日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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寺院調査プロジェクト「都市寺院調査」
「札幌市寺院調査」
大都市における本宗寺院の現状と
  新たな開教布教の可能性をさぐる

T 札幌市の宗教状況
 この調査報告書は、平成5年3月、寺院調査プロジェクトの調査活動において、本宗寺院、札幌市内の新宗教、他の宗教団体、葬儀社、霊園業者等の訪問調査をKJ法にてまとめた報告である。
 以下、いくつかの項目を示しそれに沿って報告を進めていくことにする。1.大切なのは伝統的布教方法
月回向などの伝統的布教方法を地道に努力し、寺族の協力があれば檀信徒教化はでき、新宗教への入信などの心配はない。
 日蓮宗教団が従来より守ってきた伝統的な布教方法、特にこの札幌市周辺の特徴として顕著である「月回向」の重要性と寺族の協力といった寺院体制が重要であり、現状では新宗教などの社会問題も充分に対応できる。
 「月回向を行って人間関係を保持している為、新宗教に入信する心配はない。その意味で決して檀信徒の宗教意識が低いとは言えない。」
 このように、「月回向」という布教方法の定着が寺檀関係における人間関係の保持に効力を発している。またこの「月回向」の背景には、「祖先崇拝」という日本人の宗教観がその基盤をなしていると言えよう。さらに、布教者の基本姿勢として、
 「布教者自身が教義を信ずることと地道な努力が布教活動を拡大する大切な柱だ。」
と、布教者の率先した行動力の重要性が指摘されている。
 このような布教方法の基盤として、「寺族」の存在が重要視されている。つまり、「これからの寺院運営などは、檀信徒の負担を少なくする為に、寺庭婦人など寺族が協力して行っていくべきだと考えている。」 と指摘し、寺族全員における布教体制の確立こそが重要であると示している。このような檀信徒とのコミュニケーションの中において、教線拡張のきっかけを得ると共に、教化活動の定着化を目的としているのが伺える。
2.伝統も大切だが、求められているのは現代社会への対応
現在の伝統的な布教方法は有効である。しかしその一方で、変化する社会に即し新たな対応で信徒を増やしていくべきだ。
 前項の伝統的布教方法を肯定支持していながらも、流動する社会現象への対応をも合わせて考えていかなくてはならないという指摘がある。
 「一般の人達が伝統的な葬儀の形式や、お骨に対する拘りがある以上、僧侶の側がそれを大切にして形造っていけば、布教活動に不安はない。」
 「檀家になるきっかけである通夜説教、葬儀、ことに修法による布教活動により、基盤を確立していくことが大切である。」
 これは先に示した通り、伝統的布教方法の特徴が指摘されている。つまり、札幌市周辺では「通夜説教」という布教方法が重んじられ、さらに修法による祈祷が重要な方法として位置付けられているようである。
 「通夜説教」は、檀信徒はもとより、他宗派の人々への教化方法として大変有効で、檀信徒の側も当然それを望んでいるという基盤がある。そしてさらに北海道の沿岸部は祈祷宗教が多いという指摘がある為、修法による布教は欠かせず、これら双方の布教方法を確実なものとしていくことが重要であると指摘される。
 一方でこの認識を踏まえて、「北海道の純粋で個人主義的な背景と、変化する社会環境に適応した布教方法を積極的に取り入れていけば、新寺建立も可能だ。」
との意見がある。さらには、「オリンピック開催などによる社会環境の変化に伴い、布教方法や形態が変化してきている。」 と指摘がある。これは同時に社会環境の変化を考慮して、布教活動の拡大が可能であろうという認識であろう。
3.布教活動に欠かせない組織と人材
信徒数増加などの布教活動を確立する為には、教団としての財政基盤や組織と共に、優秀な教師を教育する体制が不可欠である。
 「地域社会の様々な要望、悩みに応える苦労を惜しまず努力した結果が、教会設立につながった。今後もそうした声に応える為には、僧侶の人手不足、後継者不足を解消し、僧侶同志の協力体制が必要である。」
