教団研究セミナー
法華経教団と涅槃経教団
望月良晃
(文学博士 題経寺住職)
はじめに
聞き慣れないような刺激的な題名を出しておきました。この題名が成立するかどうか、私の話を聞いていただきたいと思っております。
普通、『法華経』から『涅槃経』へというのが時代の流れですけれども、経典の比較だけではなく、その中にあらわれた教団の姿を追っていこうと思っているわけです。私はもともと大乗仏教の教団史的な研究をやってきましたので、そういう意味で『法華経』をみていく。それから『法華経』の中には教団的な影があまり濃くないのですが、二百年たった『涅槃経』になりますと、非常に確固とした教団があったように思われます。そういうところに皆さん方がまだ注目をしていない。その研究をぜひここにお集まりの少壮の学者にやっていただきたいと思います。後ほど私もどういう教団のあり方がよいかということについても、少し口が過ぎるほど言ってみたいと思うわけです。
さて、お手元にお配りした資料に基づいてお話を進めたいと思います。『法華経』はもうわかっておりますので省略をいたしますが、大乗の『涅槃経』は漢訳が三つあります。これは順序が、反対から一、二、三といった方がよいのです。一つは三番目に書いてあります『仏説大般泥

経(ぶっせつだいはつないおんきょう)』、「泥

」とはニルバーナの古い時代の訳です。これは六巻あり、仏駄跋陀羅の力を借りて法顕が訳したものです。もう一つは、大きいものがありまして、『大般涅槃経』四十巻、曇無讖が訳しております。これは四二一年に訳されました。六巻『泥

経』が四一七年ですから、数年を経て曇無讖が四十巻を訳しております。真ん中にある二番目の『大般涅槃経』三十六巻は、巻数とチャプターを整理して、もっと読みやすくしたものです。それは慧厳・慧観、謝霊運――この人は文学者ですが――という人たちの手によって改修されたと考えてもよいと思います。三番目に掲げてある『大般泥

経』六巻は、『大般涅槃経』の中の前十巻にあたりまして、『大般涅槃経』はそれにあとの三十巻をつけ加えたわけです。それはチベット訳もあります。それから近年、中央アジアの各地から『涅槃経』の梵文断片が発見されている。それでますますこれからの研究テーマでありまして、まさに二十一世紀に向かって読まれるべき経典であることを強調しておこうと思っております。
これはお経の中に「滅後七百歳」という言葉がでてまいります。それでいろいろな議論がありますけれども、宇井伯寿博士は、西暦の三〇〇年から三五〇年ぐらいだろうと。それから中村元先生は、グプタ王朝の成立した三五〇年以後であろうと言っているわけですが、ちょうど三九九年という年に、法顕がインドに出発いたします。五人ばかりのメンバーで行きますけれども、結局生きて帰ったのは法顕一人です。十五年間の旅をしてまいります。三九九年というもう四世紀も終わろうというときに出発をしたわけです。ですからおそらく『涅槃経』が成立してまもなく、ほやほやの時代に法顕はその成立につき合っているわけですから、教団の中の実際の動きを非常によくとらえているもので、六巻『泥

経』は基本的な文献として非常に大切だと思います。
さて、『涅槃経』のテーマは三つありまして、一つは「仏身常住」である。『法華経』も仏身常住を説きますけれども、それをもっと進めて説いているのです。二番目には「悉有仏性」といいまして、一切衆生はことごとく仏性を有すると、それを認めたわけです。
一、一闡提とは何か
それでは全部の人が仏性をもっているか、あるいは成仏できるかというと、例外をつくっているわけです。それが「一闡提」という存在なのです。しかし四十巻を費やして、まがりなりにも一闡提も成仏することを結局このお経は説くわけです。ちなみに六巻『泥

経』は、一闡提不成仏で終わっているのです。
そういうわけで、三つのテーマがありますが、ここでは教団史の視点から申しまして、「仏身常住」ということ、あるいは「悉有仏性」も後に述べますけれども、では一体ここに書かれている一闡提(イッチャンティカ)とは何であるか、そういうことが問題になってまいります。
まずそこで、四十巻『涅槃経』の「如来性品」の第四の二にこういうことが書いてあります。
何等を名づけて一闡提と為すや。一闡提とは、一切の諸善の根本を断滅し、本心より一切の善法を攀縁せず、乃至一念の善をも生ぜざるなり。
