日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
| 所報第32号:364頁〜 |
第三十回中央教化研究会議 |
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シンポジウム
ターミナル・ケアを支える宗教者の役割
シンポジスト 上智大学教授
アルフォンス・デーケン
立正大学教授
庵谷行亨
医療法人大雄会理事長
伊藤伸一
日蓮宗医療問題研究会
蟹江一肇
コーディネーター 日蓮宗医療問題研究会
柴田寛彦
司会・進行 日蓮宗医療問題研究会
奥田正叡
奥 田 ただいまより、シンポジウム「ターミナル・ケアを支える宗教者の役割」を開催いたします。
まず初めにシンポジウムに参加していただく皆様の紹介をさせていただきます。
立正大学仏教学部教授・日蓮宗布教研修所運営委員・日蓮宗新聞論説委員庵谷行亨氏。(拍手)
先ほど来、ご講演をいただきましたアルフォンス・デーケン氏。(拍手)
医療法人大雄会理事長・老人保健施設アウン理事長・医学博士伊藤伸一氏。(拍手)
愛知県道心寺住職・日蓮宗現代宗教研究所顧問・日蓮宗医療問題研究会委員蟹江一肇氏。(拍手)
コーディネーターは秋田県本澄寺住職・日蓮宗医療問題研究会委員・医学博士柴田寛彦氏。(拍手)
以上、五名の皆様によりまして、シンポジウム「ターミナル・ケアを支える宗教者の役割」を始めさせていただきます。
それではコーディネーターの柴田寛彦上人、よろしくお願いいたします。
柴 田 古代のギリシァのお話ですけれども、ソクラテスさんという方が数人のお仲間とお酒をくみかわしながら、愛について語り合った。それを聞いていたプラトンさんが、それを『響宴(シンポジア)』という名前で一冊の本にした。これが「シンポジウム」ということの語源なのだそうです。昨晩、懇親会の席で、哲学教授でいらっしゃいますアルフォンス・デーケンさんにそのことをお確かめいたしましたら、そのとおりだということです。シンポジウムというのは、そもそもお酒を飲みながら語り合うことのようで、もし今日のシンポジストの皆様方、テーブルの上にアルコールがあった方がよいという方がおりましたら、どうぞ遠慮なくお申し出いただきたいと思います(笑い)。
これから十二時二十分までの時間を頂戴いたしまして、「ターミナル・ケアを支える宗教者の役割」という内容でシンポジウムを進めさせていただきたいと思います。
まず最初に、デーケン先生に関しましては、今まで一時間半のご講演をいただきましたので、残りのお三方、庵谷先生、伊藤先生、蟹江先生、それぞれに約十分間ずつ、このテーマに沿ってそれぞれのご意見をお述べいただいて、その後で、先ほどデーケン先生に対するフロアからの質問状等が届いておりますので、そういったことも含めながらディスカッションを進めていくことにしたいと思います。
それでは庵谷先生の方から、まず初めにお願いしたいと思います。
日蓮聖人の宗教の視点から――――庵谷行亨
庵 谷 庵谷でございます。よろしくお願いいたします。お手元のレジュメに沿って補足等を加えながらお話を進めさせていただきたいと思います。「死と生を考える」ということについての、おそらく草分けというか元祖といってよいと思いますが、デーケン先生のお話がございました。このテーマについての論点は、ほぼこのお話でつきたかなという感想をもちながら承っておりました。私の方は日蓮聖人の宗教について勉強させていただいておりますので、その視点から少しく申し述べさせていただきたいと思います。
では、お手元のレジュメをご覧下さい。段落ごとに区切りまして少し補足等をさせていただきたいと思います。
最初に、日蓮聖人は『妙法尼御前御返事』に、今現宗研の所長さんからもご紹介がございましたが、「まず臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と述べられています。「死すべき命を生きているという自身の足元をよく弁えるべきである」との訓戒であります。この世の中でだれ一人として死をまぬがれた人はいません。死は他人のことではなく、ほかならぬ自分自身のことであります。よりよい死を迎えることは、よりよく生きることにほかなりません。先ほどからのお話で、新しい死の文化ということは、新しい生きることの文化であるということでありました。すなわち、私は、生きることの文化と命の文化だというふうに考えますけれども、そういうご教示が日蓮聖人のご文章にあります。これはそもそも人間存在、それから人間が生きることの意味、そういうことについて考えなさいということで、人は死すべき命をどのように生きるべきか、人は死すべきゆえにより深く生きることができるのだということを、日蓮聖人がご教示になっていると思います。
ターミナルにある人とその家族には多くの苦悩と悲嘆がつきまといます。ターミナル・ケアにおいては、主体はそのご当人、患者さんということになりますけれども、人間は単に個人として生きているわけではありません。家族、あるいは家族のほかにも、知人とか、あるいは近隣の人だとか、あるいは友人とかいろいろな人たちと共に生きています。ここでは家族と書きましたが、多くの人たちと共に生きているのです。ターミナル・ケアの問題は、そのような当人や家族を中心とした多くの人たちにかかわることがらなのです。ターミナル期には多くの苦悩と悲嘆がつきまといます。いかに患者が残された日々をより希望どおりに過ごし、その人らしい生を全うすることができるか。いかに家族に寄り添い、心のこもった支援ができるか。患者とその家族が直面している身体的・精神的・社会的・宗教的なさまざまな欲求にどうこたえることができるか。ターミナル・ケアの現場には多くの課題が山積しています。そのような問題について、家族や医療関係者だけではとても対応することはできません。カウンセラー、医療ソーシャル・ワーカー、ボランティア、そして宗教者などの多方面からの協力が必要です。
先ほどもお話がありましたように、人間はいろいろなことをかかえて生きているわけです。そして人それぞれによって価値観、人生観、死生観などあらゆるものが異なります。一人の人間だけではなくて、それが家族ということになると、さらによりいっそう多くの問題をかかえることになります。そのような人たちに対していかに寄り添うことができるか、いかに支援することができるかとなりますと、いわば多様なニーズに対してどう対応し得るかということになります。そうしますと、たとえ宗教者であっても、一人の者ではとても対応できません。大勢の人たちがこのことについて考えていかなくてはなりません。
そこでチーム・ケアといわれていますけれども、大勢の人たちがそれにかかわる必要があります。宗教者もまた大きな位置づけをもって参画していかなければならないと思います。
ターミナル・ステージは死に向かって歩む時間です。患者はいかに生を完結し、いかに死を迎えるかという、きわめて濃密な宗教的時間を過ごすことになります。家族はともに生きてきた最愛の人を今まさに喪おうとしているのです。このようなときに求められるのは、宗教による癒しと看取り、祈りと救いです。ターミナル・ステージは、ご当人にとって死と対峙する時間です。そういうときには、肉体的な救いということもさることながら、精神的な救い、心の救いということが大変重要になってきます。その中で宗教にしかできないことがある。宗教的な癒しと看取り、宗教による祈りと救いということでございます。
あるいは癒しと看取りということは、多くの方にできるかもしれないけれども、本当に心からの祈りと救い、特に救いということについてはやはり宗教者でなければ対応できないことであろうと考えます。
宗教は人生を意義づけ、命の満足感と充実感を与えます。宗教者が患者とその家族に寄り添い、共なる命に生きる者として苦悩を受けとめ、苦悩を共有することによって、患者とその家族に心の安らぎが生まれます。あるいはまた、宗教者が共に祈ることによって、死の恐怖から解放されたり、死後の不安を解消することができます。さらに患者は死後に希望をもち、心安らかに死を迎えることもできます。患者の安らかな臨終は、本人の満足だけではなく、見送る者の心をも癒すことになります。看取った家族に後悔や自責の念を抱かせることのない臨終は、臨死者による家族の癒しでもあります。
ここでは宗教の役割ということでございまして、先ほどからのお話にもありましたように、人生の意義づけをする。命の満足感、充足感、充実感を与えるとか、あるいは命のつながりに気づいていく。共に生きているという気づきと安らぎです。最近は「共生」という言葉がよくいわれていますけれども、共に生きていることの喜びとは、そして死にゆく者と看取る者との相対性を超えて、共に生きているのだということです。そして今、先にいくけれども、後になる者も、私たちもまたいきますよという、共なる命を生きているという自覚、命のつながりです。そして苦悩を共有していく。そういうところに患者さんとその家族の安らぎが生まれると思うのです。
それから恐怖の解消、孤独感からの解消、死後の不安の解消ということがあります。特に宗教では死後についての教示がありますので、そういう問題に対応できるだろうと思います。患者や家族が宗教者を心から信じていれば、そのことによって死後の保証ということが実感され、家族や患者の心からの安らぎが生まれると考えます。
