仏教思想史の中の日蓮教学
渋沢光紀
浅井要麟氏は 『日蓮聖人教学研究』 の中で、 宗学を根本宗学、 歴史宗学、 現代宗学の三つに分け、 絶えず根本宗学に尋ねつつ現代人の要求に応えられる現代宗学の必要を述べられている。 今回の発表は教学の現代化ということを念頭に置き、 現代と宗祖在世を往還するキーワードとして仏教思想史に脈々と流れる 「本覚思想」 をめぐって検討したい。 いわゆる中古天台本覚思想は、 院政時代末期より江戸時代中期まで約六百年にわたり天台宗を中心に展開された現実絶対肯定の観心主義的思潮だが、 ここでは、 本覚思想を新たな視点で幅広く位置付けたものとして黒田俊雄氏の 「顕密体制論」 と袴谷憲昭氏の 「本覚思想批判」 の見解を取り上げ、 現在の新宗教やニューエイジと呼ばれる観心重視の本覚思想状況にふれ、 関連して本覚思想を全面に打ち出す創価学会の松戸行雄氏の著作 『日蓮思想の革新−凡夫本仏論をめぐって』 に言及したい。
顕密体制と選択
鎌倉仏教の中心は民衆救済の新仏教であるという見方は、 家永三郎氏、 井上光貞氏を代表として長い間通説になっていたが、 実際は荘園領主であった旧仏教の寺社勢力が中心であったという黒田俊雄氏の顕密体制論によって異が唱えられた。
中世仏教の主座の正当な位置を占め宗教の次元でひとびとを支配していたのは、 いわゆる旧仏教、 つまり天台・真言・南都の諸宗であり、 その諸宗を裏づける原理は、 顕教と密教との同一と差別を論じつつ諸宗派・諸門流がそれぞれの特色を競う顕密主義≠ナあった。 「顕密」 という論理主義と直観主義を巧妙に組み合わせた思考方法が主軸となり、 仏教諸宗のみならず神祗崇拝・陰陽道なども内部にとりこまれ、 政治権力 (王法) と宗教 (仏法) の関係もそれによって規定されていた。 聖や新仏教は、 その構造が生み出した周辺的な存在であった。 私はこのような仏教の体制を 「顕密体制」 と呼ぶ。 (1)
黒田氏は、 この体制側の顕密主義の典型として天台本覚思想をあげて、 この主流に対する異端として法然・親鸞・日蓮・道元らの新仏教勢力を位置付けている。 当時の状況を見ると顕密体制での寺社は、 寺領の荘民の支配と収税を円滑ならしめるため寺領の守護神たる仏神への帰依を絶対化し、 他の権門 (天皇・摂関家) と共に支配する荘園秩序そのものが仏神の威光により加護され、 鎮護国家が果たされるものとされた。 (2) その共通の経済構造から、 自宗のみ正しく他を否定する 「選択」 の立場は絶対とれず、 他を方便として許容する 「融和」 が力説され、 思想面では本覚法門や密教的思惟が影響力を強め、 また末法到来の事態においても機根が不同という多元的人間観を有していたため、 救済者 (仏神) も多元化し雑信仰的様相を深めていった。 (3)
この多元的信仰状況を可能ならしめた思想基盤が、 「無常は無常ながら、 常住にして失せず、 差別は差別ながら常住にして失せず」 という現状絶対肯定の本覚思想である。 従って内乱により国土が乱れて現状を肯定しがたくなった場合も、 顕密仏教が選んだ方策は持戒持律による祈

力の回復という戒律の復興であった。 これにたいして法然を始めとする新仏教の祖師達は、 現状の絶対肯定はもはや出来ない状況において 「選択」 という正しさを選びとる方策を取ることにより方便の価値を否定して多元性を一元化したがために、 体制の秩序を壊す許しがたいものとして弾圧された。 とくに、 正法を立てて謗法を批判しつづけた日蓮聖人は、 妥協のない 「選択の論理」 を示したといえる。 (4) この選択の論理が、 本覚思想の不二絶対から二而相対の地平におりたち、 現実改革の実践の力動性を獲得させたといえよう。 (5) ともあれ、 大雑把だが黒田氏の顕密体制論にみえる本覚思想を、 多元的なシンクレティズムを可能とした現実絶対肯定の一元論として、 日蓮聖人をはじめ新仏教の祖師達を本覚思想批判者ととらえておきたい。 つぎに本覚思想の哲理面をみてみる。
