《研究ノート》
妙宗本尊辨考(二)
−大曼荼羅御本尊をめぐる諸問題−
三 原 正 資 (現代宗教研究所嘱託)
はじめに 御本尊をめぐる諸問題の現状
現在、教研会議や研修会で、御本尊についての論議が続いている。そしてそこに浮かび上がってくる問題を整理すると、私見では大体三点に集約されると思われる。
第一に、本尊の勧請様式の現状が実にまちまちである。
第二に、本尊の実体に対する認識が明らかでない。
第三に、本尊の授与に関して問題がある。
この三つの問題について考えるために、先ずここで『宗義大綱読本』等によって本宗の本尊観を確認しておくと、本宗の本尊の実体は「久遠実成本師釈迦牟尼仏」である。その表現様式として聖人御自身用いられたものとしては、首題本尊、釈迦一尊、大曼荼羅、一尊四士、一塔両尊四士の五種がある。この五種のうち中心をなすものは大曼荼羅と一尊四士であり、本宗の本尊論の展開はこの二種の表現様式の違いをどのように解釈するかという点をめぐって展開したのである、と大体言えるであろう。
この経緯から見ると、戦後発展した法華系新宗教中、創価学会が「板曼荼羅」、立正佼成会が「久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊」を、それぞれ本尊としたのは決して偶然とは言えないようだ。さらに昭和三十年の小樽問答の論点の一つが本尊の勧請様式であったことも注意されるべきことである。本尊問題は、戦後から現在に至る日蓮宗の課題の一つであるといえよう。
今、戦後の本尊問題の状況を『宗報』「日蓮宗新聞」に一、二探ると、昭和二十七年開宗七百年の『宗報』には「住職・主管者にお願い」と題して、「信仰の粛正は先ずお仏壇の正しい奉安式からです。……宗門は先年から御本尊奉安運動を起こしているのです」という記事があり、また茂田井教亨師は「新興宗教」と題する一文を寄せて、「檀家の仏壇に於ける本尊様式を一定せしめ、これに反したものは住職が一々教誡を加えるといふことにしてゆきたいと思ふ」と述べている。また、「日蓮宗新聞」には「教学審議会、本尊統一問題を審議」と題して、「御本尊を一定すべしという世論に応えて、昨年来検討しているが、とにかく本尊は多種多様と言っても、いずれも誤りでないだけに、一定した形を定めるには妥協的ならざるを得ないわけで、まことに難しい問題である」と述べている。実にこの記事は、本宗の本尊問題の現状を端的に現していると言えよう。このような経過をたどって、檀信徒の仏壇に奉安する御本尊が「蛇形のお曼荼羅」に決まったのは昭和四十年のことである。これが、本尊の勧請様式、本尊の実体認識、本尊の授与、これら三点に集約される現在の本尊問題の背景である。
第一の本尊の勧請様式に関しての問題とは、例えば、『宗義大綱読本』では「一尊四士と大曼荼羅とは、聖人の内意においては、同一御本尊の異なった表現に外ならない」と規定しているが、実際には、教師・檀信徒がそれを一つのものとして認識しているとは言えない。(人法)二種類の御本尊があると受け止めている現状ではなかろうか。
それどころか、本尊は日蓮聖人であると思っている檀信徒が多いのである。
例えば平成五年六月、中四国教研会議で紹介されたアンケートでは、「日蓮宗の本尊とは」の質問に対して、日蓮聖人……五一・八%、大曼荼羅……二七・一%、題目……九・一%、釈迦……八・八%、観音……一・四%(鳥取県酒井教仁師提起資料)。また、平成五年度秋田県檀信徒研修会アンケートでは、おまんだら……六一%、三宝尊像……三五%、日蓮聖人像……七八%、釈尊像……三〇%(回答者五四名 複数回答 柴田寛彦師提供資料)等とある。ある創価学会員が、「日蓮宗は、私たちを日蓮本仏論と批判するが、私たちはお曼荼羅をまつっています。日蓮宗こそ形を見ると日蓮本仏ではないですか」と述べたということであるが、この結果から見ると笑って済まされない問題である。
