日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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所報第27号:160頁〜 記念講演「新々宗教はどのようにして若者を集めたか」 ←前次→

記念講演
新々宗教はどのようにして若者を集めたか

 松 澤 正 博(インターカルチャー研究所主宰)

    一
 平成元年に阿含宗を退職してから、主に政府関係の委員とか研究活動に従事しており、一般的な仕事はあまりしていませんでした。
最初にお話ししなければいけないことは、阿含経そのものについてであります。
中国天台の実質的な開祖である智(天台大師智者大師)は、『法華文句』『法華玄義』『摩訶止観』などによって法華経の精神と龍樹の教学とを独自に体系づけ、隋の皇帝の帰依を得ました。ところが、この天台大師の行われた教相判釈(それぞれの考えで諸経典を価値配列づけたもの。古くは江南に三師、江北に七師「南三北七」の教相判釈があり、その後は智の五時八教が著名)は、お経典を文献学的に整理したものではなく、その内容を、五時教と化儀の四教(頓教・漸教・秘密教・不定教)及び化法の四教(三蔵教・通教・別教・円教)とに分けたものです。
しかしながら、これは一つの宇宙観(コスモロジー)なり仏教観ではあるが、歴史的な事実ではないということが、近代仏教学で言われ始めました。
近代仏教学はイギリス、ドイツで研究され始めます。イギリスではエジプト学が熱心に研究されていますが、植民地のことを分析する学問であるわけです。エジプトはもともと多神教であったのですが、とっくに滅んでしまっており、生きた宗教(リビング・レジュン)の研究ではなくて、化石を研究するがごとくにエジプト学が勃興します。
ことはインドの仏教においても同じでした。征服した民族の文化を研究してみようという眼差しがどこかにあったのではないか。こうした態度は、後にレヴィ=ストロースが包括的に批判していくわけですが、当時の研究書を見ますと、どうもそんな感じがあったように思えてなりません。
ドイツではインド学、いわゆるインドロギーと言われているものが、近代において発達します。インド・ゲルマンの研究という形で、ゲルマン民族がインド亜大陸に南下してきて、カーストができていく。インド人の民族的な祖先はゲルマンと割と近いのではないかということで、みずからの祖先をたずねる学問として、インドロギーがドイツで興ります。
それまで欧米においては、お釈迦様は阿弥陀仏と同じように実在のものではないと思われていましたが、さまざまな形で近代仏教学が興り研究が進み、しかも当時の欧米の学問は文献学(フィロロギー)が基礎になっていましたから、文献学的に仏陀釈尊の歴史的実在が確定されたわけです。
それでは、膨大なお経典は一体何なのかということで研究すると、どうもお釈迦様が説いたことではないということがわかるわけです。日本でも富永仲基(一七一五〜一七四六年正徳五年〜延享三年)が加乗説を唱え、オリジナルがあって、それに次々と説を加えていって、大乗経典がつくられたと言っています。同じような形で欧米では文献学的に研究して、大乗経典が釈尊の直説の金口説法ではないということが明らかになりました。
ついでに言えば、キリスト教における聖書が、ナザレのイエスの言行録かというと、これも怪しくて、聖書学をやるのか、宗教学をやるのか、神学をやるのかで、ずいぶん違ってきますが、ナザレのイエスという歴史的な実在の人物がいたことは確かである。しかし、それが聖書に書かれたとおりの言行とは、どうも思えない。歴史的に実在したナザレのイエスとイエス伝説が混然一体となっている。もっと言うならば後期ヘブライ思想におけるイエス伝説の寄せ集めが新約聖書の四福音書じゃないか。みんなそれぞれの立場があって口ごもっておられますが、大体そのようなことらしいです。
鎌倉の祖師たちの言行録を見る場合でも、たかだか六百年ぐらい前のことですが、イエス・キリストの場合は二千年、お釈迦様の場合は二千五百年前ですから、一字一句間違いなく言行録がそのまま我々に伝わってくるということ自体がとても奇妙なことであるわけです。そういう意味では、大乗経典だけが槍玉に挙げられるのはどうも変だということになります。聖典と言われるものは、大体そのように継承されてきていると言っていいのではないでしょうか。
しかしながら、日本では、大乗非仏説を唱えて、僧籍剥奪という目に遭われた真宗の学者がいますが、日本では姉崎正治(一八七三〜一九四九年明治六年〜昭和二十四年)から始まって増谷文雄、金岡秀友に至る一つの系統が、小乗仏教と言われているものこそ根本仏教であって、小乗と大乗ではなくて、根本仏教と大乗仏教であるというように言っています。ところが、これもどうやら間違いのようで、根本二大分裂によって、大衆部と上座部とに分かれ、これが小乗仏教と大乗仏教になっていったというのは間違いですね。そんな簡単なものではない。
