言ふのであると説いてゐる。果して彼等の唱道する如くであろらか。原語を調査して見ると阿弥陀佛とは梵語にAmit

Buddhaで、訳は無量佛である。即ち十方三世の無量無数の佛陀を意味する原語であつて、いはゆる西方極楽世界の教主である無量寿佛とはならぬのである。無・量・寿・佛・なれば、原語にAmit

yus Buddhaであつて、無・量・光・佛・なればAmitabha Buddhaである。阿弥陀佛は・・・・・、無量無数の佛であるから・・・・・・・・・・・、ただ一を基数とする本尊とはならぬ・・・・・・・・・・・・・・・・のである。或は言ふ者があらう。元来阿弥陀と云ふ語には無量寿、または無量光の意義が含まれて居るのであると。或はまた言ふ者があらう。ユス、寿、或はバハ、光の語を省略して、簡単にしたもので、やはり阿弥陀と云ふ語は、無量寿または無量光の意義であると。このような強弁は全くサンスクリット語を知らない人々か、或は宗見に囚はれた病的思想者の間には通用するであろう。併しながら少しでも梵語を正しく知つた者には、阿弥陀佛と云へば、言下に無量佛と知覚する。何程推理穿鑿〔せんさく〕しても阿弥陀と云つて無量寿佛とはならぬのである。故に一・佛・で・な・い・阿・弥・陀・佛・は・断・乎・と・し・て・本・尊・と・な・ら・ぬ・と云ふ所以である<6>。(傍点引用者)
河口氏は、阿弥陀佛の原語は、Amit

Buddhaであるとする。Amitaは(a=無)+(mita=量)であり、量れない量、無量を意味する。従って、Amit

Buddhaは、無量の佛、数の多い佛となるとするのである。
しかし、nayuta kotiのような数、数詞は例外として、一般にAmita(無量の)のような形容詞は音訳されない。「阿弥陀佛」の原語がAmit

Buddhaであるのならば、無量佛と訳されて然るべきであるが、「阿弥陀佛」と音訳されている以上、その原語は、Amita(無量の)のような形容詞であると考えるべきではないのである。
『金剛般若経』の冒頭には、敬礼の言葉してNamo Bhagaty

ryaprajn

p

ramit

yaiとあるが、ここでのbhagatは「尊い」の意であり、一文の意味は「最も尊い聖なる般若波羅蜜に礼拝する」となる。河口氏の論法で行けば、このbhagatを「薄伽梵」と訳しても可いこととなろうが、それでは名詞のbhagavat(世尊)と区別が付かなくなってしまう。だからこそ、形容詞として使われているbhagavatは音訳しないのである。
阿弥陀佛の場合も同様である。「阿弥陀佛」とは、Amit

yus BuddhaまたはAmitabha Buddhaと呼ばれる佛陀のことを「阿弥陀佛」と訳したに違いないのであって、「阿弥陀」だからAmitaであると還元してみても、話にはならないのである。そもそも、阿弥陀佛の原語がAmit

