日蓮宗 現代宗教研究所
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所報第28号:69頁〜 北陸教研中間報告「仮称日蓮宗行学林」の概要及びカリキュラム案 ←前次→

北陸教研中間報告@
「仮称日蓮宗行学林」の概要及びカリキュラム案
 間 宮 啓 允 (現代宗教研究所嘱託)

   一
北陸教研法器養成部会においては、四年前から宗門の教師養成をテーマに討論が重ねられて来た。その議論の過程において、現在の教師養成システムの抜本的改革の必要性が部会参加者相互の共通認識であることが確認された。この認識に立ってさらに議論をすすめた結果、宗門関連の概存の教育僧堂施設を生かしつつ、これら諸施設で施される教育修行経験を統合、撤抵し、最終的に日蓮宗教師としてふさわしい人材として確認、これをもって教師資格を認定する新たな教育機関設立の可能性に言及されるに至った。そこで、現宗研の研究員を中心に平成三年〜平成四年にわたってまとめられた「仮称日蓮宗行学林」設立に関する基本構想案(以下「基本構想案」と略す)を討議資料として、これを北陸教研法器養成部会において検討した。その結果、大筋において「基本構想案」は支持されたが、一方「基本構想案」の具体性のとぼしさを指摘する意見も多く出された。これを受けて以後、北陸教研法器養成部会としては、より具体的な行学林の概要を検討していくことで意見の一致を見、法器養成部会担当の教研運営委員を中心に、
  ○「仮称日蓮宗行学林」概要案
  ○「仮称日蓮宗行学林」におけるカリキュラム案
  ○「仮称日蓮宗行学林」の施設概要
  ○「仮称日蓮宗行学林」設立経費の試算案
の四項目を具体的に研究、提示してゆくことが合意された。この合意を受け、法器養成部会担当の教研運営委員が、これまで部会参加者から出された種々の意見をもとに検討、研究を重ねてきたものの中間報告が以下に掲載、解説されている事項である。
 従って以下に記載されている事項は、北陸教研法器養成部会参加者から出された意見を集約、発展させ、具体化したところのいわゆる「仮称日蓮宗行学林」のモデリングの一例なのであって、個々の具体的内容については、北陸教研参加者全員の支持を受けているものでもなく、又これが北陸教区の教師全員の意見を代表しているわけではもちろんない。このことは前提として読者にしっかり認識していただきたいところである。
 しかし、教、化、研、究、会、議、と命名され、開催されている以上、具体的内容についての個人的な讃否はともかく、参加者の意見を検討、集約した結果、或いはこれらを発展させた形の研究成果の発表は当然なされるべきであろうし、又これらを宗務当局に積極的に提言してゆく努力は、この会議の性格上、絶対に必要であるとの認識に立って、以下の事項を掲載し解説を加えるものである。
 繰り返すが、この中間報告はあくまで北陸教研法器養成部会という場において、宗門の教育制度について関心を持つ参加者の意見を集約、発展、具体化したものにすぎない。問題点、指摘さるべき点の多いことはもとより承知のことである。であるからこそ、種々の場を通してこの問題を提起し、内外の様々な意見を聞き、これを修正発展させるべきは当然のことであることについては論をまたない。
 以上述べたことを前提に、以下検討いただければ幸である。

   二
 現宗研嘱託として、現宗研内の「仮称日蓮宗行学林施設についての構想案」の作成に関わり、又三年前から北陸教研の運営にたずさわり、なかでも北陸教研法器養成部会の中心運営委員として活動して来た者として、きょう、北陸教研法器養成部会の研究の中間報告をせよとのことで、末だ全くの未完成のものでありますが、本日この場にもってまいりました。とりあえず読んでいただければわかるように書いておいたつもりですが、以下一応手元にお配りした資料を読み進めながら、そのつど説明を加えてゆきたいと思います。
一、カリキュラム編成の目的
