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現宗研の調査研究ノート 教化学と教研会議 第37回中央教化研究会議基調報告より
日蓮宗現代宗教研究所所長 田澤元泰
教研会議のはじまり
昭和39年に日蓮教学の現代意義を解明し、時代に適応する信行及び布教体系の確立に寄与するため、日蓮宗現代宗教研究所が開設されました。4年後の昭和43年に現宗研主催にて、布教伝道教化の問題点を探り、現代の伝道のありかたを求める研究と交流を求めて、宗務院にて第1回の教化研究会議が開催されました。それは日蓮宗教師おたがいが、布教の本質や方策について肩書きをはずして語り合い討議しあい、交流する目的で誰でも自由に参加できるはじめての試みでありました。2年後には秋田にて東北教研会議が、翌年には近畿教研会議が、より多くの参加を得るためと、地域の実情にそくした内容と、中央との交流をはかる目的で開催されました。地域教研がこれほど早く連動して実施されたということは、自主的にしかも手弁にて開催されたことを考え合わせると、まさに時を得、多くの教師の要望と期待に対応したものであったといえましよう。
教化学体系化にむけて
昭和58年に第1回「教化学研究集会」が開催されるに当たり、故石川教張上人(当時現宗研主任)は、教研会議にて行われてきた教化活動に関する事例体験や問題点の解明と方策の具体化などの成果を集約しつつ、教化の内容を明示し体系化を図るために「教化学」の重要性を提示し、教研会議の大きな目的として教化学の体系化があることを明示されました。
その中で「教化学研究の今日的意義」として
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研究という立場において、本格的に信行および教化の理論方策を体系的にまとめることが現宗研の使命である。
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日蓮宗が「伝道教団」として確立するために、たんに行政的な措置をこうずるだけでなく、教化の事例体験研究をふまえ、教化の内容と方策をとりまとめて、提示してゆくことが、教研会議を脱皮してゆくために重要である。
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安直な形でテクニック的に教化を考えてゆくことではなく、信仰的に体験的に磨かれたものを提示し、現場において活かしてゆく教化内容を「教化学」としてまとめる必要がある。
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現代社会の状況に対応する教化学を考えることによって、それが自動的に宗門全体の教化の目標になってゆくものでなければならない。
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教化学の研究内容は、信行論、教団論にはじまり、寺族、寺庭婦人、住職学などさまざまな分野にわたり、研究テーマとしてはあらゆる方面へと考えられる。そのなかで、法華経はすべての人を仏道に導き入らしめる教化を説き、日蓮聖人による、社会と人間の救済の教化実践をもとに、教化弘通の内容方策を考えれば、そこにはすでに「教化学」というものが内包されている。
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と、教化学研究の内容をまとめられています。
本仏の誓願としての救済と、日蓮聖人による本化の菩薩としての弘教のご生涯が、我々にとっての教化の基本であり、われわれが今日提起されるもろもろの問題点が、そこには内包されているわけであります。宗学が日蓮聖人の教義・教理の信仰的な体系であり、教化学は教化のための内容や方策を学問的・実践的に体系化することであるといえましょう。それを推進し積み重ねてゆくことが教化研究会議であります。
教化学体系化の課題
現代宗教研究所設立の原点である教化学の確立は、結果として教学の現代化につながります。ところで、現代化という言葉の中では、ともすると教学の応用実践や布教のテクニックが先行しがちになりますが、布教教化上での事例の中から教化としての問題点の分析と解決への方策を分野別にまとめ、実践のための体系化が重要であります。そこには理念としての教化という学問体系と、教化学を応用実践するための原則とその方法の体系化があります。「実践布教」という言葉がありますが、布教そのものが実践であるにもかかわらず実践を課題としなくてはならないということは、われわれの布教教化という意識の中で、布教が言葉として捉えられているのではないでしょうか。「言葉としての宗教‥宗教の意味論的な志向」と指摘されているように、布教教化が実践的に機能していないことのあかしといえましょう。
ここで、稲作を喩えに考えて見ます。
法華経という稲の生命力が種として存在するとします。日蓮聖人によって末法の荒れた田にその種が蒔かれ、芽を出させ、苗を植えて育て、実が収穫されました。ところが、われわれの多くはその実を日蓮聖人から手にしながら、それを食することはあっても、自らの田に植えて実らせようとはしません。まして、自ら育てた実を他に与えることは不可能といえましょう。現代の社会の目線とは、今を生きるおのれの田を見つめ、田の中に入ることであるのに、宗祖によって稲の育て方を教えられているにもかかわらず、宗祖から稲の実を与えられることのみが目的となって、自らの田で育てることをしないのであります。宗祖による稲作の方法が教化学の理念であり、実際に自らが己の田において実践した経験や方法が教化学の応用といえましょう。教化学を研究し続け、体系化させることとは、まさに私たちの布教教化の実践の積み重ねそのものなのです。教化研究会議とはそうした積み重ねを直接発表しあう場であり、実際に布教する者によって教化学の実践面の学問体系化が行われるところなのです。教化学とはそういう学問なのです。
以 上
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