第二の本尊の実体認識における問題とは、「同一御本尊の異なった表現」として大曼荼羅を「久遠実成本師釈迦牟尼仏」と拝した場合、教師・檀信徒はその釈迦仏を生き生きとしたリアリティのある仏として実感できないというのが大方の本音である。当然、おマンダラよりもお釈迦さまの木像をおまつりしたいという意見の方がかなりいるのである。
先日、私は横浜美術館において、ベルギーとの国境に近い北フランスのリール美術館所蔵のルーベンス(一五七七|一六四〇)の「十字架降下」というバロック・ロココの傑作を目にする機会があった。かつてリールの教会の祭壇画として描かれた、この縦四二五cm横二九五cmの大作は、圧倒的な迫力で鑑賞者の心を奪い、鑑賞者にキリスト教の精神とドラマを伝えていた。では、私たちが大曼荼羅に対するとき、どのような信仰と感激と理解を以て本尊の実体を受け止めているのであろうか。果たして理解は可能なのか。御本尊は私たちに何を語るのであろうか。
第三に本尊の授与に関しての問題とは、既に多くの人から指摘されているように、おマンダラが店頭で売られている、或いは仏壇の付属品になっているという事実である。これは、創価学会が日蓮正宗を離脱するにあたって本尊をどうするかということが大変大きな問題になったことと、全く逆の現象である。このことは、本宗において本尊が既に本尊の意味を失っている事態を示しているものであり、日蓮宗の存在理由が問われるという、教団にとっては実に大変な問題である。
御本尊をめぐって、宗門はこのような問題状況にあるとみてよいのではなかろうか。そこで今回、御本尊をめぐり、この三点に注意して『妙宗本尊辨』を考察してみたい。
一、仏本尊の主張とその表現様式について
本尊論は重要な問題であるが、私自身を振り返ってみても、大変恥ずかしいことであるが、少し前までは御本尊の認識は、さほど明確ではなかったように思う。この度必要に迫られて『宗義大綱読本』等を読み、少しは認識を深めることができたが、その上で『妙宗本尊辨』を読み直すと、さすがに和上は本尊をめぐる諸問題をよく整理していると、あらためて感じた。
さて本書は、大曼荼羅は「本仏ノ形像」(『充洽園全集』第三編三二七頁 原文漢文体)を表現した仏本尊である、と主張したものである。和上はその理由として十点挙げている(三二七〜八頁)。
@ 法本尊は、寿量品・神力品の意に沿わない。
A 修行者にとって仏本尊がふさわしい。
1、本尊は「宗主」である。仏こそ、それにふさわしい。
2、本宗では三祕を修行するが、三祕は本門の三帰依を表したものである。三帰の初めは仏である。だから仏を本尊とする。
3、良医の譬のように、本尊は私たちが帰依するものであり、法は私たちが持つものである。仏こそ本尊としてふさわしい。
B 報恩抄に本門の本尊は釈迦仏であると示されている。法が本尊であれば、宗主が一定しないので、初心者の修行を妨げる。
C 外道、小乗、大乗教に至るまで、通じて人本尊である。法華経においても仏を本尊とすべきである。迹門が法を本尊とするのは三宝一体を表すためである。聖人は寿量品によって、仏を本尊とする。
D 観心本尊抄は仏本尊である。
E 佐前はともかく、佐後は一向に仏本尊である。
F 迹門は法を顕し、本門は仏を顕す。
G 脇士が人であるから、当然本尊は仏でなければならない。
H 一尊四士、両尊四士、十界本尊、すべて広略の違いである。十界本尊だけが法本尊であろうはずがない。
I 遺文中、本門の本尊に二種類あるという箇所はない。もし法本尊を立てた場合、三祕の中で本尊と題目とを区別する必然性がないではないか。
このような理由を述べて、「当ニ知ルベシ、本尊ハ釈迦仏ナルコトヲ」(三二八頁)、「十界ノ本尊(大曼荼羅)ハ是レ所顕ノ仏体ナリ」(三二九頁)と言うのである。