先に提出された「仮称日蓮宗行学林新設に関する基本構想案」(以下「基本構想案」と略す)第一項に述べられる「開設の目的」(二十一世紀以後の社会に即応できる真の伝道宗門づくりに向け、その担い手たる理想の本宗教師を育成するため、一貫した宗門教育制度の核として開設する)が目指す人材育成の基本理念を具体化するものとして、本カリキュラム案は策定されなければならない。
二、カリキュラム編成の基本方針
行学林に求められる人材育成の要件は次のごとくである。
教研で、学林に何を求めるかということを聞いた結果、大体次の三点に集約できるのではないかと思います。
@入林者本人の信仰が形成、確立する場としての行学林の役割
先ほど申しましたように、ただ技術だけを習得しても、それはお坊さんじゃないという批判に対応するために、まず学林の一年間の生活の中で、個人の信仰が確立、増進されることが必要であろうというのが、第一点であります。
A現代社会へ積極的布教、教化を果たし得る人材の育成
未信徒を教化できる人材を、とにかくこれから学林の中でつくっていただきたいということが、第二点であります。
B寺院の後継者育成
以上の三点を満たすものとしてカリキュラムは策定されなければならない。一年間という限られた時間の中で、以上の要求を満たすことは極めて困難であるが、個人の資質や個性を伸ばすため、土曜半休、日曜全休等、限られた時間の中であってもできるだけ詰め込み主義を排したゆとりのあるものとしたい。
また、入林者が抱えるさまざまな特殊事情を考慮して、できるだけ柔軟性を持つカリキュラム案としたい。
三、カリキュラムの概要
本案第二項で述べられた人材育成の三要件を満たすための具体的なカリキュラムの概要を述べる。
@信仰の形成、確立の場としての行学林の役割
個人の信仰の深浅、有無は基本的には本人の心の問題であり、本人の生得の資質あるいは学林入林時に至るまでの本人の経歴(家庭環境、学歴、職歴、友人関係、師弟関係、それらを含めた個人の世界観)によって大きく異なるはずである。
これら個人の差異を少しでも縮めるものとして、現在、僧風教育の徹底が叫ばれているのであるが、これをもってしても完全を期することはできないであろう。
そこで、この要件に関しては、ただカリキュラムの内容にのみその解決を求めるのではなく、行学林全般の指導のあり方、環境、雰囲気等、カリキュラムの上であらわすことのできない部分を含めての対応が必要であると思われる。
重複するが、信仰ということは一義的には個人の心の問題であるため、期間中の学林全体の指導者を含めた信仰的雰囲気、あるいは指導者、同窓生に対する敬愛、尊敬という心の交流、また、後述するが、学林期間中に設定される三十五日間の報恩、誓願のための修行期間での厳しい自己の問い直し、回心等を通じて、総合的に個人の信仰の形成、確立を目指すことが肝要である。
これ、これ、これを習いましたから信仰心が確立しましたというカリキュラムはないということです。学林の全体の雰囲気、あるいは学林の中の人間的な関係、交流の中から信仰心、指導者に対する追慕とか尊敬から、信仰心はある程度確立されるものではないかということで、これはカリキュラムだけではあらわせないだろうということを言いたいのです。
A教化、伝道者育成の役割
「基本構想案」第四項にあるがごとく、現代社会に対応できる人材の育成には、次の四点の基本科目の修得が必要であると思われる。
イ、教師の信仰の裏づけとなる教学(仏教学、日蓮教学、法華経学、宗門史etc)の修得
ロ、現代社会に対応し得る教化学(教化の基本戦略、戦術の体系化)の修得
日蓮宗は、この点、全然できていません。この人をどういうふうな戦略で、あるいは戦術で教化をしていくかという、戦術・戦略の体系化が全くできてない。私は、これをやるのが教化学ではないでしょうかと思って、これを書いたわけです。
ハ、教化実習、及び法要儀式の修得
ニ、その他、現代に即応できる人材に必要と思われる一般学の修得
B寺院後継者育成の役割
寺院の存在意義の基本は、布教教化の場としての性格にあるのであって、前記二項の修得によって、自然に寺院後継者としての要件は満たされてくれるものと思われるが、寺院を取り巻く現代社会の情勢にかんがみ、強い経営学、宗教法人法規等の特別講義を設定する。
