日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
| 所報第29号:138頁〜 |
研究ノート |
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天皇本尊論について
−特に清水梁山、 高橋善中氏の所説より−
早坂鳳城
はじめに 教学とは、 端的に言えば、 生き物であり時代に応じて宗祖の思想内容教義において逸脱しなければ流動的であってもよいものと思われる。 けれども、 教団においては、 常に純粋でオーソドクシーを持ちえる教学でなければならない。 ここにおいて、 時世に乗った曲学阿世的教学の天皇本尊論の内容を吟味しておくことは、 もう一つの歪曲教学である日蓮本仏論の研究と重ねて重要であると思うからである。
一、 天皇本尊確立の理由と意味 「天皇本尊」 と言うと、 清水梁山氏がその著 『日本の国体と日蓮聖人』 の中で、 「本尊を以て日本国の天皇を示し、 戒壇を以て日本国の天治を立て、 題目を以て日本国の天法を明らかにす」 と述べたことより、 その端を発したのではないかと思われる。
さらに、 その高弟の高橋善中氏の著 『天皇本尊』 によると、 内容がより明確となってくるので、 この書にもとづいて 「天皇本尊」 の内容について論述してみたい。 (1) この書は、 昭和十二年六月発行となっており、 高橋善中氏 (以下高橋氏と略す)は、 天皇本尊を確立した理由として、 「宗教の乱立が国民精神の統制を欠いているのだから、 ここに宗教の統制整理が必要であり、 それには、 信仰の対象である本尊が明確にされていかねばならないから」 と指摘している。
次に、 諸宗教の本尊と対比して、 日蓮聖人が 『本尊問答鈔』 の中で、
今の日蓮も佛の如く法華経を以て本尊とするなり。 其の故は法華経は釈尊の父母諸佛の眼目なり、 釈迦大日総十 シテ 方ノ諸佛は法華経より出生し給へり。 故に今能生を以て本尊とする也。 (2)
と述べられたことより、 「妙法蓮華経」 を本尊とされているのであり、 この 「妙法蓮華経」 こそ、 宇宙生命の本源、 十方世界の本尊たるものとしているのである。
天皇本尊の根拠としては 「釈迦牟尼がすべてに此の我が天皇を転輪聖王」 と言われ、 「法華経」 の化城喩品第七に 「其祖転輪聖王」 と説き、 転輪聖王が釈迦牟尼の遠い祖先であり、 釈迦牟尼はその裔みすえであるとしている。
釈迦牟尼は、 今日の印度人とは全く異なり、 その種族は、 転輪聖王家より出ている神の裔で、 言わば日本人であったとしている。
その論拠として、 偽書と言われている 『御義口伝』 に、
本地身 ノ佛者此 トハ 文習 ヲ 也フ 。 ……今日蓮等之類 奉 ルレ唱 ヘニ南無妙法蓮華経 ト一者 ハ 三世諸ノ佛父ノ母 ニシテ 其祖転輪聖王也。 (3)
とあることを挙げ、 本地身の仏とは即ち本仏、 仏の本籍地における転輪聖王で、 釈迦牟尼は、 それによって仏道を成じていることを知るべきであると、 天皇本尊の根拠を述べている。
二、 日本国体と法華経 日本国体をわきまえるには、 天祖の詔勅を本もととしなければならない。 これには二つあり、 一つは天御中主神あめのみなかぬしのかみより諾冉いざなぎいざなみの二尊に賜わった国土創造の詔勅と、 一つは天照大神より瓊瓊杵尊ににぎのみことに賜わった立君大義の詔勅である。
この日本国体より 「法華経」 を見るとき、 高橋氏は、 「法華経」 はまさに我が国体を説き示されたものであり、 釈迦牟尼はまずこれを説かんとするに当って、 眉間白毫の光を以って東方の国を照された。 この国が正しく日本であり、 「法華経」 のもとより縁のある国、 その教えの本源がある国=本縁国土論を述べる。
故に、 釈迦牟尼は、 この東方有縁の日本に向って 「法華経」 を説き出されたのであるが、 その 「法華経」 の本迹については、 迹門とは、 釈迦牟尼の仏の修行を進められた足跡あしあとの教えを言い、 本門とは、 その修行を垂れた即ち本地本籍地の教えであるとしている。
