日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
HOME > 目次 > 資料集 > 現宗研所報 > 第32号
所報第32号:B01頁〜 寺院調査プロジェクト「都市寺院調査」 ←前次→


 寺院調査プロジェクト「都市寺院調査」

「福岡市寺院調査」
   大都市における本宗寺院の現状と
新たな開教布教の可能性をさぐる
 ――福岡市(最終報告 行政・霊園・葬儀社・他教団等へのインタビューを中心に)――  


   はじめに
 過疎地の寺院実態調査に引き続き、大都市での本宗寺院の現状と、新たな開教布教の可能性に関する調査を下記の二点を軸にして継続してきた。
A.大都市における本宗寺院の現状を寺院の側がどう認識しているか。ことに檀信徒との関係、墓地、葬儀の現状と問題点を中心に。
B.大都市の一般的な宗教状況を調査、整理して新たな開教、布教の方策の資料とする。一回目に札幌市を調査、報告(「現代宗教研究」第29・30号所収)し、二回目として平成7年4月〜6月にかけて福岡市を調査した。福岡市の選定理由および本宗寺院へのアンケート結果は前号の所報(「現代宗教研究」第31号)に報告済みである。
 今回の報告書はその最終報告書であり、一部の本宗寺院をはじめ、福岡市役所、霊園業社、葬儀社、そしていくつかの新宗教を訪問調査し、そのインタビュー内容を分析したものである。そこからは、福岡市の人々の宗教意識や寺院に対する内外からの印象、そして新宗教の布教戦略等、様々な実態が見えてきた。
 方法としては、本宗寺院・行政・霊園業者・葬儀社のグループと新宗教のグループの2つに分け、それぞれのインタビュー内容をKJ法により分析した。その結果、グループ毎に次の意見の集約を導き出すことが出来た。
 T.本宗寺院・行政・霊園業者・葬儀社のグループ
伝統に支えられた一部寺院も変化する現代社会への対応が広く求められている
 U.新宗教のグループ
社会活動を通して布教を拡大する新宗教だが、根強い先祖崇拝と個人化する宗教意識の中で伸び悩み、既成教団的体質へと変化する傾向にある
 以下、グループ毎の具体的分析内容を述べる。

 T.本宗寺院・行政・霊園業者・葬儀社のグループ
伝統に支えられた一部寺院も変化する現代社会への対応が広く求められている
 最初に具体的意見の集約結果を図解すると次の様になる。
 次に、項目に沿って分析を試みることにする。

1.寺院に求められる現代社会への対応
 『常に客のニーズを意識している葬儀社は、寺院は伝統に胡座をかいており。変化する社会への対応と、布教をするべきだと見ている』
@「葬儀社は葬儀形態の変化とニーズに応えて、サービスや設備に努力・工夫をしているのだから、寺も意識を変えて、努力してほしい」との見解を示している。
 葬儀社は様々な企業努力をしている。例えば、斎場設備の充実などのハード面や弔辞用語集の作成、葬儀進行を把握する為のお経練習、友人葬・無宗教葬に宗教的要素を取り込んでいく企画などのソフト面である。これらは、「選ばれる葬儀社」という競争社会を生き抜く為の企業努力として当然な事ではあるが、その一方で葬儀社が寺院に対して不満に思っている事は、本来寺院が葬儀で行うべき宗教上の本来の形や意味、或いは様々な情報の伝達といったものを形式的にしか行わないため、葬儀社の側が葬儀を分かり易く且つ荘厳にする努力を、代ってせざるを得ないという現実である。布施にしても葬儀社が仲介する場合があるが、現代の人々の経済感覚からする寺がある程度の提示と柔軟生が必要だと考えている。
 これらから、一般の人々の感覚を理解し、柔軟性をもった接し方や対応を寺院側がもっと積極的に考え、旧来の「宗教的儀礼」を踏まえた上で、「人々に理解される葬儀を行う」といった努力が求められている時代ではないかという課題を提示してくれた。

