河口慧海の日蓮教学批判について
早坂鳳城
(現代宗教研究所主任)
はじめに
「河口慧海」(以下河口氏と略す)と、言うと鎖国下にあったチベットに秘かに入国し、危険を冒して梵語、西蔵語仏典や様々な民族的資料をわが国に持ち帰ったことで知られている。その河口氏を記念する修学塔が今年(平成八年)八月、チベット・ラサのセラ寺講堂に建立され、現代、問いかけを持たれつつある。
ところで、この河口氏は、黄檗宗で出家得度し、二度に渡って還俗する。
そして、『在家佛教』という書物を著述し在家佛教運動を起こし、既成佛教教団(以下既成佛教と略す)の全てに対して物々しいまでの教学批判を行うのである。この批判は、今日までの新興宗教の一連の既成佛教批判の種本となっている節があるので、ここに論求し、批判に答えようとするものである。
一、既成佛教(=出家佛教)批判総論
河口氏は、既成佛教批判の総論として、「現
(1)代は、僧は僧でなくして魔・僧・であり真の出家僧のいない時代である。隨って出家が護持する佛教もない時代である。現代の教法はわ・ず・か・に・形・骸・を・留・め・る・死・滅・の・教・法・である。」としてさらに、十無二有の言葉で批判表現している。それによると
(2)、
世界無僧無佛法 世界に一人も比丘はなし、故に佛も法もなし。
天台無根律無行 天台教義に根據なし、律には眞實行爲なし。
眞言無眞日無戒 眞言誤讀で眞言なし、酒飲む日蓮戒律なし。
念佛無教禪無燈 念佛往生佛語なし、禪は僞作で傅燈なし。
皆無教化無實效 それ故一切教化なし、社會に實效毫もなし。
徒有迷信虚僞生活 空しく在家に迷信あり、出家は虚僞の生活のみ。
並有害他流毒國家 それゆゑ自他を害しつゝ、毒を國家に流すなり。
として、日本佛教各宗の批判を行うのである。
こうして河口氏は、在家佛教運動を提唱する中で、天台教判の批判、大小二乗の同一原理、日本佛教各宗の無根拠と各宗の本尊論批判を展開する訳であるが、この論文に於いては、「日蓮宗の本尊論批判」について紹介し、それに対して反駁を究みたい。
二、日蓮宗の諸種本尊観
河口氏は、「
(3)日本佛教の隨一を以って自任する日蓮宗の本尊ではあるが、実際には、宗祖滅後今日に致るまで、尚、議論紛々として一定しない実状である。さればこの宗の本尊について一定して確定する事は不可能である。歴史上公平に観察する時、日蓮聖人御自身で、時に隨って本尊義が進歩しつつあったもので、一生を通じて種々の本尊義を有って居られたことは事実である。そこでかれの後輩が諸種の異論を立てゝ、互いに諍論したもので、今尚その諍論が続いている次第である。宗祖が、清澄山に於いて、南無妙法蓮華経と始唱せらるゝに至るまでは、通常釈・迦・牟・尼・如・来・を・以・っ・て・本・尊・としていた。七字の題目を唱えてからは、「法・華・経・」・一・部・八・巻・の・経・典・そ・の・物・を・本・尊・とした。宗祖が佐渡で『本尊抄』を著わし、その説を具体化して、十・界・曼・荼・羅・を・作・出・し・て・本・尊・と定められた。これが佐渡始顕の曼荼羅本尊であって、この本尊がこの時誌されたものに一定して居れば、問題は少ないのであるが、その後誌されたものは弘安年間に至るまで、ほとんど一定して居らなかった。……何れの曼荼羅のみを本尊とすべきか、一定すること困難な問題である。その上この曼荼羅が根本で出来たと思われる彫刻或は銅像等の本尊について、一・塔・両・尊・とか、二・尊・四・士・とか、一・尊・四・士・とかあって、帰一することが出来ない。深草の元政上人は、釈・尊・一・佛・の・み・を・本・尊・とされた。
