日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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宗報 平成16年度4月号 第193号 改訂 第25号

第28回山静教区教化研究会議
 「すばらしい葬儀をするために〜ホール葬のあり方を考える」報告
日蓮宗現代宗教研究所主任 伊藤立教 

 岩間湛正宗務総長の地元山静教区(武田真良教区長)で、平成16年2月26日9時30分から15時30分まで開催された教化研究会議は、岩問総長が平成15年度施政方針四大重点目標のひとつ「葬儀全般の規範の作成」に合致する内容でした。
 山梨県四管区でつくる山梨県教研センター(進藤義遠センター長)が企画・記録を担当し、テーマを設定し、一年かけて調査研究を分担し、開催当番管区の山梨県第三部宗務所〈西義俊所長〉が運営を担当、基調講演にかわる基調提案(これが今回の特徴で、しかも大成功)−発表者5名、コーディネーター1名−のあと、三分散会、全体会、講評、という、教研会議の基本形で進行した久しぶりの会議でした。講演会で終わらせたのでは勉強会になってしまう、講演を聴いた後で参加者が教化について話し合う時問を設けて欲しい、とご説明し続けておりますことがご理解いただけました。
 町村合併したばかりの山梨県南アルプス市・白根桃源文化会館に、127名が参加しました。

 基調提案コーディネーター常徳寺住職 小林是綱
  まる1 法要実践の立場から立本寺住職 石原顕正
  まる2 山梨県教研センター研究報告法泉寺住職 飯室智光
  まる3 寺での葬儀に取り組んでいる立場から要法寺住職 大平智宣
  まる4 葬儀に携わる人問として・・・(株)アピオ  鈴木 信(葬儀社員)
  まる5 葬儀に関する一般信徒の立場から法久寺檀徒 伊藤 繁
 
 基調提案の要旨
  まる1 日蓮宗の葬儀について─葬儀式はまさに「人の死・臨終」に際し、成仏の根本原理として教師自らが祖意によって、喪主・遺族等に安心を与え、娑婆即寂光の境地に引導し、功徳を加え、霊位を引導し、霊山往詣させることにある。法華経所説の目的は、娑婆の衆生を即身成仏に導くこと。娑婆即寂光がそのまま、寿量品に開顕の久遠本仏の住所。つまりは、「法華経、お題目を受持する者は、必ず霊山浄土に往詣することができる」、この教えを拠り所としている。
葬儀式次第として─葬儀には、それぞれの地方の習俗がからんでいるため、必ずしも宗門の法式のみでは律しきれない面がある。
葬儀式場について─現代は、死は医者が見つめ、遺骸は業者が見つめ、僧侶は第三者の立場。すべてが「生」、いきるスタンスで考え、行動している。死をタブー視する杜会通念。自己認識に欠ける。僧侶は、死というものと向かい合っていながら、死から目をそらしている。自宅を離れ、「ホール形式」中心である葬儀式(葬儀・告別式がセット)。限られた場所・限られた時間で、遺族・親族・会葬者に対し、どのように霊山、娑婆即寂光を顕現することができるのか。ニーズの多様化が激しい。
聞(もん)と声(しょう)─行軌作法中の二大得意である「定立本尊」「厳浄道場」を現場で確認。精神として「尊重」、態度として「厳粛」。音調・聞法、声、仏事を為す。五感中、最初に感じる(母の胎内)声。最後(機能が失せても)まで聞こえる声、臨終経の意義。
式文の見なおし、式中での工夫─引導文・回向文は、特にわかり易く。嘆徳・諷誦文・祭文形式。遺族(喪主)は葬儀の要である。引導教訣、宗教的価値を高めるクライマックスの演出。
  まる2 なぜ「葬儀」をテーマとして掲げたか─僧侶(教師)の側と一般(檀信徒・葬儀の参列者)及び葬儀社の、それぞれ向いている方向が違う。僧侶…死者に引導を渡し、霊山浄土へと導く。遺族…会葬者への礼。葬儀社…喪主・遺族・会葬者に対するサービス。
僧侶・一般・葬儀杜の視点、それぞれの認識─僧侶(教師)…信仰からかけ離れていく「葬儀」への危倶。本来(僧侶が本筋であると考えている)の葬儀のあり方を、喪主や葬儀杜の人たちに具体的に提示していく必要がある。一般(喪主・参列者)…家族の者の「死」から始まって、収支決算の全てを完了するまでを「葬儀」であると考えて対応している。その中での緊急度・重要度は
 1)火葬場の確保
 2)葬儀杜の手配
 3)僧侶の手配
 4)縁者への連絡
といった順序で位置づけている感が強い。僧侶は「葬儀式」を司る司祭者であるという認識を持ち、その重要性を感じながらも、一方で、この儀式における役目の一端を担う人であるとか、「お経」をBGM感覚で受け止めたり、僧侶は「おいしいところだけ食べていく」といった感じを抱いている人も少なくないようだ。葬儀杜…顧客獲得競争の中での過剰サービスが目立つ。
葬儀杜の今昔比較─
今の葬儀は…今までの葬儀は…
式 場ホール自宅〜寺
運 営(主)葬儀社の従業員(主)隣組
費 用高い安い
僧侶の数少ない(1〜3人)多い(3人、5人、7人…)
主体者葬儀社僧侶
時間配分短縮(葬儀社主導)応分の時間(寺主導型)
書きもの少なくなった多かった
法 号こだわらない傾向「〜にして欲しい」
形 態イベント的死者への弔い
プロセス死者の魂不在
死者に対する意識の希薄化
死者の魂在り
 
