日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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宗報 平成18年8月号 第221号 改訂 第53号

現宗研の調査研究ノート
死刑と裁判員制度  昭和天皇発言メモ
日蓮宗現代宗教研究所主任 伊藤立教 

 山口県母子殺人事件
 
 平成11(1999)年4月、山口県光市の団地で、会社員本村洋さん(30歳)宅の妻弥生さん(当時23歳)と長女夕夏さん(当時11ヶ月)が死んでいるのが発見されました。同じ団地に住む、当時18歳の元会社員が、弥生さんの首を絞め、夕夏さんを床にたたきつけてひもで首を絞めて殺害したとして、殺人や強姦致死などの罪に問われました。平成12(2000)年の一審山口地裁と平成14(2002)年の二審広島高裁は、いずれも無期懲役刑を言い渡しました。死刑を求刑した検察側が上告し、4月に弁論が開かれました。
 
 この事件に対する最高裁判決
 
 平成18(2006)年6月20日、この事件に対する最高裁判決で、無期懲役とした二審広島高裁判決を破棄し、審理差し戻しを言い渡しました。
 この事件は、遺族である夫の本村洋さんが被告を死刑にするよう発言を繰り返していることでも注目されていますので、判決翌日の6月21日付日刊紙報道(いずれも東京本社版朝刊)を読み比べてみました。
 この事件に対する新聞報道

〈読売新聞〉
   第1面で、「死刑回避は不当−無期判決を破棄」と見出して、報道しています。第13面で社会部記者の署名記事として、「永山基準踏み出す 性犯罪や少年事件国民意識の変化背景被害者の声、司法動かす」と解説しています。最高裁判決は、二審が「死刑を回避すべき事情」として考慮した、犯行の計画性のなさや被告の更正可能性などの要素を、「特に有利にくむべき事情と評価するには足りない」と断じた、としています。「従来の基準で言えば、無期懲役でも仕方がない事件。上告すべきか否か、議論はあった」とする検察内部の意見を、犯罪被害者を取り巻く世論の高まりが覆し、上告に踏み切った、としています。「被害者の本村さん、半ばあきらめていた、という中で大きな決断だったといえる」としています。
 本村洋さんを犯罪被害者のシンボル的存在として紹介し、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の幹事の一人として活動していることも紹介、「被害者自らが声を上げたことが、施策を動かす原動力になった」と評価する弁護士の声を載せています。
 無期懲役ではなく、死刑判決に道を開く差し戻し判断を、肯定的に紹介しています。
 ただし、「死刑適用に新基準−犯行が残虐、冷酷であれば、原則死刑を適用し、特別な理由がなければ死刑は回避しないと判断した。18才以上であれば死刑にできるという原則も重視した。厳罰化の流れの表れで、死刑適用の新たな判断基準になり得る」「従来と整合性欠く−結論ありきの判決だ。死刑か無期かを分ける際は、ほかに選択肢がない場合にだけ、死刑とすることができるとする永山基準が適用されてきた。今回の判決は、この永山基準の枠を大きく逸脱するもので、これまでの法秩序との整合性を欠いている」との、二専門家の意見を載せています。社説には取り上げていません。
 
〈朝日新聞〉
   第1面で、「元少年の無期破棄−死刑の公算大」と見出して、報道しています。第39面(社会面)で、「死刑判決欲しかった−夫、差し戻しに不満」と、遺族本村洋さんを取り上げ、「死刑を求め続けることに、特に批判を受けながらも、メディアに身をさらし続けた」と書いています。社説には取り上げていません。
 
〈毎日新聞〉
   第1面で、「無期は著しく不正義−元少年死刑の公算大」と見出して、報道しています。第3面で、「結果重視 死刑促す−少年事件 積極判断−死刑無期 境界は不明確」と分析しています。社説には取り上げていません。
 
〈産経新聞〉
   第1面で、「無期破棄差し戻しー元少年 死刑の公算」と見出して、報道しています。特に遺族本村洋さんの、「最高裁が自ら判決を出すことを願っていたが、残念ながら差し戻しになった。これから(確定まで)どれだけの歳月が流れるか分からない。裁判の迅速化が叫ばれる中、差し戻すのは遺族としては納得できない」というコメントを載せています。第2面社説で、「極刑を求めた判決は当然」として差し戻し審での極刑判決を求めています。
 