また、宗祖が一生隨身佛として、常に御身より離されなかった本尊は、伊豆の海中より得られた釈尊の佛像であった。この点から見ると宗祖は内心には釈尊を本尊とせられたように見える。以上諸種の本尊観があるのだから、それを一本尊と決定しようとするには、固より論の起ることが免がれないのである。」として、批判している。
河口氏は、黄檗宗で出家得度した人で造想本尊の感覚の強い人なので、本宗の大曼荼羅の具現化した佛像、その論拠としての宝塔品の儀式を本尊とすることは彼の宗教体験からは理解出来ないのではないかと思う。
別言すると、河口氏の本尊を釈迦一佛とする宗教的基盤からは、本尊の表現形式の違いがあるということは、例えば、そこに御題目をはじめとする共通概念が内在することが理解出来ないからであろう。
与えて言えば、的はずれな不完全な批判、奪って言えば権教の立場での増上慢の批判ということになるのである。
(本尊の弁別不知の論)
三、法佛一如本尊論批判
次に、河口氏は、「
(4)曼荼羅中の本尊は、題目自体である。そうしてその題目は法自体であるのみではなく、久遠塵點劫の古昔に成佛せられた、本地の釈迦牟尼佛を顕わすものである。また、題目を唱ふることは、久遠塵點劫古昔の釈迦牟尼佛を念ずることとなるのであって、妙法蓮華経と言う題目が即ち根本的釈尊の名であると言うのである。」として、法佛一如本尊論を説明するのである。
そして、その批判として河口氏は、「
(5)法佛一如本尊論は法華経二十八品中にはなく、一切蔵経どこにも見出せないのである。たとえその文が蔵経になくとも、正しい理由があれば取るべきである。けれども妙法蓮華経と言うことは一経典の題目であって、佛の名ではない。元来経典は、法を表わすものであるから、その題目が法の名であると言うことが出来よう。しかし佛の名であると言うことは決して出来ないのである。然るにそれを以って佛の名であると言うのは、こじつけであり詭弁であり、融節応用の謬びゅう論ろんである。」として、指摘しているのである。
しかし、法佛一如の関係については原始経典の『心材喩大経』(maha--salo-phama-sutta)に
(6)、
法を見る者は我を見る、我を見る者は法を見る。
『象跡喩大経』には
(7)、
縁起を見るは法を見る、法を見るものは縁起を見る。
(yo pat・iccasamuppa-dam passati, so dhammam・ passati yo dhammam・ passati, so paticcasamuppa-dam passati)
とある。また、大乗論書の中観にも
(8)、
縁起を見る者は法を見る。法を見る者は仏を見る。
(yah・ pratityasamutpa-dam pasyati, sa dharmam・ pasyati yo dharmam・ pasyati,sa bhuddham・ pasyati)
とあり、法佛一如の関係が随所に説かれていることが領解されるのである。
また、本化教学の立場から述べると、河口氏は、天台を踏えてそこを越えたのが日蓮聖人の教学ということを知る由もなく、特に、久遠観を正しく理解していないと思われる。
法と佛の関係において、人勝法劣の立場を取るのは、爾前権教=応身正意論の立場。法勝人劣の立場を取るのは、「法華経」迹門=法身正意論。人法一箇の立場を取るのが、「法華経」本門=三身即一=報身正意論と言えるのである。
