日蓮宗 現代宗教研究所
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宗報 平成22年1月号 第262号 改訂 第94号

現宗研だより
  教団付置研究所懇話会と脳死臓器移植法(その三)
日蓮宗現代宗教研究所主任 髙佐宣長 

 
  参議院院内集会での見解表明
 
 またまた、暫しの御無沙汰を致しました。
 田澤所長(当時)の中央教研での基調報告「『立正安国』と教化学」の連載のため、当「現宗研だより」を休載させて頂いておりました。
 平成二十一年度の中央教研は、九月十日〜十一日の日程で、「立正安国を如何に実現するか−教化学の確立に向けて」をテーマに、開催いたしました。
 昨年六月号の「宗報」にて告示して頂きました開催要項の開催趣旨から引用いたしますと、
    「教化学」は現宗研のメイン・テーマであり、中央教研が開かれ続ける限り継続されるべきテーマではありますが、『立正安国論』奏進七百五十年を迎える今年は、立正安国を実現するための教化学を確立して行くべき秋でもあらねばならないと申せましょう。
 そこで、本年の中央教研では、現代宗教研究所所長田澤元泰により、「『立正安国』と教化学」と題して問題提起としての基調報告を行った上で、現宗研の研究項目に即した分科会で問題提起と討議を行い、「立正安国」に繋がる実際的な取り組みを考えてみたいと思います。
 という次第でしたので、なるべく早く全国の皆様に所長の基調報告の内容をお知らせすべく、先頃の京浜教研の基調講演「今『いのち』を考えるとは」に続き、当欄に掲載して頂いた次第でした。

 さて、お忘れの方も多かろうと存じますので、これまでの二回のお浚いを書いておきましょう。
 平成二十一年七月八日、「『臓器移植法』改悪に反対する市民ネットワーク」の主催で、「臓器移植法改定を考える緊急院内集会」が参議院議員会館に於いて開催され、「−宗教界からの緊急提言−『脳死は人の死ではない』」とのテーマのもと、浄土宗、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、天台宗、立正佼成会、大本、日本キリスト教協議会(そして日蓮宗)の各団体の研究機関の代表が集まって、それぞれの教団の見解を表明しました。六月十八日に、脳死臓器移植法改正A案(脳死を一律に人の死と解し得るような文言への改定を含む)が衆議院で可決したことを受けてのもので、参議院での審議・採決に向けて、脳死を人の死とすることに反対し、法案の慎重な審議を求める目的のものでした(尚、見解表明に於いて、A案に反対する、という直接的な表現をした教団はなかったように思います。また、結局、七月十三日に、脳死臓器移植法改正A案が参議院でも可決され成立してしまったことは御存じの通りです)。
 (その一)の要旨は以上のようなところでしょうか。それから、この件に対するマスコミの報道を御紹介しました。
 (その二)では、脳死臓器移植法改定の背景として、国際移植学会での「イスタンブール宣言」が、WHOに影響したのであろうこと、その「イスタンブール宣言」は、国内では、一部に意図的かとも思われるような誤訳があることが指摘されていること、などを御紹介した上で、当日表明された各教団の見解の特色などについて申し上げました。
 
  脳死臓器移植法に対する日蓮宗の見解
 
 さて、では、日蓮宗代表のような形でこの院内集会に出席した筆者は、何を言ったのか、日蓮宗の脳死臓器移植法に対する見解は如何、ということになります。
 さんざん勿体振ってしまったのですが、まず、筆者がその時に資料として配布してもらったレジュメを採録しましょう(資料@)。

 脳死及び臓器移植に関する日蓮宗の見解

資料1
資料1
  ○日蓮宗勧学院第2回答申(平成6年8月31日)
 …平成4年の脳死臨調最終答申の見解に対して

 脳死をもって人の死と断定することには未だ多くの問題が残されており、死の概念の重大な変更にあたって、医学にのみそれを委ねることはできない。
 臓器提供については、自己決定による場合、仏教の慈悲心にもかなう行為として認識し、脳死段階からの移植医療に道を開くことには反対しない。
 ことは、宗教、哲学、倫理、社会、文化などに幅広くかかわる問題であって、多数決でゴーサインを出せるものではない。
 今後とも、科学主義、理性主義、人間機械論の行き過ぎを監視すべきである。
(趣意)
 
