日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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宗報 平成20年1月号 第238号 改訂 第70号

現宗研の調査研究ノート
 教化学へのアプローチ 宗祖のご遺文にみる法華経引用について(七)
日蓮宗現代宗教研究所所長 田澤元泰 

『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』における法華経引用について(3)
 
 平成19年11月号にて『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』(以下『観心本尊抄』と略します)の第二十問答までの法華経引用の検討をしましたが、今回はその続きを行いたいと思います。
なお、「 」内の文章は『日蓮聖人全集』第二巻(春秋社発行)による書き下しのものです。( )内の数字は昭和定本のページ数です。また、書き下し文中の『』内の文章は、宗祖による法華経引用部分の書き下し文です。また、必要に応じて、現代訳を『日蓮聖人全集』第二巻(春秋社発行)より引用しました。
 前回では、二十問答のなかで、如来寿量品の『しかるに我実に成仏してより已米、無量無辺百千万億那由他劫なり』の経文が、現実の己の心に具する仏とは、五百億塵点劫の無限の過去に成道された、法身・報身・応身の無始の古仏であることが明確に示されている根拠として引用されていることを確認しました。この二十問答ではさらに本門の本尊について示された重要な部分が述べられていますが、法華経の経文は直接引用されていません。しかし、文意は法華経の本門そのものの解説といえます。
 すなわち法華経の肝心については
 「今 本時の娑婆世界は、三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり。仏すでに過去にも滅せず、未来にも生ぜず、所化以て同体なり。これ即ち己心の三千具足、三種の世間なり。迹門十四品には、いまだこれを説かず。法華経の内においても、時機未熟の故なるか。
 この本門の肝心、南無妙法蓮華経の五宇においては、仏なお文殊・薬王等にもこれを付属したまわず。いかにいわんやその已下をや。ただ地涌千界を召して、八品を説いてこれを付属したもう。」(712)と、釈尊は仏滅後ことには末法のはじめにおいて、南無妙法蓮華経の五宇をもって弘経することを、地涌の菩薩に付属されたと言明され、さらにそのあるべき婆としての本尊の相貌(かたち)について
 「その本尊の為体、本師の娑婆の上に、宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に、釈迦牟尼仏・多宝仏。釈尊の脇士は上行等の四菩薩なり。文殊・弥勒等の四菩薩は、眷属として末座に居し、迹化・他方の大小の諸菩薩は、万民の大地に処して雲閣・月胃を見るがごとし。十方の諸仏は、大地の上に処したもう。迹仏・迹土を表するが故なり。」(712)
と示されています。
 二十一問答からは、釈尊一代五十年の経典のとかれた順序と広めるべき順序について、一代三段、一経(十巻)三段、二教六段(迹門三段、本門三段)、さらには文底の三段といった、宗祖独特の四種三段(五重三段ともいう)の教判によって、末法のはじめが中心であることが論及されています。
 「迹門十四品、正宗八品、一往これを見るに二乗を以て正となし、菩薩・凡夫を以て傍となす。再往これを勘うれば、凡夫、正・像・末を以て正となす。正・像・末の三時の中にも、末法の始を以て正が中の正となす。」(714)
と、法華経が説かれた本仏のご意思は末法の初めであると言明され、さらに二十・二十一問答にて示された事柄の証拠として、法華経の引用をはじめとしてその論証がすすめられます。
 「問うて曰く、その証如何。
 答えて曰く、
 法師品に云く
 『しかもこの経は、如来の現在すらなお怨嫉多し。いわんや滅度の後をや。』
 宝塔品に云く
 『法をして久住せしむ。乃至、来る所の化仏、まさにこの意を知るべし』等。
 勧持・安楽等、これを見るべし。迹門すらかくのごとし。
 本門を以てこれを論ずれば、一向に末法の初を以て正機となす。いわゆる、一往これを見る時は、久種を以て下種となし、大通・前四味・迹門を熟となし、本門に至って等・妙に登らしむ。再往これを見れば、迹門には似ず。本門は序・正・流通ともに末法の始を以て詮となす。在世の本門と末法の初は、一同に純円なり。ただし彼は脱、これは種なり。彼は一品二半、これはただ題目の五宇なり。」(715)
と、末法為正さらには釈尊滅後における付属としての肝心が題目の五宇であると示され、その証拠として二十三問答にて法華経の経文が引用されています。
 「問うて曰く、その証文如何。
 答えて云く、涌出品に云く
 『爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙の数に過ぎたる、大衆の中において起立し合掌し礼を作して、仏に白して言さく。世尊、もし我等に、仏の滅後においてこの娑婆世界に在つて、勤加精進してこの経典を護持し、読誦し、書写し、供養せんことを聴(ゆる)したまわば、まさにこの土において広くこれを説きたてまつるべし。爾の時に仏、諸の菩薩摩訶薩衆に告げたまわく。止みね、善男子、汝等がこの経を護持せんことを須いじ』等と云云。
 法師より已下の五品と経文前後水火なり。
 宝塔品の末に云く
 『大音声を以て普く四衆に告げたまわく、誰か能くこの娑婆国土において広く妙法華経を説かんものなる』等と云云。
 たとい教主一仏たりといえども、これを奨勧したまわば、薬王等の大菩薩、梵・帝・日・月・四天等はこれを重んずべきの処に、多宝仏・十方の諸仏、客仏となってこれを諌暁したもう。
 諸の菩薩等は、この慇懃の付属を聞いて
 『我不愛身命』(勧持品)
の誓言を立つ。これらは偏に仏意に叶わんがためなり。しかるに須臾の間に、仏語相違して、過八恒沙のこの土の弘経を制止したもう。進退惟(こ)れ谷(きわま)る。凡智に及ばず。
 天台智者大師は、前三後三の六釈を作ってこれを会したまえり。所詮は、迹化・他方の大菩薩等に、我が内証の寿量品を以て授与すべからず。末法の初は、謗法の国にして悪機なる故にこれを止め、地涌千界の大菩薩を召して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五宇を以て、閻浮の衆生に授与せしめたもうなり。また迹化の大衆は釈尊初発心の弟子等にあらざるが故なり。」(715)