本化の立場に於いては、法佛一如の考え方を久遠の原点から見るべきであり、このことを、綱要導師は、隨自意の本門と隨他意の本門として述べている。八品隆師、真門日真、西山派等では、印度応現の釈尊の諸説では迹門久遠の本佛説示の妙法を本地の本門と主張している。綱要導師の説と表現は異なっているが主旨は全く同じである。
このような本・化・教・学・の・本・質・的・な・思・想・解・釈・を・河・口・氏・は・理・解・し・て・い・な・い・と思われる。
また本尊論についても、本化批判をするならば、三身論を根幹に論じなければならないのが、不完全な人法論で論じているのである。
さらに、三身即一の報身正意が理解出来ないままで批判を続け、「妙法蓮華経」は単なる経題だと批判を繰り返している。
また、「妙法蓮華経」と「南無」とを個別に捉えるのは、天台の思考である。本化の立場は、総・別・論・として全体を捉えるならば、「南無妙法蓮華経」の中に、佛も法も僧も包含される。これを私共は、三・宝・一・体・の・妙・旨・と呼んでいる。この事を河口氏は、理解していないのである。
(妙法蓮華経と南無妙法蓮華経の弁不知の論)
四、法本尊論批判
河口氏によると法本尊論について、「
(9)(10)妙法蓮華経は経名即ち法名であって、佛の名ではない。南無妙法蓮華経とは、その法本尊に礼拝帰命することとしているが、この主張は経典そのものと、妙法そのものとを混同している。」と指摘している。
また、「
(11)法華経は佛となる所の方法を示した説明書であって薬の用法効能書のようなものである。薬の用法効能書の題目を唱えてもその妙法の実行がなければ、薬を飲まないのと同じことで、何の効能もないのである。だから経典の題目を以って、本佛とも本尊ともすることの出来ないことは、あたかも薬の効能書の見出しを以って、薬と同一視出来ない事と同じことである。また、唱題成佛などと言う空そら言ごとは、称名念佛往生などと言う揆無因果外道の妄言に習った根なし事である。されば、薬の効能書の見出しに等しい題目を以って、本尊とすることの出来ない事は明白であろう。」と、激しく批判している。
しかし、経典とは、薬の効能書が一体となってはじめて、お経(経典)なのである。
(総別不知の論)
薬の部分
経典
効能書の部分
題目のタイトルと中身を別にして読んでおり、譬えの仕方が間違っていると思われる。
日本という言葉の中に、日本六十余洲もしくは、四十八都道府県の全てが含まれるが如くである。
次に空題目という批判だが、各々が唱える唱題が、空題目ならば然りであるが、久遠の本師釈迦牟尼佛の説かれた第一の法を自覚し、その法を自己のものとする為に、その自覚の為に、妙法の題目を唱えることは、成佛の為の正行たり得る。しかしこの事・行・の・題・目・たり得るには、その自覚のもとに妙法に沿った身口意三業の唱題実践をしなければならないのである。(妙法蓮華経と南無妙法蓮華経不知の論)
五、佛本尊論批判
本宗に於ける佛本尊論を言う時は
(12)、歴史上の印度の応身の釈尊を言うのではなく、久遠塵點劫の古昔に於いて既に成佛された釈迦牟尼佛を指すのである。
この事に対して河口氏は、「
