日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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所報第28号:4頁〜 都市宗教の現在−実践教化の一試行− ←前次→

教化学研究
都市宗教の現在
 −実践教化の一試行−
 秋 田 光 彦 (浄土宗應典院住職・教化情報センター21の会事務局長)

はじめに
 ご紹介いただきました大阪の浄土宗應典院住職、あわせて大蓮寺副住職を務めております秋田でございます。しばらくの間よろしくおつき合いをいただきたいと思います。
 最近、東京や大阪など都市部においていろいろと寺院の変貌が見られるようですが、ぼくのお寺二つとも大阪のちょうど中心地に位置しています。今日のお話はこれがひとつのモデルであり、体験的な都市寺院論ということになろうかと思いますので、予めご承知ください。
 活動を通じて問いなおしていくかたちをとっていますので、副題に「実践教化の一試行」とつけさせていただきました。これらの活動は組織的なコンセンサスも何もない、いわば全く我流のものでして、しかもこういう若輩ですので、今日言ったことが明日はどんどん変化していく。これが明確なぼくの教化ビジョンとは、まだまだ言いがたいのが実情です。そういう話で構わないというこちらからのご依頼でしたので、お許しをいただいて、とにかく今現在、ぼくが考えていること、あるいは活動していることを中心にお話を進めてまいります。
 表題の「都市宗教」というのは、ぼくの造語ですが、まずその概念について、予めご説明しておきます。都市宗教というのは情報化、経済化、メディア化、もちろんその他諸々ですが、いわゆる現代的な変質の過程の中で宗教が新しく生まれ変わっていく−これは世俗化という命題と同意ですが−それによって、寺院のみならず従来の宗教活動あるいは僧侶の意識変化を招く、さまざまな現象を、とりあえず全体的に都市宗教と、ぼくの場合言わせていただいております。大きな概念として、大体こういうことを念頭に受け止めていただきたいと思います。
都市宗教の諸相
 まず、最近の体験談からお話いたします。
 ぼくのお寺では、四十年前から境内で幼稚園を経営しております。都心の幼稚園の割には園児も多く、今では五百人ほどの子どもたちが通園しています。従って、園児の母親である二十歳代、三十歳代の女性方とは日常的な交流があるわけですが、その母親たちを対象に、一昨年から経典講座を開催しています。教養講座というよりも、むしろ慈母の心でいかに子どもとかかわるか、生き方のヒントみたいなものを経典から学び取ろうという企画で、大学の先生とカウンセラーの先生、そしてぼくの三人で絡み合いながら経典を読むという趣向の連続講座です。
 第一回目は、大乗の入門ということで般若経を取り上げました。意気込んだものの、鼻からそんな参加者を期待していない。経典講座なんて、決して華やかなものではありません。朝の十時から昼の一時まで三時間、ごく一般的には敬遠したいというのが本音でしょう。ですから、参加はわずかでもいい、とにかく開催することに意義があるんだと、気負いながら募集を始めたわけです。
 ところが、驚いたことに、申し込みが百人ありました。五百人いる父兄の五分の一ですから、これはたいへんな数で、園内で幼児教育の講演会を開いても、こういう数は集まらない。もうひとつ驚きましたのが、皆さんの熱心な態度といいますか、三時間の間、誰れ一人中座する人がいない。中には抱いている乳飲み子がむずかるものですから、出口のところで立ったまま聴講している母親もいまして、非常に感激いたしました。学者とカウンセラーと坊主という取り合わせも関心を引いたのかもしれませんが、いざぼくが喋る段になって、聴講のお母さん方と向かい合った瞬間、カルチャーセンターにはない、ある種求道的といいますか、非常に真摯なまなざしを感じたわけです。
 若い人から仏教離れが起こっているとか、このままだと仏教は滅びるなんて風なことをよくマスコミが論じたりしていますが、これは全くのウソですね。百人の女性たちが、自分の生き方の指標を仏教から学びとろうとしている。
 逆に注意しなければならないのは、何かそういうマイナスイメージ的なものがあるとすれば、それは仏教そのものではなくて、仏教界あるいは仏教周辺の世界に起因していることで、これと仏教とを同義に論じることは、非常に危険ではないかとぼくは思っております。
 「葬式仏教」という言葉も、あまりポジティブな意味では使用されませんが、ぼくは葬送は立派な仏教文化だと思います。それを葬式ビジネス化した一部の仏教界と同義で語るということも、全くナンセンスではないか。最近、本屋さんでは、既成仏教教団を強い論調で批判する、ぼくは「仏教バッシング」と呼んでいますが、その手の本がたくさん出回わっています。そういう本には、大概、江戸時代まで溯り、寺請制度がどうだとか、幕藩体制の保守云々というような昔の話を持ち出して、だから元から葬式は寺の収入源で、日本仏教の堕落の源なんだと、歴史的に断定してしまうような論調が多い。でも、あれはほとんど本質的な論点のすり替えではないでしょうか。
 今、葬式は都市生活における一つのシステムとして組み込まれていて、葬式という形態やそこに派生する経済関係を本質的に変えていくことは、非常に難しいことです。むしろ考えなくてはならないのは、現代の仏教や寺院を語る時、なぜ葬式だけにしか着眼されないのか、ということだと思います。
 いきなり結論を急ぐようですが、原因は明快で、ぼく自身の自省も含めて、恐らく葬式を優先し、庶民の日常の生活の中でほとんど仏教を語らない、あるいは修行にせよ学問にせよ、仏教を行わなくなった僧侶たちの怠慢を率直に認めざるを得ない、ということですね。また、いわゆる葬式仏教化や仏教全体の沈滞を、信仰する対象のほうが仏教離れしているからだと、主体と客体とをすり替えてしまうような危険性が私たちの潜在にもあるのではないかということを、最近痛感しています。
 最近、葬送の自由というのが、マスコミを賑わしています。散骨についても、今まで禁止されていたものが、かなり規制が緩んで自由に行われるようになった。「個人墓」とか「もやいの塔」とか、日本の家族制度そのものであった墓制を見直す動きもある。マスコミの報道でご存じの方もあるでしょうが、大阪の民間が経営しているある葬祭場では、レーザー光線やシンセサイザー音楽を使って「ハイテク野辺送り」という葬儀を行っている。葬式のショー化ですね。都市における死の様相がすごい勢いで変わってきているように、ぼくは感じています。
