日蓮宗 現代宗教研究所
Nichiren Buddhism Modern Religious Institute
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依憑天台集 訓読

『依憑天台集』  『伝教大師全集』巻三  昭和五十年四月一日復刻
編纂者 比叡山専修院附属叡山学院
発行所 株式会社 世界聖典刊行協会
原本  慶安四年中野五郎左衛門刊行光映師校訂本一巻
対校本 イ本 比叡山実蔵坊所蔵刊本全一巻刊時不詳
    ロ本 江州坂本西教寺所蔵刊本全一巻刊時不詳
再刊対校本安楽律院蔵慶安四年版霊空師加筆本全一巻
依憑天台宗 序
前入唐天台法華宗釈最澄撰
天台の伝法は、諸宗の明鏡也。陳隋より以降、興唐より已前。人は則ち歴代称して大師と為し、法は則ち諸宗以て証拠と為す。故に梁粛の云く 夫れ治世之経は、孔門に非ずんば則ち三王四代之訓、寝て彰れず。出世之道は、大師に非ずんば則ち三乗四教之旨晦て明らからならざる者也。我が日本の天下は、円機已に熟して円教遂に興る。此の間の後生、おのおの自宗に執し、偏に妙法を破す。或は云く 天台所立の四教は、外道の説なるべし、と。或は云く 新羅・大唐咲ふ所の疏也、と。今定めて咲ふ所の多少を明さんが為に、且く諸宗の依憑を集めて、以て後代の亀鏡と為す也。[D-3 343]
夫れ乗権猛浪之説、趣著^母之=A北轅夏蟲之謗、蛙蟇鯨鯢之咲、雁鵠冷熱之諍、魚鳥溝薮之音、是の如き等の謗句、糅家の独り招く所なり。貞観十九年、権振るひ、実隠るの日、家家義を発して瞋り、人人実の泯びんことを慨し、雄筆を把りて而も檄を馳せ、邪敵を摧きて而も幢を建つ。然りと雖も、海外内学、但吠音之労有りて、未だ少知之曲を解せず。新来の真言家は、則ち筆授之相承を泯し、旧到の華厳家は、則ち影響之軌模を隠す。沈空の三論宗は弾呵之屈恥を忘れて称心之心酔を覆ひ、著有の法相宗は撲揚之帰依をなみして、青龍之判経を撥ふ。最澄、南唐之後に此の一宗を稟け、東唐之訓を彼の戒疏に聞き、円珠を海西に拾ひて連城を海東に献ず。略して菽麦之殊を示し、目珠之別を悟る。謹んで依憑一巻を著して、則ち同我の後哲に贈る。其の時興ること日本第五十二葉弘仁七年丙申之歳也。[D-3 343-344]



大唐新羅諸宗義匠依憑天台義一巻
[D-3 345]
前入唐習業沙門最澄撰 [D-3 345]
大唐終南山豊徳寺律宗沙門道宣造両大師伝[D-3 345]
大唐越州嘉祥寺三論宗沙門吉蔵依天台宗造仁王経疏二巻[D-3 345]
大唐僕陽法相宗沙門智周依天台宗造菩薩戒経疏五巻[D-3 345]
大唐青龍寺翻経講論新法相宗沙門良賁依天台義判仁王経[D-3 345]
大唐京兆魏国西明寺華厳宗沙門法蔵依天台義造華厳義等二十三巻[D-3 345]
大唐京兆静法寺華厳宗沙門恵苑判云法蔵師所立義影響天台義[D-3 345]
大唐五臺山居士華厳宗李通玄判天台位造華厳会釈十四巻[D-3 345]
大唐大原府崇福寺新華厳宗翻経沙門澄観判天台義理致円満[D-3 346]
新羅国華厳宗沙門元暁讃天台徳証諸教時[D-3 346]
大唐南岳真言宗沙門一行同天台三徳数息三諦義[D-3 346]
大唐大薦福寺大仏頂宗沙門惟懿引天台義造経疏并鈔[D-3 346]
天竺名僧聞大唐天台教迹渇仰訪問縁天台大師振法鼓於天竺文出三論宗吉蔵請大師書[D-3 346]