いわゆる善根を断っている者、それを一闡提といっているわけです。そして「菩薩品」のところに、いろいろな形容詞をもってこの一闡提は、成仏しないのだということを言っているわけです。例えば「無目」である、目がない。それから「非法器」である。『法華経』でも「法器にあらず」という言葉が「提婆品」にでてきますけれども。それから「必死大竜」である。フェータルな大きな竜である。大きさだけは認めているわけです。「不横死」のものである。「必死之人」である。「無信之人」である。「不可治」である。それからおもしろいことは、焦げた種、「焦種」であるといっているわけです。
ここでは四重禁、五逆罪というものがあるわけです。仏教徒として一番大きな罪であります。この四重禁、これは四つの教団追放の罪、殺・盗・淫・妄、つまり殺生すること、盗むこと、不倫な行為、それから妄語とは、さとらないのにさとったとみだりに説くことです。これは後ほどでてきます。それが四重禁です。四つの重罪でありまして、殺・盗・淫・妄です。
それから五逆罪とは、父親を殺し、母親を殺し、阿羅漢を殺す。これは実際は提婆達多がそうでした。提婆達多に進言した蓮華色比丘尼を、たちどころに鉄拳をふるって殺してしまったということがあります。それから仏の血を流すこと。これは提婆達多が釈尊を殺そうと思って大きな石を霊鷲山の上から投げたわけですが、その大きな石に当たらなくて、大きい石がはねた小石が釈尊の足に当たって血を流した。「出仏身血」といいます。それから「破僧」といいまして教団を破壊すること。教団を破壊しようとしたのは提婆達多です。提婆達多は三つの罪を犯しております。
そういう四重禁、五逆罪というものも許すことはできるけれども、ただ「一闡提を除く」と書いてあるのです。そして「無目なるがゆえに」とか、「非法器なるがゆえに」と書いてあるわけです。そうすると、四重禁とか五逆罪とかといっても、仏教徒として一番罪のある人を救えるのに、一闡提だけだめだ、「唯除一闡提」と言っているわけです。それは何故だということになる。そして一闡提とは、四重禁、五逆罪でもあるし、それからそれ以外のものでもあると言っている。そうなるとますます性格がはっきりしなくなってきてしまうわけです。
それではどういうところを手がかりにそれを説いていくかということです。『泥

経』の「問菩薩品」第十七には次のような記事があります。
善男子、一闡提有りて羅漢の像に作り、空処に住して方等大乗経典を誹謗す。諸の凡夫人、見已りて皆、真の阿羅漢なり、是れ大菩薩、摩訶薩なりと謂う。是の一闡提、悪比丘の輩、阿蘭若処に住して阿蘭若法を壊す。他の利を得るを見て、心に嫉妬を生じ(ここが一番大切なところですけれども、他人が利養にあずかっているのを見て、心に嫉妬を抱くというのです) 、是の如きの言を作さく、「所有の方等大乗経典は悉く是れ天魔波旬の所説」と。亦「如来は、是れ無常の法」と説きて、正法を毀滅し、衆僧を破壊す。
という一節です。
ここでこの件が、『法華経』の「勧持品」によく似ていることに気がついたわけです。ちょっと読んでみます。
或いは阿練若に、納衣にて空閑に在りて、自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者あらん。利養に貪著するが故に、白衣のために法を説きて世のために恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん。この人は、悪心を懐き、常に世俗の事を念い、名を阿練若に仮りて、好んで我等の過を出し、しかもかくの如き言を作さん、「この諸の比丘等は、利養を貪らんが為の故に、外道の論議を説き、自らこの経典を作りて世間の人を誑惑し、名聞を求めんが為の故に、分別してこの経を説くなり」と。常に大衆の中に在りて、我等を毀らんと欲するが故に、国王、大臣、婆羅門、居士及び余の比丘衆に向いて誹謗し、わが悪を説きて「是れ邪見の人なり、外道の論議を説くなり」と謂われんも、我等は、仏を敬いたてまつるが故に、悉くこの悪を忍ばん。
