日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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所報第30号:45頁〜 教化学研究 ←前次→

  仏教教化学のすすめ
小室裕充
(真言宗智山派地蔵院住職)

はじめに
 ただいまご紹介にあずかりました小室でございます。真言宗智山派という宗派に属しております。埼玉県に鳩ヶ谷市という市がございます。ちょっとわかりにくいと思いますが、キューポラの町として有名な川口市のなかにある大変小さな市です。そこにある地蔵院というお寺の住職をさせていただいております。また、真言宗智山派の方に教化研究所がありまして、それとその後引き続き伝法院という同じような研究機関が残っておりますが、約十五年ほどそちらの方で研究活動をさせていただきました。現在はやめて、真言宗智山派の総本山智積院に、お坊さんを育成する智山専修学院という機関があり、そちらの方の一応講師ということでございます。また、一般大学の人たちが夏休みに同じように本山で二年間にわたって教学研修所に参加していただくことになるわけでして、それが一般大学に行っている人たちの教師資格をとる必須の授業になっているわけです。そちらの方の担当と、それから教区の講習会が春と秋と年に二回ほど開かれていまして、そちらの方で呼ばれてあちこち行って、主に教化に関する話をさせていただいております。
 私は日蓮宗の方々とは大変ご縁がございまして、こちらの現宗研の中濃先生にもいろいろとお導きいただき、ご指導を仰いだわけです。また今回交代されましたけれども、石川教張先生とも、学生のころからですから、もうだいぶ長く三十年近くいろいろご指導等いただいておりました。また先ほどもありましたように、私が智山派の教化研究所にいるときに、各宗の研究機関の交流会を開こうではないかと提案させていただき、私どもの真言宗智山派の教化研究所が中心になって年に一度集まり、各研究所がどんな研究をしているかという報告と、それから共通テーマを選びまして、それについて各宗の研究機関の方からそれぞれご報告をいただきまして、討議を重ねて、各研究所の研究の内容を充実させていこうということもやってまいりました。
 私は生まれは足立区で、現在は鳩ヶ谷市ですけれども、しかも農村部でして私たちが青年のころは私の寺もまだ田んぼの中のお寺だった。ちょうどそのころ、立正大学の学長をしていらっしゃいました渡辺宝陽先生のお寺とも近くて、うちの檀家さんも渡辺先生の近くにもありまして、田んぼの中のお寺の住職という形でスタートしたものですから、農民といいますか、農村問題とか、そういうものも若いときから教化を考える上でどうしても大事なポイントとして考えざるを得なかったという経過をもっているわけです。
 若干スタートが遅れましたので、予定としては一時間ちょっと問題提起をさせていただきまして、あとはなるべく皆様の方からいろんなご意見を出していただけたらいいのではないかと思っているわけです。


 与えられたテーマが「仏教教化学のすすめ」 私がこういう本を書いたのでそれでこういう話をしていただきたいというご要望があったのですが、ちょっと私の方の聞き違い等もありまして、一応レジュメとして皆さんのところにいっているのは「親しまれ期待される寺に」、サブタイトルに「地域改革と寺院改革」というテーマになっておりますが、主任の赤堀先生から電話がありまして、一番下の「仏教教化学の課題」をむしろ中心にして話してほしいというご助言をいただきました。したがって、このレジュメとはちょっと話が違ってくるかもしれませんが、その点ご了解をいただきたいと思っております。
 『仏教教化学のすすめ』(小室裕充著 渓水社)の目次につきましては、こういうパンフレットが皆さんのところにいっていると思いますから、目次の第一章から第五章まで見ていただけば、大体どんな内容かがおわかりいただけるのではないかと思います。
 本来からいえば、私みたいな浅学の者は仏教教化学の概論的なまとめをつくるほどの力があるわけはないのですが、出版元の渓水社というところから、最初は各宗派の教化学の研究が進んでおり、また教化に関する研究論文がたくさんあるから、それをまとめてくれないかという話でしたが、だんだんいろいろ考えていくうちに、出版社側の方も、そういうことよりは、小室流の、あなた独特の教化論をもっているから、それを思い切って出した方がかえっていいのではないかといわれまして、私もできれば勝手な小室流ですけれども、自分なりの教化概論みたいなものをつくりたいという考えがありましたから、そういう形でつくらせていただいたわけです。
 まず私自身、戦後としてスタートしたわけです。戦後五十年間の仏教、特に教化に関する研究の歩みをざっと見てみたいと思います。皆様もご存じのように、戦争中は皇道仏教ということで、仏教信仰そのものを主張することが非常に困難な中にありまして、とにかく国家神道のもとに許された範囲内における信仰しかもつことができなかったわけです。それが戦争が終わりますと、今度は一挙に方向転換をすることになりまして、要するに仏教ほど平和を望む宗教はないのだとか、仏教ほど民主的な宗教はないのだとか、仏教ほど科学的な論理に合う宗教はないのだということで、そういう主張が一ぺんにたくさん出てきたわけです。
 特に当時は、アメリカが日本にきまして、アメリカの文化の中心になっていたキリスト教文化といいますか、ヨーロッパ文化に象徴されるわけですが、日本の国家神道、特攻隊みたいな、神風みたいなああいうふうな画一的な、そしてまた非常に民族性の強い人を変えるにはキリスト教しかないのではないかということになって、キリスト教がドッと日本に入ってくるわけです。
 私たちが青年のころ、ところどころに教会が生まれてくる。今年はどこどこの町に教会ができたよ、今年はどこどこの町に教会ができたという話が、私たち学生の間でいつも語られていたわけです。皆様ご存じのようにララ物資といって、教会を通して日本の貧しい人たちに若干のものを与えるということをしましたから、キリスト教の信仰がなくても、教会へ行けばチョコレートか、ある程度の食べ物をもらえるものですから、子供たちも行くし、またバイブルも大量に持ち込んでこられまして、聖書がだれでももらえるということで、キリスト教が非常にさかんになりました。二、三十年たてば日本の人たちはほとんどキリスト教になってしまうのではないかというようなことまで言われる時代がありました。天皇家もそのうちにキリスト教に改宗するのではないか、神道ではやっていけなくなるのではないかといううわさが飛ぶほど、大きなキリスト教の流れがあったわけです。それが当時は一番大きな問題でした。どうやってキリスト教に対抗していくかということだったのです。
 それからもう一つは、ご存じのように農地解放です。これまでは地主階級としてある程度安定した生活ができたわけですけれども、農地解放によりましてほとんど寺が食えなくなってしまったのです。経済的な打撃が非常に大きくて、一体どうやってこれから寺を維持していくのかという、ある意味では近代において仏教の最大の問題にぶつかったわけです。
