日蓮宗 現代宗教研究所
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伝日遠「千代見草」に聞くビハーラ活動の理念と実践<質疑応答> ←前次→

〈質疑応答〉
Q:信行道場のカリキュラムの中でそういうような心を使って、例えば高齢者の介護の仕方を教えるとか、そういうことが現在入っていますか。
A:実際、信行道場のカリキュラムは私、あまりよくわかりませんのでお答えできませんけれども、恐らくそういったものはないのだろうと思います。そして、影山上人の先ほどのご発表の中でも慈悲心を養うということの大切さというものをご発表になっておりますけれども、そういったものの一環として、本当に病人やその他の本当に苦しんで悩んでいる人達にどう手を差し伸べるかということについての理念的なものと具体的な方法とが伝えられるようなカリキュラムがあればいいと望んでいるところであります。
Q:この『千代見草』の中で亡くなっていく方に対して、どういうふうな安心の与え方をしたらいいか、何か書いてございましたらご教授願いたいんですが。
A:かなりの分量を裂いてそのことについては書かれてあります。結論からいけば、常日頃の教化が大事だということでありますけれども、一つには常日頃から臨終の心得をしておくということ、それから臨終の一念の大事といいまして、先ほども触れましたが、最後の最後の時にどういう思いを抱いてこの世を去っていくかということが実は大事なんだということで、そのことについて、百年修行しても臨終に悪念を抱けば修行の功徳が無になってしまうということもあると。
   ですから臨終の一念は正念に保つように勧めなければならないということで、そのための心がけということが二つあるんだということが書かれてあります。一つ目には三宝と諸天善神に向かって法華経を読んでお題目を唱えて兼知死期、得善知識、臨終正念 証大菩提と祈ることであるということが一つ目。それから二つ目は一念一念を積み重ねて私の臨終は今日この日であり、その時は今この時であると思ってそれを積み重ねるべきである。要するに私自身が今次の瞬間にも死ぬかも知れないんだということを常に思いながら今の一念の中にお題目を染み込ませていくというような常日頃からのことが必要なのだというようなことが説かれてあります。また、臨終を迎える人に対して臨終行儀がどうあるべきかということについても、臨終の枕元にはお題目を掲げるべきであるというようなことだとか、その他の細々としたことについても書かれてありますので、是非ご参考にしていただければと思います。

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