日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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「気」 概論  古代中国の文献を通して  平井良昌
はじめに 近代科学技術の発展は我々人間に多大な物質的恩恵をもたらし、 さらに、 宇宙の成立や構造などもかなりのところまで解明されてきている。 しかし、 その様な中にあっても 「人間は宇宙の中でどのような位置を占め、 どの様な役割を果たし、 何を目指すべきなのか」 という本質的なところは不問にされてきたので、 魂の在り方を失った人間は不安になり、 様々な社会問題を起こしているのが現状である。 ここに宗教が現代に即した解釈を求められる理由がある。  一方で、 来る二十一世紀は、 「気」 の時代といわれているが、 「気」 とは一体どういうものなのであろうか。 普段、 日常の中で我々が何気なく使っている 「気」 とは、 どういうイメージのものなのか。
 そこで、 「気」 をキーワードに宗教 (仏教) を自分なりにとらえ直そうと思い始めたのが本研究である。 そのためにも全体像を一度しっかりとらえる必要があると考え、 「気」 の概念を手始めの研究テーマにした。 もとより非常に多岐にわる 「気」 の世界を、 少々の研究で分かるはずもないが、 古代中国文献における 「気」 の思想を通して 「気」 の概念を知る一助としたい。
一、 「気」 の原初的イメージ まず初めに、 「気」 の元々のイメージとはどの様なものであったのか、 気の文字の原義から考察したいと思う。
    (1)最も古い字書の解釈                                        『説文せつもん (説文せつもん解かい字じ)』 (許慎きょしん著 中国最古の部首別字書 紀元前一〇〇年頃成立 漢字九千余字を五四〇の部首により分類し、 六書の説により字形の成立を説明している) によると 「氣」 の字義は、 「客におくる芻米すうまい (食糧・ご馳走の意味)」 のこととされているので、 気のイメージとはだいぶ異なっている。 一方、 「气」 については、 「雲气也、 象形……」 と解説している (气は雲をかたどったとするのか、 雲に限らず一般にかすんだ物の形状を写したものとするのかのいずれかであるにせよ、 許慎は、 自然に空に浮かぶ軽やかなものの象形と考えた。 つまり、 大地からユラユラと水蒸気が立上ぼり、 雲となって天空にたなびく姿の象形である)。 しかし、 气は本当に雲或いはかすんだものの象形であったのだろうか。 气が雲のようなもやもやしたものの象形とされた理由を考えてみると、
  a、 气の形が雲のような物を連想させる。
  b、 その文字が、 何の象形か分からなくなったときは、 「その文字は何かの物を象った」 と考えるのが妥当であ    り、 そして、 その象ったものには、 はっきりとした具体的存在が求められる。 この場合、 それが視角に映る    雲もしくは空気のようなものであると考えられた。
  c、 气がもつ空気のようなものとしての意義と雲の性質は結合されやすい。
などが推察される。 もしこれらの理由が正しいのなら、 「气」 一字を使った場合でも、 雲の意義を示す文献があってもよさそうなのだがその例がない。 そして、 「雲」 には別に独立した象形文字が存在しており、 また、 かすんだものの象形とすると、 气のもつ多くの観念を説明できないので、 これが唯一の解釈だとは考えられない。
    (2)呼吸と風
 では、 「气」 の象形は何かということを他のもので考えてみたいと思う。 ここに仮に 「呼吸を象ったもの」 と考えてみたい。 文字の上からでは雲以上に連想できないが、 他国の言葉で、 精神とか霊魂とか生の原理とかの意味を含む言葉を調べてみると、 (例えば、 梵語のa tman・pra na ラテン語のspiritu (s)ギリシャ語のpneuma など) いずれの言葉も呼吸を元の意味にしており、 気という言葉にも呼吸作用・空気のようなもの・生の原理・心理的作用の観念があるので、 従って气という言葉には、 明確なイメージとして 「呼吸」 があり、 そのイメージとしての 「呼吸」 を象った文字が 「气」 であったと推察できる。
  「呼吸」 とは、 全ての生物の生命維持の基本であり、 鼻を通して、 見えない 「或るもの」 が出入りすることによって生が保たれる。 つまり、 呼吸とはまさに生命現象の象徴にほかならない。 この出入りする生命エネルギーとしての 「或るもの」 を気という言葉で呼んだのである。 そして、 更に古代中国では、 生物のみならず天地も呼吸していると考えられていた。 それは、 すなわち 「風」 である。 風は、 それ自体見えないが、 雲を動かし雨を呼び、 自然界の運行の原動力となって生物を生育する天のエネルギーである。 この生命現象と自然界の生滅変化の象徴としての呼吸と風が、 「気」 の原初的イメージとして最も強く感じられていたと推察される。
