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現宗研だより 教化学研究集会のこと(一)
日蓮宗現代宗教研究所主任 髙佐宣長
宗務所長会議での現況報告
小稿は「宗報」平成二十二年三月号に掲載して頂く予定ですので、お目に触れるころには、第百一定期宗会が終了し、四月の宗務所長会議(以下、所長会議と略称します)に向けての準備作業などをしているのではないかと思います。所長会議に於きましては、現宗研と致しましても、例年、所長より現況報告を申し上げ、研究所の活動内容を御紹介し、御理解・御協力をお願いしております(宗会では、通例、文書による報告のみとなっています)。
昨年の所長会議では、九つの項目を上げて御報告したのですが、その九項目というのは、
一、中央教化研究会議(中央教研)
二、教区教化研究会議(教区教研)
三、教区教研連絡会議
四、教化センター
五、教化センター連絡会議
六、教化学研究発表大会
七、教化学研究集会
八、法華経・日蓮聖人・日蓮教団論研究セミナー
九、WEBサイト
で御座いました。
ほとんどが、この「現宗研だより」の頁でお話しして参りました事項で御座いますけれども、こうしてみますと、「教化学研究集会」のことは、まだ御紹介しそびれているようです。
という次第で、今回は、教化学研究集会のことを…。
教化学研究集会と教化研究会議
教化学研究集会というのは、恐らく、本稿を読んで頂けているような、現宗研の活動に御関心をお持ち頂いている方々の間でも、余り耳馴染みでないのではないかと思います。
かく言う筆者自身、主任となりましてからも数ヶ月の間は、この教化学研究集会についての認識がほとんどありませんでした。
教化学研究集会という名称から、教化研究会議との関連を思って頂けるかと思いますが、では、両者はどう同じで、どう違うのか。
そこで、既に当欄に記したことと相当程度重複致しますが、教化研究会議の成り立ちからお話を始めたいと存じます。
現宗研が昭和五十三年に刊行した「教化研究会議と教化センターのしおり」(以下「しおり」と略記)については、筆者がこの欄を書き始めた最初の「現宗研だより」(平成十九年八月号)でも御紹介しました。
少し余談になりますが、その年の十月号に記しました通り、この「しおり」が、現状と乖離してきてしまっているので、書き直しを計画してはいるので御座いますが、有り体に申し上げて、なかなか手が着かずにおります。昭和四十三年に第一回の教化研究会議(現在の中央教研)が開催されてから昭和五十三年に「しおり」が刊行されるまでの、言わば教研黎明期に於いて、かくあるべしとされて来た教研会議や教化センターの有り方と、教研、教化センターの現況を思い合わせてみたとき、特に教化センターについては、既に全国に六十二センターが設置されてはおりますけれども、位置付け、性格付けが一様では御座いませんので、その辺りをどのように捉えるべきかの方針が定まり切らず……というのは半分は言い訳で、要するに、筆者の怠惰ゆえでもあるのですけれども……。
教化研究会議の性格
閑話休題。
「しおり」では、教研会議について、次のように性格付けしています。
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一、 | 布教教化について教師がおたがいに交流し討議しあい、学びあう場です。 |
| 二、 | 当面しているさまざぎな問題をとりあげ、現代に対応する教化のあり方を研究しあう場です。 |
| 三、 | 教化上の悩みや問題点をさぐり、それをどのように打開したらよいかをみんなで考え話しあう場です。 |
| 四、 | 伝道宗門の確立をめざし、教師の意見や要望を宗門に反映させる場です。 |
| 五、 | この会議では年齢、性別、役職などの別はなく、みんな平等の資格で自訂に意見をのべあうことができます。 |
つまり、行政事務レべルで交流する。会議ではなくて、「一人の日蓮宗教師」として、布教教化そのものを論じ合う集会、専門家の講義を一方通行で受講研修するのではなくて、教師お互いが布教の本質と方策について語り合い討議し合う集会、教化を考える教師が肩書ぬきで誰でも参加でき、自分の思っていることを自由に発言できる集会、というのが、教研会議である、ということになります(以前、教研会議や教化センターについて申し上げました時に御紹介致しました。「現代宗教研究」第十一号〔昭和五十二年三月〕所収の、新間智照師〔現・現宗研顧問〕の「教化研究会議−十年目の歩みと教化目標」を御参照願います)。
教区教研から管区教研へ?