大唐終南山豊徳寺律宗沙門道宣造両大師伝
[D-3 346]
天台山釈の智、俗姓は陳氏。荊南の人なり。幼にして禎感に冥し、夜に玄風を稟け、道を天台に蘊み、師を衝嶺に尋ね、双べて定慧を弘め、円に一乗を照らす。四教を神僧に受け、三観を上徳に伝ふ。法華三昧に入りて陀羅尼門を証し、法華を照了すること、高輝の幽谷に臨むがごとく、摩訶衍を説くこと長風の大虚に遊ぶに似たり。仮令ひ文字の師、千群万衆、しばしば彼の妙弁を尋ぬるも、能く窮むること無し。自ら軫を南岳に発して、道を金陵弘め、業を玉泉に託して跡を台嶺に遁る。三十余載、盛んに一乗を弘めて、止観禅門、利益惟遠し、義、月を指すに同じて、筌蹄に滞らず。或は一法の中に於て無量の義を演べ、無量の義を摂して、還りて一心に入る。実観玄微にして、清弁無量なり。是に由りて、四方の法侶、益を請ふもの林の如く、若しは定、若しは慧、伝統逾〈いよいよ〉広し。大機感の為に茲の文を著述す。理は無生に会ひ、宗は一極に帰する者なり。禅門止観、及び法華玄、但観心に約して敷き演ぶ。謂ひつべし、行人の心鏡、巨夜の明燈と。古より観門、之に加ふる末〈なき〉や。陳隋の両帝、師を国宝と為し、人を尊び法を重んじ、舟航に委託して宝を捨て、身を捨つ。諸の別伝に詳なり。[D-3 346-347]
潅頂大師略伝 四念処観四巻 天台山国清寺百録五巻 金光妙行法修禅証相口決 天台智者大師別伝 抗州真観法師別伝 [D-3 347]
右十三巻。天台国清寺沙門釈潅頂撰す。即ち是れ智者の苗子なり。景行冰雪、後神清朗たり。教義を聞持すること、類せば瀉瓶のごとく、深く止観を明らめ、双べて定慧を修す。敷揚妙法の池には、霊瑞の蓮を開き、学侶雲臻の泉には、軽甘の水を涌す。天台智者の楽説窮り無し。止観禅門の心に約して開演せる、頂皆惣持して一たび聞きて失すること靡く、定慧の余を以て四念処観、及び諸の伝録を出だして陳隋の二帝、三尊を崇信し、師を尊び、法を重ねて帰敬するの相を述ぶ。又法華・涅槃・浄名・金光明・請観音等の経疏を撰す。おのおの部u有り。今備に載せず。[D-3 347-348]



大唐越州嘉祥寺三論宗沙門吉蔵依天台宗造仁王経疏二巻
[D-3 348]
其れ仁王経疏の上巻に云く 集むる所の同じからざる流に随ひておのおの異なる。具さに出だすことあたはず。天台智者、衆経の中に於て闊く五義を明かす。今部に於て例するに、亦五門の分別あり。第一に経の名を釈し、第二に経の体を出だし、第三に経の宗を明かし、第四に経の用を弁じ、第五に教相を論ず等。云云[D-3 348]



大唐僕陽法相宗沙門智周依天台宗造菩薩戒経疏五巻
[D-3 348]
其れ菩薩戒経疏の第一巻に云く 将に此の経文を釈せんとす。前に天台智者に依りて五門の分別を作る。一には経の名を釈す。二には経の体を出だす。三には経の宗を明かす。四には経の力用を弁ず。五には経の教相を判ず等。云云。[D-3 348]



大唐青龍寺翻経講論法相宗沙門良賁依天台義判仁王経文
[D-3 349]
{大唐青龍寺翻経講論新法相宗沙門良賁依天台義判仁王経}
其れ新仁王経疏の下巻に云く 本文を釈せば、然るに此の品、古徳西明寺の測法師・玄範法師・紀国寺等の慧静法師、皆此の品を以て流通分と為す。天台智者・道安法師・安国大法師、皆以て正宗分と為す。皆理に詣し、倶に憑る所有りと雖も、今天台等の義に依る。云云[D-3 349]