二、 中国文献における 「気」  文献における 「気の諸相」 を大別すれば 「人間に関する気」 と 「自然における気」 に分けることができる。 更に細かく分類すると 「人間に関する気」 は、 「人間の心理的作用や希に霊的な存在」 と 「呼吸作用に代表される人体の生理作用」 に分けられる。 一方、 「自然における気」 は、 「軽やかなふんわりとした存在」 「生物一般を通しての生命の原理」 「宇宙生成論的意味においての物の本源」 の三つに分けられるが、 しかしこの様な分類は大して意味がない。 何故なら 「気」 とは分断された非連続体ではなく、 全てが関連している連続性のある存在だからである。 ともあれ気の諸相を、 中国の代表的な文献に見ていきたい。
  @ 『論語』
 最初に 『論語』 では、 「気」 は、 既に生活に密着した言葉として使われており、 人間にかかわる気として表現されていた。
  辞気 じ き ……言葉を口にすること
  屏気へいき……息遣い
  食気しょくき……人の食欲
  血気けっき……人間の生理機能一般。 後にこの言葉は、 体内を循環する生命エネルギーという意味として広く使われる      ようになる
  A 『孟子』
 次に、 『孟子』 では公孫丑こうそんちゅう篇の 「浩然こうぜん之氣」 という有名な言葉がある。
  夫志氣之師也、 氣體之充也、 夫志至焉、 氣次焉、 故曰、 持其志、 無暴其氣 (中略) 曰、 我知言、 我善養吾浩然之氣、 敢問、 何謂浩然之氣、 曰、 難言也、 其爲氣也、 至大至剛、 以直養而無害、 則塞天地之間……
   (それ志は気を師ひきいるものにして、 気は充つるものなり。 それ志至れば気は之に次ぐ。 故に 「その志をまもりて、  その気を暴そこなうことなかれ」 というなり。 (中略) 曰く、 「我は言葉を知れり。 我はよく我が浩然の気を養えり」   と。 しいて問う。 「何をか浩然の気というや」 曰く。 「言かたり難し。 その気たるや、 至きわめて大。 至めて剛にして直なおく。   養いて害そのなうことなければ、 天地の間かんにも塞みつ」)
  「志は気を率いるものであり、 気は体に充満しているものであるから、 志が動けば気が動き、 つられて体も動くようになる。 そして、 気の最高の在り方として 『浩然の気』 を唱えている。 『浩然の気』 とは、 極めて大きくて強く、 正しく素直なものである。 これを養い損うことがなければ、 この気は、 天地の間に満ち満ちているので、 宇宙自然と合体した境地になる」 と説いているのである。
 このように 『孟子』 では 『論語』 における気とは違い、 精神的なものと肉体的なものの結合として天地自然に満ち溢れている気を説いており、 気が思想的にも重要な意味を帯びてきているのである。 何故ならば、 「気」 の概念が、 論語のように生活に密着した気、 つまり単なる局部的・部分的な物質を意味する気から、 天地自然に満ち溢れている気、 つまり抽象的なエネルギーを意味するようになったからである。
  B 『老子』
 次に 『老子』 では、 「気」 に関する有名な言葉をあげておこう。
  道生一、 一生二、 二生三、 三生万物。 万物負陰而抱陽。 冲気以為和。 …… (四十二章)
   (道は一を生じ、 一は二を生じ、 二は三を生じ、 三は万物を生ず。 万物は陰を負うて陽を抱き、 冲気      しょうき (ちゅうき) はもって和  を為す)
 これは、 短い文章であるが、 万物生成論における原理的な性格をおび、 後世に大きな影響を与えた。 例えば、 『淮南子』 で展開された 「気一元論的世界観」 や、 それを土台に形而上学的発展から 「理気二元論」 (朱子学) への展開へとつながっていったのである。
  ※ 「気一元論的世界観」 と 「理気二元論」
