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現宗研だより 典礼権をめぐって(その一)
日蓮宗現代宗教研究所主任 髙佐宣長
信行道場での講話
一昨年、筆者が現宗研の主任を仰せつかる前のことですが、現宗研では、『創価学会批判』という書物を「復刻」しました。既にお目通し頂いた方も少なくないことと存じます。
当時の伊藤立教主任が、その書の冒頭に記していますように、『創価学会批判』は「昭和三〇年三月一一日の、日蓮宗と創価学会との、いわゆる『小樽問答』を期に、日蓮宗宗務院が同年七月に発行した創価学会批判書で」すが(「小樽問答」については、「現代宗教研究」の第四十号〔平成十八年三月発行〕に、その実況録音を起こしたものが収録してありますので、是非御参照下さい)、このように、現宗研は、研究所発足以来、創価学会をはじめとする新宗教、新々宗教の活動をウオッチングし、折々に宗内に情報を発信してきております。
昨年度は、この『創価学会批判』の刊行を機に、信行道場において、現宗研メンバーが、創価学会問題を中心に講じさせていただく機会を得まして、第二期の信行道場には、筆者自身も伺って、道場生にお話しをさせていただきました。
その際、ついでと言っては何ですが、創価学会問題に関連して、すぐに現場で実際に役立つ知識として、標題に掲げた「典礼権」についてもお話ししたのですけれども(特別信行道場に出向した方にも、この件について話してきて下さるように依頼しました)、どうやら、このトピックについては、まだ宗内で充分に周知されるには至っていないようです。
この五月にも、本年度の第一期信行道場に伺って、同様の話をしてまいりましたが、闔宗に広く知っておいていただいた方がよろしかろうと思いますので、これまでとは少々趣向を変えて、今回と次回の二回の予定で、些か専門外のことでは御座いますが、この「典礼権」についてお話しすることとしたいと思います。
納骨をめぐってのトラブル
などと偉そうに書いておりますけれども、「典礼権」という言葉を筆者が知ってから、実はまだ十年余りしか経っておりません。
地元管区の布教師会の幹事会の席でであったと記憶しておりますが、春日光昭師(江戸川区大法寺住職)から、御教示いただいたのが、「典礼権」という語に触れた最初でした。
定かには覚えておりませんけれども、筆者の住職寺の或る檀家さん(A家とします)が、まだ筆者の前住職が住職であったときに、住職に断りなく、別の僧侶(因みに、本宗の方だったのですが)に葬儀を依頼してしまい、寺が与り知らないままに葬儀を営んだ上で、寺のA家の墓地への納骨を求めてきた、というような件があり、前住職は、近々住職が交代するから新住職(つまり筆者)と相談するように、とA家の方に言い置いて……といった内容の案件を引き継いで、住職になった早々難儀をした、というようなことをお話しした際に、御教示いただいたのではなかったかと記憶します。
似たような事例を経験されている方は沢山おいでになるのではないでしょうか。
御檀家さんが、新宗教等に入信してしまい、葬儀をせずに納骨を求められた、といったような場合に、その方を日蓮宗徒として教化し直す際の、言わば法律的な後ろ盾になるのが、この「典礼権」です。
墓埋法第十三条
さて、現代日本に於いて、墓地に関して、最も基本となるのは、申し上げるまでもなく、「墓地、埋葬等に関する法律」ですが、その第十三条には、次のようにあります。
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墓地、納骨堂又は火葬場の管理者は、埋葬、埋蔵、収蔵又は火葬の求めを受けたときは、正当の理由がなければこれを拒んではならない。
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つまり、埋葬を求められた際には、原則として、「墓地、納骨堂……の管理者」は、それに応諾する義務がある、と規定されているのです。
この法律を素直に読むならば、先述のような、私どもとしてはにわかには認めがたいような埋葬を求められたとしても、これを拒むことは難しいことになりそうです。
寺院墓地における埋葬をめぐる紛議
昭和三十年代初頭、創価学会が「折伏大行進」を行った頃、学会の入信者と、彼らの菩提寺との間に、さまざまなトラブルが発生し、寺檀関係が紛糾した例が多数ありました。当然、学会員の墓地について、全国の寺院墓地において、埋葬に関するトラブルが発生するに至り、国会の場で取り上げられたりもしたようです。
昭和三十五年の十月には、全日仏が「墓地対策檀信徒大会」を開催して、対応策を講じたりもしました。