大唐京兆魏国西明寺華厳宗沙門法蔵依天台義造華厳義等二十三巻
[D-3 349]
其れ華厳一乗教分記に云く 古今所賢の立つる所、教門の差別一に非ず。且く十家を略叙し、以て亀鏡と為す。一には菩提留支に依り、維摩等に依りて一音教を立つ。二には誕法師等に依り、楞伽等の経に依りて漸頓二教を立つ。三には光統律師に依りて、三種教を立つ。謂く漸頓円なり。四には大衍法師等、一時の諸徳に依りて、四宗教を立つ。五には護身法師に依りて、五種教を立つ。六には耆闍法師に依りて、六宗教を立つ。七には南岳思禅師及び天台智者禅師等に依りて、四教を立つ。八には江南の_法師に依りて、二教を立つ。九には梁朝の光宅寺の法雲法師に依りて、四乗教を立つ。十には大唐三蔵玄奘法師に依り、深密経・金光明経・及び瑜伽論に依りて三種教を立つ。此の上の十家、立教の諸徳は、并に是れ当時の法将、英悟絶倫にして、歴代の明模、階位測り轤オ。唯、思禅師・智者禅師の如きは、神異感通して跡参りて位に登り、霊山にして法を聴き、憶して今に在り。諸余の神応、広くは僧伝の如し。又雲法師の如きは、此れに依りて宗を開き、法華経を講ず。天の雨華を感ずる等、神迹亦僧伝の如し。其の余の諸徳の行解、倫を超ゆること、亦僧伝の如し。此れ等の諸徳、豈に夫れ異を好まんや。但備に三蔵を窮むるを以て、斯の異軫を覿る。已むを得ずして而も之を分かち、遂におのおの教に依りて宗を開き、務めて通会を存す。堅疑碩滞をして、冰釈朗然たらしむ。聖説差異なれども、其れ宜しくおのおの契ふべし。[D-3 349-350]
又探玄記の第一巻に云く 第三に立教の差別を明さば 略して十類を提ぐ。一には古説を叙す。二には是非を弁ず。三には西域を述ぶ。四には相違を会す。五には現伝を明らかにす。六には権実を定む。七には開合を顕す。八には前後を教ふ。九には義に就いて教を分かつ。十には理を以て宗を開く。初中古来の諸徳、立教多端にして以て具さに顕し難し。略して十家を叙べ、以て亀鏡と成す。一には後魏の菩提留支、一音教を立つ。二には陳朝の真諦三蔵等、漸頓二教を立つ。三には後魏の光統律師、仏駄三蔵に承習して、三種教を立つ。四には斉朝の大衍法師等、四種教を立つ。五には護身法師等、五種教を立つ。六には陳朝の南岳思禅師・智者禅師等、四教を立つ。七には唐朝の海東新羅国元暁法師、此の経の疏を造りて、亦四教を立つ。八には唐の吉蔵法師、三種教を立つ。九には梁朝の光宅寺の雲法師、四乗教を立つ。十には唐の江南の印法師・_法師等、二教を立つ。第二に是非を弁ぜば 已上十家、立教の諸徳は、並びに是れ当時の法将、英悟絶倫なり。思禅師・智者禅師等の如きは、神異感通して迹参りて位に登り、霊山にして法を聴き、憶して今に在り。雲法師は、此れに依りて宗を開き、法華を講じて天の雨華を感ずる等、并に僧伝等に顕る所なり。又此の諸徳、、豈に夫れ異を好むが故に、聖教を分かたんや。但解を以て能く群典の異軫を該ね、根本の言を呈す。已むを得ずして宗を開きて別釈す。務めて聖説をしておのおの其の宜しきに契はしむ。後の九階の義、広くは探玄記の如し。云云 又起信論疏の下巻に云く 此れ等は皆、禅経の中、及び禅師の止観の中に広く説くが如し。云云[D-3 350-352]