 「また弥勒菩薩疑請して云く、経に云く
 『我等はまた仏の随宜の所説、仏所出の言は、いまだ曾て虚妄ならず、仏の所知は、皆悉く通達すと信ずといえども、しかも諸の新発意の菩薩、仏の滅後においてもしこの語を聞かば、あるいは信受せずして法を破するの罪業の因縁を起さん。ただ願くは世尊、願くはために解説して我等が疑を除きたまえ。及び来来世の諸の善男子、この事を聞き已りなば、また疑を生ぜじ』等云云。(涌出品)
 文の意は、寿量の法門は、滅後のためにこれを請するなり。」(716)
 ここでの涌出品の引用は、法華経本門が説かれた釈尊の本意について、「如来寿量品の法門は、釈尊入滅後の人々の教化のために説くことを要請された」ということの根拠とされています。
 寿量品に云く
 『あるいは本心を失える、あるいは失わざる者あり。乃至、心を失わざる者は、この良薬の色・香ともに好きを見て、すなわちこれを服するに病尽く除り癒えぬ』等云云。
 久遠下種・大通結縁・乃至前四味・迹門等の一切の菩薩・二乗・人・天等の本門において得道するこれなり。
 経に云く
 『余の心を失える者は、その父の来れるを見て、また歓喜し問訊して病を治せんことを求索むといえども、しかれどもその薬を与うるに、しかもあえて服せず。所以は何ん、毒気深く入つて本心を失えるが故に、この好き色・香ある薬において、しかも美からずとおもえり、乃至、我れ今まさに方便を設けてこの薬を服せしむべし。乃至、この好き良薬を今留めてここに在く。汝取つて服すべし、差(い)えじと憂うることなかれと。この教を作しおわつてまた他国に至り、便を遣して還つて告ぐ』等云云。(寿量品)
 分別功徳品に云く
 『悪世末法の時』等と云云。」(716)