「法華経」 宝塔品の 「釈迦牟尼佛所説の法華経皆これ眞実なり」 とある宝塔涌現については、 神の宗廟 「ホコラ」 で、 梵語ではこれを同音の 「ホコランラ」 という同語であって、 我が神代じんだいの言葉は梵語に通じているという。 そのホコランラは即ち我が神のホコラ宗廟であって、 宝塔とは実に、 神の宗廟、 大御身おほみみなのである。 釈迦牟尼がその宝塔に入って、 そこに 「妙法蓮華経」 を中心に多宝如来と座を並べ、 高く虚空に処された。 この二仏並座、 高遠な虚空を我が神の世界=高天原であるとしているのである。
霊山会は地上の説法 (=印度の仏法) であり、 虚空会は天上の説法 (=我が大日本の仏法) であって、 釈迦牟尼は、 この虚空会たる大日本の仏法を説かんがために、 彼の印度の霊山を離れ虚空に処されたのである。 その地上の霊山を離れ、 虚空に処された釈迦牟尼は、 これ又、 印度に非ず、 我が日本の仏、 釈迦牟尼であると、 言うべきとしている。
この 「法華経」 を中心としての釈迦多宝の二仏並座の姿は、 伊邪那岐命いざなぎのみこと、 伊邪那美命いざなみのみこと二尊の八尋殿やひろどのに天御柱あめのみはしらを中心とされた姿であり、 二神が国土を創造されたように、 この二仏においても仏土の創造、 娑婆世界の浄化が行なわれているとしている。 また、 穢れた諸の差別憎悪の娑婆世界を変じて清浄となし、 衆生をして皆な仏子とし、 尚これを広く及ぼすために、 そこに再び、 八方に二百萬億那由陀の国に押しひろげられているのである。 これを 「法華経」 宝塔品の中では、 「時に釈迦牟尼佛、 所分身の諸佛を容受せんと欲し玉たまふが故に、 八方に各々おのおの二百萬億那由陀の国を変へんじて皆清ならしめ、 地獄餓鬼畜生及び阿修羅あること無し」 と示されているのである。 こうして更に三度たび、 八方に二百万億那由陀の国を拡大浄化された。 これを 「三変土田」 と言っていますが、 この八方への国土拡大浄化は、 すなわち、 伊邪那岐命いざなぎのみこと、 伊邪那美命いざなみのみことの二尊に見立てられた八尋殿やひろどのの建立、 大八州おおやしまの創造を示している。
この 「法華経」 宝塔品の三変土田は、 神の国土創造を説かれたもので、 ここに国体における国土創造の意味を見い出している。 このことより、 我々は現在の日本にこの国土の拡大浄化をなして行かねばならないのである。
また、 『御義口伝』 に、
此八ノ歳龍ノ女成ノ佛帝ハ王持経先ノ祖タリ。 人王始神 ノ ハ 武天皇也。 神武天皇地ハ神五代第五 ノ ノ 鵜萱葺不合尊御ノ子也。 此葺不合尊豊ハ玉姫 ノ子也。 此 ノ豊玉姫 ハ沙竭羅龍王 ノ女也。 八歳 ノ龍女 ノ姉也。 然 ル間先祖 ハ法華経 ノ行者也。 甚深甚深云云 (4) 。
とあることより、 宝塔品の後の 「提婆品」 に、 八歳の龍女が我が神典しんでんには玉依姫たまよりひめと言われ、 その御姉豊玉姫とよたまひめと共に海神沙竭羅龍王わだつかみしゃからりゅうおうの女であるが、 それが女人しかも年僅か八歳で 「法華経」 を聞き、 ただちにその仏の道を示されており、 この史実を大いに探求すべきことを指摘している。
次に、 壽量品では此の世界の本主を説き、 その国土と衆生の常住をも顕はし、 その教えを本化の上行菩薩に付属されている。 これは、 恰あたかも、 天照大神より瓊瓊杵尊ににぎのみことに賜わった立君の大義と同じであるとしている。
久遠実成の釈迦牟尼が、 弥陀大日等の衆生教化を方便所現であることを明し、 十方世界を統一して一仏の大娑婆世界とされているのであり、 また一仏一土=これ我が宇内一君うだいいっくん、 萬邦一国の大日本でもある。 そして我が立君の大義における一神じん一皇にこの国土が開顕されねばならないのである。
この壽量品には、 その一君一仏に主師親の三徳が説かれているが、 さらに日蓮聖人は 「如来秘密神通の力」 に三つの大事を立てられている。 神力品には 「如来神力」 と題して、 惟神かんながらの道は如来と神との力であることを示している。
日蓮聖人の神眞かんまである 「如来秘密神通の力」 における三大事とは、 本尊、 戒壇、 題目の三密であり、 これは三種の神器の本体である。
すなわち、 その 「本尊」 は宇内一君の天皇を示し、 その 「戒壇」 は萬邦一国の天座あめみくちを表し、 その 「題目」 は天座の大日本を治め給ふ天法あめみのりを教えられているものである。