このいわゆる日蓮聖人がいう未来記の「勧持品」の二十行の偈です。皆、三衣一鉢でもって阿練若の中で修行している。この阿練若というのが一つ、ここで問題を提起したいと思っていますが、これが大切なことです。我々がダルマバーナカといっているのは、これは阿練若住者なのです。そこがその法師を、在家の菩薩まで入れるかどうかということが問題です。出家菩薩がやはりそれは優利としていたわけでして、これが阿練若住者として、これがダルマバーナカだったと、そう言いたいのです。
それはともかく阿練若で修行している。そうすると、素人がこれは阿羅漢である、大菩薩であるといって、皆恭敬をする。非常に財利供養が多いわけです。そうするとそこで財利供養を取りあいをする。
提婆達多もそうなのです。結局釈尊が受けていた財利供養、利養が欲しかった。出世間の人でも、やはり財産とか名誉とかは欲しいわけです。「勧持品」に似ているというところは、「他の利を得るを見て、心に嫉妬を生じ」、その一行から私は、それはイッチャンティカというのは「秘語」です。それは「貪り求める」、英語でいうと「デザイアー・トゥ」という意味です。そしてイッチャンティカは、何を求めるかはわからないのですが、チベット語でも「大欲者」、大きな欲をもっている者といっているのです。何が目的語であるかはっきりしない言葉です。
二、利養について
そこで私は「利養」という言葉に着目したわけです。それについては、龍樹の作であるという『十住毘婆沙論』がありますが、その「浄地品」第四に「利養」の説明が書いてあります。それは一枚目のおしまいの方ですけれども、ちょっと読ませていただきます。
「利養を貪らず」とは、利は飲食・財物等を得るに名づけ、養は、恭敬礼拝、施設床座、迎来送去に名づく。
と書いてあります。財利供養のことを「利養」というわけです。そして原語は「ラーバサトカーラ」、「ラーバ」とは何々をもらうもの、得るものという意味です。財とか飲食をもらうことです。「サトカーラ」とは尊敬という意味です。もう少しはっきりいえば、名聞も入ると思います。名誉も入っている。名聞利養を貪求する者ということにすると、『涅槃経』が非常によく読めてくるのです。
そうすると、もちろん一闡提とは、本当の性格は誹謗正法です。正法を誹謗する者です。これが大変な主な性格です。そしてイッチャンティカが財利供養を、利養を貪る者という性質は、これはその属性です。アトリビュートと考えていただきたいと思うわけです。
そうすると利養という言葉に『大宝積経』ではたくさん引用しておりまして、口をきわめて説いているわけです。例えばここにあがっておりませんけれども――ここには「出現光明会」と「文殊師利授記会」、「護国菩薩会」があがっております――「発勝志楽会」の二十五には、利養の過失を二十項目もあげて詳しく説いております。それから「宝梁聚会」では、沙門の垢に三十二あって、これは出家菩薩の厭離すべきところであるという。その中で利養に関する項目を挙げますと、
邪しまに利養を求むるはこれ沙門の垢なり。利により利を求むるは是れ沙門の垢なり。他の施福を損ずるは是れ沙門の垢なり。未だ利養を得ざるを方便を作して求むるは是れ沙門の垢なり。他の利養に於いて心に希望を生ずるは是れ沙門の垢なり。他の利養に於いて心に足ることを知らざるは是れ沙門の垢なり。他の利養の中に於いて心に嫉妬を生ずるは是れ沙門の垢なり。
先ほどの「他の利を得るを見て、心に嫉妬を生じた」ということをあげているわけです。
こういうように他の大乗経典もいろいろ調べてみると、利養に関して言っているわけですが、何といってもこの『涅槃経』ほどこれを言っているものはないのです。その内容は省略しますが、その得たものを受蓄する、受けて蓄えるわけです。さすがに教団は大きな倉庫が必要になり、そういういろんな宝石や金銀財宝を蓄えております。結局亡くなるときに皆さんそれを教団に寄付していくわけでしょう。
そういうことがあって、「利養」とは非常に大切なキーワードです。お経を解いていくときのキーワードである。それを最近いろんな人が言っております。ちなみに私、四十四年の印仏学会で発表したのですが、十年後に平川彰先生が『インド仏教史』の中で取り上げていただいたわけです。最近は東大の助教授の下田正弘君が『涅槃経の研究』というので私の説を認めまして書いております。利養を貪著する者というふうに解釈すべきであるということなのです。
