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現宗研の研究ノート 教化学へのアプローチ 宗祖の法華経引用について(1)
日蓮宗現代宗教研究所所長 田澤元泰
一、時代による法華経の受け止め方の変化
日蓮宗教師が布教の現場にて、自らの行動の裏付けの基本となるものは、法華経および日蓮聖人が示された教えです。ただここで問題になるのが、その読み方や解釈によって内容の捉え方に違いが生じることです。この違いの原因は一つには鎌倉・室町・徳川時代さらには明治・昭和・平成といった、時代背景に違いがあります。それは世界全体を含む社会的な構造の変化や、科学と称される新しい考え方の急速な発達と、それに伴う社会環境の大きな変化によるものです。この影響は宗教界にも深刻に浸透しています。日蓮聖人の示された霊山浄土について考えてみれば、科学的と称する思考を基本とする現代人の多くは、霊山浄土の世界を現実的に受け止めることは出来ません。教化する教師の中にも、すでにそれは空想の世界になっている者もいるかもしれません。
こうした状況を考えると、宗祖の捉えられた法華経と私たちが受け止めている法華経の世界との間には何らかの異なりがあるのかもしれません。
二、宗祖における法華経の受け止め方
日蓮聖人は法華経をどのように受け止められているのかといったテーマは大変大きな問題ですので、安易に論じることはひかえるべきですが、ご遺文にみられる法華経の経文の引用箇所から検討してみたいと思います。宗祖にとって法華経全体の世界が大きな信仰的裏づけであり、けして経文の文字や文句に限定されるものではありません。しかし、こんにち宗祖と我々をむすぶものとして法華経に示された文句の一つ一つは重要な意味を持つものと考えられます。はたして宗祖は著作や檀信徒への書状などで、法華経からどのような箇所を引用されていたのか、法華経の経文にたいする受け止め方として、参考になるものとして調べてみました。単純ではありますが、序品から順を追ってみてみました。ご遺文中での法華経の意訳的な引用は対象とせず、「経の三にいわく」といった、原文を引用された箇所のみに限定しました。
なお日蓮聖人のご遺文は昭和定本第一、二巻を調査の対象としました。また、同じ引用箇所をご遺文中で何回引用されているかを( )に回数として示しました。
1、序 品
序品では4箇所から引用されています。
又覩諸仏 聖主師子 演説経典 微妙第一子。四大天王。与其眷属万天子倶。自在天子(1)
恭敬。尊重讃歎。為諸菩薩。説大乗経。名無量義。教菩薩法。仏所護念。仏説此経已。結跏趺。(1)
又覩諸仏 聖主師子 演説経典 微妙第一 其声清浄 出柔軟音 教諸菩薩 無数億万。(1)
若人遭苦 轡老病死 為説涅槃 尽諸苦際。(1)
2、方 便 品
方便品では36箇所から引用されています。内容的に重要と思われる箇所および引用回数の多い箇所を示します。
爾時世尊。従三昧安詳而起。告舎利弗。(2)
諸仏智慧。甚深無量。(1)
唯仏与仏。乃能究尽。諸法実相。所謂諸法。如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。如是本末究竟等。(23)
世尊法久後 要当説真実。(15)
求仏諸菩薩 大数有八万 又諸万億国 転輪聖王至 合掌以敬心 欲聞具足道。(3)
唯以一大事因縁故。出現於世。(3)
諸仏世尊。欲令衆生。開仏知見。使得清浄故。(8)
無有余乗。若二。若三。(1)
今正是其時 決定説大乗 我此九部法 随順衆生説 入大乗為本。(7)
乃至於一偈 皆成仏無疑 十方仏土中 唯有一乗法。(6)
自証無上道 大乗平等法若以小乗化 乃至於一人 我則堕慳貪 此事為不可。(10)
我本立誓願欲令一切衆 如我等無異 如我昔所願 今者已満足化一切衆生 皆令入仏道。(6)
若人為仏故 建立諸形像 刻彫成衆相 皆已成仏道。(2)
一称南無仏 皆已成仏道。(1)
若有聞法者 無一不成仏。(8)
是法住法位 世間相常住。(4)
今正是其時。(1)
正直捨方便 但説無上道。(21)
以上のように、ご遺文中では十如是が23回と、正直捨方便 但説無上道。が21回引用されていますが、教義的にも重要な箇所としては膨大なご遺文からみると以外に少ないようにも思えますが、ここでは原文を直接引用した場合に限定していることによるものと考えられます。
3、譬 喩 品
譬喩品では31箇所から引用されています。同じく、内容的に重要と思われる箇所および引用回数の多い箇所を示します。
舎利弗。汝於未来世。過無量無辺。不可思議劫。供養若干。(3)
当得作仏。号曰華光如来。(2)
我等従昔来 数聞世尊説 未曾聞如是 深妙之上法。(3)
羊車。鹿車。牛車。(1)
以仏教門。出三界苦。怖畏険道。得涅槃楽。(2)
方便カ故。於一仏乗。分別説三。(1)
三界無安 猶如火宅 衆苦充満 甚可怖畏(2)
今此三界 皆是我有 其中衆生 悉是吾子 而今此処 多諸患難 唯我一人 能為救護(24)
雖復教詔 而不信受(5)
乗此宝乗 直至道場(1)
若人不信 毀謗此経 則断一切 世間仏種 或復顰蹙 而懐疑惑(27)
見有読誦 書持経者 軽賎憎嫉 而懐結恨 此人罪報 汝今復聴 其人命終 入阿鼻獄(38)
如是展転 至無数劫 従地獄出 当堕畜生(4)
常処地獄 如遊園観 在余悪道 如己舎宅(3)
捨悪知識 親近善友(2)
但楽受持 大乗経典 乃至不受 余経一偈(9)
譬喩品のように、教義的に重要な箇所が示されている経文としては、その引用箇所の少ないのが以外に感じられます。また、不信謗法に関する箇所の引用が集中している点は、宗祖の法華経引用の特徴として考えることが出来ます。
次回からも信解品以降順次検討を続けてみたいと思います。
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