大唐京兆静法寺華厳宗沙門恵苑判云法蔵師所立義影響天台義
[D-3 352]
其れ続華厳刊定記の第一巻に云く 三に古徳有り、亦五教を立つ。一には小乗教、二には初教、三には終教、四には頓教、五には円教なり。此の五大部は、天台に影響す。唯頓を加へて全く別なりと為す。爾然るに、天台の小乗を呼びて三蔵教と為し、其の名謬濫するを以ての故に、直に目して小乗教と為す。通教は、但初根に被るが故に、改めて初教と為す。別教は熟機に被るが故に、改めて終教と名づく。円教の名は、其の旧に仍るなり。所立の頓名は、根機に拠らず、入法漸に非ず。故に思益を引き、証して云く 諸法の正性を得る者は、一地より一地に至らず、と。又楞伽を引きて云く 初地即ち八地、無所有、何の次かあらん。又云く 教を呵して離を勧め、相を毀ちて心を泯す。生心は、即ち妄。不生は即ち仏なり。亦仏無く、不仏無く、生、不生無し。浄名黙住して不二を顕すが如し等、是れ其の類なり。[D-3 352]



大唐五臺山居士華厳宗李通玄判天台位造華厳会釈十四巻
[D-3 352]
其れ新華厳会釈論の第一に云く 但一期の同に随ふ。而も且く先徳十宗の教行、軌範と為すに堪へたり。余は準知すべし。第一には後魏の菩提留支、一音教を立つ。第二には後魏の光統律師、三種教を立つ。第三には斉朝の大衍法師等、四種教を立つ。第四には護身法師、五種教を立つ。第五には梁朝の光宅寺の雲法師、四教を立つ。第六には陳朝の真諦三蔵、二教を立つ。[同時]第七には陳朝の南岳思禅師・智者等、四教を立つ。[同時]第八には唐朝の海東新羅国元暁法師、此の経の疏を造りて、亦四教を立つ。第九には唐朝の吉蔵法師、三教を立つ。第十には唐の江南の印法師、二教を立つ。[D-3 353]
已上十家の所釈、並びに唐朝の蔵法師の集むる所に依る同異各是一宗、並びに是れ当世の英才、智群品超え、皆賢霊をAるの法将、仏日を開くの明燈為り。是非を其の名に加ふべからず。但仰ぎて其の高旨を敬ふを知る。唯思智二徳の如きは、位已に昇堂せり。雲公、法を演ぶるに、雨華庭に下り、霊山を即夕に悟りて、法眼いよいよ逾〈いよいよ〉明らかに、果位を今辰に証して、道、遐古に斉し。唯仏の如きは、内外中間の言を説きて、遂に即ち定に入る。後に五百の羅漢有りておのおの此の言を解す。仏定を出づるの後、同じく世尊に問ふ。誰か仏意に当る、と。仏言はく 並びに我が意に非ず、と。諸人、仏に問ふ。既に仏意に当らず。将た罪を得る無からんや。仏言はく 我が意に非ずと雖も、おのおの正理に順ず。聖教と為すに堪へたり。福有りて罪無しと。況んや此の諸徳の説く所、おのおの典拠有り。[D-3 353-354]
然るに今、唐朝の法蔵法師、儼法師に承習して、門人と為りて教を立つ。深く道理有り。亦其の指趣を叙ぶべし。一には小乗教、二には大乗始教、三には終教、四には頓教、五には円教なり。初めに小乗教とは、知んぬべし。二に始教とは、深密経の中に三時教同じく定性の二乗倶に成仏せざることを許すを以ての故に、今之を会し、ウじて一教と為せり。此の説未だ大乗の法理を尽くさず。是の故に立てて大乗始教と為す。三に終教とは、定性の二乗、無仏性の者及び闡提、悉く当に成仏すべし。未だ大乗至極の説を尽くさず。立てて終教と為す。然るに上の二教、並びに地位の漸次に依りて明かせば、倶に漸教と為すことを成ず。四に頓教とは、但一念不生を即ち名づけて仏と為す。地位の漸時に従はずして而も説く。故に立てて頓教と為す。思益経に云ふが如し。諸法の正性を得る者は、一地より二地に至らず、と。楞伽経に云く 初地即ち八地、乃至、無所有、何の次かあらん、等と。又下の十地品の中に、十地猶お空中の鳥跡の如しと説く。豈に差別の得べき有らんや、と。具さには諸法無行経等に説くが如し。五に円教とは、一位を得れば一切位、一切位即一位なり。故に十信の満心、即ち六位を摂して、覚正等を成ず。普賢法界に、帝綱重重、主伴具足に依るが故に、円教と名づく。此の如き経等の説、蔵法師、是の如きの会釈を作る。云云[D-3 354-355]