四、修得項目案策定の際の留意点
修得項目案は別紙(註(1)を参照)にあります。大体これくらいが修得項目として必要じゃないかというのを、修得項目案として挙げてあります。後ほど目を通しておいてください。
前述したごとき、本学林に求められる入林要請の三要件を満たすために必要と思われる具体的修得科目策定については、以下の三点に特に留意することが必要である。
@本学林は基本的に日蓮宗学、仏教学、法華経学等の学問的な研究の場として想定されているのではなく、入林者個人の信仰確立の場となることを目的として設立されるものであるため、特に教学関係の科目については、その名称それ自体は従来のそれと同様であるにしても、その内容は単に学問的知識の習得のみに重点を置かれるものであってはならない。あくまでも入林者本人の信仰的世界観確立に寄与すべく、宗教的、信仰的色合いの濃いものとなることが望まれる。
なぜこれを書いたかと申しますと、私自身が非常に悩んだことがありまして、私自身が不勉強だと言えばそうですが、私は立正大学を出ましたが、立正大学では、法華経は紀元前後に成立したものであるということを、まず仏教学で教えられるわけです。じゃ、法華経はお釈迦様の真説じゃないんだなということになります。一方でそれを言っておいて、お祖師様の御遺文を読むわけです。お祖師様の御遺文は、天台大師の教相判釈をかなり引用されるわけです。仏教学で法華経はお釈迦様の真説じゃないということを教えておきながら、全く会通することなしに御祖師様の御遺文に入っていく。じゃ、これは書いていることは全然根拠がないんじゃないかということになるわけです。
ですから、私自身はお祖師様の御遺文を読むときに悩んだ点でありまして、全然事実は違っているのに、古い昔の人の教相判釈を持ってきて、法華経が一番だということをおっしゃる。これは一体どういうふうに会通したらいいのかということが、私はわからなかった。だれも教えてくれなかったです。いまだに悩むところでありますが、そういうことではなくて、日蓮宗の教師としてそれを一体どう会通していくか。お祖師の御遺文をいただいて、それをどう檀信徒に説いていくか。そういう宗教的、信仰的色彩の強い教学の教育は非常に必要ではないか。これは私の実体験から、こういうことを書いておきました。
A本学林修了者が、修了時点ですでに教化伝道の第一線において活動可能であることを心がけるべく、教化実習、法要儀式実習等、具体的活動の場を想定した実習項目をできるだけ多く取り込む。
要するに、法座の開き方など実際に法座を体験してみる。後に書いてありますが、この学林には檀信徒研修施設も取り入れて、そこで檀信徒も研修をする。その檀信徒の研修を学林生にやらせてみたらどうかという意見もありました。帰ってすぐに布教の第一線に立てるような人材を育成することを目的として、実習項目をつくるべきだというわけです。
B本学林修了者が具体的に活動する舞台は、複雑多様化し、その結果さまざまな問題を抱えた現代社会である。宗教人としての本宗教師がその社会からさまざまな場面において突きつけられる問題に適切に対応し、それを布教教化の機会としてこそ、立正安国という我が宗門の大目的に沿うものである。
その観点から、宗教と現代社会との重要な接点であると考えられるさまざまな問題について、特別講義科目を設定することが必要である。
以上の点を考慮して、別紙に示すごとき修得項目案を策定した。
別紙(註(1)を参照)に「修得項目案」として掲げてありますが、教学部門、歴史部門、法要儀式部門、それから一般学に分けてあります。
第四項のBで述べたのは一般学です。一般学としては、家相学とか手相学も教えていいんじゃないか。社会福祉理論あるいはカウンセリングの問題、あるいは医療問題、特に脳死の問題は今かなり問題にされています。さらに人権の問題、宗教法規の問題。現代社会が宗教者に対していや応なく突きつけてくる問題に対して、これを特別講義という形で、ぜひ学林で修得しておかないといけないのではないかということを考えて、一般学というのを設けてみました。五、年間カリキュラム案策定の意図
