日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

御遺文  〔佐渡赦免状到着〕

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真言諸宗違目 638 早々に御免を蒙らざることは、これを歎くべからず。定んで天これを抑うるか。藤河入道を以ってこれを知る。去年流罪有らば今年横死に値うべからざるか。彼を以て之を推するに、愚者は用いざることなり。日蓮の御免を蒙らんと欲するのことを色に出だす弟子は不孝の者なり。あえて後生を扶くべからず。各々この旨を知れ。
光日房御書 1153 大海のそこのちびきの石はうかぶとも、天よりふる雨は地に落ちずとも、日蓮は鎌倉へは還るべからず。ただし法華経のまことにおわしまし、日月我をすて給わずば、かえり入りてまた父母のはかをもみるへんもありなんと、心づよくおもいて梵天・帝釈・日月・四天はいかになり給いぬるやらん。(中略)もしこのこと叶わずば日蓮が身のなにともならん事はおしからず。各々現に教主釈尊と多宝如来と十方の諸仏の御宝前にして誓状を立て給いしが、今日蓮を守護せずして、捨て給うならば、「正直捨方便」の法華経に大妄語を加え給えるか、十方三世の諸仏をたぼらかし奉れる御失は提婆達多が大妄語にもこへ、瞿伽利尊者が虚誑罪にもまされたり。たとえ大梵天として色界の頂きに居し、千眼天といわれて須弥の頂きにおわすとも、日蓮をすて給うならば、阿鼻の炎にはたきぎとなり、無間大城にはいづる期おわせじ。この罪おそろしとおぼせば、いそぎいそぎ国にしるしをいだし給え。本国へかえし給えと、高き山にのぼりて大音声をはなちてさけびしかば、九月の十二日に御勘気、十一月に謀反のものいできたり、かえる年の二月十一日に日本国のかためたるべき大将どもよしなく打ちころされぬ。天のせめという事あらわなり。これにやおどろかれけん、弟子どもゆるされぬ。しかれどもいまだゆりざりしかば、いよいよ強盛に天に申せしかば、頭の白き烏飛び来りぬ。(中略)文永十一年二月十四日の御赦免状、同三月八日に佐渡の国につきぬ。
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