日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
| 綱脇龍妙上人と身延深敬園<質疑応答> |
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〈質疑応答〉
Q:「得白癩病」の経文についてどのように考えていますか。
A:身延山や本妙寺、あるいは法華経のお寺にハンセン病患者が集まったのは勧発品に説かれている、かつて法華経をそしった報いとして白癩になったという記述のためだと思います。私自身はそれを縁にして法華経に結ばれているという教えを施すことが良いと思います。綱脇師自身は水行や読誦行など非常に苦行をしている一方、檀林の助教授をやったり、臨時の日蓮宗の管長にもなっている方です。その綱脇上人が深敬園では一切ご祈祷をせず、朝夕の唱題行を中心に祈ったそうです。何か綱脇上人の思想背景が浮かんでくるように思いがします。今後、経典の解釈をめぐって一層の研究が必要だと思います。
特に、法華経のサンスクリット原典と漢訳との比較研究が大事だと思います。
身延深敬病院設立趣意書
大聖釋尊説て曰く、今此の三界は皆我が所有にして、其中の衆生は悉く吾が慈愛の子なりと、又曰く汝等まさに一切衆に對して深く慈悲を行ぜよと、佛アの勸めは千差萬別なりと雖、詮ずる所慈悲を信じ慈悲を行ずるにあるのみ、世に哀れなる者多し、然れども其最も甚しきは癩病を患ふる者に如くは無し、人一たび此不治の疾に罹れば、家人にも猶ほ顰蹙せられて一室に幽閉せられ、終生些の樂みをも享くること能はずして、唯獨り自ら死を待つことあるのみ、况んや醫療已に年久しく、藥餌に家財を蕩盡し、病躯業に就く能はず、骨肉の者相離散して、悄然として獨り諸國に乞食周流し、天に訴へ地に哭し、涙已に涸渇して病苦益甚しく、終に再び妻子親族の顏をも見ること能はず、空しく終天の恨みを呑んで、異怩フ土と化するに至つては、其悲惨の状、到底談るに忍びざるなり、斯の如き者、吾國實に數萬ありと云ふ、豈に寒心すべきことならずや、本院は專ら此等無告の病者を收容して、暖き信仰の慰安と、治術の救濟とを與へ、以て歡喜と光明との中に其餘命を完ふせしめ、兼ねて隔離消毒の方法を完全にして、此の恐るべき病毒の撲滅に資せんとす、人同じく此の佛土に生を享け、暖かに寢ね飽くまで食ふ、斯の如き病者を觀て自らの幸eを感謝して可なり、希くば十方の士女、深く佛陀b明の慈悲を信じ、自ら慈悲に住して一掬の涙を此の病者の上に注ぎ、奮つて應分の淨財を寄せられんとを。
明 治 三 十 九 年 十 月發 起 者 謹 告
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