との指摘がある。また具体的には、寺院間はもとより、僧侶と密接な関係がある霊園業者から「僧侶の人手不足を解消する為に、連絡センターの設置と共に、弟子の育成に力を注ぐ必要がある。」 との意見があった。さらに、炭鉱閉山などによる檀信徒の移動に伴い苦労して新たな布教拠点を設けた教師からは、「先師の発願、檀信徒移住、尼僧寺など、小さな基盤から教会設立をしたなどの為、地域との交流、行事への参加など大変な苦労があった。」 という意見があった。これらを集約すれば、教団としての組織的協力体制への要望が伺える。
 次に、「カトリック神父の教育体制が実社会に即しているのに比べ、僧侶の方は専門教育が不充分で社会認識が低いなど、一般に質が悪いと葬儀社側に批判されている。」 との非常に厳しい意見がある。「最近の僧侶は社会認識が低く、それぞれの対応もバラバラという教義的混同が見られ、布施が高額な割りに儀式が省略されるなど、もっと真剣な姿勢がほしい。」 という切実な要望が示されている。これは「葬儀の規模があまり変わりないのに、布施の請求額に差がある。」 ことに葬儀社や遺族が混乱しているという状況にも伺える。
 また、僧侶の社会認識が低いという批判の要素として、「最近の僧侶は世襲化の為か厳しさが見られず、社会認識が低く腹の立つことが多い。」 という厳しい意見が見られた。これは僧侶が寺院を私物化しているという批判の現われであろう。人材育成問題にもからむ意見でもある。さらにまた、「通夜説教がへたで僧侶という立場に胡座をかいている。」 という具体的批判も見られた。
 以上のような葬儀社側からの批判と市民の「お寺との付き合いにはお金がかかる。」 といった声も謙虚に受けとめなければいけない。
 次は教団組織の問題への意見である。
 「信徒数増加の為には、きちっとした財政基盤と教団としての協力体制が必要であり、キリスト教などのような組織力が重要である。」。 これは、本宗とキリスト教の教団組織を比較対照し、組織の整備・強化の重要性を指摘した意見である。つまり、「信仰を媒体とした信徒数の拡大の為には、財政基盤が重要であり、プロテスタントでは各教会の運営は教団からの保証金によって保証される制度になっている。」。 ここで、キリスト教、中でもプロテスタントの保証金制度という財政制度の特色を挙げ、それに伴い、「信徒が増え、財政基盤が整った段階で牧師を迎えたり、建築物を造ったりといったシステムによって布教活動が拡大していった。」 との成果があったことが報告されている。また、プロテスタントの教団組織体制の特色として、
 「プロテスタントの教団の年間目標や行事などその年の教団総会において決定されるなど協力体制が積極的であり、他の宗教に対する対策もそれなりに考えている。」
といった意見が見られ、教団の横の繋がりの協調性と「統一教会」など他宗教との関わり合いなどの対策も教団内で確立されていることが伺える。わが宗門との比較対照として興味のある問題である。
4.成果を上げている新宗教の布教活動
佼成会、阿含宗では自らの教えに自身を持って、組織的で活発な布教を展開しており、若い人を中心に信徒を増加させている。
 「阿含宗では全国統一型の組織形態をとり、僧侶は儀式の専門職、布教運営は職員が中心となっている。」
 「阿含宗では墓地を聖地として1カ所に統一し、僧侶は儀式の専門職として、布教、運営はその場のリーダー的存在の職員が中心となって行っている。」
 このように、墓地の問題においては、地域性は関係がなく、全国統一的形態をとっており、儀式と布教の区別を明確化し、リーダー的存在の職員が布教活動に一律の責任をもって取り組んでいることが伺える。さらに、「プロテスタント、阿含宗の信徒は若い人が多い。」 という意見が見られるように、信徒の年齢層は新宗教の一般的傾向と同じく、若い年代が多いようである。さらにプロテスタント、阿含宗とも、サラリーマン世帯かつ、20〜40歳の特に女性の信者が多いという特徴を示している。さてその布教の内容、教義の問題は、「佼成会や阿含宗などは、拝み信仰ではなく心の問題として布教しており、若い信徒を中心に増加中と自信を持っている。」 と示している。また、先の信徒の年齢層の問題と関係し、その布教方法の特徴として、「佼成会は拝み信仰ではなく、法座や分かち合いなどで得られる心の問題において布教していく。」 と示している。さらに、「神秘的なニーズに応えるということよりも自分自身の努力が大切」とし、個人の努力や利益主義の打破等、既成宗教とは明らかに異なる布教方法を打ち出している。これによって、これからの若い人達を対象として信徒は増加していくであろうと分析し、自信となって表われていると思われるのである。
