日蓮宗 現代宗教研究所
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生きた僧侶や寺を作ろう<質疑応答> ←前次→

〈質疑応答〉
Q:師弟教育について伺いますが、信行道場でカリキュラムでは求道心とかは人を通じて、ですから大聖人、または偉いお坊さんに出会ってその感化を受けて、自分がそのようになりたいとして衣身とか求道心とか発心を持つと思うんです。その機会が今の若い人達には非常にないのではなかろうか。そのことを何とかカリキュラムによってしていこうというのは、どだい無理なような気がする。ですから法を通じて、人を通じて広まっていくのが、人の邂逅、出会い、これがいいお坊さん、いいお上人を育てていくきっかけだと思うんです。その機会が果たしてこれから先あるのかどうか。毎年多くの若いお上人さん方が出てきますけど、そこには求道心がない発心がないというのは、やはり人の出会いによって変わっていっていないから、商売熱心の延長線上にあるのではなかろうかという危惧を持っているんですけど。
A:現在、まさにそういう分野が非常に多いと思います。ですから、我々が一番大事なのは、いわゆる「現世安穏、後生善処」と言われる如くに、僧侶というものは私は、仏教の最前線に立って切り込み隊の隊長と一緒だと思うんです。そういう思想が各教師の中にあって初めて切り込み隊長しての我々の責任だと。だから当然弟子達をそういうふうに育てていくのは当たり前だと。そして、自分の思想をそのままずっと続けてもらうというそういう教化体系が私は必要ではないかと思うんです。だから、各寺院の中で損得は抜きにして、まさに師弟教育をどういう形でやっているかはわかりませんけど、目線を教師や宗門だけにあててていこうという考えと、本当に自分が信仰を持って人々を救おうというのとでは大分違うと思うんです。師弟教育というのは非常に難しい問題と同時に、一つの教育体系というものはもっともっと教師として考えなければならない課題だとしみじみ思います。

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