〈日本経済新聞〉
   第42・43面(社会面)で、「元少年死刑の可能性−無期、甚だ不当」「少年犯罪、厳罰化へ動く」と見出して、報道しています。社説欄はありません。
 
〈しんぶん赤旗〉
   第15面(社会面)で、「当時18歳、死刑の公算−無期判決破棄、差し戻し」と見出して、報道しています。「(最高裁)四裁判官全員一致の判決。高裁は差し戻し審でさらに審理しますが、死刑判決の可能性が出てきました」と書いています。社説には取り上げていません。
 
〈聖教新聞〉
   第12面(社会面相当)で、「無期懲役の二審判決を差し戻しー最高裁、死刑の公算大」と見出して、報道しています。本文231文宇の、ここで取り上げた各紙の中では最も短い報道でした。社説には取り上げていません。
 
 以上、最高裁判決翌日の報道を、七紙紹介しました。各紙での評価が微妙に異なることが、お分かり頂けると思います。
 「死刑」に対する考え方が、厳罰化を求める「世論」に影響されているようです。
 人が人を裁くことの是非とともに、間違った判断(冤罪)の可能性が否定できないことが、「死刑」を考える根底にあります。なによりも、「絶対に正しいと人が言うことはできない」という問題があります。
 遺族の本村洋さんが「週刊新潮」平成18年6月29日号に、特別手記「最高裁判決で思うこと」を載せています。「社会正義に反した弁護人」「まだまだ戦いは続く」と、三頁にわたって、その心情をあらわにしています。テレビでも、被告に死刑を求める発言を繰り返しています。
 
 裁判員制度
 
 「死刑」を含む司法判断に一般市民が関与することになる裁判員制度が、平成16(2004)年5月28日公布から5年以内に実施されます。
 最高裁判所のホームページで、
   平成16年5月21日、「裁判長の参加する刑事裁判に関する法律」が成立しました。公布の日(平成16年5月28日)から5年以内に裁判員制度が実施される予定です。裁判員制度とは、国民のみなさんに裁判員として刑事裁判に参加してもらい、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決めてもらう制度です。裁判員制度は、国民のみなさんの積極的な協力なくしては成り立ち得ない制度であり、裁判所としては、みなさんに制度の意義を理解していただけるよう、最大限の努力をし、関係機関と協力して、分かりやすく迅速な裁判を実現してまいりたいと思います。
と説明しています。
 裁判員の指名は、原則として辞退できません。殺人事件を含む刑事事件の公判に立ち会い、評議・評決を経て、判決が宣告されると、裁判員としての役割は終了します。
 冷静で、公平で、客観的な判断を下すことが、あなたにはできますか。先入観や主観に影響されたり、公判の過程で感情的な思い入れをしてしまうことがないと言い切れますか。
 
 冤罪を晴らした斎藤幸夫さん
 
 昭和30年10月、宮城県松山町(現・大崎市)で農家が全焼、夫婦と幼児二人の他殺体が見つかりました。12月、隣町の斎藤幸夫さん(当時24歳)が別件で逮捕され、四日後に「松山事件」を自白しました。裁判で「身に覚えのない事件の自白をさせられた」と犯行を否認しましたが、昭和32年に仙台地裁で死刑判決、昭和35年に死刑が確定しました。その後、自白と鑑定の信用性に疑問が生じ、再審を求める活動が、実母ヒデさんも加わって始まりました。
 昭和54年に再審開始決定、昭和59年に無罪確定。「免田事件」「財田川事件」に続いて死刑が撤回され、冤罪を晴らしました。
 逮捕から26年、幸夫さんは53歳になっていました。九人の兄弟が、事件で進学断念や離婚・離職を余儀なくされ、実家も破産状態となりました。刑事保証金7500万円が支払われましたが、裁判費用の借金返済でほとんんどなくなったようです。再審請求以後の裁判費用は、弁護団の支援やカンパでまかなわれていました。
 「お金より、国が誤りを認めて謝って欲しい」という気持ちで、地元でも一歩身を引いて暮らしていました。この(平成18年)7月3日、自宅で倒れ、7月4日に多臓器不全で75歳で亡くなりました。
 終始息子を支えたヒデさんは、他の子どもだちとの同居を遠慮していました。幸夫さんとの同居は、ヒデさんの痴呆症状が進んだ2年前で終わり、ヒデさんは老人ホームに入り、幸夫さんは生活保護を受けるようになりました。99歳のヒデさんは、息子の死を知らないようです。
 冤罪(えんざい)とは、無実の罪、ぬれぎぬのことです。29年かかって冤罪が晴らされたのですが、失ったものはあまりにも大きい。「人が人を裁く」ことに間違いはつきものですが、もし死刑が執行されたあとで無実がわかったとしたら、取り返しがつきません。
 