さて、和上は本尊の表現様式のそれぞれの利点欠点について論評を加えているので、以下、その要点を述べておこう。
木像
@ 一塔両尊……天に二日なく国に二王ないのに、本尊にこの様式があるのは、多宝は衆生の具する仏性(妙境)を、釈迦はそれを悟る知見(妙智)を象徴し、両尊の並座によって成仏の妙致を表す「他経不説ノ高談、今家不共ノ美目」(三四二頁)である。これに四士を加えるのは本迹を分かつため、鬼子母神は行者の守護神であり、また折伏を扶けるためである。しかし、また、宏壮な堂宇と華麗な仏像諸尊は「陋劣」(三四三頁)な人々の意に適したもの、とも評している。
A 釈迦一尊……直ちに釈迦仏が主尊であることが解り、また一尊に対して心が集中できるという良さがある。「但信ノ者ハ仏像ノ増多ヲ楽ヒ、解慧ノ者ハ所尊ノ簡一ナルヲ好ム」(三四三頁)と評している。
B 祖師…四士に擬すならば適切であるが、これを本尊としてはならない。以下、その理由を原文のまま示しておく。「一ニ仏属ニアラザル故ニ。二ニ祖意ニアラザル故。三ニ正本尊ヲ失フ故。四ニ他宗ノ忌嫌ヲ忌ム故。五ニ殆ド邪流ニ堕スル故。六ニ真ノ聖容ニアラズ下凡ノ形像ニ似同スルガ故。七ニ勝ヲ捨テ劣ニ就ク故」(三四四頁)
画像
大曼荼羅……和上は「奇ナル哉、巧方便。貴ヒ哉、最勝尊。出世ノ大事、之ヲ本尊抄ニ説キ、之ヲ曼荼羅ニ図セリ」(三四三頁)と言う。
そしてこの釈迦仏と大曼荼羅を比較して、「無二無別、但ダ名体相ヒ異ナル耳」(三四六頁)「広略木画ノ異ナル耳」(同)と言う。しかし、木像の釈迦は名と同じく釈迦像であるから、親しみやすいが(「名ニ親シク」)本尊の実体にはほど遠い(「実ニ疎ナリ」)、曼荼羅は本尊の実体をよく表しているが親しみにくい、すなわち一長一短がある、とも述べている。そして「当家ノ本意ハ遂ニ曼荼羅ニ在リ」(三四六頁)と結論するのである。
さらに、彫刻、彩画図形の本尊と比べて大曼荼羅の勝れた点を和上は十点述べている(三五七頁)。
@ 表現様式としては尋常のものではない。
A 密教のマンダラ様式とは異なっている。
B 文字は画図よりも尊い。
C 製作しやすいので布教上便利である。
D 木画のように表現上制約が少ない。
E 木画は応身仏を表現するのに適し、文字は三身共に表現できる。
F 無作の三身を表現する首題の中尊は、それ故文字でなければならない。
G 釈迦によって仏界の全て、鬼子母によって餓鬼界の全てを表す。
H 文字で諸尊を表しているので、初心者にもよく分かる。
I 文字は実に自由に表現できる。
まことに大曼荼羅は「巧方便」(巧妙な表現様式)である。昨年度発表したように、それはあたかも虚空会のイメージを絵画的に表現したとも見なせる。しかし、ルーベンスの祭壇画の理解し易さと比較した場合、奇しくも「意味ハ則チ得テ言フベカラズ」(三四三頁)と和上自ら述べているように、実際には私たちが簡単に理解できる対象でないこともまた事実であろう。また、「若シ思量、以テ窮ムベクンバ則チ終ニ妙法ニアラザル也」(三七五頁)という見方があることも付け加えておこう。
またこの御本尊の勧請様式に関しては、最近二回その講演に接した大村英昭氏(大阪大学教授 社会学 浄土真宗本願寺派圓龍寺住職)のアプローチも参考になる。
大村氏は、明治以後近代化した真宗教学を現場の立場から見直す「真宗カトリシズム」運動を進めている。氏の多くの著作の中でも『宗教時代への挑戦』(佐々木宏幹・大村英昭・中村生男共著 春秋社刊)は、本稿を考える上で興味深かった。例えば「お寺一つにしても、プロテスタンティズム的に言えば、なんの飾りもない、親鸞さんの教えを広めるだけの単なる道場、聞法道場でいいわけです。ところが、実際は立派な荘厳をつけているわけですよ。(略)教団というものは、そういうものを堂々と持ってるくせに、教学になると、聞法道場、サンガに徹しろ、ご本尊はただお名号でええんだ、というわけです」(二三二頁)と、いわゆるホンネとタテマエの違いを突き、実はホンネの部分にこれから検討すべき大切な宗教的な本質が隠れていることを論じている。