大唐大原府崇福寺新華厳宗翻経沙門澄観判天台義理致円満
[D-3 355]
夫れ華厳疏の第一に云く 二には陳隋二代の天台智者・南岳思大師、四教を立てて云く 一には三蔵教。此の教は因縁生滅・四真諦の理を明かして、正しくは小乗を教へて、傍には菩薩を化す。二には通教。通とは同なり。三乗同じく稟くるが故なり。此の教は因縁即空・無生四真諦の理を明かす。是れ摩訶衍の初門なり。正しくは菩薩の為にし、傍には二乗に通ず。大品に云く 声聞乗を得んと欲せば、当に般若波羅蜜等を学すべし、と。然るに教理智断・行位因果、皆浅深に通じて不同なり。共般若に於ては唯浅に共す。三には別教。別は即ち不共なり。二乗の人に共せざるの法なるが故なり。此の教は、正しく因縁仮名・無量四真諦の理を明かし、的く菩薩を化して二乗に渉らず。故に声聞座に在れども、聾の如く唖の如し。不共と名づけずして別と云ふは、兼ねて円に非ざるを簡ばんと欲するが故なり。一因fかに出で、一果融せず。歴別して修すれば、因果の円融を得ざるを以ての故なり。四には円教。不偏を以て義と為す。此の教は、正しく不思議因縁・二諦中道・事理具足・不偏不別を明かして、但最上利根の人を化す。故に名づけて円と為す。華厳経に云く 自在力を顕現して、為に円満の経を説く。無量の諸の衆生、悉く菩提の記を受く等。別は則ち教理等の法別なり。円は則ち教理等の法円なり。又此の四教、三観に由りて起れり。従仮入空、折体異なるが故に、初めの二教有り。従空入仮・従仮入中、別教起る有り。三観一心の中、円教起る有るを得。又此の四教は定めて一部に局まらず。一部の中に多教有る容るが故に。又更に四種の化儀を以て之を収む。謂く 頓・漸・不定・秘密なり。頓漸は、前の岌師に同じく、後の二は謂く 一音異解。若しは互いに相知るを名づけて不定と為し、互いに相知らざるを即ち秘密と名づく。此の師の立義、理致円満、但三蔵教の名、義、小しく濫するに似たり。余の三教も亦三有るを以ての故に。爾る所以は、已に智論の中に多く小乗を名づけて、三蔵と為すを以ての故に。成実論の中に、亦自らを説きて云く 我今三蔵の中に実義を説んと欲するが故に、初めにォ監に対して定慧に属するが故に、此の三事を立つ。條然として同じからず。後の三教に異なり、通教の意は、三を融するが故に。別教は一法性に依りて、而も三を顕すが故に。円教は三一、障礙無きが故に。小乗経と名づけざる所以は、此の教も亦大乗六度の菩薩三十四心に断結成道の真仏有るが故なり。故に蔵通別円の義、四教互いに有りて、而も其の定実を覆ふるに、余の三成ぜず。唯当教の中の義を成ずるのみ。但新華厳は、円に別を兼ぬ。然るに登地已上を以て別して位に寄せ、行布して別の義と為す。故に名異なるに、義同じ。亦大過無し。[D-3 355-357]
三に唐朝の海東、元暁法師、亦四教を立つ。一には三乗別教、四諦縁起経等の如し。二には三乗通教、般若深密経等の如し。三には一乗分教、梵網経等の如し。四には一乗満教、華厳経等の如し。然るに三乗共学を三乗教と名づけ、中に於て未だ法空を明かさずざるを別相教と名づけ、法空を説く、是れを通教と為す。二乗を共せざるを一乗経と名づけ、中に於て未だ普法を明かさざるを随分教と名づけ、具さに普法を明かすを円満教と名づく。然るに此の大に天台に同じ。但別円を会して一乗の分を加ふるのみ。自ら言く 且く乗門に依り、略して四種と立つ。此の四遍く一切を摂すと謂ふに非ず、と。故に失無し。[D-3 357]
第三に教を立てて宗を開くに二を分かつ。一には義を以て教を分かつ。二には教に依りて宗を分かつ。今初めに義を以て教を分かつとは、教類五有り。即ち賢首の所立なり。広くは別章に有り。大に天台に同じ。但頓教を加ふ。今先に之を用ひ、後にウじて会通す。安せざる有れば、類を以て改易を為す。五教と言ふは、一には小乗経、二には大乗始教、三には終教、四には頓教、五には円教なり。初めは即ち天台の蔵教なりと。云云[D-3 357-358]