その後に書きましたのは、臨終を迎える人が、のこった人に対する安らぎを与えていくこともあるということです。家族の人たちが見送ったことについての後悔をもたない。いわばのこされた家族に安らぎを与える死ということもあります。何かのことによってお子さんとか、あるいは連れあいが逝ったときに、そこに自責の念が起こるということが先ほどもでましたけれども、そういうことのない、むしろ家族に安らぎを与える死というものもあります。
最後の段になります。仏教による伝統的な臨終行儀は癒しと看取り、祈りと救いの実践です。その意義を再確認し、現代社会における仏教者の積極的な取り組みが必要です。そのためには仏教思想に立脚したターミナル・ケアの理念の確立と人材の育成、組織の設立、施設の確保、そして何よりも仏教者の自覚と主体的な取り組みが大切であることはいうまでもありません。苦悩し悲嘆の中にある人々と共に、苦しみ、悲しみ、命の輝きを共に喜びあい、分かちあうことができる活動を展開してゆきたいものです。
臨終行儀とは、宗教的な導きです。伝統的には「臨終正念」という言葉があります。仏教では、「枕経」とか「臨終経」ということがありますけれども、そういうことが近年では形式的になってきています。亡くなった後に臨終経にいくのでは、言葉だけ臨終なのですけれども、実際には亡くなった後にいっている。日常的な檀信徒の皆さんとのふれ合いの中で、心の交流があれば、先ほどでてきたコミュニケーションがあれば、臨終においても、信仰によって、家族と共にお題目を唱えながらそのご当人が亡くなっていく、家族は見守っていくということができます。そのようであれば本当によいと思います。そういうことに対する仏教者の取り組みが必要であります。
その取り組みも、仏教者の一方的なものではなくて、その当事者、すなわち患者とその家族の主体性を尊重した、その人がその人らしく本当に死を迎えることのできる、そういう視点に立った取り組み、支援活動が大切だろうと思います。それが仏教の考え方からすれば、菩薩道の実践、あるいは仏様の慈悲の実践、あるいは日蓮聖人の教えでいえば、教えを色読していくとか、立正安国を実現することだと思います。
そういう行動、活動を通して、活動している当人自身も、より豊かな人間として生きることができるだろうと思います。それは仏教の視点から考えれば、私どもは仏の命を共に生きているのだということです。ですからもし私たちに何かができるとしたら、それは私たちがやっているのではなくて、仏さまのはからいとして行っている。『法華経』の中に「行如来事」とありますけれども、如来の事を行じる、すなわち仏さまの行いを仏さまのはからいとして我々が行っているのだということです。そして直接的な法門の教示ではなくても、宗教者のそのような生き方が、結果的に有効な布教につながっていくものだろうと思います。
ターミナル・ケアという活動は、人間的な気づきの活動であると思います。先ほど人間的な成長ということがございました。ターミナル・ケアにかかわるその人自体が、そのことをとおして命に気づく、人間としての生き方に気づくことです。それは冒頭に申し上げた日蓮聖人のご文章にありました、人間とは何か、人間存在とは何かをしっかりと見定めることだと思います。そういうふうなことが宗教者の役割であり、宗教者本来の、仏の教えを生きる道につながっているのではないかと考える次第です。以上簡単でございますけれども、ご報告させていただきます。ありがとうございました。
柴 田 どうもありがとうございました。庵谷先生からは仏教的な立場からターミナル・ケアへの支援をどういうふうに考えていくかという内容のお話をいただきました。
ディスカッションはあとで充分にするといたしまして、引き続き伊藤先生からお願いいたします。
医療の現場の立場から――――伊藤伸一
伊 藤 伊藤でございます。私は医師という立場、医療の現場という立場からターミナル・ケアをも含めて、どうあるべきかというようなお話をさせていただければと思っております。私どもの医療機関は、年間大体三十パーセント、私どもの病院でお亡くなりになる方がおいでです。三十パーセントお亡くなりになるということは、これはかなり急性期の疾患を対象にしているということです。
先ほどデーケン先生のお話の中にもありましたけれども、医療者、特に私ども医師とか看護婦は、日常業務の中に死というものが常に存在している。まさに死と常に向き合っているような業種であるという立場から、意見とか問題提起をさせていただければと思っております。
レジュメの方に書いてありますように、大体の概要はここに述べられているわけですけれども、医療の環境が最近大きく変化をしてきている。これがすなわち臨終の際、死に向かう姿勢というものを変えてきている一つの要因ではないかと私は考えております。それはどういう形で医療が変わってきているか。戦後ですから、大体ここ五〇年ほどで医療は全く様変わりをしたといってよいと思います。それがまず一つは、病気の質が変わってきている。これは以前は、特に戦前から終戦直後にかけまして感染症を中心とした医療が行われて来ました。これは細菌だとかウィルスが体の中に侵入して、それで病気を起こす。以前よくお聞きになった死の病である結核などはそうです。結核菌という菌が体の中に入ってきて、それで炎症反応を起こし、それがもとで亡くなることになるわけです。
それから医学は大変に長足の進歩を遂げました。現在は感染症といわれるものは、一部のものを除きましてほとんどは治ってしまう時代となりました。特に抗生物質という細菌類を殺すことのできる薬がでたものですから、感染症で亡くなることは今ほとんどなくなってきたといってよいと思います。そのかわりにふえてまいりましたのは慢性疾患です。皆さんご存じのようにいわゆる成人病といわれるような、高血圧であるとか、糖尿病であるとか、それによって引き起こされる脳卒中とか心筋梗塞であるとか、こういう病気が大変ふえてきたことが一つの現象です。
これがふえてきたということはどういうことかといいますと、以前は病気になって、だまって医者のいうことを聞いて入院していれば何とか治してくれたぞという時代から、今は自分のもっている病気と共に生きていく、病気と一緒に生きていくという時代に変わってきたことが一つ大きなインパクトのある事柄だと思うわけです。それから同時に、高齢化社会に入ったので当然寿命が延びてきますので、高齢者の方がどんどんふえてまいります。それだけであればよかったのですが、それに並行して社会が成熟して、少子化、子供が少なくなってきた。それと同時に核家族化してきた。これによって死が家庭の中で見られなくなってきた。つまり死が非日常化してきたことが一つの大きな要素だろうと思います。
それと、この九月からまた保険の制度が変わりましたが、高齢化によって社会保障のしくみも、どうもいわゆる国の費用のかからない方向へ、国の財政を圧迫しない方向へ誘導がなされている。これも医療のあり方について大きな変化をさそう一つの原因であろうと思います。
それと同時に、科学も非常に発達してきて、一番最初にいいましたように、病気がどんどん治るようになってきた。昔だったら確実に死亡していたような病気、先ほどいいました結核とか、それから最近では血液の疾患、白血病とか悪性リンパ腫などという病気もほとんど治るようになってきました。白血病になりましても、かなりの確率で、九〇パーセントぐらいの方が治っていく時代に入ってきたわけです。
それと同時にほとんどの病気は治るけれども、それにともなっていろんな無理が生じてきた時代です。人工臓器の問題、人工腎臓とか、あるいは人工膵臓とか、さまざまな臓器もありますけれども、まだもう一つ科学が及ばないので、人の臓器をもらって生きる臓器移植ができてきた。ただしこれは特別な技術を要しておりまして、特別な技術がないと臓器移植は進まないわけです。そういうものが進んできた。それと昔なら当然死んでいると判定された状態の患者たちが、人工呼吸器とか心臓循環器、心臓などを動かす機械とかで、呼吸を続け、心臓は動き続け、生きている状況になる。生きている状況で存在していることが科学の発達に伴う一つの現象であると思っております。
こんなような時代背景に伴って、医学、医療のあり方がずいぶん変わってきたと受けとめております。医学が変わってきますと、それによって医学の利益を受ける患者側の権利の意識が変わってまいります。
先ほどいいましたように、本当であれば以前は死んでいたはずなのに、呼吸器をつけて、あるいは体の外から心臓を動かす機械をつけていれば、まだ息もしているし、心臓も動いているという状況が生まれてきたわけです。そういう状況が果たして生きているといえるかどうかということが社会の問題となってきたわけです。
その中で自分たちがそういう状況で、生きているか生きていないかを決めていこうという機運がでてきたわけです。それがいわゆる「リビング・ウィル」です。自分の意識のはっきりしているうちに、自分の死に方を決めたいとか、あるいは「レット・ミー・デサイド運動」、自分が判断できなくなったときは、もう積極的な治療をしないでくれとか、あるいはどんどん治療してほしいというようなことを前もって宣言をする、そういう考え方がでてきた。
同時に、先ほどデーケン先生がおっしゃいましたが、「インフォームド・コンセント」が叫ばれるようになってきます。自分の病気と共に生きていくわけですから、自分の病気のことをよく知らなければいけない。そのためには当然病名を告知してもらわなければ、自分の病気と一緒に生きていけないわけです。病名告知を含めた十分な説明と病気に対する治療の同意、自分はこの病気とどういう形でやっていきたいのだというはっきりとした意志表示が求められるようになってきたわけです。
