日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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 教団研究セミナー

  新宗教と既成教団の違い
   〜伝統教団の長所を見直そう〜

松本修明
(西山本門寺東京布教所主管)

 今、ご紹介いただきました松本修明でございます。今日は、レジュメをお配りしてあると思いますが、初めに私の宗教体験をお話をさせていただき、その後で新興教団と伝統宗門の両方の体験を通して、あらためて伝統宗門の方向などについて、感じていることをお話しさせていただきたいと考えております。
     私の宗教体験
    (1)創価学会入会
 私が創価学会に入りましたのは、大学生の頃で高校時代の友人に勧められたのが初めです。そのころは全く宗教には無知でした。私の家も実は日蓮宗でした。友人に「本山はどこか」と聞かれて、「身延山だ」と答えたら、友人は「そうじゃない、大石寺が本当だ」と言われました。彼の話を確認するすべもなく、彼のいうままに入信をしたのが実情でございます。
 そのときは、宗教のことよりも、とにかく勧めてくれた彼の熱意に影響を受けました。大変な熱意をもって何度も何度も来て話をしてくれるので、だんだんそのペースにはまっていったのが実情でございます。もう一つは、友人の体験を聞かされたり、友人の姿を見て影響を受けました。高校時代は共に大学進学を目指したのですが、彼は家庭の事情で進学できなくなりました。
 その後、非常にすねた人生をはみだした生き方をしていた彼が大変にまじめになって私の前にあらわれたので、大変な魅力というか不思議なものを感じました。今私は冷静な立場ですから整理してこんな話ができるのですが、そのときは、彼の熱意に引きずられるままに入会したというのが実状だったと思います。
    (2)組織内部の疑問
 ところが、組織の中に入っていろいろ活動しているうちに、いろんな問題にぶつかりましたので、幹部にならなければ本当のことは伝わってこないのではないか、幹部になればもっと本質的なことがわかるのではないかと思いまして、推薦されるままにだんだん組織の幹部になり、大学を卒業するころには創価学会の本部職員という立場で、「財団法人民主音楽協会」という音楽鑑賞団体の企画のセクションに配属になって、本部の組織の一員として活動しておりました。
 ところが幹部になればなるほど、本部に近づけば近づくほど、いろんな矛盾を感じるようになりました。それは、一つは「組織は絶対」、当時池田大作さんが会長ですが、「会長は絶対」、信仰の帰依の対象である「板曼荼羅が絶対」なのだと教えられるのです。
 ところが、この三つの絶対がだんだんに崩れていったことが、学会の虚構に目覚める原因になりました。
 今皆さん方の周りにいる方で、創価学会に熱心な人で、これらの疑問をもたない方は絶対に改宗は不可能です。当時組織が絶対だと思っていましたけれどもそうではない。組織の中でまじめに活動している人がしかるべき地位につくわけでもなく、要領のよい人とか、いいかげんな人がどんどん幹部になっていく。そしてその人の言うこととやることとがちがう、本音と建前が別々なのです。
 学会本部に行きましても、「本部の中だけの話」と、「信者さんに向ける話」と、「組織外に向ける話」と三段階に分かれているのです。こんな事がわかりますと、組織が絶対だなどというのはとても信じなくなります。ご承知のように創価学会とは、団結力が固いように見えますけれども、中は非常に権力指向が強く、まして今の名誉会長の池田大作さんは非常にコンプレックスの強い方ですので、自分を尊大に見せるためにさまざまなテクニックを使います。
 すでに山崎正友さんや原島嵩さんからお聞きになった方もいらっしゃると思いますが、彼の名前で書いたという書物はほとんどみんなゴーストライターが書いて、それを自分の名前で出すわけです。本部にそういう何人かのブレーンがおりまして、それがやっているわけです。私にもそういう仕事の仲間がいますからそういうこともわかりました。
 今でも池田大作さんの「へそから下の話」が裁判になっています。北海道の婦人部の幹部がてごめにされた話がございますが、ああいうことはあり得るのです。というのは、本部におりますと、本部の池田大作さんのいる建物を文化会館というのですが、そこを私たちは「大奥」というのです。なぜ「大奥」というかといいますと、夜九時になると男子職員は入れないのですが、女の人はフリーパスです。
 我々は行かれないのです。警備の人間が入れない。そういうのを見まして、組織に対する疑問がだんだんわいてきました。池田大作会長は絶対だと教えられたけれども、絶対でないと気付きました。ある友人の目撃談ですが、会合のときに池田さんがピアノを引いてみせたのですが、裏に回ってみたら自動ピアノだったというのです。自分は手をこうやっているだけだというのです。そういうことをやる人です。そういうのが耳に入ってきますから、「組織」も「池田大作」さんも絶対でなくなりました。
 残るのは「板曼荼羅」です。「板曼荼羅」だけ絶対であれば、創価学会という組織を離れて信者の道を歩もうと思ったわけでございます。それで、「板曼荼羅」は本当なのだろうかと思って調べたのです。これは今でこそこんな気楽に話せますが、当時としてはそれこそ「罰を受けるかもしれない」、「寿命が縮むのではないか」と思って、非常な緊張感の中で、最初に正宗の文献を調べたわけです。
 ところが日蓮正宗の文献のどこを調べても、本物だという確定的な証拠はないのです。現実に輸送班という仕事をやっていまして、毎月本山に行って「板曼荼羅」の一、二メートル手前で手を合わせますから、曼荼羅の相貌は何となくわかります。「日蓮が魂を墨にそめ流して書きて候ぞ」のその文字は削りとって、くりぬき文字に金箔をほどこしてあるのですが、どうも信じられなくなりました。
 結論は正宗の文献でも本物だという証拠はない。それこそ当時は邪宗だ、謗法だといわれていた日蓮門下各派の文献をどんどん読むようになりました。それを見れば見るほど、調べれば調べるほど本物でないということがはっきりしてきました。
 そこで、こんなところにいたのでは大変なことになる。これは人のことを「泥棒だ」と言って、気がついたら自分が泥棒だったと同じだ。ということに気がつきました。創価学会に入って、いずれ天下をとって、みんなを驚かしてやろうと思って、気がついたら自分が驚いたわけで、全く「創価学会」ではなくて、「そうか、がっかり」だったという当時の心境でございました。
    (3)学会との決別・宗門との決別
 ではどうしようかと思ったときに、一つは自分がやめればよいと。ところが自分がやめただけでは、今まで自分が言ってきたことは何か後ろめたいのです。これはいかんと思って、今でいえば罪障消滅なのですが、何とか自分が過去に言ってきたことは、間違いだったということを多くの人に言わなければいけない。個人的に自分が教化した方には、それなりの話をしてももうそのころはだめなのです。もう向こうの方が熱心になっていて、「おまえ、何いうか」になってしまってとても話にならない。
 そこで、法律的に何とかできないだろうかと思いまして、ある弁護士に「板曼荼羅が偽物で、みんなをだましてすみません」という詫び状を創価学会から取りたいのだと相談したのですが、「そんなことは法律的に出来ない」、「被害のあった人が被害を救済する」という以外に法律の場にはなじまないと言われ、それでいろんな資料を整理しているうちに、たまたま正本堂という建物を建立したときの寄付金の領収書がありまして、ではこれを使おうと、弁護士が気がついてくれて、「この寄付金を返せ」ということにすればよいということになりました。