 僧侶が裁判員に指名されたら
 
 山口県の母子殺人事件をめぐる世論の動向、遺族の発言、各種報道の内容を見て、裁判員制度が近々に実施される状況で、僧侶として「死刑」も含めた司法判断をしなければならない、「法が人を裁く」と言いながら「人が人を裁く」場面に立たされることの重みを、今から考えておく必要があるのではないでしょうか。
 
 昭和天皇の靖国参拝中止
 
 昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に強い不快感を示していたことが、富田朝彦宮内庁長官(1920−2003)のメモで分かった、と日本経済新聞がこの(平成18年)7月20日付朝刊で明かしました。日本経済新聞社が入手したという平成10(1998)年の手帳メモのことで、靖国神社に参拝しない理由を昭和天皇が明確に語り、その発言を書き留めた文書が見つかったのは初めて。
 「私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか易々と 松平は平和に強い考があったと思うのに親の心子知らずと思っている だから、私あれ以来、参拝していない それが私の心だ(原文のまま)」と書かれています。
 「松岡」「白取」はA級戦犯の中で合祀されている松岡洋右元外相、白取敏夫元駐伊大使、「筑波」は昭和41年に厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった筑波藤麿靖国神社宮司、「松平」は終戦直後の松平慶民宮内大臣、「松平の子」はその長男で昭和53年にA級戦犯合祀に踏み切った松平永芳靖国神社宮司のことです。
 昭和天皇は、靖国神社に昭和45年まで戦後8回私的に参拝していますが、それ以降は参拝していません。
 富田氏の資料は信頼性が高いとの評価を、秦郁彦日大講師・作家丸谷才一氏・藤森昭一元宮内庁長官(富田氏後任)の声として載せています。
 
 この件に聞する新聞報道
 
 この日本経済新聞報道に続き、翌朝の日刊全国各紙が一斉に記事にしていますので、紹介します。(いずれも東京本社版朝刊)

〈読売新聞〉
   第2面で、「昭和天皇発言メモー首相、参拝への影響否定『それぞれの心の問題』」と見出して、報道しています。昭和天皇のことがあっても、小泉首相任期最後の靖国参拝が8月15日にあるのではないか、という政府関係者の見方を報じています。小泉首相はA級戦犯分祀論について、議論は結構だが−宗教法人に対し政府が言わない方がいい、と語ったと書き、靖国神社はノーコメントと書いています。A級戦犯分祀は教学上できないとしている靖国神社に対し、天皇参拝を望む一般戦没者遺族からの風当たりが強まるのではないか、という懸念も報じています。第四面には、「昭和天皇『靖国』メモ−分祀、新施設論に弾み−総裁選、安倍氏に逆風か」と見出して、九月の自民党党首選挙を分析しています。野党民主党は新施設を作るべきといい、共産党は首相靖国参拝中止を強く求め、社民党は政府与党の受け止めを注視するという談話を載せています。
 社説で、「靖国神社は教義上『分祀』は不可能としている。政治が宗教法人である靖国神社に分祀の圧力をかけることは、憲法の政教分離の原則に反する。麻生外相は、靖国神社を国の施設にすることを提案しているが、これも靖国側の意向を前提としない限り不可能だ。靖国神社には、宗教法人としての自由な宗教活動を認める。他方で、国立追悼施設の建立、あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方法を考えていく。『靖国問題』の解決には、そうした選択肢しかないのではないか。」と主張しています。
 
〈朝日新聞〉
   第1面で、「靖国のA級戦犯合祀に不快感−昭和天皇の意中は?」と見出して、報道しています。A級戦犯合祀への昭和天皇の不快感について、複数の元側近から取材で聞いていたとし、現天皇も即位後は一度も参拝していない、と書いています。第2面には、「『不快感』政界に波紋」と見出し、自民党総裁選挙での争点化回避の動きを載せ、分祀論議が加速するとの見方を書く一方で、解決策が見えないと分析しています。第38面(第2社会面)では、「戦争責任・慰霊議論に熱」と見出し、戦犯遺族の「なぜ昔のことを大騒ぎするのか。本当に天皇陛下の発言か。私は信じない」という憤りの声を紹介。参拝者の「合祀に不快感は自然」という声も紹介、「小泉首相8月15日参拝」を警戒する声も載せています。ノンフィクション作家保阪正康氏の、「右派にせよ、左派にせよ、天皇の言葉を金科玉条のように頼りにして、議論をするのは不健全だ。結局、歴史を実証主義的に論じなければ、靖国問題の真の解決の糸口はつかめない。」というコメントも紹介しています。
 社説で、「昭和天皇の重い言葉」と見出して、「A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。それなのに、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。(中略)こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ。(中略)だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。」と主張しています。
 