以前は病名告知といいますと、特に致死的な病気に対しての病名告知は、我々医師の間では大変に残酷なしうちであるという考え方があったわけです。それはなぜかといいますと、病気でもって身体的な苦痛がある上に、なおかつ絶対に生命はないのだ、もう命はないのだよと、精神的な打撃をなぜそこで与えなければいけないのかということで、弱者を守るという意味で、病名告知はなされないできたわけです。最近はそうでもなく、先ほどからデーケン先生がおっしゃっておいでのように、残された人生をいかに有意義に生きるか、これは一つは価値観の多様化、価値観が変わってきたということもあるのですけれども、自分の病名をはっきりと知って、その間にできること、残された人生を有意義に過ごすという目的で病名告知がかなりされるようになってきたことです。
しかしながら医学というのは、ご存じのように自然科学の一つで、いわゆる科学です。科学としての医学の理想の追求を考えますと、これはある意味で少しでも長く生かすということは否めないわけです。極端な話をしますと、延命をしている間に、それに対する革新的な治療法がでてくるかもしれないという可能性も否定できないわけです。学究の徒、研究者としては、少しでも長く生きてもらいたいというのが、科学の勝利につながるのではないかという考え方もあるわけです。
そんな医学の進歩に伴って、先ほどからいっておりますように、さまざまな無理や問題がでてきております。例えば結核を克服しようと思って使ったストレプトマイシンという薬を使いますと、難聴、耳が聞こえなくなるわけです。しかしながらこれは命を救うためにということでそういう薬を使いながら、失聴、耳が聞こえなくなった方が大変多くおいでです。それから先ほど乳癌のお話がありましたけれども、乳癌から命を守る、乳癌を根治するための治療することで、拡大切除術などということをやりますと、これは女性としては容貌が醜くなるという意味で、大変につらい思いをされる。
それから、何としても一日でも長く生きられるようにと治療していくと、スパゲッティー・シンドロームといわれる、先ほどからデーケン先生もおっしゃっておいでのように、管がいっぱいついて、まるでスパゲッティーがからんだようなスパゲッティー症候群という形で最後を迎える。はたして人間の尊厳、生命の尊厳はそういうところにあるのだろうかという問題がでてきているわけです。
先ほどからいっておりますように、医学は科学ですので、その科学の立場から申しますと、いわゆる病気で亡くなることは、科学の敗北であるという考え方があります。しかしながら癌に対する治療法、それから難病に対する治療法という立場から申しますと、確かに医学者としては癌に屈伏をする、癌に負けてしまうことになるわけですが、はたしてそうであるかどうかということが、これは社会から問題提起をされてきたわけです。
したがって癌に対して我々医療提供者が、医師が、どういう形で対抗できるかが一つのテーマではあろうと思います。けれどもそれ以上に現在求められているのは、そういう病気の人が残された人生をどういう形で有意義に過ごしていくかに対して、我々医者はどれだけのお手伝いができるかというような考え方が多くなってきているのも事実であります。
しかしながら私ども実際に、まだ私も臨床の現場で医療を提供しておりますが、そんな中でレジュメにも書いてありますけれども、八十、九十歳ぐらいの高齢者が外来においでになって、「私は病気じゃないか、癌じゃないか、癌だったら困るからちゃんと診てくれよ」ということで、大変な心の不安をもちながらおいでになる方が少なくありません。これはある意味で人間の欲求としては当然でしょうけれども、「果たして自分はこういう症状がでた、癌ではないか。こういうことになったら病気ではないか。もう死んでしまうのではないか」という不安を常に心にもちながら、八十、九十歳という年齢を生きておいでになる。これは心の安らぎが果たしてあるものかどうか。私ども外来で診ておりましても、常に気になることであります。
心の平安とは一体どこにあるのだろう。以前、病院とは、現在もそうですけれども、病気を治してくれるところだというので、心のよりどころという意味もあったわけです。けれども「病気をどう治すか」という病院のあり方から、最近は少し変わってきまして、病院は「どう死んでいく場所なのか」というようなあり方が問われている時代かなと思っております。
今「医学は科学だ」といいましたけれども、医学の科学性といいますか、科学であるから十分なデータに基づいていろんな治療をやっているわけです。そんな中でも私が感じていたのは、同じような患者さんに、同じような病気で同じような進行の度合いで、同じように治療をして、じゃ結果は同じかというと、これは決して皆さん同じではないわけです。
これは人間と動物を一緒にしてしまって非常に申しわけないのですが、私がまだ大学におりますころに、動物実験をしておりました。特に私は癌の実験をしていた。動物に特定の薬物を投与しますと癌ができる。しかしながらその動物は純血種でないとこれは実験にならないものですから、ハムスターとかモルモットとかラットとか、いわゆる純血の種でした。要するに個体的には全く同じものであるという形で実験していたわけですけれども、同じ量の薬を与えても癌のできる動物とできない動物がありました。はたしてこれはどういう意味なのだと思いました。もともと同じ個体に同じ量の発癌物質を与えているわけだから、差ができるはずはないと思うわけですが、そのところに我々科学はまだまだ解明できないような非常に不思議なものがあるのではないか。それも先ほどの人と同じで、同じような症例でも、結果が全く違うというのは一体何なのだろうという、我々も非常に釈然としない部分をもっているわけです。
こんなようなところに宗教といいますか、医学以外の科学が入りこむ余地はまだまだたくさんあるのではないかと考えているわけです。
特に宗教と医療のかかわりは、もともと宗教の布教活動の一つとして、医学は発生してきたわけです。ホスピタル(病院)という言葉は、ホスピターリスでしたか、いわゆる宗教の寺院の中の安息所のようなことから発生してきた。日本でも仏教の伝来とともに悲田院とか施療院とかという形で、仏教の布教活動の一環として医療はでてきたわけです。特に最近は医療が科学性だけを強調して、宗教から全く離れてしまっているという一面があるわけです。しかし欧米ではその由来、もともと医療がでてきたベースにのっとって、病院の中に宗教に関する施設、例えば教会であったり、心休まる場所があるわけです。しかもそれを社会は当然と受けとめているわけです。
ふりかえってみて日本では、まさに死にゆく場所であるところの病院に、宗教の施設がある場所がいくつあるかと考えますと、もう少し病院の中に、あるいは医療施設の中に、宗教的な要素を積極的にもちこんでいただけるような、宗教サイドからのはたらきかけがあってもよいのではないかと考えております。
医学の立場から申すのは何ですけれども、人間の死というものに対して、医学だけでは当然もう何らたちうちすることができないのが現状でございます。それに宗教とか、あるいは死生学とか、いわゆる人類愛という文化で死に対するような、そういう啓発活動ができれば、ますます死に対する考え方が受容されていくのではないかと考えております。
これから新しい死の文化の確立が急がれるということで、私の話を終わりにさせていただきます。
柴 田 どうもありがとうございました。
それでは引き続き蟹江先生、よろしくお願いします。
布教活動の現場から――――蟹江一肇
蟹 江 私は現場におりますので、現場の立場でお話をさせていただきます。最近よく老人たちが私の寺へ遊びにきます。また、老人ホームへ行ったり、老人施設に行きましたり、あるいはまたいろいろな福祉関係の施設におじゃまするときがあります。私たちのところによく来られる檀信徒の方たちもそうですが、よくいわれる言葉に、「もうこれだけ年をとったら、ぼちぼちあの世にいった方がよいかね」という人があるわけです。「それはどうしてだね」というと、「いやもう、わしはこれだけ年をとったし、何もやることがないので、その方がよほどいいじゃないですか」というのです。私はいつもそのときに申し上げる。「そう思ったら、いっそのこと水も飲まず、食事も食べず、じっとしていたらそのうちに死んでいくからいいじゃないですか。だれでもいずれ人間は必ず死んでいくのだから、そういう希望も何もない人間は、生きている価値はないのだし、それだけたくさん食物をとって自然をこわしていくのだから、これは飲まず食わずにじっと寝ていたら一番よいのです」といったら、「それはどうもならん」というわけです。
だから人間というのは、いつも死ぬことを考えるときに、どのようにして生きることを考えるべきだろうか。仏教の本質は、先ほど庵谷先生がおっしゃったように、老病死は人間に定められた一つの姿です。レジュメの中にありますように、「譬喩品」の中にお釈迦さまがおっしゃった。「衆生の生老病死、憂悲苦悩、愚痴暗蔽、三毒の火を度して、教化して、阿耨多羅三藐三菩提を得せしめんが為なり」。また日蓮聖人は、先ほど庵谷先生がおっしゃっておられた前の言葉の中に、「日蓮幼少のときより仏法を学び候しが、念願すらく、人の寿命は無常なり。出ずる気は入る気を待つことなし。風の前の露、尚譬えにあらず」と。生じた命に対して、老病死は生まれながらの約束事なのだよと、こうおっしゃっておられるわけです。