 ところが、裁判を起こすときには、お金を集めてから七年過ぎていますので、「詐欺罪」が成り立たないのです。そこで、「要素の錯誤」という方法をとろうということになりました。私はそのころまだ学会本部に在籍したままで、そういう中で隠して、隠して準備を進めました。
 そのときは共同通信の斉藤茂さんという記者がいろいろ応援をしてくれました。今その方は退職しておりますが、いろんな方とコンタクトをしていろいろ資料を集めてくれました。そのころ皆さん方の先輩の現宗研の所長でありました中濃教篤上人などにも連絡をとって、いろいろ情報を提供してもらい裁判の準備を致しました。
 現職のまま学会を相手に裁判を起こし、翌日出勤していったのですが、ものすごくスリルでした。それこそ日本の八割ぐらいの新聞に、創価学会の現職の大幹部が、創価学会を相手に訴訟を起こしたというので、非常に話題になって、新聞でもテレビでも盛んに報道されました。本部は信濃町ですから、JR信濃町駅に降りて職場に向かうと、あそこは創価学会の町と同じです。いらした方はわかると思うのですが、「創価学会通り」といわれるぐらい、当時は我々に言わせると自分の家の廊下を歩いているようなものです。
 そこを歩きだすと、私の顔を見ると、みんなフワッと水がはけるようにどいてしまうのです。しようがない、私は道の真ん中を一人でポツポツ歩いていた。仲間が前にいるから「おい」と声をかけると、仲間はワッとどくのです。それで職場に着きますと、職場でもみんな構えてしまって寄ってこないのです。だけど内心は殺されるかと思いました。そして口もきかないし何も話しかけてくる人はいない。遠まきにしているだけです。
 私をたずねて電話がジャンジャン鳴るのですが、「いません」といって全部交換で切られる。たまたま友達や同僚とか上司にちょっと話があると呼ばれて行くと、「なんで裁判なんか起こすのだ。まっちゃん(ぼくは松本といいますから)、池田先生がおまえを刺せといえば、おれは今でも刺すぞ」と、それをとっかえひっかえやられるのです。あれはまさに恐怖です。それでも三カ月頑張ったのです。これはもう死にものぐるいでした。
 そのときに私は願をかけて、たばこをやめたのです。それで帰りもみんなが心配して、明るいところを通れとか、暗いところを歩くなとか、夜は外へ出るなとか言われましたが、家に帰ってくると夜中までいやがらせの電話、脅迫の電話、無言電話が毎日かかる。家には石を投げこまれるし、玄関には死んだ猫をぶらさげられたり、車のタイヤには穴をあけられるし、まあひどいものでした。
 でもこれも自分がやりかけたことだから仕方がないということで、しばらく勤めを続けたのですが、職場に行っても仕事がないです。全部取り上げられましたから。とにかく三カ月たちましたら、そしたら向こう側から「創価学会を除名する」という話があった。除名するかしないかというときに、今の創価学会の会長の秋谷さんが個人的に会いたいといって話がありまして、聖教新聞社の地下室の応接間にいって話を致しました。
 彼が旅に行ったわけでもないのにコートを着て、アタッシュケースをもってるのです。その中に盗聴器が入っているのです。それを彼はぼくにこっそり教えてくれ、話し声もトーンを落とし向こうも小さい声で、秋谷さんはぼくをかわいがってくれましたので、「私にまかせないか」と言われたのですけれども、「公の場に出してしまったし、私の個人の問題ではないからそれができない。あなたとは議論したくないから、北条浩(当時ナンバー2)さんでもだれでもいいから他の人を出してほしい」といったのですが、秋谷さんは「それは今の私には返事ができない」と言われて、「それじゃ仕方がないな」と答えると、非常に寂しそうな顔をしておられました。
 それで翌日、「創価学会除名」と新聞に発表になりました。弁護士のところに行って、「もうそろそろ出勤するのがきついから、まだ行かなければだめでしょうかね」と話したのです。そうしたら「まだ行っていろ」というわけです。それで頑張っていたら職場をくびになる。職場をくびになると行き場所がないです。
 そのころになったら今度は大石寺の方から、創価学会を除名になった人を近づけてはいけない。創価学会を除名になった、板曼荼羅に不信を抱くような輩は「宗門除名」だといって新聞に載ったのです。宗門も除名になりました。それでそれを近づけるといけないということで、私のところに「本当のことを教えてくれ」といって来ていた人たちがみんな潮が引くように去りました。全くの一人になってしまったわけです。
 そのころになって、ようやく弁護士に、「もう行かなくてもよいだろう」といわれました。又もう行ける状態ではなかったです。それで職場を首になったわけですから、「不当解雇だ」ということで裁判を起こして、職場に通うことをやめました。
 当時の私は、本部職員で民音の中の企画部の職員であり、創価学会の役職は理事、教学部では教授でした。創価学会の教授というのは、今は制度や名前がずいぶん変わってしまいましたけれども、私が教学部で教授になったときは三十歳前の時でして、そのころ三百万所帯といわれていたときのわずか百人ぐらいでした。
 当時の教学部の試験は大変でして、教授になるには論文は毎年書かなくてはいけないし、教授になっても試験がありまして、試験の範囲は創価学会の出版物全部です。だから面接のときは御書をもってきて、どこかパッと開いて、試験官が「この御書に何が書いてあるか」、「要旨は何だ」、「文証を何か一つあげろ」、そんなことを何回もやられるのです。池田大作さんの書いた出版物は全部読んでいなければいけないという始末で、これは大変なものでした。日寛教学の大石寺の日寛の書いた書物なども『六巻抄』が一番のもとでしたが、それも全部です。相当厳しい勉強をさせられた記憶があります。
 そして自分の勉強だけじゃなくて、それを人にどんどん教えていかなくてはならない。大勢集めて講義するためには、自分で学習もしなければならないし、中にいたら私ごとなど全くできませんでした。当時はそれが自分の使命だと思って喜んでやっていたわけですけれども、現実には全く青春時代はそういう日蓮教学に明け暮れていた状況でした。
    (4)伝統宗門に入る
 創価学会をおさらばした後、そのことを多くの人に知らせよう、本当のことを伝えていこうということで、いろんなところへ啓蒙活動に歩き回りました。そのときに在家のままでは本当のことを学ぶことができないと思いましたのが出家の動機でございます。
 そのときは「大日蓮宗」という現在日蓮宗の中に入りました宮崎に本山があった興門の一派ですが、その本山上行寺の当時の貫首の弟子になりました。それからいろいろ活動しているうちに、大日蓮宗は日蓮宗に入ってしまいますし、興門のことを教えてくれる老僧がだんだんなくなりました。西山本門寺も創価学会を相手に裁判をしておりまして、貫首とは旧知の間柄でしたので、西山本門寺が興門の正嫡だということがわかったものですから、そこで森本日正貫首の弟子にしていただき現在に至っている状況でございます。
 以上お話ししましたように、新興教団と伝統宗門の両方の経験があります。現在の日蓮宗の長老の方々に色々応援を受けました。もう亡くなりましたけれども、この会場の常円寺の先代の及川御前さんは私の祖父以来のおつきあいがありまして、非常にかわいがってもらいましたし、「大学に来い」とまで言っていただいたのですけれども、裁判の係争中だったものですから、ご辞退を致しました。身延のある方には、かつて在家教団をつくれば何でも相談にのるとまで言っていただいたのですけれども、それもやりませんでした。
 今考えてみますと、途中でだれかの行為に甘えていたら今の自分はなかったなと感じております。現在伝統宗門の中に入って、小さな教団ですが、小さな教団だけに貫首から直接師資相承を受けることができました。これが私の、宗教人生に大変にプラスになっているとつくづく感じております。