 一つ一つの事例を、ここで検証する時間はありませんが、都市の中の死を取り囲む周辺の、変態的ともいえるような現象を、ぼくたち僧侶に対する世俗側からの無言の批判であると受けとめることはできないでしょうか。それを考えると、ぼくたち宗教者の内面の問題が、今、改めて鋭く問われていると感じています。
 さらに考えていくと、こういった現象が事実となって受け入れられていくうちに、やがて状況が先立って、宗教者の意識に内部変化を引き起こすことも考えられないか。いうならば、現代は、僧侶自身のアイデンティティーが揺らいでいる時代ともいえるわけです。しかし、超高齢化社会を迎え、少産多死の中で、お寺はますます葬式仏教化していくだろう。それは都市寺院の経済的な安定化を意味します。同時に客観視や自己批判の機会を失うことも意味しているわけです。
 とりあえずフィールドワークということで、そのいくつかの事例を見ていきたいと思います。
後継者問題が意味するもの
 まず初めに、後継者の問題について考えてみたいと思います。すでに、宗門子弟の問題は、多くの教団でいろいろ問題になっていますが、われわれ浄土宗の宗門立の佛教大学がこのところいろいろと話題を巻くことが多い。マスコミの注目度も抜群で、受験生集めがうまいともいわれる。今年の受験者総数が何と一万人、昨年度の受験者数が四六〇〇人ですから、その倍以上の志願者がこの春受験しました。佛教大学史上、空前の人気を誇っていると言っても過言ではないでしょう。
 で、世間は今、私学ブームですから、志願者が多いと、どこでも入れたらええわということで、今までエアポケットだった仏教学科に受験生が殺到します。そうすると、従来は、とりあえず宗門子弟の受け皿として存在していた仏教学科が、入学生の供給部門の筆頭になる。たくさん受験生が増えるから、どんどん狭き門になってくる。当然、偏差値が上がってくる。十八歳人口は、今年が一番多いんですが、しばらくはどこの私大も受験者過多で、狙い目として仏教学科が狭き門になります。
 そういう現状を大学がどう思っているか、聞いてみました。大学側はそもそも仏教学科を文化的な学科として成り立たせたかった。ところが、現実は宗門子弟の養成の学科になってしまっている。全部がそうだとは言いませんが、ライセンス取得のための教習所みたいなものだった。ところが、今は、一般の在家の子たちが仏教学科を志願してくる。資格とか職業とかいうレベルではなくて、純粋な学問として仏教を学ぼうとする学生たちが出現してきている。これは大学としては、非常に好ましいことであるという見解なんですね。しかも、偏差値の高い、特に女子学生がどんどん仏教学科に入ってくる。こうなると、割の合わないのが、宗門の後継者たちです。今まで特待生のようにのんびりおりましたのが、いきなり足蹴にされて、狭き門から締め出される状況が現在あるわけです。
 これはオーバーに言いますと、未来の教団の死活問題につながるといいますか、人材養成の問題にもろに波及します。当然、浄土宗でも宗議会あたりがかみついて、本家筋の宗門子弟が佛教大学に入れないというのは本末転倒であると、大学を当惑させています。実情はよく分かりませんが、後継者の親にしても、浪人されたり、よその大学に行かれたりして、わが子に妙な色気を起こされてもかなわんという本音もあるそうですが、ともかくこれは浄土宗のことだけではなくて、いろいろと各教団で物議を醸し出しているのはご存じだと思います。
 そこで、伝統教団の大学の中で、一番はっきりと後継者救済策を打ち出したのが、龍谷大学です。龍谷大学は真宗本願寺派の経営している大学ですが、ここは法学部から経済学部、今や理工学部までありまして、完全に総合大学化したマンモス大学です。ここでも同じような問題が教団と起きて、いち早く対応策が打ち出された。伝道者推薦入学制度という制度ができ上がったのです。これは仏教学科の志願者のある一定枠に資格条件を与えて、受験者も枠を区切るというものです。得度者及びその予定者という資格要件です。その資格条件を満たさなければ、どんなに優秀な女子学生が受けに来ても、それはダメというふうにオミットする。
 確かにこれで少しはお坊さんの子供も入りやすくなったそうですが、問題は伝道者推薦入学の中身です。受験生の多くは普通十八歳ですが、十八歳の若者に、この「伝道者」という切符はどういうふうに映るのだろうか。「伝道者」という概念は、大学ではカリキュラムによって規定されるんですが、その内容は、浄土宗の佛教大学の仏教学科でやっていることとはあまり大差ない。宗史や教義、和讃とか布教研修とか、そういったことが伝道者の要諦なんですね。
 ストレートな物の言い方をしますと、現実の社会の中で僧侶の役割が非常に揺らいでいるといいますか、根を失いつつある。早い話、仏事の世話人に終わっているのではないかという強烈な自覚は、ほかならぬ後継者自身が一番強いと、ぼくは思っています。ある雑誌の取材で、相当数の後継者の人たちに集まってもらってアンケートを取ったことがありますが、その中でも「親の跡を継ぐのは嫌だ。仏事の世話役としてしか機能しないようなお坊さんになるのは嫌だ」と、皆はっきり言っていました。
 後継者問題を考えるときに、ぼくは伝道とか教化といった概念を、もう一度根元から見つめ直さないと、根本的な問題は何も改善されないのではないかと思います。とりあえず入学制度を変えて、仏教学科の構成を変えて、宗門子弟は入りやすくなったとしても、本質的な後継者問題の解決にはならない。
 こちらにも立正大学という立派な大学がおありですし、駒沢大学、大正大学、それぞれの宗門立の大学がありますから、いろいろな方法論があって当然だと思います。宗派の特性もあるだろう。それを一々指摘する立場ではないのですが、今、僧侶という職業観−僧侶が職業かどうか、また論議があると思いますが−もっとわかりやすく言えば、僧侶の使命感と言っていいかもしれませんが、それに対する視線が後継者問題からポッカリ抜け落ちていると、ぼくは感じています。
 例えば、脳死や臓器移植の問題、環境問題、人権問題など、我々が対応していくべき社会の問題は数多くありますが、そういう現在のさまざまな表情に、いわゆる伝道学というのは何を応えようとしているのでしょうか。結局、現在のお寺が習俗の世界の中で完結してしまっているということを、恐らく大部分の宗門子弟たちは体験的に感じ取っているのではないのか。ぼくは世襲制が悪だとは思わないけど、師弟の教育関係を失った世襲制は単なる譲渡でしかありません。日本女子大の島田裕巳先生の言葉を借りれば、「家業」となった僧侶職をかなりの後継者たちが無自覚に引き継いでしまっているというのが、現実の構造でしょう。大学も教団も、師僧も、後継者に対し、誰も本気で「現代」を伝えようとしない。