かくしてこの宇内一君の眞しん天皇こそ 「法華経」 本門壽量品の本主本仏なのである。
三、 本仏=天皇 この本尊の立たせ給ふ日本はこれ又本来の霊土で、 これを日蓮聖人は 『御講聞書』 の中で、
本有 ノ霊山 トハ此娑婆世界也。 中 ニモ日本国也。 法華経 ノ本国土妙娑婆世界也。 本門壽量品 ノ未曽有 ノ大曼荼羅建立 ノ在所也云云。 (5)
と述べられている。
曼荼羅とは戒壇のことで、 防非止悪、 即ち世の一切の罪悪を防止する萬邦一国の天座であり、 題目は即ちその天座の萬邦を治められる天法であって天皇本尊の確立こそが誠にこの天座の大曼荼羅の建立にあるのである。 これによって 「国体擁護の大曼荼羅」 には、 その図現の中央に、
南無妙法蓮華経−聖天子金輪大王
とあることより、 これを天皇本尊の大曼荼羅とするのである。
この 「国体擁護の大曼荼羅」 は、 大正三年十一月、 大正天皇の即位記念として、 日蓮宗より清水梁山氏の説明書を添え奉献されている。 いわゆる奉献本尊である。
この大曼荼羅本尊の立たせ給ふ、 上御一人こそ全く本来の至尊とし、 その天祖の天照大神より賜わった立君の大義は、 遠く天御中主あめのみなかぬしにおける無始の始めに存して、 その天津日継あまつひつぎの皇統は無終の終りに至るまで、 即ち天壌あめつちと共に極まりない常住不滅の皇統なのである。 眞天皇は、 崩御ということがあるべきではなく、 その御身おんみは、 国民全体を統治しているのである。 「スメラミコト」 の御称おんしょうは、 実にこの国民全体を統治している大御身の御称であって、 我々国民はそのスメラミコトの御身であり、 スメラミコトの大御身が国民全体に表現されているのである。 故に我等国民の自体もまた常住不滅のものであることを識らねばならないのである。
こうして、 此の天皇、 スメラミコトは、 ただちにこの日本一国のみでなく全世界を統治し、 即ち宇内一君であるとする。 この意味より我が天皇は、 諸外国の皇帝、 帝王と対等に見るべきではなく、 むしろ、 上に立つべく大帝王とするのである。
また、 このことより、 天皇本尊と共に、 本仏=天皇とも表現するのである。
四、 大日本と世界統治 日蓮聖人の 『神国王御書』 に、
我日本国は一閻浮提の内、 月氏漢土にもすぐれ、 八万国にも超へたる国ぞかし。 (6)
とあることから、 高橋氏は、 一閻浮提即ち世界万国に超勝したすぐれた日本こそ神の国であり、 この国こそ世界を統治せねばならないとしているのである。
また神国の創造、 「法華経」 宝塔品に示されている 「三変土田」 をなして行かねばならない。 一に正法による日本の浄化で、 これを八方に拡大して行く。 この正法の広布、 大日本道義の進路、 これを日蓮聖人は 『報恩抄』 の中で、
日本乃至漢土月氏一閻浮提 (7)
と言われており、 この三変土田を国家の事実に則して言えば、 明治維新の王政復古は第一の土田浄化であり、 その御一人の稜威みいづの支那印度に及ぶのが第二の浄化土田であり、 これが尚、 一閻浮提、 全世界に光被されて行くことが第三の土田浄化であるとしている。
こうして、 曲学である天皇本尊論をもって、 諸宗教を統制整理し、 日本仏法の使命のもとに、 「国体擁護の大曼荼羅」 をもって、 全世界を統一して行こうとしたねらいが、 清水梁山、 高橋善中氏らにはあったようである。
尚、 今後の課題として、 高佐貫長氏の 「天皇本尊論」 (『聖衆読本』) の研究とその思想的相違点、 また、 もう一つの歪曲教学である日蓮本仏論と共通する問題点等を考究して行こうと思うのである。
(註)
(1) 高橋善中著 『天皇本尊』
(2) 『昭和定本日蓮聖人遺文』 一五七四|一五七五頁
(3) 同遺文二六三七頁
(4) 同遺文二六五四頁
(5) 同遺文二五五〇頁
(6) 同遺文八八二頁
(7) 同遺文三四八頁
※本稿は平成六年十月二十八日、 宗務院において開催された第四十七回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものである。
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