さて彼我の立場は違うので一様に比較はできないが、大曼荼羅様式を大村氏の言うプロテスタンティズム、造像様式をカトリシズムに当てはめて考えると、十界造像様式や祖師像は「陋劣」な一般大衆のためとみなす和上を、プロテスタンティズム的と評すことができよう。教学の近代化を画した結果と言えようか。また同書(二一五頁)で中村生雄氏(静岡県立大学助教授 日本思想・比較宗教)は西欧のカトリックの聖堂内部の宗教空間と密教のマンダラ空間の類似を指摘しているが、掲載写真(トレド大聖堂主祭壇)を見ると本宗の十界造像本尊と共通した雰囲気が感じられる。立正佼成会本部の聖堂内部にはカトリック聖堂の影響がみられると思う。様式と言うものは、東西、宗旨を問わず、共通した部分を持っていることを理解しておくことも大切であろう。
そこで、考えてみる時、分かりやすいと言われる本宗の木像本尊、各種の画像に、果たして本当に現代人の感覚に訴える力があるだろうか。その様な視点で本尊の様式を考えたことがあるだろうか。最近の木像本尊等を拝していて、私は疑問を感じるものである。その点、すでに述べたようにリール美術館所蔵ルーベンスの祭壇画「十字架降下」は、その写実的にして象徴的、まさにマンダラ的手法によって、見るものにキリスト教の本質を訴えてくる圧倒的な力を持っていた。この絵は対抗宗教改革の運動の中で、大きな力を発揮したであろう。これに対して、奈良の古寺は秀れた仏像を本尊として安置しているが、信仰運動には見るべきものはないようである。逆に創価学会は一軸の板マンダラで多くの信徒を獲得した。板マンダラの功徳と国立戒壇建立を目的に掲げたからである。
このように、本尊の表現様式は実に一長一短、信仰の在り方、宗教運動の進め方と絡んでいて、一様に論じるわけにいかない。これから検討しなければならない課題である。
現代の日本にあっては、一例を挙げると、建築家安藤忠雄の寺院建築、教会建築には新しい感覚を見ることができる(「芸術新潮」一九九三年九月号)。本年(平成五年)九月中央教研の研修で訪問した四谷曹洞宗東長寺のデザインも良かった。大曼荼羅本尊の意義の把握による総合的な宗教施設を構想する計画を、総弘通運動の中で是非試みるべきだろう。その時こそ本尊論議は本当に意義を持つと言うものである。
二 御本尊の実体は何か−大曼荼羅の世界観−
聖人が本尊という礼拝対象物を、それまでの「彫刻本尊」「彩画図形」(三五七頁)に対して紙墨による「文字列名本尊」によって表現された意義は、すでに和上によって指摘された。基本的には、表現しにくい虚空会の世界を表現するため、また文字マンダラは信仰者自ら製作できるため等と、要約できる(高木豊『日蓮−その行動と思想−』一六四頁 評論社刊)。
さて、大曼荼羅には釈迦仏のリアリティ(実在・現実・真実)を感じられない、というのが大方の感想に違いない。それに対して、本書を読みながら今までに解ってきたことは、逆説的であるが、実はおマンダラこそが「実ニ親シイ」(三四六頁)。すなわち釈迦仏の真のリアリティを示したもの、と和上が考えていることである。「当今ノ機縁、実ニ釈迦ニ依テ得道ス。而ニ却テ釈迦ノ実身ヲ識ズ。迹ニ迷テ本ヲ亡ズ」(三四〇頁)、「滅後ノ有縁ハ曼荼羅ノ図像ニ依テ本師ノ本形ヲ拝シ及ビ己心ノ妙法ヲ知ル也」(同)。すなわち釈尊とはあなたが考えているようなものではない、単なる仏像によって表現できるものではない、と和上は主張しているのである。このとき和上は釈尊をないがしろにしているのではなく、「若シ釈迦ノ即是ナラズンハ何ヲ以テ自己ノ即是ニ達セン乎」(同)と釈尊の悟りの内面を問題にしているのである。『如是語経』に「比丘たちよ、たとい比丘が、わたしの和合衣の裳を執り、後より随行して、わたしの足跡を踏もうとも、もし彼が……惑うてあるならば……わたしは彼から遠く離れてあるのである」(増谷文雄著『仏陀』角川選書二七五頁)とあるのも、同じ事情を物語るものであろう。