 そういう中で危機意識が非常にたくさんあったものですから、当然その当時の学生の間では、どうするのかが大きな問題になり、さかんに論じられたことが、今でもときどき出てきます。大体お坊さんが一番いけないのは妻帯するからだ。妻帯するからどうしても個人所有というか、自分のものという意識が生まれてくる。子供がいたり奥さんがいたのでは、思いきって教化活動もできないし、飛び回って歩くこともできず、しばられてしまう。だから、妻帯したことが仏教の頽廃の最大の原因だなどという意見が、当時はかなり真剣に語られていたわけです。
 多くの学生さんが何とかしなければいけないということで、寺院改革が叫ばれていました。その当時一番脚光を浴びていたのが、もう亡くなりましたけれども、友松圓諦先生の神田寺の説法による教化活動です。友松先生のところでは教会にまねまして、毎週日曜日に友松先生の法句経の法話がありまして、その後献金といって、袋が回ったり箱が回ったりして献金していただいて、その後、教会でもやっていますように、仏典研究会とか青年会や婦人会、子供会のようなものをやりまして、新しいお寺のあり方がさかんに叫ばれた時代がありました。
 当時は友松先生の教えを学んで、何とか寺を立て直していこうという人が全国にも大勢いました。神田寺では「教材通信」という月間の新聞を発行しており、これがいわば戦後の寺院教化論のスタートになったものです。今でも読ませていただくと大変学ぶところがたくさんありますし、いろいろ問題提起をされています。
 そういう時代だったわけですが、しかしその後、だんだん社会がある程度豊かになってきて経済が取り戻してくるわけです。そうしますと、危機意識をもっていた、キリスト教に対抗するとか、いろんな寺院のあり方などということも、ある面ではだんだん影が薄くなり、あまり論じられなくなってきたわけです。そのとき大きな問題として論ぜざるを得なくなってきたのが、例の創価学会です。昭和の三十年代の初めから後半にかけて急に伸びました。最初、創価学会の「墓地埋葬事件」というのが起こった。要するにお寺さんの方は、創価学会でお葬式したものを埋葬することはできないといったわけです。しかし、いや、墓地は、そこの宗派のお葬式をやらなくても埋葬するだけの権利をもっているのだ、法律的に認められているのだというので、「強行埋葬事件」が起きまして、これが大問題になったわけです。中には創価学会の方々がお寺さんにやってきて、お坊さんに法論をしかけている間に、学会の檀家さんがこっそり墓地に行って埋葬してしまって帰ってしまう。一度埋葬してしまったものを掘り返して返すのは大変なことで、事実上できないという状態がありました。あちこちのお寺さんへ創価学会の若い人たちが、多いところでは十人も十五人も押しかけていって、そして法論をする。法論といっても、ご存じのように創価学会の方が一方的にしゃべるわけです。お寺さんの方は何しろ一人に十五人で多勢に無勢ですから、それにいろんなことをしゃべってみても、とにかく常識に反するような、また日蓮宗さんは近いから特にそうだと思いますけれども、法華経の教えもどこかへとんでしまったような、お釈迦さまの教えとは全く関係ないようなことがたくさん出てきますから、お坊さんの方も正直にいうと、だんだんばかばかしくなってきて、しゃべらなくなってきてしまう。そうすると向こうは「勝った、勝った」とくるのです。それでそのお寺から引き上げて、近くの家へ行って、実はおれたち創価学会の者が今おまえの菩提寺に行って法論した。そしたらお坊さんは何も言えなくなってしまってだまってしまった。大勝利だ、大勝利だと、さかんに宣伝したわけです。大勝利宣言というのをやった。
 それが大きな問題として、これではお寺としても何とかしなければならないということで、新宗教研究会 そのころは新宗教ではなく、新興宗教とさかんにいっていたわけですが 新興宗教研究会というのがどこの宗派でも熱心に行われるようになり、新興宗教研究書がそのころたくさん出ていた。そういう時代があったわけです。
 それもだんだんある程度落ち着いてきて、またどんどんもとのように戻ってきて、大学が充実されてきますし、学生もふえてくる。また大学の仏教学を中心とした新しい教化のあり方が言われるようになってくる。しかし、結局どこの宗派でも子弟教育を即大学教育ということにほとんどなったわけです。現在は多少それぞれの大学の教育とは違った形での、われわれの方では実践仏教といっていますが、実践仏教とはお経を読むとか、塔婆を書くとか、簡単にいえばそういうことを兼ねますけれども、もうほとんどが大学の講義 大学の講義は実際上は本当は大学という制度のもとでの講義ですけれども をそのまま子弟教育に全部委任してしまったという形できたものですから、そこに一つの大きな問題点があるわけです。それは現在までずっと引き継いで、どこの宗派でもこれでいいのかということをさかんに言われているわけです。
 その中で当然出てくるのは、どうしても大学の講義は、簡単にいってしまうと学問教学ですから、学問の立場での教学ですから、それが寺へ戻っていって、さて何をしようかといったときにすぐ出てくるわけがないのです。出てこないのがあたり前の話なのです。ですからそこで寺へ戻って、寺でいざ何かやろうかなと思ったら何もできない、どうしていいかわからない。あまりにも檀家の人たちの考えていることとか、寺という檀家制度の中で、特に総代とか世話人さんとの関係でがんじがらめになった中で、何を言ったらいいかわからない。下手な布教法話をしていくと、たちまちぶつかったり批判されてしまって、とてもこれはなかなかできない、自信がもてないという問題がどこの宗派でも起こってくるわけです。
 そこで各宗派が研究機関を設けるようになったのです。皆さんの場合も現代宗教研究所が成立しました。私どももさっきいったように智山教化研究所ができましたし、曹洞宗も教化研修所ができましたし、その他いろんな宗派に研究機関ができたわけです。したがいまして研究機関の最大の目標は、いわゆる教学と教化の接点をどう結びあわせるか。教化のための教学をどう樹立するかということが中心になって研究されるようになってきたわけです。そうしますと大学でやっている研究スタイルと、研究機関で始めてきた研究スタイルとはまるで事情が変わってくるわけです。最初は大学の研究室の教授や助教授さんたちによって子弟教育が行われるようになりました。また一般教師の研修のときも、そういう先生方が大体講師になってこられたわけですけれども、それからだんだん各宗派に研究所ができますと、研究所の人たちが今度は子弟教育を担当するとか、あるいは一般教師のための講習会に講師として登場するという形になってきまして、大学のいわゆる仏教学と研究機関における教化学といいますか、仏教学というものの間に、だんだん違いが出てきたわけです。それは出てくるのが当然です。
 しかしそれがどういう形で違いが出てきたかを細かくやっていくと、大変時間が長くなるので削除させていただきますが、そういう中で結局出てきたのが、いわゆる教学、仏教学会とか、宗学会とかいろいろ学会がありましたが、そういうところで行っている教学大会とは別に、教化学大会を開こうではないかということになりました。最初は仏教応用学などということばも一時期ありましたが、仏教教化学大会と、両方並立してやらなければいけないのだということで、各宗派で、教学大会と教化学大会が開かれるようになっていったわけです。