A「伝統的な布教にとどまることなく本宗には、もっと現代社会と関わり、仏教本来のあり方を模索する努力が求められている」
 @で述べたように、人々が意識が大きく変わっているのに、伝統のみに依存しきっている僧侶には、もっと努力と工夫をしてほしいと葬儀社や霊園は考えている。
 具体的には、「合祀墓、個人墓が好評を得ている現実をみると、こうしたニーズに対応しない寺は衰退していくのではないか。」或いは「伝統をただ踏襲するのではなく“死者への弔い”という本来の意味を踏まえつつ、現代の感覚にマッチした新しい葬儀の形を宗教者は再考する必要があるのではないか」等と葬儀社や霊園は考えている。これに対して僧侶の現実をみると、戒名一つとっても説明がないのでせっかくの価値が浸透していなかったり、法話にしても勉強不足の為上手いとは言えなかったりと、資質の低下がみられ、もっと努力すべきであると指摘している。
 このような仏教界全体への指摘をベースにして本宗に対しては、次の様な厳しい意見が出てきた。それは、「真宗の布教姿勢が現実社会を見据え積極的に関わろうとし、伝統や習慣でも見直して改めていくのに比べ、日蓮宗は工夫も努力もたりない」というものである。例えば,日蓮宗の葬儀はワンパターンでオリジナリティーに欠け、通夜説教もろくにしないなど、自己の殻に閉じこもり社会や人間と関わりを持った活動をしていないと感じている。
 一方、外部がこのように認識しているのに対して、本宗寺院は伝統を守り寺檀関係に気を配っていれば将来も安泰だと考えている者もいるようである。つまり、一般的に福岡は伝統的保守的気風の地域であり既成教団も権威的にみられ、新宗教の影響も寺檀関係のトラブルも少ない土地であると葬儀社や霊園は分析している。そのような気風をバックボーンにして寺は寺檀関係さえ円滑にやっていれば、家の宗教を継承し多額の布施をする気風と相俟って、時代が変わり都市部がドーナツ化現象で過疎しようとも安泰であると一部であるが本宗の寺院は考えている。
 以上、この項目を総括すると、現代は仏教本来の精神的救済を求めつつも、儀式などに関しては伝統に固執せず新たなシステムを模索している時代である。そして、葬儀社や霊園などは生き残りをかけてその対応に必至になって努力をしているのに対して、既成教団、特に本宗は伝統的保守的気風に守られて相変わらず旧態依然とした体質を維持し、時代の変化に無頓着である。このような無頓着な寺院に対して時代の変化への対応が要求されていることがわかる。

2.問題を含んだ伝統的な一部寺院
 『郊外では住民も寺も新しい形を求めているのに、一部寺院は旧態依然の体質を堅持している』
 ここでは、1で述べられた外部からの要求に対して、本宗寺院内をも含めた伝統的布教活動や現状に対する批判である。
@「銅像を中心とする市内寺院は団結力がある一方で保守的な傾向が見え、本来の意義の稀薄化が生じている」
 福岡には銅像を中心とする市内寺院の集まりがあり、従来その護持活動を行ってきた。以前は「銅像」が本宗のシンボル的な存在であり、入信の窓口となっており、市内寺院にとって重要な役割を担ってきた。しかし時代の移り変わりの中でその求心力は弱まり、それを護持する活動も積極的な具体策に乏しい。このように、本宗寺院は伝統に守られながら連携が良く取れているとの一般及び葬儀社等の見解の裏側に、寺院組織の形骸化が感じられる。
A「伝統的意識の強い市内中心部に比べ、郊外は住民も寺院も新しい形を求める傾向がある」
 福岡市中心部は保守的気質に対し、近年の核家族化、ドーナッツ化現象等で、郊外住民との意識の差が生じてきた。この保守的気質は葬儀に対する考え方にも反映されている。つまり、葬儀を通しての人間関係は時代が変わっても変化しないと信じているようだ。この気質は、「山笠」の様な伝統的な祭りなどによって地域の人々の間に強く継承されている。当然のことながら、地域寺院及び檀信徒の意識の根底にも根強く存在している。
 その一方で、福岡市周辺(郊外)は、伝統を守りながらも開放的気分が高まりつつあり、その意識の違いが新たな課題を起こしている。つまり、郊外の寺院においては、檀家の開放的気分の高まりとともに新しい形を模索していく傾向が現れている。市内寺院においても、郊外檀家の増加は当然その開放的気分に対応を要求されることになり、単に伝統を守るという保守的な姿勢ではこれからは満足されない状況が潜在的に生じつつあるのではないだろうか。
 1、2の分析のように、外部から現代社会への対応が求められているにもかかわらず、既成教団は伝統を守ろうとする意識が強いのはいったいどの様な理由なのかについて、次の2つの見解がある。

3.伝統を支える僧侶への好イメージ
 『真宗は数が多い為か批判されることがままあるが、本宗の僧侶には好意的なイメージが世間一般にある』
 福岡では一般的に葬儀の50%以上を占める多数派の真宗に対しては批判が多いが、少数派の本宗に対しては比較的好意的な印象を持っているようである。
 具体的には、真宗に対しては檀家になりやすい反面、お経が短く施主の不満をよく聞くが、本宗に対してはお経も長く対応も誠実で、若い僧侶に対する不評も聞かないと葬儀社はのべている。これらを背景として本宗僧侶に対しては一本筋の通ったこだわりを持った坊さんというイメージが一般にはあるようだと葬儀社は見ている。