yus BuddhaまたはAmitabha Buddhaであることは、学界の常識であると言わねばならない。
尚、河口氏は、阿弥陀佛が無量佛ではなく西方極楽浄土の教主である無量寿佛であると解した場合でも、それは本尊とはなり得ない、として次のように言う。
本尊として無意義なる阿弥陀佛と云ふ語を拾てゝ、極楽世界の教主として意義ある無量寿佛の語を用ひてこの論題を判じて見よう。無量寿佛はこの娑婆世界より西方に、十万億の世界を隔てた処にある極楽世界の教主であって、この娑婆世界の本尊ではない。即ち他国土の精神的統轄者であつて、この国土の法王ではない。故にこの国土の住民の本尊とすることは出来ぬのである<7>。
この考え方には異論はない。佛教において一佛一土は常識であり、阿弥陀佛が娑婆世界の佛陀たり得ないことも鉄則である。そして、云うまでもないが、この批判は、日蓮聖人の浄土教批判と軌を一にするものであると思われる。
三
阿弥陀佛が、本尊たりえないことを主張した河口氏は、さらに論を推め、南無阿弥陀佛と唱える念仏すら、無意義の片言であると批判する。
文法上、南無namasと云ふ動詞が、語の始に現れる時は、必ず賓辞の終に第四格即ち為格の語尾アーヤを添へて結ばねば、全く語の意義をなさぬものである。南無と始むればその語句の終りを阿耶アーヤで結ぶことは、梵語文法上古来一定の金則である。それ故に南無阿弥陀佛と言つたのみでは、以下に表示する如く何の意味もなさぬものである。
南無阿弥陀佛 訳礼拝す 無量佛
この対照の如く、南無は礼拝すで、阿弥陀佛は無量佛とあるので、無量佛が誰かに礼拝するのか、誰かが無量佛に礼拝するのかと云ふに、これは未成語であるから、その何れの意味もなさない。全く無意義の片言である。かゝる無意義の片言を以て、極楽往生が出来るなどと信じた古昔の高僧善知識は、梵語に就ては実に文字通り、一文不知の・・・中略・・・憐むべき人々であつた<8>。
更に続けて河口氏は、南無阿弥陀佛の念佛を原語に於て文法上意義ある語とするには、「礼拝す無量佛に」の意となる「南ナ無モ阿ー弥ミ陀タ佛ブツ陀ダハー耶ヤ」であらねばならないと論じた上で、またそれをも否定し、それもまだ「無量佛」であって「無量寿佛」ではあり得ないから、もし西方極楽浄土の教主である無量寿佛に礼拝すと云ふ義を、唱えるのであれば南ナ無モ阿ー弥ミ陀タ

ユ枳ス佛ブツ陀ダハー耶ヤ namo' mit

yus Buddh

ya.でなければならないとし、
この十字を備へなければ、念佛者流が期待する如き意味は表はれないのである。如何に南無阿弥陀佛と云ふ語の、全く無意義の片言かたことであるかゞ判明したであらう<9>。
と、批判を重ねる。
しかし、これは原語偏重主義の行きすぎた批判であると言わざるを得ないであろう。
「南無」の語は、一旦音訳された以上は、「敬礼する」の意の漢語として機能するのである。漢語の動詞には、梵語のそれのような時制や数、或いは係り結びは無い。動詞が目的語によって変化することも、動詞によって目的語が変化することも無い。したがって「無量寿佛」に「敬礼」する、という意味のことを、「敬礼無量寿佛」と記し得るのと同様に「南無無量寿佛」とも記し得るのある。このとき、無量寿佛の語尾が変化しないことを問題にすることなどあろうか。
為格の語尾ayaを問題にするのであれば、NamasとNamoの変化も問題となろう。それがともに「南無」で可いのは何故であろうか。「南無阿弥陀佛」の六字の名号は、「南無」=「敬礼」、「阿弥陀佛」=「無量寿佛」の関係が先に成り立った上で、それが結合して成立しているとも言い得るのである。原語がnamo' mit

yus Buddh

ya。であったとしても、その音をそのまま音訳しなくとも一同差し支えないのである。
四
次に河口氏は、
仮りに念佛門の信者等は無意義なる六字の名号を廃して、意義ある十字の名号、南ナ無モ阿ー弥ミ陀ダー

