日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
HOME > 目次 > 資料集 > 現宗研所報 > 第31号
所報第31号:253頁〜 研究ノート ←前次→

  修行における行法の評価 <@水行の評価>
   〜行動科学における皮膚電気生理学の実験研究から〜

影山教俊
(現代宗教研究所研究員)
     小論の目的
 この小論では仏教を支えてきた心身相関の二つの基礎概念の存在を概観し、まずその一つである「気の生理学」を経験科学の目で評価する。
 そして、その研究方法を前提に、今回は荒行堂などで行われている水行の所作を実証的に評価し、水行とは単なる禊ぎではなく、漢方医学で気エネルギーと呼ばれる生命エネルギー量の向上を促し、なおかつその高まった気エネルギーを臍下丹田など身体の下半身へと充実(下実上虚)させ、安定した心身の状態を実現するための所作であることを具体的に評価することにある。
     一、プロローグ
 「肉体だけの人間、心だけの人間は存在し得ない。肉体と心が有機的に繋がり、つまり表裏一体となって初めて存在するのが人間である。そして、その人間を相手にする宗教も当然の帰結として肉体と心を同時の相手にしなければならない筈である。そういった意味でこれからの宗教者には、心身論(身心論)ともいうべき領域が不可欠になってくる……いまの宗教は余りにも心ばかりを強調し精神論的になりすぎている気がする。(1)」とは、日蓮宗現代宗教研究所の若手研究員の一人である平井良昌氏の、「気」という心身相関概念をキーワードにして宗教を見直した言葉であります。
 まさに平井氏が指摘するように、今まで現代の宗教は、また宗教研究においても、この心と身体、とくに心身の相関関係から宗教そのものに対して、経験科学という学問に根ざして理解し表現しようとする試みがほとんど行われなかったことは、本当は驚異に価するほどの問題といえないだろうか。
 すでに周知のように、仏教とは本来、釈尊によって人類の救済「抜苦与楽」を実現するために用意された教説であり、その教説は「釈尊自身の宗教体験」を基礎として成り立っている宗教です。
 つまり、仏教にはその起源として釈尊の悟りという宗教体験の事実、抜苦与楽という宗教体験の事実が、修行という身体的な技法によって導かれ、その体験によって心理的な意味で悟り、身も心も救われたというように、釈尊ご自身の心身相関関係の上で抜苦与楽が実現したと指摘できるからなのです。
     二、中国仏教に見られる身体観の概要
    1)二つの身体観について
 ところで、私はこのような心身論を理解するために、とくにこの数年来、天台大師(五三八〜五九七)の身体観について考察し、大師晩年(六十一歳)の最後の撰述になる『摩訶止観』「観病患境」の身体観には、青年時代から一貫していたものが晩年にいたって集大成されたこと、また、その身体観は現代の鍼灸医学や漢方医学、また中医学においても重要視される医学書『黄帝内経』(『素問』『霊枢』)等に見られる基礎概念の陰陽五行説に支えられた「気の生理学」が前提になっていることなどは、すでに日蓮宗教学研究発表大会を通じて述べてまいりました(2)
 ところで、このような天台大師の身体観を考察する過程で、インド仏教から引き継いできた身体観に関わる地・水・火・風の四大(maha-bhu-ta)についての記述が、『摩訶止観』を始め『天台小止観』、『禅門修証』など天台止観に関わる典籍には、漢方医学の基礎概念である陰陽五行説と並んで主要概念として扱われている。
 その概念の詳細な考察については今後の課題とし、いまは『摩訶止観』の記述に沿ってその一部を紹介しますと(3)、四大の不順の病因
   1火大の病……外の熱が火(大)を助け、火(大)が強くなり水(大)を破る。
   2水大の病……外の寒が水(大)を助け、水(大)が増して火(大)を害す。
   3風大の病……外の風が気を助け、気が火(大)を吹き、火(大)は水(大)を動かす。
