『法華秀句』  『伝教大師全集』巻三  昭和五十年四月一日復刻
編纂者 比叡山専修院附属叡山学院
発行所 株式会社 世界聖典刊行協会
原本  明治三十二年刊本全五巻
対校本 イ本 承応二年刊本全五巻
    ロ本 日光天海廟所蔵刊本全五巻刊時不詳
再刊対校本 安楽律院所蔵承応二年版霊空師加筆本全六巻
※一章の一部と、二章以降のみ
※頁数 [D-3 ]



法華秀句序
法華秀句は髻珠を琢磨する之砥砺なり。乃ち霊山の明珠、遠く西秦に伝ひ、天台の珠嚢、遥かに東海に流るる有り。珠を施す之客、おのおの是非を諍ひ珠を求むる之主、所帰を知ること無し。是れを以てォ食之見林を剪除して、天台之円城を造立す。是に於て一謀家有りて云く 天台所立の四車の義は、華厳宗をして奪ひて其の義を取らしめ、又其の所立の成仏の義は、三論宗をして奪ひて其の義を取らしむ。然れば則ち天台法華宗は何等の義を以て自宗の義と為す。若し自宗の義無くんば、別宗を許さざる者なり。時人を矇さんと欲し、其れを度りて謀を為す。誣Zも亦甚だし。是の故に且く法華秀句三巻を著す。庶くは妙法の勝幢、千代に傾かず、一乗の了義、群心を開悟せんことを。但恐らくは、織成、正しからずして、聖の耳目を汚さんことを。[D-3 001]


法華秀句巻上本
本朝沙門最澄撰
仏説已顕真実勝一 仏説経名示義勝二
無問自説果分勝三 五仏同道帰一勝四
仏説諸経校量勝五 仏説十喩校量勝六
即身六根互用勝七 即身成仏化道勝八
多宝分身付属勝九 普賢菩薩勧発勝十


仏説已顕真実勝一
未顕已顕、肩を比べて実を諍ひ、三乗一乗、権訴へて是非す。現在のォ食者、偽章数巻を造りて法を謗り、亦人を謗る。法華経を謗りては則ち権と為し、亦密と為す。天台の聖を謗りては則ち三寸舌の臆説となす。夫れ不定二乗の一寸の楯は、趣寂の屍を隠奪するに足らず。密意言ウの鉛錫の刀、何を以てか一を全身の珠を刊らん。是の故に、ォ食者十教の陣を破りて権賊を華夷に摧伏し、ォ食者二理の関を壊りて商人を宝所に往還せしむなり。[D-3 003-004]
ォ食者、第一に法華を謗る文に云く 譬諭品に云く 我欲令憶念汝等<我今還欲。令汝憶念>本願所行道故。為諸声聞。説是大乗経。名妙法蓮華[已上経文][D-3 004]
ォ食者、此の文意を取りて云く 此の舎利弗等の諸の声聞等は、昔十六王子の時に、教へて菩提心を発せしむ。而も悉く忘失し、小乗に退住し、謂ひて極果と為す。今、実に所応作の事、是の仏菩提に非ずと説き、小を捨てて大に住せしむ。故に是れ権教なり。既に諸の声聞の為にすと云ひて菩薩の為にすと云はず。明らかに知んぬ。是れ権なり。実経の摂に非ず、と。[已上ォ食者語][D-3 004]
弾じて曰く 此の文爾らず。法華権にして実に非ざること有ること無きが故に。ォ食者、且く為諸声聞の句を見て説大説小の旨を了せず。夫れ声聞の人の為に小を説くを権と為し、菩薩の人の為に大を説くことを実と為す。今、漸悟の菩薩の機の為に大を説くを権と為すは、ォ食者の迷ひのみ。[D-3 004]
又、ォ食、常に小権大実と云ふ。汝今大権と云ふは、寧ろ自語相違に不ずや。明らかに知んぬ。ォ食、第二の文、定めて又未だ経文を解せざるの失有ることを。何を以ての故に。神力品に云く 今為諸菩薩摩訶薩。説大乗経。名妙法蓮華。教菩薩法。仏所護念。[已上経文]。[D-3 004]
当に知るべし、ォ食者、既に諸の声聞の為にすと云ひて菩薩の為にすと云はずとは、ォ食者、未だ法華経を読まず、遂に此の妄語を造す。有智の君子は一を以て十を知る。天台智者、法華を実と為すこと経文分明なり。是の故に方便品の偈に云く 世尊法久後 要当説真実[已上経文]。当に知るべし、入位の迦柘、八相の記を得ることを。仏既に実と為す。誰か敢えて権と為さん。ォ食者、未記の前文に法華は声聞の為と云ふを見て、已記の後に法華は菩薩の為と云ふを見ず。ォ食者、慚愧せざるべけんや。又舎利弗、大心を発する時、已に経文に違す。其の譬諭品の文に云く 我昔曾。於二万億仏所。為無上道故。常教化汝。[已上経文]当に知るべし、ォ食者。昔十六王子の時に教へて菩提心を発せしむとは、未だ経文を案ぜず。分明の文に迷ふのみ。況んや不形之義、何ぞ対論すべけんや。[D-3 005]