日蓮聖人においては、『守護国家論』の「法華経は釈迦牟尼仏也」(定一二三頁 原文漢文体)、そして「応化非真仏と申て、三十二相八十種好の仏よりも、法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給候へ」(『御衣並単衣御書』定一一一一頁)という表現がある。また、「此文字の数は五百十字也。一一の文字変じて日輪となり、日輪変じて釈迦如来となり……」(『法蓮鈔』定九五一頁)や、「法華経の本門の略開近顕遠に来至して、華厳よりの大菩薩・二乗・大梵天・帝釈・日・月・四天・龍王等、位妙覚に隣り、又妙覚の位に入る也。若ししかれば、今我等天に向てこれを見れば、生身の妙覚の仏が本位に居して衆生を利益する是也」(『法華取要抄』定八一四頁 原文漢文体)、「摩耶夫人は日をはらむとゆめにみて悉達太子をうませ給ふ。かるがゆへに仏のわらわなをば日種という」(『撰時抄』定一〇四五頁)等の表現には、釈迦仏が歴史的人物に止どまらず、真理、宇宙、自然のはたらきと一つのものとして、聖人によって仰がれていることが分かる。このことから考えると、聖人が開宗時に清澄山頂より昇る日輪に向かって唱題されたという伝承には教学的根拠があり、まさに聖人が大自然の姿に釈迦仏(大曼荼羅)の相を観られていたことを示すものではなかろうか。
さて、本書第二章「正弁尅体」中の第二節「簡所顕本体」の記述の中に、和上の考えた釈迦仏の本体−大曼荼羅の世界観−を探ってみよう。
先ず「無作三身ノ教主釈尊」が「寿量所顕ノ仏体」であり(三三〇頁)、これが大曼荼羅である(三三二頁)と言う。
無作三身の釈尊の形相を描出して言う、「本有常住ノ浄土、久遠無始ノ実報国界ハ其形ケダシ大宝蓮華広大妙台ノ如シ。其中央ニ無始無終常住不滅ノ仏有テ住在ス。是ノ仏ノ一身一念能ク大宝蓮華広大法界ヲ成就シ、一身一念円ニ散テ広大法界ニ周偏シテ無量ノ国界ヲ成就シ荘厳セリ。即チ名ケテ実報無礙ノ浄土ト為ス……」(三三〇頁)。このように華厳経を彷彿とさせる叙述が続く。そして「三界ノ色身、若ハ仏、若ハ衆生、悉ク是レ本仏示現ノ妙色身、無始ノ妙用、普現難思ノ形相也」「十法界皆ナ本仏一念ノ同体、一心ノ内境、一身ノ妙色」(三三二頁)と述べる。すなわち、この世界の一切の現象は釈迦仏の体であり、心に他ならないことを、大曼荼羅は示したもの、と説明している。この観点から見ると、歴史上の釈迦仏はこの常寂光土の本仏が凡聖同居士に示現したものであり、いわゆる応身の釈迦仏は本仏の無限のリアリティの一つであり、私たちを含めて存在の全ては本仏に他ならないという壮大な世界観を示していると言えよう。
さて、和上の言葉に従えば、いわゆる「事観」から導き出されるこのような世界観は、これまで原始的な宗教観念としてのアニミズムに見られがちであった(大村氏前掲書一四一頁)。そのために荒唐無稽なものとして、宗教の近代化の過程で顧みられなくなった。しかし今、そのような世界観が新たに種々の角度から注目されていることについて触れておこう。『宗義大綱読本』が「本仏釈尊の内観の世界」、本仏の「所証」、『信行必携』が「本仏釈尊の悟りの世界」「仏さまの心」等と述べていることを、現代人の感性に即して表現してみると、どのようになるか。大村氏はこの点について「科学が神秘を解明してきてるというか、逆に保証してきているんですね」(前掲書五一頁)と述べている。
@世界は一つの生命体||エコロジー的世界観と大曼荼羅||