   4地大の病……三大が増えて地(大)を害することを等分の病といい、また身分増して三大を害することも病という。
ことなどが示されて、人は地・水・火・風の四大の要素を持っており、それらが和合し人身を形づくっているが、その一大が不調であれば百一の病が生じ、四大あわせて四百四病の患が生ずるという(4)、四大の調和、不調和による病相と病因と治病法などが述べられている。
 ところで、このような身体の構成要素である地・水・火・風の四つの要素の均衡がくずれると病気になるという考え方は、仏陀の在世紀元前六世紀頃まで続き、それが紀元前六世紀以後になると、三つの要素のバランスの不調説が出現し、それは紀元二世紀までに病因論として確立したという。つまり、四大が、va-ta(風または体風素、身体の諸機能を調節する)・pitta(火または胆汁素、新陳代謝を営む機能)・kapha(水または説、新陳代謝や体温を調節する機能)の三大へと移行し、それらの均衡が破れると、それぞれ風病・黄熱・痰いんなどの病気、さらにこれらの合併した総集にかかわる病因論へと発展した。
 そして、この概念は、漢方医学や現代の中国医療における中医学の場合と同様に、現在のインド医療のアーユルヴェーダ医学として、三大による「va-ta・pitta・kaphaのtri-dos・a理論」に支えられた病因論、治病論へと伝承されているという(5)
    2)心身相関の身体観について
 また更に、このような四大(三大)の病因論は、天台大師の身体観の前提となる陰陽五行説に支えられた「気の生理学」に、七情という七種類の異なった感情(情志)によって動く「気」エネルギーの陰陽虚実、相生相克の関係によって、五臓六腑の病が発症する心身の相関関係が示されているように(6)、アーユルヴェーダ医学などの四大(三大)による病因論でも、tri-dos・aと呼ばれ身体を支える三つの要素は、tri-gun・aと呼ばれる心を左右する三つの要素の増減によって相関関係があるために、例えば身体の要素のva-ta(風大)が増大すると、心の要素ではrajas(動性)が属性として増大し、そこでは心理不安などが発症するという心身の相関関係が示されている(7)
 このように天台大師の身体観を理解するために『摩訶止観』に沿って、その二種の基礎概念、陰陽五行説に支えられた「気の生理学」、四大(三大)によるtri-dos・a理論を概観しただけでも、インド、中国を通じて仏教という宗教が人間存在を精神的存在としてではなく、もっとフィジカルに心身相関の基礎概念から理解していたことを伺ひ知ることが出来たといえます。
 つまり、ここにいたって仏教という宗教を研究する場合には、とくに心身相関の基礎概念を前提として、それを現代の経験科学に根ざして理解し表現しようとする試みの重要性が、改めて指摘できたといえるのではないでしょうか。
 ではこのような心身相関の基礎概念によりながら、まずそれを経験科学の目で評価し、そして、その研究方法を前提として、宗教を理解し表現するとどのような評価が可能になるのでしょうか。
 今回は「修行における行法の評価」<○1水行について>と題して、荒行堂などで行われている水行の所作がどのような身体的な変化を生み出し、それにどのような意味があるのか、皮膚電気生理学の実験を踏まえ、心身相関の基礎概念によって評価したいと思います
     三、気の生理学の古典的なアプローチ
 ところで、以前に修行の作法に対する先師方の意図を適正に評価するためには、天台大師の身体観に見られるような陰陽五行説に支えられた「気の生理学」の基礎概念から理解する必要性があると述べたように(8)、今回は陰陽五行説に支えられた、この「気の生理学」の基礎概念を前提としながら、そして、その自然哲学として形而上学的に捉えられていた「気の生理学」を、皮膚電気生理学の実験によって科学的に評価して行きたいと思います。
 まず気の生理学を古典的な意味で理解してみますと、とくに漢方医学では血液を含めた、体液というもの、体液の質と、その流れ方というものを大切に考えており、人間の身体を流れる体液の質や、流れ方のバランスの状態の良し悪しが心と身体の健康状態に関係するといいます。