ユ枳ス佛ブツ陀ダハ耶ーヤと至心に信楽して称名したならば、西方極楽世界に往生することが出来るであらうか。それは全く望みないことである<10>。
と、浄土念仏への論難を畳み掛ける。
十字の名号を唱えても西方極楽世界に往生しないとは、何故であろうか。それは、往生を保証するとされるところの『無量寿経』の第十八願文自体に問題があるからである、と河口氏は指摘する。
その往生を保証する所の第十八の本願文は、怪しい飜訳の一書を除いては、原書である梵典の無量寿経には、廻向善根念佛往生を第十九願に誌せる外に、康僧鎧訳の如き念佛称名或は信心決定を極楽往生の原因の如くに解釈し得る、調法なる独立したる願文はないのである<11>。
すなわち、真宗教学の基礎であり、念佛往生を保証するとされる、康僧鎧訳『無量寿経』の第十八本願文は、相当する梵文が存在せず、無根無実である、というのである。梵文の第十九願文に類似した教説が見られはするものの、それも極楽浄土へ往生しようとする念を十たび発起して相続することが説かれるのみで、これは所謂「十念」とは区別されねばならないとする。
十念とは、一般には、十度念佛することであり、念佛とは言うまでもなく弥陀の名号を唱えることである。これは、善導が十念を十称と解釈したことに始まる。しかし、河口氏によれば、康僧鎧や菩堤流支によって「十念発起相続を以て」と訳された箇所は、梵文では「十たび心を生じて相続することによって」の意であり、心すなわちcittaを念と訳することには問題が多く、ましてや、その念は、念佛の念ではあり得ないという。
なるほど、河口氏の言う如く、十念の訳はやや不正確であるかもしれない。
しかし、「極楽浄土へ往生しようとする念を十たび発起した相続する」ことと、「極楽浄土へ往生しようとして阿弥陀佛を十たび念ずる」ことととの間に、氏が言うほどの距離はないようにも思える。河口氏は、cittaを念と訳することは、所謂念佛を想起するからいけないとするのであるが、康僧鎧や菩堤流支がこれを「十念」と訳した際に、称名念佛の思想があったわけではないのである。
善導が十念を十称と解釈したことを、誤りであると言うことは可能であるが、誤解を恐れずに言えば、誤解や誤読なくして思想の発展はない。新しい思想は必ず旧い伝統や解釈をなにがしか破壊するものである。河口氏の言う如く、『無量寿経』中に、「念佛往生を専揚する第十八の本願と云ふ文句もなければ、また四十八願何れにも称名念佛往生を説いた所がない<12>」としても、そのように会通し得る経文がありさえすればよいとも言い得るのである。
十念の念を念佛と解釈し得るか否かについては、今は問わずに措く。発展的解釈であると評価するのか牽強付会であると断罪するのかは、論者の立場と観点に由るところである。ただ、それを批判する河口氏の視座は、またも偏狭な原文至上主義に陥っているとは言い得るのではなかろうか。
五
十二訳五存とされる漢訳『無量寿経』のうち、中国に於いても我が国に於いても、最も用いられたのは魏の康僧鎧が訳した『佛説無量寿経』である。
さて、この康僧鎧訳『佛説無量寿経』に対する河口氏の評価には興味深いものがある。
さてこの訳書は五訳中、漢文として最も優秀なるもので支シ婁ル迦カセ讖ーナ訳の冗漫なるに似ず、また支謙訳の要義省略にも似ないで、甚だ要を得たものである。例せば康僧鎧の訳はその五悪段に至ては固より支婁迦讖訳のを用ひたのであるけれども、その冗長な処を削り取つて簡明にしてゐる。また支謙は南無阿弥陀