それでは何が、だれが一闡提かという問題です。いまだに「ホワット・イズ・イッチャンティカ」、イッチャンティカとは何かということ。「フー・イズ・イッチャンティカ」、だれだということを見てまいります。先ほど引用しました『法華経』の「勧持品」の中で、「外道の論議を説くなり」と言ったことからいわれるのですが、自らは外道でないことは自明なのです。大乗に属しながら、異端なこと、新しい説を称えたことに対する攻撃の言葉が返ってくるわけです。原語にもちゃんとでているのです。
また文殊師利よ、菩薩摩訶薩は、如来般涅槃の後、正法滅尽の時において、この経を受持しつつ、その菩薩摩訶薩は嫉妬の心なく、誑惑なく、虚偽の心を抱いてはならない。また他の菩薩乗を奉ずる人々に対して、誹謗のことばを発し、ののしり、非難してはならない。
「他の菩薩乗を奉ずる人々」という言葉がでてくるのです。これはちなみに『妙法華』では、「仏道を学ぶ者、学仏道者」と書いてあるのですが、『正法華』には「他の菩薩にして大乗を求むる者」と正確に漢訳されております。「他の菩薩にして大乗を求むる者」。他の菩薩乗というものがあるわけです。だからここに説かれるように、菩薩乗を奉ずる別の立場の人々が存在したということが明らかであり、ここには大乗間の争いがでてくる。これが「法師品」をはじめとする「勧持品」、「安楽行品」と続いていくものです。ここには利権争いのような醜い論争、あるいは闘争が行われたことが考えられるわけです。
『涅槃経』においても、自ら一闡提が「菩薩、摩訶薩なり」と名乗っている。おまえたちと同じようなことをやっているのだと言っているわけです。それで一応、一闡提は他の菩薩乗、あるいは他の大乗というふうに考えていただきたい。
仏道には四つの障りがあるということが『無上依経』にでてきます。すなわち、四つの障害がある。一つは一闡提でその次が外道である。声聞・縁覚の四つであります。そしてこれはそのまま『仏性論』に受け継がれているのです。そして一闡提の性格は、「棄背大乗」ですから単細胞の人は、大乗を嫌っているから「小乗」ととる。以上のように読めば、すでに小乗はあげられている。即ち、「他ノ大乗」のことなのです。『無上依経』あるいは『仏性論』のことも解決されるだろうと思うわけです。
二枚目の「護国菩薩会」のところを読みまして、その次に進みたいと思います。
何等を四と為すや。一には、悪知識に親近することを得ざれ。二には、見を執する人に親近することを得ざれ。三には、法を謗る人に親近することを得ざれ。四には、利養を貪る人に親近することを得ざれ。是れを四種の人に親近することを得ざれと謂うなり。
と書いてあります。これで、キーワードの「利養」ということがおわかりいただけたと思うのです。
三、仏性とは何か
次に、仏性とは何かという話をしたいと思います。これは非常に難しい問題ですけれども、仏性も、これは『涅槃経』で初めて言うわけです。如来蔵があるということは『如来蔵経』の中でいっております。「一切衆生悉有如来蔵」ということをいっているのです。如来が蔵されているという意味ですが、仏性とは仏の本性があるということです。その仏性を人間の中に認めたということで、これは大変な思想なのです。これが反感をかったわけです。後ほどでてきます我が『法華経』の常不軽菩薩とは、まさにこれと闘った人です。
ここで注意したいのは、「不軽品」の中に仏性という言葉はないのです。それでみんな我々は仏性に対して、人の仏性に対して拝んでいるということを拡大解釈しているわけです。これがはたしてよいかどうか。
それで『大乗涅槃経』の中に仏性を求めるときに、この五つの仏性の比喩があるわけです。二枚目の後半にあります「仏性の五喩」です。「貧女金蔵」、貧しい女のところに金の真金の蔵があったのがわからなかった。そして旅人によって発見されたという比喩です。「女人生育一子」、女の人が一人っ子を育てる。非常に苦労して育てるわけです。それから「額珠没膚」とは、力士の額に宝物がはめこんであるのが埋まってしまった。「雪山薬味」とは、雪山に非常によい薬がある、そういう比喩です。「利钁金剛」とは、ダイヤモンドが非常に鋭利な鋤や鍬でもっても掘れないということ、そういうような五つの比喩があるのです。
その前に『如来蔵経』の中では九つ比喩をいっております。それと重なっているわけです。そしてまずここのところを発見したのですが、仏性とは何か。『六巻泥