 そしてさらに進んでいきますと、この研究所が行っている研究の場合は、どちらかというと、いわゆる一般の教師の方々、それから檀家の方々がどういう考え方をもっているのか、どういう意識をもっているのか、そこを出発点としなければいけないということで、特に一般教師の方、僧侶の方々からいろいろ意見を吸い上げて、新しい現代に沿った教学を立てていこうではないかということになりました。ですから、日蓮宗の現代宗教研究所さんの方も先駆的に教化研究会議を全国で開くわけです。最初は中央で開いていたものを今度は地方にいって、地方の声もどんどん聞こうではないかということで、研究大会を開いて、そしてどちらかというと、一般の教師・僧侶の方々の意見を吸い上げてくる。吸い上げてきた形で、それに対してどう対応するかという、そういうことを研究の基本にしようということになってくるわけです。
 私どもの真言宗智山派の場合も、伝法院になりましてから、地方でそれぞれ教化研修会、教化の研究会を開こうではないかということになり、今まではどちらかというと、こちらで一方的にテーマを決めて、こちらから講師がいってしゃべって帰ってくる。そういうやり方はもうまずいのではないか。各地方に行きまして、地方の人たちからどんなことを討議してほしいかということを調べて、アンケート調査をやって、いくつかのポイントをつくって、しかも問題を提起するのも研究機関の人が行って問題提起するのではなく、地方の何人かの方にやってもらうようにしようではないか。研究機関が行くのはただ単に司会をやる程度で、あとは何か聞きたいことがあったときに、特別に資料を提供するとか助言ができる程度にしようではないかということになりました。そして私ども智山派の場合も、それぞれの地域の方々に発題をしていただいて、それを討議してまとめる。まとめを担当するのがこちらの研究機関だと、こんなふうにだんだんなってきたわけです。私の方としても、講習会を開いても、研究会をやっても、皆さんが本音を出しあって議論をするのがなかなかうまく進まないのです。それでとにかく全員発言方式にしようということにしました。とにかく人数はあまり多くないわけですから、丸いテーブルを囲んで、もう先に言ってしまった人がいるから、同じ意見だからおれは発言しないというのではなくて、とにかく同じことでもいいから発言しようというので、必ず一人ずつみんな発言していただく。そこで出てきた問題を司会者が取り上げて、ではこれとこれについてもう一回ご意見下さいということで、またずっと一周りして意見を出していただいて、それをまとめていくという、全員発言方式という方法をとるようになりました。
 それから研究所の人たちが講師という形で頼まれていっても、こちらから一方的に話すのではなく、なるべくみなさんの意見を聞いていく。ですからこれからの研究機関の講師は、一方的にしゃべってくる講師ではなく、どんどん意見を聞いてきて、意見を出してもらって、それをどの程度まとめる能力があるかというのが講師の基本的任務ではないか。まとめのできる講師をつくっていかなければならないのではないか。こちらからある程度決まったものを、行って全部話ししてきて、「はい、さよなら」と帰るのではなくて、むしろどんどん意見を出してもらって、それをまとめられる講師を育てていかなければいけないのではないかということで、いろんな交流を深めるようになっていったわけです。これが一つの大きな流れとしてあるのではないかと思います。


 そういう中で各宗派も、今までは先ほどの友松圓諦先生のお話の中に出てきたように、とにかく法話が大事だと。とにかくお坊さんは葬式をやって法事をやっても何も話ししない。何も話ししなくてはだめだ。法話が大事だということをさかんに言われたわけです。その中で法話のできる人ということで、宗派によって名称は違いますが、布教師とか何とか称号がつくられるようになりました。そして布教師養成という形で、一般の教師の養成とはまた別の養成機関があって、法話のできる坊さんを育てていこうとしました。しかし、実際そんなあちこちから法話の依頼がくるわけではなく、結果からいいますと、実際上はお寺さんで集まる、私ども真言宗の場合ですと、お施餓鬼という行事が一番檀家さんが大勢集まる機会です。そのお施餓鬼のときに法話をしてもらおうということで、大体ここ十年ぐらいの間は、どこのお寺さんでもお施餓鬼のときには必ず布教師が来て、三十分なり一時間のご法話があるというふうに定着してきたわけです。
 そういうふうに法話を一生懸命始めたわけです。しかし何しろ来る教師によって、法話の内容が必ずしも全部ピタッと一致しているわけではない。すると檀家さんの方から質問が出てくる。去年来た方と今年来た方とはずいぶん意見が違うのです。どちらが本物なのですかと、こうなってくる。どちらかというと、宗祖のお話とか通仏教的なお話をしている間はそんなに違いはありませんが、布教師さんの中にはかなり年配の方がいますから、昔の方がよかったのだ、大体今みたいな平和憲法になって、教育基本法なんていうものができるから、ろくな教育ができないのだ、教育勅語がよいのだという人も出てきます。そうすると今度は新しくきた若いお坊さんは、とんでもない話だということになりますと、一体、では真言宗は教育勅語が正しいといっているのか、教育基本法が正しいといっているのかどっちなのだと、質問してきます。そこまではちょっとオーバーな言い方ですが、それは極端としましても、やはり法話のしかたにいろんなものが出てきますし、バラバラなことをしゃべる。これではしようがないではないかということになりまして、やはりどの布教師さんでも同じ話ができるし、それから個々の布教師さんが勝手にやるのではなく、宗派がなぜもっと積極的に教化活動を展開しないのかという意見が今度は宗団に向かって出てくるわけです。
 そして昭和三十年代後半から四十年代にかけて、各宗派でもって、いろんな名称はついておりますけれども、一宗の教化運動がダーッと起こってくるわけです。皆さんの場合は「護法運動」というのをやっていらっしゃるようですし、それから一番新しいのは、天台宗の「一隅をてらす運動」とか、あるいはこれは宗団でなく本山ですが、知恩院ですと「おてつぎ運動」、それから浄土真宗になりますと「同朋運動」とか、私の方では豊山派の「合掌運動」とか「光明真言運動」、あるいは私どもは「つくしあい運動」とか、いろんな一つの教化の理念をつくりまして、これについてやっていこうではないかといって、檀信徒手帳のようなものが出てくるわけです。これを読みながら、これでやっていけばみんな大体統一した話ができるようになるし、そして一宗の運動としてダーッと流れていくのではないかというので、一宗の教化運動がさかんに行われるようになってくるわけです。新宗教に負けない新しい一宗の教化運動のあり方はこれだと、ある時期にはそういうふうに考えられて、各宗派が熱心に行ってきているわけです。
 昨年、ご存じと思いますけれども、同朋運動の会は教化研究という形で、「同朋運動三十周年」という分厚い研究論文を出したわけです。これについて何か意見を述べてくれというので、「仏教タイムス」(平成六年九月二十五日付)に載った私の記事がありますけれども、日蓮宗さんの方もすばらしいいろんなまとめなどをつくられていると思います。そういう一宗の教化運動が非常に順調にいっている宗派もあれば、全くたちまちだめになってしまった宗派もあります。たちまちだめになった宗派として一番特徴的なのが、残念ながら私ども真言宗智山派の「つくしあい運動」です。「つくしあい運動」を始めたのですけれども、ほとんど運動らしい運動をしないうちに開店休業状態で、今はだれも「つくしあい」などということを言う人がいなくなってしまった。