仏教界の自生的自信喪失構造
 妙な話ですが、元来強烈な自己像を持っているはずの仏教者なのに、その基礎がかなり甘くなってきている、ということを感じます。例えば天台・真言・浄土の三派が経営する大正大学は、ご承知のように、今年仏教学部から人間学部へと改組しました。そのとき、学長先生がこう発言された。「これからは人生仏教学ではなくて、応用仏教学の時代なんですよ」と。この「応用仏教学」という言葉に対し、また批判が上がる。大学は経営優先のために勝手に仏教を解体して、都合よく書き換えようとしている、というわけです。京都の佛教大学でも、ポスターをはじめいろいろな試みをやっていますが(写真−1)、この時も同じような批判が出た。佛教大学は意図的に本家色を薄めようとしている、というのが概ねの意見ですね。



 でも、佛教大学はそういう批判にさらされながら、ここがさすがなんですが、外部のポスターで話題を集めながら、内部でずっと文部省の助成を受けて、新しい僧侶養成のカリキュラムを開発していました。ご存じの方もあると思いますが、それが結実し、今年の春から日本で初の看護(ビハーラ)僧の養成コースとして開設されました。いわゆる看取りを学問と実践の両面から修得していこうというもので、極めて実験的な試みです。受講者は数十人と少ないのですが、ここには非常に有為な人材たちが集まっていると聞いています。最終的に大学が何を志向しているのか知る由もありませんが、少なくともそれは現場の中で相当イメージがくたびれてしまった仏教を、今度は大学が主導して新たな器に移していこうとしている。それが大学教育の中における新しい僧侶観であったり、僧侶の役割論や使命感のフレームをつくったとしても、極端な不思議はないわけです。そういうことを言いますと、必ず宗会議員の方たちはこうおっしゃる。「現代の僧侶の規定を果たして大学がつくれるものなのか。伝統的に師資相承の形で引き継がれてきた法脈は、能天気なキャンパスに継承されていくのか」と。これから十八歳人口がどんどん減りますから、やがて私学はどこも冬の時代がやってきます。「大学が生き残っていくための個性化のPR」という意見もあります。
 本当は一つ一つていねいに検討していくべきでしょうが、いまの構造では誰も僧侶養成の責任主体にはなりえない。教団自体も、自分たちの内部の教育力が非常にくたびれてきたことを知らないわけではないのです。現場の末寺に至りましては、法務が忙しくて、そんなことを考える暇もない。教団も大学も寺院も、すなわち仏教界のコアを占めるあらゆる立場の人々が一番大切な、最急務であるはずの後継者養成の主軸となるものを見失っている、と思います。
 裏を返せば、僧侶の社会的な役割、現代的な意味が、我々自体に非常に認識されにくくなっているとも言えるのではないでしょうか。それは長い長い葬式仏教の道のりと無関係ではない。こういうぐるぐる循環していくような構造を、ある人が「仏教人の自生的な自信喪失構造」と茶化されていました。
進む都市寺院の経済化
 もうひとつ都市の仏教を考えていく上で見落とせない問題があります。それは経済化の現象です。
 都心にあるお寺が、境内地に大きな駐車場をつくった。そこの和尚さん「檀家の需要もあるし、駐車場経営も、立派な現代教化だ」なんておっしゃって、周りの顰蹙を買った笑い話があります。(笑)
 駐車場にせよ、賃貸マンションの経営にしろ、現代寺院の経済化現象は、大体お寺のプライバシーの部分として、あまり皆さん触れようとしない。檀家や法類という関係性はあっても、実際はほとんどそこの住職の考えだけでやっているというのが実情でしょう。
 どうもぼくたちは、現代化とか近代化という言葉に弱いのですが、お寺の駐車場経営にしてもマンション経営にしても、そういう現代的な寺院経営の中に宗教的意味をどこに求めるのか。あるいは初めからないのか。そこを明確に見分けておかないと、寺院活動とは何なのか、という本質的なことを見誤ることになると思います。大都市の中心ですと、お寺の境内地に葬祭会館を建てるのが当世流です。それは、それでだいじなことでしょう。でも、そのこと自体が、しばしば仏教の社会化だとか、仏教の現代化だという言語で語られる時、一体次の時代の都市寺院あるいは都市の宗教のグランドデザインはどういうものになっていくのだろうか、とぼくは心寒いものを感じてしまいます。
 曹洞宗の宗門大学である駒沢大学に、仏教経済研究所という不思議な名前の研究機関があります。ここの研鑽研究員の武井昭先生は、同時に高崎経済大学の教授も兼任されていますが、このバリバリの経済学者が、駒沢大学の委嘱を受けて、ある調査研究をした。その研究テーマが「首都圏寺院経済の現状と課題」というもので、三年前にこのレポートが発表されました。首都圏の多くの寺院の調査に基づいて、今後の都市の寺院が取り組むべき課題として、最終的には三つのポイントにまとめられたわけです。
  一、情報に見合う土地の有効利用
  二、情報化、サービス化
  三、女性や子供の重視
 これはもちろんお寺をどんどんビルにして賃貸しなさいとか、駐車場を建てなさいということではありません。この言葉を決して額面どおりに受けとめてはいけない。このレポートの発表当時は、まだバブルの風が吹き荒れていて、東京や京都の寺院が地上げされるというニュースが報道された頃です。お寺が競うように高層化し、マンションとかテナントビルに変身した。そういう時期であったことを勘案しますと、恐らく武井先生は当時の大変無計画な、時には無節操とも言えるような都市寺院の変貌に対し、経済学者として、新たな視点を指し示そうとされたのではないか、と思います。この方は僧侶ではありませんが、非常に熱心な禅宗の信者です。新たな視点というのは、たぶんそこを切り換えていかなければ、仏教界全体が陥穽にはまるという一流の警鐘でもあったのでしょう。
希薄化する聖の記号
 でも、武井先生の意見に対し、やはり異論が出ました。社会のニーズだとか、寺院の経済的な基盤づくりだと言っても、お寺の境内地をわずか一部でも他に転用することは、境内地の宗教的な意味を喪失させることだ、という意見です。