而るにォ食者、勝鬘経は決定性に対して四乗を以て実と為し、唯一乗を説く。是れを方便と為すとは、未だ勝鬘の会を案ぜず。亦経の起尽に迷ふ。豈に自眼の転ならざらんや。[D-3 043]
ォ食者の文に、是の故に法華の一乗を真実の義と為すは、甚大謬迷なりと云ふは、寧ろ天地転ずると謂へるに非ずや。此の文義広く破し、遠く遮すること、守護国界章に具さに説くが如し。[D-3 043]
ォ食者、自問自答して法華を謗る文に云く 問ふ 若し法華は是れ権の摂ならば、何が故に経に 世尊法久後 要当説真実 と云ひ、又 今為汝等 説最実事 と云ふや。是れ即ち四十年前の教は是れ権、法華の後の教は是れ実経の摂と説くなり。即ち無量義経に 四十年前 方便説故 得果差別<以方便力。四十余年。未顕真実。是故衆生。得道差別>と云ふに同じ。何ぞ法華を権教と名づけんと。答ふ 是れ不定性の二乗の根機熟するに拠りて、前後に而も説く。頓悟に約せず。此れ復云何。不定性の二乗、四十年より前には一乗の根機熟せず。此れに由りて如来、為に一乗を説かず。故に世尊法久後と名づく。今、法華の会に至り、其の根終に熟して一乗を聞くに堪ふ。故に要当説真実と名づく。頓悟の菩薩は始め華厳より、涅槃の教に至るまで、恒に一乗を聞き、常に記別を授く。故に法久後と名づけず。常に一乗真実の法を聴受す。故に後要当説真実と名づけず、と。[已上ォ食者語][D-3 043-044]
弾じて曰く 此の説爾らず。機会相違するが故に、其の未だ正位に入らざる不定性の二乗は、四十年より前に一乗の根機熟せり。是の故に華厳の教より法華之前に至るまで、四味の教之中に存二の一乗を説きて一乗の道に入らしむ。ォ食者、何ぞ世尊法久後と名づけん。已に存二の一を説く。ォ食者、何ぞ要当説真実と名づけん。其れ已に正位に入れる浄聖の二乗、並びに歴劫修行の菩薩等は、四十年より前には未だ究竟果分、一乗直道の根機を熟せざるが故に、此れに由りて、如来、務めて速やかに説かず。是の故に無量義経に云く 種種説法。以方便力。四十余年。未顕真実。是故衆生。得道差別。不得疾成。無上菩提。[已上経文][D-3 044]
今其れ已に正位に入れる定性二乗及び歴劫修行の菩薩等、已に究竟果分一乗直道の根機を熟するが故に、世尊法久後 要当説真実。其の円機の菩薩は、始め華厳の会より般若等の教に至るまで、因分の円教を聞きて因分の仏慧に入る。是の故に、始見我身。聞我所説。令入仏慧<即皆信受。入如来慧>、と云ふ[已上経文]。其の歴劫修行の利根の菩薩等は法華の序品に第三に、如来、法を説んと欲する時、成熟の時に至りて無量義経を聞き、険徑之路を廻らして大直之道に向はしめ、又彼の歴劫修行の鈍根の菩薩等は法華経を聞きて、大直道に向はしむ。是の故に経に云く 菩薩聞是法 疑網皆已除 千二百羅漢 悉亦当作仏。又云く 与諸菩薩 及声聞衆 乗此宝乗 直至道場。[已上経文]。当に知るべし。羅漢、当に作仏すべしとは、再び敗種を生するの文なり。資粮論の八喩、此の句に会せらるるが故に。明らかに知んぬ。ォ食者が自問自答は、狐狸に非ずんば豈に熊羆ならんかなや。ォ食者、第一の道理、道理に応ぜず。当に知るべし。妙法華経は権に非ず、密に非ず。真と為し実と為すことを。[D-3 044-045]
ォ食者第二の理、法華を謗る文に云く 又云く 言ふ所の理とは、第一周の中に、舎利弗自ら領解して云く 我昔従仏。聞如是法。見諸菩薩。受記作仏。而我等不預斯事。甚自感傷。失於如来。無量知見。[已上経文]。ォ食者、経の意を取りて云く 此れ即ち、華厳の会より後、四十余年、頓悟の菩薩の授記作仏を見、咨嗟を発して悔ゆと。此の文に準じて知んぬ、頓悟の菩薩に約せば、世尊法久後と名づけず、要当説真実と称せざることを。唯舎利弗等の不定性の声聞、四十年の前には小果に住して未だ一乗を聞かず。未だ仏記を受けず。故に声聞に約して法久後と名づく。今、法華の会に至りて一乗の法を聞きて、仏の記別を受く。故に要当説真実と称す、と。[已上ォ食者語]。[D-3 045-046]
弾じて曰く 此の説爾らず。所以は何ん。未だ本法を了せざるが故に。其れ、妙法華経は、内証の本法なり。故に教を留めて機熟を待つ。[D-3 046]
其れ、華厳等の諸経は随宜の説法なり。故に機に随ひて時を待たず。待時、不待時、其の義最も不同なり。本地本法、宜しきに随ひて三を説く。何ぞ級無きを得ん。其れ、舎利弗は、方等以来、菩薩の記を見、華厳に預からず。但入法界の会、当に逝多林に在るべし。其の逝多林は給孤独園なり。須達長者と舎利子と造立する所の園なり。明らかに知んぬ。其の歴劫修行の頓悟の菩薩等は、歴劫修行すれば、歴劫成仏の記を得、舎利弗、此の歴劫の記を見て感傷之心を発するなり。法華之前の経には、直道の法を説かず。誰か直道の行を修せん。已に直道の行ならず。誰か直道の記を得ん。已に直道の記無し。舎利弗何ぞ見ん。舎利弗見ずんば、何ぞ咨嗟を発して悔いん。但因分の円教を聞くのみ。別門の円を悟るの人は、九日の月に似たりと雖も、十五日に如かず。華厳以来は随宜の法を被り、本法の法華は、法華已前に都て説かず。故に経に、世尊法久後 要当説真実と云ふ。若し其の果分は法華・華厳等の大乗に頓悟の為に皆説くと言はば、説時未至の言、都て寄る所無きが故に。若し不定性之声聞の人に約して説時未至と云ひ、頓悟に不ずと言はば、菩薩聞是法とは、豈に頓悟にあらずや。[D-3 046-047]
ォ食者所立の頓悟、法華経を聞きて、疑網皆已に除こり、又、乗此宝乗 直至道場と云ふ。ォ食者の頓悟の菩薩、法華之前には未だ疑網を除かず。未だ宝乗に乗ぜず。明らかに知んぬ、ォ食者の立つる頓悟の菩薩は是れ歴劫の頓悟なることを。何ぞ但声聞に約し、名づけて法久後と為し、歴劫頓悟に預からざらん。亦何ぞ声聞に約して要当説真実と称し、歴劫頓悟に及ばざらん。ォ食者伝ふる所の不定の会、千万番たりと雖も然も正義ならず。理其れ失すること上に説くが如し。法華を害するの偽会、此の如くならずんば定まらず。庶くは諸の智有る者、謬りて之を許す莫れ。[D-3 047]




法華秀句巻下
本朝沙門最澄撰
仏説経名示義勝二
[D-3 241]
謹んで無量義経を案ずるに云く 次説方等。十二部経。摩訶般若。華厳海空。宣説菩薩。歴劫修行[已上経文]。大唐の伝に云く 方等十二部経とは、法相宗所依の経也。摩訶般若とは、三論宗所依の経也。華厳海空とは、即ち華厳宗所依の経也。倶に歴劫の行を説きて、未だ大直道を知らず。其の大直道とは、是れ果分なるが故に。是の故に、無量義経に云く 善男子。是則諸仏。不可思議。甚深境界。非二乗所知。亦非十地。菩薩所及。唯仏与仏。乃能究了[已上経文]。当に知るべし。果分之経に十七の名を具することを。無量義経とは、法華の序分の第三の如来欲説法時至成就なり。故に未合の義辺に約して随他意と名づくと雖も、能生の一法は無相の理智にして、法華経に同じ。故に法華の十七名の初めは、無量義の名也。[D-3 241-242]
夫れ歴劫修行は、果分の行にあらず。是れ因分の行なり。未だ方便を捨てず。故に名づけて険径と為す。是の故に、十功徳品に云く 若有衆生。得聞是経。則為大利。所以者何。若能修行。必得疾成。無上菩提。其有衆生。不得聞者。当知是等。為失大利。過無量無辺不可思議阿僧祇劫。終不得成。無上菩提。所以者何。不知菩提。大直道故。行於険径。多留難故[已上経文]。当に知るべし。歴劫修行頓悟の菩薩は、終に無上菩提を成ずることを得ざることを。未だ菩提の大直道を知らざるが故に。終不之言、大小倶に有り。直道直至は已顕の日に興る。是の故に、法華経宗は諸宗の中の最勝なり。法相之賛、三論之疏は法華に順ぜず。具さに別に説くが如し。[D-3 242]



無問自説果分勝三
[D-3 242]
謹んで法華経の方便品を案ずるに云く 爾時世尊。従三昧安詳而起。告舎利弗 諸仏智慧。甚深無量。其智慧門。難解難入。一切声聞。辟支仏。所不能知[已上経文]。又偈に云く 不退諸菩薩 其数如恒沙 一心共思求 亦復不能知[已上経文]。又経に云く 仏所成就。第一希有。難解之法。唯仏与仏。乃能究尽[已上偈文]。是の如き等の文は、果分の法を示す。[D-3 242-243]
又舎利弗の偈に云く 慧日大聖尊 久乃説是法 自説得如是 力無畏三昧 禅定解脱等 不可思議法 道場所得法 無能発問者 我意難可測 亦無能問者 無問而自説 称歎所行道 智慧甚微妙 諸仏之所得[已上経文]。明らかに知んぬ。果分の一乗は、無問にして自ら説くことを。[D-3 243]
又経に云く 諸仏世尊。唯以一大事因縁故。出現於世[已上経文]。当に知るべし、一乗の為の故に世に出現す。三乗の為に世に出現せざることを。果分の一乗、遍く衆生に施す。寧ろ門外に車を索め、門の側に菴に住せんや。父を知り、家を知り、車を知り、道を知る。豈に歴劫の路に入りて、迂廻の道を過ぎんや。是の故に譬諭品に云く 今所応作 唯仏智慧[已上偈文]。菩薩の智慧は、所応作ならず。是の故に又云く 若善男子<若是善男子>。善女人。我滅度後。能窃為一人。説法華経。乃至一句。当知是人。則如来使。如来所遣。行如来事[已上経文]。明らかに知んぬ。法華経を説くの人は、則ち是れ如来の使、則ち如来の事を行ずることを。又経に云く 善男子。善女人。入如来室。著如来衣。坐如来座。爾乃応為四衆。広説斯経[已上経文]。明らかに知んぬ。法華経を説くの人は、果分の室に入り、果分の衣を著し、果分の座に坐して、応に四衆の為に果分の法を説くべきことを。又神力品に云く 以要言之。如来一切。所有之法。如来一切。自在神力。如来一切。秘要之蔵。如来一切。甚深之事。皆於此経。宣示顕説[已上経文]。明らかに知んぬ。果分の一切の所有之法、果分の一切の自在の神力、果分の一切の秘要之蔵、果分の一切の甚深之事、皆法華に於て宣示顕説することを。[D-3 243-244]
夫れ華厳経は、前後翻訳合して三本有り。初めは六十巻。次の本は八十巻。後の本は四十巻なり。重訳之経、同本異訳、但住上地上の因分を説きて、未だ如来内証の果分を説かず。是の故に天親の十地論に云く 因分可説、果分不可説とは、即ち其の事也。当に知るべし。果分は因分に勝ることを。[D-3 244]
夫れ三十唯識論の一巻二紙は、天親の本頌なり。華厳等の経に依りて唯識の義を立つ。天竺の十論師、おのおの其の釈論を造る。乃ち玄奘三蔵、其の梵本をEし来る。十論師の釈論、各各別釈せしむ。是に於て三蔵の門人、大乗の基、数朝に諮りて曰く 三蔵、前に十師の論を別訳することを停止す。同訳の三人、訳処を去る。独り法を糅へ、義旨を正し、名づけて成唯識論と曰ふ。十巻ありと。遂に十師の義を隠して、唯糅論の旨を伝ふ。其の十巻の本は、天竺に無き所なり。故に基公、即ち曰く 復本五天より出づと雖も、然れども彼に茲の糅訳無し。真爾るに十師之別作なり。鳩集猶お難し。況んや更に此の幽文を]すること、誠に未だ有らずと為す。斯れ乃ち此の論之因起也、と[已上基語]。当に知るべし、五天無本の独糅之論は、五天有本の重訳之経に如かざることを。法華を訳するの三蔵は、舌焼かざるの験有り。釈論を糅するの賛師は、未だ其の霊験を聞かず。千仏が之一仏の所釈之諸義、何ぞ闕減するの失有らんや。専ら其の本を訳せず。更に糅訳の詞を加ふ。是の故に妙法華宗に対比するに足らず。[D-3 244-245]
夫れ、中・百・十二門の七巻の論は、龍樹・提婆二菩薩の所造なり。仏滅度の後、有の見を破せんが為に空の義を採集す。是の故に最勝子菩薩の論に云く 仏涅槃の後、魔事紛れ起り、部執競ひ起り、多く有見に著せり。龍猛菩薩、極喜地を証し、大乗無相の空教を採集し、中論等を造り、真要を究暢して、彼の有見を除く。聖提婆等の諸の大論師、百論等を造りて、大の義を弘闡す。是れに由りて衆生復空見に著す、と[已上論文]。明らかに知んぬ。但因分の空、歴劫の修行を説きて、未だ果分の空、大直道を説かず。誠に願はくは、一乗の君子、仏説に依憑して、口伝を信ずること莫れ。誠文を仰信して、偽会を信ずること莫れ。天台所釈の法華経宗は、諸宗に勝る。寧ろ所伝を空しくせんや。[D-3 245-246]