そして、昭和四十五年に秋田で第一回東北教研が、翌四十六年に近畿教研が開催され、地理的時間的に一層参加しやすく、地域の実情を踏まえた、地に足がついた議論をする場としての、地域教研がスタートし、次第に、十一教区全てで、毎年、教区教研会議が開催される、今日のようになって行くのですが、教区の教研会議が定着すれば、更に参加しやすい、地域に密着した教研会議としての、管区教研会議の開催ということに思い至るのは、至極当然のことでありましょう。
というようなワケで、現宗研としましては、現在、教区を単位として開催されている教研会議を、管区単位にして行けないか、という構想がかなり以前から御座いました。現在、その為のステップとして位置付けているのが、この稿の表題でありますところの「教化学研究集会」ということになります。
と、ここまで書いて慌てて付け加えますが、今、管区単位での教研会議、と書きましたけれども、そうして行くことが、宗務院全体に認められている方向性であるというのでも御座いませんし、現宗研とて、流石に、七十四管区全てで教研会議が開催され得る、と考えているワケでも御座いません。
とは言え、「教研会議の役割は終わったのではないか」というような声も耳にはしつつも、現宗研としましては、教研会議は工夫次第でまだまだ可能性を秘めていると信じておりますので(いずれ当欄でも、近時の教区教研の特色ある「中身」についてお伝えし、教研活性化の参考に供したいと思っております)、その裾野を更に広げて行ければ、と考えているワケでして、中央教研が教区教研になったことで参加者を十倍に増やせたように、管区教研が実現すれば、本宗教師の全員が参加して教研会議を営むことが出来はしないかと、半ば夢のようなことを思ってみてもいるというような次第です。
管区教研と教化学研究集会
管区教研というようなものを考えてみますと、先ず何よりも、財政的、経済的な負担ということがネックになって来るかと思われますが、その件は後ほど申し上げるとして、内容的にハードルになっていると思われるのが、分散会、分科会などの形式で行われる、討議の部分です。
教研会議は、何しろ教研「会議」ですので、この部分なくして、成立しないのですけれども、何分にもここに実質を持たしめるということは、なかなかに難しいことで、時間的な制約の大きさ、一部の特定の方のみの議論になってしまうということ(全員参加にはなり難いこと)、教研で出された意見などを宗門に反映させることの困難性などなどが障碍となり、それなら、いっそ講演部分だけにして、というようなことで教研会議を開催される教区もなきにしもあらずなようです。
現宗研と致しましても、その辺りの事情は身に染みてもおりますので、管区教研を目指すとは言え、そのステップとしては、「会議」部分を薄めて始めて頂いても……とも考えておりまして、教化学研究集会は、基本的に分科会や分散会をもたずに開催されて来ております。
さきほど申し上げた、所長会議での事業報告では、教化学研究集会について、
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必要や御要望により、教区や管区で開催しています。現宗研より、相応の助成をさせて頂いております。昨年度は、東京北部宗務所、静岡東部宗務所、一昨年度は東京東部宗務所で開催されました。
開催の御要望をお受けしています。
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と、些か要領を得にくい御説明をしております(平成二十一年度)。
教化学研究集会の本来
ところで、このところ「教化学研究集会」を上述のように位置付けているのですが、元々はかなり違う性質を持ったものでした。
すなわち、教化学研究集会は、昭和五十六年六月にその第一回目が開催されたのですが、会場は宗務院でしたし、次のような講演がなされました。
石川教張現宗研主任「開催にあたって−教化学研究について」、木村勝行「寺院運営論−明日の寺院−」、井本学雄「未信徒教化の事例とその今日的意義」、新間智照「立正平和の精神と行動−第二回国連軍縮総会に参加して−」、中村潤一「文書視聴覚教化の事例と効果」(以上敬称略)。
そして、石川教張主任は、その中で次のように言っています(「教化学研究の意義について」「現代宗教研究」第十七号所収)。
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日蓮宗現代宗教研究所としましては、これまで中央並びに地域(教区)において、教化研究会議を開いて教化活動に関する事例体験や問題点の解明、教化の内容と方策の具体化などを、種々交流検討しあってきたわけですが、日蓮聖人第七百遠忌に当って取り組んだ報恩の教化活動を発展させ、さらに遠忌以後における現代社会に対応する教化研究を推進させるため、教化事例と体験を踏まえながら、ひとつ教化の内容と方策を明らかにしてゆく「教化学」の研究が必要ではないのか、ということで、「教化学」の研究集会を提起したわけであります。
「教化学」という言葉は、日蓮宗においては、まだ耳なれない言葉でありますが、その重要性と必要性に着目して、教化学研究の集いを、今日初めて試みとして開催させていただくことになったわけです。
この第一回の教化学研究集会は、今まで積み重ねられてきた教研会議の成果を集約しつつ、現在取組まれている布教教化の内容を明示し、教化の体系化を図ることをめざすものです。教化に関する事例体験の交流を一歩すすめて、教化の内容・課題・方策を理論的に解明し集約することによって、実践的な方向を打ち出す必要があるのではないかということは、現宗研の内部でつねに話しあわれてきたことであります。教研会議等においても、もっと具体的に教化の方向というものを打ち出すべきだ、というような意見が多くありましたので、現宗研としまして、この集会をまず発起したわけです。
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〔続〕
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