 今、お寺だけではなくて、教団や本山が都心にビルをどんどん建てる。ホテルを経営している教団もあります。どのような理由や意味づけが寺院や教団側にあったとしても、それらが日本人一般に共有されない限り、理解されない限り、ビルはビルであり、駐車場は駐車場であって、企業や個人が経営するものと何ら区別することはできないわけです。そして、この意見は、「いわゆる寺院の近代化や経済化というのは、非常に安易で積極的な現世適応である」と断言している。つまり、仏教が持っている宗教性を自ら去勢してしまっていると指摘しているわけです。
 ぼくのところのお寺も、幼稚園を経営しております。浄土宗の場合は、浄土宗保育協会というのがありまして、連絡組織であると同時に、教化体系みたいなものができ上がっている。ところが、どんなにビル経営しているお寺が多くなっても、東京浄土宗賃貸ビル組合というのはありませんね(笑)。恐らく大部分が寺の住職の個人裁量に任されている。でも、幼稚園は園児が減って休園が相次ぐのに、寺は賃貸だろうがマンションだろうが用途は不問で、高層化さえしてしまうと、これが現代の教化センターだ、みたいに、非常に安易に称賛されてしまう。業界紙ならそれもいいんでしょうが、教団レベルでは誰もちゃんと考えようとしません。
 だから、さきほどのような意見が出ます。寺の近代化=世俗化という図式です。
 ぼくはその意見については、もちろん理解できますが、やみくもに寺院の近代化を全面否定するつもりはありません。孤塁を守ることもたいせつですが、同様に社会へ関与することにも慎重に視線を払っていきたい。
 その後、武井先生とそれに対する反論がどういう決着になったか、結末を知りませんが、ぼくは浄土宗が教化宗団であるという大前提に立って、少なくとも浄土宗寺院は、動態化していく選択も必要な場合があるのではないかと考えています。
 個人的な主観で語ることをお許しいただければ、ぼくは今のお寺がどれほど聖なる意味を持ち得るのだろうか、甚だ疑問を持っています。都市には一見聖なる記号をまき散らすかのような空間があふれています。すべてとはいいませんが、現代人にとって聖なるものは大部分は消費行為によって充足されるものかもしれない。そういう近代都市のメカニズムの中でガッチリと組み込まれてしまって、脆弱化したイメージしか持たない寺院は、むしろ積極的に動態を繰り返しながら、大胆にその文体を書きかえていかなければならないのではないか、とぼくは考えています。
 乱暴な言い方ですが、境内地さえあれば、それが聖地なんだ、というような自覚がまずぼくら内部の人間からだいぶ失われているんじゃないか。むしろ、ぼくたちはこれから、より広い意味の聖性というものを別の文体で描き出す、そういう組み換え工事をしていかないといけないのではないか。とりわけ次の時代を生きる青年僧侶にとって、そういう視座は不用ではないと思っています。
 くりかえしますが、現在の寺院の聖性のイメージは非常に薄弱になってきている。それを未来の都市寺院の文脈にぼくたちはどう書き換えていくのか。あるがままのものをそのまま受け継ぐことだけではなく、その上に新しい聖性のイメージをどのようにつけ加えていくのか、そこが大きなポイントになるでしょう。
 もちろん、いいことづくめで都心のお寺が経営していけるわけではない。収益事業があって当然だし、経済性に敏感でないとお寺だって安心できない。だから、ぼくはさっきの組合じゃないけど、こういったケースについて教団は少なくともある程度、情報化しておくべきではないかと思っています。東京や大阪でどういう寺院の経済化があるか、それを適正な情報としてオープンにしながら、これからの都市の寺院のありかたについて検討を加えていく、そういう時代に来ているのではないでしょうか。
 実際にぼくも、武井先生の指摘を自分なりに咀嚼しながら、いま自分自身がその問題に直面し、いろんな試行を繰り返しています。次はその辺のところを、具体的に事例としてご紹介していきます。
光聖寺Edビルの実験
 理屈めいた話はこのぐらいにおきまして、今日は副題に「実践教化の一試行」とありますように、今ぼくがかかわっている二つの寺の復興ケースについてご紹介させていただこうと思います。
 予め言い訳をするようですが、これが現代教化の成功例だという気は毛頭ありません。情報公開を言った手前、あくまで一つの実例として、自分の内情をお話しますが、今まで申し上げた都市宗教の特性をよく含んだ部分もありますので、あくまで参考として受けとめていただければ幸いです。



 図−1に示したように、三つのお寺が非常に近い区域に位置しています。立地はいずれも都心で、あたりは有数の商業地域ですが、幸いなことに寺町ですのでこのあたりだけが風致地区に指定されており、無闇な開発はできないようになっています。
 本寺にあたるのが大蓮寺、その塔頭で應典院、そして法縁にあたる光聖寺になるわけですが、この大蓮寺が四十年前から幼稚園を経営しておりまして、これがたいへん活況で園児も五百名ほどおり、施設も拡張されて、いま境内の相当部分を占めています。この幼稚園は宗教法人立でありまして、ぼくの父(大蓮寺住職)が園長も務めています。
 ぼくは長男で、弟が一人おります。この弟が数年前ご縁あって、近隣の尼寺の光聖寺に後継者(現副住職)として入寺しました。後ほど詳しくお話しますが、この光聖寺がこのたびビルに変わり、その教化部門として蓮美文化研究所という新しい機関をつくり、ぼくがそちらを担当しているというかたちです。
 それから、ぼくが住職を務めております應典院は、まだ更地のまま建物はなく、平成八年の復興を目指し、計画を立案中です。このことは、後ほどお話します。




 大蓮寺がそもそも幼児教育に取り組むようになったことにも、図−2のような歴史的な背景がありますし、ここは大阪の上町台地という非常に文化性の高い立地であることの特徴も見落とせないのですが、とにかく大蓮寺を核に、こういうネットワークがある、ということをご理解ください。
 そこで、光聖寺のことですが、ここは尼寺であったものを弟が入寺して、彼が中心になって新築計画が進められました。それまで、戦後間もないときの木造建てのままでしたので、新たな復興を祈願し、一昨年より計画を導入、昨年一月に着工、今年の三月にビル名を光聖寺Edビルとして再興いたしました(写真−2)。
 再興にあたっては、いわゆるディベロッパーはまったく関係していません。寺の人間とごく一部の専門家だけで、慎重にコンセプトをつくっていきました。未来のお寺はどうあるべきかという議論を何度も重ねました。言うまでもありませんが、寺院には教育大衆化の先駆けとしての歴史があり、文化拠点としての機能も忘れてはならない。とりわけこの界隈は、大阪の文教地区でして、イメージとしてもぴったりで、何より四十年の幼稚園経営で、その辺のノウハウは豊富にあった。こういった要素を一つのコンセプトにまとめて、光聖寺の再興プランを練ったわけです。