(13)歴史上の佛陀は化佛であるとしている。しかし、佛陀は三世に通じて、束縛されない自由了解の持主である。時間は本来無始であり無終であるが、この無始無終の時間中には、久遠塵點劫の昔も今も、その価値は同一である。久遠が幾つ集まってもやはり時間の一部であってその間に高下を附すべき理由はない。久遠の佛が古いから尊崇すべきであると言えば、それと同様に歴史的佛陀は新しく我等に近く現われた佛であるから、尊崇すべきであるとも言える。また久遠の佛のあったことを知ることの出来たのは、新しい佛の説明によることであるから、古い佛の尊さと同じように、新しい佛も尊いのである。このような次第であるから、久遠の佛を特に尊いものとして、本尊とすることの無意義なことは判然としたであろう。」と、佛本尊論を批判している。
根本的には、根本の久遠佛も釈尊も同じであり、久遠佛が本体である故に本佛とするのである。この本体の一つの現われが裟婆の化佛=印度の釈尊である。だから、裟婆の化佛を普遍化、原理化したのが、久遠実成、久遠の本佛である。そして佛本尊とは、この原理的な面で表現し、原理面を本尊としている。つまり三身即一の報身正意論である。
この事により河口氏の批判は、三身各別論と黄檗宗の応身論をひっぱり出して誤解して批判している事が考察されるのである。
(久末一双不知の論。法華経経意不知の論。久遠弁別不知の論。)
小結
以上、河口慧海著述の『在家佛教』に於ける日蓮教学批判、本尊論批判について論究して見たが、こ・れ・ら・の・批・判・は・い・ず・れ・も・本・宗・の・教・学・理・解・が・浅・識・で・あ・り・、・本・尊・に・つ・い・て・は・、・佛・身・論・で・論・じ・な・け・れ・ば・な・ら・な・い・の・に・不・完・全・な・人・法・論・だ・け・で・論・じ・、・三・身・論・を・見・落・し・て・い・る・こ・と・。・十・界・佛・教・か・ら・十・界・互・具・論・を・正・し・く・理・解・せ・ず・に・批・判・し・て・い・る・こ・と・が・領・解・さ・れ・る・のである。
けれども、他宗の知識人がこのような見方で本宗の教学を見ているのだということを窺うことが出来、本宗の他宗に対する対応を考える上で大いに参考になると思われる。今後は、一連の新興宗教からの批判も含めて誤解を受けないように教団の本尊論を整理しなくてはならないと思うものである。
註
(1) 河口慧海『在家佛教』Y頁(取意)
(2) 同書、Y頁
(3) 同書、七二頁
(4) 同書、七五頁
(5) 同書、七六頁
(6) 南伝大蔵経十四卷『相応部経典』、一九〇頁
(7) 南伝大蔵経九卷『中部経典』、三三九―三四〇頁、『中阿含経』卷七、大正一卷・四六七上
(8) 『prasannapada』P.160
(9) 「法本尊」と思われる御書を列記すると、「聞キレ法ヲ生シテ謗ヲ墮ルハ二於地獄ニ一勝下レタリ於供二養スル恆沙ノ佛ヲ一者上。」『一代聖教大意』(昭和定本日蓮聖人遺文、六八頁)
「法華經ましまさずば、誰か名をもきくべき、其音こゑをも習フべき。一千の聲聞、一切經を結集せりとも見る人もよもあらじ。まして此等の人々を繪像木像にあらわして本尊と仰クべしや。此レ偏に法華經の御力によて、一切の羅漢歸依せられさせ給なるべし。」『開目抄』(同遺文、五六二頁)
「雖レ然ト所ハレ詮スル非レハ二一念三千ノ佛種ニ一者有情ノ成佛・木畫二像之本尊ハ有名無實也。」『観心本尊抄』(同遺文、七一一頁)
「其本尊ノ爲レ體 本師ノ裟婆ノ上ニ寶塔居シレ空ニ 塔中ノ妙法蓮華經ノ左右ニ釋迦牟尼佛・多寶佛・釋尊ノ脇士上行等ノ四菩薩 文殊彌勒等ノ四菩薩ハ眷屬トシテ居シ二末座ニ一 迹化・他方ノ大小ノ諸菩薩ハ萬民ノ處シテ二大地ニ一如シレ見ルカ二雲閣月卿ヲ一。十方ノ諸佛ハ處二シタマフ大地ノ上ニ一。表スル二迹佛迹土ヲ一故也。如キレ是ノ本尊ハ在世五十餘年ニ無シレ之。八年之間但タ限ル二八品ニ一。正像二千年之間ハ小乗ノ釋尊ハ迦葉阿難ヲ爲シ二脇士ト一。權大乗竝ビニ涅槃・法華經ノ迹門等ノ 釋尊ハ以テ二文殊普賢等ヲ一爲ス二脇士ト一。此等ノ佛ヲ造リ二畫ケトモ正像ニ一未タレ有サ二壽量ノ佛一。來二入シテ末法ニ一始テ此佛像可キカレ令ム二出現セ一歟。」『観心本尊抄』(同遺文、七一二―七一三頁)