 要するに、どちらかというと、これは伝統教団には多少あるのではないかと思うのです。とにかくそういう理念は確かに一応うちたてたのですけれども、どうも我々の伝統教団の弱さとは、理念はあるけれども組織論と運動論がないのです。どういう組織をするかという組織論と、それでは毎年毎年五カ年計画なり十カ年計画を立てて、運動論を展開していく。ではどうだったのかという展開に対する点検、つまり組織論と運動論の展開がなくて、単なる理念論になってしまっていますから、どうも一向に進まない。智山派の場合は全く典型的でして、ただ理念だけが先行していて、組織論も運動論も全くないわけです。運動としてスタートするわけにはいかず、それぞれのお寺さんが勝手にやっているという状態でした。そのうちにまたつくしあい理念に対して、ああでもない、こうでもないといろんな意見が出てきて収拾がつかなくなってしまい、実際上は今ほとんど開店休業状態ということで、そのままになってしまいました。それではそれに代わって何をするのかということまでも話が進まないような落ち込み状態が残念ながらわが宗派なのです。
 そういう各宗派における一宗教化運動を、もう一度この辺で、同朋運動さんが一番歴史が古いですが、皆さんそれぞれどこの宗派でも二十年、三十年という歴史をもっていますから、これを今それぞれの宗派でどんなふうな再点検、まとめができるのか、それで各宗派のものを見てどこに問題があるか、これが大事な一つの研究課題ではないかと思っているわけです。
 ところがそういう教化活動をやっていく中で、非常に大きな問題として出てきたのは、要するに、どうも現実が全然わかっていない。例えばお寺がどういう経済状態にあるのか、どういう家庭関係にあるのか、それからお寺さんがどういう問題を抱えているのかということで、やはりそういう寺院調査と、教師の意識調査をやっていかないと、要するに組織論、運動論にしても、問題をきちんと出すことができないのではないかということになりまして、四十年代の後半にかけて各宗派で総合調査、アンケート調査がダーッと始まってくる。日蓮宗さんもやっていますし、ほかの宗派もみんなやってきたわけです。
 そのうち最初はお寺と、教師だったのをもう少し広げようではないか。寺庭婦人についても調査してみよう、今度は檀信徒についても調査してみようではないかということになりまして、だんだん広がって、アンケート調査したものをそれぞれの研究機関が分析しまして、どうあるべきかということを出すようになりました。でも各宗派がみな出しっぱなしで、各宗派が出したものをまただれかがみんなで討議して、カチッとまとめるところまではまだ残念ながらいっていない状態ではないかと思います。日蓮宗さんが一番やっていますから、現代宗教研究所でやってもらうしか方法はないのではないかと思っています。ほかの宗派ではとてもやれそうもないのではないかと思っております。そういうことが一つのポイントになっていると思います。
 それからもう一つ大きな問題として出てきたのは、各宗派の一宗の教化運動が進められてきたこの十年か二十年の間に、どこの宗派もお祖師さまの御遠忌事業をやっています。私どもの方も「弘法大師一一五〇年御遠忌事業」とか、今、「興教大師さまの八五〇年御遠忌」とか、日蓮とか真宗とか、どこの宗派でもみんなこの二、三〇年の間に御遠忌事業をやってきました。ところが皆さんもお考えになったと思いますけれども、一宗がやっている教化運動とこの御遠忌のときの教化運動には、若干ニュアンスの違いがあるのです。本質的なことについては同じかもしれませんが、どうもニュアンスの違いがあるわけです。
 どうも我々の信仰は、私は三層構造と教化学の中で書いているわけですが、例えば真言宗でいいますと、大日如来が中心だと、真言宗はみんな大日、大日という。大日如来さまが中心ですと。そして今度はお大師さまは大師信仰だというのです。それに今度は祖先崇拝という先祖信仰がありますから、この三つなのです。どこの宗派でも大体似たりよったりです。どちらかというと、そういう如来とか菩薩信仰よりお祖師さま信仰の方が強いわけです。例えば一番極端ないい例をだせば、東本願寺さんに行ってごらんなさい。お堂を見比べてみれば歴然としているわけです。親鸞の祖師堂はものすごくでっかい。阿弥陀堂は小さいです。普通でいえば阿弥陀さまがでっかくて、親鸞さんのお堂の方が小さくてよさそうに思いますけれども、どこの宗派にいっても大体それに似たりよったりというわけです。
 ですから祖師信仰というものは非常に強いわけですから、一般の方々が、やはり檀信徒がもっている信仰はどちらかというと祖師信仰の方がはるかに強いです。特に真言宗などは典型的にいえます。大日如来などといっても一般の檀家さんは全然なんだかわけがわからない。もちろん教師でもわけがわからないのですから、一般の方がわかるわけがない。お大師さまといえばみんな、あ、お大師さまかと思います。だからこれは恥ずかしい話で、みっともない話ですけれども、最近は、政教分離の中で、要するに宗教教育が義務教育でもいろんな面でなくなってしまいましたから、非常に常識がないわけです。私どもの方では御遠忌事業のときに、弘法大師と空海を初めてくっつけて、「弘法大師空海」というようにしたのです。なぜかといえば、知らない人は弘法大師と空海とは別の人だと思っている人がいるのです。初めて弘法大師と空海とは同じ人かという人が、恥ずかしい話ですが、今から十年前、昭和五十九年に御遠忌事業をやったのですが、そのとき初めて一般の方々が弘法大師と空海とは同じですかというのです。空海と発音する人はまだいい方です。「空と海、これは何ですか」と(笑い)、そういう程度の理解しかなかったのです。弘法大師空海ということでやっとドッキングが成功した。ああそうですかということになった。これは冗談のように言っていますけれども、本当は冗談ではない。実際問題として本質的な問題なのです。
 ですからお大師さまの信仰は、結構私どもの宗派の中ではさかんに言われておりますけれども、従いまして御遠忌のときはもう大師信仰、大師信仰なのです。ところが一宗の教化運動のときは、大日如来、大日如来と言っているのです。
 それはどこで一体結びつくのか。理屈では結びつくけれども、信仰は理屈ではない。結局いろんな如来菩薩の中心が大日さまだからといってもそう簡単には続かないわけです。あれもこれも、これもあれもなどとそんないくつもいくつも変わったものをもちこまれても、それでは強い信仰心はわいてこない。ですからやはりそこに一体御遠忌事業でやられた教化運動と一宗の教化運動でやっている運動の理念と、また実際の運動によって培われてきた檀信徒の意識とか、檀信徒の考え方は、つながったのか、つながらないのか、別々なのかどうなのか、この問題がどこの宗派の研究機関でも残念ながらまだ十分にこなせているとは思われないのです。この点もやはりこれからの教化学の大事なポイントではないかと思っているわけです。