 恐らく、小欄を読んで下さっているような方なら、一度はこの勧学院の答申をお読みになったことがあるだろうと思います。
 そうです、この時点で、脳死臓器移植問題に対する日蓮宗の公式見解は、この勧学院の答申で……と申し上げたいところなのですが、もしかすると、そうとすら言えないところがありまして、つまり、この勧学院答申は、あくまで言わば「内部資料」であり、時の宗務総長の諮問に、時の勧学院が答申したもの、に過ぎず、対外的に表明されたものではありません。
 勧学院では、この問題についての研修会も開催され、答申は活宇になってもいますが、それも宗内研修のレべルであり、教団の外へ向けて発表されたものではありません。
 というような次第で、この日に見解表明をした教団のうち、対外的に当該問題に対する公式見解を表明していなかったのは、本宗だけだったのです。

 かかる状況下に於いてですので、筆者が意見を表明する、と言っても、自ずから限界がありました。
資料2
資料2
 と申しますよりも、教団付置研究所懇話会の方々から、「日蓮宗さんも是非参加して下さい」と誘われた時点で、果たしてどうしたものやら、と思ったのですが、「以前もなさってますから」と言われて、前例があるなら、と参加を考えることにし、所長に相談申し上げたのでした。
 前例というのは、筆者の前任者である伊藤立教師が、平成十八年十一月十六日の、この時は衆議院の院内集会に、同じような形で出席されておられたことを指します。
 この際には、伊藤師は、法華経や日蓮聖人の生命観についてのかなり詳細なレジュメを作成され、発表されたようです(資料A)。
 筆者は、教団としての意見表明のように解される機会での発表であり、筆者はそれを為し得る能力もなければ、立場にもないと判断したこと、前述の通り、本宗自体、まだ公式に対外的な見解表明を行っていないこと、などを慮って、資料としては、前掲の勧学院答申のみとし(これも、対外的に発表される前提での文言になっておりませんので、その辺りだけを、外部の方が読んで違和感がないように整えて)、口頭での発表の際に、自分は宗門を代表する者ではないことを言明し、答申以外の部分は個人的な見解である、と註釈をつけた上で、意見表明をさせて頂きました。
 実は、全日仏で総務部長をされておられる奈良慈徹師がこの院内集会について御心配下さって、筆者が出向くようだが日蓮宗教団として大丈夫か、という旨のお問い合わせを賜りましたので、上のような態度で臨ませて頂くことを御説明したようなことも御座いました。
 また、話は前後致しますが、こうした方針について、所長の同意を頂いた上で、川名伝道局長(当時)にも御説明し、御承諾を頂いて、出向いたのでも御座いました。
 
  総合研究会議での議論
 
 ここから先は、筆者の立場で、どこまで書いて可いのか、判断に迷いますが、この集会から戻った筆者は、所長に報告をするに際し、前述の通り、見解表明をした教団で、公式見解を対外的に表明していなかったのは、本宗のみであること、衆議院での脳死臓器移植法政定案の可決を受けて「参議院での臓器移植法改正案の慎重な審議を求める要望」を参議院議長に宗務総長名で出した浄土真宗本願寺派や、この集会の直前に宗務総長コメントを出した真宗大谷派のようなところもあること、を強調して、本宗でも可及的に速やかに総長声明を検討すべきではないかと具申いたしました。
 結果、伝道局長を議長とする、勧学院と現宗研との会議である、総合研究会議を開催して頂ける運びとなり、先月までに、改正脳死臓器移植法についての見解が纏められるに至りました。
 と、これもまだ内部文書であり、また、現宗研の責任で取り扱い得るものでも御座いませんので、この件については、この程度にしておきましょう。

 次回は、話が後先になってしまいましたけれども、この集会の主体となった、教団付置研究所懇話会について、申し上げることに致します。
               〔続〕
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