教化事業を外部と提携
 最初から自営のビルとして考えていましたので、ビル全体のカラーを打ち出すことが比較的容易でした。名前のEdビルのEdとは Education からとってあります。一階から六階まで、各教育関係の会社が入っていますが、これらはほとんど今回のビル建築のために創立された会社で、寺の人間が誰か責任役についています。




 とりわけ特徴的なのは、二階三階にあります蓮美文化研究所という組織です。
 ここの経営基盤はいわゆる幼児教室で、乳児幼児を連れた母親が毎週1回通園してレッスンを受けます。内容は生活に根ざしたいろいろな経験活動なのですが、核家族になってこういう形態が非常に求められているのか、たいへん好評をいただいています。
 この組織に文化事業部門がありまして、ここが光聖寺と提携して、いろいろな教化事業も受け持っています。同じ一族だからできることでしょうが、発想としては教化=教育事業ととらえているから、スタッフも混乱はありません。株式の法人組織ですが、仏教をモチーフにした新しい仏教文化の教化事業推進体という位置づけをしています。
 写真にあるのが、その活動の一つで、毎月第二土曜に行われている「蓮の子劇場」(写真−3)です。光聖寺Edビルの一階には、お寺直営の貸しホールがありまして、これを無料で蓮美文化研究所に貸与し、地域の子供たちを集めています。お寺のライブシアターというのがテーマで、今年の五月以来、毎月、コンサートあり人形劇あり、手品、ダンスと盛り沢山にやっています。
 また大人を対象に、心の問題も取り扱っています。「こころの教室」(写真−4)というのがレギュラーでいま一クラス十名程度の班が七つほどあります。「ロータスカルチャーサロン」では、心理学や教育学の分野でさらに深い勉強会を開催。一般にセラピー教育とかいわれていますが、心の内面を考える場の提供ということで、これも蓮美文化研究所が教化事業として取り組んでいます。他に準備中なのが、国際問題、人権問題への取り組みで、アムネスティや仏教系のNGOに参加しながらいま勉強を進めています。
 むろん、こういったことが即教化という風に思っていません。受講者は本堂にお参りするわけでもないし、お経のひとつあげるわけでもない。ただ、そこがお寺という場所で、そこに仏教者がかかわっていることが、やがて自発的に菩提心の芽生えと結びついていくのではないかという期待が、ぼくにはあります。気長くじっくり時間をかけて育てていこうと思っています。
 お寺が教化部門を外部に委託して、共同歩調を取るというのは、他に類を見ないところではないかと思います。民活ではありませんが、そういう三者を巻き込むことで、ある程度の緊張感や義務感が生じることは、けっしてマイナスではありません。
フィランソロピーは企業の菩薩行か
 この発想には、下敷きがあります。最近、メセナ(企業文化活動)とかフィランソロピー(企業の社会貢献)という動きがいわれます。バブル後も緩やかに上昇線を描いており日本の企業活動の底辺がすごく広がった。企業が人材、資金などを社会に還元して、社会奉仕に役立たせていくといった構造が、ごく自然なことになってきている。利益追求、人材独占だけでは企業は社会に根づいていかないという考え方が、だいぶ以前から言われ出しています。
 有名なところでは、東急文化村、資生堂、サントリーという大会社が社会貢献ということでいろんな文化事業をやっています。映画や美術館だけでなく、地域文化の助成や地味な研究の顕彰や老人福祉や奨学金まで、いろいろなことをやっている。大きな企業がそういう利潤還元をするのは当然としても、ぼくが注目しているのは、そういう気運が中小の、地域密着の企業にも浸透し始めているということです。
 去年、大阪コミュニティ財団というおもしろい財団ができました。大阪は典型的な中小企業都市で、一部の企業を除いて、とても新聞やテレビを賑わすような大きな事業はできない。だけど、中小企業の中には、百万円、二百万円という金額でも何とか社会に還元したい、役立たせたいという経営者がいらっしゃる。しかし、そういうお金をどういうふうにして、どこの機関を通じて奉仕したらよいか、わからない。そこで、大阪府がこの仲介の財団を全国に先駆けてつくりました。ここに寄附金を預ければ、寄付者がオーダする内容に応じた奉仕団体との仲人をしてあげましょうという文化の縁結びのシステムなんですね。
 だから、例えば蓮の子劇場というボランティア団体があって、ここが助成を求めて、コミュニティ財団に登録をする。で、ある企業が地域の子供たちの文化に役立たせたいということで百万円を寄附したいという場合、財団が仲介して蓮の子劇場が、その浄財を頂戴するということが構造上は可能なわけです。そういう試験的なシステムが、既に行政で始まっている。
 ぼくは、これを聞いて、昔の寺檀関係を連想しました。昔の檀家さんが浄財をお寺に納める、お寺はそういうスポンサーシップを受けて、寺の造営やあるいは文化事業に取り組んだ。直接檀家には見返りはないが、でも、未だにその関係線は連綿と続いています。
 こういう企業の社会貢献活動を、誰かが「企業の菩薩行だ」と−それはあまりにも言い過ぎだと思いますが−言いました。菩薩行と言うには根拠があって、ヨーロッパが本場といわれるメセナは、多分にキリスト教的風土と関連がある。自由、平等、友愛というキリスト教の精神風土が、お互いを助け合って生きていこうという相互支援の構造をつくっている。社会福祉が充実し、社会奉仕の体制がきちんと出来ている。それが日本へ輸入されて、そのベースを仏教の教理(布施行・利他行)が担うことがあっても、不思議ではありません。
 まだまだ試験的なものでありますが、要するに現代版勧進を蓮美文化研究所と光聖寺がタイアップしながら進めていく。昔からある檀那と菩提寺のパートナーシップの精神と同じことです。布施というものを媒介にした社会的あるいは文化的なコンセンサスづくりと言いましょうか、今、ぼくたちが光聖寺で取り組んでいる一例であります。
 前に述べたように、高層ビル化された寺院にとって、重要なことはその新たな器の中に聖価値をどのように生み出すかということです。その作業は、同時に都市における寺院の役割とか僧侶のありかたという問題と通底してくる。それを専ら自分自身に問い直してみたいと思っただけです。お寺という聖域が、これだけ情報化し、近代化しながらも、なお発光し続けるものがあるとすれば、それは寺院が本来持っている力、つまり人々の心を癒し救う役割を今の手法で取り返すことではないか。ぼくたち青年僧が開発しなければならない手法というのは、現代的なそのノウハウづくりではないかと、最近、感じております。