本覚思想
本覚思想の起源は、 『大乗起信論』 といわれる。 起信論は、 始めの立義分で 「大乗」 を説明して、 衆生心が大乗の法であり、 そこに一切の世間法 (心生滅因縁相) ・出世間法 (心真如相) が含まれると述べ、 次に一心法 (衆生心) には 「心真如門」 と 「心生滅門」 の二つがあり、 そのあり方を示す。 心真如門は、 言説の相などの妄念を離れれば一心が無境界の不変の真如であると見る。 心生滅門は、 「如来蔵」 による生滅の相をあらわし、 覚 (不生不滅) と不覚 (生滅) という相反する一切を和合し包摂し現す 「アーラヤ識」 をおく。 「本覚」 の語は、 心生滅門の覚の説明において説かれ、 衆生心の本性が平等法身であり本来悟っているので本覚と名づくと述べるが、 「本覚の義は始覚の義に対して説き、 始覚は即ち本覚に同ずるを以ってなり。 始覚の義とは本覚に依るが故に不覚あり、 不覚に依るが故に始覚ありと説くものなり。 (6)」 と不覚や始覚との相関で説かれている。
以上をまとめると、 大乗の法が衆生心であり真如であり一心であることを前提にして、 その一心の中を、 「心真如門=仏=出世間法=離言真如=無境界=永遠界」 と 「心生滅門=衆生=世間法=依言真如=境界=現実界」 に分け、 その間に如来蔵・アーラヤ識の機能を置いて、 本覚−始覚−不覚を位置付けていると構図化できる。 前提では既に仏=衆生だが、 起信論においては生滅門から真如門にいたる修行を述べ、 仏は可能性として衆生の中に留まっている。 ここではまだ二元対立を克服するため向上的な修行を必要とするが、 中国から日本にいたる本覚思想の展開の中で、 逆に真如門が生滅門に近づくことで一元化を達成する。 つまり、 天台本覚思想では差別多様な姿そのままが平等一実の真如と肯定していき、 やがて現実の事象のみが永遠の真理の顕れであるとなって、 現実絶対肯定の相即的一元化が果たされる。 つぎに本覚思想の代表的文献の抜粋をあげてみよう。 (7)
円教の意は、 衆生を転じて仏身と成るとは云わざるなり。 衆生は衆生ながら、 仏界は仏界ながら、 倶に常住と覚るなり。 (『三十四箇事書』 仏界衆生界不増不滅の事)
始中終の差別なし。 なんぞ久遠と今日とを論ぜん。 (『三十四箇事書』 理開三身の事)
生死の二法は一心の妙用、 有無の二道は本覚の真徳なり。 所以は、 心とは無来無去の法、 神 (たましい) とは周遍法界の理なり。 故に、 生るる時も来ることなく、 死ぬる時も去ることなし。 (『天台法華宗牛頭法門要纂』 第五三惑頓断)
田村芳郎氏は、 このような徹底した相即論が天台本覚思想に特有な永遠観を形成したとし、 それは今日ただいまを永遠絶対と見る 「永遠の今」 の主張であり、 生死観では生も死も、 共に絶対の真理、 永遠の生命の活現の姿と見た、 と述べている。 氏はまた、 本覚思想が現象面からみれば玄旨帰命壇にみるごとく堕落した側面も持ちながらも、 哲理面から見れば諸思想の中でも最も究極的なものとして、 日本文化に与えた影響を指摘している。 (8)
本覚思想批判
歴史的には最初の本覚思想批判は、 宝地房証真であり、 文献を精緻に検索し本覚の意を 「衆生そのまま本来自然に覚者 (本来自覚仏)」 とする説を批判した。 (9) 近代になってからは、 浅井要麟氏が祖書学を提唱して、 文献批判によって 『御義口伝』 『総勘文鈔』 など本覚思想色の強い御遺文を退け、 本覚思想批判をおこなった。 とくに御遺文にみえる二種の仏身観の違いを考察され、 本尊の主体としての仏身は 「五百塵點乃至所顯の三身にして無始の古仏」 か 「本有 (本覚) 無作三身の仏」 かを判別し、 前者を久遠実成の本仏と確定して、 後者の無作三身仏を、 教相を離れた観心重視の理念的な仏身観であり、 本来法爾、 自然本覚の仏で、 法身仏であるから法本尊に通じ、 衆生の顕本を主とするから己身本尊となり、 庶物本尊ともなるものであり、 吾等の信仰の対象ではあり得ない、 と否定している。 ((10))