   形而上 (時間・空間の感性形式をとる経験的現象として存在することなく、 それ自身超自然的であって、 ただ   理性的思惟に、 または独特な直感によってとらえられるとされる究極的なもの) 形而下 (自然一般・感性的現   象、 すなわち時間・空間のうちに形をとって現れるもの) という観点から気を見ると、 つまり気とは見えない    「或るもの」 ではあるが、 形而上の 「道」 とは存在の次元を異にする形而下の存在であった。 しかし、 時代が   たつにつれ、 形而上の 「道」 と形而下の 「気」 が同一視されるようになり、 気 (一気) を万物の始源とする気   一元論的世界観が現れてきた。 他方、 形而下の世界における始源を気と見なし、 それとは別に気の変化の内在   的原理として理 (それ自体形質もなく動静もしない) の存在を主張する 「理気二元論」 が生まれてきた。 この   場合、 理と気は、 常に相即関係にあるもので、 存在的に理が気に優先することはない。 この点はデカルト的二   元論とは異なる。
  C 『荘子』
 次に 『荘子』 での 「気」 の用語は、 「人に関するもの」 も見られるが、 「自然に関するもの」 が多く用いられている。 「天地之気」 「天気」 「地気」 「天之六気」 「陰陽之気」 等である。 尚、 「陰陽之気」 という考えによって、 ここで初めて陰陽と気がドッキングをし、 陰は影、 陽は日向とする単純な陰陽から、 陰陽は気のエネルギーの現れであるというふうに考えられ、 陰陽論の展開へつながっていったのである。
 また、 『老子』 と同じように万物生成論が語られている。
  人間の始源を考えてみると、 もともと生命など存在していなかった。 生命がなかっただけでなく、 もともと形な  ど存在していなかった。 形がないばかりでなく、 もともと気もなかった。 何もない空間からひとりでに変化して  気が生じ、 気が変化して形が生じ、 形が変化して生命 (物質) が生まれたのだ。 (至楽篇  し らくへん )
これは、 無 → 気 → 形 → 生の段階が示されている。
 そして、 人の生死と気の関係についても述べられている。
  人の生は気の聚まりなり。 聚まれば則ち生となり、 散ずれば則ち死となる。 若し死と生と徒なかまたらば、 吾また何を  か患えんや。 故に万物は一ひとつ也 (北遊篇)
   (人というのは気の集まりである。 気が集まれば生き、 気が散れば死ぬ。 ……人の生死を気の離合聚散として受  け取っている)
ということを示している。
  D 『列子』
 次に 『列子』 を見てみよう。
  清軽せいけいなるものは上りて天と為り、 濁重なるものは下りて地と為す。 沖和の気は人と為す
 つまりこれは、 「軽いものは上に上がって天を造り、 重いものは下に下って地を造る」 という天地創造を気によって説明している。 この 「軽い気」 「重い気」 という考えは、 天地という大自然だけではなく人体にも適用され、 そのバランスが取れているときは健康とされ、 どちらかに偏っているときに病気とされていた。 この健康と病気は気のバランスによるという考え方は、 後の中国医学に大きな影響を与えることになった。
 また、 宇宙の生成を示した文章として
  大易は未だ気を見ず也、 大初は気の始め也、 太始は形の始め也、 大素は質の始め也。 気、 形、 質ともなって未だ  相離れず。
気、 形、 質と分けているが、 これも 「気」 の変化した形といえる。
  E 『呂氏春秋』
 次に 『呂氏春秋』 の気を見てみる。 『荘子』 と同じように、 万物は気から生成する、 という立場に立っている。
  精気の集まるや、 必ず入るあり。 羽鳥に集れば、 与よりて飛ひ掲ようを為し、 走獣に集れば与りて流行を為し、 珠玉に集  れば与りて精朗を為し、 樹木に集れば与りて茂長を為し、 聖人に集れば与りておおいなる明を為す。 精気来るや、  軽きに因りて之を掲げ、 走るによりて之を行かしめ、 美によりて之を朗あきらかにし、 善に因りて之を長じ、 智によ  りて之を明らかにす。 (季き春しゅん紀き尽じん数さく篇へん)
これは、 精気は自然界から個々の存在の中に入って、 それぞれの特徴に応じ、 そのものの活動の源泉となるエネルギーを意味しており、 しかも、 単に動物や植物に限らず鉱物にも適用しているところに特徴がある。
  精気一つは上り、 一つは下り、 圜かん周し、 また混ざり、 繋留するところ無し (季き春しゅん紀き圜かん動篇どうへん)
つまりここでは、 精気は天地の間に活動して上ったり下ったり、 巡り回って止むことがないと述べている。
 一方、 一年の季節の移り変わりを気によって表現し、 その移り変わりと人の生活は結合しており、 その季節にあった政治を行わなければならないことが規定 (時令) されていて、 それに適合するときには国は栄え、 反するときには災害を伴うようになるとも述べられている。
 このように、 『呂氏春秋』 では、 人における気は主として精気としてとらえられ、 精気を通じて人間相互の神秘的な感応が可能だとし、 また、 自然界との気の交流は時令を通して行われる事を述べ、 自然界と人間界の気を通してのエネルギーの交換、 交流が行われていることを示している。 この自然と人間との気を通しての感応という考え方は、 後に天人相関説につながっていくのである。