しかしながら、人間は年をとったり病気になったり、死が目前にきて初めて、自分の足もとを考えるような愚かさを繰り返えしているわけです。
ターミナル・ケアについてですが、一番最後に自分の死に直面したときに、初めてだんだん苦悩が深まっていったり、あるいは家族や親族を巻き込んで、残された人生をどうしていったらよいか、ケアの現場をどうしたらよいかなどといろいろ思い悩んでいる。それに家族全体が巻き込まれていくような状態であり、医療施設もみんな巻きこんで、すべて自分一人のことだけを考えていく人が多くなってきているということです。
今、私たちは、若くて健康なときから、自分がどう生きるべきか、どのようにして生きるべきかを考える必要がある。私はそのような宗教教育を、家庭とか病院とか施設とか、あらゆる場においてなされていかなければならないのではないかと思うわけです。
これは私の一つの体験として本日のレジュメに入れたのです。私は実は十八歳のときに胸を患いまして法華信仰に入ったわけです。そして、二年ほどたちまして私は養子に入りました。養子に入った先の母親にいつもいわれました。母親は常に病気がちで、心臓が悪かったり、喘息だったり、子宮癌などで、医師から「これほどでは、どうしようもないぞ」といわれたのです。座っていても出血があって、座蒲団がいっぱいに血で染まることもあったわけです。それでも自分は平気でおられた。「法華経を信ずるがゆえに私は幸せなのだ。こうして過去からつくってきた罪を今世で消滅できると思うと、こんな幸せはないじゃないか」といって、どんな病やどんな熱病に冒されても、決して『法華経』信仰に対して心が揺らぐことが少しもなかった。だから病で心の苦しむことがなくて、私が今までつくってきた煩悩をこの世で消滅できれば、こんな果報なことはないと言いつづけていました。『維摩経』に教えられている「病の内に心のある人と病の外に心のある人がある。」と、私はいつも病気の外に心があるから、本当に安穏だよといって、病んでも決して心の中は苦労がなかった。
晩年に私はいつもいわれました。「次の世にも私は法華経を信じて、法華経の行者となって、智者となって、法華経の修行を深めていきたい。そして多くの悩める人々を救いたい」といって、亡くなる一週間前まで絶対に仏典を離されず、私が国鉄におりましたから、仕事から帰ると必ずこれを読みなさい。そのとき、私一夫という名前ですから、「一夫さん、こういうふうに仏さまが説いているよ、こういっているよ。私は今日我をだして失敗してしまったよ」といって、いろいろ自分のことについて反省したり、毎日のように私に対する教化をしていただいた。生きているうちに人間は徳をつまなければいかんぞといって、絶えず自分にいい続けて一生を終わっていかれたのです。先ほども申し上げましたように、六十八歳で亡くなりましたが、一週間前でも仏典を離さなかった。一週間前までだれにも世話にならずに経典を読んでおりました。そしていよいよ最後のときに、一ぺんこの人を呼んでくれ、あの人を呼んでくれというわけで、四十人ほどの熱心な信者さんを呼びました。そしてその人の欠点をずっと説明されて、「あなたはこれに気をつけなさいよ」、「親孝行しなさい」、「こうしなさいよ」といいながら、「もうこれでわしは役目を終わったからこれでいくよ」といってこの世を去っていかれた。私どもは「もう少しおってくれんか」といったら、「いや、もう遅い。一カ月前に私は死ぬよといったにもかかわらず、おまえ達はその話をよく聞かなかった」といってしかられた。亡くなるときに、私に、「私がもしも死んだときに、私の説いた教えが本当に仏さまの心にかなっていたならば、『提婆品』にあるように、『蓮華より化生せん』といっているごとく、必ず蓮華の花が咲くだろうし、もし私の説いた教えが間違っていたなら、私のお骨は黒くなるか、あるいは白くなるかして、蓮華の花が咲かないであろう。それが最後に私が証明する結果なのだ」といわれたのです。そして三十二年の二月十五日に亡くなり、翌日葬儀をして火葬に附し骨上げの時きれいな蓮華の花が咲きました。今でもそれは私の家の仏前に供えてあるわけです。そして先代の意志を何とかして守っていこうと思って、仏教布教を続けてまいりまして、道心寺という現在の寺をつくったわけです。
やはりそういう先師の一つひとつの生き方を、十分見守らさせていただいた中で、たえず信者さん達の肩をもむことから、どのようにして病人に対してケアをしていくべきかなど、いろんな問題を順番に提起していただいたわけです。その中によく師匠がいわれました。舎利弗でも目連でも迦葉でも阿難でも須菩提でもそうですけれども、みんなお釈迦さまは、例えば舎利弗は華光如来という将来仏になります。それに対する条件としては、実に千万億の仏を供養し讃歎した功徳によって未来仏になるよといっている。摩訶迦葉に対しても、おまえは将来必ず光明如来という仏さまになりますよ。そのときには条件として三百万億の仏に供養し讃歎した後において、その功徳によって仏になるとおっしゃった。須菩提という人も同じです。名相如来という仏になるためには、必ずそういうふうにして三百万億の仏に供養して讃歎するようにいった。あるいは大迦栴延に対しても、閻浮那提金光如来という仏になるためにも、八千億の仏に供養し奉持しその役割を果たしながら、最後に仏になるよと、十大弟子の菩薩行に対して教えていくのです。
それと一緒で、何百億という仏に供養し讃歎することは、なかなか人間今の世でできるはずがない。将来ずっと永遠に仏に仕え続けていって、仏の中に生きていくという、そういう信念こそが自分を幸せに導くのではないか。そういうことを忘れたらいかんぞというわけです。人間はいわゆる死んでいくにあたっては、病気で死ぬわけではない。寿命で死んでいくのだ。だから病気になっても、よくなる人もあれば悪くなって死ぬ人もある。いろいろあるけれども、決して人間というものは病気で死ぬわけではない、寿命で死んでいくのである。そういう気持ちをみんな檀信徒の中にうえつけていくことが大切ではないだろうか。
そして人間の生命というものを考えるとき、舎利弗や目連や迦葉たちが、みんなそれぞれ仏になるための本当の道をどうしていったらよいかについてお示しになっているのだから、そういうことを思ったときに、ただ仕えればよい、給仕すればよいという甘い考え方ではいかんのだ。もっともっと舎利弗や目連や迦葉がどういう修行して、どういう人生をわたってきたかをよく熟知していく中において、自分の道を選択することが大切ではないか。そういって私はよくよく承った。そういうことを私は自分の人生の基盤にしています。いつもいろんな病院におじゃましたとき、患者さんたちにもいろいろあります。癌で何人かの人が亡くなりました。私は檀信徒の人たちに癌の告知を九〇パーセントしています。それはいろいろケアをやっていきながら、最後に苦しむときにいろんな問題がたくさんあると思います。
さっきおっしゃっていましたが、人間にはいろんな苦しみがあって亡くなっていくのですけれども、その中に三つの苦がある。デーケン先生もおっしゃっていましたけれども、身体的な苦しみ、精神的な苦しみ、それから霊的な苦しみという三つの苦がある。身体的な苦しみは医者の分野であって、やっていただけると思います。それから精神的な苦しみとは、家族全体、近隣のものが応援をしながら、宗教家も入ってその中で精神的な安定をはかってやることが大事である。霊的苦しみですが、霊的な苦しみとは、いわゆる人間が生きていく長い間にいろんな労苦をつくるわけです。よくお釈迦さまがおっしゃったように、もろもろの苦をつくっていくわけです。
「寿量品」の中にもこんな言葉があります。「若し仏久しく世に住せば、薄徳の人は善根を種えず。貧窮下賤にして五欲に貪著し、憶想妄見の網の中に入りなん」という言葉です。仏はいつもここにおられる。そしていつでも仏と会うことができる。いつでも仏の教えを聞くことができる。けれども徳の薄い人は安易な気持ちになりやすく、善根功徳を積むことを怠り、そのために心が貧しくなってしまって、狭く卑しくなってくる。そして五欲に執着している。だからその中において本当に正しい自分の人生があったかどうかということが、わからなくなっていくようなことになってしまう。とりわけ五感の欲といわれますけれども、人間には本能というものがある。本能自体が私は決して悪いものではないと思います。人間の本能はなければならないと思います。それは五欲にとらわれて、それを貪るようなことになると、これは煩悩になっていくわけですし、またそれが人間の濁りになっていくわけです。お釈迦さまは本能は無記だといっています。本能は無記だと。本能があるから、結局子供をつくったりすることもできれば、あるいはまた善悪を考えることもできるようになっていきます。また人間は本能があるために、滅ぼされることがなく、いつまでもずっと人間の生命が続いていくわけです。
そういう本能は無記である。無記とは善でも悪でもないのだ。善悪以前の問題として、そうした意味をもっているわけです。したがって私たちは、五欲に執着するから、それによってさまざまな煩悩をつくる。だから、そこに苦があるとおっしゃっているわけです。こうした苦がいわゆる霊的な苦といわれ一番取りがたい苦です。こうした人間はいろんな五欲の中にすべての苦をつくってしまう。それをいかにして取り除いてやるかということが苦を取り除く大きな要因だと思います。
ですからターミナルに入ってからそれをやろうとしても、私は非常に遅いと思います。健康で現在生きているときから、その教育をしていかなければならないとしみじみ思うわけです。