〈毎日新聞〉
   第3面で、「『合祀』問われる靖国−昭和天皇が不快感」と見出して、報道しています。靖国神社の広報課長などを45年間務めた馬場久夫氏(81)の、「靖国神社に与えるショックは大きいはずだ」という驚きの声を載せています。もともと明治天皇の意向で東京招魂社として創設された靖国神社は皇室と極めてゆかりが深い、この30年以上天皇参拝が途絶えている現在の方が異常な状態といえる、と書いています。自民党総裁選挙を控えて、分祀論が広がる、と分析しています。『昭和天皇独白録』や『木戸幸一日記』をもとにした昭和天皇語録や、首相との一問一答も載せています。
 社説で、「A級戦犯合祀は不適切だった」と見出して、「戦前の靖国神社は、国民が戦死者をとむらう宗教施設ではなかった。天皇が、天皇のために戦死した軍人たちの栄誉をたたえる顕彰施設だった。戦死者の遺族は『息子が天子様のお役に立てた』という論理で悲しみを癒やされる建前だった。だから天皇による親拝は靖国神社の本質だったのである。戦後、宗教法人になり、皇室から独立した。だが、天皇によって遺族が癒やされるという戦前の伝統は、天皇の私的参拝という形で続いていた。それが絶たれた原因は、A級戦犯合祀という神社側の選択にある。もちろん、宗教法人となった靖国神社が、天皇と歴史観、戦争観が違っていても自由である。メモにしても天皇個人の気持ちにすぎない。小泉純一郎首相のように『それぞれの心の問題』と考えるのも自由だろう。だが、そうだとしても戦没者に感謝と哀悼の誠をささげるための施設として議論の余地がないなら、なぜ内外で大きな議論を呼ぶのだろうか。その最大の原因は、A級戦犯合祀にある。その事実を冷静に考えるならば、いまの状態で首相が靖国神社に参拝するのは、やはり適切ではない。」と主張しています。
 
〈産経新聞〉
   第1面で、「靖国A級戦犯−昭和天皇 合祀に不快感−宮内庁元長官メモ『だから参拝せず』」と見出して、報道しています。第2・3面に、「大戦、教科書にも言及 分祀へ政治利用の恐れ−故富田氏『日記』昭和天皇の思いつづる」と見出して、「昭和57年8月30日付の富田元長官の日記には、『陛下と約90分。教科書問題に関連して韓国や中国へのお気持ちを大正末期、昭和の事実を踏まえてお話くださる』。また、61年7月23日付には『この処、靖国のこと、教科書問題と、お召し言上しきりである』、8月31日付には、『国際連盟脱退時のこと、開戦前後のことなどいろいろとお話をいただいた』と書かれていた。」など、「日記」全体の内容を紹介しています。メモが事実だとしても昭和天皇はA級戦犯合祀そのものに不快感を示しているとはいえず、三国同盟推進の松岡洋右元外相と白取敏夫元駐イタリア大使のことを一番批判している、と大原康男国學院大教授の言葉を載せています。公の発言でない非公式メモをA級戦犯分祀論に結びつけるのは、昭和天皇の「政治利用」になりかねないとの、百地章日天教授の懸念を載せています。政府筋は「手帳のあのページだけ紙が貼り付けてあるという。メモを宮内庁で見た人はいない。本当に昭和天皇が言ったかどうかも分からない」と指摘しており、分祀論の高まりには戦没者の慰霊を置き去りにした政治的意図を強く感じる、と記者署名記事にしています。小泉首相ほか8名の政治家の反応も載せています。
 社説(主張)で、「首相参拝は影響されない」と見出して、「政界の一部で、9月の自民党総裁選挙に向け、A級戦犯を分祀しようという動きがあるが、富田氏のメモはその分祀論の根拠にはなり得ない。(中略)昭和28年8月の国会で、『戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議』が全会一致で採択された。これを受け、政府は関係各国の同意を得て、死刑を免れたA級戦犯やアジア各地の裁判で載かれたBC級戦犯を釈赦した。また、刑死・獄死した戦犯の遺族に年金が支給されるようになった。戦犯は旧厚生省から靖国神社へ送られる祭神名票に加えられ、これに基づき『昭和殉難者』として同神社に合祀された。この事実は重い。小泉純一郎首相は富田氏のメモに左右されず、国民を代表して堂々と靖国神社に参拝してほしい。」と主張しています。
 