5.問題を含んだ業者主導の墓地運営と、
        業者・町内会が取りしきる葬儀事情
民間企業によって霊園、納骨堂が大規模に造られているが、その内部では稀薄な宗教性、行政との癒着等の問題がある。
札幌の葬儀は町内会館か斎場で行われ、町内会か葬儀社主導となって費用まで不必要に高めになることが多い。
 「民間業者が宗教法人の認証を受けて、霊園、納骨堂を大々的に経営しているケースがあるが、宗教活動という点で問題がある。」
と指摘されている。
「A霊堂は宗教法人となっているが布教活動は行われていない。しかし、管理運営面で参拝方法がサービスとして確立されている。」
 このA霊堂の場合、「宗教法人としての認証はされているが、営利性が強く、その収益が政界の選挙資金として流用されている噂もある。」 と指摘されている。儀式においては「僧侶を宗派別に契約し、行っているのが実状」のようで、その活動に宗教性は薄いと判断されているのであろう。「寺院墓地は認められず、納骨堂は反対運動や経費等で困難な為、資金力、販売力のある民間企業の大規模な霊園、納骨堂が造られることになってしまう。」 との意見がある。デパートなどでも納骨堂が販売されている実状や、行政指導による寺院墓地の不許可など、かなり複雑な内情が伺える。
 開拓地で伝統が無い土地柄の為に、葬儀は葬儀社が主導権を執ったり、町内会長が謝礼を受けて取りしきったりする習慣がある。こうしたことも都市化の進行とともに、稀薄な宗教性に拍車をかける結果となっている。
6.後継者不足のカトリック教団
カトリック教団は現在、求道者(=入信希望者)が減少し、後継者が不足していると同時に、他教団との関わりもなく、対策もしていないのが現状である。
 これはカトリック教団の切実な現状を物語る意見であり、後継者や求道者が減少すれば、おのずから組織的活動が不可能となることが指摘されている。
 1に見られる「伝統的布教方法」の重要性への認識の強さは、本宗に限らず、既成宗教全体の傾向であろうと考えられる。なかでもこの札幌市の「月回向」は、葬儀等によって発生した寺檀関係を継続されるものである。これは、寺檀の信頼関係保持に大変に有効であると考えられている。
 この認識を踏まえ、次の2では、「現代社会への対応の必要性」を指摘している。特に、北海道の地域性として開拓地という背景が存在する。この背景によって、人々(檀信徒の移住や交通機関の発達による生活環境の変化)に対応する為の布教方法を模索しなくてはならないであろうという認識である。また、北海道という開放的、西洋型個人主義的な地域性を有効に検討し、新寺の建立等の教線拡張への意欲が見受けられる。
 先の認識や意欲を受け、「組織と人材」の重要性を3において指摘しているのである。尼僧寺や後継者不足の寺院などの組織的対応や、これからの布教活動に不可欠な人材育成の問題が、切実な意見として認められる。また、僧侶の社会認識の低さ、僧侶の資質に対しての疑問点が、葬儀社・霊園業者から指摘されていることは重要な問題ではなかろうか。
 次に、4は、この組織力、人材育成で成果を上げている新宗教の布教活動の項目である。特に若い世代を対象としてこれからも信徒増加に自信を持っているという意見が見られることは、本宗との相違点を感じさせる。
 5の問題は、寺院を取り巻く民間業者、町内会等の関係におけるものであるが、ここでは葬儀が業者主導となることによって生じる利害関係の問題、さらに墓地行政とのかかわりなどが指摘されている。
 6はカトリック教団の後継者不足の問題であるが、これは本宗と共通する問題でもあり、既成化された組織の弱点とも言える。さらに、その他の項目に見られる信徒の年齢層の中高年化の問題も、既成教団の持つ現代的傾向として定着化しつつあり、これからの大きな課題として認識する必要がある。
U 日蓮宗の状況
1.アンケート
※アンケート集計およびその結果については、「現代宗教研究」第29号に中間報告として掲載。
2.座談会
 平成5年9月2日、顕本寺において、北海道西部日青会の有志十数人によって「都市開教の可能性と問題点」というテーマで座談会を行った。紙面の制約上、要旨のみを記し、報告とする。
