日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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宗報 平成15年3月号 第180号 改訂 第12号

宗教法人への課税が始まるのか
日蓮宗現代宗教研究所主任 伊藤立教
 

 先の中央省庁再編に続く行政改革として政府・連立与党が検討している「公務員制度改革・公益法人制度改革」が、俎上に登ってきている。

   政府が「民法制定以来、百年ぶりの改革」として取り組む公益法人改革も、早くもこう着状態に陥っている。政府は3月に「公益法人制度改革大綱」をまとめ、具体案を盛り込む予定だが、公益法人として税の優遇措置を受けている宗教法人の取り扱いが政治色の濃い争点となり、論議が棚上げされている。
 行革事務局は「民法ではなく、特別法で目的や定義が規定されている宗教法人、社会福祉法人、学校法人などは、昨年3月の公益法人の抜本的改革に関する閣議決定でも触れていない」として宗教法人を改革の対象外とする理由を説明。しかし、事務局のある幹部は「余計な争いごとに巻き込まれたくない。宗教法人の議論は避けて通っている」と打ち明ける。
 一方、自民党内ではかねて「宗教法人が課税逃れに利用されており、税体系をゆがめている」(幹部)との指摘がある。党行革本部の公益法人改革委員会(小里貞利委員長)が30日に開いた幹部会でも「宗教法人の議論を初めから避けるのではなく、議論のテーブルに載せるべきだ」との意見が大勢を占めた。
 ただ、創価学会を支持母体とする公明党にとって、宗教法人に改革のメスを入れるのはタブー。改革を強行すれば、連立の枠組みや政権基盤に大きく影響する可能性がある。自民党内でも4月の統一地方選や次期衆院選をにらんで創価学会票を取り込みたいとの思惑から、抜本的な改革を求める声は広がっていない。
 首相をはじめ首相官邸幹部がこのところ創価学会に秋波を送っていることもあり、早くも「最終的には結論先送りが決着点」(党行革本部幹部)との見方が有力だ。
(平成15年1月31日付日本経済新聞)
 

 戦前の宗教団体に対する統制的法体系への反省から、戦後の宗教法人に対しては、宗教「性善」の前提に立った宗教法人法が施行され、優遇税制や自治自由の保障を受けることになった。ところが、その「善意」の法律のうえにあぐらをかき、趣旨に背き、義務を怠り、悪意に解釈して、詐欺・横領・脱税などの悪事を行う者がいる。
 先師が築き上げた宗教者への信用を利用する「似て非なる」アサハラショウコウ的人物、畜盗法師は許されない。
 そういう一部悪人の行いが、宗教法人・宗教者全体への不信や批判を醸し出していることは、悲しい現実である。自身がその悪人とならぬよう、自制自戒を、お互いさまに。

宗教法人の公益性とは、不特定多数の利益
 去る2月14日に静岡県富士市で開かれた山静教区教化研究会議の講演で、日蓮宗顧問弁護士長谷川正浩師が、宗教法人の公益性について触れています。
 岸本英夫氏の『宗教学』をもとに、その公益性の中身について次のように分析しています。
帯価性宗教的価値体畜価性宗教的価値体創価性宗教的価値体
公益性の中身
宗教的使命感
宗教的文化財・行動様式
価値の創造
 

 宗教的使命感をもって行動したことで不特定多数の人に幸せを与えること、宗教施設や文化財や墓地を護ることや墓石・宗教音楽・通過儀礼執行によって不特定多数の人が安心感を得ること、(道徳は宗教によって裏付けられるように)宗教によって創造された宗教的価値が不特定多数の人のためになることを公共性という、と説明されました。
 病気の看護は医療行為ですが、これを宗教者が使命感をもってやれば宗教的行為となります。誰彼と区別せずに誰に対しても慈悲の心をもって接する、というお坊さんの原点が問われます。ここが、お坊さんに対する世間の信用の根拠でもありましょう。

 (資料)民俗信仰「ダンナドン」−寺院や僧侶に頼らず

 平成15年1月29日付日本経済新聞所載の森田清美鹿児島実業高校教諭論文を、ご紹介する。
   鹿児島県串木野市の西北部、荒川・羽島地区に「ダンナドン(檀那殿)」と呼ばれる民俗宗教が残っている。浄土信仰の影響を受ける一方で、極めて呪術(じゅじゅつ)性が強く、現世利益を重視する性格が強い。
 ダンナドンは、一般の家が集落の菩提寺のような役割を果たし、寺院や僧侶に頼らない信仰だ。有力な家に祭神を祭り、その家の古老が「トイナモン(年の者)」という司祭役を務める。トイナモンは葬儀や年中行事で経文を唱え、けがれを払う儀式を執り行うこともある
 (中略)荒川・羽島地区では明治初年の廃仏段釈(はいぶつきしゃく)後、30年にわたって菩提寺が一つもない状態が続き、このころ、ダンナドン信仰が確立したようだ。
 (中略)最盛期には荒川、羽島の両地区合わせて20数軒あったダンナドンも、高度成長期の過疎化や地域の中に禅宗系の寺院が入り込んだことがきっかけとなり衰退の一途をたどった。一つのダンナドンを奉る共同体が成立しづらくなり、現在では彼岸供養や春祈薦(はるぎとう)など年中行事の一部や厄払いに名残が感じられるくらいだ。
 (中略)ダンナドン信仰には沖縄、奄美など南方の宗教観も入っているが、先祖を敬いつつ、死霊を畏怖(いふ)する素朴な思いは日本人にとって普遍的な宗教観に根差したもののように思える。
 

 (資料)宮沢賢治の「二人の母親」

 平成15年2月2日付垣日新聞所載「吉本隆明が読む現代日本の詩歌」論文を、ご紹介する。
 
   (入沢康夫・天沢退二郎編の宮沢賢治全集の功績について)カムパネルラの母親は天上に居る母親である(ジョバンニの母親は地上に居る母親である)。天上の母と現実の母の二人を宮沢賢治は設定している。
 日本の天台の最澄が根本経典として固守し、古典主義者である日蓮が評価したのは法華経の中にある二人の母(天上の母と地上の母)という観念だった。これは宮沢賢治も固執するところで、「銀河鉄道の夜」のカムパネルラの母とジョバンニの母とは天上の母と地上の母を象徴するものとなっている。
 私の知っている限りでは、この二人の母を読み分けて、意識的に指摘したのは、入沢、天沢の両詩人が初めてであった。(中略)入沢、天沢両氏は、賢治のいちばん判りにくい隠し味の一つといえる二人の母を見つけ出したといえよう。
 これは全集の厳密な校訂の仕事からこぼれ落ちた貴重な副産物だといえる。法華経は寿量品(法華経中、釈迦の寿命や無量を説いている)を中心に考えるのが宗教者の本領なんだろうが、賢治が気にかけていたのは、たぶん安楽行品(法華経を広めるものが心がけるべき行法を説く)だといえるのではないだろうか。そこでは文学芸術は信仰の妨げだとして戒められている。
 

 (資料)葬儀費用と戒名料

 平成15年2月18日付毎日新聞記事「なんだか変!東京ウオッチング」を、ご紹介する。

   都生活文化局が都内在住・在勤の1344人、葬儀関連企業など155団体に対して行い、2001年度の結果をまとめたアンケート「葬儀にかかわる費用等調査報告書」によると、戒名料は平均で約38万2000円。火葬料、霊きゅう車代、香典返しなどを加えた葬儀費用は計約346万円で、その1割以上を戒名料が占めるという計算になる。
 その金額は高いのか、そうではないのか?
 (中略)全日本仏教会は2000年、「一部に高額な請求をする僧侶がおり、それが仏教全体への不信となっている」と認めたうえで、「戒名は売買の対象ではない」「今後、戒名料という表現は用いない」との公式見解を表明した。
 (中略)僧侶が電話相談に応じる「仏教情報センター」(文京区)には「高くて払えない」などの苦情が一日数本寄せられているという。
 (中略)戒名(料)はお布施なので基準はないという考え方は理解できる。だが金が絡めば、当然、トラブルは起こり得る。昔の「寺と檀家」のようなコミュニケーションがなくなっていることも背景の一つだが、だからこそ仏教界には、戒名の本当の意味を人々に伝えるさらなる努力を望みたい。そのうえで現実的な指針を示してほしいと思う。

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