私は以前、『本尊略辨』の一節を引用して、現代科学の到達したエコロジー(生態学)的世界観がそこにすでに見られることを指摘したが(「現代宗教研究」二十二号所収)、今日、私たちが大曼荼羅の世界観に第一に注目し、学ぶべきことは、先ずその事だと思う。本年の第十八回全布連代表者会議では、福岡克也立正大学教授が「宗教者は環境問題をどう考えどう実践するか」と題して講演し、その資料には「地球は水圏、地圏、大気圏、生物圏の四つの圏域によって構成され相互に有機的なバランスを保ちながら結びついている単一の生命体である」という表現がある。「単一の生命体」という表現に私たちは注目すべきだと思う。この世界は一つの生命体という考え方こそ、和上の大曼荼羅の世界観と共通している。事実、『一念三千論』(第三編九八頁)には「十界一身」という表現もみられる。大曼荼羅は、この世界の全ては釈迦仏の心であり体であり働きであることを示したものである。かのマザー・テレサは飢えに苦しむ人々を指して、「かれらは神の体です」と述べたということである。近代化の中で私たちの失った感情のひとつに、自然、見えないものへの畏怖の念がある。次の文章は、そのことを指摘したものの一つである。
「俺なんかからすると、環境問題は、まず菌に対する認識のなさの問題だと思うな。日本人には、見えない物は無いと同じ。……熱帯林をぶった伐って植林すればよいと思っているのも同じ。雑木林にブルドーザーを入れるのも同じ。そこは計り知れない『金(菌)の山』だということが見えないのだ。」(「週刊ポスト」一九九三年十月八日号所収「ほっとけ森からの報告」 註 ほっとけ森……秩父山中の森)
私たちはまさに見えないものによって生かされている。現代世界を取り巻く大きな課題を解決する上で、世界は一つの仏の命という大曼荼羅の教えを、私たちは真剣に受け止めて行こうではないか。
日蓮聖人の自然観について、庵谷行亨師は「聖人は有情と非情を一如とみなす一念三千法門に釈尊の世界を信認し、これを現実の社会に具現していこうとされた。それは人間生活と自然環境とが調和した不滅の浄土である」(「正法」五十九号所収「草木成仏」)と述べている。
A「宇宙の大いなる実体」||現代物理学と法華経||
これは作家の石川英輔氏が『未来妙法蓮華経』(講談社文庫)で、諸法実相や久遠本仏を指して使った言葉である。宮沢賢治によって法華経を知った石川氏は、現代物理学や心理学の知識によって法華経の理解を試みたのである。一例を挙げよう。
「これも、うまく表現しにくいけれど、ぼくたちは、自分が感じているような孤立した個人ではなく、実は何かとてつもなく大きなものの一部で、たまたまその表面に顔を出している時だけ表層意識があって、これが自分なのだと思っているだけだとでもいえば近いでしょうか」(三五一頁)と作中人物に語らせ、すでに現代物理学と大乗仏教との区別ははっきりしないと述べている。このことばと、『本尊辨』の「十法界皆ナ本仏一念ノ同体」とは、その意味は全く変わらない。また石川氏は「悟りは、意識と無意識の境を取り払って、宇宙の大いなる実体と一体化することだと考えれば、法華経はよく分かります」とも述べている(「現代宗教研究」第二十七号所収「どう説いたら人は法華経を理解できるか」)。これなど「自ラ隔異ノ色心ヲ

シテ本仏ノ自心ニ帰ス」(三三〇頁)の一節を彷彿とさせ、和上の本尊観に最も近い表現ではなかろうか。
B臨死体験||霊山往詣は本当にあるのか||
『中陰書』の異称で知られる『上野殿母尼御前御返事』(定一八一〇頁)、『千日尼御返事』(定一七六一頁)を読むと大曼荼羅は私たちの死後の状態(霊山往詣)をイメージしたものと見ることができる。この事を考える上で、一九七〇年代に入ってアメリカを中心としてにわかに始まった臨死体験の研究を私たちはもっと注目すべきであると思う。レイモンド・ムーディの『かいまみた死後の世界』(一九七五年 評論社)は記念碑的著作だが、今年は立花隆訳『バーバラ・ハリスの臨死体験』(講談社)、メルヴィン・モース&ポール・ペリーの『臨死からの帰還』(徳間書店)等が目についた。