阿含経典は漢訳仏典です。岩波文庫では「真理の言葉」とか「法句経」と題されていますが、これは主にパーリ文献を訳したもので、小乗仏教、根本仏教と言われている経典に属するわけです。それは、お釈迦様がお亡くなりになって五百年ぐらいたって成立しているらしい。ということは、五百年間生きている人はいないわけですから、何世代かにわたって口伝えによるものです。
しかも、最近の研究によりますと、お釈迦様はモンゴル系の人ではないかと言われております。そうすると、中央アジアの幾つかの言語を経由して、パーリ語なりサンスクリット語で伝えられ、いずれかの時点で、いずれかのテキストが漢訳されたわけですから、複雑な変遷をたどっているわけです。お釈迦様はマガダ王国の言葉(アルティマガディ)でお説きになったのでしょうが、それがパーリ語とかサンスクリット語に翻訳されるまでの間に、既に何世代かにわたり幾つかの言語を経由してきているということでしょう。
こう考えてきますと、お釈迦様の言行そのものが阿含経に結実したと、そう簡単には言えない。その中にかなりの部分の増補があったと考えざるを得ないわけです。大衆部と上座部で根本二大分裂したと言っても、その後の枝末分裂がずいぶんありますし、部派仏教の経典の成立を見てもかなり複雑です。二つに分かれて一つが大乗仏教になり、一つが小乗仏教になったという簡単なものではなくて、大乗仏教の中にも、お釈迦様の言行録をそのまま伝えるオリジンに近いものもありますし、小乗仏教あるいは根本仏教、阿含経典と言われている中にも増補されているものもあると考えざるを得ないわけです。
そういった意味では、仏教が日本に渡来したのは二回あって、一回目は聖徳太子の時代で、二回目は近代仏教学の上陸と言っていいかもしれません。

    二
桐山さんは阿含宗を立宗したわけですが、現代社会において仏教宗派を立宗するということは、勝手にできるわけです。それが本当のものかどうかは世間が決めることです。そういった形で、阿含宗というのは立宗されて、鎌倉仏教以来何百年間で、弁天宗というのがあった気もしますが、「宗」とつく仏教としては初めての開教であるということになっているわけです。その基礎としているのは、根本仏教と大乗仏教という非常に簡単な理解に基づく教相判釈です。
今の話と比喩的に関係すると思いますが、原理研究会に桜田淳子さんが入信しているということで、今、話題になっていますが、原理研究会の人たちは、布教されるときに聖書をお使いになるわけです。カトリックでは、「原理研究会はキリスト教ではない」と声明を出しています。まじめに受験勉強してきた理科系の人で、文学とか面倒くさい本を読んだことのない人が聖書を読まされて、「これはすごい。これで人生観、世界観が変わる。これほどの体系的で構築性のある価値体系を教えられたことがない。私は自分の生き方を変えていきたい」ということで、原理研究会に入っていく人が多いみたいです。その人が日本基督教会やカトリックと縁があれば、牧師なりシスターから聖書をいただいて勉強することも可能だったと思います。しかし、いちばん最初に聖書を勧めたのが原理研究会の人だったということで、原理研究会に入ってしまった。
このことから二つのことが言えると思います。一つは、聖書を巧みに使って教線拡大を図る原理研究会はおかしいということ。もう一つは、そんなものにつかまる者はずいぶん愚かではないかということで、マスコミはこの二点を常に指摘しているようです。
私は、もう一つ指摘したいのですが、原理研究会に聖書を使われて信者を獲得されるカトリックやプロテスタントは一体何をやっていたのかということです。このことについては、だれも何も言っていないようですが、これは非常におかしいわけです。自分たちが何もやっていないから、その間隙をつかれてというよりも正面攻撃を受けて、その局面では負けてしまっているわけです。その意味では、原理研究会のほうがよほど熱心で巧みであるわけです。同じことが、仏教についても言えるのではないでしょうか。
新々宗教が何をしてきたのかということについて言うならば、西山茂先生は「着せ替え人形論」とおっしゃっておられますが、要するに、同じものの衣装を変えているにすぎない。
鎌倉時代に大成された日本仏教は、平安時代から最先端の文化人がかかわってつくっていったものですから、そう簡単に限界が指摘できたり、つくり直すことができたりするものではありません。大変よく練られた一つの文化遺産だと思います。そういうものを借りてきて、適当に時代に合わせて衣装をつけ替える。しかし、お人形そのものは同じものである。こうして新宗教や新々宗教が起きてくる。
