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現宗研の調査研究ノート 教化学へのアプローチ 宗祖のご遺文にみる法華経引用について(三)
日蓮宗現代宗教研究所所長 田澤元泰
『守護国家論』における『法華経』引用(1)
『守護国家論』は、『立正安国論』の書かれる一年前の正元元年(1259)に撰述されました。念仏法門批判について『涅槃経』をはじめとした多くの経典等からの引用など理論整然とまとめられたもので、かつては『立正安国論』の下書きとする見解もありました。ここでは『立正安国論』と『守護国家論』の関係について『法華経』引用の側面から検討してみたいと思います。
まず『守護国家論』での『法華経』の引用箇所をみてみます。
なお、「 」内の文章は『日蓮聖人全集』第一巻(春秋社発行)による書き下しのものです。()内の数字は昭和定本のページ数です。また、書き下し文中の『 』内の文章は、書き下し文での宗祖による引用部分です。
五時教判について
「法華経の序品に放光端の時、弥勒菩薩十方世界の諸仏の五時の次第を見る時、文殊師利菩薩に問うて云く。
『また諸仏聖主師子、経典の微妙第一なるを演説したもう。その声清浄に柔軟の音を出して、諸の菩薩を教えたもうこと、無数億万なるを観る』
と。また方便品に仏自ら初成道の時を説いて云く、
『我始め道場に坐し、樹を観じまた経行して、乃至、その時に諸の梵王及び諸の天・帝釈・護世四天王及び大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万、恭敬し合掌し礼して、我に転法輪を請ず』
と。これらの説は法華経に華厳経の時を指す文なり。」(90・91)
五時教判の華厳時についての経証として引用されています。
さらに阿含時については
「法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く、
『もし入、苦に遭うて老病死を厭うには、ために涅槃を説く』
と。方便品に云く、
『即ち波羅奈に趣き、乃至、五比丘のために説く』
と。」(91)
法華時については
「法華経の序品に云く、
『諸の菩薩のために大乗経の無量義、教菩薩法、仏所護念と名づくるを説きたもう。仏この経を説き已つて、結贈欧し、無量義処三昧に入りだたもう』
と。」(92)
法華経と涅槃経の勝劣について、
「答えて云く、法華経は如来出世の本懐なる故に、
『今は已に満足しぬ』、
『今正しくこれその時なり』、
『然るに善男子、我実に成仏してより已来』
等と説きたもう。ただし諸経の勝劣においては、仏自ら
『我が説く所の経典は無量千万億にして』
と挙げ了って、
『已に説き、今説き、当に説かん』
等と説く時、多宝仏地より涌現して、
『皆これ真実なり』
と定め、分身の諸仏は舌相を梵天に付けたもう。かくのごとく、諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ。この外、釈迦如来一仏の所説なれば、先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきにあらず。故に涅槃経に諸経を嫌う中に法華経を入れず。法華経は諸経に勝るる由、これを顕わす故なり。」(94)
と、法華経最勝を論証されている。
大乗小乗相対について
「法華経の方便品に云く、
『仏は自ら大乗に住したまえり。乃至、自ら無上道大乗平等の法を証して、もし小乗をもって化すること乃至一人においてもせば、我則ち慳貪に堕せん。此の事は為めて不可なり』
と。この文の意は、法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり。また寿量品に云く、
『小法を楽える』
と。これらの文は、法華経より外の四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり。」(95)
真実教について
次に、真実経に帰依すべき点から法華経の勝れたることを示す証拠として法華経を引用しています。
「権経を閣いて実経に就くことを明かさば、問うて曰く、証文如何。答えて曰く、十の証文あり。
法華経に云く、
『ただ楽つて大乗経典を受持して、乃至余経の一偈をも受けざれ』
と。
法華経に云く、
『此の経は持ち難し、もし暫くも持つ者は、我即ち歓喜す、諸仏もまた然なり、かくのごときの人は諸仏の歎めたもうところなり、これ則ち勇猛なり、これ則ち精進なり、これを戒を持ち、頭陀を行ずる者と名づく』
〈末代において四十余年の持戒なし。ただ法華経を持つを持戒となす。〉。
法華経第四に云く、