近年の本覚思想批判である袴谷憲昭氏の説は、 こうした自然本覚の仏が観念される基盤そのものを否定したといえる。 氏の本覚思想の規定は、 松本史郎氏の 「基体説」 に同ずるもので、 それは一つにして実在なる基体 (dha‐tu 界とも訳される) が、 多にして非実在なる諸法 (dharma 基体に依存しているもの) を生ずる、 ((11)) という構造を示す思想すべてであり、 それを仏教ではないと批判する。 基体説は、 本迹関係として見ると解りやすい。 これは、 一にして不変なる真如=衆生心 (dha‐tu) を前提にして全現象 (dharma) の生滅次第を説く大乗起信論の世界観を根底から否定するものであり、 従って従来の始覚か本覚かを論点とするような本覚思想批判は意味をなさないものとなる。
氏は、 この基体説にもとづき本覚思想を規定して、 一なる本覚とは、 無条件に前提されるゆえに人が己れの場所として無意識のうちに合体した土着思想 (場所の哲学) であり、 無為自然を尚ぶ得意忘言の 「悟り」 の体験主義、 自己肯定的な権威主義であるとする。
それに対して仏教は、 「梵我一如」 のような空間的に不変な土着の 「場所」 を否定する外来の思想であり、 時間的な 「縁起」 のみ真実であるとして 「無我」 説を主張したものであり、 世の通念に逆らって自己否定的に利他に向かって言葉を大切に選んでいく知性主義の立場に立つもの、 となる。 そして、 正しい仏教とは、 土着温存の 「場所の哲学」 を否定する 「批判の哲学」 でなければならないとして、 その批判対象は 「真理が予め存在していて、 それを言葉によって写しあらわしたものが思想」 とする世界観全てにおよぶ。 ((12))
以上に見られるように氏の批判は、 その批判対象を 「本覚思想=場所の哲学」 とし、 正しい仏教を言葉重視の論理主義とすることで、 仏教思想の枠を取り払った思想批判になっている。 これは古今東西の諸思想を言葉重視の系譜 (論理主義=教相) と言葉軽視の系譜 (事実主義=観心) の二つに分けての思想対決といえるだろう。 ((13)) 前者を共同体間の論理、 後者を共同体の論理といってもいいかもしれない。 利他とは、 自己中心の共同体を離れての他者への飛躍ともいえるからだ。 しかし、 自分を含め世の大勢は、 通念に馴染みやすく自己中心的に判断なしに事実や場所を認めやすいものであるから、 予定調和を排して正しい判断を求めつづけることは容易ではない。 批判仏教の批判が 「分けて選んで判断を下すこと」 の意味であれば、 これは現代の 「選択」 をせまる提起といえる。
現代の本覚思想的状況
さて、 本覚思想をめぐって大雑把な散見をしてきたが、 新宗教などにみられる本覚思想性にふれておきたい。 田村芳郎氏によれば本覚思想の高潮期に 「永遠の生命の活現」 と 「永遠の今」 が唱えられたとあるが、 ((14)) これは新宗教の生命主義的世界観や、 最近は島薗進氏によって新霊性運動とも呼ばれる、 宗教団体に属さないニューエイジ的な運動などに顕著にみられる思想でもある。
対馬路人氏は、 新宗教の世界観の特徴の一つは、 それが世界・宇宙の全体の一個の決して衰退することのない、 産出力に満ちあふれた生命体ないし生命の流れととらえる生命主義を説く点で、 宇宙生命を説く考えにいたる所で出会うと述べている。 「天道は生々にして、 天地に死と申すことは更にえんなきものに御座候」 (『黒住教教書』)、 「大いなる生命が一切者に貫流し止まらず退くことなく……」 (生長の家 『生命の実相』)、 「生命とは宇宙とともに存在し、 (略) なにびとかによってつくられて生じたものでもない。 宇宙自体が生命そのものであり……」 (創価学会 『戸田城聖論文集 ((15)) 』)。