そのことについては先ほどデーケン先生から、現在の生き方についてのお話をたくさんいただいたわけです。それを実践していくためには、私たちが檀信徒に向かってどうしたら一番よいだろうかということについて、私はいつも家庭信行の中で、そういう老病死を語り合ったり、また法座の中で老病死と釈尊の教えを説きながら、人間はおぎゃあと生まれてから、必ず死ぬと約束されてきたのだから、その死に対する基本的なことを考えて、いかにしてよい死に方をするか。老人になったら、老人になったがゆえに今度はどう人生をお返しするか、今まで生かしてもらった人生をどうお返しするか。そう思ったら、自分の生き方は最後まで私が生きることによって、家族がどう幸せをつくっていくか、どうなっていくか。そうしたことを、たえず月経にいっても法座へいっても、どこへいっても、そうしたことを話しあう中に、檀信徒が「ああよかったな、こういう話を聞いて」ということになってくるだろうと思うわけです。
また病人を見舞うときにも心理的な未来への夢をもたせていく。死んだら終わりじゃなくて舎利弗、目連、皆そうです。仏になってみんな何百億も供養し讃歎していったわけだから、今世でできないことを次の世にやろう、そう思っていると、今から死ぬまで学ぶこともできれば、生きる楽しさもその中でつくっていくこともできるのではないだろうか。そういうこともやっぱり話し合っていく中に、人間の永遠の生命の輝きを自ら発見させていくことが、ターミナル・ケアに対する一つの大きな課題だと思うので、ずっと現場においてそんな話をし続けているわけです。
スピリチュアル・ペイン(霊的苦痛)とは
柴 田 どうもありがとうございました。
シンポジストの皆様方にそれぞれ十分間ほどというお願いをいたしましたけれども、この「ほど」がいろいろ解釈が違うようで、さすが庵谷先生は講義で慣れていらして十分ぴったりでおやめになられた。その「ほど」が五分の人と十分の人がいたみたいで、残り時間がだいぶ少なくなってきました。有効なディスカッションにしていきたいと思います。最後の蟹江先生のお話の中にも、また庵谷先生のお話にもでておりましたが、私どもがやはり一番関心をもつ部分は、デーケン先生もおっしゃっておられますけれども、霊的な苦痛とは一体何なのか、スピリチュアル・ペインとは一体何なのか。その辺のところの認識をもう一度皆さん方にお話をしていただきたいと思います。
庵谷先生、いかがでしょうか。霊的な部分、宗教的な欲求ということは、一体どういう中身であるかということですが。
庵 谷 いろいろな意味があると思いますが、宗教的な視点から考えれば、やっぱり自分が死んだらどうなるのだろうか、死の不安、死後の不安というようなことがあると思います。不安ということは先が見えないことですから、これは恐怖であると思います。それから死んでいくのは自分ですから、孤独です。そういうものが霊的な苦痛を伴う。それに対して、回答を与えるというか、安らぎを与える、あるいは支援をすることができることは、いろいろな視点があると思いますけれども、やはり心の救い、魂の救いができるのは宗教だろうと思います。
そうはいっても、では宗教の役割だから、宗教者がそこにでていけばよいというわけではありません。ご当人やその家族が、その宗教あるいは宗教者を本当に心から信頼しているかどうかという問題がありますす。心からの信頼がなければ、いくらそのときに宗教者のお話を聞いても、それによって安心を得られるということにはならないのではないか、難しいのではないかということもあります。それはもしかしたら安心を得られる場合もありましょうし、それが押しつけになったりする場合もあると思います。ですから日常からの交流がその基本になければ、うまく成就することができないのではないかと思います。
今、蟹江先生が、日常の健康なときからとおっしゃっていましたけれども、そのことが大切です。またいろいろな場面がありますから、日常的にそういうことを考えておられる方もおられれば、突然そういう場面に直面なさる当人や家族もあります。だからそれぞれに応じて、どのように対応するかを考えなければいけないと思います。宗教者としては、宗教者がどうあるべきか、それを日常的に考える。それから特に仏教の場合には、お檀家さんや信者さんとの心の触れあい、今、法座とか講とかという話がでていましたけれども、そういうことを通して人間的な触れあい、信者さん個人だけではなくて、例えば家族、檀家という家族の単位、ファミリーを通して、宗教的な触れあいがあれば、いざという場合も、当然宗教者がそういう場面の中に立ち合っていって、本当の癒しをしていくことができるのではないかと思います。それはその場面だけではなくて、宗教的なふれ合いがあれば、元気なときに、もうすでに救いがあるのではないかということも感じます。
柴 田 ありがとうございました。
デーケン先生、いかがでしょうか。霊的な苦痛ということに関しまして。
デーケン 最近は、英語でよく「スピリチュアル・ペイン」といわれますが、「霊的」と翻訳しますといろんな誤解もあり得ると思います。欧米で最近はよく人間には宗教があってもなくても、だれでもスピリチュアルな、つまり精神的、霊的な次元があるといわれています。そして当然それに関するいろんな痛みとか苦しみもあるのですけれども、今、庵谷先生がおっしゃったとおり、私の一つの大きなテーマは、死後はどうなるかということです。といいますのは、心理学的に分析しても、人間にとって自己保存本能が一番強い本能であるとよくいわれています。死ぬときは、当然、自分の存在のすべてがおびやかされるわけですから、これで私のすべてが終わるのか、あるいは死後に輪廻の可能性があるのか、あるいは天国で新しい生命にあずかれるのかと、さまざまに考えると思います。しかし大勢の患者さんは、それについて話す勇気がないのです。やっぱり本当はすごく悩んでいますけれども、それについては医者や看護婦では受け止め切れないでしょう。宗教家がいないと患者は一人ぼっちで苦しむことになります。キリスト教の場合は、死後も天国で自分が生き続けるだけではなくて、大切な人との再会への希望が、「スピリチュアル・ペイン」を和らげるためにも大切だとされています。
もう一つつけ加えたいのは、今の庵谷先生と同じ意見ですけれども、未解決の問題を解決したいということです。特に人間関係で、日本人の伝統的な価値観は和の文化でしょう。ですから一生涯「和」つまり「ハーモニー(調和)」を大切にしたい人は、死に直面するときの、スピリチュアル・ペインとして、不調和な人間関係のままでは素直に死を迎えることができないと思います。そこで宗教家の一つの大きい役割は、和解、つまりゆるしを与えたり、ゆるしを得たりして、和解をすすめることです。特に家族同士の人間的なトラブルが残っていたら、できるだけ死の前に和解しておけるようにしたい。場合によっては盗んだお金を返すとか。いろいろ問題はありますけれども、そういう人間関係のレベルの問題を解決することは、スピリチュアル・ペインを和らげる上で大切なテーマだと思います。
柴 田 ありがとうございました。
先ほどの蟹江上人のお話の中では、スピリチュアル・ペインの中の一つの要素として、ここにも書いてありますけれども、過去から無数につくった罪、今世でつくった罪を解消するという、このような罪の意識に対してその罪を解消していくという意味あいも、霊的な苦痛の解除には、その一つの要素としてあるのではないかという趣旨のように思いましたけれども、蟹江上人、ちょっとその辺のことろはいかがでしょうか。
蟹 江 それはそのとおりだと思います。やはり人間には『法華経』は反省懺悔の教材であるといわれますけれども、やはり常に反省懺悔の気持ちをもっていれば、霊的な苦しみでもずいぶん解消できると思うのです。おれが悪かった、こういうところが足りなかった、この辺の慈悲が足りなかったと、いろいろいつも反省します。そういう反省が常にあれば霊的な苦痛の解除におきまして、自分に安らぎを与えることができるわけです。
柴 田 反省懺悔ですね。
伊藤先生、いかがでしょうか。お医者さんの立場からみて、ターミナルを迎えて死にゆく人たちが、実際にやっぱりそういうスピリチュアル(霊的)な苦痛をもって亡くなっていっているように、お医者さんとして見ておられるかどうか。
伊 藤 そうですね。明らかに先ほどからお話にありますように、未知の世界、自分が死んだ後、一体どうなるのだろうということに対する不安は大変大きいと思っています。たぶんそれがほとんどであろうということです。それから比較的私どもが経験をするのは、過去に対する後悔です。例えばあれをやっておけばよかっただとか、私の人生はこんなものだったのかとか、というような過去に対する後悔がときどき見受けられます。
それと死後の世界の話については、私どもは先ほどからいっておりますように、科学でいろいろいなことを対応しますので、天国があるとか地獄があるとか、こういう話が私はできる立場にないものですから、そういう意味で死にゆく人を救うということでは、私どもは限界を感じているというのが現実です。
病名の告知について
柴 田 ありがとうございました。そういったスピリチュアルな霊的な心の痛み、苦しみを救う、ないし癒すということをしようと思うならば、やはりここで病気そのものを本人自身も家族、周りの人たちもそのまま見つめていくということが前提になってくるのではないか。病名が告知されない、病気から目をそらした状態では、そういったものに対して本当の対応ができないのではないかと思うのです。