 そんなことをやっているうちに、やってみたけれどもなかなか思うようにいかないという疑問が各宗派で生まれてきて、教化学という面でやってきた人たちの間にもいろんな反省が生まれました。要するに我々普通、先祖崇拝、祖先崇拝みたいな形で、葬式、法事を専門にやっているわけですから、ほとんど我々の場合は、葬式、法事で実際上はお寺を維持し、食べてもいき、葬式、法事がほとんど私たちの実際の信仰活動の八〇%以上を占めているわけです。この問題を一体どうするのか。お祖師さまの信仰も結構ですし、大日如来さまの信仰もよいのですけれども、そこは一体どう結びつくのだ。何のために法事をやるのですか、四十九日はどういう意味なのですかというようなこともいろいろありまして、どうもその辺がつながらない。あんな年回法要なんて、あれは中国でつくられた偽経からきているのではないか、道教と結びついた偽経にすぎないから、あんなものをとりあげて云々することはけしからんという学者も少なくないわけです。大体お葬式を仏教教学とか仏教理論で説明しようとすること自体が間違っているのだという学者もいるわけです。それはそれで一般論としては成立すると思いますけれども、そういっている学者自身も、自分で一生懸命葬式、法事をやっているわけでしょう。一体それはどう説明するのだ。こんな無責任な話はないじゃないですか。いやこれは関係ないのだけれども、拝んでいるというようなことで一体通るのかという、切実な問題としてみんなかかえている問題があるわけです。
 これをどうするのかということがどこでも問題になってきて、特に曹洞宗の先生方の中では、要するにいわゆる我々が普通行って、お経をあげて、成仏したといわれているホトケさま 普通「仏」と書かないで「ホトケ」と書いていますけれども と、我々が言っている如来とか菩薩という仏とは、一体同じなのか違うのか、どうなっているのか。ただ檀家さんには同じように言って、何がなんだかさっぱりわからない状態でいるのではないか。その問題を一体どうするのだと。
 真宗は昔から塔婆もあげないし、要するに迷信的なものを一切廃して、親鸞の教え一本できたようなものですけれども、真宗だって実際上は、葬式、法事をやっていて、その説明は全然できていないじゃないか。一体それはどうするのだと、各宗派でそういういろんな運動をやりながら、またもう一度大きな問題が出てきたわけです。
 ここまでいかないから、一宗の教化運動をやってみても、ある程度までいくのだけれども、どうも最後は本当のドッキングができて、がっちりして、つながって、教師と檀信徒が一緒になることはなかなかできない。檀信徒に言わせれば、お坊さんが一生懸命言っていることだから、まあいいんじゃないですかというようなことになっている。教師の方に言わせれば、先祖崇拝だってやらなければならないし、これで収入を得ているので、これがなくなったら食っていけないのですから、一緒にやるしかない。何とはなしにおかしな形であります。それをどうするのか。そこをスタートにしていかなければ、教化学というのは一体成立するのかしないのかという問題まで出てきている状態があるわけです。
 そういうことがありまして、今改めていろいろな問題点を考え直していかなければいけないのではないかと思っています。ここの『現代信仰教学論』(地蔵院新書第7集 小室裕充著 真言宗智山派地蔵院)の中で(五三頁)、私は実に大学の先生に対して失礼なことをここでさかんにいっているのです。
 密教の現代化には八つの迷信がすみついてしまっている。
  1大学の学問教学によって現代化ができると考えている迷信
  2伝統教学がどのような役割を果たされてきたかということも提言できず、論議している迷信
  3近代史の中でどのような対応がなされてきたかも問わず、現代化ができるという迷信
  4即身成仏できるはずもないのに、即身成仏できると過信して現代化を問う迷信
  5現実を無視した教学で、信仰形勢も信仰実践もないのに、現代的信仰を語っているというふうに考えている迷信
  6教化の場で地道な活動をしている教師に耳をかさず、見下して現代化を問う迷信
  7信仰の問題は実践の問題であるのに、評論家スタイルで説く迷信
  8密教の現代化に現場で取り組み、地道な信仰活動の成果を無視してしまう迷信
こういう八つの迷信のもとで、大学なり一般の学者が、仏教の現代化をできないでいるのではないか。こんなひどいことを言っているのですけれども、けしからんといって真向から話し合いをしてくる学者がいないのは私にとって非常に残念だと思っています。
 そういうようなことで、大きな問題を抱えているわけですが、戦後行ってきたさまざまな教化運動を、ここでもう一度点検することではないかと思っております。


 そのほかに皆さんご存じのように、この新しい学問の世界として、宗教社会学とかいうようなものが、宗教的な社会的な面での研究も進んでおりますし、一時期はさかんでしたが、ちょっとここのところ下火になってきましたけれども、仏教福祉学会というものもできました。これも年報を出してきましたが、ちょっと今、残念ながら下火になっています。そういうものもあります。
 それからこれは特に日蓮宗さんの先駆的な役割で、おかげさまで成立したわけですけれども、近代仏教史学会というのができました。やはり何といっても仏教の現代化は、明治に入って百年以上たっているにもかかわらず、まだ一向にできているような、できていないような、中ぶらりんなあやふやな状態であるわけです。それはなぜかといえば、私は最大の原因はやはり近代仏教史研究をないがしろにしてきたことだろうと思います。したがって私も恥ずかしいけれども、近代仏教史研究という本を若干書いていますけれども、私が大正大学にいたころ、近代仏教史の研究をしたいと大正大学の先生のところに行ったら、「おまえそんなことをやる必要はない」というのです。どうしてやる必要がないのですかと聞きましたら、「近代の仏教とは全部堕落した仏教なのだ、堕落した仏教の中から出てくるものは何もないのだから、あんなものを研究してもしようがない」ということになるわけです。では何を研究するのですかというと、要するに、弘法大師さまの研究なり、あるいは真言宗でいうと、インドの大乗経典といわれている大日経、金剛頂経ということになってしまうのです。
 ですから、そんなことをいって申しわけないけれども、真言宗の場合にしても、大乗経典といわれている大日経と金剛頂経は、唯一の研究の課題みたいになっていて、とにかく弘法大師の時代よりもはるかに歴史を逆にいかないと、研究テーマが成り立たないというのです。全く不思議な話です。弘法大師の後どうなってきたのか、弘法大師の教えはどういうふうに現代までいろんな面で展開されたかという研究はほとんどないわけです。またそんなことをしようとした人たちもほとんどいないわけですから、全然つながらないわけです。弘法大師の時代にしても一二〇〇年前、大乗仏教に至っては、もう二〇〇〇年近く前のものを一挙にもってきても、それは全然かみあうわけはない。現代化などと言ってみてもなかなかできる情勢にはないわけです。
 そんなことで近代仏教史は非常に軽視されていた。本当はいかに堕落したものであろうと何であろうと、やはり近代の歴史の中に問題点があるわけですから、それをきちんと調べて、その上で一体どうするかという問題を出していかなければ、教化学というものも成立しないのではないかと思います。
 そういう中でいろんなことが展開されてきたわけですけれども、これは私どももそうですけれども、仏教教化学の中の三本の大きな教化テーマは、仏教の現代化といいますか、日蓮教学の現代化、これがどこの宗派にいってもやはり仏教教学の基本テーマの一番中心だと思うのです。
