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現宗研の調査研究ノート 教化学へのアプローチ 宗祖のご遺文にみる法華経引用について(八)
日蓮宗現代宗教研究所所長 田澤元泰
『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』における法華経引用について(4)
平成20年1月号にて『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』(以下『観心本尊抄』と略します)の第二十四問答までの法華経引用の検討をしましたが、今回はその続きを行いたいと思います。
なお、「 」内の文章は『日蓮聖人全集』第二巻(春秋社発行)による書き下しのものです。( )内の数字は昭和定本のページ数です。また、書き下し文中の『 』内の文章は、宗祖による法華経引用部分の書き下し文です。また、必要に応じて、現代訳を『日蓮聖人全集』第二巻(春秋社発行)より引用しました。
前回では、二十四問答前半にて寿量品の『今留在此』『遣使還告』の引用を軸に、釈尊から地涌菩薩に対して付属された法門の肝要としての妙法五宇による弘教の必然が述べられたことにふれましたが、さらに後半では次のような引用が見られます。
「神力品に云く
『爾の時に、千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地より涌出せる者、皆仏前において、一心に合掌して尊顔を瞻仰して仏に白して言さく。世尊、我等 仏の滅後に、世尊と分身所在の国土、滅度の処において、まさに広くこれを説くべし』等云云。」(717)
を引用され。さらに天台大師の「ただ下方の発誓のみを見たり」や、道暹の「付属とは、この経をばただ下方の涌出の菩薩にのみ付す。何か故にしかる。法これ久成の法に由るが故に久成の人に付す」を引用されて、妙法蓮華経の付属と弘教は久遠の本弟子のみであることを示され、文殊師利菩薩や普賢菩薩等にたいしては
「本法所持の人にあらざれば、末法の弘法に足らざる者か。」(717)
と、末法に法華経を弘める任には不足であることを述べられ。その教証として
「経に云く
『爾の時に世尊、乃至、一切の衆の前に大神力を現じたもう。広長舌を出して上梵世に至らしめ、乃至、十方世界の衆の宝樹の下の師子座の上の諸仏も、またかくのごとく広長舌を出す』等云云。(神力品)」(717)
が引用され、他の経典に見られる「広長舌」とはことなり、法華経神力品における久遠本仏による「広長舌」こそが真実の証明であることが述べられています。なお、この広長舌をはじめとする十神力については、この後に仏滅後の法華経弘通に関する重要な意味をもっています。
「かくのごとく十神力を現じて、地涌の菩薩に妙法の五宇を属累して云く、経に云く
『爾の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、諸仏の神力は、かくのごとく、無量無辺不可思議なり。もし我れこの神力を以て、無量無辺百千万億何僧祗劫において、属累のための故に、この経の功徳を説くともなお尽すこと能わじ。要を以てこれを言わば、如来の一切所有の法、如来の一切自在の神力、如来の一切秘要の蔵、如来の一切甚深の事、皆この経において宣示し顕説す』等云云。(神力品)」(717)
「この十神力は、妙法蓮華経の五宇を以て、上行・安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与したもう。前の五神力は在世のため、後の五神力は滅後のためなり。しかりといえども、再往これを論ずれば、一向に滅後のためなり。故に次下の文に云く
『仏滅度の後に、能くこの経を持たんを以ての故に、諸仏皆歓喜して、無量の神力を現したもう』等云云。(神力品)
次下の嘱累品に云く
『爾の時に、釈迦牟尼仏法座により起つて大神力を現じたもう。右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂を摩でて、乃至、今以て汝等に付嘱す』等云云。
地涌の菩薩を以て頭となし、迹化・他方、乃至、梵・釈・四天等にこの経を嘱累したもう。
『十方より来りたまえる諸の分身の仏、各本土に還り、乃至、多宝仏の塔還つて故のごとくしたもうべし」等云云。』(嘱累品)
