日蓮宗 現代宗教研究所
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葬儀の現状を通して、お寺離れの実情を追う<質疑応答> ←前次→

〈質疑応答〉
Q:私の今のお話に対する理解は最後の葬儀の場面だけを捉えていけば、これから社会で大きな変動があるだろうけれども、その問題を克服するためには常日頃の檀信徒との教化活動、常日頃の接触による信頼関係、そういったものが一番の解決策というふうに理解させていただきましたけれども、それでよろしいですか。
A:結構でございます。
Q:田舎ではまだこのような問題はございません。実際に私のお寺は千葉県の片田舎でございますけれど、このような問題はほとんどございません。田舎と都会とどのように違うのかということを考えませんと、このような考え方だけでは私はだめだと思います。
A:あくまでも横浜という、非常に人が動く、それから日本における新しいものが入ってくる地域における極端なお話を申し上げたまでで、これが全国に普遍化するとは私も考えきれないところがあります。ただ、現状ではこういうことが東京・横浜では現にあるということを考えて、今後の自坊がある地域の状況も鑑みながら布教をしていかなければいけないのではないかという提案です。決して全日本にこの波が押し寄せるとは、思っておりません。
Q:ここでは常日頃の檀信徒の交流が大切という結論でしたが、葬儀自体に対してはどういうふうな葬儀が形骸化していない葬儀だと思いますか?
A:形骸化した葬儀をやっていますので、なかなか代案というのは考えにくいのですが、先日、生前に法号をつける「法号授与式」を行いました。あまりやったことがなかったのですが、どうしてもやって欲しいと方がいらしましたので。実は老人ホームに入っている方でお子さんがいなくて、永代供養塔に入れて欲しいというお話でございまして、生前にお葬式をして欲しいと言われたのです。生前にお葬式ということなので法号を授与して、その式を宗定法要式に則ったような形で行ったのですが、非常に納得して喜んで頂いたのです。やはり本当に日頃から付き合って、その人の家族を含めて葬儀の際も、ただお経をあげて帰るのではなくて、やはりきちんといろいろなお話を聞いてあげられるような、それをマニュアルにしてしまうと形骸化してしまうので、それはお上人の皆様のやり方次第だとは思うのですが。
Q:善行寺様においては檀信徒に、その人が生前どういう人でというようなことを行状文という形で送ったりもされているんですか。
A:恥ずかしながら、しておりません。都会の寺院ですので、葬儀、法要が忙しくて、なかなかそういうことができておりません。そういう努力をしなければいけないと思っております。

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