日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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宗報 平成15年1月号 第178号 改訂 第10号

信教の自由と新墓苑建設について
日蓮宗現代宗教研究所所長 石川浩徳 

○国立新墓苑建設にノーを決めた全仏の委員会
 全日本仏教会の「信教の自由に関する委員会」(小山典勇委員長)は「靖国神社問題と戦没者の追悼について」と題して、過去5回に亙って会議を開いて検討してきた。その結果、政府が建設しようとしている「新国立墓苑」について、次のような結論に至った。

 国・政府による「戦没者新追悼施設」建設に対する意見書

 現在、内閣官房長官主催による「追悼・平和祈念の記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が開催され、国・政府による新たな戦没者追悼施設の建設が急がれています。本年末には懇談会としての見解をまとめ、その報告書が官房長官宛提出される予定と報道されています。
 この懇談会で議論されている施設は、過去の戦争における犠牲者だけではなく、今後新たに想定される、戦没者の受け皿としての施設になる可能性がありますが、そのような国立の追悼施設設立には私たち仏教者は反対致します。
 本会は、「靖国神社法案」、首相及び閣僚の「靖国神社公式参拝」に対して、過去23回にわたり、反対の意志表明と公式参拝中止の要請を行ってまいりました。靖国神社は、特定の基準をもって合祀の対象とした戦没者を神霊として祀る神社であり、純然たる宗教施設であることが明白であります。したがいまして、一宗教団体である靖国神社に首相及び閣僚が公式参拝することは、どのような形式をとりましても、憲法に定める「信教の白由」「政教分離の原則」に違反することは疑いの余地がございません。
 戦没者の追悼は、国家が特定の宗教に関わって行うべきものではなく、各ご遺族がそれぞれに真実と仰ぐ宗教によってなされるべきものであることは、当然のことであります。この観点から本会加盟の各団体は、それぞれの宗教的理念と場所において、遺族の気持ちを悼み、戦後五十余年に亙り遺族と共に追悼の行為を積み重ねて来ました。
 私たち仏教者は、過去の戦争に関する事実・責任を明らかにするべく努め、非戦平和を願い、過去の戦争における敵味方なき戦没者・戦災犠牲者の追悼を提唱いたします。そして、政府に対して、今後我が国が、二度と悲惨な戦争を繰り返さないという誓いを堅持し、世界平和実現のため努力されますよう要請するものであります。
 二〇〇二年十二月十日
財団法人全日本仏教会理事長  森 和久
内閣総理大臣 小泉純一郎殿

 以上が、当該委員会が理事会に答申したものを、理事会において整え理事長の名で政府に提出した意見書である。
 筆者は本年の宗8月号の誌上に、「新しい国立墓苑建設の動きを考える」と題してレポートを寄せ、日蓮宗の戦後の平和運動の歴史を踏まえた宗務院の立場を少々感想を含めて述べておいたが、この度の全日本仏教会の「信教の自由に関する委員会」答申案は、その考え方や主張において同じ意見であることが分かる。

○政府による新国立墓苑設置の意図と周辺の動き
 この新国立追悼墓苑の設置については、かねてから官房長官の私的諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(座長・今井敬新日鉄会長)において、建設を前提として検討して来たものである。その提案によると、次の5項目に要約できよう。
1、 建設の骨格は、追悼と不戦の誓いを目的とした施設で無宗教とする。
2、 祀る対象は、明治維新以後、国権の発動によって対外戦争で亡くなった人々。
3、 戦後の国連平和維持活動(PKO)に従事して犠牲になった者も含む。
4、 問題になりがちなA級戦犯や外国人を含むかどうかははっきりさせないでおく。
5、 周辺諸国が関心をもっている靖国神社の位置付けや首相の同神社の参拝の是非についての判断までは言及しない。
 この内容については、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、その他等にも同じ意味の記事が報道されていた。
 これとは別に、「新しい国立追悼施設をつくる会」と名乗る自主的な会があり、その会では積極的に推進するよう主張して、
  「建立促進を要請する超党派の国会議員連盟を作って、首相の靖国神社公式参拝を中止させ、新しい国立追悼施設問題を可及的速やかに解決し建立してもらいたい。そしてこの施設は非戦平和を誓う象徴的な場とすること。明治維新以降第二次世界大戦までの戦争に限定して戦没者を祀ること。特定の宗教をもたないで、思想、信条、信仰にとらわれず、個々が自由に参拝できる施設とすること」
と、賛成意見を政府に提出している。
 こうした建設推進の意見に、真っ向から反対を唱えているのが、「日本遺族会」(古賀誠自民党前幹事長)である。当会では、国立追悼新施設の設置は断じて容認できないと、福田官房長官に要請書を提出し抗議している。
 その内容は「神社新報」(11月25日)によると、
  イ、 国立新施設構想は撤回せよ。
  口、 靖国神社の存在意義を形骸化させてはならない。
  ハ、 首相は今後も靖国神社参拝を定着させる。
      (以上要旨)
と、新墓苑の建設反対はもちろん、靖国神社の存在を明確にせよ、と要求している。この意見に同調しているのは「神道政治連盟」「日本会議」などがある。

○むすび
 本宗は戦後、戦争の罪悪を明らかにし、戦中の誤った軍国主義への加担を反省し、立正平和運動を積極的に進めて来た。その姿勢は今日も少しも変わらない。その上で毎年終戦記念日には、千鳥が淵において、戦争の悲惨さを訴え不戦の誓いを立て宗門主催の追悼慰霊法要を独自に行ってきたのである。
 かつて立正平和運動が宗門挙げて推進され始めた昭和31年8月、当時立正大学の学監であった久保田正文師は、この運動の推進の先頭に立って、京都における大会で「法華経と世界立正平和運動」と題して、「戦争は結局、人と人とが殺し合うことである。人が他の人と殺し合わねばならぬほど不幸なことはない。現代の人々は、幸福を求めながら、実は不幸に向かって突進しているのである」と講演し、最大の不幸は戦争であり、殺しあう人間の愚かさを訴えている。今日、世界はアメリカを中心として一触即発の様相を呈している。まさに危険な情況下にある。今こそ平和の大切さを訴え戦争の臭いのすることを取り除く心構えと決意が必要であろう。
 国家が宗教に介入すると、必ず権カによって信教の自由が侵され、宗教を利用して大衆の心を操作し、やがて戦争への道に導いてしまうのは歴史の物語るところである。ところで、今日のように軍備大国となった日本の国会では、戦争の引き金にもなる有事立法が論議され、今国会で成立するような空気さえ感じられる。日本は再び愚かな道を選択しようとしているのか。こうした時期に靖国神社や新国立墓苑設置問題が浮上してくるところに、意図的なものを感じるのである。
 かつての日本の不幸は、絶対天皇制と国家神道が結び付いた中で、言論活動が抑圧され、思想信条の自由が奪われ、軍国主義が押し付けられたことにある。この靖国神社問題や、新国立墓苑の建設問題については、世界立正平和を願う本宗の立場はすでに明らかにした通りである。戦争を謳歌するような考えは日蓮宗の立正平和運動の中には絶対無いし、戦争はいかなる理由があっても悪であると断じているところである。そのためには信教の自由を守ることは人間の尊厳を守ることであり、何よりも優先させねばならない課題であろう。今回の時事ノートは、全日仏の信教の自由に関する委員会でまとめた、新国立墓苑に対する意見書を紹介し、併せて周辺の動きに触れ、本宗の立場についても改めて言及し、参考に資した次第である。
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