『妙法華経、乃至、皆これ真実なり』
と〈この文は多宝の証明なり。〉。
法華経第八に普賢菩薩誓つて云く、
『如来の滅後において、閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん』
と。
法華経第七に云く、
『我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提において断絶せしむることなけん』
と〈釈迦如来の誓いなり。〉。
法華経第四に多宝並に十方の諸仏来集の意趣を説いて云く、
『法をして久しく住せしめんが故に、ここに来至したまえり』
と。
法華経第七に法華経を行ずる者の住処を説いて云く、
『如来の滅後において、まさに一心に受持し読誦し解説し書写して、説の如く修行すべし。所在の国土に、乃至、もしは経巻所住の処、もしは園の中においても、もしは林の中においても、もしは樹の下とにおいても、もしは僧坊においても、もしは白衣の舎にても、もしは殿堂にあつても、もしは山谷曠野にても、この中に皆塔を起てて供養すべし。所以は何ん。まさに知るべし、この処は即ちこれ道場なり。諸仏ここにおいて阿耨多羅三藐三菩提を得』
と〈これ九〉。」(95・96)
右は法華経のみならず、涅槃経の引用とあわせて十の論拠をあげています。
さらに人師の説ではなく、仏説として法華経の真実を示すための引用がされています。
「法華経のごときは、序分の無量義経に慥に
『四十余年』
の年限を挙げ、華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで
『未顕真実』
と定め、正宗の法華経に至りて一代の勝劣を定むる時、
『我が所説の経典無量千万億にして、已に説き今説き当に説かん』
との金言を吐きて、
『しかもその中において、この法華経は最もこれ難信難解なり』
と説きたもう時、多宝如来地より涌出して、
『妙法華経、皆是真実』
と証誠し、分身の諸仏は十方より尽く一処に集りて、舌を梵天に付けたもう。今この義をもつて、余推察を加うるに、唐土・日本に渡れるところの五千・七千余巻の諸経以外の、天竺・竜宮・四王天・過去の七仏等の諸経、並に阿難の未結集の経、十方世界の塵に同ずる諸経の勝劣・浅深・難易は掌中にあり。無量千万億の中に、あに釈迦如来の所説の諸経漏るべきや。已説・今説・当説の年限に入らざる諸経これあるべきや。願わくは末代の諸人、しばらく諸宗の高祖の弱文無義を閣いて、釈迦・多宝・十方の諸仏の強文有義を信ずべし。いかにいわんや、諸宗の末学は偏執を先となし、末代の愚者は人師を本となして、経論を賀つ者に依憑すべきや。」(98)
と、真実経の根拠について、仏説を重んじられていない状況を批判されておられます。
次に、真実経が故の永遠性について次のような引用がされています。
「問うて云く、諸経滅尽の後、特り法華経のみ留まるべき証文如何。答えて云く、法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめて云く、
『我所説の経典は無量千万億にして、已に説き今説き当に説かん。しかもその中において、この法華経最もこれ難信難解なり』
と云云。文の意は、一代五十年の已今当の三説において最も第一の経なり。八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して説きたまいしなり。故に次の品に、多宝如来は地より涌出し、分身の諸仏は十方より一処に来集し、釈迦如来は諸仏を御使として、ハ方四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人・天・八部等を責て云く、多宝如来並に十方の諸仏の涌出来集の意趣は、偏に令法久住のためなり。各三説の諸経滅尽の後、慥かに未来五濁の難信の世界において、この経を弘めんと誓言を立てよと。時に二万の菩薩、八十万億那由佗の菩薩、各誓状を立てて云く、
『我身命を愛せず、ただ無上道を惜しむ』
と。千世界の微塵の菩薩、文殊等皆誓つて云く、
『我等仏の滅後において、乃至、当に広く此の経を説くべし』
と云云。」(102)
と、「法華は無量百歳にも絶ゆべからざる経なり。」との論拠をあげています。
以上、『守護国家論』の前半の、念仏法門の批判の前に、依って立つ「経」の重要性の論証が整然とおこなわれている教判の部分であり、法華経の真実と最勝に関する論拠として、法華経からの引用があげられています。
次回からは念仏法門への具体的な批判の展開のなかでの法華経引用をみてみたいと思います。
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