経』の「分別邪正品」第十にこういうことが書いてあるのです。
一比丘有りて、〔空間処に住し〕(阿練若に住し)少欲知足にして、又、多知識なり。若し王、大臣及び余の世人見て、皆、恭敬して偈頌を説きて、彼の比丘の種々の功徳を讃じ「是れ尊者なり、此の身を捨て已りて、当に仏道を成ずべし」と言わば、比丘、聞き已りて便ち是の言を作す。「汝等、未だ果を得ざる人に於いて道果を以て讃歎すること莫れ(これが「過人法」です。人に過ぐる法です)。是れ多欲名字は(多欲名字とは、まさに財利供養と同じでしょう。欲が多くて名ばかりの菩薩、それを多欲名字といっています)、仏の許さざる所なり。汝等、黙然たれ。形寿を尽くして我が為に楽法の人を多欲名字と作す莫れ。未だ道果を得ざるを、我、自ら之を知る」而して彼の国王及び諸の大臣、比丘に語りて言わく。〈今、汝、尊者よ、便ち是れ仏為り、世を挙げて悉く聞く。皆、汝に従いて、律・経・記論を学ばん〉当に知るべし、彼の王、及び諸の大臣、偈頌もて功徳を讃歎すること無量なり。然るに、彼の比丘は梵行を修持し、違犯する所なく、不度〔波羅夷罪〕(さとらないのにさとっているということをいう) と為すに非らず、自ら過人法を得ると称するを犯さず。
正法を求めた場合には、「過人法」を得ると言わないというのです。
この比丘に対して、国王や諸の大臣が尋ねる。「汝、当に作仏せざるや。汝等の身中に皆、仏性有るや」と問うと、「我、当に作仏を得已るやいなやを知らず。然るに、我が身中に実に仏性有り」と答えている。そこで再び比丘に次の如く語る。「汝、今、一闡提の輩を作る莫かれ。(ということは財利供養を貪るなというわけです。こういうところでもよめるわけです。)而して自ら『我、当に作仏すべし』と計数せよ」。比丘「爾り」と言う。「但、我が身中に実に仏性有り」と答えている。
つまり阿練若で一人の比丘が修行しているわけです。そして欲を少欲知足にして苦行している。そこへ王様や大臣たちが現れて、あなたはもう光輝いている、仏になっていると言うのです。そうするとその修行者は、そう言ってくれるな。もしそういうことを言うと、私は過人法にひっかかってしまう、あるいは上人法にひっかかってしまう。あるいは「妄説得上人法戒」といいますが、みだりに上人の位を得たということをいってくれるなと言って一度は引き下がるわけです。そうするとまた王様や大臣たちがやってきて、実際におまえはどうなのだ、成仏しているのかどうかと言うわけです。そうすると、私は自分ではさとりを得たか、得ないか定かではないけれども、しかし我が身中に仏性を感得しているというのです。だから非常に多くの煩悩を排除しながら、仏性が開顕せられてくるというそのいきさつを、まさにここに語っていることを注意していただきたいと思っております。「但、我が身中に実に仏性あり」と。
ここで考えなければならないことは、常不軽菩薩のことをさっき申し上げましたけれども、この常不軽菩薩の受難の物語であります。これは皆さんご存じのように、像法という時代に、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷という四衆があって、そのだれに会っても手を合わせて、あなたは成仏しますといって、常に人を軽んじない、軽蔑しないといって常不軽菩薩が手を合わせた。そうすると、人々はこんな乞食坊主に思われる筋合いはないと怒りだしたのです。如来がいうならば、如来が授記を与えるというならば――これは大切なところですけれども、『法華経』は授記までしかいっていないのです。礼拝された者たちは、冗談じゃない、でたらめな成仏の保証など沢山だ(虚妄の授記)。こんなでたらめな仏さまになりますなどという成仏の保証なんて受けたくない。虚妄の授記といった言葉の中に、非常に怨みを含めていっている言葉です。そんなでたらめな授記は受けない。そうすると、どうですか、常不軽菩薩という人は、また遠くに逃げていって、高いところからまた合掌をして、あなたは仏さまになれますという修行をずっと続けたというのです。そうすると教団として、何か背景はないし、非常にみじめで、追われるばかりで、迫害を受けたということはいわれているわけですけれども、何か背景である教団がプアです。非常にみじめったらしい感じがするのではないでしょうか。