五仏同道帰一勝四
[D-3 246]
謹んで法華経の第一を案ずるに云く、舎利弗、舎利弗。諸仏随宜説法。意趣難解。所以者何。我以無数方便。種種因縁。譬喩言辞。演説諸法[已上経文]。当に知るべし、十方の諸仏、先に方便を以て三乗の法を説く。是れ即ち初めの諸仏道同の先三之文也。未だ究竟せず。故に真実の説ならず。法華之前の所立之宗、是れに準じて之を知るべし。[D-3 246]
又云く 是法非思量分別。之所能解。唯有諸仏。乃能知之。所以者何。諸仏世尊。唯以一大事因縁故。出現於世。舎利弗。云何名諸仏世尊。唯以一大事因縁故。出現於世。諸仏世尊。欲令衆生。開仏知見。使得清浄故。出現於世。欲示衆生。仏知見故。出現於世。欲令衆生。悟仏知見故。出現於世。欲令衆生。入仏知見道故。出現於世。舎利弗。是為諸仏。唯以一大事因縁故。出現於世。仏告舎利弗。諸仏如来。但教化菩薩。諸有所作。常為一事。唯以仏之知見。示悟衆生。舎利弗。如来。但以一仏乗故。為衆生説法。無有余乗。若二。若三。舎利弗。一切十方諸仏。法亦如是[已上経文]。当に知るべし、十方の諸仏、法久しくして後、故に真実の一乗を説く。是れ則ち初めの十方諸仏道同の後一之文也。已に究竟するが故に是れ真実の説也。法華を宗と為る天台之旨、此に準じて知るべし。[D-3 246-247]
又云く 舎利弗。過去諸仏。以無量無数方便。種種因縁。譬喩言辞。而為衆生。演説諸法[已上経文]。当に知るべし、過去の諸仏、先に方便を以て三乗の法を説く。是れ則ち第二の過去の諸仏道同の先三之文也。未だ究竟せざるが故に真実の説にあらず。法華之前の所立之宗、此に準じて知ることを得る也。[D-3 247]
又云く 是法皆為。一仏乗故。是諸衆生。従諸仏聞法。究竟皆得。一切種智[已上経文]。当に知るべし、過去の諸仏の帰一真実の説なることを。是れ則ち第二の過去の諸仏道同の後一之文也。已に究竟するが故に、是れ真実の説なり。後一を宗と為る天台之趣、此に準じて知るべきのみ。[D-3 247]
又云く 舎利弗。未来諸仏。当出於世。亦以無量。無数方便。種種因縁。譬喩言辞。而為衆生。演説諸法[已上経文]。当に知るべし、未来の諸仏、弥勒・無著等、先に方便を以て三乗の法を説く。法相所伝の三乗等の宗は未来の為に一旦に於て三乗を説く。是れ則ち第三の未来の諸仏道同の先三之文也。未だ究竟せざるが故に、真実の説にあらず。華厳・三論の二宗の所伝、此に準じて知るべし。[D-3 247-248]
又云く 是法皆為。一仏乗故。是諸衆生。従仏聞法。究竟皆得。一切種智[已上経文]。当に知るべし、未来の諸仏、弥勒無著等の帰一真実の説なることを。是れ則ち第三の未来の諸仏道同の後一之文也。已に究竟するが故に、成道時を待ち、久しくして後に真説す。未だ説時に至らざるが法華の一を述べざるのみ。[D-3 248]
又云く 舎利弗。現在十方。無量無数百千万億<無量百千万億>。仏土中。諸仏世尊。多所饒益。安楽衆生。是諸仏。亦以無量。無数方便。種種因縁。譬喩言辞。而為衆生。演説諸法[已上経文]。当に知るべし、現在の諸仏、先に方便を以て三乗の教を説く。是れ則ち第四の現在の諸仏道同の先三之文なることを。未だ究竟せざるが故に、真実の説にあらず。此に準じて知るべし。仏滅度後の六七百年の経宗論宗、九百年中の法相の一宗は、歴劫の行を説きて、衆生を引摂す。是の故に未顕真実、並びに包含せらるる也。[D-3 248-249]
又云く 是法皆為。一仏乗故。是諸衆生。従仏聞法。究竟皆得。一切種智。舎利弗。是諸仏。但教化菩薩。欲以仏之知見。示衆生故。欲以仏之知見。悟衆生故。欲令衆生。入仏知見道故[已上経文]。当に知るべし、現在の諸仏の帰一真実の説なることを。是れ則ち第四の現在諸仏道同の後一之文也。已に究竟するが故に、是れ真実の説なり。準じて知る。今の法華経は後一の実説。天台の釈する所、寧ろ実説ならざらんかなや。[D-3 249]
又経に云く 舎利弗。我今亦復如是。知諸衆生。有種種欲。深心所著。随其本性。以種種因縁。譬喩言辞。方便力故。而為説法[已上経文]。当に知るべし、釈迦世尊、先に方便を以て三乗の教を説く。是れ則ち第五の釈迦文仏の同道の先三之文也。未だ究竟せざるが故に、真実の説にあらず。随其本性と言ふは、旧薫の性を示すなり。方便力故 而為説法と言ふは、法華之前の四時之教を指すなり。故に経に四十余年 未顕真実、と云ふ。阿チ達磨の両箇宗、修多羅の華厳宗は、四十余年に包含せらるるが故に、未だ究竟せず。故に仏会釈したまふこと無し。[D-3 249-250]
又云く 舎利弗。如此皆為。得一仏乗。一切種智故[已上経文]。当に知るべし、能説の釈迦、四仏に随順して帰一を極と為す。是れ則ち第五釈迦文、諸仏道同の後一之文也。妙法華経の唯一仏乗は已に究竟するが故に、是れ真実の説なり。先三後一は、釈迦の会釈、先後法異は、天親亦会せり。法華の一乗は涅槃の一道に会釈せらるるが故に、極説に至らずと言ふこと莫れ。其れ涅槃の一道の文は、但滅後之悪執を会して仏世之教理を会せず。華厳の一道、深密の一乗は、成仏不成の二説倶に存す。是の故に諍論之本たり。法華の一乗は、皆悉く成仏す。是れ一説なるが故に。諍論の本にあらず。他宗所依の経は、其の本性に随ひて説く。天台法華宗は、出世本法の説なり。当に知るべし、後一之宗は、諸宗に勝るることを。[D-3 250]