枳佛陀耶を南無阿弥陀佛と云ふ未成語片言に音写して、その意義を全く滅却してゐるけれども、康訳は無量寿佛に礼し上るとして原義を持つてゐる。特に康訳が支那日本に最も広く行はれた所以は、堕落時代の横着な人間の実利的欲望に、最も適合し得る第十八願文の、存在してゐることによるのである。その願文にある十・念・の・念・を・称・名・念・佛・の・称・と・解・釈・し・て・、浄・土・宗・が・出・で・、至・心・信・楽・の・信・念・と・解・釈・し・て・真・宗・が・生・れ・た・のである。そうして行徳廻向の願文を故意に別立せしめて、称・名・念・佛・の・み・で・或・は・他・力・の・信・念・獲・得・の・み・で・、極・楽・往・生・が・出・来・る・か・の・如・く・、妄・想・す・る・者・を・多・く・生・ぜ・し・め・た・も・の・である<13>。(傍点引用者)
康僧鎧訳を評価していたかと思うと、一転罵倒し始める論調の変化に、違和感を持つのは筆者だけではないであろう。別に右の引用文に省略箇所がある訳ではない。名訳であると賞賛していたかと思うと、突然、手のひらを返したように、批判を始めるのである。
これは一体どういうことなのだろうか。
さて前記五訳の内容は、何れも無量寿佛の立誓、浄土の建立荘厳、極楽往生等を説いたものであるけれども、全くその内容の同一であるものが一もない。各本多少の相異があつて、原本が同一であつたと思はれないほどである。併し始めの三本は五悪段を誌した所だけは、多少の広略はあつてもほゞ同一である。これは最初支婁迦讖が訳した時に、彼か、彼の筆授者か、或は潤文師が、その時代の支那人の現世に対する教訓的経典を欲する切望に対して、新に作出して経中に挿入したものと見える。何となれば五悪段及びその前行序文は、訳文的句調が少しもないのみか、漢文の本質を表はし、またその顕表的語句の方法も、漢文一流の文格を顕はし、その意義も純・佛・教・思・想・で・な・い・、道・教・思・想・ま・で・混・入・し・て・ゐ・る・事・に・依・て・、支・那・人・の・偽・作・と・言・ふ・こ・と・が・出・来・る・のである<14>。(傍点引用者)
「漢文の本質」「漢文一流の文格」と言えば、普通は賞賛の文言である。が、河口氏にあっては、だからこそ、「その意義も純佛教思想ではない」「支那人の偽作」なのである。
どうやら、河口氏の基本的なスタンスはこの辺りにあるようである。すなわち、中国的、日本的なるものに対する拒否反応ともいうべき否定的態度が、氏を貫いており、ややもすれば、それへの感情的な非難となっているのである。このことは、氏の議論の多くの優れた点を殺してしまっているように思われる。それを、純粋な佛教を求めるあまり、と言うことも、或いは出来なくはないかもしれないが、氏の論調には、そうとのみは言い切れないものを読みとらざるを得ないようにも感ぜられるのである。
かくの如く何れの点より見るも五悪段及びその前序文は、支那人の偽作して挿入したものとするより外に道はないのである。その上この康僧鎧訳無量寿経の四分の一を占めてゐる、この五悪段と前序文とは、現存の原経梵典にもなければ、西蔵訳にもなく、唐訳宋訳にもないのである。それ故にこの名文であり、大文章である五悪段は全く支那人の偽作挿入と確言することが出来るのである。また同じ訳書には經の序文中に、菩薩の名と徳とを記する、一千余の文字が入れられてある。これも漢文として名文であるけれども、梵文蔵訳は勿論冗長なる支婁迦讖の訳にすらないものである。かくの如く挿入改造を敢てする康僧鎧の訳は信ずることの出来ないことは云ふまでもない。かゝる訳書中にある故意に別立して無条件なる念佛往生とした第十八願の如きは、毫も信ずべき根拠のないものである。かく半・飜・訳・半・偽・造・し・た・経・典・を・根・拠・と・す・る・浄・土・門・に・属・す・る・各・宗・派・は・、固・よ・り・佛・教・と・認・む・べ・き・も・の・で・は・な・い・。偽・佛・教・、非・佛・教・と・云・ふ・べ・き・で・あ・る・<15>。(傍点引用者)