 それからいろいろ細かいことがたくさんありますけれども、やはり大事なことは、一つは私どもの方でもそうですけれども、教師像がやはり何だかはっきりしていない。子弟教育をやっていますけれども、ではどういう教師像、どういうお坊さん像があって、それに基づいてこういうカリキュラムが出てくるのですよという議論もほとんどなされたことがない。ときどき集まって議論はしていますが、そういうものはほとんどないのです。その教師像の場合は、ただこれまでの教師像ではなく、これからの二十一世紀を背負っていく教師像は一体何ですかと。教師像と同時に、そこはまた寺院像でもあるわけです。寺院像がはっきりしない。どういう寺院が最も望ましい寺院なのかについても、はっきりしたものが確立されていない。
 それからもう一つ大きなテーマとして三つ目にいえますのは、檀信徒像です。一体どういう檀信徒が一番望ましい檀信徒なのかということです。これもある程度それぞれ宗派で、例えば簡単な例としては、自分の宗派のご本尊さまは何だかわかるかとか、寺のご本尊は何かわかるかとか、自分の宗派の仏さまは何だとか、あるいは何とお称えするのだとか、自分の家の宗派は何ですとか、そんなことはやりましたけれども、それだけではないわけです。もっとさまざまな問題がいっぱいあるわけです。そういうものを含めて、どういう教師像を求めるのかというのもありますし、どういう寺庭婦人像を求めるのかということもあります。
 ちょっと話が離れますけれども、真言宗智山派で平成二年にやりました総合調査の中の「寺庭婦人編」というのがありました。これがとてもおもしろいのです。
 どんな結果が出てきたかといいますと、「あなたが夫である住職、教師に望むことは何ですか。次に掲げたものの中から五つ以内選んで丸をつけてください」。こうなっているわけです。圧倒的に多いのが、「家族だんらんの時間や旅行を考えてほしい」、これがトップです。その次が、「寺院運営について自分の意見や考えを聞いてほしい」ということです。次が「会話の時間をふやしてほしい」。その次が「子供のことなどについて真剣に考えてほしい」。これからいうと、お寺さんにおける夫婦関係というか、いかに住職がワンマンで、奥さんのことなど全然考えないで勝手にやっているかがわかります。寺の運営についても全然聞いてくれたこともなければ意見を求められたこともないし、子供のことも考えないし、家族だんらんなんて全然考えていない。その結果出てくるのは、「たばこを吸わないでください」、一七・八%。「酒を飲まないでほしい」、一〇・九%。こういう形で出てくるわけです。
 ですからお寺の住職についてみると、お寺の奥さんの住職の採点は大変厳しいです。その中でもこれがよくわからない。私もずいぶん悩んだのですけれども、「もっと仏教について学んでほしい」というのが一一・二%もあるのです。これが何かということが、これからの重要なテーマなのです。これは要するに、先ほどもお話ししましたように、大学では、確かに真言宗でいえば、そもそも大日如来とか大日経とか金剛頂経とか、そもそもお大師さまはという話を聞きます。しかし、例えば住職になって、いざ、四十九日だとか、あるいは火葬場に行ったら箸を二人で持ってお骨を入れる、あれは何なのですか。納棺の儀で遺体に三角頭巾帽をつけます。あの三角形はどういう意味なのですかと聞かれるわけです。つまりお寺の奥さん連中は、難しいことを全然質問されていないのです。もっと日常の葬式、儀式の中で行っているものに関して、お寺の奥さんたちは檀家さんからみんな質問を受けるわけです。すると我々は知りません。そんなことは大学でちっとも教わっていないし、どこでも聞いていないわけですからわからない。そういうと、今度は奥さんに言わせるとうちの住職は仏教について学んでいないから学んでほしいと、こういう答えが出てきているような感じがするのです。これは私の勝手な憶測ですけれども。
 そもそも仏教概論的なものは、確かにかなり勉強していますからわかっているのですが、いわゆる一般のお寺で行われている、どちらかというと民俗的な諸行事としてのいろんな寺の行事に関しては、我々はほとんどわからないし、解釈もできないし、説明もできない状態でいるから、そこで檀家さんとつながらないし、一番苦労しているのは真ん中に立っている奥さん連中ではないかという気がします。ちょっと話が飛んでしまいましたが、そんなこともあるわけです。
 そういうことを我々は教化論の中でもっと重要なテーマとしていかなければならないと思っております。


 時間がなくなりましたが、あと一つだけ話をさせていただきたいと思います。先ほどいいましたように、これは私の個人的な見解ですけれども、確かに法話が大事だ。そして法話を皆さんできるようになってきたわけです。そして先ほど言いましたように、お通夜とかご法事のときにご法話をする。それからお寺のいろんな年中行事のときにもご法話をする。それだけではだめだから今度は文書伝道にも熱心になりまして、私のところでもささやかですけれども「地蔵院だより」を年に何回か出しております。そのほか私のところでは、檀家さん向けのパンフレットを十八集ぐらい出しております。文書伝道もどこのお寺さんでも熱心に行われてきたわけです。法話も行い、文書伝道も行い、熱心にやってきたわけですけれども、どうもそれだけでは檀信徒と寺の住職がやはり新しい時代に沿った新しい寺の活動展開はなかなかできないのです。
 それは一つは、日蓮宗さんの場合は我々と違う点がたくさんあると思いますからあてはまらないかもしれませんが、一般の伝統的な既成の宗団からいうと、我々のやっているのはほとんど亡くなった方への回向です。私ども真言宗の方も祈願寺と回向寺とあるわけです。全く分かれてしまっています。もちろん川崎大師とか成田山でも檀家さんがありますからお葬式に行っていますけれども、お葬式に行くときはこそこそ行っている。大っぴらに行かない。というのは、一般の人たちがお葬式をやっている寺の祈願はきかないのではないかという意識がある。要するにお葬式をやると、何か汚れているのではないかという意識があってこそこそ行くわけです。ですからどうもその辺がかみあわないところがあるわけです。うちの方の総本山智積院も、檀家さんが約五百軒ぐらいありますけれども、これももちろんだれかが、私どもはあそこに宗務所がありますから、若いお坊さんがこそこそ行って拝んで戻ってくる。大っぴらにやらないわけです。葬式は汚れているのだから祈願寺がやったら祈願のご利益が減ってしまうのではないか。これはどちらかというと檀家さんの中にもそういう意識がありますし、寺側にもそういう意識が全くないとはいえないのです。
 これをどうするのかという問題は重要なテーマだろうと思います。私たちが最近大きな問題としていわれているのは、要するに癌の告知を受けて、これからどうやって死を迎えていったらいいのか、あるいはホスピスの問題といわれますけれど、そういう問題があって、皆さんご存じのようにお寺さんは僧服を着て病院に入れないという問題がありまして、やはり死んだ人の回向とか、そういうことだけではなくて、どうやって生きがいというか、生きる力、生き抜く信仰心を育てていったらいいかという問題があるわけです。これをどうやってドッキングさせるか、こういうことになるわけです。
 したがって我々の宗派の場合でも、普通の葬式、法事だけではなくて、祈願になるようなものも同時になるべくお寺で行ったらいいじゃないかということになっているわけです。