 創価学会との裁判は、一審では七年ぐらいかかり却下になりました。彼らの裁判のやり方は非常に巧妙でして、彼らの息のかかった裁判官があらわれるまで裁判を引き延ばすのです。そして彼らの息のかかった裁判官がでてくると、彼らの都合のいい判決がでるわけです。高等裁判所では、裁判官が提出資料を全部調べて、「事実を確認をしよう」と、「これはいろいろ問題があるから調べ直せ」ということで、一審に差し戻しの判決がでまして、勝ったわけです。
 今度は彼らが最高裁に上告しました。最高裁の小法廷には九人の裁判官がいるのですが、そのうちの五人の意見が通るわけですから、五人の彼らの息のかかった人間のくるまで延びました。一時かくれ創価学会員だといわれ法務大臣になった三ケ月明という方がおりましたが、彼がそのころ反創価学会の法廷闘争の中心的な指揮官でした。それで結局最高裁では「法廷闘争にはなじまない事件だ」ということで却下になったのです。
 これが私の二十代から四十代半ばぐらいまでの間の宗教体験でございます。
     新宗教と伝統宗門の相違
 次に私が伝統宗門に入ってからのお話をさせていただきます。新宗教と伝統宗門の相違がどんなところにあるかを、両方を体験した者として述べさせていただきたいと思います。
    (1)入会者の価値観の相違
 新宗教と伝統宗門の相違につきましては、いろんな見方がありますが、その相違の一つに入信あるいは入会する人たちの価値観があります。新宗教は、価値観の違う人を集めるといった方が適当かもしれません。それは新宗教に入る人たちは非常に即物的で、目に見える形で何かを得たいという人が多い。そういう点では他力的ともいえるのです。一方、伝統宗門の方は皆さんご承知のように、もっと内面的ですし、自力的な傾向の方が強いということがいえます。
    (2)布教方法の相違
 もう一つは、布教の方法が著しく違います。新興教団は、布教には伝統的な手法がありません。ですからどうやって人を集めるかというと経済理論なのです。つまりマーケティング理論なのです。皆さんの中に大学で経済学部で勉強された方がいればおわかりになると思うのですが、例えば街頭で布教している姿は「キャッチセールス」のパターンと同じです。
 あるいは最近電話布教というのがありますが、それは「電話セールス」そのものです。あるいは個別に布教します。これが大体中心的な活動ですが、これは「訪問販売」のテクニックと同じです。また大量に多くの人に呼びかける布教のやり方は、それこそ「デパートやスーパー」でもの売りをするときに一時的に呼びかけるパターンと同じです。文書の布教のやり方は「チラシセールス」と同じです。
 彼らには教義的な歴史的な基盤がありませんから平気でそういうことをやれます。まして今は社会科学の発達した時代ですから、こういうことが効を奏して人を集めて、また仲間が仲間を集めるという形がとれるわけです。
    (3)組織の大きさと四つの能力
 次に彼らの布教のパターンを解析するとき、あるいは伝統宗門で自分の位置と役割を解析するときに、参考になるような図式を書いてご説明をしたいと思います。
 x軸に組織の大きさをとります。右へいくほど組織が大きくなる。そしてy軸の方に最初に組織の「管理能力」を図示してみます(図−1)。組織が小さいときには組織の管理能力は少ない。ところがある段階まできまして急に組織が大きくなると、組織の管理能力が要求されます。
 次にもう一つこういうことを考えます。「実務の遂行能力」(図−2)の高さをy軸にとって、x軸に組織の大きさをとります。実務遂行能力というのは、例えば勤行をするとか、礼拝をするとか、ごく基礎的なことです。それは組織の小さいときとか入門したてのころ多く要求される能力ですが、組織が大きくなるとだんだん小さくなります。 もう一つは、「人間関係処理能力」の高さをy軸にとって、組織の大きさをx軸にとります。「人間関係処理能力」(図−3)というのは、人間関係を円滑に運ぶ能力です。これは組織が大きくなるある時期までは要求されるのですが、あるところから下がります。つまり、システムが作動し始めるからです。
 もう一つは、宗教団体とか思想団体だけにしかないことですけれども、「道念」(図−4)があります。「道念」は組織が大きくなることと比例して、直線的に大きくなります。組織の大きいほど組織を管理する人の「道念」の高さは要求されるのです。
 今は、組織の大きさと「組織管理能力」、「実務遂行能力」、「人間関係処理能力」、「道念」、この四種の能力と組織の大きさとの関係について、話をさせていただいたわけです。
    (4)地位の高さと四つの能力
 次に「地位の高さと、組織管理能力」(図−5)との関係はどうなるかというと、地位が高い人ほど管理能力を要求されます。それはわかりやすくいえば、宗門の要職にある人ほど組織の管理能力は要求されます。例えば一軒の寺院をとってみても、小さい寺院と大きな寺院では組織を管理するための能力は大きい方が要求が高くなります。
 それから次に「実務遂行能力と地位」(図−6)について考えてみると、これも地位が低いときの方が雑用で何でもやらなければならない。偉くなると御前様になって、お弟子さんが増えて、あまりやらなくなります。
 それからもう一つは、「人間関係処理能力と地位」(図−7)の関係を考えてみますと、ある地位までは人間関係処理能力が要求されますが、それが大きくなって雑事はみんな部下がやってくれますから、だんだん能力が要求されなくなります。
 ただ「道念」(図−8)は地位が高くなればなるほど要求されてきます。
    (5)四能力総合解析
 次に図−1から図−8を全部ひとまとめにします。x軸に組織の大きさをとります。y軸の方に地位の高さをとります。そうしますと、図−9のようになります。ここの三角の@の部分が「実務遂行能力」です。それから真ん中のAのところが「人間関係処理能力」の範囲です。Bが「組織管理能力」。Cの直線が「道念」。こういうふうになります。
 例えば全体を一〇〇とすると、一〇とか二〇とかのうち、例えば組織がこのくらいで、地位がこのくらいの人には、何の能力が一番要求されるかというと、組織管理能力は少し、実務遂行能力も少し、一番要求されるのは人間関係処理能力である。こういうことになります。これがどんどん組織が大きくなると、組織管理能力が一番要求されて、人間関係処理能力は少なくてすむ。
 この組織の最大がいくつかというのは、その集団によって違うのです。あるお寺は百軒の檀家がある。あるお寺は二百軒の檀家がある。そうすると百軒の檀家のときに要求される能力と、二百軒の檀家のときに要求される能力は違う。どの能力が一番大きいかということを判断する基準、一つの参考になるグラフです。
 これは私が、マーケティング理論を応用して考案してみたわけですが、何かお役にたてればありがたいと思っております。
 先ほど、新興教団が布教活動をするのは、全部マーケティングの理論だというお話しをしました。そのマーケティングで使われる考え方が、この組織の管理能力と人間関係処理能力と実務遂行能力の三つで解析をしていくわけでありまして、これを上手に使って新興教団は布教をやっていることがおわかりいただければと思います。
    (6)信者教育
 それからもう一つ例を申し上げますが、教育のしかた、組織の中で信者を育てていく方法です。新宗教のやり方は、最初は紹介者が初心の人を教育し、次の段階までくると、紹介者と幹部が共同で教育をし、初級幹部に育て、次に幹部が幹部を教育する。こういうシステムができあがっています。
 最初は紹介者が教育をする。これは「実務遂行能力」の段階です。行事に参加するときには誘う、朝晩勤行をする、の基礎的な勉強をする。そういったことを繰り返し紹介者が教育していきます。そしてだんだんに組織に慣れてきて、初級の幹部ぐらいになると、次は紹介者と幹部が一緒になって教育をします。「人間関係処理能力」の教育段階はこのレベルにあたります。次が中堅幹部以上になると、幹部が幹部を教育するというパターンになりまして、これは「組織管理能力」の教育です。
    (7)ランク別教材