仏説諸経校量勝五
[D-3 250]
謹んで法華経の法師品の偈を案ずるに云く 薬王今告汝 我所説諸経 而於此経中 法華最第一[已上経文]。当に知るべし、斯の法華経は、諸経之中、最も第一為ることを。釈迦世尊、宗を立つる之言、法華を極と為す。金口の校量、深く信受すべし。[D-3 250]
又云く 爾時。仏復告。薬王菩薩摩訶薩。我所説経典。無量千万億。已説。今説。当説。而於其中。此法華経。最為難信難解。薬王。此経是諸仏。秘要之蔵。不可分布。妄授与人。諸仏世尊。之所守護。従昔已来。未曽顕説。而此経者。如来現在。猶多怨嫉。況滅度後[已上経文]。当に知るべし、已説の四時の経、今説の無量義経、当説の涅槃経は、易信易解なることを。随他意なるが故に。此の法華経は最も為れ難信難解なり。随自意なるが故に。随自意の説は、随他意に勝る。但無量義を随他意と云ふは、未合の一辺を指す。余部の随他意に同じからざる也。代を語れば、則ち像の終り、末の初めなり。地を尋ぬれば、唐の東、羯の西。人を原ぬれば、則ち五濁之生、闘諍之時なり。経に猶多怨嫉。況滅度後と云ふ。此の言良にゆへ有り。[D-3 250-251]
又安楽行品に云く 文殊師利。是法華経。於無量国中。乃至名字。不可得聞。何況得見。受持読誦[已上経文]。当に知るべし、天台所釈の法華宗は、名字すら聞き難し。何に況んや読誦せんをや。他宗には此の歎き無し。何ぞ法華に帰せざらんや。[D-3 251]
有る人問て曰く 法相宗の人、法華の賛を造りて盛んに法華を弘む。其の疏記等、数百巻。又三論宗の人、法華の疏を造りて盛んに法華を講ず。今天台法華宗、何の異釈有りて二宗に勝るや。答ふ 若し異釈を論ぜば、玄疏籤記、四十巻あり。今一隅を指して三方を知らしめん。法相宗の人は、成唯識を以て尊主と為し、法華の義を屈して唯識に帰せしむ。法華経を賛すと雖も、還りて法華の心を死す。故に湛然の記に云く 唯識の滅種は、其の心を死すと。当に知るべし、其の義懸に別なり。又三論宗の人は、法華の疏を造ると雖も、其の義未だ究竟せず。是の故に嘉祥の大徳、称心に帰伏せり。高僧伝の第十九を案ずるに云く 潅頂晩に称心精舎に出でて、法華を開演す。朗らかに跨へ以て基を篭め、雪印に超えたり。方集奔随し、篋を負ひて書誦す。吉蔵法師と云ふ有り。興皇の入室なり。嘉祥に肆を結び、独り浙東に擅にせり。称心の道勝たるを聞き、意に之を未だ許さず。義記を求め借り、尋ねて浅深を閲し、乃ち体解心酔の所従有るを知る。因りて講を廃し衆を散じて天台に投足す。法華をレ稟し、発誓弘演す、と。当に知るべし、法華の疏有りと雖も、天台の釈に如かざることを。[D-3 251-252]
又経に云く 於四衆中。為説諸経。令其心悦。賜以禅定。解脱。無漏。根力。諸法之財。又復賜与。涅槃之城。言得滅度。引導其心。令皆歓喜。而不為説。是法華経[已上経文]。当に知るべし、未だ法華を説かざる前の所説の諸経等は、是れ髻中の珠にあらず。但田宅・聚落城邑、或は衣服・厳身之具を与へ、或は種種の珍宝・金銀・瑠璃・琿瘁E碼碯・珊瑚・琥珀・象馬・車乗・奴婢・人民を与ふる所喩之経にして、未だ真実を顕さず。髻中の明珠、未だ授与せざるが故に。明らかに知んぬ。他宗所依の経は是の髻中之明珠にあらざることを。[D-3 252-253]
又経に云く 此法華経。能令衆生。至一切智。一切世間。多怨難信。先所未説。而今説之。文殊師利。此法華経。是諸如来。第一之説。於諸説中。最為甚深。末後賜与。如彼強力之王。久護明珠。今乃与之。文殊師利。此法華経。諸仏如来。秘密之蔵。於諸経中。最在其上。長夜守護。不妄宣説。始於今日。乃与汝等。而敷演之[已上経文]。当に知るべし、末後の所説、妙法華経は是れ田宅・聚落、乃至人民所喩之経にあらず。但髻中の明珠所喩之経なることを。已に真実を顕し、髻中の明珠、已に授与するが故に。明らかに知んぬ。天台所釈の法華之宗は、釈迦世尊所立之宗なることを。是れ諸の如来第一之説なり。又 於諸経中 最在其上。大牟尼尊、豈に愛憎有らんや。是れ法の道理なり。讃むべきに足るのみ。天親論師、説きて無上と為すこと、良にゆへ有り。天台法華宗は、諸宗に勝るとは、所依の経に拠るが故なり。自讃毀他にあらず。庶くは有智の君子、経を尋ねて宗を定めよ。[D-3 253-254]