薬王品已下、乃至、涅槃経等は、地涌の菩薩去り了つて、迹化の衆・他方の菩薩等のために、重ねてこれを付嘱したもう。■(手偏+君、捃)拾遺属これなり。」(718)
薬王品以下普賢菩薩品さらには涅槃経にいたるまでは、地涌の菩薩が去った後に、迹化の菩薩等に対しての法華経付属の意味を示されました。すなわち、ここで仏滅後の末法における法華経弘通の付属を受けた地涌の菩薩との区別を明確にされたのです。
次に、このように地涌菩薩に仏滅後の弘通を付属したのに、なぜ正法、像法に出現されて弘めないのかという質問を、二十五、二十六、二十七問答にて展開されますが、問いに対しては「宣べず」と答えを示されず、二十九問にて詳しく答えられました。
二十五問答
「疑つて曰く、正・像二千年の間に、地涌千界閻浮提に出現してこの経を流通するや。
答えて曰く、爾らず。」(718)
二十六問答
「驚いて曰く、法華経並に本門は、仏滅後を以て本となし、先ず地涌千界にこれを授与す。何ぞ正・像に出現して、この経を弘通せざるや。
答えて曰く、宣べず。」(718)
二十七問答
「重ねて問うて云く、如何。
答う、これを宣べず。」(718)
二十八問答
「また重ねて問う、如何。
答えて曰く、これを宣ぶれば、一切世間の諸人は、威音王仏の末法のごとくならん。また我が弟子の中にも、ほぼこれを説かば、皆誹謗をなすべし。黙止せんのみ。」(718)
二十九問答
「求めて云く、説かずんば、汝慳貪に堕せん。
答えて曰く、進退惟れ谷れり。試みにほぼこれを説かん。
法師品に云く
『いわんや滅度の後をや。』
寿量品に云く
『今留めてここに在く。』
分別功徳品に云く
『悪世末法の時。』
薬王品に云く
『後の五百歳に、閻浮提において広宣流布せん。』」(718)
このように二十九問答にて、仏滅後、末法にて弘通されることの根拠として法華経が引用されています。さらに、
「仏意を推知するに、仏の出世は、霊山八年の諸人のためにあらず。正・像・末の人のためなり。また正・像二千年の人のためにあらず。末法の始、予がごとき者のためなり。『然於病者』と云うは、滅後の法華経誹謗の者を指すなり。
『今留在此』(寿量品)
とは、この好き色・香ある味においてしかも美からずとおもう者を指すなり。」(719)
と、末法とは法華経を素直に信じることの出来ない人々の世界であり、本仏の大慈悲により特別に与えられものであることが述べられています。このご文章はこの後に示される本尊抄最後の結示へ導くための布石となっています。
次に宗祖はわれら門下に対して直々に、本化菩薩の出現の意味を次のように述べておられます。
「我弟子、これを惟え。地涌千界は、教主釈尊の初発心の弟子なり。寂滅道場にも来らず。双方の最後にも訪わず、不幸の失これあり。迹門十四品にも来らず、本門の六品には座を立ち、ただ八品の間に来還せり。かくのごとき高貴の大菩薩、三仏に約足してこれを受持す。末法の初に出でざるべきか。まさに知るべし、この四菩薩、折伏を現ずる時は、賢王と成って愚王を誡貴し、摂受を行ずる時は、憎と成って正法を弘持す。」(719)
(現代訳)
日蓮の弟子たちよ、本化地涌の菩薩の出現の意味をよく原みしめよ。地涌千界の菩薩は教主釈尊の初発心して以来の弟子なのである。けれどもこの地涌の菩薩たちは、釈尊が菩提樹の下で成道した直後の華厳経説法の道場にも来なかったし、涅槃の直前に沙羅双樹林で涅槃経が説かれた時にも訪れることがなかった。このように釈尊の成道の時にも涅槃の時にも訪れなかったので不孝だと非難されても仕方がない行動があった。また法華経の迹門の十四品が説かれた間にも説法の場にも現われることがなかった。本門十四品のうち(虚空会での説法が終わった後)薬王菩藤本事品第二十三以降、普賢菩薩勧発品第二十八までの六品の間は説法の場から立ち去ってしまって、ただ法華経のうちでも、従地涌出品第十五から嘱累品第二十二までのわずか八品の間にだけ来り、そして還っているのである。このような高貴な大菩薩が、教主釈尊、証明仏の多宝如来、十方から法華経を讃歎するために来集した分身仏という三仏がうち幻った場で、末法に法華経の救いを弘め伝えることを約束し、これを受持したのである。であれば、末法の初めに出現しないはずはない。まさに知るがよい。地涌の菩藤たちの首導である上行・無辺行・浄行・安立行の四大菩薩は、折伏を表にして法華経を弘める時には、世間の賢い国王の姿で愚かな国王を誡め、摂受を表とする時には、出世間の僧の姿で正法を受持し弘めるのである。」〈「日蓮聖人全集」より〉