昭和三十六年三月の、当時の文部省宗務課による「寺院墓地における埋葬、埋蔵にかかる紛議事例」には、一百二件の事例が数えられていますが、このうち実に一百一件は、寺院と学会員とのトラブルであり、寺院側に無断で埋葬したり、埋葬を強行した事例四十件、寺院側の埋葬拒否事例十四件、寺院側の宗旨の法式に則らずに葬儀を営んだ事例十件、墓地管理費不納事例三件、示談に至った事例三十五件が枚挙されているそうです。
厚生省の照会
右の「寺院墓地における埋葬、埋蔵にかかる紛議事例」でも判ります通り、この時期、学会員に対する埋葬拒否が各地で発生したようです。昭和三十年代に、寺院と学会員との間で争われた墓地に関する裁判だけでも、三桁に上ると言われています。
厚生省(当時)は、こうした事態は公衆衛生上好ましからざる事態を生ずるとして、昭和三十四年十二月二十四日、厚生省公衆衛生局長より内閣法制局第一部長宛に、墓埋法第十三条の「正当の理由」の解釈について、「最近にいたり宗教団体の経営する墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じている。この場合、当該管理者の行つた埋葬又は埋蔵の請求に対する拒否は、正当の理由に基くものと解してさしつかえないか。また、埋葬又は埋蔵の請求者が、当該墓地の区域内に、先祖伝来の墳墓を有しているときと、これを有しないときとでは、その解釈上相違があるか」との照会をなします。
実は、昭和二十四年八月の、厚生省環境衛生課長より東京都衛生局長への回答では、異宗徒からの埋葬請求を拒めるとしてあったのですが、学会員の埋葬を拒む事例が頻発して社会問題化したため、改めて右記のような照会をなすに至ったのでした。
法制局からの回答
翌昭和三十五年二月十五日付の、法制局からの回答は、やや学会寄りとも受け取れるものでした。
すなわち、「墓地、納骨堂又は火葬場の管理者に対して」墓埋法第十三条の「ような制限が課されているのは、管理者がこのような求めをみだりに拒否することが許されるとすれば、埋葬(法第二条第一項)、埋蔵、収蔵又は火葬(法第二条第二項)の施行が困難におちいる結果、死体の処理について遺族その他の関係者の死者に対する感情を著しくそこなうとともに、公衆衛生上の支障をきたし、ひいては公共の福祉に反する事態を招くおそれ」があるとして、「このような事態の発生を末然に阻止しようとする」のが墓埋法第十三条の「立法趣旨」であるから、「宗教団体がその経営者である場合に、その経営する墓地に他の宗教団体の信者が埋葬又は埋蔵を求めたときに、依頼者が他の宗教団体の信者であることのみを理由としてこの求めを拒むことは」墓埋法第十三条にいうところの「『正当の理由』によるものとはとうてい認められない」と回答したのです。
要するに、寺院が、他の宗教団体の信者に埋葬を求められた際、その人が、寺院とは別の宗教団体(例えば創価学会)の信者であることを理由に納骨を拒否するのは不当である、と、それまでの社会的慣行を否定するような見解を出したのでした。
昭和三十五年厚生省通達
この法制局の回答に基づき、厚生省公衆衛生部は、同年三月八日付で、都道府県指定都市衛生主管部(局)長宛に「墓地埋葬等に関する法律第十三条の解釈について」と題する通達を出します。
その内容は、「最近、宗教団体の経営する墓地について、その墓地の管理者が、埋葬又は埋蔵の請求に対し、請求者が他の宗教団体の信者であることを理由に、これを拒むという事例が各地に生じているが、この問題が国民の宗教的感情に密接な関連を有するものであるとともに、公衆衛生の見地から好ましからざる事態の生ずることも予想されることにかんがみ、これについての墓地、埋葬等に関する法律第十三条の解釈をこの際明確ならしめるため」に「内閣法制局に対し照会を発したところ」上述のような「回答があつた。従って今後はこの回答の趣旨に沿つて、解釈運用することとしたので、貴都道府県(指定都市)においても遺憾のないよう処理されたい。なお、これに伴ない」従前の墓埋法第十三条についての昭和二十四年の東京都衛生局長あて厚生省環境衛生課長の回答は廃止する、というものでした。
法制局回答の但し書き
この通達の結果、学会員が寺院の承認を得ないまま、無典礼で埋葬する事例が頻発することとなったようです。
ただし、法制局の名誉の為に(?)申し添えておくならば、右の法制局の回答には、次のような但し書きがあるにはありました。
すなわち、「埋葬又は埋蔵」が「社会の常識上要求される程度の丁重さをもってなされることは、当然であ」り、「埋葬又は埋蔵の施行に際し行われることの多い宗派的典礼を」「埋葬又は埋蔵の観念に含まれるものと解すべきではな」く、墓埋「法第十三条は、あくまでも埋葬又は埋蔵行為自体について依頼者の求めを一般に拒んではならない旨を規定したにとどま」るもので、「埋葬又は埋蔵の施行に関する典礼の方式についてまでも、依頼者の一方的な要求に応ずべき旨を定めたものと解すべきではない。」と。