4.少ない霊園需要
 『手軽に納骨堂を利用したり、無縁となる墓が少ない福岡では、新たな霊園の需要は多くない』
 福岡では真宗の影響の為か、礼拝する場所は仏壇であり、墓は単に骨を埋める場所にしか過ぎないので納骨堂でも十分であると考えられている。その為、安価で手軽な納骨堂が受け入れやすい状況がある。更に、家の伝統的な宗教を受け継ぐ意識が強い為、無縁となる墓が少ない状況がある。行政当局は、市営霊園は満杯だが周辺に民間霊園がたくさんあり、新たな霊園開発に動くほどの市民のニーズも義務もないと判断している。又、民間業者も一部では墓地の潜在的需要は高いという見方はあるものの、総じて墓地の需要と供給のバランスが取れているとの認識を持っており、更に県や市の開発規制が難しく霊園の開発計画は無い。
 次に、福岡での新宗教教団の布教実態を調査し、その聞き取りデータをもとに、特色と布教戦略や民衆の信仰意識を探ることにする。

 U.新宗教のグループ
社会活動を通して布教を拡大する新宗教だが、根強い先祖崇拝と個人化す宗教意識の中で伸び悩み、既成教団的体質へと変化する傾向にある
 具体的意見の集約結果を図解すると次の様になる。
 以下、項目に沿って分析をする。

1.新宗教の布教戦略
 『新宗教では会員が一般の視点で社会活動を実践し、それを通して対人関係に悩む女性・若者を中心に布教拡大を計っている』
@「仲間意識の強い福岡で新宗教は会員が社会活動と仲間作りという方法で青少年に布教を拡大している」
 これまでの分析にも明らかなように、福岡という地域性は伝統的、保守的な傾向に加え、仲間意識が強いという特徴がある。その中で、新宗教は布教戦略の点で、立正佼成会、キリスト教が、その仲間意識を基盤とした社会活動を中心に、社会との関わりに視点を置き、特に青少年に布教を拡大している。
 立正佼成会では、「手とり」と称して子供を中心に、その友達関係を重点に布教を展開している。具体的には、仲間意識の強さ、つまり人情味があり、近所付き合いの良さなどの土壌を生かし、学校、PTA,バザーなどを媒介とした社会的つながりの中で、布教活動を行っている。
 また、キリスト教では、若者の洗礼者の減少傾向の中、青少年教化が重要な課題であると指摘しており、我々既成教団の抱える問題と共通している事が分かる。
 九州では福岡に宗教法人が一番多いというデータがある。その中で立正佼成会は一時の信者の増加ほどではないが、確実に布教対象地域を拡大している。信者自体が布教者として活動をする同会に比べ、僧侶だけが布教活動する既成教団に対し、その布教戦略に自信を持っている。
A「新宗教の入信の動機は貧・病・争から、対人関係の悩みに変わっているが、それを受け入れるところに仏教の役割があると考えている」
 近年の宗教に対する入信の動機が、昔からの貧・病・争からくる「利益獲得」から代わって、人間関係の悩みが主流となってきた傾向ある。つまり、立正佼成会、佛所護念会、天理教、金光教では、現在でも病気の癒しや現世利益も入信の動機の一つではあるが、親子関係や精神的悩みをもって入信する傾向が強くなっている。また、「高齢化社会」による「老人の性」に関する悩みなども現れており、高齢者の入信の増加に繋がっている。
 これらの人々の意識を背景として、佛所護念会では一般の人々の人生の悩みに関わる所に仏教の担う役割があると指摘する。つまり、宗教は大衆レベルのものであり、宗教者は大衆と同じ立場に立って、過去への反省を含め、経典の精神に基づき行動していかなくてはならないと指摘する。人々の心の安らぎ、拠り所としての宗教である為には、今までのような一段高い所からの布教姿勢では駄目という意見である。
 更に、福岡でも神社は明るく、寺院は暗いイメージで認識されている。こうした現状を考えるに、存在感が薄く、暗いイメージのある寺院をもっと積極的に活用し、布教活動を行っていく為には、僧侶の育成に力を注ぐべきだと佛所護念会の担当者は言う。日蓮宗僧侶の傲慢な姿勢を反省し、もっと法華経の理念に立ち返り、大衆に好まれ救済出来る僧侶の育成が急務であると指摘する。
 また、キリスト教、金光教など他宗教でも、人々の生き方を示すという役割を担う為には仏教の存在と責任は大きいと考えており、中でも佛所護念会は、法華経にその指南を求めている若者が多いと説明している。
 これらを踏まえ、大衆レベルでの布教活動について、本宗教師は、法華経の理念に立ち返り、資質の向上をはかる必要があろう。