現状認識─教師の側から見ると今の葬儀は…必要以上に乗せられている、動かされている。僧侶の主体性が奪われている(こちらが利用されていると受け止めている時には好ましくないと感じる)。喪主もまた葬儀杜依存で、寺や住職との関わりが希薄になっている。信仰的思いが希薄、葬儀の本来性が欠如している。山梨の場合、引導を渡す前に火葬をしてしまう。葬儀の告別式化、葬儀中に喪主並びに近親者が会葬者の礼を受けている。喪主、一般の人から見ると今の葬儀は…〈好ましい=「楽になった」「煩わしくなくなった」「時間的拘束が短くなった」「住宅事情・交通事情・隣組への負担など考えると良い傾向だと思っている」等々セレモニー・イベント・大きな買い物のようなもの〉〈好ましくない=葬儀料が高くなった。近所の年寄りなどお焼香に行くのに不便になった。〉葬儀のステージ(本堂とホール)…葬儀杜のホールに対応できる施設か?駐車場の確保、取越し初七日(お斎)の席などの施設(役割分担が必要)。本来お寺の本堂は、檀信徒の信仰の根本道場である。地方によっては自宅で葬儀、本堂は使わない。核家族化による家族葬など小規模な葬儀は、ホールよりも本堂を使うケースが出てきた。信行会等で葬儀を本堂でするよう勧めている寺もある。
今後の課題─日蓮宗教師としての「葬儀」への取り組み方。資質向上のための研鑽。教師と葬儀社が相互に出会って話し合う。死者を弔う本義、「葬儀」の本義について、葬儀のあるべき姿とサービスについての僧侶の考えと葬儀杜の考え。火葬を、引導を渡した後にできないものか、その場合、取越し初七日との兼ね合い(人数的なこと)、本葬と告別式の分離。役割分担(お寺とホール)と教師用のテキスト(マニュアル)の作成。平素の檀信徒へのあり方。大きな時代の流れに逆らわずに、このシステムを信仰に基づき有効活用する方法はあるか。
  まる3 寺での葬儀に取り組んでいる立場から─取り組みを始めてから十年以上が経過した。昨年、要法寺では葬儀全体の約6割、甲府市内に限ると約8割のお宅が寺を葬儀の式場に選択した。ホール(葬儀会館)葬が増え、葬儀杜が主導する葬儀が増えたことの多くは、我々僧侶の側に原因があることを見逃してはいけない。葬儀の問題点を解決する手段として、僧侶が主導する寺での葬儀は有効。しかし、寺でできるようにすることは、並々ならぬ決意と、「金儲けのためにやっている」というような心ない噂、葬儀杜との対立、にもめげない執念とも言える強い信念が必要。少なくとも住職・寺族の葬儀を寺で行えるのだから、寺での葬儀を希望された場合、それを受諾できる体制は作っておくべきでないか。遺族が寺での葬儀を選択する為には、当たり前だが選択の機会が必要。遺族側から見たとき、費用が掛からず、ホール葬に比べても貧弱さを感じさせない荘厳さ快適さがあり、何より僧侶が主導することによる厳粛さと、亡き人が本堂のご本尊の前で引導される尊厳に対して、遺族にも安心がもたらされることが具体的に伝わり、結果「僧侶に全てをお任せしたい」と思わせるだけの内容が必要。
ハードの改善─財力の脆弱な寺にとって施設設備の充実は難しい課題であるが、塵も積もれば山となる長期展望で取り組めば実現でき、「寺が良くなる」という信念で檀家にとって必要だとのご理解がいただければ協力は得られる筈。近代化が遅れている感のある寺院の後押しになることは、間違いない。
ソフトの構築─「この取り組みが必要だ」という寺族の理解と協力が重要。当初の2・3年が山場で、ここが乗り切れるか諦めてしまうかの分かれ道。まずは、小さい葬儀から取り組まれては如何。
ご留意いただきたいこと─費用が掛からない取り組みができれば、選択の大きな要因となる。しかし、葬儀社にお任せの姿勢では実現は難しい。一方、この理由だけで選択されるとすると、貧弱になる。そうならないよう、バランスの取れた取り組みが大切。どのくらいの列席者や会葬者の規模までできるのか、の見極めも必要。
私の意見─寺での葬儀を行うと言っても、場所貸しといった行為は布教活動ではない。本堂に祭壇を飾ることは如何なものか。遺体を本堂に安置することに対する是非にこだわる向きがあるが、その寺の住職寺族の遺体を本堂に安置するかしないかで自ずから答えが出ている。菩提寺のご本尊の前で引導されることは最善である筈だが、ホール葬の方が品位が高いと勘違いしている一般の方も多いようだ。「こぢんまり葬」が増え、且つ葬儀の件数は増加すると思われる。寺での葬儀の需要と要望はこれから増えると思われる。この取り組みは、これからの寺のあり方として大事な布教活動の場となるのではないか。
(要法寺ホームページ http://www.nns.ne.jp/~youbouji/
  まる4 すばらしい葬儀とする為に、葬儀に携わる人間として─アピオではホール葬85%、家庭葬10%、寺葬5%。
遺族は葬儀を業者と決定する傾向があるので、情報提供・説明責任が重要。従来の、地域や菩提寺主催から明らかに変化。アンケート「葬儀について知りたいことはなんですか?」の回答は、1.葬儀費用 2.万が一の時に準備しておくこと 3.手順や一般的知識 4.葬儀の仕方(スタイル)。葬祭業者の行うべきことは、情報提供内容よりも消費者の視線で行うこと。
  (例) 告別式を夜にしてはどうか?心ゆくまで個人とお別れをする時間を取ることが出来るのは、夜ではないか?社会背景の変化に伴い、儀式のあり方も臨機応変に対応していくべきだ。
葬儀費用については、消費者が自らの意思を表明する傾向が強まっている。寺院お布施金額の低下傾向については、寺檀関係の弱体化によるのではないか。これは主として寺院の問題である。葬儀は、人生最高の儀式、偉大な儀式、祈りの儀式、お別れの儀式、格式の儀式(葬儀の主役は送る人と送られる人。送る人としての実力が示され、格式が問われる)、継承の儀式、歴史の儀式である。
結び─「品位」・「格調」・「豪華」・「華やか」・「清楚」を儀式の心にしたい。喪主の一大事を、つつがなくお済ませ頂くための儀式産業でありたい。
  まる5 葬儀に関する一般信徒の立場から
すばらしい葬儀とは何か─葬儀には、杜会人の評価基準が存在する。
葬儀形式に関する一般杜会人の考え─都市住民と農村住民との意識格差。地域の持つ特殊性と葬儀形式との関係
世代によって変わる葬儀の形式─高齢者層…伝統尊重と郷愁、若い世代…効率化、簡素化希求
葬式仏教と揶揄される現状において、一般信徒は寺や僧侶に何を期待しているか─(現状分析)世情の荒廃、信仰心の喪失。
精神世界教育の放棄の現状などに鑑み、これを打破、改善するための中核となるべきであるという、重量感のある期待。
仏教が、日本をゆるやかに統合できる─僧侶が中核となる。A格調の高い読経、B感動的な説教、C心配り、D経済性、が僧侶の評価基準。息のあるなしを除けば、生者・死者は同じという倫理観。
里寺と本寺。死の三無主義─葬式しない・墓つくらない・骨残さない。寺院葬・自宅葬もう不可能。喪主は、僧侶の助言と思いやりを待っている。檀家にとって葬儀は非日常、説法すべき。若い両親にかわって、僧侶が子供を教育。
 