 つまり、体液は血液と同様に酸素や栄養素を蓄え、そして体細胞へと運んでおります。たとえば、脳細胞は、頭蓋骨の中で体液(脳髄液)に浮いていますし、その脳内の体液は脊髄の中まで流れており、脊髄神経につながる内臓の神経に栄養を与えております。
 そして、もう一つ、この体液の中には気エネルギー(インドのアーユルヴェーダ医学ではプラーナ)が流れておりますから、当然のこと体液自体が良質のエネルギーを含んでいることと、また、必要な所にバランス良くたくさん集中する必要があると考えております。
 また、漢方医学ではそのような体液の循環、その体液の中を流れる気エネルギー(生体エネルギー)の循環する道、特に体内を縦に流れる道を「経脉」、横に流れる道を「絡脉」といい、この二つを合せて「経絡」と総称しており、そして、この経絡を流れる気エネルギーが大自然の摂理に調和したバランス感覚を「陰陽五行説」という自然哲学から、私たちの生命維持の循環をダイナミックに説明しております。
    1)陰陽五行説の概観
 ここで「陰陽五行説」を簡単に説明いたしますと、まず「陰陽」の「陰の性質」は凝集を象徴し、「陽の性質」は拡散を象徴しております。この「陰陽」の概念で天地宇宙をはじめ色々なものの生成発展を説明できるのですが、ちなみに、私たちに身近な食べ物の塩と砂糖で説明しますと、塩は「陽性」、砂糖は「陰性」でその働きの違いは、甘い辛いは当然ですが、煮物をするとき、特に煮豆などをつくる場合、始めに砂糖などを入れてしまうと、豆が柔らかくなりません。つまり、砂糖の固める作用(陰性)が働き豆が柔らかく煮上がらないのです。ですから、先に広げる作用(陽性)の塩を少し入れて煮ると、まめがやわらかくなるばかりでなく、その豆の中に眠っている甘さまで引き出されることが経験的にも知られております。
 また、五臓六腑の陰陽を理解するうえで役に立ちますので、物について簡単に説明しますと、中身の詰っている物を「陰」、空っぽの物を「陽」と理解しております。ちなみに、漢方医学では、腎臓と膀胱を一対のものと考えておりますので、この場合、腎臓は中身が詰っておりますので「陰性」、膀胱は中身が空ですので「陽性」というふうに理解します。
 次に「五行」ですが、この五つの内訳は「木、火、土、金、水」となり、自然哲学としての説明は、「木から火が生ずる」「木が燃えて土が生ずる」「土の中から金が生ずる」「金の回りには水が生ずる」「水によって木が生ずる」という五つの相生関係が説明されます。また、これとは逆に「土は木によって耕され」「火は水によって消され」「金は火によって溶かされ」「水は土によって塞き止められ」「木は金によって削られる」という相克関係が説明されております。
    2)気の生理学と陰陽五行の概観
 続いて気の生理学を古典的な意味で理解してみますと、上述のような自然哲学の形而上概念である「陰陽」と「五行」を駆使して、私たちの心身を支える生命エネルギー、気エネルギーの生成循環とその維持を説明しております。
 ここで漢方医学でいう経絡をこの陰陽五行説から説明してみましょう。まず経絡の名前は五臓六腑に関係して説明されておりますが、近代医学でいう臓器そのものを意味しているわけではなく、その臓器に関係する働きを総称しているようです。
 その種類として、
  1に肝臓や胆嚢の働きに関係するものを木性、その陰性を肝経、その陽性を胆経
  2に心臓などの循環器系に関係するものを火性(兄)、その陰性を心経、その陽性を小腸経
  3に全体のバランスに関係するものを火性(弟)、その陰性を心包経、その陽性を三焦経
  4に脾臓や胃腑の働きに関係するものを土性、その陰性を脾経、その陽性を胃経
  5に肺臓など呼吸器系の働きに関係するものを金性、その陰性を肺経、その陽性を大腸経
  6に腎臓や膀胱など泌尿生殖器系に関係するものを水性、その陰性を腎経、その陽性を膀胱経
の「陰陽」を合せて正経として十二経絡があります。