2.新宗教の既成教団的体質への変化
 『キリスト教、新宗教ともに、個人化する傾向にある信者意識に対応して葬儀、墓地運営に関わろうとする動きがある』
@「キリスト教、新宗教全般に家族の入信を目標に布教しているが、核家族化など個人化する人々の意識に対応できず信者数は伸び悩んでいる」
 新宗教の信者の割合は女性が多く、この女性から子供への信仰の継承や、家庭問題の解決などを念頭においた布教戦略を展開している。
 しかしその一方、福岡の地域性を背景として、立正佼成会、金光教などの新宗教はまず個人を対象に布教し、それから家族の入信を目標としているが、近年、個人化の浸透で、家族意識が稀薄となり家族全員の入信が困難になっている現状がある。
 中でもキリスト教、金光教、天理教などは、近年の個人化するこうした傾向を背景とした人々のニーズに応え切れず、信者数が伸び悩んでいる。現代に適応した布教活動を実践する為に、キリスト教では刷新運動を展開したが、実態はほとんど変わらないのが現状であるといっている。金光教、天理教も信者の個人的な布教方法に頼っている現状であり、教団における方向性は整ってはいない。
 このように、福岡市が伝統的、保守的な中で、同時に、現代の個人主義を背景とした宗教意識に完全に対応しきれていない現状を垣間見ることが出来る。
A「新宗教、キリスト教ともに、初期の活気が薄れて、教会と信者の関係も形骸  化しつつある。葬儀、墓地運営に関わろうとする動きも出てきた」
 福岡の伝統性や保守性に守られながら新宗教の観念的な面にとらわれる傾向が増え、近年の人々の意識の中に個人主義と同様、宗教的理論は浸透したが、その実践が伴わないという新たなる問題が浮上してきた。これによって、キリスト教、金光教では、聖職者と信者との間に精神的距離が生じているとの意見もある。
 近年の新宗教は葬儀、墓地において菩提寺を優先し尊重するという考え方では無くなりつつある。これまでは、新宗教は菩提寺は大切にするが、生きているうちは新宗教の信仰をというのが一つの考え方であった。しかし、信者のほうでそれでは満足できないという意識が生れている。つまり、立正佼成会では、一部の幹部だけ立正佼成会で葬儀をしている。それに対し、一般会員は葬儀と墓地は寺院と関わり、その他の供養の時は佼成会というこれまでの関係に不満を感じている。
 また、金光教や天理教は納骨堂、墓地を所有している教会が増えており、今後信者の中で要求があればさらにその数は増えていくであろうと考えている。
 この様に、伝統的な先祖崇拝の気質の中で、新宗教が葬儀、墓地という問題に関わらざるを得ない現状と同時に、人々の宗教に対する意識は葬儀と、日常の信仰の分割という現状への矛盾が不満として現れている。
 また、キリスト教のある神父は、葬儀について、寺院の広い空間での儀式の在り方に魅力を感じているとの意見を示した。寺院の持つ魅力を僧侶は積極的に利用すべきであろう。
B「仏教、キリスト教、立正佼成会それぞれが信者の先祖崇拝意識が根強く、実践も勧めている」
 仏教、キリスト教の信者を問わず先祖崇拝の意識が大変強い。特にキリスト教は教義上は問題があるにもかかわらず、仏教の影響や日本独特の文化に準じて先祖崇拝意識を追認した。立正佼成会では信仰生活の柱として、親孝行、菩薩行、先祖供養を重要な目標としている。ことに、佼成会の先祖供養は女性の自立につながるとしている。
3.新宗教の組織と現状
 『キリスト教、新宗教の教会運営は本部予算、独立採算いろいろあるが、財政補填、人事等、本部の影響力はそれなりに強いものがある』
 先に示したような問題点が新宗教教団に存在しているとしても、現実には立正佼成会、佛所護念会とも会員数を増やしている。その理由として、
「立正佼成会は会費制で教会運営は本部からの予算で行い、浄財にはすべて領収書をだしすべて本部に送る」「キリスト教、金光教の教会は財政補填があるが基本は独立採算制。キリスト教の神父は5〜7年で派遣される」
というようにように、中央の本部が布教活動に支障の無いように財政的補助を行うシステムが存在し、また適材適所の人事が行われ教会運営が行われている。
 しかしその反面、このような中央本部との縦の組織もすべてがうまく行っているわけではなく、立正佼成会では本部から全国の教会長への伝達が基本であるが、近年では地区制が導入されているという一面も存在する。