仏説十喩校量勝六
[D-3 254]
謹んで法華経の薬王菩薩本事品を案ずるに云く 宿王華。譬如一切。川流江河。諸水之中。海為第一。此法華経。亦復如是。於諸如来。所説経中。最為深大[已上経文]。天台法華玄に云く 海は是れ坎徳なり万流帰するが故に、同一鹹なるが故に。法華も亦爾なり。仏の証得する所、万善同じく帰し、同じく仏乗に乗ず。江河川流は此の大徳無し。余経も亦爾なり。故に法華最も大也、と[已上玄文]。明らかに知んぬ。他宗所依の経は大海の徳有ること無く、唯法華宗のみ有りて大海の深大の徳あることを[第一喩竟]。[D-3 254]
又云く 又如土山。黒山。小鉄圍山。大鉄圍山。及十宝山。衆山之中。須弥山為第一。此法華経。亦復如是。於諸経中。最為其上[已上経文]。天台の法華玄に云く 山王最も高し。四宝の所成なるが故に。純ら諸天の居なるが故に。法華も亦爾なり。四味の教之頂に在りて、四の誹謗を離れたり。開示悟入して、純ら一根一縁なり。同一道味なり。純ら是れ菩薩なり。声聞の弟子無きが故に、と[已上玄文]。明らかに知んぬ。此の法華は、乳味の華厳、酪味の阿含、生酥の方等、熟酥の般若、四味の経之頂に在ることを。当に知るべし、他宗所依の経は、須弥の徳有ること無し。唯法華宗のみ有りて須弥最高の徳あることを[第二喩竟]。[D-3 254-255]
又云く 又如衆星之中。月天子。最為第一。此法華経。亦復如是。於千万億種。諸経法中。最為照明[已上経文]。天台の法華玄に云く 月は能く欠盈するが故に、月は漸円するが故に、法華も亦爾なり。同体の権実なるが故に、漸を会して頓に入るが故に。燈炬星月は能く闇と共に住す。諸経の二乗の道果を存して、小と並び立つに譬ふ、と[已上玄文]。当に知るべし、兼但体帯の随他意の経は、未だ最照有らず。他宗所依の経は、但照明の徳有りて最明の徳有ること無し。天台法華宗は、最照明の徳有りて無余果の已死の人を照らせり。仏種を滅せずして成仏せしむるが故に[第三喩竟]。[D-3 255]
又云く 又如日天子。能除諸闇。此経亦復如是。能破一切。不善之闇[已上経文]。当に知るべし、他宗所依の経は、破闇之義、未だ円満ならざるが故に、日高山を照らして未だ幽谷を照らさず。幽谷を照らすと雖も、未だ平地を照らさず。天台法華宗は、已に平地を照らし、山谷倶に照らす。故に能く不善の闇を破す。深くゆへ有り[第四喩竟]。[D-3 255]
又云く 又如諸小王中。転輪聖王。最為第一。此経亦復如是。於衆経中。最為其尊[已上経文]。当に知るべし、未顕真実、四十余年の所説の衆経等は、彼の諸王の如し。他宗所依の経は、諸経之王等一両句の文有れども、当分に王と為る。故に転輪王と名づけず。已顕真実の日に説く所の法華経は、此の転輪王の如し。天台法華宗は、衆経の中に於て最も其の尊為り。是の故に諸宗に勝るとは、是れ臆説にあらず[第五喩竟]。[D-3 255-256]
又云く 又如帝釈。於三十三天中王。此経亦復如是。諸経中王[已上経文]。当に知るべし、三十三天は、他宗所依の経なり。其の帝釈王とは、天台法華宗なることを[第六喩竟]。[D-3 256]
又云く 又如大梵天王。一切衆生之父。此経亦復如是。一切賢聖。学無学。及発菩薩。心者之父[已上経文]。天台法華玄に云く 輪王は四域に於て自在なり。釈王は三十三天に於て自在なり。大梵は三界に於て自在なり。諸経は、或は俗諦に於て自在なり。或は真諦に於て自在なり。或は中道に於て自在なり。但是れ歴別の自在にして、大自在に非ず。今の経は、三諦円融して最も自在を得。大梵王に譬ふ、と[已上玄文]。経と玄と開合して王が中の王を顕すことを為す。其の諸の小王の中に、輪王を最と為す。三十三天には帝釈を主と為す。経は別して開するが故に王之中の王は、法華に喩ふ。玄はウじて合するが故に、二主之王は法華に喩ふ。是の故に相違せず。明らかに知んぬ。他宗所依の経は一分の仏母の義有りと雖も、然れども但愛のみ有りて厳の義を闕く。天台法華宗は厳愛の義を具すして、一切の賢聖・学無学・及び菩薩の心を発せる者之父なり[第七喩竟]。[D-3 256-257]
又云く 如一切。凡夫人中。須陀ッ。斯陀含。阿那含。阿羅漢。辟支仏為第一。此経亦復如是。一切如来所説。若菩薩所説。若声聞所説。諸経法中。最為第一。有能受持。是経典者。亦復如是。於一切衆生中。亦為第一[已上経文]。天台法華玄に云く 五仏子の如き、凡夫の中に於て第一なり。或は衆生を抜きて涅槃に出だす菩薩の無学の上に居するが如し。今の経は、衆生を抜きて方便教の菩薩の上に過ぐ。即ち法王と成る最も第一為り、と[已上玄文]。当に知るべし、他宗所依の経は未だ最為第一ならざることを。其の能く経を持する者も亦未だ第一ならず。天台法華宗所持の法華経は、最も第一為り。故に能く法華を持する者も亦衆生の中に第一なり。已に仏説に拠る。豈に自歎ならんや[第八喩竟]。[D-3 257]
又云く 一切声聞。辟支仏中。菩薩為第一。此経亦復如是。於一切諸経法中。最為第一[已上経文]。当に知るべし、他宗所依の経は、未だ最為第一ならず。未顕真実なるが故に。天台法華宗は、固に最も為れ第一なることを。已顕真実なるが故に[已上喩竟]。[D-3 257-258]
又云く 如仏為諸法王。此経亦復如是。諸経中王[已上経文]。当に知るべし、仏は無上の法王なり。法華は無上の妙典なり。明らかに知んぬ。他宗所依の経は、諸王所喩の教なることを。天台法華宗の所依の経は、王中の王の所喩の経なり。他宗には都て此の十喩無し。唯法華のみ有りて、此の十喩あり。若し他宗の経には此の喩有りと雖も、当分跨節。分別すべし。釈尊の宗を立つるは、法華を極と為す。本法之故に。時を待ち機を待つ。論師の宗を立つるは、自見を極と為す。随宜之故に。空を立て有を立つ。誠に願はくは、有智の賢聖、玄に仏説を鑒みて指南と為すべし[第十喩竟]。[D-3 258]



即身六根互用勝七
[D-3 258]
謹んで法華の法師功徳品を案ずるに云く 爾時仏告。常精進菩薩摩訶薩。若善男子。善女人。受持是法華経。若読。若誦。若解説。若書写。是人当得。八百眼功徳。千二百耳功徳。八百鼻功徳。千二百舌功徳。八百身功徳。千二百意功徳。以是功徳。荘厳六根。皆令清浄[已上経文]。当に知るべし、受持の法師・読の法師・誦の法師・解説の法師・書写の法師、此の五種の法師、おのおの法華経に依りておのおの六千の功徳を獲、其の六即の位の中には、第四相似即の位也。[D-3 258-259]
又云く 善男子。善女人。父母所生。清浄肉眼。見於三千大千世界。内外所有。山林河海。乃至、広く説く。明らかに知んぬ。父母所生と云ふは、即身の異名なることを。[D-3 259]
又偈に云く 雖未得天眼 肉眼力如是[已上偈文]。当に知るべし、実経の力用は、肉眼にして浄からしむ。他宗所依の経には、都て此の眼用無し。天台法華宗、具さに此の眼用有ることを。[D-3 259]
又云く 雖未得天耳。以父母所生。清浄常耳。皆悉聞知[已上経文]。当に知るべし、他宗所依の経には、都て此の耳用無し。天台法華宗、具さに此の耳用有ることを。[D-3 259]
又云く 雖未得菩薩 無漏法生鼻 而是持経者 先得此鼻相[已上経文]。明らかに知んぬ。他宗所依の経には有漏の位の中、都て此の鼻相無し。天台法華宗は、有漏の位の中、先づ此の鼻相を得ることを。[D-3 259]
又云く 是人舌根浄 終不受悪味 其有所食 悉皆成甘露 以深浄妙声 於大衆説法 以諸因縁喩 引導衆生心。乃至、広く説く。当に知るべし、五種法師、おのおの此の舌を得。他宗所依の経には、都て此の舌の用無し。天台法華宗は、具さに此の舌の用有ることを。[D-3 259]
又云く 雖未得無漏 法性之妙身 以清浄常体 一切於中現[已上経文]。当に知るべし、他宗所依の経には、都て有漏之位の中、此の身の用を説かず。天台法華宗は、有漏之位の中、八百の身用を説くことを。[D-3 259-260]
又云く 持法華経者 意根浄若斯 雖未得無漏 先有如是相[已上経文]。当に知るべし、他宗所依の経には、有漏之位の中、之の意用を説かず。天台法華宗には、有漏之位の中、具さに此の意用を説くことを。是の故に天親菩薩の釈論の下巻に云く 常精進菩薩品の中の一法門とは、謂く 読誦し解説し書写する等、六根清浄を得。経に 若善男子。善女人。受持法華経<受持是法華経>。若読。若誦。若解説。若書写。是人当得。八百眼功徳。乃至得 千二百意功徳。と云ふが如くなるが故に。此の六根清浄を得る者は、謂く 諸の凡夫、経力を以ての故に、勝根の用を得、と[已上論文]。当に知るべし、諸の凡夫の人、此の経を修学すべし。他宗所依の経には、都て此の力無きが故に。天台法華宗には、具さに此の力有るが故に。権実検すべく、妙行進べし。互用之文、論に具さに説くが如し。[D-3 260]