 日蓮宗現代宗教研究所伊藤立教主任講評
 基調提案という珍しい形式が成功した。まさに葬儀における宗教の機能を求めている内容であった。山梨県は火葬後に葬儀をする、という事情がある。葬儀は地域の習俗、という一面がみてとれる。日蓮宗の葬儀の規範を作る、という岩間宗務総長の施政方針にすぐ役立つ会議内容であった。葬祭業者は月刊誌『SOGI』などの情報誌紙をもち、NPOを設立したり、葬祭ディレクターを誕生させている。仏教界は月刊誌『寺門興隆』があるくらい。檀徒伊藤繁氏の「僧侶の評価基準」四箇条は、心すべき指摘。葬儀は絶好の教化の場、説法すべし。昨年2月の千葉教研「寺院経済基盤としての葬儀について」では、寺院から離れる葬儀が、大手葬祭業者の講演と、教区全教師へのアンケート調査によって話し合われた。本年11月の北陸教研第一部会「望ましい寺院づくり」では、一般青年200名へのアンケートで、お寺に対する印象を尋ねたら、お寺は葬儀や法事をするところ55%、という結果であった。同じ第二部会「現代における葬儀のあり方について」で講師である臨済宗妙心寺派牛込覚心(作家牛次郎)師が、葬儀の主導権が寺院から葬儀杜に移りつつある、葬儀杜費用は納得して支払うが寺院葬儀謝礼は高すぎるという人が多い、と問題提起された。来月全教師配布予定の『全女性教師アンケート調査報告書』には、女性教師への格差についての設問があり、その文書回答の中に、「女性教師には葬儀の導師はさせられない」「葬儀で女性の声だと、物故者は成仏できない」と言われた、とある。これらの現実が、日蓮宗の葬儀の背景にある。ひとり葬儀杜との問題だけではない。世間は、日蓮宗に安心という宗教機能を求めている。それに答える行動が、《日蓮宗の葬儀についての規範》である。この分散会で、自已責任の時代、と言われた教師は、何事も自分の問題として日蓮宗布教に精進している、と発言された。こういう声が聞かれた山静教区教化研究会議は、まさに現場の教師が現場の問題を現場で語る教研会議のモデルケースとなった。
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