これは、原理研究会と聖書の関係と全く同じです。それに対して、新宗教、新々宗教は、自分たちが努力してお人形をつくったのではない。つくったのはお人形の衣装だけではないか。にもかかわらず、その人形を何百万円で売るのはけしからんという言い方もあります。しかし、考えれば、本家本元が、その人形を大切にしていないわけです。そればかりか、時代に合わせて衣装をつけ替えることすらもできていない。そこに大きな問題があるのではないでしょうか。そのことによって、ひょっとしたら人形そのものが変質を遂げ、解体され、腐食し、風化していく危険性すら指摘できるのではないかと思います。
繰り返しますと、キリスト教にしろ仏教にしろ、危機的な状況にあります。その危機の根源は、ご本尊を模写して、コピーを売っている業者に対して、何の追撃も反撃もできない本家本元にあるのではないでしょうか。
新宗教は−立正佼成会とか創価学会を想定していただければいいのですが−それなりの遺産がないわけですから、必死になって頑張っていないと支えていけないわけです。ところが、伝統的な仏教は、今の時点で別に頑張らなくても、それまでの遺産−鎌倉仏教をお立てになった方々の物語、伝説、遺徳、あるいは土地やお墓や信者さんなどを、そっくりそのまま継承しているわけですから、今の人たちは新宗教ほどに頑張らなくても、さほど不自由はないはずです。ところが、新宗教、新々宗教は、自分たちが今頑張らないと、大した財産があるわけではないから大変です。
今、全部の宗教がスタートラインに立って「用意ドン」で走り出せば、伝統宗教の方は早く走れない、説得力を持たない、現代に生きていない、本当に布教していない、教化する自信もないのではないかと思われるわけです。

    三
次に、第三次宗教ブームについて述べたいのですが、これはさほどの実体はないと思います。
 例えば、昔は南無阿弥陀仏と言えば許してやるが、南無妙法蓮華経と唱えれば殺すと言われても、南無妙法蓮華経と見事に唱題をして死んでいった。命を賭けての懸命な信心というものがあった。時代が下って天理教となると、もし間違っていれば全財産が二度と手に入らないわけですが、全財産を寄進して「お地場」に行った人が何人もいる。ところが、今は、もし間違っていても立ち直れるような形でのヘッジがなされているわけです。そういう意味では、リスクマネジメントというか、宗教に騙された場合にこうむる損害の額は減ってきているわけです。
次に、教団の数が一番多くなったのは戦前で、第一次世界大戦に向かう時期でした。戦中は鳴りをひそめて、戦後はそんなに増えていないわけです。信者数は、正確に言っているところもあるし、そうでないところもあって、よくわかりません。天理教、立正佼成会、創価学会などの新宗教は、おそらく何百万人単位だと思います。その後、第三次宗教ブームで阿含、真光、GLAと言われましたが、これらは何十万ないしは何万人です。
では、その実体は何だったのかというと、二光の通信販売と同じではないでしょうか。つまり、それほどの店舗もなく生産設備もない。しかしながら、マスコミには常に登場していて、結構有名であるということです。例えば、何年か前の阿含宗は、実体としては創価学会や立正佼成会の足元にも及ばなかったものの、宗教ブームと言われるようなものをつくることには成功したわけです。
 その後は、オウム真理教、幸福の科学などが、結果的にはマスコミを巧みにあやつることに成功したようです。そのことを業界用語で「松澤メソッド」と言うような悪い冗談もあるようですが、そういうことで、それなりの形を世の中に見せたわけです。
オウム真理教にしても、おそらく何千人だと思います。だから、ちょっとした拝み屋さんの規模じゃないでしょうか。幸福の科学も、ある水準の本を買えば信者さんとみなすということですから、実勢はよくわかりませんが、そんなに多いとは、どうしても考えられない。
しかしながら、一時、週刊誌、月刊誌を初めテレビなどでもオウム真理教と幸福の科学が二大宗教対立みたいに扱われました。冷静に考えたらおかしいわけです。巨人と阪神のファンの数に比べると本当に小さな、多くても何万人単位の小さな集団の問題なのに、それが二大宗教対立みたいな形で扱われる。それが第三次宗教ブームなり新々宗教の虚像としての実態なのです。
そういうことを根拠として、いろいろなことを考えていくと、おかしなことになります。そういうことが、今、宗教における大きな問題ではないかと思います。伝統的な宗教の方々が本来守らなければいけないことを、おろそかにしておられることで、さまざまな問題が派生的に出てきている。その問題自体が本質的な問題であるかのようにすり変えられて報道され、そのことを指摘する人がほとんどいないわけです。なぜかというと、新々宗教は簡単に内実がわからないと思っておられる方が大半で、実際そういうところがあるからです。