またニューエイジには、 この世の現実の中には眼にみえぬ第二の現実が組み込まれており、 その第二の現実の観点から見れば世界が変わるという実感を持ち、 ((16)) 悟りを至高とする霊性への要求がある。 そこには、 「ビー・ヒア・ナウ」 (今ここに) と合言葉にもなった 「永遠の今」 に気付くことを最高とする、 禅 (鈴木大拙) 経由の本覚思想がうかがえる。
最後に、 創価学会の松戸行雄氏の著作 『日蓮思想の革新−凡夫本仏論をめぐって ((17)) 』 に言及しておこう。 この著作の動機は、 日蓮正宗との離反からくる 「僧侶抜きの教学」 を立てるためであるのは明らかで、 まえがきにあるように、 一つは僧侶抜きの友人葬からの葬式仏教批判、 二つはこれが本書の中心で、 法主血脈相承教義からの脱皮をはかるための凡夫本仏論の論証にあるが、 正宗側となるN氏の批判に応えるかたちで書かれている。 引かれる御遺文は、 『阿仏房御書』 『総勘文鈔』 『御義口伝』 などで、 著書自ら本覚思想を積極的に押し出したと述べているため、 幾つか問題点を指摘したい。
まず、 松戸氏はまえがきで 「一般に葬式仏教を支える寺院制度やそれを正当化する教義というものは、 道元・親鸞・日蓮など鎌倉新仏教の偉大な祖師たちが教え、 広め、 訴えたものと全く関係ないものである。」 と書いているが、 鎌倉新仏教の見方がふるいといえる。 松尾剛次氏によれば、 中世において、 一般庶民から天皇にいたるまでの葬式を行っていたのは鎌倉新仏教教団の方であって、 官僧である旧仏教は死穢を嫌ってそれに従事しなくなっていた。 ((18)) 死穢をものともせず葬式に従事したのは遁世僧 (非官僧) である新仏教教団であることを知れば、 葬式仏教など全く関係ないなどといえないはずだ。
また、 論争点の法主血脈相承については、 日蓮本仏論からくる必然なのか、 日蓮宗にはそのような教えはないため、 ことさらに信心血脈相承を主張しなければならないのが意外であったが、 それゆえ法体の妙法五字の法主血脈相承の正統性を破り、 僧侶抜きにするため、 凡夫が本仏であると主張する必要があるのだろう。 凡夫=本仏ということで、 能化 (僧) 所化 (在家) の階級制度を壊すことも意図している。
では凡夫本仏論とはどういうものなのかを要点のみでいえば、 「妙法五字を法として、 凡夫のみに法が開示され仏になれるので凡夫本仏、 しかしこのことを体現し説いたのは大聖人だから、 大聖人は主師親三徳具備の 『末法の本仏』 『本因妙の教主』、 本尊は大聖人の体に顕現した妙法の人法一箇の本尊」 とする。 また氏は 「大聖人の仏法は内在的な解脱型の宗教」 と述べているが、 これが観心主義的な本覚思想であることは明らかである。 ニューエイジとの関連では、 ヒューマンポテンシャルムーブメント (人間の潜在能力開発運動) を思わせる。 ((19))
また氏は袴谷氏の本覚思想批判にふれ、 その批判の哲学に賛意を表しているが、 これは勘違いしているのではないか。 袴谷氏の立場は徹底的な教相主義であり、 観心主義に対しては真っ向から対立し、 教観一致の立場はありえないとするものである。 袴谷氏が、 正統仏教をつなぐものとして法然浄土教に着目するのも、 法然が絶対凡夫の自覚をもって二元的立場で本覚思想に対したからであり、 凡夫の内にも背後にもいかなる 「本覚」 も前提としなければ他力行しかないとするものである。 だから、 松戸氏のいう 「大聖人は仏教そのものを再び、 阿弥陀仏などの超越からの 『救済』 を立てない内在的 『解脱』 の宗教として回復しようとする宗教改革を目指した」 という見方は、 下種結縁の考えからも違うし、 凡夫にいかなる超越も見ない袴谷氏の批判仏教とも当然対立する。 結局 「内在的解脱」 といっても、 「衆生本来ほとけなり」 ということとどれほどの違いがあるというのだろうか。
以上、 不十分ながら歴史過程にみられる本覚思想とその批判を紹介し、 現在見られる本覚思想的状況に言及したが、 このテーマがはらむ問題は数多いため、 今後は問題の所在をより明らかにして取り組みたいと思う。