サテライト教化の教訓
 手法ということが話に出ましたので、次にメディアについて考えていきたいと思います。最近メディア布教、メディア教化という言葉がよく使用されますが、昔からいわれる視聴覚教化というのと、少し概念が違う。その定義はまだ曖昧です。
 例えば現在少し暗礁に乗り上げた感がありますが、佛教大学の「いのちの大学」構想というのがある。いわば通信衛星を使った、浄土宗寺院=生涯教育システム・ネットワークです。
 佛教大学という学校は、通信教育では日本一の学生数を誇っています。それと、八年前にシティキャンパスというコンセプトで、大学直営のカルチャーセンター「佛教大学四条センター」を京都の市中に設けました。会員が十二万人いるそうです。また、近々学校の郊外移転計画があり、移転先の小さな町と協同して、地域住民のためのケーブルテレビジョンにもかかわっている。こういう実績から、「いのち大学」の構想が浮かび上がったわけですが、佛教大学で発信されるさまざまな情報を放送化し、全国の浄土宗寺院に通信衛星を使って発信する、という大学のネットワーク事業としては非常に大規模なものなんですね。
 佛教大学四条センターでは、毎日、一般向けの講座を開いている。その講座を収録したソフト、専らビデオですが、それを通信衛星を使って全国の浄土宗寺院に放映する。各寺院では、檀家さんを集め、日本中どこでもテレビで受講することができる。衛星の回線使用料とか受信機器のハード料金とか、いろいろ課題もあるのですが、浄土宗全国七千五百カ寺のうちの約一割がこのネットワークに参加すれば、本放送ができる、という計画なんですね。
 ただここで、意図している大学側と供給先である寺院の間に、微妙な齟齬が起こります。
 大学の見解ははっきりしています。
 「お寺にそういう仏教的なソフトが配信され、いわば浄土宗の専門チャンネルができるようなもの。いつでも、どこでも浄土宗の専門テレビが見られるというのは、教化が活性化していいんじゃないか」
 ところが、現場の反応は逆で、衛星放送など「不必要な情報」なんですね。新しいメディアに対する警戒心、といいますか、とりわけ映像メディアに対し拒絶が強い。これは実際にあった話だそうですが、モニターの住職が「田舎の檀家にそんな中央の学問を吹き込まれたらかなわん。こちらがやりにくくて困る」と言ったとか。それはかなり本音に近いのではないか、と思います。で、現在の計画では、衛星放送自体の企画を、住職当事者ではなく、若い青年僧侶、副住職世代に振り向けていくようです。衛星放送自体が若いメディアです。だから、住職世代は相手にしなくていい。青年僧であればビデオやオーディオにも理解が深いし、映像メディアを使った布教についても、その活用を誤解なく受け止めてくれるに違いない。そういう意図のようです。
メディア教化の陥穽
 ぼくはこの話から、メディア布教について、端的に二つのことが言えると思います。
 ひとつは、メディア布教に対し、周辺の寺院に対する期待と寺院の内側の認識とのギャップが、非常に大きいということ。外の世界からは、お寺は心の文化の拠点と認識されているが、じつは現実の実態とは非常に差異が大きい。それはいまに分かったことではありませんが、メディアという媒介物を受け持つことでいっそう鮮明になる。だから、モニターの住職の本音発言につながるわけです。
 もうひとつ、これとは裏腹ですが、メディア布教は若い宗教者の意識を喚起するということです。衛星放送に限りませんが、今、ビデオとかパソコン通信、いわゆるニューメディアがどんどん布教の最前線に躍り出ている。流行りのイベント布教もその範疇に入るだろう。従来の儀礼仏教とは明らかに異なる、しかも生身の人間を介在しないかたちで、布教が現実に可能になっていくわけです。これは、若い宗教者にとって、何の不自由もありません。楽観的に言えば、メディア布教は、布教のステージに若い能力を存分に発揮させてくれる契機になるかもしれない。
 国学院大学助教授の石井研二先生は、メディア布教研究の第一人者ですが、この先生が「メディア布教は両刃の剣である」という趣旨の発言をされています。メリットはじつに大きい。使いようによっては、今を生きている現代人に最も有効な方法である。亡者を媒介にして教化を成り立たせている既成仏教を活性化させる、唯一の道であると、おっしゃっている。
 反面予期しないような危険な面もある。一例でぼくの体験談をお話しましょう。
 最近は、大方の教団が仏典アニメとか宗祖アニメをビデオで製作しているようですが、「浄土三部経」のアニメーション・ビデオが西本願寺から出版されている。よく出来ていまして、わかりやすい。時間もかかりませんし、これなら檀家も見てくれます。ぼくもうれしいから子供にも見てくれ、お年寄りにも見てくれと言って、みんながアニメ・ビデオを見ているうちに、経典がほとんどアニメの中で分かったような気になっていく。「お経読みましょうか」と言いましたら、「若和尚さん、アニメのほうがおもろい。アニメでええわ」(笑)なんて言われてしまう。アニメにお株を取られてしまったんですね。
 また、浄土宗の布教師会が監修した「亡き人をしのんで」というビデオが、東芝から発売されています。これも非常によくできておりまして、内容は中陰の間の心得事、マナーとかがキメ細かく映像化されて、短時間にまとまっています。価格は一万二千円。よく出来ているが、こんなの、だれが買うのかと不思議に思いました。
 で、発売元に尋ねましたら、これはお寺さんから配ってもらう、レンタルビデオだそうで、つまり、檀家さんに新仏が出て、お葬式の後か初七日のときに、「これを見てください。中陰のことが全部映っていますから」と、ビデオをお寺が持って行くんです。で、中を見ると、坊さんの説明よりはるかにていねいに分かりやすく心得事が映し出されていて、最後には「常識的なお布施の相場」とかが出てくる(笑)。中陰期間は、たぶん法務の中でも檀家を直接教化していく非常に大きな機会だと思いますが、そういうかかわりをビデオ一本で代替してしまっている。ちょっと笑えないお話だと思うのですね。