即身成仏化道勝八
[D-3 260]
謹んで法華経の提婆達多品を案ずるに云く 文殊師利言。我於海中。唯常宣説。妙法華経[已上経文]。当に知るべし、是の文は、能成仏の経を示し、以て往復の端と為すことを。[D-3 260-261]
又経に云く 智積菩薩。問文殊師利言。此経甚深微妙。諸経中宝。世所希有。頗有衆生。勤加精進。修行此経。速得仏不[已上経文]。当に知るべし、此の文は、所成仏の人を問て此の経の威勢を顕すことを。[D-3 260]
又経に云く 文殊師利言有。娑竭羅龍王女。年始八歳。智慧利根。善知衆生。諸根行業。得陀羅尼。諸仏所説。甚深秘蔵。悉能受持。深入禅定。了達諸法。於刹那頃。発菩提心。得不退転。辯才無碍。慈念衆生。猶如赤子。功徳具足。心念口演。微妙広大。慈悲仁譲。志意和雅。能至菩提[已上経文]。当に知るべし、此の文は、難成趣を明かして、経の力用を顕すことを。六趣之中には、是れ畜生趣なり。不善の報を明かす。男女之中には、是れ則ち女身なり。不善の機を明かす。長幼之中には、是れ則ち少女なり。不久の修を明かす。然りと雖も、妙法華の甚深微妙の力、具さに二厳の用を得。明らかに知んぬ。法華の力用は、諸経の中の宝、世に希有なる所なり。[D-3 261]
又経に云く 智積菩薩言。我見釈迦如来。於無量劫。難行苦行。積功累徳。求菩薩道。未曾止息。観三千大千世界。乃至無有。如芥子許。非是菩薩。捨身命処。為衆生故。然後乃得。成菩提道。不信此女。於須臾頃。便成正覚[已上経文]。当に知るべし、智積菩薩は歴劫修行を挙げて即身成仏を難じ、三僧祇の仏を信じて、須臾の成を信ぜざることを。今時三が中、大に疑難する所之勢、智積の難に過ぎず。[D-3 261-262]
又云く 言論未訖。時龍王女。忽現於前。頭面礼足<頭面礼敬>。却住一面。以偈讃曰 深達罪福相 遍照於十方 微妙浄法身 具相三十二 以八十種好 用荘厳法身 天人所戴仰 龍神咸恭敬 一切衆生類 無不宗奉者 又聞成菩提 唯仏当証知 我闡大乗教 度脱苦衆生[已上経文]。初句の深達罪福相とは、罪福多種なり。故に四悪道を罪と為し、人天を以て福と為す。又人天を罪と為し、二乗を以て福と為す。両教の二乗以て罪と為し、六度の菩薩以て福と為す。六度の菩薩以て罪と為し、通教の菩薩以て福と為す。通教の菩薩以て罪と為し、別教の菩薩以て福と為す。別教の菩薩以て罪と為し、円教の菩薩以て福と為す。是の如き罪福の相、理の如く了達するが故に、是の故に名づけて深達と為す。若し未だ六重に達せざるをば深達と名づくること得ず。当に知るべし、龍王の女、深く法身に達することを挙げ、引きて唯仏を証することを。[D-3 262-263]
次の経に云く 爾時舎利弗。語龍女言。汝謂不久。得無上道。是事難信。所以者何。女身垢穢。非是法器。云何能得。無上菩提。仏道懸曠。径無量劫。勤苦積行。具修諸度。然後乃成[已上経文]。当に知るべし、舎利弗、小乗の三蔵教、三僧祇劫に六度の行を修し、百劫に相好の業を修することを信じて、法華の直ちに道場に至り、須臾の頃に於て便ち正覚を成ずることを信ぜず。[D-3 263]
次に経に云く 又女人身。猶有五障。一者不得。作梵天王。二者帝釈。三者魔王。四者転輪聖王。五者仏身。云何女身。速得成仏[已上経文]。当に知るべし、舎利弗、小乗之義を挙げて龍女が便成を難ずることを。[D-3 263]
次に経に云く 爾時龍女。有一宝樹。価直三千大千世界。持以上仏。仏即受之。龍女謂智積菩薩。尊者舎利弗言。我献宝樹。世尊納受。是事疾不[已上経文]。当に知るべし、龍女、円珠を以て仏に上る。仏即ち之を受け玉ふ。龍女返りて大小の尊者に問ふ。円珠の納受、是の事疾きや不や、と。[D-3 263]
次に経に云く 答言甚疾[已上経文]。当に知るべし、歴劫の智積、小乗のオ子、龍女が問に答へて甚疾と言ふことを。[D-3 263]
次の経に云く 女言。以汝神力。観我成仏。復速於此[已上経文]。当に知るべし、龍女、口密を開きて速成仏の義を立て、法華経力の諸の群生を化道することを顕す。[D-3 263-264]
次に経に云く 当時衆会。皆見龍女。忽然之間。変成男子。具菩薩行。即往南方。無垢世界。坐宝蓮華。成等正覚。三十二相。八十種好。普為十方。一切衆生。演説妙法[已上経文]。当に知るべし、龍女、身密を開きて速成仏の事を示し、法華経の勢、十方の衆生を化することを顕す。[D-3 264]
有る人会して云く 是れは此れ権化なり。実凡、成ぜず。難じて云く 権は是れ実を引く、実凡成仏せずんば、権化無用ならん。経力没せしめんや。釈迦、智積・文殊、妙法を弘め、龍女、経力を顕すに由るを以て。是の如きの妙論議は、已顕真実の経に宣示し顕説す。如来の一切所有之法、如来の一切の自在神力、如来の一切秘密之蔵、如来の一切甚深之事とは、蓋し斯の如きか。[D-3 264]
有る人云く 変成男子とは、未だ取捨を免れず、と。今謂く 法性の取捨、法性の縁起は、常差別なるが故なり。法性の同体、法性の平等は、常平等なるが故なり。常平等の故に法界を出でず。常差別の故に取捨を礙へず。[D-3 264]
又有る人の云く 龍女成仏せば、名何ん。難じて云く 経文分明に上等正覚と云ふ。寧ろ其の号無からんや。但義に傍正有り。不要之故に其の号を称せず。若し文義無きを尋ねば、何が故に文殊海去の文を嘖問せざる。明らかに知んぬ。義に傍正有ることを。[D-3 264-265]

次に経に云く 爾時娑婆世界。菩薩声聞。天龍八部。人与非人。皆遥見彼。龍女成仏。普為時会。人天説法。心大歓喜。悉遥敬礼。無量衆生。聞法解悟。得不退転。無量衆生。得受道記。無垢世界。六反震動。娑婆世界。三千衆生。住不退地。三千衆生。発菩提心。而得授記[已上経文]。当に知るべし、所化の得益、唯円教一乗之益のみ有ることを。[D-3 265]
夫れ無量衆生 聞法解悟 得不退転とは、是れ則ち円教の三不退なり。即ち所化の即身成仏を顕す。又、無量衆生 得受道記とは、即身に記を得ることを顕す。已上、他土の得益なり。又、娑婆世界 三千衆生 住不退地とは、是れ則ち円教の三不退なり。即ち所化の即身成仏を顕す。又、三千衆生 発菩提心 而得授記とは、即身に記を得ることを顕す。已上此土の得益なり。明らかに知んぬ。能化の龍女、偈に、我闡大乗教 度脱苦衆生と云ふは、已顕真実の内証の大乗にして、是れ未顕真実の前三が中之権因之大乗にあらざることを。何を以ての故に。能化の龍女、歴劫の行無く、所化の衆生、歴劫の行無し。能化所化、倶に歴劫無し。妙法の経力を以て即身に成仏し、上品の利根は一生に成仏し、中品の利根は二生に成仏す。下品の利根は三生に成仏す。普賢菩薩を見、菩薩の正位に入り、旃陀羅尼を得。是れ則ち分真の証なり。[D-3 265-266]
是の故に普賢経に云く 阿難。若比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷。天。龍。八部。一切衆生。誦大乗者。修大乗者。発大乗意者。楽見普賢菩薩色身者。楽見多宝仏塔者。楽見釈迦牟尼仏。及分身諸仏者。楽得六根清浄者。当学是観。此観功徳。除諸障碍。見上妙色。不入三昧。但誦持故。専心修習。心心相次。不離大乗。一日至三七日。得見普賢。有重障者。七七日後。然後得見。復有重者。一生得見。復有重者。二生得見。復有重者。三生得見。同経に又云く 釈迦牟尼仏。名毘盧遮那遍一切処。其仏住処。名常寂光。常波羅蜜。所摂成処。我波羅蜜。所安立処。浄波羅蜜。滅有相処。楽波羅蜜。不住身心相処。不是有無<不見有無>。諸法相処。乃至云く 行此懺悔者。身心清浄。不住法中。猶如流水。念念之中。得見普賢菩薩。及十方仏。時諸世尊。以大悲光明。為於行者。説無相法。行者聞説。第一義空。聞已<行者聞已>。心不驚怖。応時即入。菩薩正位[已上経文]。当に知るべし、普賢経は、能結の法華経也。即入之言は即身と異なること無し。他宗所依の経には、都て即身入無し。一分即入と雖も、八地已上を推して凡夫の身を許さず。天台法華宗には、具さに即入の義有り。四衆八部の一切衆生、円機の凡夫は、発心修行して、即ち正位に入りて、普賢を見ることを得。八地に推らず、凡夫を許すが故に。[D-3 266-267]
次の経に云く 智積菩薩。及舎利弗。一切衆会。黙然信受[已上経文]。当に知るべし、智積菩薩、劫を歴て大乗の行を修行すとは、舎利弗等の析体両教の不愚法の人、三周に法華を聞きて自悟皆円満す。法華の力を顕さんが為に、先の修習を挙げて、龍女の成仏を難ず。龍女成仏して所化巨多なり。法華之力、今日已に顕れたり。一切の衆会、皆悉く見ることを得。是の故に黙然信受す。他宗所依の経には、是の如きの信受無し。天台法華宗には、是の如きの信受有り。即身成仏化道之義、寧ろ他宗に勝れざらんや。[D-3 267]