註
(1) 黒田俊雄 『歴史学の再生−中世史を組み直す−』 (校倉書房 一九八三年)
(2) 佐藤弘夫 「中世仏教における正統と異端」 (『論集日本仏教史』 第四巻 雄山閣 一九八八年) 参照
(3) 平 雅行 「末法・末代観の歴史的意義」 (『論集日本仏教史』 第四巻 雄山閣 一九八八年) 参照
(4) 平 雅行 「鎌倉仏教論」 (『岩波講座日本通史』 第八巻 中世二 岩波書店 一九九四年) 参照
なお、 こうした 「顕密主義仏教 (大勢) 対新仏教 (少数)」 という対立構図にたいして、 松尾剛次氏は 「官僧僧団 (旧仏教) 対遁世僧僧団 (新仏教)」 を提起している。 前者は、 天皇から鎮護国家を祈る資格を認められた僧団であり、 後者は法然・親鸞・日蓮・栄西・道元・一遍・明恵・叡尊・恵鎮ほかの遁世僧をおのおの中核として教団化した僧団である。 この見方では、 顕密主義では旧仏教内改革派とされた栄西・明恵・叡尊らも新仏教にはいる。 松尾剛次 『鎌倉新仏教の成立−入門儀礼と祖師神話』 (吉川弘文館 一九八八年) 参照。
(5) 田村芳郎 『本覚思想論』 (春秋社 一九九〇年) 六四|六六頁参照
(6) 宇井伯寿・高崎直道訳注 岩波文庫 『大乗起信論』 (岩波書店 一九九四年)
(7) 日本思想体系9 『天台本覚論』 (岩波書店 一九七三年) 参照
(8) 日本思想体系9 『天台本覚論』 天台本覚思想概説 (岩波書店 一九七三年)
(9) 浅井円道編 『本覚思想の源流と展開』 第三章 「宝地房証真の本覚思想批判」 (平楽寺書店 一九九一年) 参照
((10)) 浅井要麟 『日蓮聖人教学の研究』 (平楽寺書店 一九八〇年) 二八七|三一五頁
((11)) 松本史郎 『縁起と空』 (大蔵出版 一九八九年) 五、 五六頁
((12)) 袴谷憲昭 『本覚思想批判』 (大蔵出版 一九八九年) 「序論」 参照
((13)) 袴谷憲昭 『本覚思想批判』 (大蔵出版 一九八九年) 二八九頁、 袴谷憲昭 『唯識の解釈学』 (春秋社 一九九四年) 「まえがき」 参照
((14)) 田村芳郎 『本覚思想論』 (春秋社 一九九〇年) 五三〇頁
((15)) 『新宗教辞典』 (弘文堂 一九九〇年) 二二三頁
((16)) レイチェル・ストーム 『ニューエイジの歴史と現在』 (角川選書 一九九三年)
((17)) 松戸行雄 『日蓮思想の革新|凡夫本仏論をめぐって』 (論創社 一九九四年)
((18)) 「日本の仏教 創刊号 仏教史見直す」 松尾剛次 「官僧・遁世僧体制モデル」 (法蔵館 一九九四年十月)
((19)) レイチェル・ストーム 『ニューエイジの歴史と現在』 (角川選書 一九九三年)
「しかし、 今世紀、 悟りを求める西洋人に深い影響を与えた日本の運動は、 禅だけではない。 日蓮正宗もまた、 西洋に広く浸透してきた。 日蓮正宗は、 かって日本で仕事をしていたイギリスの事業家によって、 一九七○年代にイギリスに紹介され、 一九八○年代後半には、 イギリス日蓮正宗のメンバーが 「アリクス」 というミュージカルを上演したとき、 ロンドンのコンサート・ホールを会員で一杯にするほどポピュラーになった。 このミュージカルの歌詞は、 日蓮正宗と多くのニューエイジの教えとの結びつきを表わしていた。 その歌詞にみられる全体的傾向の典型は、 こんな一節を含んだ歌だった。 『今、 ここに、 天国はあなたの下にあり、 どこか遠くの星のように彼方にあるのではない』。 このように、 地上天国を探求するニューエイジ運動をはぐくんできたといえるのは、 日本から西洋に輸入された諸運動なのである。」 序文より
※本稿は平成六年十月二十八日、 宗務院において開催された第四十七回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものです。