日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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所報第27号:4頁〜 死ねない時代の仏教 ←前次→

教団研究セミナー
死ねない時代の仏教

 大 村 英 昭(大阪大学教授)

   一
 私たちは、今、非常に大きな時代の転換期に立っていると思います。
 一九七三年(昭和四十八年)十一月に、第一次オイル・ショックがあり、「省エネ」という言葉が生まれました。それまでは、日本が高度成長を遂げ、GNPレベルでも世界の大国になり、山本直純作曲の「大きいことはいいことだ」がはやっていました。宣伝コピーは時代を鋭敏に反映しますが、第一次オイル・ショックをきっかけに、「スモール・イズ・ビューティフル」という言葉が登場してきます。
 一方、宗教面では、宗教の世俗化が盛んに言われていましたが、特に若い方々は、宗教は時代おくれの人たちの慰めごとぐらいに思い、ますます科学的・合理的になっていくこれからの社会では、宗教は基本的には衰退していくということが、一般世論としても当然視されていました。
 宗教の近代化は呪術の園から解放され、呪術の時代は終わるのだと思われていました。ところが、NHKの世論調査研究所が「宗教回帰」という言葉を使いましたし、西山茂氏の言葉を使えば「再呪術化」ということになりますが、「宗教回帰」とか「再呪術化」と言われるような時代が、一九八○年(昭和五十五年)以降に出てきました。近代化し、世俗化し、合理化していくという時代は、一九八○年ぐらいまでの話であって、その後のトレンディな議論は、「宗教回帰」に関することになってしまいました。この時期を、我々は戦後のモダニズムが終わったという意味で、「ポスト・モダーン」と言います。これは日本だけではなくて、世界的な傾向であります。
 五年ぐらい前、四国で女子中学生一人と女子高校生二人が睡眠薬自殺を図りました。幸い未遂に終わりましたが、この三人は、自分たちの前世が見たいからということでした。
 お釈迦様にまつわる前世物語はたくさんあり、小さいときから前世物語、本生前世譚はよく聞かされたものです。私は、『今昔物語』の兎が身を焼く話が好きでした。ところが、一九八○年ぐらいから、それをバターくさくしたような、映画俳優のシャリー・マクレーンの『前世物語』がベスト・セラーになったり、あるいはマンガの世界の影響で、自分の前世は星の王子様と結婚したお姫様だったかもしれないとか、あなたと私は姉妹だったかもしれない、私たちにはそういう「前世ちぎり」があるんだ、だからこんなに仲がいいんだという考え方がはやったわけです。一遍死んでみたら、そのことがわかるんじゃないのということで、前世をのぞき込むということがある種のリアリティーを持ってうけたわけです。
 このように、欧米でも、特に若い人の中で今まで考えにくかったような社会が出現しました。NHKの世論調査所も若者の宗教的Uターンを強調し、話題になったわけであります。若い人たちの間に、我々がモダニズム段階では考えにくかった、或いは予測しにくかったことが、真顔で議論されるようになった。そういう雰囲気、或いはフィーリングすべてを含めて、私たちは「ポスト・モダーン」と言い、今までの常識的近代化論が前提にしてきたこと全部を覆していかなければならないのではないかという提案を始めたわけです。本願寺の教学研究所で親鸞をめぐる議論をし『ポスト・モダンの親鸞』と題して出版しましたが、ここでも「ポスト・モダーン」という言葉を使ったわけです。

   二
 私が「鎮めの文化論」を言い出したのは、一九九○年のことで、岩波講座の『転換期における人間』の第九巻「宗教とは」で、私が「宗教は鎮めの文化装置」ということを書きました。それを見た『朝日新聞』の学芸記者から、湾岸戦争の最中に−湾岸戦争は考えようによったら宗教戦争と言う人もあるわけですが、「『鎮めの文化』論」の執筆を依頼され四回ほど連載しました。ですから、言い出して二年しかたっていないわけです。
 その前提に、宗門内議論があります。私たち浄土真宗の宗門の内部でさまざまな議論をいたしました。もともと皆様も共通にお感じのことが一つあって、それは教学と現場との乖離ということです。これは全教団的問題であります。「現場なき教学、教学なき現場」ということを標語のように使ったのは、西谷啓治先生の本を読んでいたら「現代なき宗教と宗教なき現代」という言葉を使っておられる。そのひそみに倣ったわけです。つまり、「現場なき教学と教学なき現場の共存」という形で乖離しているわけです。
 浄土真宗で見る限り、教学はなかなか立派なものができております。江戸時代から「江戸宗乗」と言われて確立してまいりました。極端に言えば隠語の山であって、一般の人には「何言うとんねんな」という、わからないところがあります。ところが、戦中派としてはヨーロッパ哲学を学ばれて入ってきた三木清先生がおられますが、近代文化人・知識人の中での親鸞ブームが起こっています。極端に言えば、哲学者とかエッセイストでも、売れんようになったら「最後の親鸞」「私の親鸞」「これからの親鸞」とか、親鸞を書けば売れたわけです。とにかく親鸞が何度もブームになりました。
 ところが、我が門主は、皮肉たっぷりに「明治維新以降、親鸞ブームは山ほどあったが、常に宗門を素通りする」と言います。その結果、宗門自体としては長期低落傾向を隠せない。まるで社会党みたいな状態です。
 なぜこういうことになるのか。日本人の宗教家としては最も人気のあるのが親鸞です。その親鸞を開山としていただいているのですから、親鸞ブームがあれば我が宗門にも多少そのおこぼれがあるかと思いますが、大体が文化人というのは基本的に反教団的です。近代文化人的な言い方をすれば、教団は堕落している。そういう意味で、教団は問題にならない、教団の中の親鸞ではない、むしろ教団から親鸞を解放してあげなければならないと言うわけです。つまり、近代文化人が書くきれい事の親鸞と、親鸞を使って堕落している教団という図式が、当然のごとく繰り返されてきたわけです。
 それを聞いた浄土真宗の教学者たちが、バカ言え、近代文化人が説く親鸞はウソっぱちだ。庶民の間へ入ってくださっている親鸞は、そんなのと違うんだということを堂々と言ったらいいのに、よう言わない。ごもっともですということで、だんだんきれい事化するわけです。教学がどんどん近代知識人におもねていきます。おもねればおもねるほど現場、宗門はだんだん離れていって、わけがわからんことになる。
 浄土真宗の住職方は、龍谷大学で真宗学を学んだわけですが、近代知識人の左派みたいな人が龍谷大学にいっぱい巣くっておりまして、親鸞様は偉いと詰め込まれる。頭は親鸞、身は現場ということで乖離が起こるわけです。
 曹洞宗が差別戒名事件で解放同盟からもやいやい言われる。もちろんそういうことは尊いことですから、内部でご議論なさることはとてもいいことで、曹洞宗内部で教学議論を改めてしなければならなくなり、何回かシンポジウムがありました。一九九○年の曹洞宗のシンポジウムでは、「本音と建前のはざまで」というレポートが出ていますが、私はそのシンポジウムで、本音と建前の乖離ということを申し上げ、反響を呼びました。ということは、同じような問題をどの宗門も抱えておられるのではないかと思います。
 親鸞は頭の中でひとり歩きして、宗学だけはどんどんきれい事になっていく。もっと極端に言うと、きれい事が現場の汚ならしさをひたすらカバーする。近代知識人は親鸞様が好きですから、三国連太郎氏までが『白い道』という、どうでもええような本を書いているわけです。それを映画にまでした。私らに言わせたら、くだらない、大ウソの親鸞です。ああいうイメージはやめてくださいと言いたい親鸞様なのですが、近代知識人には受けのいい親鸞様が描かれるわけです。
 あの映画は、徹底的に今の教団、あるいは教団現場を批判した映画です。例えば、映画の最後にも出てまいりますが、それまではみすぼらしい格好をしていた坊さんが、格好をつけようというので金きらの色衣をつける。笑止千万です。それが、親鸞の思い描いていた浄土真宗からほど遠い姿かということを揶揄しながら、ギャップを描いたものです。
 三国連太郎氏は、一般には受けない映画だとわかっていたらしくて、東西両本願寺へ、チケット販売の協力方を頼みに来た。私なら拒否します。それならそれで、こっち側がいいと思うような親鸞にしてもらわな困ります。教団を批判している映画のチケットを、当の教団へ売りにくるほうも厚かましいというか、信じられない精神構造ですが、もっと信じられないのは、うちの宗門はバカですから、これを喜んでいる。私は東西両本願寺の体質は一体何のか。マゾヒズムかと言っているわけです。
 私はチケットを売ることを拒否しました。
 「何で、そんなしようもない映画のチケットを、私の門徒へ売りに行かんなんねんの」
 「せやけど先生、これ割引きになります。その日行ったら千百円やけど、これやったら九百円になります」
 「アホか。たった二百円やないか」
 大阪教区全体へ一万枚とかの割り当てですから、うちの門徒も間違うて、どっかで買うて十人ほど行きよったらしい。
 私はその人たちに
 「どうやったんや」
 と聞いた。というのは、そんな映画の影響を受けやせんかと心配した。「私は親鸞様の本当の姿に戻りたい。今の宗門は堕落している。だから、やめさせてもらいたい」とか、あるいは私は今度お袈裟をしてもらうのに一千万円もかかるので、ご寄進をお願いしたら、「そういうことを言われるのは親鸞様から見れば大変な堕落です」と言い出すんじゃないか。(笑)それで、心配で
 「どうやってん」
 と聞いたら
 「おっしゃるとおり、しょうもない映画です。おもしろかったんはガッツ石松だけやった」
 ガッツ石松が端役で出ていたんですが、それだけがリアリティーがあっておもしろかったらしい。
 「だから、ほとんど寝てました」
 というわけで、影響もヘチマもないので、よかったと思ったわけです。
 要するに、近代文化人が親鸞と言ってくれると、宗門は何でも喜び勇んでしまう体質、これはマゾだろうか。マゾならローソクをたらたら垂れたり、ムチで引っぱたかれたりして快感がありますが、これには何の快感もない。しかし、基本的には、きれい事の教学らしきもので現場は親鸞精神からはるかに離れていると言われることを当然視していた。モダニズムの時代の宗門教学は、それでよかったわけです。ところが、そうやっているうちに、現場はどんどん離れていく。というのは、教学がひとり歩きしてしまうわけです。
 現場には、本当の大衆ニーズがあるわけです。現場は、今、浄土真宗のお坊さんに何を求めているか。私は宗門ニーズと言っていますが、そういう宗門ニーズを忘れていって、きれい事にでき上がった教学から現場を見おろして、現場をたたく形になります。そうすると、宗門ニーズはどこへ行くかということです。
 例えば、水子供養です。これは古くからあるのかと思ったら、そうではありません。佐藤栄作と生長の家、あの辺が合体して、でっち上げたものです。水子供養が盛んになってはいます。水子供養しなあきまへんでと、新聞の広告にまで書いてあるわけです。統計上、日本の中年主婦の三分の一は堕胎経験を持っておられるので、そう言われると胸に痛いところがあります。「今、うちの子が登校拒否しているのは、ひょっとすると前に堕胎した子が恨んどんのやないか。やっぱり供養しといてもろたほうがよさそうやな」と。
 水子供養に対する大衆ニーズは結構あります。私は大阪市内のお寺を、勝手に宝塚へ移しましたが、宝塚はわりと新興地ですから、昔の方から何の知識も授かってないような方が多くて、看板に「浄土真宗本願寺派」と書いてあっても、そんなのに関係あらへん。
 「えっ、南無妙法蓮華経や思うたら、ここは違うんですか」
 お葬式が済んでから、そんなこと言うてるんです。
 「おたくは里では南無妙法蓮華経さんやったんかいな」
 「そうでんがな。違いました」
 「違いましたて、あんた何言うてんのや、うちは南無阿弥陀仏やがな」
 「えらいこっちゃ」
 今さら言うたって遅い。とにかくええかげんな話なんです。そういう方は全然わかっておられませんから、「浄土真宗」とかどんな看板をかけていても
 「坊さん、すんまへん、ちょっと水子供養してもらへまんやろか」
 言うて、来はる方があるわけです。
 それを、きれい事の教学からいけば、拒否せよというわけであります。そんなもの切って捨てろというわけです。浄土真宗のご法義について説明しなければならないのかもしれませんが、そもそも浄土真宗では供養という言葉を嫌っています。供養をしません。私らは供養をされる側です。あくまで如来様の供養をいただく。他力の本願でございますから、供養するということはできないことになっております。祈るという行為は、私たちの側からはしないわけです。祈られているというのが建前です。ですから、きれい事で言えば、「水子供養、そんなアホなこと、うちはしません」と言ってしまえばいいんです。「仏様にお任せしていることやさかい、我々の力で供養したところで、何の意味もないんだ」ということを、最終的にはちゃんと言わねばならんだろうと思います。それは認めます。
 しかし、そうかといって「いや、うちはしません」と言ったら、どうなるか。私は下請化と呼んでいますが、下請教団へ持っていくだけです。生長の家でも、真如苑さんでもどこでも、水子供養をしはるところはなんぼでもあります。大衆をそこへ行かせているだけです。こんな形で何を守れたのですかと、私は言うわけです。
 一昨年の正月に『中外日報』で、ひろさちや氏と私と井上順孝氏とで鼎談したのが連載されました。あるいはごらんになった方があるかもしれませんが、ひろさちや氏はきれい事の仏教を商売にしている人で、それを私は皮肉っぽく揶揄しているわけですが、その中で、今のような話が出てきて、私は
 「現場坊主としては私は拒否しません。いったん抱き込まんとダメだ」
 と言ったら
 「あんた、それでも浄土真宗の坊さんか。よう、そんなんでクビにならんものだ」
 と、ひろさちや氏がえらい怒るんです。
 「それは宗門が私をクビにする力がないという意味でならそうでしょう。そんなことよりも、私が拒否したら、水子供養の看板を出しているお寺は山ほどあるんやさかい、そこへ行きはるだけでんがな」
 と言うと、ひろさちや氏は
 「それでええやないですか。親鸞精神を守るべきだ」と言う。
 私は、そういう形で守った親鸞精神って、一体何だと言っているんです。それは親鸞さんが喜ばれることか。大衆ニーズを切って捨てて、どこに大衆宗教家としての面目がありますか。学者の世界なら、それでいいでしょう。大衆を切って捨てて「私は親鸞精神に生きた人間でございます」と言って、自己満足のうちに死ねばいい。
 「しかし、私は現場を預かる宗教家ですから、そんなアホなこと言うてられへん。あえて抱きとめます」
 と言ったわけです。
 今までは教学が現場を批判するということが、一方通行的に当たり前視されていた。それを現場のお坊さんたちが、「ごもっともだ」と言って、極端に言えばマゾ的快感に酔っておられる。しかし、それは頭の中に入れておいて、そんなこと言うけれども寺の経営は成り立たんので、「寄附を集めに行こう」ということになっていたわけです。
 しかし、それはあまりにも一方的であって、私がこの中へ持ち込んできたいものは、現場の私たちは、そんなに親鸞精神を裏切る行為をしているんでしょうか。そんなことはありませんと、一気に姿勢を逆転させて、現場から教学をたたけということです。
 問題は「教学なき現場」ではなくて、「現場なき教学」です。教学なき現場をたたくことをもって宗学者さんは喜んでいたわけです。あるいはまた現場の人たちは、それをあえて甘んじて、批判されて当り前みたいに思っていたわけです。そのことがまさに教学を現場なきものに頽落させていく最大の原因です。教学がある、ないは別にして、もっと声を大にして、現場とは何であるかということから、「現場なき教学」をこそ徹底的に批判して、自分たちの思いを言葉として対決させていかなければならないのではないか。
 その辺が、おわかりいただけているのかどうか。日蓮宗様から見れば、ちょっと違うと思われるかもしれませんが、このような話を曹洞宗様でしたところ、曹洞宗様もおっしゃるとおりですと言うわけです。シンポジウムの最後に私が、「宗学者はもっと営業しなさい。現場の人は遠慮なしに何でも言いたいこと全部言いなさい」と言ったものですから、「あの人はアジテーターか。丸山照雄と変わらんやないか」ということも言われたりもしました。(笑)

   三
 「鎮めの文化論」の前に言ったのが、「真宗ピューリタニズムと真宗カトリシズム」という対語です。最近、我が宗門ではPとCという頭文字で略称しています。「あなたはPだ」とか、「僕はCだ」と言っております。ピューリタニズムというのは、メイ・フラワー号に乗って行った清教徒です。現在、ピューリタニズムという言葉は、アメリカのリベラルチャーチの中でも嫌がって使いません。
 明治維新以降、日本に入ってきたキリスト教諸教派は、ピューリタニズムの流れです。その元はカルバンです。十六世紀にルター(ドイツ)とカルバン(スイス)のお二方が欧米キリスト教会における宗教改革のスターとして出てきます。ルターのほうは現在もルーテル教会として我が国でも普及しております。
 それに対してカルバンのほうはどんどん名前が変わっていきます。スイスからフランスを通って、オランダ、ベルギーでピューリタンと呼ばれるようになり、イギリスへ行き市民革命を起こすわけです。しかし、嫌われます。嫌われるのは当たり前です。非常に過激というか反儀礼、反教団、大変堅苦しい個人主義です。教団が救いの対象ではありません。個人一人ひとりで神と対決するのが信条です。また、反芸術、反遊びで、芸術や遊びは人間を堕落させるものだというわけです。イギリスでは当時、ミドルクラスがかなり成長してきて、シェークスピア劇場が開設されていて、劇を観て喜ぶということが次第に文化として定着し始めた矢先に、ピューリタンが革命を起こして政権を取り劇場を閉鎖してしまった。その結果、非常に堅苦しいけったいなものができ上がるので、庶民の側から嫌われていくわけです。
 そこで、こんな堕落したところではあかんというので、神の王国を新大陸に求めたわけです。それで、結局、やったことは何かというと、インディアンをたくさん殺しているわけです。過激に現地住民に対して悪いことをしたので、今、ピューリタニズムということを思い出すのも嫌がっています。現在では批判されるところが多いわけです。典型的には、後にフランクリン家の家訓を取って、資本主義の精神とした。マックス・ウェーバーは、近代の合理的な資本主義の精神はここから生まれたと言っているわけです。
 確かにピューリタンという言葉にあらわれておりますように、ある意味では教義が非常に純度が高く、妥協を許さない。資格を大事にします。自分たちは神に選ばれた者だ、そのことを地上で証していくことが、自分たちの生活だということで、非常に禁欲的です。マックス・ウェーバーが「禁欲のエートス」と言っております。芸術と遊びは神から見れば堕落です。ですから、朝は朝星、夜は夜星で、一生懸命働きます。そういうことが資本主義を可能にしていく。よく働きますから、この人たちはすぐ金儲けができる。ところが、反芸術、反遊びですから使うところがない。そうしますと、儲かったお金は再投資する以外にない。そうやって資本が形成されるとウェーバーが言いました。
 そういうわけで、ピューリタンは純度の高い鋭角的な教えをつくり上げていきますが、ある意味では、非人間性を持っています。アンチ・ヒューマニズムです。人間の喜び、楽しみは全部拒否されています。人間はひたすら神の道具であって、神の栄光を地上に証すために私たちは生活するというわけで、反人間的あるいは非人間的なものを内包しております。ここに、この教えの怖さがある。素朴な人間の喜びを全部拒否してしまっている。私たちは、それに対してカトリシズムを提起したいわけです。
 もちろんピューリタニズムの長所はあります。しかし、選民意識とて下手をしますと、自分たちだけが本当のクリスチャンだという独善主義にもなります。事実、日本のこの系統の教派の長老派とか福音派と呼ばれている方々は、「同じキリスト教だけど、カトリックは迷信の巣窟です」とおっしゃる方が多い。いまだに軽蔑しておられます。
 しかし、そのカトリシズムこそが−最初の話に戻りますが、ポスト・モダーンになっている。モダニズムをつくり出した精神は、ピューリタンだったかもしれないけれども、その近代が行き詰まってきたら、ポスト・モダーンと言われる時代になって、キリスト教でもカトリックのほうが今は強いわけです。元気があります。アメリカのリベラルチャーチは堕落しているというか、宗教的力を失ってきております。ヨーロッパもそうです。リベラルチャーチは全部ダメです。長期低落傾向は我が浄土真宗よりもっとひどいです。
 その点、確かにカトリックはいかがわしいもので、割と迷信くさいし、呪術的です。アメリカではジョン・F・ケネディがカトリックだというので、あの当時はまだ話題になりました。カトリックの大統領が出てきたのは二人目で、アメリカ合衆国ではカトリシズムは少数勢力であった。ローマンカトリックのもとにおられる方々はマイノリティーだったわけです。その後、ベトナム初め中南米からの難民がメキシコ経由でアメリカへ入っていく。それらはほとんどカトリックですから、現在ではアメリカ合衆国においてもカトリックのほうが元気があると言われるぐらい、新陳代謝が進んでいるわけです。
 フィリピンのアキノさんがマルコスを追い落としていくときに、フィリピンのカトリックの司教がラジオで「マニラ市民よ、街頭へ出よ。マルコス派の戦車をマニラに入れるな」とアングラ放送をします。市民の先頭に修道尼が立って、戦車の前へ立ちはだかっていきます。修道尼を戦車で轢き殺すわけにいきませんから、戦車がとまります。テレビでも放映されましたが、修道尼が花束を持って戦車にのぼって、天蓋をノックしたら、若い兵隊さんが首を出す。そしたら花束を渡して「マニラ市民を轢き殺さないでくれてありがとう」と、お礼を言い、「あなたに神の恵みがありますように」と祝福します。そうすると、兵隊はコロッとひっくり返って、「マルコスをやめた」ということになったわけです。それほどフィリピンはカトリックの伝統のある国です。ところが、実際に行ってみると、迷信の巣窟みたいな教会が山ほどあります。
 日本キリスト教というと、主力はピューリタニズムの系列で明治維新後に入ってきている。カトリシズムはもっと早くからポルトガルから鉄砲とともに入っているわけです。でも、カトリシズムの主力は長崎の一角にしかありません。したがって、日本のクリスチャンと言えば、内村鑑三先生とか、新島襄先生とか、ピューリタニズムの系統の人が代表的に見られているわけです。
 南山大学のヤン・シンゲドという日本語ペラペラの宗教学者に、私はこう言われました。
 「大村先生の話を聞いていると、あなたはキリスト教と一言でおっしゃっているが、どうもピューリタニズムのイメージがあなたの頭に先入観として入っている。ところが、世界中ではキリスト教といえば、大きいのはカトリシズムですよ。十億人を超えています。巨大教団はカトリックです。あなたのようなイメージでキリスト教を見ていたら全然間違ってくる。そこで、大村先生のような方には、ショック効果を含めて、このように説明したらいいと思う」と、次のように教えてくれました。
 彼は姫路の修道会で修行した人ですが、日本のいろんな教会へ行って、ピューリタニズムが強過ぎた間は、これがキリスト教かと思った。それで今度は逆にお寺へ行ったそうです。例えば、関東の方面で言えば、成田山新勝寺あたりをイメージしてください。京都ですと清水寺です。滝から水が落ちていて、お参りの人が、治るか治らんか知らんけど、それを飲んでいる。まず水があって、そこで手を清める。カトリックの教会でも水で清めるというのは大好きです。洗礼自体が水で清めているわけです。
 「必ず泉があって、そこの水を飲んだら病気が治ると、みんな言うてんがな。そういう霊験あらたかな教会がはやりまんのや。ですから、成田山新勝寺、清水寺を思え」という言い方をされた。
 ヤン・シンゲドさんは、清水寺へ行って、「これはローマンカトリック教会と同じだ」と思ったそうです。「やっぱり人々の宗教というのはこういう形なんだということで、やっと安心した」と、カトリックの神父ヤン・シンゲドさんが言うのです。
 庶民教会、大衆教会というのは、大体あの形です。まず水を飲んだり、お線香の煙を頭にフワフワとすると頭がよくなるとか言う。もっと同じなのは
 「あなたの生まれ年は」
 「昭和十七年です」
 一覧表を見て
 「午年ですね。午年の人の守り神はコクゾウさんや。ハイ、あなたのお守り、三百円」
 とやりますね。それと全く同じことをキリスト教でもほとんどやっている。日本人によく知られているのはサンタ・クロースですが、ああいうセント何々といった聖者様がいっぱいおられ、中にはマリア様もおられる。それがペンダントになっているのを買う。
 「こういう形は当たり前のこととちがうか」
 と、彼は言うわけです。
 「そうやってキリスト教は庶民の中に定着してきた。こういう構図こそが、全世界の宗教である。どうも違うのが、ピューリタンとおまえのところの浄土真宗だ。おまえのところは、どうもピューリタンの傾向がある」
 と言われた。
 「なるほど」と思い初めて、真宗の中にもどうやらピューリタニズムが好きな人と、カトリシズムが好きな人とがあるなということがだんだんわかってきた。

   四
 氷山は海面の上に見えている部分よりも、見えていない部分のほうが大きいわけです。カトリシズムのあり方を考えてみますと、見えているところを「ボーカル・カルチャー」(口やかましい)と言い、それに対して見えないほうを「サイレント・カルチャー」とします。教学の間違いは、見えている部分だけで勝負しているわけです。非常に口やかましい。どの宗派へ行きましても、そういう口やかましい人がいます。浄土真宗で申しますと、「他力安心」の世界が確かにある。それがご法義として大変上手に言われております。しかし、見えない部分での民衆レベルで、それを支えている。それを私は「集合心性」と呼んでおります。最近、フランスの社会史の方々がよく使われる言葉です。
 日本人の集合心性は「おかげ」「たたり」のコンプレックスです。私のように社会学をやってきた者が宗教学会へ乗り込んでいって、「ごちゃごちゃぬかすな。こんなもの簡単やで、『おかげ&たたりコンプレックス』。これで日本の民俗宗教は全部片づく」と言うと、井上順孝さんとか、民俗学とか宗教学を専門にしてきた人は嫌がります。反論してきますが、大体、反論になっていない。南山大学のプラフト神父が、私の仲間のエッセーを英語に訳してローマ教会へ届けてくださいましたが、「おかげ」「たたり」は英語に訳さないで、ローマ字で書いておりましたが、「おかげ&たたりコンプレックス」で日本人の集合心性はバッチリ映しております。
 「おかげ」も「たたり」も、たぶん仏教以前的なものだと思います。なぜこのように分けるかというと、宗教学の伝統から言うと、「おかげ」はアニミズム系譜で、「たたり」をシャーマニズム系譜と言いたいからだけですが、なかなか認められないんです。佐々木宏幹さんはやっと認めてくれました。
 「おかげ」というのは、東京大学の見田宗介先生は「原恩の意識」と表現されました。欧米キリスト教会では「原罪」と言いますが、それに対抗させて、日本人ははるけき昔から「原恩」の意識を発展させてきた。これは『朝日新聞』の「『鎮めの文化』論」でも書きましたが、和辻さんではないけれども、大変大事なことだと思います。要するに、非常に恵まれない砂漠の宗教と、我々のような恵まれた森の中ではぐくまれてきた日本宗教とは、同じであるはずがないのです。
 とりわけ極端な違いが出てくるのは、日本宗教の「救い」は、私の恩師が使った言葉ですが「自然溶解」である。『歎異抄』とか『和讃』で使う親鸞聖人の「自然法爾」という言葉があります。弘法大師様もそうだと思います。弘法大師様のお救いも、結局は宇宙的大生命の中に自分の個別した命の固体性を溶け込ませていくわけです。自分の個別的リズム、命の波長みたいなものを大自然の大きな命のリズムの中に溶け込ませていくことだと思います。そういう意味で、自然へ溶け込んで救われるという感覚は、やっぱり恵まれた風土でないと出てこない。自然に恵まれていれば、山の中に逃げ込んでも生きていけますが、砂漠では集落を離れて自然へ溶け込んだら、ひからびて途端に死にます。ああいうところでは逆です。自然融解の形にはならずに、自然征服あるいは自然改造です。自然を人間の思いに順応させていく。人間の思いというのは、神の計画です。神の計画に従って、人間はその道具になって自然を変えていくという思想が基本に出てきます。そこからは科学は発展しやすいと思います。科学技術の展開は、このほうが有利だと思います。その意味で、日本人は独自の科学文明をつくるのは苦手だったのかもしれません。そういう意味では、悟りが自然改造へ向かっているのと、自然溶解へ向かっているのとでは非常に違いがあります。
 あるがままの自然にはぐくまれた自分の今の相変わらない、きのうと同じ日常が営めることを、天地の恩と感じる「おかげさま」という意識は、日本人固有のものとして、仏教が入るより前に−古神道の世界ですが、早くから発展させてきた意識であります。そこへ仏教が入ってくると、これに乗っかっていきます。
 ところが、恵まれた我が国の風土といえども、ずっと相変わらないというわけにいかない。時折に変事が起こります。天変地変です。さまざまな災害が起きます。「相変わらない」の反対で「変わり事」です。この変事に関しては、「おかげ」と言って喜んでいるわけにはいかないので、「たたり」だとしたわけです。一方では人情の「おかげ」を喜びながら、いざ事が起これば「たたり」の意識が発動してくる。そして、「怨霊鎮め」という考え方になっていきます。これは梅原猛先生によれば、聖徳太子の夢殿の建設から始まっている。あるいは『万葉集』の選択も怨霊鎮めである。日本の国家的文化事業はすべて怨霊鎮めだと言います。そこまで言えるかどうかはともかくとして、何らかの怨霊のたたりということが、だんだん日本人の意識になっていく。
 そういう形で、「おかげ&たたりコンプレックス」でもって、日本の民俗宗教の集合心性はきちっと説明できるわけですが、問題は、氷山の海面上の目に見えている部分は、そういうものを支えにしている。その支えにしているところがズバッと言えたら、カトリック的な真宗ができると思っています。
 カトリシズムとピューリタニズムの違いは、ピューリタニズムはそれを全部切っていくわけです。ピューリタニズムが歩いた後には、民俗宗教は全部壊されていきます。ブルドーザーのようです。真宗もそうです。柳田国男先生が民俗学の研究をされていて、真宗地帯へいくとガックリするそうです。真宗一色に塗りつぶしていった。それぐらい確かに力を持っていた時代があります。それがピューリタニズムの特徴です。ところが、カトリシズムは全然違っておりまして、つぶさずに、その上に乗ってしまう。それがヤン・シンゲドさんの説明のあるような教会の形を今に伝えている。しかも、そうであるがゆえに、大衆ニーズをうまくつかまえる。
 そういう意味で、ピューリタニズムは集合心性排除型で、自分たちの教理、体制をがっちり守っていく。それに対してカトリックの行き方は典型的な包摂型です。いったは抱いてしまう。我が「他力安心」の世界で言うと、確かにそれは難しい。水子供養を許しますと、たちまちミイラとりがミイラになります。「他力安心」の世界そのものが直ちに崩壊するかのように怖がられている。ですから、パッと切ったほうが簡単だ。我が宗門としては水子供養を肯定するわけにはいかないので、断固「他力安心」の世界を中空にただよわせる結果になります。人々の深い集合心性の根を切ることになる。それを私は「きれい事」と表現したわけです。そうすると、民衆エネルギーを吸い上げる力を失います。
 論理的には整合的で、大変立派な教義のように見えます。しかし、民衆はついてこれない。ついてこれないというよりも、習合エネルギーの充填ができません。根を切ったままでただよっていく。知識人にはいいことかもしれません。しかし、大衆宗教としては堕落です。「おかげ&たたりコンプレックス」で支えられている親鸞様、根を切られていない親鸞様だということを、きちっと言っていく真宗カトリシズムを思想として構築できるかどうかというのが、我々の仕事であると思います。
 以上で、私たちが「真宗C」と言っている意味はおわかりいただけたかと思います。

   五
 要は、日蓮宗様を含めての創唱宗教と民俗宗教(Folk Religion)との関わりを、どう把握するかということです。カトリックは、いやらしいほど巧みに民俗宗教の上にどっかと腰を据えます。それが全世界の今のローマン・カトリックのあり方です。一方のピューリタニズムは、大衆の宗教ニーズを切っていくから、今、衰えていっているわけです。アメリカン・リベラルチャーチを含めて世界中で人気がないわけです。それはそうで、大衆的宗教ニーズを切った限りは、民衆を救いとれなくなります。学者の単なる遊び事になります。きれい事のひとり歩きだと、私は考えてまいりました。
 日蓮宗様でP対Cという発想が可能かどうか。神道でもそういうことはあるとおっしゃいました。国学院で講演したときに、ある方が、上田研究所長に向かって「今の大村先生の説明によると、上田所長は神道Pだ」と言われていましたが、神道でもP、Cということは言えるとおっしゃいました。回教では論文を見つけました。イスラム教をめぐって、イスラムP、イスラムCということを言っている論文を一つだけ見つけています。曹洞宗P、曹洞宗Cというように、広く使える普遍的な概念ではないかと考えております。
 この考え方に、現状分析を含めて先ほどのポスト・モダーンという考え方を出してきたのが、「煽る文化と鎮めの文化」です。『ジャパンタイムズ』の記者は、「煽る文化」を「アジティーティング・カルチャー」、「鎮めの文化」を「カーミング・カルチャー」と、なかなかうまい訳し方をしておりました。
 「煽る文化」というのは禁欲の生活規範、つまり「ガンバリズム」です。単に煽っているのではなくて、未来の栄光を手にしたければ、今は忍の一字です、我慢をしなさい、禁欲しなさいという構図で子供たちを煽る。これがなければ、今のような豊かな社会は生まれない。何らかの形で大変上手にこのガンバリズムを若い人たちに植えつけることに成功する限り、近代文明社会になっていくわけですから、大事なものです。
 しかし、問題は、これを支えるためには、今、我慢できるための未来の栄光に、かなりしっかりしたリアリティーがないといけません。マルクス主義は、まさに労働者階級に向かって、「あなた方は未来の栄光を自分の手で主体的につかむべき階級だ」と煽るわけです。マルクスが言う階級意識の目覚めというのは、未来は自分たちのものだ、自分たちこそが未来を担っていかなければならない、未来の栄光は我が手にあると、未来の栄光のリアリティーを大変論理的に上手に述べ、労働者階級を煽って近代先進国をつくったわけです。
 しかしながら、早くから東欧圏では自然破壊が進んでおりました。ようやく今になってバレてきたわけです。私の友人は既に十五、六年前から「森林の破壊はすごいよ」ということを言っていました。酸性雨がきつい。石油精製技術と産出石油の質の問題もあるそうです。今、我が国で非常に心配しているのは、中国の石油が質が悪いので、よほど精製してから使ってくださらないと、それを大量に燃やされますと黄砂と一緒になって日本に亜硫酸ガスが来て酸性雨を降らせます。瀬戸内方面の松枯れは酸性雨の影響ではないかと言われております。社会主義圏は安物の石油を大量に燃やしますから、自然破壊はすごく進んでいました。決定打がチェルノブイリの原発事故です。そうすると、『朝日新聞』に連載した「『鎮めの文化』論」の一回目に書いたように、未来にあるのは栄光どころか、ただのゴミになる死ではないか。こうして一気にリアリティーが壊れます。未来の栄光に向けて今は我慢し、今を犠牲にしてでも頑張るという精神構造が、支えにしていたものが全体的に崩れる。それは何も社会主義圏だけではありません。
 ポスト・モダーンのきっかけは石油ショックです。まず地球資源には限界があるんだということを、我々に認識させます。続いて、このまま進めば環境破壊が起こりゴミになる死が待っているだけではないかということが、世界中の人々にわかってくる。そして未来の栄光にかげりが出てくる。こうしてモダニズムの時代は終わる。当然、人々の目は、もともとあった「鎮める文化」に移るであろうという予測をしているわけです。
 日本人は早くから「魂鎮め」という考え方を持っております。そこへ仏教が入り込んだ。我が宗門で申しますと、「魂鎮め」と言っているときは、罪のもとは外へ出しているわけです。菅原道真の怨霊ではないかとか、水子とか、それは他者性としてあるわけです。我が浄土真宗で見ると、「魂鎮め」の「魂」は「人魂」の「魂」ではない。怨霊の「魂」ではなくて、自分です。一番罪深いのは自分だ、たたりのもとは自分だ、菅原道真がたたって自分がどうというのではなくて、自分が未来の子孫にたたっていくのではないか。「もとを絶たなきゃダメ」という宣伝コピーがありましたが、たたりのもとみたいなもの、人間の罪性を自己へと深化させた、これが日本仏教の大きな値打ちではなかったかと考えているところであります。とにかく鎮める文化に人々の目がいって当然です。
 煽りの文化と鎮めの文化は本当は両立させていかなければいけないものです。ところが、現代は煽りの文化一辺倒になり過ぎた。その限界が命ガンバリズムという形で出てきている。特に医療の世界では、大阪大学は臓器移植技術では世界最高レベルにきておりますので、早くその技術を使いたい。そのために国民世論として脳死を認めていただきたいということで、生命倫理研究会を精力的に開いてまいりました。私も何度かその分科会みたいなのに引っ張り出されましたが、その中で私が申し上げ続けたことは、命ガンバリズムに乗ってしまって、単なる延命技術者になっている。本来の医療というのは、いやす心である。「手当て」という言葉は本当に宗教的な言葉である。もともとは手を当てて痛みをともに感じるという気持ちである。それが今は、単に治療の意味に使われ、宗教性が脱落してしまっている。本来の「手当て」は、あくまで嘆き悲しんでいる人の一番痛いところに手を当てて、とりわけ心の痛みをともにしようということであって、それが医療の原点である。単なる延命では、これからはダメですということを強調しました。
 むしろどうやさしく死なせるか。死なせる文化も大事です。死なせるのもお医者さんの仕事です。生かしたいという気持ちはわかる。しかし、死なせてあげるというのもお医者さんの仕事であり、もちろん坊主の仕事でもある。特に坊さんは、本来、鎮めの文化の主たる担い手になるべきだ。世の中はほおっておいても煽りの文化になっている。小学校に二宮尊徳の像を建ててある。
 「あのおっちゃん何しとんねんな」
 と子供が聞いたら
 「柴担いで働いてはるときでも、あの人は本を読んで勉強しはっとるんや。偉い人や。おまえも将来立派な人間になりたければ、あの二宮尊徳さんのように、今は忍の一字で頑張りなさい。根性、根性」
 と教えた。これは世俗文化です。教育も、医療も挙げてみんな煽りの文化です。坊さんは絶対に鎮めの文化を離れたらあかん。それが覚悟やないかなというわけで、私が今度出した本の表題もあえて『死ねない時代』としたわけです。
 『死ねない時代』というタイトルが受けて、割と反響がありました。このタイトルは私が自分で考えた本物です。有斐閣の女性編集者ですから、いい題をつけてくれると思って安心して任せていたところ、「宗教嫌いのあなたへ」という題をつけてきた。そんな題で売れるかというわけで、二日二晩考えた。何となく「死ねない時代」というのがパッと浮かんだ。何か今の時代を語るキーワードのような気がしたわけです。みんな安楽に死んでいきたい。しかし、死ねない時代の恐怖があるのではないか。我々現場の僧侶は、本来そういうことに辛酸苦労すべきであって、煽る文化に乗ることはない。

   六
 私は日本の仏教は三つの大きな山に分かれると思っています。弘法大師の真言宗様は日本民族宗教に成り切っています。だから、これは外します。そうしますと、あと残るのは禅です。主なのが三つありますが、これを一まとめにして日本禅という一つの山、それから日本浄土教が一山、そして日蓮様の一山の三つだと思います。その三つの山の中で、日本禅と日本浄土教は間違いなく鎮める文化をつくってきた。ところが、日蓮様はむしろ煽る文化をつくったというのが私の理解です。「大村は西山茂や丸山照雄と話をするさかいいかんのや。あの連中が日蓮宗を煽りよるんで、日蓮宗はそんなものと違う」と言っていただけたら、私はうれしいわけです。
 法華経というお経典が我々と違うポイントは、私は「王仏冥合論」だと思います。これに対抗させて、禅はまたちょっと違う言葉を使いますが、我々念仏門では「真俗二諦」と申します。蓮如の「王法は額に当てよ、仏法は内心に深くたくわえよ」という言葉があります。つまり、真諦、俗諦は別の原理だと理解する。真諦は仏法です。王法とは全然違う原理です。冥合できない。田中智学の「法国相関」という考え方があった。そういうことで、どうも煽る文化になるのではないかと私は考える。これでは、この世を改良主義でもっていかなければならない。世俗の真っただ中で仏法を実現していかなければならないという感じになる。そうすると、それはどうしてもユートピア主義になり、石原莞爾は「八紘一宇」でいくし、宮沢賢治は「羅須地人協会」へいった。私に言わせれば同じだと思います。どうもそれは法華様のお経典の問題なのか、日蓮様のご人徳なのか、よくわからない。
 煽る文化を常に否定しようと言っているわけではありません。特に地球環境、地球資源の問題からして、煽る文化一辺倒で来たことを、今、反省せざるを得ない。その時点においては、煽るほうに乗らないで、仏法を今の時代にふさわしい鎮める文化として彫琢すべきだという考え方になるならば、日蓮様は、ちょっとしにくいのではないか。
 仏教的諦観といいますか、浄土真宗で言えば、この世ではもう悟れないと、そこまであきらめている。死ななければしようがない。この世はお念仏だけだ。お念仏を唱えていたら、きっとあの世で悟れると、それほどこの世のことについてはあきらめ切っております。「それではだれもついてきますまい」と言われればそれまでですが、そうでもないんじゃないか。
 私は司馬遼太郎、山本周五郎、池波正太郎の三人が好きで、全部読んでおります。『プレジデント』という雑誌では会社経営の戦略を学ぶのに司馬遼太郎云々なんてバカなことを書いている。本当は反対に、司馬遼太郎は世俗化された鎮める文化を大変上手に書いておられる。司馬遼太郎の文章を読んでいると何となく心が鎮まります。司馬遼太郎の得意なところは幕末のヒーローを扱いますが、大体早く死にます。そういう意味では、死のダンディズム、あきらめの中に生きた人間、ひたすら死に方を探している、ひたすら死に向かって生きている人物を描くわけです。吉田松陰は十九歳ぐらいで、いろいろな死に方を一生懸命練習しております。切腹はもちろん、ひょっとしたら首を切られるかもしれないというので、処刑のされ方まで勉強しております。だから、大変見事な首の切られ方だったと言われています。死に向かってひたすら生きていくという、大変奇妙なことですけれども、私はそういうものを読んで、私の理解では、ああいう小説でみんな鎮まっていくんだと思います。
 私はちょうど五十歳ですが、五十歳ごろになると、何か鎮まりたい。チンチンもだんだん立たんようになるし、銭もどうでもよくなってきまして、何か平安に鎮まっていくものを、人々は心の底で求めていくわけです。そういうものに司馬遼太郎の早逝物語は非常によくこたえていると、私は理解します。そういう意味で、何も煽る文化はいけないというわけではありませんが、鎮める文化の時代に入っている。
 だから、一番合わないのが丸山照雄氏です。雑誌『仏教』No.9(一九八九年十月)の座談会「仏教の現在」では、私もめちゃめちゃ言いましたから、丸山照雄氏も怒るわけです。彼は正義の味方面したいわけでしよう。例えば、彼は、日本の日蓮宗には期待できないから上座部仏教の東南アジアへ行ってどうのこうのと、偉そうなことをおっしゃるわけです。
 私は逆じゃないかと思います。「ああいうところの仏教はつぶしたほうがいい」と私は言いました。ああいうところはまだ貧困です。仏教は基本的にあきらめなさいですから、ああいうところに仏教を持ち込んで、あきらめなさいと言ったところで合いません。今の豊かな日本だから、むしろあきらめなさいということを言う仏教が大事なんです。「私は浄土真宗を東南アジアに持ち込もうとは絶対思わない。むしろ今ある仏教はつぶしたらいい。マルクス主義のほうがいいよ」と言ったわけです。そういうきついことを言ったのですが、そういうことでも言わないと、なかなかそこの機微がおわかりいただけないのではないかなと思ったので、ちょっと言い過ぎたわけです。
 それほど私の理解では仏教の本領は鎮めの文化であり、法義上の根幹にあるのは、「真俗二諦」であって、王仏冥合せずという考え方です。さらにその前にある考え方が、「諦観」です。小学校の教育でも、あきらめてはなりませんということで、あきらめるという言葉はタブーになっております。もちろん医学の世界でも、あきらめるということは、言葉としてすらタブー視されています。
 しかし、島根県松江市で教誨師の中四国ブロック大会でお話しする機会があったとき、お世話してくださいましたお名前を失念しましたが、日蓮宗様のあの地方の名望家が、私の話を全部記録してくださって、出版するとまでおっしゃってくださったのですが、その方に言わせれば「日蓮宗は確かに先生のおっしゃるような面を持っている」というわけです。「近代化過程においては日蓮宗の意義はすごく大きいけれども、これからはちょっと考え直したほうがいいのではないかという部分を感じる。それと、教誨師としての現場では、日蓮宗をほとんど意識しておりません。かえって禅とか浄土文書から学んだもののほうが、よく口に上ってくる。そういう面では、鎮める文化があって、日蓮宗全体としてはやや煽る文化に足をすくわれてきた面が強いんじゃないか」というおっしゃり方をしてくださいました。
 ただ、それはあくまで教学の方のご意見ではございませんで、ご法義は私も全然わかっておりません。ごく表面的な、宮沢賢治だとか石原莞爾について西山茂氏が書いたのを読んだりして、何となくそうではないかなと思っただけのことでございますので、お教えをぜひ賜りたいと思います。
 石川所長様はじめ研究所の皆様方のご期待には沿わない話ではなかったかなと心配いたしておりますが、これで終わらせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。(拍手)
 ※本稿は、平成四年三月三十一日に現宗研主催で行った教団研究セミナーにて講演されたものを筆録したものです。


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