 そして、この正経の十二経絡、十二本の道筋は、その中を気エネルギーがどのような方向でどのように流れるかで「三陰三陽関係」、陰と陽の大小関係として説明されます。先の十二経絡を「三陰三陽関係」で分類しますと、
  1に「手の三陰」として「太陰の肺経・少陰の心経・厥陰の心包経」
  2に「手の三陽」として「陽明の大腸経・太陽の小腸経・少陽の三焦経」
  3に「足の三陰」として「太陰の脾経・少陰の腎経・厥陰の肝経」
  4に「足の三陽」として「陽明の胃経・太陽の膀胱経・少陽の胆経」
のようになり、ご覧のように手足でそれぞれ陰陽関係になっております。
 では気エネルギーの流れ方について、総体的な流れを簡単にお話しますと、気エネルギーという生体エネルギーは「中焦」と呼ばれる消化器系より起こると考えられております。たしかに消化器系(中焦)の働きによって食べ物が消化吸収され熱エネルギーに転換するのですから、古典的な解釈も道理に適ったものといえます。
 順次にその流れをごく簡単に説明してみましょう。
  「中焦」→手の「太陰の肺経」→手の「陽明の大腸経」
      →足の「陽明の胃経」→足の「太陰の脾経」
      →手の「少陰の心経」→手の「太陽の小腸経」
      →足の「太陽の膀胱経」→足の「少陰の腎経」
      →手の「厥陰の心包経」→手の「少陽の三焦経」
      →足の「少陽の胆経」→足の「厥陰の肝経」
から、また手の「太陰の肺経」へと戻り、正経の十二経絡を循環しているのです。
 そして、この気エネルギーの陰陽関係の流れは、身体の左右対称に存在するわけですから、正経は左右で二十四経絡の陰陽関係となるわけです(9)
 このように漢方医学では陰陽五行説に支えられた「気の生理学」を基礎概念を前提としながら、私たちの生命維持の循環をダイナミックに説明しております。     四、気の生理学の経験科学的アプローチ
 ではこのような漢方医学の陰陽五行説に支えられた心身相関の基礎概念である気の生理学は、今まで自然哲学の形而上学としてのみに捉えられておりましたが、ここではそれを皮膚電気生理学の実験によって経験科学的に評価して行きたいと思います。
    1)気エネルギー量を電気生理学から評価する本山学説
 まず医科学的な気エネルギー、並びに経絡などの存在証明の詳細は参考文献に譲るとして(10)、ここで気エネルギーに対する本山博学説を概観しますと、本山博博士の開発したAMI(経絡――臓器機能測定器(11))によって、従来は自然哲学として形而上学的に考えられていた経絡、その中を流れる気エネルギーの概念は、現在では電気生理学的な意味で測定が可能になったといえます。
 つまり、AMIという経絡――臓器測定機器は、直流3ボルト(DC.3V)の電流を漢方医学でいう経絡を流れる気エネルギーの状態をよく反映するといわれる井穴部(指の爪先部)の皮膚表面に、二〇〇分の一秒間(1/200sec)通電させたときの生体反応のうち、通電直後の外部電圧に抗して、皮膚と電極の間に分極(polarization)を生ずる以前の電流値BP(Before Polarization)は、経絡機能としての気エネルギーを反映し、通電後ある時間を経て分極が起きた後の電流AP(After Polarization)は自律神経系機能を反映し、分極現象に関与したイオンの電荷の総量IQ(Integrated Polarization charge)と、分極現象の速さを示すパラメーターTC(Time Constant)は生体の防衛反応を反映しているとする本山学説に立脚し、その電気生理学的なパラメーターを『黄帝内経』(『素問』『霊枢』)を基礎とする中医学、漢方医学の診療基準である陰陽五行説に支えられた経絡上の気のエネルギー量として客観的な評価を可能にした機器といえます。
    2)AMIによる水行時の気エネルギー量の測定実験
 ここでは荒行堂で行われる行法所作の中で、その中心的な位置をしめる水行によって起きる心身の変化を、このようなAMIによって計測し評価してみたい。
<実験報告>
@被験者