「此時地涌千界出現シテ本門ノ釋尊ノ爲リテ二脇士ト一 一閻浮提第一ノ本尊可シレ立ツ二此國ニ一。」『観心本尊抄』(同遺文、七二〇頁)
「この法華經は一切の諸佛の眼目まなこ、教主釋尊の本師なり。」『兄弟鈔』(同遺文、九二〇―九二一頁)
「彼の白法隠沒の次には法華經の肝心たる南無妙法蓮華經の大白法の、一閻浮提の内八萬の國あり、其の國々に八萬の王あり、王々ごとに臣下竝に萬民までも、今日本國に彌陀稱名を四衆の口々に唱フルがごとく廣宣流布せさせ給フべきなり。」『撰時抄』(同遺文、一〇〇七頁)
「大集經の白法隠沒の時に次で、法華經の大白法の日本國竝に一閻浮提に廣宣流布せん事も疑うべからざるか。」『撰時抄』(同遺文、一〇一七頁)
「末法に入リなば迦葉・阿難等、文殊・彌勒菩薩等、藥王・観音等のゆづられしところの小乗經・大乗經竝に法華經は文字はありとも衆生の病の藥とはなるべからず。所謂病は重し藥はあさし。其時上行菩薩出現して妙法蓮華經の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。」『高橋入道殿御返事』(同遺文、一〇八四―一〇八五頁)
「釋迦佛を種々に供養せる人ノ功徳と、末代の法華經の行者を須臾モ供養せる功徳とたくらべ候に、其福復醤クレ彼ニと申て、法華經の行者を供養する功徳すぐれたり。これを妙藥大師釋シテ云ク 有ン二供養一スルコトハ者福過ク二十號ニ一と云云。されば佛を供養する功徳よりもすぐれて候なれば、佛にならせ給はん事疑ヒなし。」『高橋殿御返事』(同遺文、一〇九三頁)
「文句ノ第十 七寶ヲ奉ルハ二四聖ニ一不レトイフハ如カレ持ツニ二一偈ヲ一 法ハ是聖ノ師ナリ 能生能養能成能榮莫シレ過二クルハ於法ニ一 故人ハ輕ク法ハ重キ也云云。記ノ十ニ云ク 如シ下父母必以テ二四ノ護ヲ一護ルカ上レ子ヲ 今發心ハ由ルヲレ法ニ爲シレ生ト 始終隨逐スルヲ爲シレ養ト レ令ルヲ滿セ二極果ヲ一爲シレ成ト 能 スルヲ應二法界ニ一爲スレ榮ト 雖二四ツ不ト一レ同カラ以テレ法ヲ爲スレ本ト云云。」『寶輕法重事』(同遺文、一一七八頁)
「一切の佛を盡クして七寶の財を三千大千世界にもりみてゝ供養せんよりは、法華經を一喝、或は受持し、或は護持せんすぐれたりと云云。」『寶輕法重事』(同遺文、一一七九頁)
「天台云ク 人ハ輕ク法ハ重シ也。妙樂云ク 雖モ二四不ト一レ同カラ以テレ法ヲ爲スレ本ト云云。九界の一切衆も佛に相對して此をはかるに、一切衆生のふく(福)は一毛のかろく、佛の御ふくは大山のをもきがごとし。一切の佛の御ふくは梵天三銖の衣のかろきがごとし。法華經一字の御ふくの重き事は大地のをもきがごとし。人輕と申スは佛を人と申ス。法重と申スは法華經なり。夫レ法華經已前ノ經竝に諸論は佛の功徳をほめて候、佛のごとし。此法華經は經の功徳をほめたり。佛の父母のごとし。」『寶輕法重事』(同遺文、一一七八―一一七九頁)
「専持テ二題目ヲ一不スレ雜ヘ二餘文ヲ一尚不レ許サ二一經ノ讀誦タモ一」『四信五品鈔』(同遺文、一二九七頁)
「妙法蓮華經ノ五字ハ非ス二經文ニ一 非ス二其義ニ一 唯一部ノ意耳。」『四信五品鈔』(同遺文、一二九八頁)