  F 『淮南子』
 最後に 『淮え南子なん し』 の 「気」 を見てみよう。 自然に関する気としては、 道家の影響を受けて宇宙生成原理としての気を述べている。
  道は虚カクに始まる。 虚カクは宇宙を生じ、 宇宙は氣を生じ、 氣は涯垠がいざんにあり。 清陽なるは薄靡はく びにして天と為り、重濁なるは凝滞ぎ たいして地と為る。 ……天地の精をかさねて陰陽と為り、 陰陽の精を専らにして四時となり、 四時の精を散じて万物となる。 積陽の熱気は火を生じ、 火気の精なるは日という。 積陰の寒気は水となり、 水気の精なるは月となる。 (天文訓)
(天地が未だ形を成していなく、 全てが渾然としている。 それがやがて広がりを持ち、 宇宙を生じ、 宇宙が気を生じた。 気には質の違いがあり、 澄み切った軽い気は上昇して天となり、 重く濁った気は下降して地となった。 天地の精気は重なり合って陰陽となり、 陰陽はどちらかに偏って四時〈春夏秋冬〉となり、 四時の精気が分散すると万物になる。 一方、 陽気が集まった熱気は、 火を生じ、 火の精気は日となる。 陰気が集まった寒気は、 水になり、 水の精気は月となる。 日月の気の精微なものは星となった。 こうして世界は造られていった。)
このように、 道と気と精とが陰陽と相互に変化し、 つながっていることを示しており、 中国流の宇宙生成論の何たるかを知ることができる。
 また、 次の文章では、 「気」 が陰陽に転化して、 しかも自然界の変化に応じていることが述べられている。
  気を吐く者は施し、 気を含む者は化し。 是故に陽は施し、 陰は化す。 天の偏気、 怒るものは風と為し、 地の含気がん き、 和する者は雨と為す。 陰陽相薄せまり、 感じて雷となり、 激して霆ていとなり、 乱れて霧となる。 陽気勝てば則ち散じ、 雨露となり、 陰気勝てば則ち霜雪となる (天文訓)
この 「天が気を吐き、 地がその気を含んで万物・万象が生起する」 というイメージは、 中国伝統の宇宙生成論の基本的図式であり、また、ここで既に陰陽の勝ち負けが論じられていることは、既に陰陽論が確立されていたと考えられる。
三、 「気」 の概念のまとめ 以上、 「気」 の概念の発想と展開を 『説文解字』 から始まって 『論語』 『孟子』 『老子』 『荘子』 『列子』 『呂氏春秋』 『淮南子』 と見てきた。 そこで、 古代の文献における 「気」 の概念の定義付けをしてみたいと思う。 この定義付けは極めて難しいと思われるが、 敢えて言うなら、
  ○現象世界における一切の存在ないし機能の根源 (存在物を構成する究極極微のアトム的なもの)
  ○生命の根源
  ○人間の精神機能をつかさどる心の働き
ということができるのではないだろうか。
 つまり、 もの・いのち・こころの世界はすべてが気の所作であり、 様々な形態や機能をともなって現れる気は、 全てが連続しているものであり、 物も身体も精神も気から見れば別のものでなく一つのものである。 ここが西洋流の物心二元論的思考とは根本的に異なる考え方である。 そして、 気の次元で物事を見るとき、 物心の別、 身心の隔たりは消え、 全てはもともと一つであるという気一元論的世界観が生まれてくるのである。 前にも述べたように、 身体は気に満されており、 それが不足したりバランスを崩したりすると病気になると考えられていた。 そして、 その気は、 天地に満ちている気と同じ物であり、 宇宙に充満している気が、 凝集と拡散を繰り返し、 常に流動していることによって、 全ての物・全ての事の生成・変化・消滅という現象を起こすのである。 この 「凝集・拡散・流動」 という気のエネルギーが、それだけでは無味乾燥な陰陽・五行をやがて思想にまで引上げ、人々の生活に活用されていったのである。

   参考文献
   『陰陽五行説 その発生と展開』  根本幸夫 根井養智 (薬業時報社)    『気流れる身体』  石田秀実 (平川出版社)
   『中国上代思想の研究』  栗田直躬 (岩波書店)              『気とは何か』  湯浅泰雄 (日本放送出版協会)
   『気 論語からニューサイエンスまで』  丸山敏秋 (東京美術)       『気のマンダラ』  山部嘉彦 (柏樹社)

 ※本稿は平成六年十月二十八日、 宗務院において開催された第四十七回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものである。
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