 当時満39歳、既婚男性、日蓮宗教師、法臈11年、修法歴第三行、ヨーガ歴8年、唱題行10年の経験者K・K。
A実験計測
 計測実験は宗教心理学研究所(現、本山人間科学大学院日本センター)の二階の実験準備室備付けのAMIを使用した。
B実験の経過
 被験者の水行など特別な修行をしていない時期(91-06-01)のAMI計測値をコントロール値として、十一月一日から早朝六時・午後六時の二回の水行を行って、第一回十一月十七日、第二回十二月一日、第三回十二月八日の三回にわたってAMIにて計測を行った。また、とくに十二月一日から八日までは臘八期間で断食をしながらの水行であった。
C実験結果
 比較した数値は、計測した気エネルギー量の電気的数値BPを、基準のBP値で微分した(BP/基準)数値で、BP>1=実 BP<1=虚と、気エネルギー量の虚実を表している。
 このデータをグラフ化したものが次の資料(AMI NO.1,2,3,4 ヒカク)<表1>である。
D実験結果の総括
 まずNO.1の1991-06-01をコントロールとして比較すると、腎経・膀胱経には特徴的な変化が見られる。
 つまり、腎経NO.1では1.10 NO.2では1.06 NO.3では1.07 NO.4では1.14と共にBP/基準>1となっており、虚実では実である。また膀胱経NO.1では0.94 NO.2では1.11 NO.3では1.17 NO.4では1.16と共にBP/基準>1になっており、虚実では実であることが分かる。
 この腎経・膀胱経の変化は、水行によるものと予想できる。なぜなら、水行の所作は首筋から背中にかけて水を当てるように指導をするが、中医学や漢方医学では<図1>のように首筋から背中にかけて膀胱経の経絡が流れており、水行の水が当たることによってそれが刺激されると考えられるからである。また、もともと膀胱経と腎経は水性において陰陽関係があって一対であり、膀胱経が刺激されれば腎経もその影響を受けて、腎経・膀胱経の経絡上の気エネルギー量が共に向上したといえる。
 ところで、ここに水行の重要な意義が見い出せる。つまり、漢方医学では気エネルギーの始まりは、腎経・膀胱経に備わっている元気、とくに腎経の先天の元気(12)によって後天の元気が働きはじめるといわれ、最も重要な経絡機能であるといいます。ちなみに漢方の治療法は、ほとんどこの腎経・膀胱経に関わる治療点(経穴)を刺激しております。
 ですから、水行は精進潔斎の単なる「禊ぎ」の意味ばかりではなく、それによって腎経・膀胱経の経絡上の気エネルギー量を高め、先天の元気(気エネルギー)を充実させる効果を持っていると評価できます。
    3)水行による心身の変化〜微小電位計による気エネルギーの走向計測実験〜
 次にこのように高まり充実した気エネルギーは、一体どのように身体に影響を与えるのだろうか。古典的な概念からは、すでに上述したように身体を流れる気エネルギーのルート(脉)には正経の十二経絡があり、その他に「奇経八脉」と呼ばれる気エネルギーの貯水池のような働きをする流れがあります。それは正経の十二経絡の流れを調節し補足するルートで、高まった気エネルギーはこのルートに注流するといわれます(13)
 ここで簡単に「奇経八脉」の重要なものを示しますと、まず経絡の古典的な流れの方向は、一般的には「陰経」は下から上に流れ「陽経」は上から下への走向が示されているのですが、実験的な測定では男性の場合は身体全面の正中線上を頭頂から下腹へと流れる「任脉」と、身体背面の脊椎の上あたりを尾低骨の所から頭頂に向かって流れる「督脉」という<図2、3>に見れる二つの大きな気エネルギーのルートが上げられます。
 この任脉・督脉の循環する流れは、身体全体の気エネルギーのバランスを取るように、つまり、「下実上虚」(下半身が充実して、上半身の力が抜けている状態)という自然の摂理を実現するように働きます(14)
 これを実証的に評価するために、気エネルギーの流れは電位の勾配として「下実上虚」の実際が評価できますから、水行実行期間を通じて電位測定を行い、その経過を電位勾配として評価することで可能になるわけです。
