日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
| 開宗七五〇年の総括とその後の教化<質疑応答> |
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〈質疑応答〉
Q:今プラスマイナスしましたら、寺院数がプラス三〇になります。教会数はマイナス四〇、結社数がマイナス四二、結果としてマイナス六一になっています。住職・教師数はマイナス一〇八人、そして非住職教師数がプラス六二〇、そして小計としてプラス五一二ということになっておりますが、寺院数は三〇増えたんですが、教会・結社は九一減っております。これは無人のお寺が増えているということでしょうか。
A:私が申し上げたかったのは、こういう数の増減よりも中身が問題だと申し上げました。私は、教会・結社が寺院に昇格したケースもあるのではないかと思いますが。
Q:現時点で一番大事なことというのは教師の保身とか、そういう教師個人の資質の問題になってしまいがちですが、もっと根本的なことは現在の日蓮教団の歴史的な経緯と現在の寺院の中に本質的な原因があるのでないかと。だから教師がやろうと思ってもできない。これは言い逃れのようでありますが、ですからそういう面が若干あるのではないか。ところが十八年前に総長が企画された時には総弘通の『総』というのは信者も教師になってという、これはまさに新宗教の形態そのものでございますから、私は歴史的な宗教運動だと思うんですが、こういう考え方と現代のありのままの教団の実態というのは全く違うと。そこに私は大きな原因があるのではないかと思っているわけです。ですから、精神論に入る前に冷静な分析を試みて、やっていただいたらどうかということを提案させていただきます。
Q:心の問題としていろいろとられているところがあったと思うんですが、私、午前中の時間にお話した部分もあるんですが、戦後経済基盤をとられた寺が生き残っていくには葬儀・法要の方法論しかなかった。それが一番の大きな理由ではないかと思っているわけです。特に今、高度成長期にその方法論で非常にお寺が安定したことは事実だと思うんですが、その安定したというのは檀家の枠の中で経済的に自立できているお寺の布教方法であると思うんです。その時に一番問題になってくるのは、いま意見があったように、宗政を担っている方々、つまり、お寺だけで経済基盤が成り立っている方々が中央の行政に関わっているわけで、その行政の枠の中で自分たちの檀家制度を維持していく、どうまとめていくかというところで考え方が動いていると思うわけです。そうすると、当然今の一般の世間の基準値とは違った寺の運営の仕方、考え方をしてくるので、当然、今のような状況になってくるのは当たり前だと思うんです。特にバブル崩壊以後、社会的な危機が起きているわけで、その時に寺の機能が、今までの檀家対応型の寺の布教方法ではやれなくなってきたところに議論が錯綜してくる背景があると思うんです。ですからその辺の視野を広げて、ある程度お寺の成り立ちの経済基盤という問題とか、宗教法人法がかわった段階とか、そういったこともやはりどこかでやっていかないと七五〇の総括は非常に難しいのではないか、儀礼的なところだけでいくよりは、ある程度実証的にできる部分を踏まえていったらいいのではないかと感じるんですが。
A:「道心あれば衣食あり」がないと、お坊さんとしては成り立っていかない、そう信じております。これは精神論ではなくて、これが根幹だと思っております。それが一般と違う世界だと思っています。
Q:それはいいと思うんです。ただ、その考えを俎上に乗せていくためには説得力をもたせなければいけない部分があるだろうと思うんです。研究していてもそれを使う目の高さがない、と私は思っています。
A:参考になりました。
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