〈現代訳〉
 如来寿量品に「(毒薬を飲んで)本心を失った者、また失わない者がいた。……そうした中で心を失わなかった者はこの良薬の色と香りがよろしいのを見て、これを飲んだところ、たちまちのうちに病いはすべて除かれて平癒した」と説かれている。これは如来寿量品に説かれるように「久遠の過去に仏種を下種された者」、迹門の化城喩品第七で示されるように「大通智勝仏の時代に仏法に縁を結ばれた者」、さらにはインドのブッダガヤで始成正覚を示されてから御一代五十年に及ぶ説教の中で、法華経以前の華厳経・阿含経・方等部諸経典・般若経という四段階や、法華経の迹門(前半部)等で教えを受けたすべての菩薩、声聞乗・縁覚乗の二乗、人天等が、法華経の本門(後半部)において得道することを意味している。また、同じ如来寿量品に次のように説く。「父の良薬を飲んで本復した者以外で、まだ心を失ったままになっている者は、父が(他国から帰って)来たのを見て、また歓喜し、問いたずねて病気がなおることを望んだけれども、それにこたえて父があたえた良薬を彼らは飲もうとはしなかった。なぜかといえば、人を害する気(き)が深く入り込んでしまって、本心を失っていたために、この色や香りが素晴らしい薬を、彼らは飲もうとしなかった」。「さらに父は方便をもうけてこの良薬を子供たちに飲ませようと考えた。そこで『この素晴らしい、よく効く薬を今ここに置いていく。君たち自ら手に取って飲むがよい。決してもとどおりに本復しないなどと心に案ずることはない』と、良医はこのように教え、さらにまた他の国に行って、そこから使者を手配して、自分の死を伝えさせたのである」と。
 次いで分別功徳品第十七には「悪世の末法の時」と説かれている。〈「日蓮聖人全集」より〉
 すなわち、寿量品での「心失」に対して『今留在此』『遣使還告』の文が末法の始にむけてのことであり、分別功徳品では、法華経本門が末法にて流布されることが本仏釈尊の本意として明確であることが示されています。それでは末法の始に法華経の本門を伝え弘める導師とは誰なのかということについて、二十四問答から展開されていきます。
 寿量品『遣使還告』の文は、法華経の肝心つまり釈尊一代の真髄が示された重要な文句であり、宗祖にとって弘教の基本として、問いの文中にて引用され、答えとしてその内容が展開されています。
 「問うて曰く、この経文の
 『遣使還告』
 は如何。
 答えて曰く。四依なり。四依に四類あり。小乗の四依は、多分は正法の前の五百年に出現す。大乗の四依は、多分は正法の後の五百年に出現す。三に迹門の四依は、多分は像法一千年、少分は末法の初なり。四に本門の四依は、地涌千界なり、末法の始に必ず出現すべし。今の
 『遣使還告』
は地涌なり。
 『是好良薬』
とは、寿量品の肝要たる名・体・宗・用・教の南無妙法蓮華経これなり。この良薬をば、仏なお迹化に授与したまわず。いかにいわんや他方をや。」(716)

〈現代訳〉
 問うていう。今の経文で「使いを遣わして還って告ぐ」というのはどのようなことを意味するのか。答えていう。釈尊入滅後の四依の導師について説いているのである。四依には、初依・二依・三依・四依という四段階があり、衆生が依り所とする導師のことである。第一に小乗仏教の四依は、多く釈尊入滅後、正法一千年の中の前半五百年に出現する。第二に大乗仏教の四依は、多く正法一千年の後半五百年に出現する。第三に法華経に入って前半の迹門の四依は多く釈尊入滅後、正法一千年の後の像法一千年と、さらにわずかにその後、末法の初めに出現する。第四に法華経の後半、本門の四依とは地涌千界の菩薩であって、末法の初めに必ず出現するであろう。このように、今の経文の「使いを遣わして還って告ぐ」というのは地涌の菩薩を指すのである。そして「この好き良薬」という経文は、如来寿量品の肝要であり、名玄義(名が持つ深い意義)・体玄義・宗玄義・用玄義・教玄義を具備している南無妙法蓮華経を意味している。
 このような素晴らしい衆生救済の良薬を、釈尊は迹化の菩薩には授与なさらなかった。まして他方の世界から参集した菩薩に授与することはなかった。〈『日蓮聖人全集』より〉
 このように、二十四問答のはじめの部分では、寿量品の『今留在此』『遣使還告』の引用を軸に、釈尊から地涌菩薩に対して付属された法門の肝要としての妙法五字による弘教の必然が述べられています。
 本尊抄にみる法華経引用では二十問答あたりから、末法為正と妙法五宇を中心とした論理展開の中で、その根拠としての引用が見られますが、それらについてはもっと読み進んだうえで詳しく検討したいと思います。
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