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愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ
日蓮宗現代宗教研究所主任 伊藤立教
調査なくして発言なし
自分自身の発言は自分自身の調査によって裏付けられたものであるべし、という毛沢東の言葉を、私が現宗研研究員になった昭和50年に、故中濃教篤元現宗研所長(当時所長)から教わりました。
自分自身の言葉で語ることが、責任ある態度です。文献や出版物を引用することは、あくまでも自身の考えの補足です。それをどう捉えたかがはっきり語られていることが、大切です。
現宗研は、宗務総長を補佐する機関として、研究を裏付ける調査を重視します。
私が主任に就任してからの3年半に、「お題目総弘通運動総括全教師アンケート調査」(中間調査・本調査)・「全女性教師アンケート調査」を実施し、報告書を全教師にお届けしたのも、教団の現場の状況を知り、教師ご自身が考える材料としていただきたかったからでした。
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ、といいます。新たに始まる宗門運動、ご自身の教化活動のご参考に、前記調査や現宗研研究紀要『現代宗教研究』・別冊出版物をご活用ください。
遅くなりましたが、中央教研などでのご要望に応えた平成16年度出版物5種を、5月初旬に宗務所経由で全教師に配布させていただきました。
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『現代宗教研究』第39号
『教化学論集5』
『日蓮宗年表』平成15年分(年次年表)
『顕正会についてII』現宗研教化資料シリーズ
『真似しちゃいけない!金儲けの手口』
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がん後進国
日本人の死亡原因第1位になった癌(がん)について、昨年から報道関係で取り上げられることが多くなりました。驚くべきは、その後進性と無策の現状です。日本には、癌や抗癌剤の専門医がほとんどいないのだそうです。癌にかかったら、患者自身で自分に合った治療法を求めて、全国をさまようことになるのだそうです。これが、「がん難民」です。
経済大国とも先進国ともいわれ、国連憲章を改変してまで安保理常任理事国になろうとしている日本が、癌医療に関しては後進国並の現状だそうです。これに対して、自らも癌患者である医師が、国の対策を求めて運動し、5月28日に大阪で「がん患者大集合」という大会を開くそうです(この稿5月17日執筆)。ようやく国も、厚生労働大臣が本部長になって「がん対策本部」を立ち上げました。
発起人の医師は、自分自身が肝臓癌になってはじめて、医者の対応の非情さや、抗癌剤認可の遅れ、専門医の不足を実感したそうです。
自分の足もとの問題を解決するのは、その必要に迫られている自分自身です。
御降誕800年時の社会
本年度現宗研研究調査項目のなかに、「御降誕800年(2021)時の社会予測」があります。
今から16年後の社会が、人口・経済・文化・医療・交通・産業などでどうなっているのか、その時点で日蓮宗や寺院・教会・結社、各教師がどういう状況におかれるのかを調査し、どう対処すべきかの判断材料を提供しようという試みです。
銀行・証券会社などは、独自の研究所を持って未来予測をし、企業活動をしています。
教師各聖が今を行動しながら、未来に向かって的確な行動をとるためのお役に立ちたいと思います。どう行動するかは、自分の足もとの問題として、教師それぞれがお考えになることです。
憲法をどうする
社会から教師自身に問われているのが、憲法改変に対する態度です。
特に憲法第9条の平和条項をどうするかは、平和と戦争に直接関わることです。この件についての問題提起として、立正平和の会が6月20日(月)午後1時から宗務院講堂で、「憲法第9条を守るシンポジウム」を開きます。非戦闘員10万人が一夜で死んだ東京大空襲について、作家早乙女勝元氏が講演します。護憲であれ改憲であれ、この機会に、憲法改変問題を考えてみてはいかがでしょうか。
憲法が現実に合わないのではなくて、現実が憲法に近づこうと努力していないのではないでしょうか。憲法は理想です。理想を求める努カが、人間を向上させるのです。現実は現状です。現状に合わせようとするところには、向上はありません。
本来は浄土(平和)である娑婆世界を、再び人間が穢土(戦争)にしようとしている現在、「お坊さん」が自分自身の言葉で、憲法改変についての考え方を明らかにすべきではないでしょうか。
この件については現宗研でも、本年9月7日〜8日の中央教化研究会議で、「日蓮宗の教化学を考える−教団の歴史から学ぶ平和と戦争」をテーマに話し合い、早乙女勝元氏が創設した「東京大空襲・戦災資料センター」で現地研修します。(詳細は『宗報』本号告示欄参照)
成功するチーム
イギリスの科学誌『ネイチャー』に、科学と芸術の分野でそれぞれ成功したチームの共通性を調べた結果が報告されています。
成功したチームは、  そのチーム構成人数の4分の1以下が新人で、  異分野の人々が入っていて、  ベテランが長期に関わっていない、という特徴があるそうです。ご参考までに。
今年度の現宗研研究調査内容
現宗研は、所長1名・主任1名・所員4名のもと、研究員13名・顧問10名・嘱託22名で研究調査にあたります。教学の現代化(教化学)、新宗教対策、立正平和運動の3項目を基本に、現在の日蓮宗に必要な研究調査に取り組みます。その中には、宗務総長からの諮問事項も入っていますが、対応が求められるであろう事項について、あらかじめ研究調査に着手しています。
今年は、下記の項目を研究調査します。大きく3チームに分け、12項目をそれぞれ3〜4名で担当します。
1、現代と教学プロジェクトチーム
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日蓮宗における内棲宗教
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教師指導教師(師家制度)
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日蓮宗葬儀の規範
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2、教団・教化プロジェクトチーム
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日蓮宗における男女共同参画
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宗制から見た戦前戦後の日蓮宗
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過疎地寺院再調査
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御降誕800年(2021)時の社会予測
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IT(中央教化センター機能・データ・電子会議・現宗研HP)
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3、現代社会プロジェクトチーム
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環境問題「省エネを考える日」
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宗門運動と立正平和
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生命倫理
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新宗教
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小泉首相靖国参拝の矛盾
このごろ、中国や韓国で大規模な日本批判デモが起きています。小泉純一郎首相が靖国神社に参拝することや、かつての戦争責任への抗議行動と思われます。それぞれの国が抱えている国内問題から目をそらさせるための方策、という分析もありますが、それだけでしょうか。日本が考えなければならない問題はないのでしょうか。
小泉首相は、靖国神杜に参拝することを、「あのような戦争を二度と起こしてはならない。不戦の誓いを新たにするために参拝する」と言っています。
靖国神社は、明治2年の東京招魂社以来の歴史を持つ、官軍(国家)側の戦没者を祀るための神社で、陸・海軍省が管轄する国家施設としての別格官弊社でした。
明治新政府は、天皇を中心とした神国を大義名分に、国家神道を創唱し、天皇家の宗社としての伊勢神宮を最高位におき、神国を支える英霊を祀るところとして靖国神社を位置づけました。その後の戦争で亡くなった兵士を祀っていますが、国家側の戦没者でない西郷隆盛(西南戦争賊軍)・乃木希典(明治天皇殉死)・東郷平八郎(病死)は祀られていません。その一方で、極東軍事裁判A級戦犯BC級戦犯は祀られています。
サンフランシスコ講和条約で極東軍事裁判判決を受諾したわけですから、その裁判で有罪となった人を祀る靖国神社に首相が参拝することは、有罪行為を是認することになってしまい、条約を無視する国際公約違反になるのではないでしょうか。極東軍事裁判を不当というなら、対外的に公言すべきです。ただし、もっと大きな問題になるでしょうが。
先に書いた小泉首相の発言のうち、「あのような戦争を二度と起こしてはならない」という部分は、〈大東亜戦争〉の意義を否定するものであり、靖国に祀られている人々の行為を批判することになりますが、「参拝する」という部分は、靖国に祀られている人々に敬意を表し、その行為を賞賛していることになり、矛盾することになりませんか。不戦を口にしながら、天皇制国家を支えた象徴的な靖国神社に敬意を表することの矛盾を、中国や韓国など、かつて日本が戦争によって被害を与えた国の人々が感じ取っているのではないでしょうか。不戦が本心なのか、過去の行為は間違っていないと思っているのが本心なのか、とてもわかりにくいように思います、
戦後も、天皇のために戦死した者を祀る靖国神社へ天皇が親拝していたのですが、A級戦犯を合祀したことによって、天皇は昭和50年から靖国神社へ行かなくなりました。
このような問題がある靖国神社への首相の参拝は、政治的な意味を持ってしまいます。そのうえ、公人としての首相が参拝するとするならば、信教の自由と政教分離を明記している日本国憲法と矛盾することになりませんか。それは、憲法第99条(憲法尊重擁護の義務〉「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」でいう、国務大臣の長たる内閣総理大臣・首相が、憲法尊重擁護の義務を果たさないことになるのではありませんか。
靖国神杜は戦後、宗教色をなくして国家施設になるか、宗教法人として独立するか、の選択で、宗教法人になりました。宗教性が暖昧だとか、日本人の習俗だとかいう意見もありますが、靖国神社自体が、3万坪の境内と、宮司以下100人以上の職員を抱え、日本遺族会などの「氏子」をもつ宗教法人として活動しています。それを、宗教ではないというのは、靖国神杜に対しても失礼ではないでしょうか。
日本人の習俗、というに至っては、日本人の特性を敬神崇祖という言葉にまとめ、国体という新しい概念で国家イデオロギーに取り入れた明治政府の意図そのものです。戦没者に限らず、生きとし生けるものを神として拝む「神道」と、先祖を追善供養する「仏教」の心情は、政治の意図を超えたものです。それを政治のなかに押し込めた「国体」という新概念は、むしろ日本人の本来持っている心情を矮小化するものです。彼我平等・怨親平等という言葉こそ、日本人の心情を表すもので、日本人が仏教を受け入れたのも、仏教の大きな宗教性を理解したからではないでしょうか。
怨親平等の考え方からは、官軍戦没者だけを祀るという考え方は出てこないでしょう。もっと言えば、仏教の考え方からは、「殺す」ことを正当化する論理は出てこないのではないでしょうか。
不戦を誓い、戦没者を思いやるというのなら、千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ出向くべきではないでしょうか。ここは、日蓮宗が毎年8月15日に追悼法要を行っている、いわば「無名戦士の墓」ともいうべきところで、外国訪問の折に敬意を表して立ち寄る国家的追悼施設に匹敵する場所です。
小泉首相が、遇去4回の参拝に加え、今も参拝を強く言うのは、4年前の就任当初に言った郵政民営化と靖国参拝に固執する「意地」が言わせているのではないか、と思われてなりません。(この項、マガジンハウス発行『ダカーポ』2004年8月18日号参照)
日蓮宗は、昭和38年から靖国神社の国家による護持、国営化が議論されるたびに、多くの宗教団体とともにこれに反対してきました。「靖国神社法案」は、国会に5回上程され、いずれも廃案となりました。昭和44年の「靖国神社法案」は、自民党衆議院議員共同提案として、靖国神社から宗教的要素を取り除き、特別法人として内閣総理大臣の支配下において毎年3億円の国費を支出するという内容でした。このとき日蓮宗は、3月の第22宗会で、「我々は正法受持の信仰に基き、靖国神社国営化に反対する」という声明を採択しています。
戦時中の日蓮聖人遺文削除問題で実際に墨が入った遺文集をお持ちの方、曼茶羅不敬問題で実際に墨が入った曼茶羅本尊をお持ちの方がおられましたら、ご一報下さい。本年の中央教研での資料として拝借し、展覧させていただきたく存じます。その他、戦時中の資料がございましたら、お教え下さい。
合掌
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