もう一つは、伝統的な宗教である仏教やキリスト教と新宗教の二つにまたがって発言する人が、今まであまりおられませんでした。例えば、幸福の科学の問題が『フライデー』で報じられたとき、私のところにはマスコミからの電話が殺到しました。マスコミで取り上げるコメントは、たくさんしゃべったのが二、三行の文章になってしまいます。どう思うかと聞かれたことについて、二、三行の言葉で言うような状況ではないわけです。最低、今申し上げたようなことをちゃんと説明しないと、本意が伝わらない。そうすると、必然的にマスコミの報道のあり方自体を批判せざるを得ない。今日の混乱を来している一つの大きな元凶はマスコミにもあるわけですから、そのことを言わざるを得ない。そういうのは当然記事にはなりません。

    四
 日本の仏教の中に、かつて涅槃宗というものがありました。天下を平定した徳川家康と天台宗の天海大僧正が、日光東照宮、江戸城をつくりますが、そうした一連の政治、宗教政策の中で、涅槃宗の天台宗への併合を行いました。そのときに、そんなバカな話はないということで、涅槃宗から還俗したのが、住友財閥の祖始である住友政友で、もともとは涅槃宗のお坊さんであったわけです。それが宗教的権威である天海大僧正と行政的、軍事的権威である徳川家康に猛烈に反発して還俗し、今日の住友財閥のもとをつくるわけです。
 住友政友が徳川家康、天海大僧正に反発して還俗したということは、鎌倉の祖師たちが、「かつては仏法を求めて叡山に上がり、今は仏法を求めて叡山をおりる」と言って叡山をおりて鎌倉仏教を始めていったのと非常に似ていると思います。そして、こうしたことから、日本資本主義の基礎に据えられて、宗教的な力が、日本の今日の経済発展のもとになっているのではないかと、私はひそかに思っています。
 今、企業は第二回目の危機を迎えています。平成不況は大変な問題を抱えていて、かつてのような高度成長経済は再び実現できない。GNPが五%から八%の勢いで伸びていくことは、もうあり得ないわけです。今は三・五%と言いますが、三%が危なくなって、後半は二%台です。そのうちから海外への援助を引きますと、二%の成長ぐらいでずっとやっていかなければいけない。
 かつてのような好景気はあり得ないわけです。かつてのような好景気というのは、あれと同じように物が売れていかなければいけないわけですが、今は、そんなに物を買う必要がないようになっているのではないでしょうか。三度の食事に事欠く人はまずいないし、車もあるし、電化製品もそろっているし、洋服も大体そろっているわけですから、そんなに消費を喚起していく必要はない。そうすると、今までのような形で消費は伸びないし、設備投資を含めた経済成長がこのまま伸びていくということもない。ムダを省いていくような形で、安定した成長であり、しかもそこに時間短縮とか労働問題が絡み、さらにエネルギー問題、老人問題がかぶさってきている。つまり、成長を制約する要因がいっぱい出てきているわけです。そういう意味では、戦後四十数年間の体制が、今、変わりつつあるということでしょう。
 IMFなど国際的な通貨の問題がありましたが、ベトナム戦争で、IMFの体制は瓦解しております。多角的な貿易の自由化ということをやっていたウルグアイ・ラウンドが暗礁に乗り上げています。ウルグアイ・ラウンドからガットまで、自由な貿易の国際的な体制が崩壊するということですから、国際的な貿易のシステムが崩壊していくことになります。ヨーロッパにおきましても、ECの市場統合・通貨統合が非常にあやしくなってきている。
 東西冷戦構造が終わり、湾岸戦争でアメリカが大勝利をし、唯一の超大国になって、世界新秩序をアメリカが形成するんだと、ブッシュが声高に言ったけれども、その直後に人気が落ちて、経済不況になってきている。つまり、東西冷戦構造の終結によって、世界の二つのタガが外れ、かえっていろいろな問題が出てきている。ソ連は、ご承知のとおり、大変な経済的な困難を抱えている。他方、アメリカは国も企業も個人も借金漬けで、そこに人種問題やホーム・レスなどの社会問題がかぶさってきている。冷戦構造が崩壊したけれども、結局、だれも勝っていないということではないでしょうか。
 そういう中で、とても重要なことが問われていると思います。今までは日本は戦後体制でしたからアメリカ追随でよかったわけです。独自に日韓外交、日中外交を考える必要がなかった。アメリカが世界の戦後復興を支え、経済的にも軍事的にもさまざまなコストを支払ってきた。ところがここまで財政赤字が大きくなると、新モンロー主義というか、自国に閉じこもって自国の経済問題に対処せざるを得ない。そうすると、日本は対米追随外交だけではやっていけない。そういう自分の足で歩かなければならない状況になりつつあるわけです。
 そうしたときに、はたと気がつかなければいけないことを、みんな気がついていない。ユーゴスラビアでは今までソ連の脅威があって、さまざまに文化、人種、宗教、言語が違う地域が一つの国になっていたのが、今、ソ連の脅威がなくなったものですからバラバラになって、心おきなく内戦を戦っているわけです。バルト海三国にしても、独立すれば必ずこれまでよりも貧しくなる。しかしながら、なおかつ独立したいという。それは何かというと、ナショナリズムです。