このフロアの方々にちょっとお聞きしたいのですが、難しいと思いますけれども、癌を含めての病名の告知ということについて、原則として告知した方がよいと思っておられる方、原則として告知しない方がよいと思っておられる方、わからないという方、この三つでちょっと挙手をお願いしたいと思います。
病名は癌も含めて原則としてやはり教えた方がよいと思っておられる方は手を挙げて下さい。だいぶ(約八割)ですね。やはり原則として教えない方がよいのではないかと思っておられる方(約一割)。どちらともいえないという方(約一割)。ということは、ほとんど八割の方がやはり原則として教えるべきではないかというお考えのようです。
伊藤先生、この結果をどうお考えですか。
伊 藤 私、実は看護学校で講義をしておりまして、先生が今聞かれたような質問をするわけです。そのときに私は質問にちょっと工夫を加えます。
ではもう一度私から質問させていただきたいと思います。
今ここにおいでの皆様が、癌であるということであれば、致死的な、要するにもうこれで命を奪われるという病気であった場合に、癌の病名の告知をしてほしいと思われる方はもう一度お手を挙げていただけますか。約三分の二ですね、ありがとうございました。
それではご本人でなく、今度はご家族、私が学校でやっているときには、ご両親ということでお話をするわけですが、それが奥様であったり、ご主人様であったり、あるいはご両親がおいでであればご両親が、あるいはお子様でも結構ですけれども、致死的で絶対に助からない病気であった際に、それでも癌の告知をしたいとおっしゃる方は、もう一度手を挙げて下さいますか。ありがとうございました。三割ぐらいですね。
これは私いつも非常に疑問に思うことなのです。自分のことであればやっぱり何としてでも癌の告知を受けたい。私もそう思います。私も癌であればはっきりと告知を受けて、助からないものであれば、早くいろんなあと始末をしてと思っておりますが、私どもの学校でこういう質問をしたときも全く同じ結果です。「自分が癌なら、いってほしいか」という質問にはほとんど全員の学生が手をあげます。「では、あなたのご両親が癌であった場合に、あなたはいってほしいと思いますか」と聞くと、やはり三分の一ぐらいの人になってしまう。これが死というものを本当に心の底から受け入れているかどうかという差ではないかと私は考えています。
柴 田 でもそのことに関しましては、「家族本人の意志による」という項目もあるのではないでしょうか。
伊 藤 それはそうでございますね。ただ家族であればこうだ。ではそれ以外に医療者である場合、私どもの学生も看護婦になるわけですけれども、その医療者であった場合に、患者さんの癌の告知をどういうふうに受けとめるかというと、自分からさらに家族よりかけ離れた存在の人たちに、癌の告知をするとことに関してはどういう考え方をもっているかという参考にはなると思います。
柴 田 そうですね。どうもありがとうございました。
デーケン先生、今の皆さん方の反応をご覧になっていかがですか。
デーケン 私も今伊藤先生がおっしゃったと同じことを、ときどきアンケートでやっています。なぜこうであるか私もわかりませんが、一つ、私が感じているのは、今の若い人、特に学生本人は、みんな知りたいという点では素直に考えているようです。けれども、心配するのは自分のお父さんやお母さん、あるいは年寄りの方は、死のタブー化の世代であるから、もしかしたら心の準備ができていないので癌告知は難しいのではないか。そういうような解釈もあり得ると思います。
といいますのは、日本だけでなくアメリカでも、一九六一年の医者に対する調査で、「あなたは癌告知するかしないか」という質問に対して、九十パーセントは「癌告知しません」と答えたのです。ところが一九七七年になると「あなたは癌告知をしますか」の問いに、九十七パーセントが「普通は癌告知します」と答えています。完全に変わったのです。なぜ変わったか。いろんな理由があったのですけれども、その理由の一つは私はコミュニケーションだと思います。つまり価値観として、癌告知がないと医者と患者とのコミュニケーションがあまりできないでしょう。さっきいいましたように比較天気学の話になってしまいます。クォリティ・オブ・ライフ(生命や生活の質)を高めるためのコミュニケーションの重要性に対する認識が行き渡ったから変わったのではないかと思います。伊藤先生、いかがでしょうか。
伊 藤 私もおそらくそうだと思います。その間に死に対する社会の受け入れが完成したのだろうと考えるのです。私が今実験的にやったお話ですけれども、これは要するに自分がまもってあげたい対象、自分がまもらなければいけない対象には告知をしたくないということは、告知は大変つらいことなのだという社会的な背景がたぶんそこにあるのだろう。ですからこれを変えていかない限り、なかなか死を受け入れる状況ができあがっていかないのではないかと思います。
告知後をいかに支えるか
柴 田 告知ということは、結局はその告知をした後、いかに支えるかということと密接にかかわってきているわけですけれども、その点は蟹江上人は、ご信者さんでそういう方がいれば、九十パーセントはそのままお話をして、その後ちゃんと支えていっておられるということで、その辺の告知をする、あるいはした後で、いろんな問題があるとかというような具体的なご経験について何かありましたら。
蟹 江 今お話がありましたように、私の場合は大体告知をする場合は、二十年、三十年前と健康な時代からずっと接触してきまして、その人の行動、行いを全部見ているわけです。そこで信頼関係ができていますから、こういうことがあった、ああいうことがあったのよ、それでこういうことだから結果的にはこういうような病気になるよといって話をよくすることがあります。だから急にぽこっと突然話しても絶対にそれは受け入れられないと思います。いわばその人の一生の、歴史の中にできてくる問題です。さっきの「寿量品」で申し上げたとおりです。いわゆるその人が五欲にとらわれて、いろいろつくったどうしようもない業という罪に対する解決策を一つ与えてやる。そして告知をしながら、今度はずっとそれに対して最後は残った人生をどう生きるべきか。どう自分が考えて生きなければならないかを話します。そうしますと、今までお世話になった人に対するお礼や懺悔から、いろいろな分野にわたることを一つずつ話し合いしながら、ときには家族と一緒に話をしたり、親と一緒に話をしたり、お医者さんと一緒に話しをしたり、そして病気の状態と将来の見通しだとか、そうしたこともざっくばらんに話をします。亡くなるときに最後はほとんどが「ああよかったな」といって終わる人が多いわけです。
そういう点からいって、動揺しないように告知後のケアは一番大事だと思います。先ほども霊的な苦しみという話がありましたけれども、霊的なとは、人間はだれでもそうですけれども、心の底から自分のおそれている一番の問題があるわけです。これだけはいいたくない、これだけは考えたくないという問題をかかえており、いろいろ罪をつくってきたわけです。そういう奥底に残った問題を掘り起こしていって、その話をきちんと自分で納得できるようにしてあげて、懺悔のできるような状態にするのが私は告知後のケアだと思うのです。だから今いってきたような経緯の話をして反省させて、それではこれから先自分はどう考えていくかということです。では、これはこうしたらよいだろうと、信仰の世界をだんだん確立させていく方法を、現実においてはずっと実践してきたわけです。
例えば私の身近では父親もそうです。七十三歳で胃癌で死にました。私も今七十三歳ですから、親が死んだと同じ年になりました。父はやはり癌ができたことを承知しており、最後までもう一滴も薬を飲まなかった。「おれは七十三になって、これ以上生きてもしようがない。癌に効くようなよい薬はみんな若い人にやってくれ」といって一服も飲まなかった。それで自分が今までやってきたことを反省懺悔をしながら、亡くなるときには「自我偈」の「毎自作是念以何令衆生得入無上道速成就仏身」といって、ニコッと笑って、「もう自分の行き先が決まっているから心配するなよ」といって、自分の葬儀の写真から、葬式代から全部きちんと決めて亡くなったのです。
そういうのを見ていてつくづく思います。人間というのは、死に至るまで、おぎゃあと生まれてから死ぬのだと、ずっとそういう考えをもっていれば、そうした自分の生き方がきちんとできると思うのです。そういう教育が私は仏教の教育だと思うのです。三世を通じての世界だと思っています。
在宅ケアへの支援
柴 田 どうもありがとうございました。
先ほどのデーケン先生のお話の中で、アメリカでは在宅ホスピスが中心で、九〇パーセントが在宅で最後のケアを受けているという話がありました。それと昨年でしたか、伊藤先生の大雄会の病院で研修させていただいたとき、これからの医療の流れは、病院から在宅の方向に大きく転換しようとしているのだというお話もございました。すると自宅で療養している人たちに対する心のケアということになると、そこでおのずから宗教者の在宅ケアにおける役割が生まれてくるのではないかと思いますが、デーケン先生は、その辺はどのようにお考えになられるのでしょうか。
デーケン まず在宅ケアは、結局患者自身の希望によるものだとアメリカではいわれています。つまり患者自身もう治る可能性がなければ、最後の日々を不満の多い環境で過ごすのはあまり意味がない。毎日テストばかりというのは不愉快でしょう。ですからまず私たちは、人間的なアプローチを考えます。第一には、死のドラマの主人公は医者でも看護婦や家族でもなく、患者自身です。患者が一番希望するのは在宅ケアだと思います。ではそれを実践するためには、どうしてもそこでチーム・ケアが必要です。もちろん疼痛緩和のための医者と看護婦やソーシャルワーカーなどですが、しかし何よりもたくさんのボランティアが必要です。ですから私はボランティアなしのホスピス・ケアは考えられないのです。