それから「勧持品」の中で、仲のよいときは一緒に修行しているけれども、お互いに意見が違ってしまうと、その教団から擯出せられるといったわけです。常不軽菩薩や何かにしても、その背景になる教団は非常に頼りにならない教団だった。そこにやはり二百年の差があると思うわけです。
それから、その法師をまもるために『涅槃経』では次のことをいっています。「金剛身品」の中で(二枚目の一番後ろ)、
善男子、是の故に護法の優婆塞等、刀杖を執りて是の如きの持法比丘を擁護すべし。若し五戒を受持する有らば、名づけて大乗の人と為すことを得ず。五戒を受けずして為に正法を護れば、乃ち大乗と名づく。正法を護持する者は、応当に刀剣器杖を執持して説法者に侍すべし。
と書いてある。優婆塞としての五戒をたもってしまうと人を殺すことができない。殺すまでいかなくても、まもることができないわけです。武器をもつことができない。ですからあえて五戒を受けないと。そして正法の護法の法師をまもれといっているのです。それは『法華経』にありますか。何か優婆塞がとろけちゃっているような感じがします。そういうところに注意をしていただきたいと思うわけです。そしてこれはよく読むと困るのですが、四十巻まで読みますと、最初の「金剛身品」のときには、武器や何かをもってまもれという姿勢ですが、後ろの方へいきますと、バラモンの一闡提は殺してもよいと書いてある。これはまずいのです。まずいところがたくさんでてくる。それが『涅槃経』であります。
ですから、常不軽菩薩が受難をしたというところに、虚妄の授記を、そんなものは関係ないということで、それを退けているということは大切だと思うのです。実際にこれから、「『法華経』から『大乗涅槃経』へ」という論文を私も書いておりますが、『涅槃経』の中へ『法華経』の名前が入っているのです。「法華の中にまたまた無学の声聞の成仏をえり」ということをいっているのです。それは「勧持品」の中に書いてある八千人の声聞のことです。ですから、『涅槃経』は『法華経』を非常によく読んでいます。そして『法華経』の精神は『涅槃経』に貫いているということをいいたいわけです。もしそういうことがいえないと、私の一闡提理論も瓦解をしてしまうのです。「勧持品」とそれから『涅槃経』の部分、「他の利を得るを見て、心に嫉妬を生じ」という部分とは連結しているということを言いたいのです。
『法華経』の中で教団史に法師を誹謗したり迫害をしたりする例はたくさんあるわけです。「法師品」第十の中に、皆さんご存知のように、「この経はこれ諸仏の秘要の蔵なれば、分布して妄りに人に授与すべからず。諸仏世尊の守護したまふ所なり。昔よりこのかた未だかつて顕説せず。しかもこの経は如来の現在すらなお怨嫉多し。況んや滅度の後をや」という、経滅度後も、そういう怨嫉が多いと書いてあるわけです。そこで「弘経の三軌」という覚悟が示されるわけです。
先ほども言いましたように、法師の受難の記事がでておりまして、「若しこの経を説かん時、人ありて悪口をもって罵り、刀杖瓦石を加ふとも、仏を念ずるが故にまさに忍ぶべし」。「若し人を悪しみ刀杖および瓦石を加へんと欲せば、すなわち変化の人を遣はして、これがために衛護と作さん」と有名なところです。こういうところに「六難九易」というものがでてまいります。
仏滅度の教団の苦難の立場を具体的に説いたのは「勧持品」です。先ほども言いましたように、ここで考えられることは、護法の法師たちはどういうものであったかということです。法師の危険を除くために、国王、大臣、長者、優婆塞等の在家の者たちは、刀剣を執持して守護すべきことを勧めている。これは先に述べたことです。
ここで大切なことは、教団が比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷という四衆によって成り立っていることです。今まで我々は、あまりに比丘、比丘尼の方ばかり研究してきたのではないでしょうか。この優婆塞というのが大切なのです。我々教師の研修はもう結構なのです、わかっているのですから。いかに優婆塞・優婆夷を教化して、そして自分たちの味方につけていくかということが勝負でしょうね。かの一向一揆にしても法華一揆にしても、僧兵とか何とかありましたけれども、刀剣を執持していたのは優婆塞なのです。そういう意味で、真宗教団はそういうことをもっているのです。