   まとめ
 T.本宗寺院・行政・霊園業者・葬儀社のグループ
伝統に支えられた一部寺院も変化する現代社会への対応が広く求められている

 福岡という地域性は、保守的であるとの意見が大勢を占めている。このような環境の中で本宗寺院が現在どの様な布教活動を行っているのか、また外部からどの様な評価を受けているのか。
 葬儀社は、保守的な福岡の地域性を感じながらも、現代人の意識の変化に対応する為の努力を行っている。その上で本宗寺院に対しては、一般の人々へ葬儀等に関する情報提供の必要性を強く感じている。つまり、葬儀形態の変化、さらに「戒名」の意味、「お布施」など、寺院側が人々に向かってもっと積極的な関わり合いをもって対応するべきであるとの指摘である。葬儀社という企業的考え方でいえばそれが「企業努力」であり、寺院においても宗教的な範囲における「努力」が求められている時代ではないかというものである。
 しかし、現実的には寺院、僧侶が伝統に固執するが故に、その様な外部の要求に答える土壌が整っていないのが現状のようである。これは古来からの寺檀関係と、福岡の伝統的、保守的な気質が寺院の経済面の安定や、各家庭における「信仰の継承」(墓地の継承)を順調に行わせ、それが寺檀関係の親密度として寺院、僧侶に認識されているからであろう。 また、僧侶側が伝統に固執している現状に対して、外部の人々は僧侶の世襲制に伴う後継者育成における不安を指摘し、資質の向上が必要であると考えている。伝統への固執、寺檀関係の安泰など、僧侶側に危機感が生じない背景と、世襲性という組織的機能が逆に
資質の向上に弊害を生じさせているのかもしれない。
 現状を取り巻く環境は、「本宗へは真宗に比べて対応が丁寧という比較的好意的な印象を持っている」「家の墓を継承することが多く新たな霊園需要は少ない」という事実に裏付けられるように、伝統的な人々の意識がまだ既成の寺院運営を支えている。こうしたことが本宗寺院の将来展望、現代に対する危機感の稀薄さに逆に拍車を掛ける原因となっているといえる。その一方で、福岡市周辺では開放的な気分の高まりと共に、核家族化による新たなる生活形態、意識が確実に寺院の安住した姿勢に問題を提起していると分析出来る。
 U.新宗教のグループ
社会活動を通して布教を拡大する新宗教だが、根強い先祖崇拝と個人化する宗教意識の中で伸び悩み、既成教団的体質へと変化する傾向にある

 新宗教教団の布教戦略は、信者の社会活動を奨励する中で、その布教対象として、女性や若者がその主流を占めている。特に、若者を対象とした布教方法や、学校、PTAなどの地域社会への積極的関わり方に戦略的特徴がある。
 全体的には新宗教教団は独自の布教戦略に自信をもっており、信者そのものが布教者となる組織的布教方法を挙げ、本宗との違いを指摘している。
 次に、宗教への入信の理由については、「貧・病・争」の傾向から、対人関係、例えば、親子関係を中心とした家族の問題が多くなりつつある。同時に、各新宗教教団はこの様な人々の心の悩みに対して、「仏教」の役割が大きい考えている。
 本宗が大衆レベルでの布教活動を確立する為には、時代への対応ができる僧侶の育成を念頭に置いた自己反省が必要ではないか。
 新宗教では、家族を単位として日本の伝統文化に乗っ取った祖先崇拝を勧めることが布教活動の重要な柱であった。ところが家族の解体といわれるまでに、宗教も個人化する傾向の中で、「家族」を単位とした信者獲得の方法が有効で無くなり、信者数の伸び悩みが見える。その一方で、従来からの会員が、世代を重ねることで、葬儀や墓地の需要が増し、それに応えるべく教団がこれまでの方針を変え、関わろうとしている。そして、このことが会員の固定化につながると考えている。
 新宗教も、個人化する現代人の宗教意識と福岡市の伝統的保守的体質との混在への対応に苦慮している。しかしながら、本宗を始め、既成宗教教団と比較すれば、新宗教の信者の獲得数は現実に高い数値を示す。その理由は、教団の財政、人事における一枚岩ともいえる強力な組織力にあり、それは、現代社会での布教活動に大きな原動力となっている。                    以上















このページのトップへ▲

Copyright (c)2001-2006 Nichiren Buddhism Modern Religious Institute. All Rights Reserved.