 さきほど人間が介在しない布教が可能になった、というのは、こういうことでもあります。だからビデオは布教のきっかけ、導入路にはなっても、本質にはなりえない。そこを誤解すると、メディアが一人歩きしてしまう危険性がたえずあるわけですね。今ならビデオをセットしさえすれば、あとは全部機械任せですが、昔の幻灯はスライドを動かしたり、台本を読んだり、和尚さんの実演があった。あれが、じつは布教の温もりを育てていたのではないかと思うのです。
 そういう危険性を十分に了解した上で、ぼくはそれでもメディア布教の可能性を信じたい。その可能性というのは、技法とか手法とかいったテクニック論ではありません。ぼくが一番確信したいのは、メディア布教の時代を迎えるということは、仏教界に青年僧侶のセンスが反映される、すごいチャンスなんだということ。いろいろと苦難はあるだろうけど、そういう過程から、今までとは違う教化観、僧侶観が芽生えていく、彼らの意識転換が図られていく。さっきの後継者問題とも関係しますが、それほどメディア布教から若さという観点を取り除くことはできないのです。
 ぼくの実感として申し上げますが、水面下で若い僧侶の意識変換、例えば宗派の組み換えとか脱宗派行動という試行があると思います。例えばぼくの知人で浄土宗の若い僧侶がヤマギシズムという、宗教的コミューンに入信した。曰く「はるかにここの方が、仏に近い」。例のチャネリングブームの火付け役に、真言系のやはり若い僧侶たちのグループがいた。そういう脱宗派行動というのは、若い僧侶の意識の中にはかなり切迫した状況があるのではないか。わが宗こそは式の唯我独尊的なドグマでは、若い人を誘導していけなくなっている。本屋さんの宗教書の棚に行けば、もちろん原始仏教や日本の始祖伝なども並んでいますが、そのすぐそばにチャネリングや気、霊能力、超能力なんて本が大きな顔をしている。それだけ一般社会では、宗教は何もかもいっしょくたになって、相対化されているわけです。
 そういう情報化社会の中で育ってきた若い僧侶たちに、うちの水だけがおいしいなんてことをすり込もうとしても無理です。かえって嘘になる。自分たちの手で、自分たちの体験を通して、学ばせることが、メディアの進んだいまだから、余計いえるんだと思います。ですから、構造的にいえば、メディア布教は、次世代の生殺与奪の問題を抱えている。オーバーにいえば、未来の教団を決定するといってもいい。それほど根が深いわけです。浄土宗テレビもやればいいし、修行ビデオ−一部の新教団では、実際製作していますが−なんて企画もそのうち出てくるでしょう。問題は、そういうことに取り組み始めたら、もう後には引けない。その時に初めて現代教化に対する本当の萌芽が、我々の内部に芽生えてくるのではないか。ほとんど悲観的と言えるかもしれないけれども、そのこと一点に対する悲観的な期待しかないのです。
 非常に乱暴な言い方をしますけれども、ぼくはそういう捨て石的な攪乱がない限り、こういう問題が全仏教界レベルで語られることはないと思っています。社会体制とか構造とかが世界的な大変動を迎えている時に、仏教界はなお不変の構えを貫こうとしている。むろん普通は不変でなければならない。でも、その不変が何かを拘泥し、新しい視点や行動の芽を摘んでしまうようなことがあれば、これはやはり問題だと思うのです。
應典院プロジェクトの試行
 それでは、最後にもうひとつの取り組みである、應典院プロジェクトについてをご紹介させていただきます(図−3)。



 應典院は大蓮寺の敷地内にあって、元々塔頭寺院として長い歴史を持っています。現在は再興予定地として更地の状態になっていますが、これを平成八年に復興、これまでにない都市のお寺として再生します。
 まず、檀家制をとらず会員制を採用する。会員制は二年契約で更新する。契約観念を盛り込んだ信者寺ですね。主要な年中行事と求めに応じて法事はやる。プラス文化奉仕活動を柱にする。それから、布教の実践にメディアを本格的に導入します。また、資金的には、スポンサーシップを採用し、個人と法人の会員制度をとって浄財を集めます。
 應典院に墓地はありません。したがって、葬式はやらない。お寺の本堂は劇場形式になっていまして、ロックや演劇、仏教や心理学の勉強会もぜひやりたい。現在準備中の仏教系NGOのオフィス機能も兼ねて、メンタルクリニックの部屋もある。まぁ、夢も半分ですが、一つの基本軸だけ守れば、選択肢に迷うことはない。地域の精神文化への貢献を理念とし、地域の企業や篤志家に寄附をお願いして、トータルな仏教文化を形成していきたいと思っています。
 もちろん、ここはお寺ですから、決して一般の商業ホールと同じものであってはならない。ぼく流に言うと、寺側の布教プロデュース、あるいはマネジメント能力が求められるようになるでしょう。最近、アートマネジャーとかサーキュレーターというような職業が確立されてきたようですが、お寺が文化の担い手であったとしたら、そこにいる住職、副住職も同様にアートマネジャーであるべきではないか。そういう文化的な職業観を確立することが、若くて有能な人材を仏教界に引き戻すきっかけになるのではないか。
 システムとしては、そういう俗の手法も取り入れつつ、最終的にはいかにここが現代的な意味で救済と癒しの場所として再生できるか、俗の中の聖性をいかに書き込めるか、應典院の試みの成否はそこにかかっていると思います。
 ぼくがこれまでにかかわった宗教イベント、あるいは、應典院プロジェクト(應典院復興のための専門委員会)が主催したイベントを、写真(写真−5、6、7、8、9)を挙げてご紹介しておきます。
 どれもまだ暗中模索で手さぐりの中の取り組みですが、應典院の序章としてはよくその意図を表していると思います。最近、劇場文化とか物語文化という言葉がよく引用されますが、これからの都市寺院を考えていく上で、大変重要なメタファーが劇場だろうと思います。だから、應典院のコンセプトは、劇場寺院といってもいい。設計も最初から劇場使用を前提にしたホール設計になります。
現代教化の意味するもの
 最近はご時世か、お寺でクラシックコンサートとかお芝居とか珍しいことではありません。本格的な劇場型寺院も生まれてきた。中でもソフトの企画力でずば抜けているのが、東京・四谷の東長寺です。ここは、地下に専門の美術館を、また堂内にもカルチャーホールを幾つも所有しており、お寺の職員たちは、文化事業部という組織で動いている。非常に希有なケースかもしれませんが、単なる付帯施設でなく、はっきりとイベント教化を前提にした活動では、東長寺は非常に意義ある先例を作ったと思います。