ですからもっと飛躍して、私はこの場所で言ってはいけないかもしれませんが、言いたいと思いますけれども、優婆塞を組織していくことによって、これは大きなものになるのではないでしょうか。結論的にいえば、撃鼓宣令です。太鼓を撃って宣伝をして、そして四方求法です。「四方に法を求めき」というけれども、四方に求めたのではいけないので、「正法を求めき」という言葉に、「サッダルマを求めき」ということになるかと思うのですけれども、そういうことしかないのではないかと思います。
法華宗が一時、京都の町を町衆の力で把握をした。「一向一揆」に対して、「法華一揆」の評価が余りにも研究も少ないし、評価がないでしょう。それも一つは考えていかなければならない問題だと思うのです。
具体的なことを申しましょう。最後の三枚目に「息世譏嫌戒」という、戒律を非常に『涅槃経』の教団は取り上げている。そして堕落を話していますけれども、堕落している一方で、非常に繁栄していたということです。繁栄と堕落は表と裏なのです。そしてこの「息世譏嫌戒」とは何かといえば、世のそしり、嫌うところをやめさせる戒です。世のひんしゅくをかうことをやめようという戒律です。これが三十六項目ぐらいある。途中で切ってしまおうと思ったのですけれども、皆さんの高覧に供したいという理由もありまして書いておきました。
例えば、1)「軽秤、小

にて販売する」、商売をする。軽い秤と小さい枡です。そうすると五パーセントの値上げぐらいはできますかどうかわかりませんけれども、そして商売をすると書いてあります。6)は、「田宅に種植する」、田畑に種を植えたりなどしてはいけないのです。それから8)は、「象馬・車乗・牛羊・駝驢・鶏犬・

猴・孔雀・鸚鵡・共命・拘枳羅・豹狼・虎豹・猫狸・猪豕及び余の悪獣。童男・童女・大男・大女・奴婢・僮僕。金・銀・瑠璃・玻璃・真珠・車渠・瑪瑙・珊瑚・璧玉・珂貝の諸宝。赤銅・白蝋・鍮石の孟器。


・拘執の

衣。一切の穀米・大小の麦豆・

栗・稲麻・生熟の食具を蓄えず」と書いてあります。実際は蓄えていたわけです。それから11)の「食肉せず」、これも比丘の戒律で決まっているわけです。「飲食せず、五辛能薫は食せず」、それから24)「妙好の丹枕を受畜する」というのです。すばらしい枕を蓄えてはいけない。それから26) は「象闘・馬闘・車闘・兵闘・男闘・女闘(女プロレス)・牛闘・羊闘・水牛闘・鶏雉闘・鸚鵡闘等の闘い」を観看してはいけない。それから27) 番目、「軍陣を観看する」、これは一体比丘がこういうことはいわずもがなのことであります。これはだから優婆塞・優婆夷たちがこれを守ったのです。そういうことも含めて研究をしていかなければいけないとつくづく感ずるわけです。
それから、大乗仏教の菩薩に対する基礎的な研究はまだないのです。前『法華経』は在家中心の仏塔信仰だといっているわけですが、これはそうじゃないです。それは一面をいっているだけです。
もう一つは、例を挙げましょう。『大宝積経』の中に「郁伽長者会」というお経があるのです。その中では在家と出家というものを、九十八種ぐらいにわたって出家がすぐれていることを強調するのです。その「郁伽長者会」の教団には立派な仏塔があるのです。そこへいって、在家菩薩は出家菩薩に随って礼拝をしなくてはいけない。そこへ行きますと、持律者、律を持っているもの、持菩薩蔵者とか、それから阿練若住者とか、そういういろいろな特徴をもったオーソリティーたちが、塔の周りに住んでおりまして、在家の菩薩はそこを拝むことができないのです。出家の菩薩に随って修行すべきであるといっているわけです。
そういうことからみますと、出家菩薩の優位は決まっているのです。在家菩薩は第二次的な地位しか与えられていない。そしてこういう言葉があるのです。
阿練若比丘は、一には在家・出家を遠離し・・・。
これは『十住毘婆沙論』にあるのですけれども、「阿練若比丘は一には、在家出家を遠離し」と書いてある。これはどういう意味かというと、在家を遠離して出家するということだったらいわない方がよい。在家・出家なのです。そうすると、在家を遠離するということはわかるのですけれども、出家を遠離すると、私はだれでしょうになってしまうわけです。ですからサンガラーマというか、僧団にいて一つも修行しない人がいたのです。それから阿練若住者という者は非常に尊敬を受けているのです。教団があって、いろいろな役目の人がいる。營事比丘というのは、営繕をする比丘です。營事比丘は阿練若比丘が教団にきた場合には、その人の役目を手伝わなければならないというのがあります。ですから「郁伽長者会」の中で郁伽長者が釈尊に聞くわけです。どういう質問をするか。