 日本も、ここでさまざまな国際的な秩序から解き離されて、民族的、国家的に精神的な独立を果たさなければいけないときにきている。では、日本には守らなければいけない伝統、民族の尊厳というものがあるのかというと……。これは相当に怖い質問ではないでしょうか。現代日本に生きている我々が、日本人として日本文化の継承ということを本当にやっているのかどうかは、実に怪しい。
 イスラムの人たちは、小さいころからアラビア語を覚えるのに『コーラン』で覚えますから、みんな『コーラン』を読んでいるわけです。アメリカでもヨーロッパでもみんなが共通に読んでいる『聖書』というものがあります。ところが、日本の場合、みんなが共通に読んだものはないわけです。『日本書紀』も『古事記』もみんなが通読したわけではありませんし、『立正安国論』を読んだのはごく一部の人だけです。こうして見ていくと、日本人が共通に持っているものは、意外と少ないと言わざるを得ません。そこに非常に大きな問題があるのではないでしょうか。
 アメリカの例で明らかなように、人種が同じだからとか、言語が同じだからといって一つの民族だとは言えません。最近では同一の文化にアイデンティファイできるかどうかが民族の一つの条件となってきていますが、そうすると、日本固有の文化とは一体何かと問われたとき、答えに窮します。これは世界が日本に突きつけている一つの大きな問題ではないでしょうか。答えようとしていないから、今のところ済んでいますが、そのうち非常に大きな問題になってくると思います。経済だけが先行し、「サイレント・ジャイアンツ」(声なき巨人)ということで、語るべき文化がないでは済まされないようになるのではないでしょうか。

    五
 ここで、また仏教の話に戻りますが、小乗仏教、大乗仏教、両方とも仏教と言っていいと思いますが、そのうちの大乗仏教を日本が受容してきたわけです。日本が受容した大乗仏教は、お釈迦様に始まって中国、朝鮮半島の知恵と経験が詰まったものでありました。このアジア的な仏教を、日本の宗教として定着せしめたのはだれだろうかということを考えますと、どうしても日蓮聖人が浮かんできます。鎌倉仏教においては、自分の心を見ることと一切経を読み、その中から一つのものを選択していくということは、祖師の皆さんがおやりになったことです。そうしてできたものがいっぱいありますが、それが見事に日本に根づいたのは日蓮宗をおいてほかにない。そのことがなければ、大政翼賛会ができ第二次世界大戦に至る過程に、純正日蓮主義の中からあれほどの人材がなぜ輩出したのかということが解けない。また、戦後の新宗教においても、仏教系においては法華系が圧倒的です。
 日本仏教としての固有の輝きが、第二次世界大戦におけるああいうさまざまな力をもたらしたのではないでしょうか。信仰的には、お題目がすばらしいからということなんでしょうけれども、それとともに、日蓮聖人を初めとして初期の日蓮宗の方々の普遍宗教としての仏教の日本的な受容のあり方が、殊のほか優れていたからではないでしょうか。この視点を絶対忘れてはいけないと思います。
 我々が今、はっきりさせなければいけないのは、戦後あるいは戦前において、一体何がなされてきたのかということを正確に突きとめることです。
 これまでは戦争をしたことが悪いということが、主な議論になっています。そうしますと、戦前の日蓮宗の大半は、戦争についてはこれを頑張って戦おうというほうにあったわけですから、単純に悪いということになっている。もちろん悪い面もあったでしょうけれども、それだけで済ませてよいものなのか。そこを今はっきり考えるべきです。国柱会の役割、高山樗牛の日本思想における位置、法華経の行者宮沢賢治が持つ意味、純正日蓮主義者、国柱会の信者としての宮沢賢治を今こそ明らかにしなければならないのではないでしょうか。
 宗教はすべてそうですが、人から入るわけです。日蓮聖人を経由して法華経があったわけですが、宮沢賢治の場合もある人を経由して法華経に出会っていく。そういう形で、人を通して仏が顕現されるわけです。そういうとらえ方をしっかりしておかないと、宮沢賢治の心の中に一体何が起きて、あれだけの表現ができたのか。彼の信仰と切り離されて、それがわかるわけがない。キリスト教とトルストイの関係は、日本人のだれでもよく知っていることですが、宮沢賢治と国柱会ないしは法華経の関係はほとんど知られていない。
 こんな馬鹿げたことがあってよいものでしょうか。北一輝、石原莞爾、井上日召の法華経との出会いも、語られなくなって久しい。彼らは一体何を法華経の中から学び取り、どういうエネルギーを汲み取ったのでしょう。日本のオリジナルな文化、日本のオリジナルな宗教、日本のオリジナルな心の風景にどのように位置づけられるのでしょうか。