 @月回向について
 北海道では月回向をすることが当然とされている。同時に月回向は乞食・托鉢の修行として一番重要視されている。寺院の法施に対し檀信徒が布施を行い、これが経済的な寺院維持につながる。また、寺檀のふれあいが月回向を通じて保たれている。月回向は寺院にとっては役僧の数によっては重荷となる場合もあるが、地道な布教が新宗教を排除することにもなる。一方で月回向をやめてしまうと檀家は他の寺院や宗派へ移ってしまうであろうとの不安感もある。
 A墓地問題について
 札幌では墓地と納骨堂の使用の比率が半々位である。市内には墓地が無い為、墓地を購入するには郊外の市営墓地になってしまう。一方、納骨堂が多く利用されている理由としては、いつ転勤するかわからない、息子の代になったらどうなるかわからない、予算的な面で利用しやすいなどが挙げられる。寺には墓地が無い為、納骨堂や位牌堂がなければ檀家の足が寺に向かなくなってしまう。
 B札幌における新宗教との関係
 札幌副都心では創価学会・PL教団・阿含宗などの宗教教団が布教の拠点を築いている。既成宗教は一般に長男だけを対象としており、檀家数にはあまり増減が無い。一方、新宗教は次男以下を対象としており増加の傾向にある。また、新宗教は組織的であり、一方寺院は独自性を外に出してしまい足並みが揃わないのが実状であり、このようなことも現状に影響を与えていると考えられる。
 新宗教を信仰している人は、最終的にはお寺に葬式の依頼をしてくることになる。こうなると既成宗教と新宗教の両方と付き合っていることになり、正規の信仰とはいえない。そして、我々僧侶も矛盾を抱えていることになる。
 Cセンター方式について
 札幌市以外の寺院の檀家が市内に移ってしまい、菩提寺としての完全な檀家指導・把握ができなくなってきている。また、自坊においての法務の繁雑さゆえ、教化をするにも時間の余裕がないのが実状である。この対策として都市単位でセンターを建て、センター所属の僧侶が教化を行う。センター所属の僧侶には、ある程度の生活が保証されており、自分の得意な部分を生かしていけるような環境を作る。そうすることにより、檀信徒の中から僧侶になる人が出てきて、役僧不足も解消される。財政的な部分は各寺院の檀家にセンターを自由に利用できる寺院所属カードを作り、月会費を収めてもらい、そのお金でセンターを運営する。新しい信徒が増えれば各寺院の檀家に加えていく。寺院所属カードで管理する為、檀家の取り合いが起こらないことも利点のひとつである。
V まとめ
 今回の第1次調査報告と所報第29号(平成7年3月発行済)に掲載した第2次調査報告を総括すると、札幌市での調査結果は以下のようになる。
1.既成教団と新宗教
 さまざまな新宗教教団が活発に布教活動を展開する大都市において、既成教団の布教形態との差は歴然としている。札幌市においてもそれは例外ではない。新宗教は組織的に活動し、シンプルで一貫した教義に自信を持ち、信徒が中心となって熱心に布教に当たっている。その対象は「家」ではなく「個人」であり、個々の悩みを聞きながら、慣習や土地の風習にとらわれることなく、信徒の自主性を尊重するかのように、たくみに教団の中に導き入れていく。そこには個人に対する制約の多い“伝統”というものはなく、どちらかと言うと未来思考の雰囲気があって、若者が多く集まり、その熱気がさらに相乗効果を生むという状況がある。
 流入人口、ことに若年人口が多く、人間関係が稀薄で伝統的な慣習の弱い大都市においては、こうした新宗教が発展する要件が整っているといえる。例えば、札幌市の立正佼成会ではピーク時1カ月で3000人の信者を増やし、現在でも出入りがあるものの1カ月1000人近い入信者があるという。
 一方、既成教団にとって、伝統に培われた教義・信仰を内部・外部ともに伝えていくことは容易なことではない。どうしても形式的な儀礼がその方法の中心となり、それゆえこの儀礼が地域社会の慣習と一体化することで、血縁や地縁による濃厚な人間関係を好む高齢者に受け入れられやすい状況を生んでいる。人々の側からすれば、葬儀等慣習や儀礼をきっかけとして出会うのが既成宗教ということであり、おのずとその信徒は高齢者が多いという結果につながっていく。