多宝分身付属勝九
[D-3 268]
謹んで法華経の見宝塔品を案ずるに云く 爾時多宝仏。於宝塔中。分半座与。釈迦牟尼仏。而作是言。釈迦牟尼仏。可就此座。即時釈迦牟尼仏。入其塔中。坐其半座。結跏趺坐。爾時大衆。見二如来。在七宝塔中。師子座上。結跏趺坐。各作是念仏坐高遠。唯願如来。以神通力。令我等輩。倶処虚空。即時釈迦牟尼仏。以神通力。接諸大衆。皆在虚空。以大音声。普告四衆。誰能於此。娑婆国土。広説妙法華経。今正是時。如来不久。当入涅槃。仏欲以此。妙法華経。付属有在[已上経文]。当に知るべし、過去の多宝、現在の釈尊は、同じく塔中に坐し、十方現在の釈迦の分身はおのおの八方に坐し、大会の四衆、皆虚空に在りて妙法華経、付属在ることを有りと云ふことを。他宗所依の経には、都て此の付属無し。天台法華宗には、具さに此の付属有り。是の故に天親菩薩、釈論の下巻に云く 多宝如来の塔、一切の仏土の清浄なることを示現すとは、諸仏の実相の境界の中、種種の諸宝の間錯して荘厳することを示現するが故に、と[已上論文]。当に知るべし、実相の境界に中、種種の荘厳の有り。即ち内証境界なり。其の実相之中、又宝塔之中、法華経を付属す。其れ権大乗の経は、彼権の一乗経なれば、都て此の付属無し。未顕真実なるが故なり。今の実大乗経は、今実の一乗の経なれば、具さに此の付属有り。已顕真実なるが故なり。他宗の経の付属、法華宗に如かず。塔の八示現、論に広く説くが如し。[D-3 268-269]
又経の偈に云く 若説此経 則為見我 多宝如来 及諸化仏 諸善男子 各諦思惟 此為難事 宜発大願[已上偈文]。当に知るべし、見仏の功を挙げて法華を勧持することを。[D-3 269]
又六難を挙げて重ねて九易を示す。経の偈に又云く 諸余経典 数如恒沙 雖説此等 未足為難 若接須弥 擲置他方 無数仏土 亦未為難 若以足指 動大千界 遠擲他国 亦未為難 若立有頂 為衆演説 無量余経 亦未為難[已上偈文]。当に知るべし、四行の偈は、即ち四種の易と為すことを。経の文分明に 諸余経典 数如恒沙 と云ふ。又 若立有頂 為衆演説 無量余経 と云ふ。他宗所依の経は、説くと雖も未だ難しと為さず。是の故に、諸余の経典、無量の余経、亦未だ難しと為さず、と。九易之中、初めの四易竟んぬ。[D-3 269]
経に又云く 若仏滅後 於悪世中 能説此経 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、初めの第一の難なることを。能説此経とは、即ち妙法蓮華経なり。天台法華宗、悪世の中に於て能く説くことを難しと為す。四易一難竟んぬ。[D-3 269-270]
経に又云く 仮使有人 手把虚空 而以遊行 亦未為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、九易之中、第五の易なることを。[D-3 270]
経に又云く 於我滅後 若自書持 若使人書 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、次の第二の難なることを。夫れ円教の心を発して、書持すること得ること難し。東隅の一公、法華の中を制書し、法華の釈氏、大律儀を断ず。是れ則ち難しと為す。深く信じ恐るべし。[D-3 270]
経に又云く 若以大地 置足甲上 昇於梵天 亦未為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、九易之中、第六之易なることを。易きが故に余経を指す也。[D-3 270]
経に又云く 仏滅度後 於悪世中 暫読此経 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、次第三の難なることを。夫れ円融の三諦を解して暫くも法華経を読むは、濁悪世の中、其の人極めて得難し。今時法華を読む、其の数忽ち多きに似たり。然りと雖も、即身に六根清浄の果無きは、未だ円融の三諦を解了せざるに由る故なり。難は則ち法華を指す也。[D-3 270]
経に又云く 仮使劫焼 担負乾草 入中不焼 亦未為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、九易之中、第七之易なることを。易きが故に余経を指す也。[D-3 270-271]
経に又云く 我滅度後 若持此経 為一人説 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、次の第四の難なることを。夫れ円融の三諦は、一乗の本法なり。持し難く説き難し。所化、得難し。一人の為に説くも仏種断ぜず。是れ則ち難しと為す。難は則ち法華を指す也。[D-3 271]
経に又云く 若持八万 四千法蔵 十二部経 為人演説 令諸聴者 得六神通 雖能如是 亦未為難[已上経文]。当に知るべし、是の二行は、九易之中、第八の易なることを。易きが故に余経を指す。未顕真実の八万法蔵・十二部経は、是れ妙法ならず。是の故に易しと為す也。[D-3 271]
経に又云く 於我滅後 聴受此経 問其義趣 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、次の第五の難なることを。夫れ仏知仏見は、其の義解し難く、体内の権実は、機に非ざれば信ぜず。是の故に法華を聴受し、其の義趣を問ふ。是れ則ち難しと為す。難は則ち法華を指す也。[D-3 271]
経に又云く 若人説法 令千万億 無量無数 恒沙衆生 得阿羅漢 具六神通 雖有是益 亦未為難[已上経文]。当に知るべし、是の両行は、九易之中、第九之易なることを。易きが故に余経を指す。夫れ当代に法を説くは、未だ一人をして羅漢を証得せしめず。何に況んや三四五六七人をや。何に況んや無量無数の恒沙の衆生をして阿羅漢を得せしめんをや。而して小乗の威儀を執して法華の制に順ぜず。大乗の威儀を奪ひて但両聚の戒を許せり。寧ろ大小権実之義を解了する者ならんや。既に得果阿羅漢を挙げて是の益有りと雖も未だ難しと為さず。何に因りてか固く其の威儀を執し、万億の行者を小道に引かんや。小乗の持戒は即ち菩薩之煩悩なりとは、蓋し斯の事を謂ふか。但小儀を執せざるを除く也。[D-3 271-272]
経に又云く 於我滅後 若能奉持 如斯経典 是則為難[已上経文]。当に知るべし、是の一行は、六難之中、次の第六の難なることを。夫れ如来の室に入り、如来の衣を著し、如来の座に坐し、若し能く妙法華経を奉持するは、是れ則ち難しと為す。難は則ち法華を指す也。夫れ六難は是れ則ち法華経を指し、九易は則ち是れ余の経典を指す。他宗所依の経は、未だ九易の局まりを出でず。天台法華宗は、独り六難の頂に居す。誰か有智の者、経文を別たざらんや。是の如き等の校量の付属、他宗の経には無き所、唯法華経のみに有り。[D-3 272]
経に又云く 我為仏道 於無量土 従始至今 広説諸経 而於其中 此経第一 若有能持 則持仏身 諸善男子 於我滅後 誰能受持 読誦此経 今於仏前 自説誓言[已上経文]。当に知るべし、是の如きの三行半の偈は、経の勝能を挙げて能持を募り求む。宝塔中天に騰りて三変の浄土新たなり。分身樹下に坐して、一乗の付属盛んなり。釈迦世雄、慇懃に付属し玉ふ。良にゆへ有り。信順せざるべけんや。信順せざるべけんや。論宗経宗は、九易之故に、信じ易く解し易し。法華経宗は、六難之故に、信じ難く解し難し。浅は易く深は難し、釈迦の所判。浅を去りて深に就くは丈夫之心也。天台大師、釈迦に信順し法華の宗を助けて震旦に敷揚す。叡山の一家、天台を相承し法華の宗を助けて日本に弘通す。夫れ玄賛之家は、法華の旨を会して唯識之義に帰す。是れ則ち唯識の宗を弘めて法華を弘めず。無相之家は法華の旨を会して無相之義に帰す。是れ則ち無相の宗を弘めて法華を弘めず。是の故に天台一家、一切経を会して法華経に帰す。是れ則ち法華を敷揚し諸経を会通す。委曲之義、具さに玄疏に出でたり。[D-3 272-273]