在家時にありながら、なお出家の戒を学ぶにはどうしたらよいかといったら、「空処にいたって四禅を修翌すれども、聖位にはいらざるなり」と答えています。どういうことかといえば、空閑処、阿練若にいって、そして修行して、阿羅漢の位には達するけれども、その流れにずっと入っていって成仏してはいけないということをいっているわけです。ですから在家・出家を超えた立場、在家・出家を遠離した第三の立場、真摯な修行者の群れであったということが私の結論なのです。ですから『法華経』の法師、ダルマバーナカというのはその系列にいる人なのです。
おわりに
やはり正法護持、これは非常に難しい問題になります。『法華経』にとってサッダルマとは何だという問題です。これは非常に難しい問題です。それと、『涅槃経』におけるサッダルマというのは何かというと、これは仏性でしょうね。一切衆生の中に、この仏の本性を認めたということは、非常にすぐれた結論だと思います。そして空性であるように見えているけれども、それは常住なのです。一切は苦であるという認識をもっているけれども、仏教プロパであると思っているけれども、それを突きつめていけばそれは楽である。そして仏教は無我と説くけれども、それはアートマンである、大我である。それをいいたいのがやはり仏性があるということがいいたいのでしょう。仏性であるということをいいたい。無我でなくて仏性であると。それから清浄の浄という字ですが、「常楽我浄」です。不浄ではなくて清らかである。常楽我浄の世界を主張したということで、『涅槃経』はぜひとも読まなければいけないのです。そして教団が教団としての強さをもっていた。それからまた主張をもっていた。だから優婆塞・優婆夷というものを含めた教団をもっていたことを意識しなければいけないのだろうと思います。
具体的にいいますと、先ほどもいいましたように、京都町衆が組織したような優婆塞・優婆夷の世界がほしいし、宗門としても、優婆塞・優婆夷をどういうふうに組織化していくかということは七五〇の課題ではないかと私は思っているわけです。
私の出した「法華経教団」と「涅槃経教団」というものを少しでもその存在理由が与えられたかなと思うわけです。
もう一つ皆さんにいいたいのは、四十巻のうち二十巻まで読めばよいのです。有名な阿闍世王の「帰仏」の話があるわけです。そこで切れていれば、非常にその前の方の「聖行品」のところには、雪山童子の例の羅刹に身を投げて、帝釈天がこれを受け止めたという雪山童子の説話があるわけですが、それにしても非常にすぐれた描写力をもっております。それから最後の十九、二十巻を費やして、阿闍世王の話を書いております。阿闍世王の話は、今のフロイト、ユングにも通ずる非常に優れた心理描写がある。そこまでにすれば涅槃経経典は非常に立派なものであったと思うのですけれども、これは私の意見です。………私は曇無讖のノートではなかったのではないかと思っているのです。非常に煩瑣の難しい、アビダルマ的な記述が多いのです。二十一巻から最後までは曇無讖のノートでなかったのか。それにしては四一七年という年に『六巻泥

経』ができるのに、七年ぐらいの間に四十巻全部を訳したのですけれども、これはちょっと彼はすごい実力者ですから、できるかもしれませんけれども、二十巻まで訳したところへ後ろへくっつけたのではないか。これは私の悪魔的な発想ですけれども、そう思っているわけです。ともかく二十巻まではぜひとも読んでいただいて、一つ法華・涅槃と天台大師がいった意味を改めて考えていきたいと、いつも思っている次第でございます。
時間もまいりましたので、この辺で終わりにさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。(拍手)
※本稿は平成九年三月三十一日、東京都新宿区常圓寺にて公開講座教団論研究セミナーにて講演されたものを筆録したものです。