今、NHKの大河ドラマ「信長」の中でイエズス会のことが描かれています。いいところばかりが強調されていますが、中世にあっては、ローマ法王は全ヨーロッパの君主の上に君臨していました。そうしたローマ法王の世界戦略を担当していたのが、イエズス会であるわけです。冷戦終結後、社会主義イデオロギーの実質的な崩壊後のソ連と中国において、布教活動に関して一番目につくのは、バチカンと創価学会です。
 そういう中で、もう一回やっていいことは折伏だと思います。創価学会が折伏をやめたのは、政治的な理由があったからでしょうが、折伏をやめた創価学会は気の抜けたビールのようなものです。折伏をどこまでもやっていくということが、日蓮を祖とする限りは最も正しい姿です。そういう意味では、むしろ攻撃的に日蓮宗のほうから創価学会に折伏を仕掛けるということがあってもいいのではないでしょうか。そういう逆襲が行われてもよい状況だと思います。キリスト教からもさまざまな分派が出ていますが、最も戦闘的なのは、今もカトリックです。
 宗教からそういうアグレッシブな部分あるいは絶対信仰という部分がなくなることがいいというふうに、戦後の教育はなされたと思います。和辻哲郎(一八八九〜一九六○年明治二十二年〜昭和三十五年)は、ギリシャ彫刻を見るように仏像を見て、こんなすばらしい美術品を生んだ精神は一体何なのかということを書いていますが、仏像は拝むものであって、観賞するものではありません。ギリシャ彫刻を拝む人は、今はいないのですが、あれはかつては立派に拝まれていたわけです。和辻哲郎の段階で、仏教はすばらしい庭園をつくり、仏像をつくった。大乗仏教の文化は非常にすばらしいものだと、知識人向きに変造された。それに対してだれも反論しなくて、見事に換骨奪胎されたわけです。伝統仏教の内部にいる人も、それに感動する人が多くて、和辻哲郎の知識人論的なところに取り込まれていくわけです。
 そこにもう一回活を入れなければなりません。狂おしいまでに絶対的なものを渇仰する心性というものが日本人の中にはあると思いますが、現代においてはそれに対する供給がないのですね。それに、宗教に関しては、できるだけ「絶対」というものを立てないで相対化し、市民社会の倫理・道徳的なものに解体されたほうがいいというムードがあります。そうした中で、なんていうことはない人であっても、その言うところのものもなんていうことのない孫引きであっても、断言的に強い調子で言い切ると、特に若い人はそうした経験があまりないので、コロリといっちゃいます。つまり、新宗教、新々宗教が流行る一定の土壌というものがあるわけであり、それは既成宗教があまりにも理性的になり過ぎ、よい子になり過ぎているからです。
 折伏が伴わない法華信仰は虚妄です。燃えるがごとき破邪顕正の気を含まない日蓮主義は偽物です。宗教とは、精神が真に研ぎ澄まされていくようなスリリングなものでなければなりません。カルチャーセンターではないのですから、「いい話を聞いたね。面白かったね」ということで済まされるものであってはならないのです。
 カトリックには、週に一度、サン・ピエトロ寺院の広場で、法王がおりてきて、みんなに祝福する行事があります。現法王のヨハネ・パウロ二世は、鉄砲で撃たれたことがありますが、その撃たれた場所にわざわざおりてきます。それは、「もう一回撃ってみよ」とは言わないものの、いつ、どこで死んでもいいという覚悟があるようで、ガードマンもつけずに、自分がかつて撃たれたその場所に毎週おりて、祝福しているわけです。
 私は間近に見ることが何度もありましたが、ローマ法王がオープンカーに乗って入ってきますと、信者の方がバタバタ倒れます。感動のあまり気絶しているわけです。近代合理主義と言われるヨーロッパですから、みんなが醒めていてデカルトみたいにやっているのかというと、とんでもない。ローマ法王に対する信仰は非常に熱烈なものがあります。
 真光文明教団でも教祖が手をかざすと、信者がバタバタと倒れていくそうです。それが生きた信仰なのではないでしょうか。奇跡を与える側と奇跡を受ける側、そして奇跡そのもの、この三つに対する絶対的な信頼があれば、奇跡はおのずから起きるということだと思います。

    六
 松下電器の総務部には、全国の松下電器の工場や販売店をめぐって、神主の仕事だけをやっている社員がいます。神社や死亡した社員をまつる墓があり、経済的なことと宗教的なこととが混然一体となっているわけです。
松下幸之助で有名なのは「水道哲学」です。水は命にとってとても重要なものだけれども、公園なんかへ行けば水飲み場があって無料で飲める。これは何なのか。そのことをずうっと考えていって、家電製品を大量につくれば、多くの人たちの役に立ち、さらに買う人がふえ、それはまた大量生産、低コストにつながるという哲学へ行きつくわけです。
 また、松下電器は後発の電器メーカーですから、月給を高くするけれども、なかなかいい人材が集まらない。ところがあるとき、天理教のお祭りに行ったら、みんなが一生懸命ご奉仕している。高い月給を払っている自分のところの社員は一生懸命に働かずに、報酬のない天理教の信者がなぜあんなに一生懸命ご奉仕しているのだろう。そうしたことも一生懸命に考えたようです。