 そして教義を教育していく場合には、明確にランク別に教材をつくっているということです。これは明確にしています。ランク別に教材が明確に分類されています。初級はどこまで、中級はどこまでと明確に教材を分けています。そして教育の機会を段階的に設定しています。初心の人は週に一回、中級になると月に二回、上級は毎週教育の場に臨むというふうに、教育の機会を段階的に設けています。
 そして教義の教育、思想の教育ですから、その教育をした結果を知るために試験制度を採用して、試験の結果の認定と権威づけを行います。これを一つの励みにしたり、あるいは競争心を起こさせたりして、信者の教育をしていくわけです。
 こういうことから考えてみますと、伝統宗門の教育の仕方は伝統的で形式的です。非常に穏やかです。こんなにシステマティックにはなっておりません。ですから信者が育たないし、育ちにくいのです。信者が育つための手助けになるさまざまな方法論がまだ確立されていないということがわかります。
     布教方法の違い
 次に布教方法の違いについてお話をいたします。布教する場合に、布教する当事者はどうなっているかといいますと、新興教団は幹部も布教者です。幹部もともに行動して同時に体験を踏まえて学習していきます。これが新興教団がエネルギッシュに行動するゆえんです。ご承知のように自宅におりますと、今でも「ものみの塔」の人たちがよくあらわれたり、街頭で新興宗教の人に声をかけられたりしますが、そのときは決して一人ではありません。必ずだれか一緒に行動しています。これが「幹部とともに行動して、同時体験を踏まえて学習をさせていく」という布教方法です。これが新興教団の特徴です。
 伝統宗門は布教はほとんど僧侶だけです。だから在家の信者さん檀家さんとの同一体験はあまりできません。それは新興教団と違いまして、いろんなことを住職はやらなければならない点であります。従って新興教団の布教のやり方は「マラソン競争」、伝統宗門は「ピクニック」であるという表現をしています。
 それはどういうことかといいますと、マラソンは目的地が決まっていて競争させます。そしてレースに臨むときは最小限度の装備をして、どうしようもなくなったときに中継地点でミネラルウオーターなどを補給するわけです。つまり最小限度の補給しかしない。そしてひたすら目的地に向かって走らされて、目的地に着いたときには精も根もつきはててしまう。
 最小限度の装備で行動を開始させるということは、伝統宗門みたいに教義的に詳しくいろんなことを教えないということでもあります。
 創価学会の例をとりますと、明日折伏に行く。相手は念仏宗の家だというと、「念仏無間」をさんざん教えこむわけです。それだけをもっていくのです。それだけです。それこそ最小の装備でそれだけで行くわけです。それで結論がでないと帰ってきます。マラソンの中継地点みたいなものです。
 そこで念仏の歴史が曇鸞、道綽、善導の系譜だとか、法然の系譜だとか親鸞の系譜だとか、またそこで必要最小限度の情報を提供する。またそれで相手の所に行きます。そうやって相手が入信して宗団の目的を達するまで徹底的にチェックして行動していくわけです。
 ですから仏教全体の流れの中でどうだとかという話ではなくて、即戦力になる、即使える最小限度の情報のみを提供する。それだけで動かすのです。それだけしかインプットされていませんから、他のことを聞かれると答えられないのです。
 ところが伝統宗門は、歴史とか教義とかお弁当をいっぱいもっていくわけです。しかもピクニックですから、あるときは乗り物に乗ったり歩いたり自由です。周りの景色を見たり、それこそお酒を飲んだり歓談をしたりのんびりしていますから、相手を教化するという点では布教の成果が端的に現れてこないというのが実情だと思います。
     題目総弘通の極意
 今までお話ししてきたことから大体想像がつくと思うのですが、とにかく新興教団は、社会科学的な、特に経済学的な方法論を上手に使っています。これが目に見えて結果がでてくる布教のテクニックということがいえると思います。今、日蓮宗だけではありません。法華宗もそうですが、伝統宗門が題目総弘通を取り上げております。さっき所長の方からもお話がありましたが、では題目総弘通するにはどうしたらよいかというと、私の体験から申しますと、各寺院に「在家の布教師」をつくればよいのです。各寺院で在家の布教師を養成して、宗門とか僧侶がその人たちを支えて応援してあげたら、布教活動は絶対に広がっていくのです。
 ではどうやって在家の布教師を育てるかということになると、いろんな問題があります。それから個々のお寺の事情もあります。それこそお寺の住職の能力の問題もでてくると思いますので、簡単にはいきませんが、原則論的には僧侶が布教するだけではとても無理です。「在家の信者さんが信者さんを教化していく」という形を作りあげていけば、布教活動は自然に流れていきます。そのためには、例えばよそのお寺の信者さんと仲良くなって自分のお寺に来なくなる人もでるかもしれません。そういうときに信者を取ったの取られたのと言わないで、全体的にそれを寛容に認めていくような体制ができないと、在家布教のエネルギーにはならないと思うのです。こういう点では伝統宗門の方が取り除かなければならない、今ふうな言い方をすると、規制緩和しなければならない問題があるのではないかと感じております。
    (1)日本文化は様式文化
 それからもう一つ、今度は伝統宗門の側からの体験を通してお話をさせていただきたいと思います。「日本の文化」はいわゆる「様式文化」です。「形式文化」といってもよいと思います。様式文化とは言葉をかえていえば、言語とか所作とか儀式とか、いわゆる伝統を守ることなのではないか。この中に布教は可能なのだ。こんなふうに感じております。
 伝統は人類の宝ですし、あこがれでもあります。また伝統は権威でもあります。伝統的なことは新興教団にとっては垂涎の的なのです。新興教団にはないものが全部伝統宗門にはあるわけで、欲をいったら伝統宗門のものは全部欲しいのです。そのくらい新興教団には何もありません。ですから中にいると気がつかないのですけれども、伝統宗門の歴史というものは非常に意味のあるものです。
 そのよい例が、在家の人が法要儀式のときによく素直に儀式の流れに従って行動します。僧侶がいかに無能であろうと若輩であろうと、みんな儀式のときはそれなりに従ってくれます。それは日本の伝統様式、つまり儀式だからです。ここのところが大事なのです。そういうことを繰り返しているうちにお互いが学習することができるわけです。ですから伝統的な化儀や化法を大事にすることが非常に大きな意味があるのです。
    (2)伝統的用語の使用
 例えば、言葉も伝統的な用語を使った方がよいのではないか。これは私の体験的な意見なので異論がある方もあるかと思うのですが、例えば「戒名」というときに、ある宗派では「法名」と言ったり「法号」と言ったり、いろんな言い方をしますが、ではどれが正しいのか。そういうようなこともきちんと整理をして、言葉を統一していく必要があるのではないか。つまり私たちの先師は何と言ったのだろう。
 つまり日蓮宗であれば、日蓮宗という宗団になる以前、あるいは興門流であれば本門宗と名乗る以前はどういう言葉を使って、どういうふうに伝えていったのだろうか。そういうふうなところまで吟味をして言葉を選ぶ必要があるのではないか。また「お通夜」といいますが、ところによっては「枕経」という言い方をします。枕経とは浄土真宗の言葉です。そういうことを平気で法華が使うことが、伝統的な日蓮教団のよさをなくしてしまうのではないか。
 在家の人が、信者さんが言います。どこの宗派のお寺に行っても坊さんの話があまり変わらないと。つまりこれはどういうことかというと、宗乗が薄れているのではないか。これは何宗でも共通した問題ではないかという気がするのです。この辺のところを考えますと、まず言葉を一つ一つもっと吟味していく必要があるのではないかと感じております。