 とくに任脉上の関元は、漢代の医学書『伸鑒』には「呼吸する気を関蔵(蓄え)て、四方の気をうけ授けるものである」といい、修行などによって向上した気エネルギーは「関元」に収蔵されると示されているところから(15)、この任脉上の関元と中脉の中の電位勾配の評価で可能になるといえます。
<実験報告>
@被験者
 2)の@に同じ
A実験計測
 この実験は任脈上の「中・中」と「中・関元」の電位勾配を測定した。計測実験は蓮重寺瞑想心理研究室を使用し、測定値にノイズ、ヒズミ、ふらつきが出ないようにアースをつけた銅盤の上に測定機械及び被験者を乗せ、部屋は蛍光灯などを使用しないように留意した。また、使用した計測機器は、横川電気のModel 7551のデジタル・マルチメーターを使用し、耳朶を基準電極として単極導出し、その電位差をPC-98にて集計し勾配を評価した。測定にあたって、マニュアルの高感度測定の指示に従い、測定用のシールドコードの末端をアルミホイルでおおいアースをとった。
 なお、真皮結合織内に挿入したシールドした電極針は、三号一寸三分を加工して皮膚内に1mmはいるように電位を持たないゴム板に乗せて固定した。また、電極針を皮膚に固定するには紙のホワイトテープを使用した。
B実験の経過
 この測定は1992-11-30をコントロールとして1993-01-18まで定期的に測定(AM:10:00)したものである。その期間中、朝夕二度六時の水行を行うことによって、被験者の任す上の電位勾配がどのように変化するかを実験考察した。
C実験結果
 比較した数値は、計測した気エネルギーの電位勾配を任脈上の「中・中」と「中・関元」と二つに分類したもので、数値は中→中中→関元へとマイナスは下がり勾配、プラスは上がり勾配を示す。単位はミリボルト(mv)。
 このデータをグラフ化したものが次の資料(デンイコウバイヒカク)<表2>である。
D実験結果の総括
 総体として電位勾配は「中→中」<「中→関元」と、「中→関元」が大きくなっている。これは中、中、関元の電位差の内で、中がおおよそ高く、古典でいう気エネルギーが中焦より起こり中を経て肺経から正経十二経絡をめぐるということと一致するように思える。しかし、中のその部位が心臓に近く測定値に心筋の電位が影響しているとも考えられ、測定数値をそのまま信用できないので、ここでは「中→中」の数値を除外するとしても、「中→関元」の電位勾配は、任脉上から下へマイナスの勾配を示し安定している。これは本山宗教心理学研究所で行なわれた任脈上の皮膚の表面電位の測定結果、「承漿・曲骨」が皮膚の表面電位が上から下へのマイナスの勾配(男性)となったことと一致する(16)と同時に、古典的にいわれている任脉上の気エネルギーの走行と一致していることが分かる。
 またNO.1をコントロールとして全体を総括すると、まず天候の関係などで測定の不備を正すため、コントロールから見て極端に大きい数値と小さい数値(NO.8 -12.8 NO.14 -110.00)を除外して微分すると「中→関元」は≠-47.5となり、 NO.1コントロールの「中→関元」-23.82より、凡そ五〇パーセントほど電位勾配が高くなったことが理解できる。
 つまり、水行によって任と上の上半身から下半身へと凡そ五〇パーセントほど電気勾配が高くなったことは、任脈・督脈を循環する気エネルギーの流れが高まったことを意味しており、電位勾配として実証的に「下実上虚」の状態、臍下丹田に気力が充実した状態の実際が評価できたといえる。
     五、エピローグ
 以上ははなはだ雑駁ですが、行動科学として経験科学の目で宗教行為の評価を試みた結果です。そして、これらの新たなる試みが理解されるならば、もう宗教が観念的な言葉でだけで綴られる時代は終ったように思えます。とくに荒行堂などの修行の現場で繰り広げられている行法は、「理懺事悔、聖胎自生」を忘れて、いたずらに「寒水白粥、凡骨将死(17)」を強調し、「とっても辛い修行をして凄いだろう」式が横行しているように見えます。