私は上智大学で毎年「ホスピス・ボランティア養成講座」を開きます。上智大学の公開学習センターと「生と死を考える会」の共催で定員百六十人に対して去年はたしか四百八十人の申しこみがありました。非常に関心が高くて、しかも一番多いのは二十代の人です。これは今全国で、例えば神戸とか熊本などの「生と死を考える会」でボランティアの養成を始めました。家族だけではできないのです。在宅ケアにはボランティアのサポートが必要です。
しかし、もう一つの基本的な問題として、ボランティアも教育がないとできないのです。例えば家族の側に十分な理解がないと、いくら私たちがこれはベストだといっても、教育の土台がないと在宅ケアはできません。ですから皆さんに提案したいのは、例えば毎年一回でも、各中学校や高等学校で「死への準備教育」としての教育活動をやってほしいのです。住職さんや医者や看護婦の話を聞いたり、あるいは身近で肉親を失った家族がいたら、その人の体験を聞いたりして一日じゅう、ボランティア教育を受けさせるのもよいのでしょう。ホスピスに対する理解のためには教育が必要です。
そうでないと、例えば突然ご主人が癌になったとして、今は在宅ケアだからといわれても、どうしたらいいかわからないでしょう。奥さんにまずホスピスや在宅ケアへの理解が必要ではないかと思います。
デス・エデュケーション
柴 田 どうもありがとうございます。いわゆる「デス・エディケーション」ということだろうと思いますけれども、庵谷先生、そういうデス・エディケーションにかかわる宗教者、我々の役割みたいなものを念頭におきながら、現代宗教研究所で「ビハーラ講座」というものも企画しているわけですが、「死の準備教育」、「死の教育」に対して、我々がどのような形でかかわっていけばよいのか、その辺のところ、先生のお考えがございましたら。
庵 谷 「死の準備教育」ということは、仏教では本来そのことを説いてきたのではないかと考えています。それで先ほどのレジュメでも少しご報告させていただきましたけれども、死の現場と申しますか、宗教的な儀礼、そういう場面では日本の場合には仏教に依存していることが非常に多いのです。仏教者にはそういう非常に貴重なと申しますか、実際に体験している場所があります。そういう体験をとおして、あらゆる場面で、死について学び、生について学び、「死生」について話をしていくことは大切なことだと思います。
看取りの現場では、自らが体験していることは、自分が死んでいくわけではないのですけれども、自らも死にゆく者の中の一員であるという自覚が大切です。すなわち看取り者が、死ぬ人と対峙しているのではなくて、自らも死すべき者として臨死者と死を共有し、そして、生を共有している、そういう視点に立って臨んでいくことです。そういう視点でまたいろいろな人たちに語っていくことが大事ではないかと思います。仏教系の大学でもこういうことに非常に関心をもっていますので、各大学では、「死の準備教育」に関連した講義が始まっています。ですから、今後、そういう学問をした若いお坊さんたちが輩出してきて、あらゆる場面で活躍をして下さるだろうと私は期待しております。
アフター・ケア
柴 田 ありがとうございました。先ほどの庵谷先生の話の中で、私はこれこそコペルニクス的転換ではないかと思ったことがあったのです。要するに死に直面している方の心のケアのために支援している人そのものが、そのことによって救われているという側面がある。そんな感じのことをおっしゃられたのではないかと思います。そうしますと、ボランティア活動をしたり、あるいは宗教者がそういった形で支援活動に参加していくこと自体が、実は自分自身が救われていくことにつながっていく。それが菩薩道の実践につながっていくというような意味づけができるのではないか。大体そんな理解でよろしいでしょうか。
実は先ほどの庵谷先生のお話の中にも、デーケン先生のお話の中にもあったわけですけれども、最後にホスピスで亡くなった方がおられた場合、その家族に対して、それで終わり、さよならではなくて、そのあとのアフターケアをしていく。ホスピスの中ではそういうことが日常的に行われているという話も伺いました。もちろん私ども仏教の仕事の中に、葬儀をして、そのあと四十九日あるいは一周忌、三回忌というような仏事をとおして、その家族に対するメンタルケア、心のケアをしていくことが現実に行われていることだろうと思うのです。その家族に対しての心のケア、親しい人を亡くした家族に対する心のケアという意味で、私たち宗教者が果たすべき役割は大きいものがあるのではないかと思います。その辺、先ほどもお触れになっておられましたけれども、庵谷先生、もう一度お願いしたいと思います。
庵 谷 先ほどのレジュメで少し申し上げたのですけれども、臨終行儀というのはそのような役割をもっていると思うのです。それから今お話のあった死後の年忌法要などは、家族の方たちが亡くなった方に対して、追善供養を通して心を癒していくことがあると思います。それは別にお寺との直接的なかかわりでなくても、いろいろなことがあると思います。日常的に例えば霊前に何かをお供えするとか、あるいはお墓まいりをする、花を供える、そういう行為をとおして亡くなった人に対する思いをそこに示していく。それによって例えば、あのときこうしてあげればよかったという改悔の気持ち、そういうものを解消していく。そうすると看取った側にも満足感が次第に生まれてくると思います。
仏教で行っている年忌法要は、ご存じのとおり最初は非常に間隔が短いのです。その法要をとおしてのこされた者も心を癒していく。ところが、近年では非常に省略されている面が多いわけです。特に都会ではそういうものが省略されていて、例えばお葬儀のときに初七日があって、その次はもう四十九日ですということで、とんでしまうのです。かつてはそれが七日、七日ごとに行われて、四十九日まで七回のご法要をしてきました。そういうことを通して家族は癒されていくことが非常に多いと思います。そういう中で宗教者と家族とがいろいろなことで話をする。その思い出話を聞いてあげることをとおして、家族はいろいろな意味で癒されていく。そして自分の子供なり夫なり、亡くなった方が、本当に宗教的な導きを得て、救われているのだという安心を得ていくのだと思います。
そういう事柄がやはりもう一度見直されなくてはいけないのではないかと思います。そして特に日蓮宗で説いている来世の教え、すなわちこれを霊山往詣と申しておりますけれども、その死後の安らぎということも、もう一度よく考え直し、そして人々にもそれを伝えていかなくてはいけないのではないかと考えています。
柴 田 ありがとうございます。ただしやはり今の現状からいけば、葬儀とか法要といったものが形式化して、本当の心のケアになっているのかどうか、もう一度見直して、本来の意義ある宗教儀式にしていくべきなのではないかと思います。
デーケン先生が、今日はお触れになっておられませんでしたけれども、死生観の将来ということで、十二項目をお挙げになったことがありました。その中に「形式的商業主義的な葬儀を、今後は個性的な残された人を思いやる葬儀にしていくべきであろう」、それから「儀式のための宗教ではなく、ターミナル・ケアを支える宗教に変換していかなければならない」というふうなことをお触れになっておられましたけれども、その辺、デーケン先生のお考えをちょっとおうかがいしたいと思います。
デーケン 今お葬式の話がでました。これは遺族へのケアだけではなくて、死にゆく患者のためにも重要なことだと思います。この間カトリック経営のホスピスの中で一人の患者に会ったところ、彼女が住職さんを呼んでホスピスの中でちゃんと自分なりの仏教のお葬式を全部準備したというので、私はすごく感激したのです。今まではそういうことはなかったのですが、やはりお葬式は私たちの人生のドラマの最後の幕でしょう。ですから非常に大切です。ただ形式的な葬儀ではなくて、各自ができるだけ自分の価値観にふさわしい葬式を準備するのは、これも自分のためだけでなく、遺族への思いやりの表現だと思います。つまりお葬式によって家族が癒されるわけです。今はお葬式によって非常に癒されたり、助けられたという人もいれば、逆にお寺や教会に対して、怒っている人もいます。これからは、できるだけ患者への死への準備教育の中でも、自分のお葬式に対する準備が望ましいと思います。
そこで私は自分なりの葬式のやり方で、最後にも何か他者のために役立つことを考えたいのです。人間は他人の役に立つことに生きがいを感じるとさっきもいいました。今ドイツで盛んになっているのは、患者が亡くなる前に、自分への香典をある目的のために寄付すると遺言しておくことです。例えば私の一番下の妹の主人の父親はこの間亡くなりましたが、香典は全部インドネシアのチモール島の恵まれない子供たちに寄付すると、ちゃんと新聞の死亡広告にも書いてあります。彼はインドネシアへ行ったことはありませんが、私の姉はインドネシアの一番貧しい地域で、もう三十年間も働いています。たくさんの子供が死ぬのです。その地域には薬はないし、医者もいないのです。彼はそれを知って、自分の死によって少しでもインドネシアの子供たちを助けたいと願ったのです。お香典はあとで半分返さなければならないから、非常にめんどうくさいでしょう。私の調査によりますと、ほとんどの日本人はもう充分なタオルをもっているそうです(笑い)。ですから最近私はお香典は全部聖ヨハネホスピスに寄付したらと勧めています。私はこういう目的のために寄付したというカードを送れば済みます。患者にとっても自分のお葬式の機会に他人に思いやりを示すことができますから、すばらしい死を迎える道にもなると思います。