 例えば日蓮聖人のことを、上行の再誕、後身、垂迹、応現、応生、応同といいます。一体どういう言葉が一番適しているのでしょうか。どういう言葉で表現することが日蓮聖人を正しく伝えることになるだろうか。こんなこともやはり考えてみる必要があるのではないかと思います。
 また私たちは、「御書」とか「御妙判」といいます。法要儀式のときに「御妙判何々抄にのたまわく」と言うのですが、ふだん話すときは、私たちは意外と「遺文」とか「御遺文」といいます。しかし、先師は「御書」とか「御妙判」といってきたのです。それをいつの時代からか「御遺文」と遺文に「御」をつけるようになりました。私たちが内輪で話をするときは「御書」でも「御妙判」でも通じます。
 ところが仏教界へ出て他宗派の人と話をするときには、自分の宗派の祖書だけを「御妙判」とか「御書」という言い方は横暴です。ですから私たちは内と外との言葉を使い分けていく必要があるのではないか。それを混同してはいけないのではないか。内輪で話すときにいくら「御」をつけても、祖師の書いたものを「遺文」という言い方は、何かちょっと先師の例には、反するのではないかという感じが致します。
    (3)布教の基本形は本門八品
 それから皆さん方は現宗研の方ですからあえて申し上げますが、「教化学」ということを最近は盛んにいいます。日蓮教団の中でも日蓮宗が一番そういう言葉を使うのですが、「教化学」という概念は本当に必要なのだろうか疑問に思うのです。それはどういうことかといいますと、私たち法華宗門というのは、成立の当初から自行化他です。自分が行じることと他を教化することを同位置で同レベルで考えてきた教団です。教化することだけを別に取り出して、それだけを何か学問的に別に分類して考えていくことは、本来の法華の方向とは違うのではないか。
 それから布教の方法論などは、法華経を読めば全部出ていることで、御書にもたびたび書かれております、布教の基本は本門八品がベースなのだと思います。最初は自分の考えや、行動や生き方に疑問を持たせる「これでいいのか?」と、これは涌出品の「動執生疑」です。こうして、自分に不信をいだいたり、疑いをもつような状況をつくってから、「断疑生信」の寿量品で法華の信心を説き入信していきます。そして「深信観成」の分別品に進み信心が高まって、随喜功徳品、法師功徳品と続き功徳の話があり、過去の不軽菩薩の話があり、そして神力・嘱類品へきて、法が付嘱されて伝わっていく化他行に進む。これが布教のプロセスです。
 現実に私たちが布教活動をしている中で感じますことは、現状の宗教的な問題、あるいは社会的な問題、生活の問題等で、「動執生疑」をもたない人はどんな話をしても入信しません。どんなよい話をしても彼らは受けつけません。ですからやはり「動執生疑」のような状況をつくってあげなければいけない。これが布教の理論の基本的な形で、これは法華経の涌出品から嘱累品までの間のプロセスを、現実の生活の中に、布教活動の中に生かせればそれで十分ではないかというふうに感じております。
    (4)教義の伝達だけでは布教ではない
 「布教」といいますと、「教義を伝達すること」というふうに考えている方々がおります。これは法華の教団のやり方ではありません。日蓮教団は「自行化他」です。浄土真宗は「自利利他」といいます。ところが他の教団には化他行はありません。ですから他の教団は布教するときにどうするかというと、教義を伝えることから始めるわけです。ところが日蓮教団はそんな中途半端なことはやってこなかった。教義を伝えるときには必ずついて来たものがあります。それは何かというと「情熱」です。日蓮教団は教義だけを伝えていかないで「教義を情熱にのせて伝えた」。だから燃えたのです。だから行動ができたのです。
 ですから私たちが法を伝えるときに、エネルギーがなければどんなうまい話をしたって、どんなよい話をしたって伝わらない。私たち自身が、日蓮聖人がどれだけ好きか、どれだけ燃えるか、これしかない。その中で話せば、たとえ話の内容がつたなくても伝わっていく。そしてそうすることによって、教義と体験を同時に入手することができると思うのです。
 ですから寺院の僧侶が「信心堅固」になると、檀信徒は必ず「信心堅固」な人が育ちます。道念堅固でなければ、教義をいくら伝えても行動の原理にはなりません。単なる知識で終わってしまいます。
    (5)新宗教は一過性
 新興教団は、そういう点ではそれこそ麻薬を打ったみたいに興奮させるのです。この辺が非常に上手です。しかしそれは一過性です。新宗教そのものも所詮一過性のものだというふうにとらえるべきだと思います。ですから新宗教に対して、伝統宗門は過敏に反応する必要はないのではないかと思います。流行を追えば流行の餌食になるだけです。
 流行の最大の敵が伝統です。伝統の中に私たちがいるのですから、伝統の中から流れをつくりだせばよいのであって、流行に振り回される必要はないのではないか。それよりももっと基礎的な部分で、情報を集め、分析し、資料をつくっていく必要があるのではないかと感じております。
     伝統宗門の新宗教対策
    (1)化儀化法の確立
 では伝統宗門は、新興宗教に対してどんな対策をたてたらよいのだろうか。これは私自身の問題でもあるのですが、まず第一に「化儀化法を確立する必要がある」と思っております。荘厳な伝統的な行事の復活をすることが大事で略式は避けることです。今は時間の制約がありまして、いろんな宗教行事がどんどん略式になりました。略式を続けることは、「略式の略式」が生じます。すると本来のものとは全く異質のものができあがってしまって、所詮「あってもなくてもよい」ようになってしまいます。時間がかかっても大変でも、古義古式を復活することが伝統宗門にとっては非常に大きな使命だろうと感じております。
 日本の様式文化は伝統を大事にすることです。今日本の中で、様式文化を踏襲しているところは、「宮中」と「神社」と「お寺」だけです。いってみればこの三箇所ぐらいしか日本の伝統文化が残っているところがありません。ここがきちんと伝統を守ることは、日本文化の保護にもつながることになります。私たちは自分の宗乗を流布するという以外に、日本人として、日本の伝統文化を守るという重要な役目と立場にあるわけです。「化儀はできるだけ略式をやらない。」これが伝統宗門が新宗教に対する最大の武器ではないかと私は感じております。
 長い法要儀式をやりますと、檀家さんや信者さんたちは足をもそもそして、長い長いと文句を言ったりします。ところが外にいきますと、よその簡単な略式の儀式を見ると、「うちのお上人はきついけれどもちゃんとやるぞ」と自慢しているのです。これが檀信徒にとっての誇りでもあります。そういう意味では、やはり世情に迎合しないで、頑張らなければいけないのではないか、こんなふうに感じております。
    (2)教判の再学習
 それからもう一つ伝統宗門がやらなければならないのは、「教判の再学習」です。教相判釈を明確にもう一度学習しなおす必要があると考えています。特に「御書」と「三大部」の学習が非常に重要な気がします。しかも三大部を勉強するときは、天台学をやるのではなくて、天台学と同時に「台当異目」、つまり天台と当家の違いということを明確にする必要があると感じております。特に「約部釈」をやる必要があると思うのです。それは私たちが学校で習うことは、天台学を習うときは時間の関係があるものですから、『四教儀』をやります。『西谷名目』はやりません。『西谷名目』をやらないと約部釈がでてきません。約部釈がでてこないと「与・奪の法門」がでてきません。これが他の宗教を分析・解析するときに、非常に貧弱になってしまう部分です。我々の先師はこういうことをきちんと学んできたわけですから、私たちも改めてそういうところに着目しなければいけないのではないかと感じています。
    (3)宗教分析