 そうしたことを真剣に考える経営者に恵まれると、変な宗教へ行って拝んでいるよりも、松下電器で一生懸命働いたほうが、よほど人のためになるという感じがしてきます。戦後においては、一生懸命働いたら、電器掃除機が買えて、洗濯機が買えて、冷蔵庫が買えてと、毎年毎年、家電製品が増えていった。それは本当に生活が楽しく豊かになることでした。テレビを見たときの驚きとか、それがカラーテレビになったときの感動など、子供であっても復興していくのが目に見えてわかったわけです。この一時期においては、松下の精神と国土の復興、民族の復興、社会への貢献ということが見事に一致していたわけです。この時期に、創価学会は、南無妙法蓮華経を唱えれば豊かになると言ったわけですが、唱えていない人も、みんな豊かになっていった。
 そういうふうに、宗教が解体されていった部分があったと思います。つまり、自分のところへ法事に来てくださるお坊さんのお説教よりも、松下社長のほうが精神性が深い、説得力がある。しかも、現代社会をどう生きていくかということと、根本的な哲学とが一致している。そこで、企業に多くの人たちが取り込まれていき、一生懸命働いた。一生懸命働けば給料が増えて、自分の生活が豊かになり、社会的な貢献ができ、国家と民族に対しても貢献でき得た。そのようにメンタリティが吸い取られていった。あのときに新興宗教に入って一生懸命やっていても、日本の国はこうはならなかったでしょうから、働くことはとても重要で、そういう意味では正解だったのでしょう。
 しかしながら、平成不況を迎えて、事ここに至って、政治と宗教の問題を語ると人間関係がまずくなるというのは、とんでもない話で、今こそ、この穴を埋めていかなければ、とんでもないことになる。
 では、何から着手するのか。今の時点でも「一人一殺」の井上日召はすばらしいとは言えない時代の気分というものがあります。しかし、私が仄聞しているところでは、井上日召が身延のお滝場で修行されたとき、並みいる行者さんの中でズバ抜けてすばらしかったそうです。あるいは北一輝の日記を見る機会がありましたが、「南無妙法蓮華経」と書いておられる。北一輝は、心を研ぎ澄ましているときには必ず日記にお題目を書かれた。その字は、上手下手を超越して、すごいなと感じさせる。あれだけのお題目を書ける方はどういう方かと思わざるを得ないぐらいに、その墨気はすばらしい。石原莞爾の唱題も非常にすばらしかったという話を聞きます。
 日蓮から始まった法華経のエネルギーは、いまだに日本精神を貫通している部分があると思います。ただ、断絶がありますから、それを継承していかなければいけない。もちろん、批判していいわけです。戦争は悪いという意見も当然必要ですし、大政翼賛会はよくないということも当然あるわけですし、純正日蓮主義そのものがなしたことだってすべてがいいわけではなくて、もちろん悪い部分もたくさんあるわけです。だけど、あのエネルギーは一体何だったのかということも、正確に見ていかなければいけない。同時に、最も重要なことは、それらの継承を真剣に考えていかないといけない時期に入っているということです。

    七
 世界の民族を調べると、二千年以上続いているユダヤ人なんかは珍らしいわけで、ほとんどの民族は絶えてしまっているわけです。古代王国はほとんど絶えていますし、民族的な文化も、継承されていることのほうが珍しい。ですから、ひょっとしたら、これで私たちはおしまいになるかもしれない。図書館に文献は残るでしょうけれども、民族自体がおしまいになることは、決してあり得ないことではないのです。
 ユーラシア大陸の東と西には長城が築かれています。東には万里の長城、西には古代ローマ皇帝ハドリアヌス(七六〜一三八年在位一一七〜一三八年)がブリタニアに築いたハドリアヌスの長城があります。これら二つの長城は、ユーラシアの真ん中は遊牧民が動いていますから、彼等の侵入を食いとめるために築かれたものです。しかし、遊牧民が南下をして蹂躙していったのは、歴史の示すところです。
 遊牧民が侵入すると、殺し尽くし、焼き尽くすわけです。ですから、文化はほとんど残りません。ユーラシア大陸はまさにそういう目に遭っています。ところが、日本には攻めて来たけれども、神風が吹いて上陸できなかった。台風がもう少し遅れて、もし彼らが上陸していれば、日本は攻め滅ぼされて、それまでの『万葉集』『古事記』『古今和歌集』などは、図書館に文献としては残ったかもしれませんが、日本文化としては残らなかったと思います。幸いなことに、日本は幾つもの層の積み重なりがあり、戦後、GHQに占領されましたが、殺し尽くされ、焼き尽くされたことはなかった。だから、日本文化は脈々と継承されてきているわけです。