 もちろんイベントの本質は祭祀、鎮魂です。寺に人が集い、そこで魂の安らぎを感じる。いまの言葉で言えばヒーリング。それはこれまでの儀礼仏教に勝るとも劣らない立派な教化ではないか。むしろそれを上回る新しい伝統の物語が、イベントによって再生されるかもしれないと、ぼくは期待をしているわけです。もともと歴史的に見れば、祭祀がお祭に、お祭りがイベントにと堕落した経過があります。そのベクトルを、もう一遍もとの原点へ振り戻すのが、ぼくの言うイベント教化です。そういう弾力性を、ぼくは都市宗教の可能性と呼んでもいいと思っています。極端な言い方をすれば、新しいイベント教化をもっと広げていって、東京や京都、大阪の同じ志の寺院とネットワークして一斉にやってみる。そういうものが定着し現象化することで、新しい意味の年中行事を創出していくことだって可能なわけです。
 ぼくらの内部にある「不易と流行」というスタンスを、もう一度見返して、時に応じて変化を繰り返す流行的なものを、ぼくは應典院で試していこうと思います。それはたぶん従来のお寺と僧侶の持つ固定観念を覆すものかもしれない。一番苦戦するのは、ぼく自身の問題でしょう。僧侶としてどのようにアイデンティファイしていくか、理論化できるか、そこの苦慮なくして應典院のスタイルの確立はないと思っています。
 で、長い長いトンネルを抜け出た時、たぶんそこには再び巨大な普遍の存在−儀礼や荘厳を含めて−が横たわっているように思えてなりません。
 教化はすぐれて主観的なものかもしれません。地域や時代とさほど関連ないまま、けれどもすごい存在感を持つ教化はあります。例えば、老僧が三十年間毎週続けた葉書伝道なんて、それだけで感動する。その意味で、教化は教化者自体と不即不離な存在です。
 しかし、現代教化は、そういう神話を崩しかねない。発信する側だけでなく、受信者である現代人も、またさきほどの葉書伝道の意義がつかみとれなくなっていることも事実です。情報社会は教化者に対する評価を、極端に相対化させてしまうし、経済化は寺院そのものの存在理由さえ崩しかけている。かくいうぼく自身も、現代教化なるものの落とし子なのかもしれない。この時代に教化者として生きるということはどういうことか、そういう問い掛けなくして、現代教化を論ずることは難しいと思います。
 都心のお寺が高層ビルになった。テナントやマンション経営に忙しいお寺は、それはそれでご事情あってのことだと思います。でも、本来現代教化と高層ビルは何の関係もないし、ビルの中のお寺がどれほど近代的に意匠を凝らしても、それが方法論的に現代教化といえる根拠にはならないということです。
 現代教化は、厳しく教化者自身を問い直す、まさに正念場だと思います。
実践仏教の冒険
 繰り返しますが、だから現代教化においてすべて慎重であれ、と、ぼくは言っているのではありません。メディアの進化は、ぼくたちにはこれまで考えられなかった教化策を可能にするし、経済化は即悪ではなく、逆に社会と融合し、これまでとは異なる接点が見いだせるチャンスでもあるのです。
 急速な変化に対して慎重であること、また懐疑的であるということはぼくも同感です。ぼくたちの普遍は、そういう時代だからこそ、ますますたいせつに守っていかねばならない。しかし、同時にその普遍に現代的な磨きを絶えず入れていかないと、普遍は埃にまみれた化石となってしまわないか。ぼくたちの意思と無関係に、現代はそういう問いかけを突きつけてくる時代なのです。
 尊敬する仏教学者の山折哲雄先生が、こんなことを言っておられます。
 「仏教には実践仏教と認識仏教のふたつの流れがある。仏教を面白くないものにしたのは文献中心の認識仏教である。実践仏教もまた認識仏教という枠の中で規定され、縛られてしまった。しかし、認識仏教(例えば大学の仏教学科で修得したこと)は、現実の俗世界ではあまりに繊細かつ脆弱である。むしろ、そこにもう一度現代的な意味で実践仏教の壮大な試みがあっていいのではないか。ただ、認識仏教と違って、実践仏教には手本もなければ先例もない。大海原へ海路図も羅針盤もなく、いきなり放り出されるようなものである。その中で、俗世界と対峙しながら、しっかり自らの実践仏教の道を求めていくことは、容易なことではない。しかし、いま仏教を救うのは、その壮大な冒険に賭ける、若い僧侶たちの出航しかない」
 自分に都合よく解釈しているかもしれませんが、この山折先生の言葉を最後に、ぼくのお話のまとめとさせていただきます。
 宗祖法然上人の凄味は、あの時代に、あの状況の中で、選択するという概念を提示(『選択本願念仏集』)したことです。聖道門と浄土門、難行道と易行道、正定業と助業など、どちらかを選び取り、あとは捨ててしまう−多様な状況からこれしかないという正法を選んだ、法然は非常に強靭な意思を持っていたのだと思います。
 ある宗教学の先生が、「選択の精神をふるうときにこそ、長い長い普遍が生きてくる」と言われた。統一教会でも幸福の科学でも、宗教に限りませんが、今の人はみんなすぐ「絶対」と言う。「絶対」を信じ過ぎる。「絶対」というものが、血を吐くような相対の中で、どれだけ内面的な闘いを経て得られてきたものかということを、体験的に知らない。ぼくとて例外ではありません。だからこそ宗教人たちは、もう一度原点に立ち返り、普遍の意味と、これまでの歩みを見つめ直さなくてはならない。何度も言うようですが、現代教化が本質的に併せ持つ危険性をどこかで阻みつつも、一歩も引けない態勢の中で、ぼくたちが次の時代の教化の視点を見つけ出していく。ほとんど捨て身の特攻隊みたいですが、次の時代へぼくたち仏教者が生き残る、それが一つの道なのかもしれないと思っています。いわば現代の選択=オールタナティブ。不遜かもしれませんが、ぼくはそこで初めて自分にとって、生きた「絶対」を見つけだしたい、と思います。
 「絶対というものは、長い長い普遍の中でこそ光り輝くもの。それをいかに自分の手で探し出すか、教化者が一生涯を通じて明かしていく道だ」という、宗教学の先生の言葉は、ぼくの心に深く刻まれています。
 雑駁なお話になりました。まだまだ体験も足らず不十分なことしかお話しできませんでしたが、時間もかなりオーバーしておりますので、これで終わらせていただきます。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)

 ※本稿は、平成五年五月二十七日、新宿区常圓寺会館にて行われた第二十一回教化学研究集会にて講演されたものを筆録したものです。





































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