臨死体験はなぜ重要なのだろうか。第一に臨死体験は私たちの死後の存在の可能性を示唆しているからである。第二に臨死体験者はその過程で神的な存在と出会い、ときには同一化を体験し、それによって人格の変容と生き方の大きな変化を経験するからである。臨死体験においては、近代において否定されてきた死後の存在と神的なものの存在が普通の人々によって体験され、それが多数の研究者によって多方面から研究されているのである。
実は日蓮聖人の御遺文には、『開目抄』の有名な一節「日蓮といゐし者は……頸はねられぬ。此は魂魄佐土の国に至りて……」を初めとして、臨死体験の視点から見て興味深いものが多いのである。
たとえば「生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給はりし事ありき。日本第一の智者となし給へと申せし事を不便とや思し食しけん。明星の如くなる大宝珠を給ひて右の袖にうけとり候し故に……一切経の勝劣粗是を知りぬ」(『清澄寺大衆中』定一一三二頁)という聖人の体験は、必死の修行過程における神的存在||光||の出現による、人格の変容、新しい能力の獲得という臨死体験の一パターンを示していると解釈することが可能である。また「ただいまに霊山にまいらせ給ひなば、日いでて十方をみるがごとくうれしく、とくしに(死)ぬるものかなと、うちよろこび給ひ候はんずらん」(『妙心尼御前御返事』定一一〇四頁)という表現は、まさに臨死体験者の言葉を彷彿させるものである。
法華経の「一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山」(寿量品)や「臨命終時 得聞此経 六根清浄 神通力故 増益寿命」(不軽品)等は臨死体験を連想させる。
和上は、大曼荼羅の依文(根拠)として前掲の寿量品の一節をよく示す(三二六頁)。大曼荼羅に示された霊山浄土の実在を示唆するものとして、臨死体験は説得力を持つのではなかろうか。ただ、中條暁秀師も「日蓮のいう霊山浄土とは、今生の娑婆否定の上に建立された死後の他土ではなく、如説修行に生きぬいた法華経の行者にして始めて、往き着くことのできる浄土」と指摘している(日本仏教学会年報第五八号所収「日蓮の仏土観」二八二頁)ことに注意しておきたい。
さらに関連した問題に触れておきたい。本来の葬式仏教は悪いものではないと私は考える。僧侶が人間にとっての最大の問題である死と取り組み、人々の課題に応じることは大事なことである。問題は葬式仏教がほとんど形骸化し、実際に僧侶が生の意味を教え、死を越える人生観を示し、死の不安を解消する等の活動を行っていないことにあるのではなかろうか。只このことについては、中村生雄氏が、近代になって死が病院の管理下に入り家族でさえも臨終に立ち会えなくなったという状況を指摘していること(前掲書五四頁)を考えておく必要がある。この点で、NHKスペシャル「チベットの死者の書」(一九九三年九月二十三、四日放映)は感動的であった。臨終時のチベット僧の活動、アメリカでエイズ患者に対して行われているダイイング・プロジェクト、すなわち「バルドゥ・トェ・ドル」(「中有における聴聞による大解脱」意味。『チベットの死者の書』 ちくま学芸文庫刊)の朗読による死の不安の解決、などには学ぶべき点があるのではなかろうか。「毎日新聞」(一九九三年十月十九日)読者欄に「臨死体験の科学的解明に期待」と題して、保田尚子氏が杏林大学の秦教授の臨死研究やチベット仏教に触れて次のように述べていた。「考えてみれば、人間生まれれば遅かれ早かれかならず死が待っている。その臨死体験などを話題にすると、けげんそうな顔をされるか、変人扱いされるのが今までは関の山だった。(略)臨死体験など、死後の世界が科学的に解明されれば末期のがん患者、絶望のふちにいる人たちの恐怖感を和らげ、少しは明るい希望がもたらされるのではないかと期待している。」