 それからもう一つは、「各宗教の分析と情報の収集」の問題がありますが、これは宗派別に資料を収集して、しかも長期的に担当を決めてやる必要があるのではないか。仏教あるいは類似仏教がいろいろありますけれども、どんな仏教も新興宗教は鎌倉仏教を超えた宗教はありません。そういう意味では、平安・鎌倉仏教の分析、あるいは資料の収集を長期的にきちんとやることが、新しく生まれてきた宗教を明確に判断する材料になる。こういう地道な作業をしなければいけないのではないかというふうに感じております。
 これができるのは日蓮宗しかありません。他の日蓮教団は非常に貧弱な組織と数少ない寺院で成り立っています。まして私どもなどは単立教団ですから、そのための人材も資力も皆無に等しい状態です。そういう点では日蓮宗の「現代宗教研究所」という機関は、非常に意味がある場所なのだなと、思っております。たしか三十年前に「現宗研」ができたころは、既成仏教の中のリーダーシップをとっていました。そして皆さんの先輩のところにいろんな宗派の人が相談にきておりました。そういう先鞭をつけた組織だし、歴史がある組織です。どうか原点に立ち返って活動を広げていっていただきたいと思います。
 また創価学会の分析については、私が今さら申し上げるほどのことはないのではないかというふうに感じています。それは私が創価学会と裁判を始め、裁判が終わって十年たっています。ですから私はイエスタディズです。今創価学会と対決しているホヤホヤの人にお話をお聞きになった方が、現在の創価学会の情報はたくさん入ってくると思います。
 また創価学会とか日蓮正宗とか公明党とかの分析につきましては、「現代宗教研究所」は三十年の歴史があります。それこそ中濃教篤所長の時代の理論は今でも通用します。最近では石川教張上人が講演されたレジュメを見る機会がありまして、それを見て思ったのですが、あれだけ克明に分析して解析していれば、他の人が何か口をはさむ理由などは必要はない。あれを克明に内容を吟味すればあれで十分社会的に通用する理論になっている、そんなふうに私は感じております。
 ただ、もし私が創価学会や正宗の問題でお役に立てる点があるとすれば二つだと思っております。一つは彼らがどういう場に臨んだとき、どんな考えをするか。これは体験をした者しかわからない答えがある。それからもう一つは、興門教学の上から彼らを教義的に分析するとどうなるか。これは同門の者として解析できます。この二つの点はお役に立てる部分だと思いますが、実際に社会的な問題、あるいは政治的な問題等については、皆さん方の方がはるかに優秀な方がいらっしゃると自覚しております。
     新宗教解析の一例
    (1)終末思想の概念
 それから質問がありましたので、その回答の意味も含めて整理をさせていただいたものです。今オウム真理教以来、「終末思想」ということがいわれました。この点についての回答をさせていただきます。
 「終末」という概念は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通な概念で、出典はヨハネの『黙示録』の言葉でございます。内容が地球最後の日という意味でありまして、そのときは死者がよみがえって、神の前に引き出され、最後に天使から審判を受ける。生前の行いによって信者は天国へ、不信の者は地獄にふり分けられる。そのときに救世主が出てきて、救世主の教えを信じれば天国に行けるという内容でございます。
 仏教で「終末思想」といえるかどうか、類似の表現は伝教大師の書いた『末法灯明記』の中に、「仏教には正法、像法、末法という時代がある。その最後の時代が末法で、末法は闘諍堅固で白法隠没の時代だ。そのときには大白法が流布して、流布する指導者もでてくる」ということが明かされているわけです。
 このことをもとにしまして、「西洋宗教の終末」と「末法思想を最初にとらえた浄土教」と、それから我々の「本化の仏教」の立場ではどうなのかということを整理してみたのがその最初の表−1です。これは横に見ていただくとわかるのですが、最初に「時代観の相違」を挙げました。
 ここで「西洋宗教」と申しますのは、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教のことです。彼等は地球の始めと終わりがあるという時代観念です。「浄土教」ではこの世とあの世ということで厭世観をもっております。それから「本化の仏教」では私たちは無始無終でございます。
 この時代感覚は、「与」えていえば類似の用語ではありますが、「奪」っていえば全く別の概念です。つまり時代観では終末思想と本化の仏教とは合わない、同列には論じられないということがわかります。
 また、終末のときにあらわれる「救済の教え」はどんなものか、それが次の段に書いてあります。「西洋宗教」では、最後の審判のときにあらわれる教えは、従前の教えそのままです。救済の方法もそのままでいわゆる信じるか信じないかだけです。「浄土教」では、現世では救われないのであきらめて、来世の西方浄土を求めるというパターンです。ところが「本化の仏教」では、現在・過去・未来の三世に渡って救済されるという理論です。
 「与」えていえば救済の法が存在するという点では同類かもしれませんが、「奪」っていえば救済の教法の質が全然違う。だからこれも同時に論じることはできないと判断できます。
 また「救済の主」末世に出現する救済の主体者はだれかということになりますが、「西洋の宗教」では、神と神さまの代理人であるメシアです。「浄土教」では、この世で救済する人はいないので、来世の阿弥陀さまにひたすらすがるしかない。「本化の仏教」では、久遠の本仏の代理人であるところの本化の上行が末法では救済の主になります。
 「与」えていえば救済の主がいるということは類似しているけれども、「奪」っていえば救済の主の質が全然違う。以上終末思想の概念と本化仏教とをごちゃごちゃにして論じることは、内容を混乱させるだけです。つまり「与・奪の法門」をしっかり論じていなければ、それは「麁法」である。両方きちんと整理をして論じることが「妙法」なのだとこんな整理をしてみました。
    (2)メシア思想の概念
 次の表−2は、今の終末思想に関係がありますメシア、いわゆる「救世主」の概念について整理した表です。「西洋宗教」においては終末のときに出現する人です。「浄土教」に説かれている救世主は、今世ではなくて来世に救済の主となる阿弥陀如来です。「法華経」におきましては末法の救世主は本化上行・日蓮聖人です。
 この表は日蓮聖人の教判である五義判(教・機・時・国・序)で、この三つの宗教概念を整理したものです。これは縦に見ていただきたいのですが、五義判ですから、教・機・時・国・序の順番になっています。「教を知る」という立場で整理してみますと、「西洋宗教」は、信じれば天国、謗ずれば地獄にいく。「浄土教」では、信じた人が浄土、誹謗した人が地獄にいく。「本化仏教」では、信じても誹謗しても共に霊山浄土に応現、応化することができる。
 こうやって考えてみますと、西洋宗教と浄土教、これはa)b)c)で分けてありますが、a)とb)は共通した概念、ところがc)は全く別ということになります。
 次の「機を知る」機根について考えてみますと、機根は救済される方と救済する方と二つに分けることができます。これは能機と所機というふうに整理してあります。「西洋宗教」では、救う方は救世主です。救われる方は救世主を信じた人だけです。「浄土教」につきましては、阿弥陀さまが救世主で、それは阿弥陀を信じた人のみです。ところが「本化仏教」は、上行応現の救世主に対して、誹謗した人も信じた人も、共に救われるという概念です。こうやってみますと、a)とb)、西洋宗教と浄土教は似ているけれども、本化の仏教は違うということがわかります。