新羅国華厳宗沙門元暁讃天台徳証諸宗教時
[D-3 358]
{新羅国華厳宗沙門元暁讃天台徳証諸教時}
夫れ涅槃宗要の末に云く 又隋時の天台智者の如きは、神人に問て言く 此土の四宗、経の意を会するや不や。神人答て言く 失多く得少なし。又問ふ 成実論師、五時教を立つ。仏意に称ふや不や。神人答て曰く 少しく四宗に勝る。猶お過失多し。然るに天台智者、禅慧倶に通じ、世を挙りて重んずる所、凡聖測り難し。是れ仏意の深遠にして限り無きを知り、而して四宗を以て経旨を科り、亦五時を判じて仏意に限らんと欲す。是れ猶お螺を以て海を酌み管を用て天をSふ者のごとし。教迹の浅深、略して判ずること是の如し、と。云云[D-3 358]



大唐南岳真言宗沙門一行天台三徳数息三諦義
[D-3 358]
其れチ盧遮那経疏の第七の下に云く 三落叉は是れ数なり。数は是れ世間なり。出世の落叉は、是れ見なり。三相とは 謂く 字と印と本尊と等しく随ひて其の一を取るに、一合の相是れなり。字と印と尊と等しく、身と語と心と等しきを実相を見ると名づく。乃至能く持誦せしむとは、浄ければ一切の罪をして除かしむ。若し不浄ならば、更に一月等前の如し。説く所の念誦とは、しばしば上文に牒すなり。応に此の法則に異なるべからず。是の故に、耳をして聞かしめて、息出づる時は字出で、入る時は字入りて、息に随ひて出入せしむなり。今謂く 天台の誦経は、是れ円家の数息なりとは、是れ此の意なり。今此の字を以て、一を縁して息と出入すれば、自然に念念相続して、心散乱せず。恬念として三昧に入るなり。此れを世間念誦の中の最上と為すなり。[D-3 358-359]
又云く 今三相を説く。此れと云何が相応するや。今答ふ 此の三相は、阿字を以ての故に、此の三字即ち一相、亦一に非ず異に非ず。天台の所解の如きは、此れとほぼ同じ。謂く 一相一切相、非一非一切、即相即無相、即非相非無相、皆是れ此の意なり。是の如きの三相、平等にして実相に住す。是の三落叉の義なり。云云[D-3 359]
又云く 八葉の中、普賢は是れ菩提心、文殊は是れ慧、弥勒は是れ悲。此の菩提心、即ち是れ大日如来にして而も菩提心有り。大慧は即ち是れ大日如来、大日如来を離れて別に悲有るにあらず。当に知るべし、此れに準じて之を説く。万徳皆爾なり。猶お天台の法身・般若・解脱の義の如し。云云[D-3 359]
又復衆縁より生ずるが故に、即空即仮即中にして、一切の戯論を遠離して、本不生際に至る。本不生際とは、即ち是れ自性清浄心、即ち是れ阿字門なり。心、阿字門に入るを以ての故に。当に知るべし、一切法悉く阿字門に入ることを。已に諸法実相を観ずるの法を説く。云云[D-3 359-360]