以上三点において述べてきたが、これを整理すると、大曼荼羅(事観)は、私たちの生命(身心)は自然の次元においても、物理的次元においても、そして霊的次元においても、私たちを超えた大きな生命に支えられているという世界観を示していると言えよう。そしてこのような現在の知的探求によって、かえって大曼荼羅の信解が再発見され、本仏の実在と三世にわたる私たちの修行ということが了解されてくることを理解しておくことが大切ではなかろうか。付言しておくと、宮沢賢治の作品は、法華経をこの様な観点からとらえたものと私は思う。
さて和上は本書第二章第五節「弁釈本尊相貌」中、二十項目によって大曼荼羅本尊の意義を説明しているので、次に示しておこう。
一 霊山一会儼然未散相 二 十界衆生皆成仏道相
三 依正不二諸法実相相 四 一体三宝常住不滅相
五 一念三千事観成就相 六 深信観成浄土現前相
七 感応道交行者成仏相 八 妙法蓮華法諭所詮相
九 諸仏内証円証法界相 十 本門教主威儀成就相
十一 四句要法宣示顕説相 十二 虚空会上皆成仏位相
十三 自住当位各修護持相 十四 三千羅列本有常住相
十五 唯一妙法総別互成相 十六 一念三千不思議境相
十七 行者一心功用円満相 十八 葢国同帰戒壇成就相
十九 広大法界円照明鏡相 二十 三身四士当位相即相
この和上の綿密な考察によって、大曼荼羅はまさに「一切ノ法門、帰趣セザルナシ」(三六二頁)の壮大な法門をそなえた御本尊であることが分かる。私たちは喜びを以て仰ぎ、そして探求していこうではないか。
おわりに 大曼荼羅授与に関わる諸問題
大曼荼羅御本尊には、すでに和上も指摘しているように、文字で諸尊を表しているので初心者にもよく分かり、かつ製作しやすいという特徴がある。そのため、聖人御自身したためられた御本尊が百二十五幅もの多数現存しているといえるであろう。もっとも多数の御本尊が今日まで伝わったのは、弟子信徒の懸命の格護の働きによることを忘れてはならない。例えば天文法華の乱のとき、焼き討ちにあった本国寺の本堂に信者の一人が駆け入って、仏壇の奥に掲げてあったご真蹟の曼荼羅本尊を引き下ろして避難したということが『本国寺年譜』に伝えられている(「日蓮宗新聞」一九九三年十月二十日号所収 中尾

「ご真蹟に触れる」)。また安国講師のしたためたお曼荼羅の総数は、曼荼羅大小一万二十幅、一遍首題一万二百七十と記録されている(「日蓮宗新聞」一九九三年七月二十日号所収 宮崎英修「日向配流の日講上人」)。これらの事実から、大曼荼羅は製作し易く、持ち運びも便利で、大衆への布教に大変力を発揮したことが分かるのである。しかしそれは和上が、『像師相承鈔』を引用して「若シ能ク恭敬シ志心ニシテ書セバ則チ出ス所ノ本尊、功徳二ナシ。又云ク、筆迹ノ美醜ヲ見ズ徒ダ能ク礼拝恭敬セバ則チ利益別ナシ」(三七五頁)という人々の信仰に因ったのである。
今日ではどうか。教師は世襲制度、信徒は檀家制度の中にいるために、入信というイニシエーション(儀礼)を欠き、信仰において実に不十分な状態であろう。大曼荼羅は精々お札程度の取り扱いを受けている。これに対して新宗教の場合は、その動機は様々であっても、必ず入信儀礼において本尊が授与されるという位置付けがなされている。だから本宗の本尊授与に関わる問題は、寺檀制度のリストラを計り伝道宗門への発展の中で根本的な解決は果たされる。それは現代世界の動向の中で、聖人が『観心本尊抄』に「一閻浮提第一ノ本尊此国ニ立ツベシ」と仰せられた壮大なみ心に、私たちがどれだけ取り組むのかに関わっているのである。
※本稿は平成五年十一月十九日、身延山短期大学において開催された第四十六回日蓮宗教学研究発表大会において発表したものに加筆したものである。