 それからメシアがあらわれる、救世主があらわれる時期についてです。「時」と書いてあるのは、その「時」でありますが、その時は「西洋宗教」では終末ですが、その終末の時期が不明確です。いつが終末かわかりません。文献には載っていません。「浄土教」では末法ということがはっきりのっております。「本化仏教」でも末法という時代観は明確にされております。こうやって見ますと、縦に見てみるとa)だけが、西洋宗教だけが違いますが、浄土教と本化仏教は、同位であることがわかります。
 次にメシアによって「救われていく場所」です。救われる人が住んでいる場所と救われる「国」ですが、これは「西洋宗教」では救われてたどり着くところは天国、救われる当事者の住んでいるところは娑婆です。「浄土教」でも救われていくところは西方浄土であって、救われる人は穢土、娑婆であります。ところが「本化仏教」は娑婆即浄土です。こうやって考えてみますと、西洋宗教と浄土教は類似しておりますが、本化仏教は別であります。
 次に「序知判」、つまり教法の広まる前後の状況です。これを比較してみますと、「西洋宗教」では世情が不安定なときのことを末世といいます。いつだか時代的にはっきりしたものはありません。「浄土教」では白法隠没・後五百歳ということは明らかであります。「本化仏教」でも白法隠没ということが明確に文献に残っております。こうやってみますと、「西洋宗教」は別ですけれども、b)とc)はいわゆる「浄土教」と「本化仏教」は、類似、共通な表現であるとういことはいえます。
 次にこの表を横に見てみますと、「西洋宗教」というのは、「能機(救済主)」が劫国名号不明というふうに私は簡単に書きました。これは救済する人、救済してくれる人がどこでどんな修行をしてどういう名前の人かはっきりしていない。仏教ではこれは架空の話になってしまう。それはなぜかというと、西洋宗教は六道の宗教だからというふうに私は見ております。六道宗教というのは、西洋宗教が六道を説いているわけではありません。西洋宗教はいってみれば天国と地獄と娑婆しか説いておりませんから、三道しか説いていないのですが、理想郷が天国ですので、便宜的にこういう表現をしたわけです。
 それから次に「浄土教」は「能機」が娑婆と無縁ということです。つまり救済をしてくれる人が娑婆に縁のない人、西方浄土の当主でございます。浄土教はご承知のように名目だけは十界をとなえる仏教でございます。それにひきかえて「本化仏教」は、能・所の基本が一つです。救済する方とされる方の各々に仏性があるという考え方です。これは十界互具の仏教だからこういうことができるわけです。
 こうやってみますと、メシアの概念は、救済者という点では日蓮聖人もキリストも同じだなどという乱暴な理論は論じる必要はないのではないか。もっと丁寧に明確に論じることができるのではないか。これは日蓮聖人の教判をきちんと整理することによってこういうことが云えると考えております。
    (3)法華教団と他教団の弁別
 時間がだいぶ過ぎてしまいましたが、もう一つだけお話をさせていただきます。それは私たちが新興教団を解析するときに大事なことは、その教団が「法華経あるいはお題目を流布する教団」なのか、あるいは「そうでない教団」なのか、この弁別を明確にする必要があると思っております。
 特に「五義判」を明確にする必要があります。そして五義判の中の教知判の中の「三種教相」、「五重相対」、それに私たちは「五重三段」といいますが、日蓮宗の「四種三段」、これらが含まれるということをまず整理をしておく必要があると思います。
 もう一つは、『玄義』巻一下に書いてありますけれども、「若し余経を弘むるに、教相を明らめざる義に於いては、傷むことなし」、つまり法華経以外を広めるときは、教相が明らかでなくてもいいのだ。つまり部分真理を説いても大丈夫だということです。もう一つは、「若し法華経を弘むるに、教相を明さざれば、文義欠くること有り」、つまり法華教団は教相をはっきりしなければ、思想的に欠陥が生じるということです。
 新興教団を分析するときに、お題目を広める教団とそうでない教団を明確に整理した上で、分析をして解析をして情報提供していかなければいけない。特に法華経を広めない教団のことを、『止観』では外道という大ざっぱな言い方をしますが、その外道も「仏法外の外道」と、「附仏法成の外道」と、「学仏法の外道」があるのだ。これは法華不説の大乗教も大きな意味で言えば、外道に配当できるのだという理論です。こういう点もよく整理をしてみる必要があると思います(表−3)。
 そして特に「三種教相」の「根性の融不融」の段階、その部分だけで法華仏教以外の宗教は分析することができます(表−4)。それが下に書いてある部分です。特に「約部釈」の「与・奪の法門」が非常に意味があるということです。「与」とは、そこに書いてありますが、「初後仏慧円頓義斎」という概念です。これは爾前経と法華経と、説かれている仏の智慧という概念が共通なのだという考えです。これだと弁別ができません、批判ができません。「奪」とは「細人麁人二倶犯過、従過辺説、但名麁人」と、これも『玄義』の言葉ですけれども、「細人」とは華厳経のことです。「麁人」とは阿含、方等、般若のことですが、この二つは過去の過ちを引きずっている。それは爾前経だ、これは麁なのだ、粗い教えなのだというふうに、法華と法華以外の宗教をはっきりと弁別するのが「奪」という立場です。こういうことを明確にしておかないと、新興教団の解析は不可能だと感じております。
 次は「開会」のことですが、これは読んでいただくとそのとおりですが、「諸水入海同一鹹味 諸智入如真智失本名字」とは、海の中に水が入ってきますと、みんな同じ塩味になってしまう。そのときにはどこの川の水というような川の名前はなくなってしまうのだという意味です(表−4)。
 もう一つ書いてあるのは、「総別論」と「通別論」の違いです。この「総別論」と「通別論」の混乱が現在の思想混乱の根源にあるのではないかと感じております(表−5)。
 総別論とは「総は別を総じ、別は総を別する」、「通別論」は「一往同通再応差別」、という考え方です。時間がないので読むだけで失礼します。
    (4)部分引用の危険性
 次に『涅槃経』に書いてあることです。「幸福の科学」の大川隆法が創価学会を批判して、そのときに創価学会と全く同じ論法を使っているのです。そのことがいかに愚かなものかということを、『涅槃経』を引用しました。大事なところは、「この経を抄掠して分って多分と作し、能く正法の色・香・美味を滅す」とあります。この「抄」とは文章という意味と、部分的に奪うという意味があります。「掠」は掠奪の掠です。
 つまりお経の文の中から都合のよいところだけ取り出してきて、勝手にそれを組み合わせたりして、もとの味をなくしてしまい、それだけではなく、その後にいろんなものをつけ足したりして、ありがたみをますのだけれども、実際には大事なものがなくなってしまうのだ(註)。
 よく私たちは「切り文」でものを判断したり批判したりしてはいけないといいます。創価学会は「日蓮本仏論」、「板曼荼羅絶対論」を唱えるときに、「聖人御難事」という御書の中の一部分だけ取り出してきて、「余は二十七年なり」だから、この板曼荼羅は絶対だという言い方をします。あとを見ないようにします。つまりこういう自分の都合のよいところだけ切り出したり、あるいはそれをつぎはぎしたりすることの非合理性をこの経に明かしております。
 そして後半にはそのたとえを、「牛乳を売っている女の人が、それを牛の乳だといって水をまぜて売っている」。実際に、新潟県で似たような話がありましたけれども、これと同じことを創価学会がやって、自分たちの理論をこじつけてきたわけです。
 もとは、大石寺の二十六世の日寛がやったことですけれども、これと同じことを大川隆法に創価学会の出版物の部分的なところだけきりばりされて批判されています。そのとき、たまたま彼らは、創価学会のもとは日蓮聖人だからといって、日蓮聖人の批判までしているのですけれども、彼らは「附仏法成の外道」の範囲ですから、日蓮教団と同じような批判をしなくてもよいと思っております。