大唐大薦福寺仏頂宗沙門惟懿引天台義造経疏并鈔
[D-3 360]
{大唐大薦福寺大仏頂宗沙門惟懿引天台義造経疏并鈔}
其れ大仏頂経疏鈔の上巻に云く 又止観の門は、三乗必ず進の路、斯の徑路に遊びて而も菩提を証せざる者有ること無し。故に知んぬ。其の門は道の枢要、又先賢の習ふ所、皆教門に約す。天台広く四乗を集めて、十巻の大止観、両巻の小止観を撰して、広く境界を述ぶ。事煩ければ載することあたはず。云云[D-3 360]
又云く 天台止観の文の中に説くがごとき、見惑を発するに、則ち多聞より発すれば、則ち先づ見を断ず。病惑に在れば、禅より発す。此れ則ち修して後に方に之有り。所以に前三陰止めば、且く定を求む。縦ひ観有れども少なければ、定に約して多く行ず。陰は後にして観多し。所以に観止みて見病を立つ。天台の文の中、則ち六師を将ゐて比論す。亦好し。云云[D-3 360]



天竺名僧聞大唐天台教迹最堪簡邪正渇仰訪問縁
[D-3 360]
{天竺名僧聞大唐天台教迹渇仰訪問縁天台大師振法鼓於天竺文出三論宗吉蔵請大師書}
法華文句記の第十巻の末に云く 適たま江淮の四十余僧と、往きて臺山に礼す。因りて不空三蔵の門人含光の勅を奉りし山に在りて修造するを見る。云く 不空三蔵と、親しく天竺に遊ぶ。彼に僧有り、問て曰く 大唐に天台の教迹有り。最も邪正を簡び偏円を暁むるに堪へたり、と。能く之を訳して此土に将至すべけんや。豈に中国に法を失して之を四維に求むるに非ずや。而も此の方識ること有る者少なし。魯人の如きのみ。故に徳に厚く道に向ふ者、之を仰ぎ、敬はざるはなし。願はくは学者行者、力に随ひて称讃せよ。応に知るべし、自行人を兼ぬ。並びに他典に異なる。若しは説き、若しは聴き、境智存す。若しは冥、若しは顕、種熟期すべし。並びに弘経者の方有るに由るが故なり。若し直爾に講説する、是の弘経ならば、何ぞ衣座室の三の誡を須ひん。如来の所遣、豈に聊か爾なるべけんや。余、躬を省み、見を揣りて、自ら慚多きを覚る。迫るに衆縁を以てし、強ひて復疏を出だす。縦ひ立破有るも、円乗を樹え、同志者をして仏知見を開かしめんが為に、終に偏黨にして、而も臆度に順ふ無し。冀くは諸の覧者、悉く愚誠を鑑みよ。一句も神に染まば、咸く彼岸に資し、思惟修習せば、永く舟航に用ひ、随喜見聞せば、恒に主伴と為らん。若しは取、若しは捨、耳に経ては縁を成ず。或は順、或は違、終に斯れに因りて脱せん。願はくは解脱の日、依報正報、常に妙経を宣べ、一刹一塵、利物に非ざるは無し。唯願はくは諸仏、冥に加被を薫じ、一切の菩薩、密に威霊を借し、在在未だ説かざる、皆為に勧請せん。凡そ説く有るの処、親しく承けて供養せん。一句一偈、菩提を増進し、一色一香、永く退転無けん。云云[D-3 360-361]