そして、「宗教団体が墓地を経営する場合に、当該宗教団体がその経営者である墓地の管理者が埋葬又は埋蔵の方式について当該宗派の典礼によるべき旨を定めることはもちろん許され」るのであり、「他の宗教団体の信者たる依頼者が自己の属する宗派の典礼によるべきことを固執しても、こういう場合の墓地の管理者は、典礼方式に関する限り、依頼者の要求に応ずる義務はな」く、「両者が典礼方式に関する自己の主張を譲らない場合には、結局依頼者としては、いったん行った埋葬又は埋蔵の求めを撤回することを余儀なくされようが、このような事態は、」「法第十三条とは別段のかかわりがないとみるべきである。」とはしたのです。
正直に申し上げますと、筆者などは、この補足部分を読んだとき、墓地管理者である寺院側の考え方を相当程度考慮したもののように思ってしまったのですが、先述の通り、この回答に基づいた厚生省の通達以後、学会員が無典礼で埋葬する事例が多数起こりました。
考えてみれば(考えるまでもなく?)当然のことでありまして、寺院側と納骨依頼者の「両者が典礼方式に関する自己の主張を譲らない場合には、結局依頼者としては、いったん行つた埋葬又は埋蔵の求めを撤回することを余儀なく」されたとしても、それは、墓埋法第十三条とは関係ない、と言うのですから、埋葬が撤回されたとしても、それは「正当の理由」によって埋葬が拒まれたものではなく、言わば、単に両者が喧嘩別れしただけだ、と言っているわけです。寺院側が、埋葬の際は自「宗派の典礼によるべき」であると「定めることはもちろん許され」、寺院側が納骨依頼者側の主張する典礼方式に「応ずる義務はな」いと言っても、依頼者側が寺院側の典礼方式に応じる義務があるとも言わないのであり、寺院側に埋葬の求めを撤回させるだけの権利を認めた回答ではなかったのですから、これでは、寺院側が何を定めようが、それに拘束力はないことになります。
昭和三十七年東京地裁判決
そこで、東京都新宿区の新義真言宗系単立寺院であった東福院住職、杉本良智師は、行政訴訟を起こし、厚生省を訴え、右通達の取り消しを求めました。
昭和三十七年十二月二十一日の東京地裁判決は、杉本師に対し、訴訟の当事者として不適格であるとして、師の請求を「却下」しましたが、判決理由書の中で、右の厚生省通達の「違法ないし越権のきらい」を指摘し、事実上、杉本師の勝訴となりました。
すなわち、厚生省通達は、この「通達を出すにあたつて従前の回答の経過内容及びその基礎となつた慣行もしくは社会的事情とその変遷を充分考慮し、既存の通達を訂正するにしても必要最小限度にとどめ適用上誤解行過ぎのないように細心の注意を払つた文言をもつてなすべきであるにもかかわらず(中略)また通達の内容如何によつては創価学会と他の既成宗教団体との間の紛争に利用されることも当然予想できたにもかかわらず、極めて抽象的一般的な文言をもってなされその限界は必ずしも明確といい難いところがあ」ったと厚生省の姿勢を批判しています。
また、当該通達は「単に先の通達を廃止するにとどまらず実は慣習法を否定するものとも解する余地があるところ、かりに慣習法の効力(したがつて既得的地位)を否定する社会的必要が生じたとすればそれは法規の形式的効力に関することがらであるから、これを通達によつて処理しようとすることには違法ないし越権のきらいがあ」ったとしました。
「のみならず問題となつているところは墓地に対する国家の施策から始まり宗教法人の存立ひいては信教の自由と公共の福祉の理念との調整という憲法の解釈につながる極めて重要な問題を含」んでいたのに、「一片の通達により問題を処理しようとしたことは妥当でないとの非難は免れ得ない」と断じたのであり、この判決によって、昭和三十五年三月の厚生省通達は事実上無効となったのでした。
正確を期そうとする余り、いささか引用が多すぎ、煩雑で読みにくいものになってしまったかもしれません。
次回は、「典礼権」に関して最も重要と言って過言でない、昭和三十八年の津地方裁判所の判決などについて御紹介します。
*参考文献
『現代仏教を知る大事典』塚本善隆(金花舎)
『Q&A 墓地・納骨堂をめぐる法律事務』藤井正雄、長谷川正浩(新日本法規出版)
『Q&A 霊園・斎場運営の実務』横田睦、島崎昭、喜多村悦史、鈴木富七郎(新日本法規出版)
『Q&A 墓園・斎場 管理・運営の実務』墓園・斎場実務研究会(新日本法規出版)
『宗教法人の法律相談』安武敏夫、長谷川正浩、棚村政行、戸渡速志(青林法律相談)
*参考ウェブ・サイト
「平岡久のホームページ」
http://www.hiraoka.rose.ne.jp
「日本テンプルヴァン」
http://www.jtvan.co.jp
※厚生省通達などの引用は、右の「平岡久のホームページ」によりました。
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