かくして、河口氏は、浄土門を「偽佛教」「非佛教」と断定する。それは、「半翻訳半偽造した経典を根拠とする」が故である。いまここで康僧鎧訳『佛説無量寿経』が、どれほど梵文原典と相違しているかを検証すること能わざる筆者の浅学は、誠に遺憾であるが、恐らくは、河口氏の言う如く、かなりの挿入部分を有するのであろう。しかし、翻訳として問題があるということとそれが佛教思想として如何であるかということが別であることは、無論である。例せば十如是が法華経梵本に周知みられないことはのことであるが、それ故に、十如是が「偽佛教」であると論じたり、一念三千が「非佛教」であると主張したりすることが、どれだけ滑稽で不毛なことであるかは、言うまでもないであろう。
おわりに
以上、河口氏の諸宗批判を、浄土教を中心として、批判的に検討してきたが、そこに一貫して見られたのは、過剰な原典主義、インド中心主義であった(それにしては西蔵を可しとしてしまうのが、氏自身の学の傾向を語っているが)。
純粋な、本来の、佛教を求めて行けば、自ずから、釈尊に行き着くのは必然である。しかし、釈尊直説の経典はなく、私どもは、釈尊以外の要素を抱え込んだまま、スタートせざるを得ない。そしてそれは、インドの佛教に於いても、事情は大差なかった。だからこそ、法華経によって、釈迦一佛への統一的な信が説かれたのであろう。「非佛教」と言わざるを得ないような思想が、長い佛教史に於いて様々に見受けられることも、否定できない。
しかし、それは、中国的であるか、日本的であるかに依るのではない。インド的だから佛教的であるという訳でもない。カースト制度ほど、インド的なものも少ないであろうが、あれほど非佛教的なものも少ないであろう。私達が尺度とすべきは、ただ、佛教的であるか、非佛教的であるか、ということだけである。
私見に依れば、今日の学界に於いても、行きすぎたインド主義は見え隠れしているようでもある。無論、河口氏ほど嬌激なそれではないにもせよ。「他山の石」乃至「反面教師」と言ってしまったのでは、余りにも、河口氏に礼を失することにはなろうが、氏の原典主義は、氏だけの問題ではなさそうである。私達は、河口氏を批判して事足れりとしてはならないであろう。
河口氏はまた言う。
併し日本佛教と自称する真宗の人々は、或は云ふかも知れぬ。吾人の佛教は日本で発達した東方佛教の粹であつて、釈迦佛教よりは非常に発達した親鸞教である。されば印度の釈迦がどう説いてあらうとも、そんな事は問題でない。吾人はたゞ日本製たる親鸞教を信ずれば事足ると。まさか真宗の成立及びその伝灯を知る者は、このやうな暴言は云はないであらう<16>。
これも氏のインド主義が言わしめた文言ではあるが、だから間違いであるとも言えまい。私共日蓮門下は、しばじば、同様の口吻でものを言う。東の佛法が西漸するのであると主張する。それ自体は誤りではないと思うが、それを日蓮聖人に胡座をかいた、怠惰な姿勢で言ってはならないであろう。悪しき日蓮主義は、真の日蓮主義者の与するところではない。
河口氏が既成佛教に突き付けた批判は、今日に於いても、決して無意味になった訳でも、超克された訳でもないのであり、私達が懈怠に陥るならば、即座に牙をむくだけの力を残している。
私達に求められるのは、河口氏を乗り越えるべきく進することである。真摯な佛教の追究は、それに繋がると筆者は考える。小稿は極めて拙いものであり、その一歩である、と言うのは些か鳥滸がましいが、その一歩への試みとして、記した積もりである。大方の御叱正を請いたい。
註
<1> 河口慧海『在家佛教』四九−八九頁
<2> 拙稿「河口慧海の日蓮教学批判について」(『現代宗教研究』三一・平成九年三月 所収)
<3> 河口前掲書、四九−五〇頁(尚、引用文中の表記は、かなづかいについては原文のままとし漢字は原則として新字体に改めた。)
<4> 同書、五〇頁
<5> 同書、五〇−五一頁
<6> 同書、五二−五三頁(引用文中の、ローマナイズした梵文へのカタカナ表訳を省略した。)
<7> 同書、五三−五四頁
<8> 同書、五六頁(尚、引用文中の不適切な文言を引用者の判断で省略した。)
<9> 同書、五六−五七頁
<10> 同書、五七−五八頁
<11> 同書、五八頁
<12> 同書、六三頁
<13> 同書、六四−六五頁
<14> 同書、六六−六七頁
<15> 同書、六八−六九頁
<16> 同書、七〇頁
※小稿は、平成十年十一月七日、立正大学において開催された第五十一回日蓮宗教学研究発表大会における口頭発表に加筆したものである。