〈日本経済新聞〉
   第1面に、「昭和天皇発言メモ−参拝判断影響せず−首相『在任中』には触れず」と見出して、報道しています。第2・3面に、「『靖国』こだおりにじむ首相分祀論 総裁選に影響も−自民の議論加速−新施設など異論も強く」と見出して報道するほか、「靖国Q&A−A級戦犯の合祀」と見出した囲み記事で、A級戦犯は厳密な意味での戦死者ではないが、国が「戦勝国に一方的に断罪されて国に殉じた昭和殉難者」として扱った、と靖国神社祭神のことを説明しています。
 靖国神社や新たな追悼施設を巡る主な論議について、
 A= 新たな追悼施設は不要−(一)靖国神社の宗教法人格を維持する−@A級戦犯の合祀を続ける(靖国神社・日本遺族会)AA級戦犯を分祀する(自民党の古賀誠氏ら)(二)靖国神社の宗教法人格をなくし国で管轄する《A級戦犯の扱いは別途、議論》(麻生太郎外相ら)
 B= 新たな追悼施設は必要−(一)全く新しい追悼施設を建設(政府の「追悼・平和祈念のための祈念碑等施設の在り方をえる懇談会」の報告)、(二)千鳥ヶ淵戦没者墓苑を拡充(中川秀直自民党政調会長、与謝野馨経財相ら)
と分類しています。
 第38・39面(社会面)で、「『戦争、嫌な気持ち表現』−熟慮重ね思い示す」「新史料に驚き、戸惑い−識者の見方−戦争責任問題影響か−一部戦犯への違和感?−信じられない/なぜ今の時期に−A級戦犯遺族不満の声も」と見出して、「昭和天皇の言葉−富田メモから@」という連載を組んでいます。第33面(特集面)で、「昭和天皇発言メモ−平和確立『国民が努力』−売上税関係、どうなるか−松岡までもが…易々と−靖国、相当の者も知らぬ」と見出して、靖国問題論議に関する現代史の重要な史料でもある、と富田メモを位置付けています。「富田氏の日記(一部)」も載せています。
 社説で、「昭和天皇の思いを大事にしたい」と見出して、「小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐって国内に賛否の大きな議論が渦巻き、この問題で中国、韓国との関係がぎくしゃくして首脳会談も開けない異常事態が続いている。新たな事実が明確になったことを踏まえ、靖国参拝問題を冷静に議論し、この問題を他国の意向に振り回されるのではなく、日本人自身で解決するよい機会にしたい。(中略)A級戦犯が合祀された78年以降、昭和天皇は靖国参拝を見送ったが、戦没者に対する哀悼痛惜の念はいささかも変わりはなかった。高齢にもかかわらず毎年8月15日の全国戦役者追悼式には必ず出席し、哀悼の念と平和への思いをお言葉に託していた。(中略)靖国参拝問題は小泉首相が言うように『心の問題』で単純に片づけられるものではない。昭和天皇の『心』の歴史的背景を重く受け止め、小泉首相をはじめ関係者が適切に行動することを切に望みたい」と主張しています。
 
〈しんぶん赤旗〉
   第1面に、「A級戦犯合祀に昭和天皇『不快図・評価」と見出して、半藤氏の「数少ない私的史料」と、御厨氏の「側近としての務め」という対談を載せ、今の天皇も靖国神社を参拝されていない、という司会者安岡崇志編集委員の発言に対して、半藤氏は「現在の天皇は一言で言えば、昭和天皇の心を持っておられるということ」と語り、御厨氏は「現在の天皇はサイパンとか、慰霊はちゃんとされている。意識的にやっておられるのではないか」と語って、対談を終わっています。
 


 第7回「日蓮宗教化学研究発表大会」発表者を募集しております。詳細は本誌16頁「お知らせ」をご覧下さい。
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