 そんなこともありまして、私のところも万灯会とか五大明王会とかいろんな会をもって、祈願をして、お祈りをして、みんなが幸せになりますようにというような行事をやっていますけれども、なかなかしっくりしない。第一最初はなかなか来ないです。長い檀家制度の中で培われてきた檀家さんのイメージは、特に田舎にいくとそうですけれども、坊さんは葬式と法事をやっていればよいのだ、そのほかのよけいなことなどはやる必要がないのだというのが強いのです。
 実は昨日も私のところに茨城県のあるお坊さんが相談に来られたのです。何かといったら、要するに檀家の役員さんと意見が合わず喧嘩になってしまって困っちゃっているのだというのです。確かに田舎に行きますと、お寺の住職さんと檀家の役員さんとしっくりいかない部分がかなりたくさんある。ちょっと皆さん想像していただければわかります。皆さんほとんどの方が都市部の寺院だと思いますけれども、田舎に行けば確かにそうなのです。田舎の総代、世話人というのは、みんなその村や町のボスがなっているわけです。しかももう七十、八十歳で、戦前の教育勅語の天皇陛下ばんざいというような考え方をもった人たちで、まだ役職があって、何とかつながっていられるのはお寺の世界だけなのです。あと町会へ行っても何でもそんな年ではもうとっくに役はやっていられない。お寺が一番古い封建的な考えをもった人たちにがんじがらめにされているわけです。その人たちはお寺さんだけはおれの味方ではないかと思っているわけです。ところがそのお坊さんが、いやこれからのお寺はこんなことではいけない。もっとこうやっていかなければいけないし、役員も世々代々ではおかしいのではないか。役員も代えなければいけないのではないかとか、もうぼけちゃったのだからいいかげんにやめてくれないかとなるでしょう。そこで問題がものすごくおこってくると、どうしてもこじれてくるわけです。そういう相談を受けたわけです。
 ですから、そんなところまでいかないにしても、こういう問題がいっぱいあるわけです。とにかく普通の場合ですと、住職は葬式と法事だけやっていればよいのだ。何か知らないけれども新しい教化運動なんて何か偉そうなことを言って、しまいにはどうも町会議員とか市長さんとかにさわるような発言をするようなことが出てきたりして、あれでは困るじゃないか。おれは市長と仲がいいのに、おまえのところの住職は、おれの悪口みたいなことを言っているじゃないかということになる。別に直接言わなくとも、何かやはり我々の生きがいだとか何かいってくれば、多少違った意見が出てくるのはあたりまえの話なのです。全く同じでは、何もお寺の住職さんが一生懸命新しい信仰を説く必要はないわけでしょう。新しい信仰を説く以上は、封建的な考えをもった町や村の人達とは多少違った意見が当然出てこなければいけないわけです。そうすると住職の信仰というものは、そこでまさに根本的に問われるわけですし、もう命がけと言うことになります。檀家の経済的な圧迫や、ときには住職の罷免問題、寺の村八分事件にもなりかねません。
 私は鳩ヶ谷市長選にて革新候補を平然と押しているわけですから、おまえのところの住職は赤坊主ではないかとやられる。だから檀家さんから何だかんだと難しい問題をたくさん出されてくるわけですから大変なのです。そこまでいかなくとも、そういう問題をいっぱいかかえてきます。ですからお寺さんで法話をし、文書伝道して、新しい教化活動を展開していろいろなことをやっていくだけではなくて、やはり地域社会の民主的な人たちをふやしていくこととかみあわなければ、私たちも自分の信仰心を本当にお寺の中で発揮することがなかなか難しい。何も私は保守派の人たちの考え方は悪いとか、古い考え方をやっつけろ、けんかをしろといっているわけではありません。そんなことまで言わなくても当然いろいろ出てくるわけです。
 たとえば靖国神社の問題がそうです。靖国神社法案などは、我々からいえば間違いだ、困ると思うけれども、そんなことを言ってごらんなさい。田舎に行けば一晩のうちにたちまちダーッと広まって、うちの坊主は靖国反対を言いやがった、とんでもないやつだ、追いだしてしまえと。じゃ、みんなで署名運動やろうかというようなことになりかねないわけですから、正直いって言えないわけです。坊さんがこういうことも言えない、ああいうことも言えないということで、じゃ、坊さんは一体どこまでが本当に命がけで自分の信仰心を言えるのか、そういう問題にまでもつながっていくということがあるわけです。ですから地域の改革と寺院改革というのは、小室流の教化論の最大の眼目がこれなのです。
 ですから地域社会となるべく密接に結びついていろんな活動をしなければいけないということで、こちらのレジュメに書いてありますので、それを簡単に説明して終わらせていただきたいと思います。3に「生涯学習の寺に」とあります。ご存じのように、前は、公民館活動とかいろんな中で社会教育、社会教育とさかんにいっていたわけです。最近は社会教育ではなくて「生涯学習」となってきた。政府によって生涯学習プランの方針が出されまして、一般の人たちに対して学習カリキュラムをつくって、働きかけていこうではないかということがあったのです。
 昔は行政の場合でも、社会福祉の場合もそうですけれども、みな行政の市の職員が、生涯学習についてもそれなりの何かプランをつくって、それを持ち込んで進めてきたわけです。社会福祉に関しても、ある一定の研究をしている市の職員が自分なりにまとめて出していたのですが、このごろはそうではないのです。ここが非常に大事なポイントなのです。生涯学習についてもそうですが、生涯学習について平成六年度の計画をつくれという方針がきますと、市の職員は自分たちでコツコツとまめにやるのではないのです。どこかの業者に委託してしまう。それからまた講師などを選ぶ場合も、どうも仲間うちから選ぶと、何であいつが講師で、おれが講師になれないのかということで、小さな町であればあるほど仲間うちでそういうゴタゴタが起こりますから、面倒くさいから全然違うところから適当な人を呼ぶというようなことになってきました。
 したがって、私は最近思っているのですけれども、お寺さん同士が集まって、生涯学習プラン、カリキュラムをつくって、例えば現宗研なら現宗研でもいいですけれども、現宗研の方からこういうテーマで、こういう講師で派遣できますよということで、各地方自治体の社会教育関係とかそういうところへ、ばんばん資料を送ってあげる必要があるのです。そうすると、向こうでああこんないい案があるのか、これはいいのではないかということで、じゃ、やってもらおうかということになる。そういう時代なのです。今は向こうからくるのを待っている時代ではないのです。