 葬儀を始めとして、人々が慣習や儀礼によって既成宗教との接点を持つということは、人々がこれらを否定しない限り、既成教団にとって特別な布教努力をしなくとも、檀家制度と相まって信徒の減少は形の上では見えてこない。儀礼を通して信仰心を起こすことも当然あるのだが、現実は日々の月回向など、せっかくの一対一で心通わす機会も、時間に追われてこれまた儀礼化してしまうということになりかねない。信仰心を起こすことを伝える儀礼が、信徒を寺に繋ぎ止めて置く方策になってしまってはいないだろうか。
2.都市開教の可能性
 一般に、僧侶は聖職者として尊敬されてきた。その理由は次の三点が考えられる。
  1修行を積んだ徳のある人格者として。
  2仏祖の教えを人々に伝え、先祖の精霊を人々に仲立ちする能力を持つ人として。
  3歴史的に権力の側に立った時代がある(その地における権力の代理人として)。
 しかし残念ながら、周知のように今や葬式仏教と揶揄されるなど、死者供養が中心の儀礼執行人と見られ、そこからは教義や僧侶の心が伝って来ないと受け止められている。他宗の例だが、近頃はその儀礼すらも満足に行えず、その主体は営利の業者に移りつつある。しかも僧侶の中にはそうした場での非常識な言動から、その人格すら疑われて見られるケースがあるという。
 我が宗門にあっては、教団として教線の拡大を唱えてはいるものの、その組織力は脆弱で具体的な力にはなっていない現実がある。その為もあってか、個々の教師は自らの寺院運営の方が優先すると考えざるを得ない状況といえる。地方から市内への寺院移転など、必要に迫られた一部寺院の開教活動はあるものの、その活動も時には様々な軋轢の中で宗内における調整機関もなく困難を強いられている例がある。
 こうした厳しい現実を内包している既成教団ではあっても、人々の宗教への関心そのものは決して低いとは言い切れないので、対応によっては都市開教の見通しは暗くはない。ことに日本人の宗教意識としては、祖先崇拝観念が強く、結果的に新宗教・キリスト教といえども、ここから離れ切れずにいる。札幌市民はこれまでの納骨堂志向から、墓地志向への変化などの傾向も顕著となっている。しかしそこには家中心から個人中心への意識の変化を見落としてはならない。
 こうした中で、伝統的な儀礼、墓制度といえども、その意義、機能をしっかり認識して、人々の心に訴えかける形に再構築してゆけば、精神的なゆとりの少ない都市社会で十分に通用すると考えられる。ことに進取の気風に富む北海道札幌の地でこそその可能性は高い。
3.求められる現代社会に対応した布教体系
 一般に血族意識の薄い都市生活者にとって、宗教的関心は先祖供養よりも、自らの生き方、心の在りようといった方向へ移っていくと考えられる。新宗教が好まれるのもここにあると前述した。その意味で、従来の教学の研鑚の上に現代社会を適切にとらえ、仏祖の教えを有効に伝える手段を具体的に作り上げることが急務といえる。
 例えば、葬儀等を契機とした人々との接点を効果的に利用して縁を作り、月回向で繋がりを強める現状の布教手段は効果的な方策と言える。しかしそれに忙殺されて、心の問題にまで踏み込めないでいることも否めない事実である。
 なれば、教えを聞いた信徒が先達となって、新たな信徒を獲得し、その中に若年層向けのプログラムも考えるなど、今後このような従来の布教方法を現代に適合させていくことが重要な課題といえる。その為には宗門として組織的な協力体制も不可欠であり、教団が機能する意味も出てくる。個々には法縁・寺・檀家といった伝統的な枠組みにいつまでもこだわっていたのでは、変化の激しい現代社会において本宗の将来展望は開けてくるであろうか。
 新たな開教の可能性を探ることをテーマに、札幌市調査の結果を二回に渡り報告してきたが、それによると宗教に対する人々の関心は低いものではなく、時代の変化に対応できないでいる既成教団の姿が浮き彫りにされ、大都市における既成教団の現状が厳しいものであることが見えてきた。札幌市ではこのような特徴が表われたが、他の都市ではどうなのであろうか。それは、今後の調査を待たなければならないが、いずれにしても宗門を取り巻く社会の現状を明らかにし、未来に向けての宗門・寺院・教師の指針を示すことができるようにしていきたいと考える次第である。
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