仏教とユーモア
柴 田 ありがとうございました。最後に一つ触れておかなければならないのが、デーケン先生が最後にお話なさったユーモアということです。私どもどうも仏教とユーモアはどこで結びつくのだろうか。まさかお葬式で皆さんに「笑って下さい」でもないのではないかと思うのです(笑い)。その辺、我々仏教の立場からユーモアをどう考えたらよいのか。
蟹江先生はいつもにこにこしておられるのですが、もうそれ自体が柔らかい雰囲気を周囲にもたらしているのではないかと思いますけれども、蟹江先生は何かその辺のところで心がけておられるようなことはございますか。
蟹 江 特別これはということはありませんけれども、教師がたえず檀信徒に向かってにこやかな顔をしていれば、向こうもにこやかになってくる。お互いに、にこやかな者同士が対面しているうちに、だんだん醸成されて、新しい人間関係にだんだん深く入っていくことができるのではないか。そういう意味におきまして、私はできる限り「いらっしゃい」と手を握ってやったり、また話をしてやったり、「どうしてきたのだね」といってみたり、いろいろそうしたことに対する心が開けるような方法をとりながら人びとと接してきているわけです。そんなことしかないのですけれども。
柴 田 私、デーケン先生のユーモアの話を聞いて、蟹江先生のにこにこしたお顔を拝見すると、「和顔愛語」という言葉が私たち仏教者のユーモアに匹敵するものとして大事にしていかなければならないことではないかと、ふと感じるのですけれども、庵谷先生、その辺いかがでしょうか。
庵 谷 仏教の慈悲の実践ということが叫ばれていますけれども、そういうことの一つにそのことが入っています。例えば「無畏」ということがあります。恐れをなくするということですけれども、おそれの心をなくする。これは菩薩の修行の一つに入っています。ですから相手に対しておそれの心をなくす。おそれにはいろいろなことがあり、それをなくすることは非常に難しいことだと思います。例えば相手に、自分に対する不信をなくする、つまり自分に対する本当の信頼をもってもらうことは非常に難しいと思いますけれども、それが本当の「無畏」ということだと思うのです。そういうことが仏教で説かれています。にこにこと接することができるというのは、一つの慈悲の実践です。『法華経』の中にも「質直にして意柔軟」と説かれていますけれども、それは自分自身の心を素直にすれば、おのずとにこやかになれるということでしょうか。そうすればあらゆるものが、自我をこえて目にうつってくるということでしょう。すなわち自他の相対を超えていく。みんなが仏の命の中に仲良く生かされているのだという視点にたつことだと思います。そうすればにこやかな人生を歩むことができる。相手と自分との垣根がなくなっていく、溝がなくなっていくということだと思います。それが仏教でいう「にこにこする」ということではないかと思います。
柴 田 デーケン先生、ユーモアと仏教は密接につながっているみたいですので、ご参考にしていただけるとありがたいと思います。
デーケン 今おっしゃったとおり、慈悲とか愛はユーモアの原点だと思います。さっきもちょっといいましたように、ユーモアは相手に対する思いやりから生まれます。私たちが本当に相手を大切に考えるなら、やっぱり相手が幸せになってほしい。そして明るい雰囲気の家庭や学校の中で、みんなが喜んで暮らしてほしいと望みます。家族や生徒たちに対する思いやりの表れとして、親や先生たちのユーモアある態度はとても重要です。こうしたユーモアの土台は謙遜さでしょう。自分を謙虚に振り返って、自分の失敗や限界を素直に認めることです。これは仏教やキリスト教に共通する一つの特徴だと思います。いわゆる自己風刺のユーモアというのは、宗教の土台がないとなかなか身につきません。いつも自分のメンツを失わないことばかりを気にする傲慢な人は大体ユーモアがないです。私たちはみんな人間として限界もあれば、欠点もある。それを謙虚に認めて、一緒に笑い飛ばすユーモアが必要です。
柴 田 伊藤先生、今、医療不信が結構強くありますけれども、そんなところにも慈悲、あるいはユーモア、思いやりが求められているのではないかとふと思ったのですが、いかがでしょうか。
伊 藤 まさに慈悲という気持ちは医療のベースにあるべきものですから、これがないと医療をやることに意味がないと思いますが、ユーモアというものに関しては非常に難しいと思います。私ども医師がしょっちゅう冗談をとばしてユーモアをいうようになると、大体怒ってくるのは「あの先生変えて下さい」というお話になる(笑い)。「あんな冗談ばかりいっている先生は信用できません」なんていうことになる。
柴 田 先生、それはユーモアとジョークの違いではないですか(笑い)。
伊 藤 先ほど蟹江先生がいわれたように、常に病める人の手を握り、気持ちを伝え、それで一緒に苦しんでいこうというつもりは医師はすべてもっていると思います。しかし最後にお葬式でのユーモアという話もありましたけれども、死に方がよくなければ、お葬式でユーモアもでないと思うのです。「ああ、おれは苦しんで、こんなにだまされて、医者に病名もいわれないで死んでしまった」ということでお亡くなりになってしまえば、その葬儀は非常に暗いものになるし、ユーモアはそこに存在しないだろうと思います。やはり宗教者が死というものの概念を変えてしまうような、そういうはたらきかけをしていただきたいと医療の現場から願うことです。
まとめ
柴 田 どうもありがとうございました。延長した時間ももう時間になってまいりました。実はフロアの皆様方からもご意見をうかがいながら、ディスカッションを進めていきたいなという心づもりはしていたのですけれども、何せ時間の制約がございまして、こういう形になりましたことを、コーディネーターとして皆様方にお詫びしておきたいと思います。またデーケン先生への質問状が届いております。ディスカッションの中でだいぶ触れることができたのではないかと思いますけれども、なおお聞きしたいということがございましたら、直接先生にお尋ねいただきたいと思います。
今日の話のしめくくりといたしまして、デーケン先生のレジュメの一番最後に、「おわりに」というところがあります。「死に直面している人とその家族、また死別後の苦悩にあえぐのこされた人たちにどれだけ思いやりのこもった援助の手を差し延べられるかが、その社会の文化的成熟度を示す一つの尺度となる」というハーマン・ファイフェル博士の言葉でございます。私はこれをちょっと変えまして、このように理解したらいかがかと思います。
「死に直面している人とその家族、また死別後の苦悩にあえぐのこされた人たちに、どれだけ思いやりのこもった癒しと看取り、祈りと救いによる援助の手をさしのべられるかが、私たち日蓮宗教師の成熟度を示す一つの尺度となるのではないか」。
このようなことを考えながら、今日のディスカッションをとおして、またデーケン先生の講演をとおして、私たちの明日からの布教教化活動の一つの参考にしていきたいというふうに思っております。
はなはだゆき届かない進行で、ご不満もございましたでしょうけれども、今日の講演ならびにシンポジウムの中から少しでもよいものをくみとっていただければ幸いと思います。今日はご協力どうもありがとうございました。シンポジストの皆さん、ありがとうございました。(拍手)
奥 田 長時間にわたりまして、ありがとうございました。今一度拍手をして、終わりにしたいと思います。
近年、特に「宗教と医療」にかかわるさまざまな問題が指摘されております。特に癌告知やターミナル・ケアのあり方、脳死や臓器移植の問題、高齢化社会における福祉や介護のあり方等、多くの問題がテーマとしてとりあげられ、これらの諸問題に対して、私たち宗教者、とりわけ僧侶の発言と実践的なかかわりが強く求められております。
本日の記念講演ならびにシンポジウムでは、これらの問題に対する私たち宗教者の考え方やかかわり方を学ぶことができたと思います。本日参加いただきました皆様におかれましては、本日の成果をどうぞ各管区、各自坊におもち帰りいただきまして、今後の教化活動に生かしていただきたいと存じます。
なお現代宗教研究所では、来年の二月、第二回目の「日蓮宗ビハーラ講座」を予定しております。二泊三日の短い期間ではございますけれども、本日のテーマのような「宗教と医療」にかかわる多くのことが研鑽できることと思っております。この場をお借りしましてご案内を申し上げます。本日は午前九時より約三時間半にわたりまして、記念講演ならびにシンポジウムを開催いたしました。外来の参加の方を含めまして、多くの皆様方に長時間にわたりまして、ご聴問ご協力をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。
以上をもちまして「第三十回中央教化研究会議、記念講演ならびにシンポジウム」を終了させていただきます。ありがとうございました。(拍手)
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