 それはいうなれば修行する本人も、供養する檀信徒も、いったい何をやっているのか訳も解らない、ただそんな風に相伝されている式の宗教評価であって、実際にどんな意味でこの所作が行われるのかが解らないことには、それを正確に実行し伝えられるはずがないといえるだろう。
 ところで、上述のような研究方法を前提にして、偉大な先師方から相伝されてきた行法所作を経験科学の目で理解し表現するならば、具体的なその意義、その心身相関の変化が明らかになり、後人の指導育成にも誠に有用なはずといえる。
 とくに今回明らかになった水行の所作の具体的な意義は、水行によって私たちの背中を流れる膀胱経の経絡が刺激され、更にそれによって陰陽関係にある腎経が刺激された結果、先天の元気(気エネルギー)が高まった。
 そして、その高まった気エネルギーが奇経八脉の任脉・督脉上に注流して「下実上虚」という心身の安定した状態が実現し、臍下丹田に気力の充実した状態が実現したことが実際に評価できたことにあるとえます。
 しかし、今回行った実験はいまだ予備実験的な成果であり、今後もっと実証的な実験が行われるべきだといえます。

 註
  (1)「現代宗教研究」第三〇号 一六一頁
  (2)「天台止観に見られる身体観」 『棲神』第六六号所収
   『摩訶止観』「観病患境」における治病の分類 「現代宗教研究」第二九号所収
  (3)『摩訶止観』 岩波文庫 下 一八四〜一八七頁
  (4)『天台小止観』 岩波文庫 一七三頁註(1)
  (5)杉田暉道『ブツダの医学』 一四〇〜一四一頁主旨 平河出版社 一九八七年
   アーユルヴェーダ研究会監修『入門アーユルヴェーダ』 三三〜三六頁 平河出版社 一九九〇年
  (6)相見三郎『漢方の心身医学』 六六〜六七頁 創元社 一九七六年
  (7)上馬場和夫・西川真知子共著『インド健康術』 一五〜二〇頁 明泉堂 一九九六年
  (8)前掲註(1)参照
  (9)参考文献
   本間祥白『図解十四経発揮』 医道の日本社 一九八三年
   根本光人監修『陰陽五行説』――その発生と展開――明友社 一九九二年
   丸山敏秋『気』――論語からニューサイエンスまで――東京美術選書48 一九八九年
   長濱善夫『東洋医学概説』 創元社 一九八六年
   高木健太郎監修『東洋医学を学ぶ人のために』 医学書院 一九八四年
  (10)参考文献
   本山 博『経絡』――臓器機能測定について 宗教心理学研究所 一九七四年
    同  『経絡の本質と気の流れ』 同 一九八〇年
    同  『Psiと気の関係』 同 一九八三年
    同  『気の流れの測定・診断と治療』 宗教心理出版 一九八五年
    同  『AMIによる神経と経絡の研究』 同 一九八八年
  (11)AMI(経絡――臓器機能測定器)はApparatus for measuring the functioning of the Merdians and their corresponing Internal organsの略称
  (12)前掲『東洋医学概説』 一八一頁
  (13)前掲『図解十四経発揮』 一六〇〜一八七頁
  (14)石川秀実『気流れる身体』 平河出版 四〇〜五〇頁 一九八九年
  (15)『道教』1所収二六五頁 坂田祥伸出稿「養生術」 平河出版 一九八七年
  (16)「現代宗教研究」第二六号所収 「気を通じて見た心と身体はどうつながっているか」 五八〜七四頁
  (17)「寒水白粥、凡骨将死、理懺事悔、聖胎自生」とは深草慧明灯師の文。

 ※尚、この小論は第四十九回日蓮宗教学研究発表大会のために用意した草稿を大幅に整理加筆したものである。
<表<表1> <表2> <図1> <図2> <図3>
(気の流れ) (気の流れ)












このページのトップへ▲

Copyright (c)2001-2006 Nichiren Buddhism Modern Religious Institute. All Rights Reserved.