    (5)出家の訓戒
 次に、私が師匠から受けたロイです。私たち出家が日常活動の中でどういう点で自分たちの生き方を律していかなければいけないかということの参考に教えられたことを書いたわけです。
 一番は「在家は財施、出家は法施なり。布施なき経は読むべからず、布施なき法は説くべからず」。ここまでは信者さんに結構しゃべっている人がいるのですが、この後が問題です。「財施応分の法施無き僧は、無限に悪業を積むと知るべし」、ですから私たちは、お布施をいただくときは、それに応分の法施をしなければだめだ。そうしないと地獄に落ちるというふうに戒めるのです。
 二番目は「体の字は礼に訓ず」とありますが、これは『玄義』の言葉です。「体の字は礼に訓ず。礼は法なり。各々その親を親とし、各々その子を子とし、君臣節に赴く。若し礼なくんば則ち法に非ず。出世の法体も亦復是の如し」と、いわゆる「礼楽先にはせて真道後にたつ」、妙楽はそういう言い方をしました。つまり法を広めることは「礼」を伝えることなのだ。「礼」を重んじなければならないということを非常に厳しくいわれました。ですから、「儀式は三宝に対する礼だから丁寧にやるのだ。略式はできるだけするな。」と教えられました。
 三番目は、「世法にて諸事を判ずるは下僧なり。国法にて諸事を判ずるは中僧なり。仏法にて諸事を判ずるは上僧なり。情量にて諸事を判ずるは下の下なり。当家沙門は化儀・化法にて諸事を判ずべし」といわれています。「情量」とは「世情」です。情の世界で物事を判断してしまうのは下の下だ。ですから、あの人に頼まれたからとか、しかたがないからというのは、下の下に属するのかもしれません。いわゆる化儀・化法で諸事を判断しろといわれております。
 あとは『涅槃経』の文書ですが、仏教の四種の規範です。これは「法によって人によらざれ」の話です。これは皆さんご承知のことと思います。
 次に、出家には「悪欲」と「大欲」と「欲欲」というのがある。これをきちんと整理しなければいけないといわれているところです。これは時間がありませんので省略させていただきます。
 少々補足させていただきたいことがあります。今創価学会の御用学者とか、御用ジャーナリストといいますか、ある人がヘーゲルの哲学をふりかざしております。創価学会がヘーゲルの哲学をふりかざすようになったのは池田大作さんがトインビーと会ったときに、話の中で、彼独特のはったりをかまして「仏教哲学はすごいのだ」といったら、トインビーが、「仏教のことはよくわからないけれども、西洋にも優秀な哲学があるのだ、それはヘーゲルの哲学だ」といったのです。それで彼はびっくりしちゃったのです。それ以来ヘーゲルのことをいうと驚くと思ってヘーゲルの話をするのですが、ヘーゲルの哲学の弁証法の基本は、「正・反・合」。「テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ」というこの三つですが、これは一つの意見と、それに全く反対意見とある。それをどちらにもよらないで、何となく結論をだそうという考え方でありまして、「内在する矛盾を相互否定し、克服し、止揚する」ことを言います。これは一見もっともらしく聞こえるのですけれども、「与」えていえば「中庸論」です。「白と黒」といったときに、「白でも黒でもない灰色だ」というのですから、これは「中庸論」です。それで「奪」っていえば「詭弁」です。仏教の「三即一」の理論などと比べたら全く問題になりません。
 私も経験したことですけれども、東洋哲学をやった人は、西洋哲学に対して何となくコンプレックスがあるのです。そこで私も慶応大学に学士入学し哲学と心理学を勉強したのです。ところが西洋哲学の人は、東洋哲学のことを知らなくても全然コンプレックスはありません。彼らはエリート意識が強いのです。西洋哲学の方がすぐれていると思っているのです。
 ところが西洋哲学で一番優秀だ、すばらしいといわれるヘーゲルの哲学でも「中庸論」です、あるいは「詭弁論」です。ですからやってみればわかるように大したことはないのです。「唯物論」だって空・仮・中の三諦論でいえば仮諦論のほんの一部分です。「唯心論」だって空・仮・中の空諦論のほんの一部分です。「実存哲学」だって中諦論の中のほんの一部分です。比較思想や比較哲学をやってみますと、これが如実にわかるのです。
 むしろ西洋哲学を学習することで、逆に東洋哲学のすばらしさを知ることができます。天台の「三大部」を勉強することが日蓮聖人のすごさを自覚する道にもなります。そういう点では関心のある方はヘーゲルの勉強をしていただきたいと思うわけです。とにかく創価学会がヘーゲルをふりまわしているのは、その程度の内容なのだ、この辺のことはご理解いただければよいのではないかと思っています。
 それからもう一つは、「瞑想」が今ブームです。皆様方の前で、講演をやったことがある、池谷君という元創価学会青年部の方がおりました。彼も今は私塾を開いて盛んに瞑想をやっています。ところが瞑想について、いろんな人たちがいろんなことを話しています。お医者さんまで瞑想を売りものにして本を出してベストセラーになっています。
 ところが瞑想のことを論じるには、「唯識論」を明確にやっておく必要があると思うのです。ですから『八宗綱要』をやって法相宗の勉強をした人は、もちろんその中で唯識をやるわけですから、それで十分だと思うのですが、八識論を明確にしておけば、「小乗経は六識」だということがわかります。「大乗経が八識」だということもわかります。そして「法華経は九識」だということがわかります。
 ところが法華の九識には「迹化の九識」の概念と、「本化の九識」の概念がありまして、これが「台当異目」ですが、この辺を明確にしておくとお題目をどう唱えたらいいのかということが明確にでてきます。そのためには『次第禅門』とか『六妙門』とか『止観』をやる必要があるのですが、こういうことはそこにいらっしゃる影山先生が研究されていますので、そちらからお聞きになった方がよいと思います。
 真言では瞑想については「十識論」だといいます。いんちきの十識論です。所詮八識を超えることはできていないのですが、言葉だけ十項目並べて十識といいます。そういう唯識論の唯識の中で、八識論を私たちは明確に知っていれば、瞑想の問題で質問がでたときや、瞑想の問題に対する明確な答えができるのではないか。そういう意味で、私の体験を通してですが、若干つけ加えさせていただきました。

 註 ● 涅槃経第九「我涅槃の後、正法未だ滅せず。余の八十年爾の時に是の経閻浮提に於いて、当に広く流布すべし。是の時に当に諸々の悪比丘有るべし。この経を抄掠して分って多分と作し、能く正法の色・香・美味を滅す。これ諸の悪人、復是の如き経典を読誦と雖も、如来秘密の要義を滅除し、世間荘厳の文を安置し、無義の語を飾り、前を抄って後に著け、後を抄って前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。当に知るべし、是の如き諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり。
 乃至、譬えば、牧牛女の多く水を乳に加うるが如く、諸の悪比丘も亦復是の如し、雑うるに世語を以てし、錯りて是の経を定む。多くの衆生をして正説、正写、正取、尊重、賛嘆、供養、恭敬することを得ざらしむ。是の悪比丘は利養の為の故に是の経を広宣流布すること能わず。分ち流すべき所少なく、云うに足らず、彼の貧窮の女人展転して乳を売るに、乃至粥と成して、乳味無きが如し。…」

 ※本稿は平成八年三月十二日、東京都新宿区常圓寺にて開催された公開講座教団研究セミナーにて講演されたものを筆録したものです。






















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