「彼ハ佛也 此ヘ經也。經ハ師也 佛ハ弟子也。涅槃經ニ云ク 諸佛ノ所ハレ師トスル所謂法也。」『乗明聖人御返事』(同遺文、一三〇〇頁)
「問テ云ク、末代惡世の凡夫は何物を以て本尊と定ムべきや。答テ云ク、法華經の題目を以て本尊とすべし。問テ云ク、何レの經文、何レの人師の釋にか出たるや。答フ、法華經の第四法師品ニ云ク、藥王 在々處々ニ 若ハ説キ若ハ讀ミ 若ハ誦シ若ハ書キ若經卷所住之處ニハ 皆應ニ 下起テゝ七寶ノ塔ヲ一 極メテ令ム中高廣巖飾ナラ上。不レレ須三復安二スルコトヲ舎利ヲ一。所以ハ者何ン。此中ニハ巳ニ有二いまス如來ノ全身一等云云。涅槃經ノ第四如來性品云ク、復次ニ迦葉 諸佛ノ所ハレ師トスル所謂法也。」『本尊問答鈔』(同遺文、一五七三頁)
「問テ云ク、日本國に十宗あり。所謂倶舎・成實・律・法相・三論・華嚴・眞言・淨土・禪・法華宗也。此宗は皆本尊まちくなり。所謂 倶舎・成實・律の三宗は劣應身の小釋迦也。法相・三論の二宗は大釋迦佛を本尊とす。華嚴宗は臺上のるさな報身の釋迦如來、眞言宗は大日如來、淨土宗は阿彌陀佛、禪宗にも釋迦を用たり。何ソ天台宗に法華經を本尊とするや。答フ、彼等は佛を本尊とするに是は經を本尊とす。」『本尊問答鈔』(同遺文、一五七四頁)
「問フ、其義如何。佛と經といづれか勝レたるや。答テ云ク、本尊と者は勝レたるを用ユべし。例セば儒家には三皇五帝を用ヒて本尊とするが如く、佛家にも又釋迦を以て本尊とすべし。問テ云ク、然ラハ者 汝云何ソ釋迦を以て本尊とせずして、法華經の題目を本尊とするや。答フ、上に擧クるところの經釋を見給へ。私の義にはあらず。釋尊と天台とは法華經を本尊と定メ給へり。末代 今の日蓮も佛と天台との如く、法華經を以て本尊とする也。其故は法華經は釋尊の父母、諸佛の眼目也。釋迦大日總シテ十方諸佛は法華經より出生し給へり。故に今能生を以て本尊とする也。」『本尊問答鈔』(同遺文、一五七四―一五七五頁)
「法華經は佛にまさらせ給フ事、星と月とともしびと日とのごとし。」『窪尼御前御返事』(同遺文、一六四五頁)
「法華經と申スは三世十方の諸佛の父母也。めのとなり。主にてましましけるぞや。」『上野殿母尼御前御返事』(同遺文、一八一四頁)
「諸佛の御本尊とし給フ法華經を以て七日祈リしかば、白鳥壇上に飛ヒ來る。」『上野殿母尼御前御返事』(同遺文、一八一五頁)以上。
(10) 河口前掲書、七七頁
(11) 同書、七七―七八頁
(12) 「佛本尊」と思われる御書を列記すると、「佛には釋迦牟尼佛於本尊と定メぬれば自然仁不孝乃罪脱がれ、法華經於信シぬれば不慮に謗法の科於脱のがれたり。」『善無畏抄』(昭和定本日蓮聖人遺文、四一二頁)
「大覺世尊は我等が尊主也、先ツ御本尊と定むべし。」『善無畏三蔵抄』(同遺文、四六七頁)
「此土の一切衆生生死を厭ひ、御本尊を崇めんとおぼしめさば、必ス先ツ釋尊を木畫の像に顯して御本尊と定めさせ給ヒて、其後力おはしまさば、彌陀等の他佛にも及フべし。」『善無畏三蔵抄』(同遺文、四六九頁)
「小菴には釋尊を本尊とし一切經を安置したり云云」『神國王御書』(同遺文、八九二頁)
「日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釋尊を本尊とすべし」『報恩抄』(同遺文、一二四八頁)以上。
(13) 河口前掲書、七九―八一頁
※本稿は、平成八年十一月九日、身延山大学において開催された第四十九回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものである。
