日蓮宗 教化センター
Nichiren Buddhism Education Center
  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

HOME > TOP > 資料集 > 絵で読む日蓮聖人のご生涯 > 大曼荼羅始顕
目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

御遺文  〔大曼荼羅始顕〕

戻る
一谷入道御書 994 文永九年の夏のころ、佐渡の国、石田の郷、一谷といいし処に有りしに、預かりたる名主等は公といい私といい、父母の敵よりも宿世の敵よりも悪げにありしに、宿の入道といいめといい、つかうものといい、始めはおじおそれしかども、先世の事にやありけん、内々不便と思う心付きぬ。預りよりあづかる食は少なし。付ける弟子は多くありしに僅かの飯の二口三口ありしを、あるいは折敷に分け、あるいは手に入れて食いしに、宅主内々心あって外にはおそるる様なれども、内には不便げにありし事、いつの世にか忘れん。我を生みておわせし父母よりも当時は大事とこそ思いしか。何なる恩をもはげむべし。まして約束せし事たがうべしや。然れども入道の心は、後世を深く思いてある者なれば久しく念仏を申しつもりぬ。その上、阿弥陀堂を造り田畠もその仏の物なり。地頭もまたおそろしなんど思いて、直ちに法華経にはならず。これは彼の身には第一の道理ぞかし。然れどもまた無間大城は疑いなし。たといこれより法華経を遣わしたりとも世間もおそろしければ、念仏すつべからず、なんど思わはば、火に水を合わせたるが如し。謗法の大水、法華経を信ずる小火をけさんこと、疑いなかるべし。
観心本尊抄副状 721 観心の法門、少々之を注し、太田殿・教信御房等に奉る。このこと、日蓮当身の大事なり。これを秘して、無二の志ざしを見ば、これを開じゃくせらるべきか。この書は難多くして答え少なし。未聞の事なれば、人の耳目、これを驚動すべきか。たとえ他見に及ぶとも、三人四人、座を並べてこれを読むこと勿れ。仏滅後二千二百二十余年、未だこの書の心有らず。国難を顧みず、五五百歳を期して、これを演説す。乞い願わくば、一見を歴て来たるの輩、師弟共に霊山浄土に詣でて、三仏の顔貌を拝見したてまつらん。恐恐謹言。
このページのトップへ▲

Copyright (c)2001-2008 Nichiren Buddhist Education Center. All Rights Reserved.