末法における法華経弘通とは、本仏による特別な付属を本化の菩薩のみにされたことが示され、その教証として三十問答にて法華経が引用されています。
「問うて曰く、仏の記文は云何。
答えて曰く
『後の五百歳に、閻浮提において広宣流布せん。』(薬王菩薩本事品)」(719)
さらに伝教大師の法華秀句の一説を引用されその解説として
「この釈に闘諍の時なり云云とは、今の自界河逆・西海侵逼の二難を指すなり。」(719)
と、「闘争に明け暮れる時代」というのは、今直面している自界河逆(国の内乱)と、日本の西海へ蒙古が攻撃をかけて来る他国侵逼の二つの国難を指していると示されています。それは『立正安国論』奏進による国家諌曉をはじめとする、宗祖のご生涯の意昧づけを述べられたこととして、本尊抄を著された意義を見出すことが出来ます。その上で、次にみられる
「この時、地涌千界出現して、本門の釈尊の脇士となりて、一閻浮提第一の本尊、この国に立つべし。月支・震旦には、いまだこの本尊ましまさず。」(719)
「天晴れぬれば、地明らかなり。法華を識る者は、世法を得べきか。」(720)
一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起して、五字の内にこの珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめたもう。四大菩薩のこの人を守護したまわんこと、大公・周公の成王を摂扶し、四皓が恵帝に侍奉せしに異らざるものなり。」(720)
と、本尊抄の結論へと展開されるのです。
以上、『親心本尊抄』における法華経引用を中心に検討しましたが、全体にわたり要点をまとめてみます。序分といわれる部分では、天台の十界互具・一念三千が示される中で、法華経による典拠をあげ、さらに難信難解の法門がゆえに、正法であることの根拠とされています。
正宗分にいたって、仏界に具する凡夫も、また、凡夫に具する仏界もともに法華経寿量品にいたって久遠下種が解き明かされ、今日の己の仏界と仏界に具されている己とが、ともに久遠の本仏界における現実のものとしての果徳が現れているということです。それを現実と受け止めるための鍵が、法華経に示される「具足」であり、その具足から仏果としての功徳が譲与され、その事実を法華経の中から引用されています。『しかるに我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり』の法華経寿量品の経文による、本仏が開顕された事実によって、仏界に具足された一切衆生は、己の仏界に具足されることになり、法華経に展開される二乗や菩薩などのすべてがともに、己に具足されている、すなわち他人事ではなくして、事の一念三千として己の現実の世界のものになっているのです。
さらに本門の本尊について示された重要な部分が述べられていますが、法華経の経文は直接引用されていません。しかし、文意は法華経の本門そのものの解説といえます。釈尊は仏滅後ことには末法のはじめにおいて、南無妙法蓮華経の五字をもって弘経することを、地涌の菩薩に付属されたと言明され、さらにそのあるべき姿としての本尊の相貌(かたち)について法華経から導き出されました。
次に、末法為正さらには釈尊滅後における付属としての肝心が題目の五宇であると示され、その証拠として法華経の経文が引用されています。寿量品での「心失」に対して『今留在此』『遣使還告』の文が末法の始にむけてのことであり、分別功徳品では、法華経本門が末法にて流布されることが本仏釈尊の本意として明確であることが示されています。
さらに、末法の始に法華経の本門を伝え弘める導師とは誰なのかということについて、寿量品の『今留在此』『遣使還告』の引用を軸に、釈尊から地涌菩薩対して付属された法門の肝要としての妙法五字による弘教の必然が述べられています。
宗祖は『観心本尊抄』を撰述されるにあたり、難信難解という法門が法華経の真実を証明し、本仏の付属による弘教は末法悪世におけるものであり、『立正安国論』を著された動機がそれを裏付けるものでした。その現実においてこそ、本仏の姿としての本尊、本仏から授与される妙法五字、それを付属されるべき地涌の菩薩の出現の三要素がそろったという確信が、宗祖の弘教のご生涯を支えられたのだと思います。
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