本学林が入林対象とするところは、「基本構想案」に明記されるごとく、二十歳以上の男女沙弥であるため、入林者の年齢、その履歴等についてはかなりのバラツキが予想される。
このことを踏まえて作成されるカリキュラムはあくまで宗門によって現在制定されている一週間の僧風林、度牒のみを受講し、その他の僧堂生活経験を全く有しない者を、全寮制を基本とした一年間の連続した学林生活をもって、本宗教師としての要件を満たす人材として育成することができるものでなければならない。
全く僧堂生活を送ってない者を、一年間、学林へ入れて本宗教師にするということが基本になければならない。
しかし、現在の宗門にあっては、教育、研究機関として既に立正大学仏教学部、身延山短期大学が存在する。
これは、先ほど述べた既存の施設はどうするのかというところです。
また、僧堂生活の場としては身延山、池上等、各本山、寺院における随身制度、あるいは宗立熊谷学寮、谷中学寮がある。これら既存の施設を経て、ある程度の学問的知識、僧堂生活体験を持つ入林者も多数にのぼると予想される。
これら入林希望者の履歴のバラツキに対応するために、別紙(註(2)を参照)年間カリキュラム案に示したごとく、一年間の学林生活を大略すると次のようになる。
◎四月〜五月第一期研修期間
本宗教師として教学、教化実習、法要儀式等の各部門において必要最低限の資質を修得する基礎教育期間。
◎六月〜七月第二期研修期間
◎八月自主研修期間(夏季休暇)
第二期研修期間は、第一期の研修を深める期間です。八月はお盆もあることですし、自主研修期間(夏季休暇)としました。
◎九月〜十二月第三期研修期間
第一期研修期間において修得したことを土台として、各部門において、より広範な僧堂体験、専門的知識、技術、布教経験等を修得することを目的とする。
◎一月第四期研修期間(報恩、誓願行期間)
現在の信行道場にかわるものとして、身延山の既存施設において三十五日間、ただ信行一途の僧堂生活を通して宗祖に直参する修行期間。
この期間の体験を通して自己を問い直し、自身の信仰を確立し、本宗教師としての自覚を持って生きることを誓願する。
これは一切何も教えない。ただ信行だけの期間であります。こういう報恩、誓願行の期間というのは必要ではないか。
身延山で十二月三十一日の除夜の鐘を聞いて入って、二月三日の節分に出てくれば、ちょうどいいじゃないか。その期間は身延山の団参でどんどん人が来て、身延山もにぎわうからいいんじゃないかという意見もありました。
◎二月〜三月第五期研修期間
現代社会と宗教人としての本宗教師との接点になるであろうと思われるさまざまな問題についての特別講義期間。
この期間に開講される科目は、原則として公開講座とする。
先ほど私が挙げた一般学、人権問題とか社会福祉の問題とかを公開講座にして、宗門全体に開いて、二月〜三月で特別講義形式にして、どんどん教えていったらどうだろうかということを、第五期研修期間として提案しました。
以上、第一期〜第五期の各研修期間の概要を記した。
前記したごとく、本学林は原則として一年間の連続した学林生活を通して、本宗教師としての諸条件を満たす人材を育成することにあるが、僧堂生活経験あるいは修得科目の重複を避けるため、入林以前の個人の履歴の程度によっては、後述のごとき特別処置を設定する。
イ、立正大学仏教学部、身延山短期大学修了者であり、三年間以上の僧堂生活経験を有する入林希望者に対しては、宗門(及び学林)の定める第一期研修期間、第二期研修期間あるいは第三期研修期間の各々研修期間の受講免除試験の受験資格を得られることとする。
何を言いたかったかといいますと、私は身延山に三年いて、その後、立正大学へ四年行ったという方があるとします。立正大学を出たから、それでいいのではなくて、一番問題になるのは立正大学の四年間で一体何を身につけたかということであります。身延山に三年間いた、その三年間の身延山の僧堂生活で一体何を得てきたか。それが一番問題なのでありまして、ただ修了したという事実をもって免除するということは、いかにも形式的ではないかと思います。
