日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

身延離山


故郷をめざして出発

 身延山は、お釈迦さまが法華経をお説きになった霊鷲山(りょうじゅせん)よりもすばらしく、吹く風や草木もお題目を唱えている、と感激された身延での生活は、早くもあしかけ九年をむかえていました。
 その間、蒙古来襲による博多の惨状を聞いては心を痛め、師匠道善房の訃報に接して涙ながらに「報恩抄」二巻を書いて、弟子日向(にこう)上人に千葉まで持たせたこと、七面天女が龍となって法門を聞きに来たこと、善智法印が毒まんじゅうを持って聖人を殺そうとしたこと、などなど、夢のように過ぎていったのです。
 そして、いつのまにか聖人の身体を病魔がむしばみ、身延を離れたくない、と思ってはおられましたが、ついに、弟子や信者さんの勧めに従って、常陸(ひたち)の温泉での療養を決意して、甲州路を進まれるのでした。

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