天台大師振法鼓於天竺文出三論宗吉蔵請天台大師書
[D-3 362]
{天竺名僧聞大唐天台教迹渇仰訪問縁天台大師振法鼓於天竺文出三論宗吉蔵請大師書}
国清寺百録第五に云く 呉州会稽県嘉祥寺の吉蔵稽首和南、伏して聞く、山を崔嵬と号す。道安登りて法を説く。峯を匡岫と名づく。慧遠栖みて以て安禅す。未だしかず。茲の嶺の宏麗なるに、漢に接し霞に連なり、濬壑飛流、天を衝き日に潅ぎ、赤城丹水は、仙宅の`区、仏壟香炉は聖果の福地なり。復経檀美して、孫賦奇と称す。智者栖憑、二十余載。禅慧門徒、化、遐迩に流る。昔、童寿英彦、纔解、経を通じ、法浄俊神、止め禅業を伝ふ。遂に道、学に参窮し、徳、補処にaきに非ずんば、豈に能く経論洞明に、定慧兼ね照らさんや。周旦没後の如きに至りては、孔丘世に命ず。馬鳴化終りて、龍樹後に始む。内外墜ちざるは、信に人の弘めに在り。大乗を光顕して秘教を開発す。千年の五百と、実に復今日に在り。南岳の叡聖、天台の明哲、昔は三業住持し、今は二尊系を紹ぐ。豈に止み甘露を振旦に灑ぐのみならんや。亦当に法鼓を天竺に震ふべし。生智妙悟、魏晋より以来、典籍風謡、実に連類無し。釈迦教主、童英疑ひを発し、盧舎法王、善財道を訪ふ。敢えて前迹に縁りて、諦想崇誠す。謹んで禅衆一百余僧と共に智者大師を請し奉りて、法華経一部を演暢す。此の典は、衆聖の喉襟、諸経の関鍵なり。伏して願はくは、仏知見を開きて此の重昏を曜し、真実の道を示して、茲の玄夜を朗かにせん。庶以くは、三千の国土、来りて未開を稟け、百劫の後生、大義に導き奉り、場を築き飾りを戒め、木を折て将に臨まんとす。揺落たる山荘、玄黄野に均しく、桂巌玉e、菊岸華栄あり。弥いよ声聞の心を切り、頗る縁覚の抱を傷ましむ。吉蔵、仰ぎて前達に謝し、俯して詢求愧づ。競懼唯深し。但戦悚を増す。謹んで請ふ。大隋開皇十七年八月二十一日[D-3 362-363]

吁乎、実なるかな。生れながらにして知る者は上なり。学びて知る者は次なり。此の言ゆへ有り。庭戸を出でずして天下知るべしとは。豈に空しく伝へんや。此の間、比蘇に在り。大唐天台に聞く。今吾が大師、杖を葱嶺に遂がずと雖も、然れども霊山の聴、恒に心腑に存す。経を流沙に負はずと雖も、而も南岳の告、篤く簡牘に載す。三蔵は、梵偈を印度に尋ね、天台は法鼓を天竺に振るふ。波倫は漢に入りて、文殊を臺山に礼し、梵僧は呉に来りて、弥勒を東陽に謁す。漢地已に聖有り。秦国何ぞ賢無からんや。支那の三蔵、諍論を天竺に和し、震旦の人師、群釈を梵本に糅す。彼の智略に於ては、神州亦好し。此の義味に於ては、大唐亦妙なり。唯敬ひて義理を信じ、寧ぞ人法を謗りて殃を招かんや。耳を貴びて目を賎むは、漢人の嗟く所、遠を敬ひて近を軽するは、此の間免れ難し。[D-3 363-364]
伏して願はくは、有心の君子、愛憎の情を放れて、熟つら諸宗の憑を察せよ。但ただ恵苑の及ぶ所は、名濫の失、利渉の致す所は、煩重の謗、則ち恥を後生に挙し愚を可畏に顕す。若し疑心有らん者は、澄観の経疏を披き、湛然の疏記を聞かんのみ。陳隋より以降、章疏伝碑、山積石cす。大師、両厳の徳、已に文章の中に散す。且く一両を集め、以て未聞に示す。[D-3 364]
謹んで法華経の第四巻を案ずるに云く 若是善男子。善女人。我滅後<我滅度後>。能窃為一人。説法華経。乃至一句。当知是人。則如来使。如来所遣。行如来事。何況於大衆中。広為人説。今吾が天台大師、法華経を説き、法華経を釈す。特に群に秀でて唐に独歩す。明らかに知んぬ。如来の使なることを。讃せん者は福を安明に積み、謗らん者は罪を無間に開く。然りと雖も、信ぜん者に於ては天鼓と為り、謗らん者に於ては毒鼓と為る。信謗彼此、決定して成仏せん。又偈に云く 有人求仏道 而於一劫中 合掌在我前 以無数偈讃 由是讃仏故 得無量功徳 歎美持経者 其福復過彼、なり。Yが福を捨てて罪を慕ふ者ならんや。願はくは同じく一乗に見へ、倶に和合海に入らんことを。[D-3 364]
弘仁四年[癸巳]九月一日 [D-3 365]

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