だから、ここで一番問題なのは、宗門が果たして日蓮宗教団の僧侶として、どういう人材を宗門は欲しているのか。そこをまず宗門が明確に持っておらないというところに、一番問題があるのだろうと思います。ですから、仏教学部あるいは僧堂生活を経験している者については、宗門が、これだけのことを布教師として当然クリアしていてほしいというガイドラインを設定して、その試験を受ける。そして、宗門が要求しているものを、皆、満たしている者については、第一期、二期、三期の研修期間は免除しようじゃないか。あるいは一部しか満たしていない者は、第一期だけ免除してあげましょう、あなたは第二期まで免除してもいいでしょう、あなたは何もできていませんから最初からやり直してくださいというガイドラインを宗門で設定してもいいのではないかなと思って、イの項目を設けました。
ロ、入林希望者の年齢あるいは肉体的条件、その他の特殊事情等、学林がこれを認める場合には、宗門が本宗教師として必要最低の条件を満たす基礎教育期間として設定された第一期研修期間、加えて信心確立の修行期間である第四期研修期間の受講のみによって、僧階昇叙の限定をつけて教師資格の取得を許可する。
高齢で、とても一年間の学林生活に耐えられないという人もいるでしょう。そういう人には、日蓮宗の教師としてこれだけは知っておいてほしいというものを宗門が設定する四月〜五月の研修期間を受けた後、報恩、誓願行の第四期研修を受けて、僧階昇叙を限定した上で日蓮宗教師の資格を与えるということも考えていいのではないか。
ハ、師僧の遷化等によって緊急に教師資格の取得が要請されている入林希望者についても、前記のごとき第一期、四期のみの受講、あるいは宗門の定める認定試験合格を条件として、僧階昇叙の限定をつけた第四期のみの先行受講を認める。
師匠が死んで、一日も早く日蓮宗教師としての資格を得なければならないという特殊事情のある場合、第一期の研修も受けられないというのであれば、試験を通った後、緊急避難的に信行道場の三十五日間の報恩、誓願行だけの先行受講を認めてもいいのではないか。
ただし、残存する第一、二、三、五期の各研修期間を、五年の年限を設けて分散取得し、通年研修の場合と同等の資格を与えることを認める。
一年間入林できない人の場合は、五年の年限を切って別々に取得して、同じ僧階を与えていくことを考えてもいいのではないか。

   三
最後に、いろいろ図(註(3)を参照)を書いた資料がありますが、昨年の北陸教研で、来年までにちゃんとした行学林の絵をかけ、設計もしろ、そして、幾らかかるのかちゃんと示してきなさいという要請がありましたので、檀家さんですが、不動産の設計、デザインなどのコンサルタント会社を持っている私の友人に、行学林のデザインを簡単にしてもらいました。対象人員、指導員、必要施設等々を簡単に列挙してもらいました。参考までに申しますと、最低限三千二百七十二坪の建て坪が必要だということです。
北陸教研では、これを飯高檀林の跡につくればどうかという話が出ております。もし飯高につくるとすれば幾らの予算になるのか。どんな施設が要るのか。北陸教研で考えていくつもりであります。こういうことも積み重ねて、カリキュラム案と具体的な予算、簡単な図面をことしの北陸教研法器養成部会にかけたいと思っております。
以上が、「仮称日蓮宗行学林新設に関する基本構想案」を受け、さらに北陸教研で出たことを集約して、今、案としてまとめつつある「行学林におけるカリキュラム案」の中間報告であります。(拍手)
※本稿は、平成五年二月十日五反田ゆうぽうとにおいて、テーマ「宗門の教育を考える」のもと開催された第五回教団研究懇談会にて発題されたものを筆録したものです。
















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