 社会福祉に関してもそれがいえるのです。平成五年に厚生省は、平成十一年に向かって、各地方自治体は全部ゴールドプランをつくりなさいという方針を出しまして、平成六年度、去年までに全部出すことになっていた。鳩ヶ谷市でも、それでは平成十一年に向かってゴールドプランをつくるというのです。私も鳩ヶ谷の福祉の問題について研究していますから、小室さんも入ってというので行ったら、何と原案が出てきました。しかし、その原案は、私は初めは市の職員が一生懸命書いたのかと思ったら、そうじゃない。全部まかせちゃったのです。どういう人たちにまかせたかというと出版業界です。それから大手の会社、それから特別のそういうお役人の方が天下って新しい何か会をつくって、そういうところがみんなそういう請負業者になったのです。しかもこの請負金額を聞いたらびっくりするぐらいです。ちょっとしたものでも数百万円です。場所によっては地方自治体が二千万出したといっているのです。そこまでして依頼しているのです。だったら我々でつくろうじゃないかということで、私も鳩ヶ谷市で社会福祉法人こぶし会の理事長をやっておりまして、今までは保育園をやっていたのですけれども、今度は特別養護老人ホームをつくろうという形で、私はそのまま鳩ヶ谷市に特別養護老人ホームをつくる会の会長をということでまつりあげられまして、運動を展開しています。じゃ私たち自身でつくらせてもらうということで、これは鳩ヶ谷市における社会福祉の現状をきちんと調べまして、それに対して一歩、二歩前進するにはどうしたらいいかという問題提起を私がしたのです。こういうふうにかかわってきた。
 なぜ私がこんなことをさかんに言うかというと、私もおかげさまで鳩ヶ谷市の中で、社会教育委員とか、それから文化財保護委員とかいろんなことをやってきましたけれども、最近驚いたことに、皆さんご存じのように公明党さんが新進党と組んで、それで選挙でもあっちこっちで今度は政権入りしてきたでしょう。それでどういう結果が起こってくるかというと、具体的に鳩ヶ谷市の例をいいますと、これまで文化財保護委員に学会の人は一人もいなかった。大体お坊さんだとか知識人が入っていたのです。それを今度は、学会員と明らかにわかる人が文化財保護委員になってきたのです。私は今やめてしまったのですが、いろんな事情があってけんかしちゃったわけです。要するにもう地方自治体といいますと、私も文化財保護委員をやっていたので多少知っているのですけれども、県指定とかはなかなか難しい。ところが市の指定、例えば何々市の指定の仏像は、そこの文化財保護委員がオーケーといえばできるのです。基準が国では決まっていないのですから、地方自治体によってはお寺さんの仏像をたくさん市指定にしているところもあれば、全くしないところもあるわけです。全くしないところはどういうところかといえば、たいがい学会の委員さんがいるのです。この連中がまず反対してしまう。お寺にあるものなどはいつできたかさっぱりわからないし、作者もわかっていないのだからそんなものは指定する必要がないとなってしまう。だからほとんどできないのです。それから以前はお坊さんが民生委員を大勢やっていたのですが、お坊さんはお葬式があるとすぐ休んでしまう。そんな休んでしまう人を委員にしておくのはまずいからやめさせた方がよいのではないかというわけです。そうすれば学会系統はみんなそれをいい出すわけです。
 ですから地方自治体の役職などからお坊さんがだんだんはずれてきているのが現実なのです。私はそういう中で、行って、要するに学会の委員さんと、お坊さんとどっちがすばらしい内容の発言しているかが、一般の人たちにとってみると非常な関心事なのです。あれは学会の人だとみんな知っているわけですから。学会の人が社会福祉についてどういう見解をもっているのかとか、お坊さんは社会福祉についてどういう見解をもっているのか、当然そういう公共の場で議論せざるを得なくなってくる。実際地方自治体でやっているわけです。
 そのときに私の考えですと、お寺さんの側、我々みたいな伝統教団の人たちが、創価学会の人たちの発言などよりもはるかにすばらしい議論が展開できるようなものをどうしてももってほしいと思うのです。もっていかなければいけないのではないか。そこで初めて私は新興宗教に勝てるのではないか。新興宗教に入らないような、入った人たちを出すようなこともありますけれども、もっと大事なことは、今その問題が、要するにこの創価学会、公明党が雲がぐれしていて、結局権力の中にかけこんできて、わけのわからない形で力をつけていこうという、これはオウム真理教よりもっとこわい現実があるわけです。それに対抗するにはこれしかないのではないかと、私はそんなふうに思っている側面があるわけです。
 そういう点でそういうことをもうちょっと考えていったらよいのではないかと思います。生涯学習の問題に関しても、社会福祉の問題に関しても、伝統教団の住職さんたちは、新興宗教の人たちの発言などよりはるかに内容は深いし、言っていることは本当に心にしみるようなすばらしい生涯学習の理論をもっているし、社会福祉の理論をもっているのだということを、一般の人たちがだんだんわかっていけば、自然に何だ新興宗教の人たちなどはいいかげんなものではないかとなって、そこでこちらが完全な意味での勝利 勝利ということばがいいかわかりませんが、結局ああいう人たちに負けない我々の信仰心も、町や村の中で展開していくことができるのではないかと思うのです。そういうものをきちんともっていれば、多少市長さんに合わないとか、総代さんなんかと意見の合わない人がいても、これは確かにそうじゃないか、こうならざるを得ないのではないかと思っています。
 ですからそのためには何といっても役員制度、お寺さんにおける役員会の中身をもっと充実させていけるような役員構成とか、役員会のいろんな討議がなされていくようにしなければなりません。普通お寺さんの役員会というと、何か寄付をもらうときだけぐらいしか用がないみたいですが、そうではなくて、信仰の問題やいろんな問題を含めて、やはりせめて総代、世話人さんにもわかってもらえるように議論をしていく必要があるのではないでしょうか。
 だから信仰の面で寺院運営ができないと、今までは、残念ながら信仰で寺の運営をされているのではなく、地域社会の一種の住職さんと檀家総代、世話人の情実関係でもって、どうやってうまくやっていくかということしかないのが現状なのです。寄付をもらうこともありますし、なかなか大変なこともあります。それでは結局何かというと、だんだん総代・世話人さんの方が偉くなってしまって、坊主どもはおれたちが食わせてやっているのだとか、おれたちが勝手に首にできるのだとさかんに言いだして、宗教法人法ではちゃんとなっているにもかかわらず、宗教法人に対する理解も全然ないわけですから、結局そういうふうになっていってしまう。そこが大きなポイントとして一つあるのではないかと思います。
おわりに
 これからの二十一世紀の新しい仏教のあり方、寺院のあり方、新しい教師のあり方、新しい檀信徒像という中で、お寺の総代・世話人さんたちの意識を信仰を通してどういうふうに展開していくか、そういうことを総論的にやっていくことが、仏教教化学の基本的な点ではないかと思います。だいぶオーバーなことを言ったり勝手なことを言っているわけで、皆さんから見ると問題かもしれませんけれども、私としては一応そういうこともあるものですから、副題として「地域改革と寺院改革」とさせていただきました。レジュメに戻った形で、最後のしめくくりみたいになりましたが、ちょっと時間がもう少しありますが、皆さんのご意見をいろいろ聞かせていただきたいと思いますので、この辺で一応終わらせていただきたいと思います。
 どうもご清聴ありがとうございました。
 ※本稿は平成七年六月一日、東京都新宿区常圓寺会館にて開催された第二十五回教化学研究集会にて講演されたものを筆録したものです。
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