普賢菩薩勧発勝十
[D-3 273]
謹んで法華経の普賢菩薩勧発品を案ずるに云く 若善男子。善女人。於如来滅後。云何能得。是法華経。仏告普賢菩薩。若有善男子<若善男子>。善女人。成就四法。於如来滅後。当得是法華経。一者為諸仏護念。二者植諸徳本。三者入正定聚。四者発救。一切衆生之心。善男子。善女人。如是成就四法。於如来滅後。必得是経[已上経文]。当に知るべし、普賢菩薩、法華を得ることを決して滅後の持経者を勧発することを。得経之義、意趣甚だ多し。巻を得、義を得、思を得、修を得。六即の位を経て分別すべし。[D-3 273-274]
経に又云く 爾時普賢菩薩。復白仏言<白仏言>。世尊。於後五百歳。濁悪世中。其有受持。是経典者。我当守護。除其衰患。令得安穏[已上経文]。当に知るべし、法華真実の経、後五百歳に於て必ず応に流伝すべきことを。普賢の正身、果分を守るが故に、持経者を護りて安穏を得しむ。他宗所依の経には、都て此の勧発無し。天台法華宗には、具さに此の勧発有り。[D-3 274]
経に又云く 是人若行若立。読誦此経。我爾時。乗六牙白象王。与大菩薩衆。倶詣其所。而自現身。供養守護。安慰其心。亦為供養。法華経故[已上経文]。当に知るべし、普賢菩薩、身を現じて法華を読誦する者を供養することを。夫れ果分之経は因位の菩薩の人、尊むべく、貴むべし。故に法華経を供養す。他宗所依の経には、都て此の供養無く、亦此の安慰無し。天台法華宗には、具さに此の供養有り。亦此の安慰有り。勧発之功、果分の経に尽く。[D-3 274-275]
経に又云く 是人若坐。思惟此経。爾時我復。乗白象王。現其人前。其人若於法華経。有所忘失。一句一偈。我当教之。与共読誦。還令通利[已上経文]。当に知るべし、果分の法華経は、一句一偈を忘失する所有れば、普賢菩薩、当に此れを教へて与共に読誦して、還りて通利せしむ。他宗所依の経には、都て此の示教無し。観普賢経に、此の示教有るは、法華経を結するが故なり。天台法華宗には、具さに此の示教有り。勧発之功、果分の経に窮まる也。[D-3 275]
経に又云く 爾時受持読誦。法華経者。得見我身。甚大歓喜。転復精進。以見我故。即得三昧。及陀羅尼。名為旋陀羅尼。百千万億旋陀羅尼。法音方便陀羅尼。得如是等陀羅尼[已上経文]。当に知るべし、法華経力の故に、普賢の身を見ることを得。普賢の身を見るが故に、即身に三昧及以び陀羅尼を得ることを。円融三諦の義、陀羅尼は、唯法華に有り。余経には都て無し。他宗所依の経、都て円益を得る無く、天台法華宗、具さに円益を得る有り。勧発之功、果分の経に尽く。[D-3 275]
経に又云く 世尊若後世。後五百歳。濁悪世中。比丘。比丘尼。優婆塞。優婆夷。求索者。受持者。読誦者。書写者。欲修習是法華経。於三七日中。応一心精進。満三七日已。我当乗六牙白象。与無量菩薩。而自圍遶。以一切衆生。所憙見身。現其人前。而為説法。示教利喜[已上経文]。当に知るべし、法華経力の故に、後世の後五百歳、円機の四衆等、三七日の中に於て、普賢の身を見ることを得。亦聴聞して示教利喜することを得ることを。他宗所依の経には、都て勧発無し。天台法華宗には、具さに此の勧発有り。[D-3 275-276]
経に又云く 亦復与其。陀羅尼呪。得是陀羅尼故。無有非人。能破壊者。亦不為女人。之所惑乱。我身亦自。常護是人[已上経文]。当に知るべし、法華経を護らんが為に、真言を持者に与へ、自身常に守護することを。他宗所依の経には、都て此の勧発無く、天台法華宗には、具さに此の勧発有り。妙法の真言は、他経には説かず。普賢の常護は、他経に説かず。是の故に法華宗は、二論の宗に勝れ、亦華厳に勝れたり。[D-3 276]
経に又云く 爾時釈迦牟尼仏讃言。善哉善哉。普賢汝能。護助是経。令多所衆生。安楽利益。汝已成就。不可思議功徳。深大慈悲。従久遠来。発阿耨多羅三藐三菩提意。而能作是。神通之願。守護是経。我当以神通力。守護能受持。普賢菩薩名者[已上経文]。当に知るべし、釈迦牟尼仏、普賢の願を印可し玉ふことを。他宗所依の経には、都て此の印可無く、天台法華宗には、具さに此の印可有り。普賢は持経者を守護し、釈迦は持名者を守護す。是の如きの印可勧発、他宗に無き所、但此の経に有り。[D-3 276-277]
経に又云く 普賢。若如来滅後。後五百歳。若有人見。受持読誦。法華経者。応作是念。此人不久。当詣道場。破諸摩衆。得阿耨多羅三藐三菩提。転法輪。撃法鼓。吹法螺。雨法雨。当坐天人大衆中。師子法座上[已上経文]。当に知るべし、如来の滅後、後五百歳、法華経を受持し読誦せん者、速やかに仏果を成じ、衆生を度脱することを。他宗所依の経には、都て速成の勧有ること無く、天台法華宗には、具さに速成の勧有り。[D-3 277]
夫れ仏知仏見の内証之経は、信じ難く解し難し。果分之教は独り諸経に秀でて、対無く比無し。全身舎利、亦上亦一なり。深く金口を信じて、此の十勝を造り、法華の勝ることを挙げて円機の人に勧む。但権機と三乗とを除くが故なり。是の故に法華経の嘱累品に云く 於未来世。若有善男子。善女人。信如来智慧者。当為演説。此法華経。使得聞知。為令其人。得仏慧故。若有衆生。不信受者。当於如来。余深法中。示教利喜。汝等若能如是。則為已報。諸仏之恩[已上経文]。当に知るべし、仏慧之機は、本法を信じて而も修学し、三乗之機は本法を謗りて而も墜堕することを。是の故に、釈迦、余の深法の中に示教利喜す。三が中の大乗、通別の教等を余の深法と為す。倶に大乗なるが故に、小乗の益を許さざるが故なり。然るに法華経は、常住仏性を以て咽喉と為し、一乗の妙行を以て眼目と為し、再生敗種を以て心腑と為し、顕本遠寿を以て其の命と為す。而も却りて唯識の滅種を以て其の心を死し、婆沙の菩薩を以て其の眼を掩ひ、寿量を以て釈疑と為して其の命を断じ、常住を以て遍ぜずとして其の喉を割く。三界八獄を以て大科と為し、斯れを形して小と為し、一乗の四徳を以て小義と為れば、会帰すべきこと無し。斯れに拠りて以て論ずるに、諸例識るべし。明らかに知んぬ。玄賛之家は、法華の心を死し、法華の眼を掩ひ、法華の命を断じ、法華の喉を割くことを。誰か智有る者、驚愕せざらんや。畏るべからざらんや。畏るべからざらんや。[D-3 277-278]
無相之家は、義記を求借し、尋ねて浅深を開き、天台に投足をして、法華をレ稟す。然公の云く 嘉祥、身は妙化に沾ひて儀已に神に潅ぐ。旧章先に行はれ、理須らく委しく破すべし。此の大旨を識れば師資成ずべく、此の一途に準じて余も亦了すべし。乃至云く 若し旧に依りて立せば、師資成ぜず。伏膺之説、施すこと靡く、頂戴之言奚ぞ寄せん、と。無相之家、旧の玄疏を改めて天台に帰仰す。其の文墜ちずんば、何ぞ信ぜざる者ならんや。何ぞ信ぜざる者んらんや。[D-3 278]
華厳之家、天台の四教の義に影響して即ち華厳五教の義を立つ。法華四車の文を引証して華厳四宗の義を助成すれば、白牛両に分かれ、同別説を異にす。即ち三之一、即ち一之三。天台の義を抄せり。分相之門、該摂之門は、破開の異名なり。亦其の文有り。誰か疑ひを致すべけんや。勝げて言ふべけんや。[D-3 278]
天台法華宗は、能説之仏は、久遠の実成なり。所説之経は、髻中の明珠なり。能伝之師は、霊山の聴衆なり。所伝之釈は、諸宗の憑拠なり。委曲之依憑、具さに別の巻有り。頌に曰く[D-3 278]
妙法一乗の宗を伝へんが為に 分に随ひ敬ひて十勝の文を造る 無相の妙法は是非無し 機に随ひて法を説くに権実有り 法華の本法は時機を待つ 体内の権実は内証の境なり 今十勝を挙げて後学に示す 此の伝法の諸の功徳を以て 法を謗り人を謗る者に慧施す 先に仏道を成じて衆生を利せん 一たび斯の文を覧る諸の衆生は 三生に畢竟して正位に入らん[D-3 278-279]


法華秀句巻下