 トウィンビーの指摘によれば、近代社会に適合できたのは、ユーラシアの遊牧民たちに征服され焼き尽くされたことのない地域だけであったというわけです。つまり、日本ということです。トウィンビーは、文化の継承が民族の力であり、民族の精神的なエネルギーであり、魂の力であるということを抽象的に語られるのではなくて、実質的に言っているわけです。このことの意味は非常に大きいのではないでしょうか。我々が今日の経済的な力を持ち得たということと、聖徳太子、日蓮聖人とが無関係ではありません。そうでなければ、デカルトとヨーロッパ精神と無関係でなければいけないし、マルクスとソ連、中国とは無関係でなければいけない。そうではなくて、やっぱり関係がある。経済的な復興をなし、G7の中で唯一の黒字国であり、先進資本主義国の中でもリーダーたり得ている。そのことがどう関係するのかを論理的に説明しろと言われると困りますが、文化を延々と継承し守ってきた国と、途中で自分たちの言葉まで奪われて、それまで民族の英雄として尊敬した人物が英雄でなくなってしまった国とは、明らかに違うわけです。
 十八世紀以降インドも中国もヨーロッパに侵略され、支配され、征服されました。ですから、アジアの中において、このことを言わなければいられないのは日本しかないわけです。ほかの国は征服されたのだから、今さら言ってもしようがない。
 とてもユニークな現象だと思うのですが、日本では、第二次世界大戦を戦った人が、戦後の経済の支えになっている。だから、多くの人が皇国史観と戦後民主主義の二つの時代を生きている。昭和天皇ご自身もそうでしたし、経済も政治も、戦後復興の立役者と言われた人は、ほとんどの人が戦争をやった人です。中には戦争に反対した人もいるでしょうが、とにかく戦前を生き、戦中を生き、そして戦後を引っ張って復興をなし遂げてきた。その世代が、今、終わりつつあるわけです。
 このときに、だれが民族的な力をリレーしていくのか。戦前、戦中を戦ってきた人たちは、宗教的な力をいただいていたわけです。民族固有の精神的な力を持っていたわけです。そういう人たちが口にこそ出さないが、土光さんじゃないけれども、メザシを食いながら、私利私欲なく頑張ってきたわけです。朝、ちゃんとお唱題をして、それから仕事に行って、一生懸命働いて帰ってきてというまじめな生活をして、戦後復興をなし遂げてきたわけです。その時期が終わりかけている。しかも同時に、冷戦構造を初めとして、世界の戦後体制が崩壊し始めている。これからがいよいよ大変です。
 だからこそ、戦前から戦中にかけての日本人のエネルギーを引き出してきた日蓮宗、法華経を中心とする一つの宗教的な運動、心のあり方を再検討せざるを得なくなってきているわけです。それは、軍事のこともそうですし、政治も宗教もそうですけれども、文化においてもそうです。日本文化は一体何だったのか。永井荷風がフランスに行き、夏目漱石がイギリスに行き、森外がドイツに行きますが、みんな帰ってきて日本文化ということを言い始めているわけです。もちろん、芥川龍之介におけるキリスト教とか仏教に対する理解、漱石、外における仏教に対する理解ということを考えていきますと、日本人における仏教というのは非常に大きな何らかの源泉になっているわけで、そういうところも、今の時点で改めて見ていかないと、これからの進む道がはっきりしてこない。
 そういうことをやるべき時期に入ってきているわけです。新宗教あるいは新々宗教の見学に行くのも結構ですが、それよりもいかにして日本の柱となるかということが第一義的な問題ではないのでしょうか。そのためにどういうノウハウを身につけ、どういうふうに現代化を図るかという問題が、その次に出てくるわけであります。その順序を間違うと、物事が逆転したような形になると思います。
 新人類以降の人たちは、結構、頭がよくって、自分が興味を持ったことに関しては徹底的に勉強するところがあって、おもしろい人たちがいっぱい出てきているのですが、そういう人たちはかなり敏感に嗅ぎ取っています。ですから、今、マスコミを信用しない新人類以降の人たちが非常に大きな力になりつつあります。そういう人たちに向かって、何かを発言する場合には、極めて慎重にやっていかなければなりません。しかしながら、とても敏感な分、発言すれば、発言しただけのものは必ず返ってきます。話題性が喚起できない場合は、きちっと深いところから発言しておられないからだと思います。ある一つのまともな周波数でちゃんと発言しておられれば、必ず大きなリアクションがあります。それはむしろ時代が求めているわけですし、若い人たちも熱烈に求めている事柄だからだと思います。

 日蓮聖人のご遺徳を最大限に継承され、ますます栄えられますことを、心よりお祈り申し上げます。
 何だかお坊さんに説教のようなことになり、お聞き苦しいところが多々あったかと思いますが、長時間ご清聴いただきありがとうございました。(拍手)


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